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駆逐艦『雪風』 ~小さき不沈艦~  作者: 伊東椋
昭和十九年~二十年
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第四十五話 決戦に向けて

 因島から呉に戻った『雪風』は、再び対空兵装の強化を行い、25mm単装機銃十門を両舷の前、中、後部に、13mm単装機銃四挺を後部両舷に増設し、これで総計25mm機銃二十四門、13mm四挺という事になり、天に向かって毛を逆立てたハリネズミのような様相となった。

 更に可燃物となるものは全て陸揚げされ、着々と『準備』は進められていた。


 ――それは正しく、彼女が日本海軍の命運を賭けた一大決戦に参加する前触れであった。


 マリアナ沖海戦の敗北からサイパンの陥落により、開戦から継続していた東條内閣は遂に総辞職へと追い込まれた。

 後継の小磯内閣には、陸軍大臣に杉本元、海軍大臣に米内光政が、外務大臣に重光葵が就任した。それは所謂、「陸海軍協力内閣」と呼べる布陣であった。

 しかし当初から政治基盤が脆弱だった小磯内閣は、戦争継続一辺倒の陸軍に気圧され、陸軍が唱える「本土決戦」の道筋をつける結果となってしまうのである。

 軍部主導の「作戦指導大網」に基づき、日本は今後の戦争を続ける事となった。

 その作戦指導大網では、米軍との決戦を四方面に区分された。


 捷一号――比島フィリピン方面。

 捷二号――九州南部、南西諸島及び台湾方面。

 捷三号――本州、四国、九州方面及び小笠原諸島方面。

 捷四号――北海道、樺太、千島列島方面。


 この頃、日本以外の世界情勢も一方向へと決しつつあった。

 日独伊三国同盟の一角、イタリアが既に降伏。ドイツの崩壊も目に見える状況であった。

 これらの独伊の状況の通り、ヨーロッパ方面では、ノルマンディに上陸した連合軍がパリを奪回し、ベルリンに向けて進撃。独ソ戦ではソ連軍が大反攻に転じ、連合軍との間にドイツ軍を板挟みに追い詰めつつあった。


 第17駆逐隊の『雪風』は他の姉妹艦たち(『磯風』『浜風』『浦風』)と共に、第二艦隊に編入された戦艦『扶桑』『山城』を護衛し、呉を出航。十月四日にリンガ泊地へと到着した。

 

 「ここまでの護衛感謝します、第17駆逐隊の皆さん」


 リンガ泊地に入港した彼女たちの目の前には、白が眩しい第二種軍装を纏った二人の少女が敬礼を掲げていた。

 言葉を紡いだのは長い後ろ髪を腰まで伸ばした、背の高い少女。林檎のような頬が印象的で、姿勢もかなり良かった。

 そういう印象をより強く抱けるのは、その隣に全く正反対の存在が居るからであろう。

 もう一人の少女は、眠たそうな顔を浮かべ、それでも一応は隣にいる少女に倣うように敬礼を掲げていた。

 彼女たちは扶桑型戦艦の艦魂である。長髪の一人が姉の扶桑。そして眠たそうな顔をしている、くせ毛のある髪を流した方は、妹の山城であった。


 「無事にここまで辿り着けたのも、貴女達のおかげです。本当に感謝しています」

 「……勿体無きお言葉、戦艦参謀の方々に頂く事、光栄の限りです」


 それに司令駆逐艦である磯風が応える。ちなみにこの後、司令駆逐艦は『浦風』へと移される事が決まっている。

 扶桑が礼を言うのも、この頃の米軍の動きが関連していた。九月下旬から十月にかけて、米軍はダバオ、マニラ方面を空襲、攻撃していた。その情勢下、巨大な戦艦を二隻も抱えて潜り抜けた事は、正に幸運だったと言うべきだろう。


 「ほら、山城も何か言いなさい」

 「……あり、がとう」


 微かに途切れそうな声で礼を口にする山城に、雪風たちがピシッと姿勢を正し応える。

 微笑む山城の隣で、扶桑が半ば呆れ気味に溜息を吐いていた。

 扶桑型戦艦は金剛型と同時期に建造された日本初の純国産の超弩級戦艦であり、こうして第一線に投入される様は雪風は密かに感激していた。

 久方ぶりに見る第一線艦隊の戦艦の威容を前にして、雪風は自身も第一線で戦わねばと心の内で強く秘めるのであった。


 「(私も、頑張らなくちゃ……!)」


 その後、リンガ泊地には続々と日本海軍の総力に値する艦隊が結集しつつあった。



 十月十日、ハルゼー提督の指揮下にあった米機動部隊は、延べ九百機で沖縄を空襲。二日後の十二日には述べ千四百機で台湾を空襲した。

 これに対し、日本軍は残存空母部隊の艦載機、本土防衛用に温存されていた陸上の基地航空隊の総力を集め、反撃に出た。

 十月十二日、十三日の両日に台湾沖航空戦が発生した。大本営は米空母を十隻以上撃沈などの戦果を発表したが、実際には米軍の被害は少なく、この誇大報告が後の戦闘指導を狂わせる一因にもなった。

 

 ――十月十七日、米軍がフィリピンのレイテ湾口のスルアン島に来襲。


 二十日、レイテ島に上陸。


 日本が決戦の場の一つと受け止めるフィリピンに、米軍が遂に大兵力を以て押し寄せてきたのである。


 

 「……雪風姉さん」

 

 泊地に停泊する戦艦群の威容を眺めていた雪風の傍に、磯風のそよ風のような声が掛かった。

 優しげな姉の表情で、雪風が迎える。


 「磯風。珍しいね、貴女の方から来るなんて」

 「……姉さん」


 磯風の表情は無機質の中にあっても、微かに滲み出た有色は余りにわかりやすかった。

 決戦を前にして、少しでも長く姉の顔を見たいという思いからか、磯風は素直に雪風の傍に寄り添い、顔を合せた。


 「今日は本、持ってきてないのね」

 「……今回は、雪風姉さんと、お話がしたいから」

 「なぁに? 本当にどうしちゃったの、磯風」


 妹のらしくない様子にクスクスと笑う雪風だったが、その顔は嬉しそうだった。

 磯風の方は恥ずかしそうに、頬を染め、俯いた。

 雪風はそんな愛しい妹の頭を、優しく撫でるのだった。

 そうしているうちに、磯風だけでなく他の姉妹たちも後から雪風のもとにやって来た。


 「二人とも、やっぱりここにいたんだね」


 天然パーマの少女、浦風がニコニコ顔で、『雪風』の艦上に足を着ける。

 その隣から、ツインテールをぴょこんと揺らした浜風が続いた。


 「あっ! 磯風、ずっるーい!」


 雪風に頭を撫でられている磯風を見て、浜風が頬を膨らませ、ツインテールを激しく揺らした。


 「雪風お姉ちゃん! 浜風も、浜風も!」

 「……邪魔しないで、浜風」

 「ちょ! 何その言い草! 本当に邪魔者扱いするみたいに」

 「……邪魔」

 「ムキーッ!」

 「こらこら、二人とも」


 喧嘩を始める二人の妹を、雪風が宥め、浦風がカラカラと喉を鳴らす。

 それはまるで、決戦を前にした風景とは思えないものだった。これから戦に赴こうとする中、誰もが不安や恐怖に苛まれているのに、彼女たちは姉妹というかけがえのない関係を通して、その緊張をほぐし、彼女たちなりの『備え』を入れている最中なのであった。



 リンガ泊地に集結した二艦隊を中心とする第一遊撃部隊は、『金剛』『榛名』などの第二部隊を先頭に抜錨、北東へと向かった。

 『雪風』はその先陣をうけ賜わり、僚艦の『浦風』『浜風』『磯風』と共に第二部隊の戦艦『金剛』『榛名』などの主力艦艇の直衛に任じた。

 しかし『雪風』に不運が降りかかった。ターボ発電機の歯車が欠損し、出力の少ないディーゼル発電機のみで走る事となった。この程度の欠損ならと、『大和』の艦内工作兵に歯車を作ってもらい、これを取り付けたがどうも合わない。結局、『雪風』はターボではなくディーゼル発電機を使って決戦に挑まなければならなくなった。


 「申し訳ありません……」

 「君が謝る必要はない。それに、艦長も自分で言っていたが、あの人が乗っている限りこの艦は絶対に沈まないから大丈夫さ」


 落ち込む様子を見せる雪風に、都倉が肩を叩いた。


 「それに今の水雷戦隊には、呉の『雪風』と佐世保の『時雨』がいるんだ。これ程、心強いものはいないだろうさ」


 都倉の言う通り、その時の水雷戦隊では、ある二隻の駆逐艦を並び称する風潮が目立っていた。

 その余りの幸運っぷりに、『雪風』と並んで名を連ねたのは――『時雨』という名の駆逐艦である。

 『時雨』は白露駆逐艦の二番艦にして『雪風』と同様の一等駆逐艦である。開戦以降、数多の戦闘に参加し、僚艦が傷つき沈んでいく中、『時雨』だけはいつも無傷、あるいは無事に生還を果たしてきた。その点は「僚艦を食い尽くした」と言われている『雪風』と似ていた。

 マリアナ沖海戦が終わると、所属する第27駆逐隊には、四隻いた駆逐艦の内、『時雨』のみが唯一の生存艦となっていた。先の十月十日、第27駆逐隊が解隊され、その後に彼女は第一遊撃部隊第三部隊――通称、西村艦隊に配属となり、今回の決戦に参加する予定であった。


 雪風は時雨とも面識があった。ソロモンでの戦いで、一緒に戦火に身を投じた事もある。

 彼女の事を思い出す。また会えたら良いな、と雪風は思った。

 そのためにはお互い、この戦いを生き延びなければならないが。

 雪風の胸の内には、新たな決意が秘められていた。


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