第二十一話 六月五日
昭和十七年六月、総力を結集した日本艦隊はいよいよ敵の要所として名高いミッドウェーへと向かった。
本土空襲に対する報復の意味も孕んだ今回の作戦は、日本側にとっても負けられない戦いであった。
真珠湾から続く日本の連戦連勝の偉業に貢献した南雲機動部隊の空母を始め、今回が遂に初出撃となる戦艦『大和』を含んだ主力部隊、護衛部隊と輸送船団を含めると前例にない程の大規模な陣営であった。
今回のMI作戦における日本艦隊の編制は以下の通りであった。
連合艦隊――主力部隊は第1戦隊(戦艦『大和』『長門』『陸奥』などを中心とした部隊)。
攻略部隊に第二艦隊(戦艦『金剛』『比叡』重巡『愛宕』『鳥海』など)を中心とした部隊、タンカーや輸送船多数を含む。
機動部隊は南雲中将率いる第一航空艦隊(空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』)を中心とし、戦艦『榛名』『霧島』などの護衛部隊含む。
先遣部隊としては、第六艦隊を中心に、潜水艦多数を含む部隊。
陽動としてアリューシャン方面を攻撃する北方部隊、基地航空隊などを入れると、その規模は正しく富士の如く巨大にして強大である。
『雪風』などの第16駆逐隊は第二水雷戦隊の部隊として、攻略部隊に編成された。指揮するのは第二艦隊司令長官・近藤信竹中将であった。
攻略部隊の編成として、本隊に第4戦隊第一小隊(重巡『愛宕』『鳥海』)、第5戦隊(重巡『妙高』『羽黒』)、第3戦隊第一小隊(戦艦『金剛』『比叡』)、四水戦(軽巡『由良』など)。
その護衛隊に二水戦――旗艦『神通』を中心に、第15駆逐隊(駆逐艦『親潮』『黒潮』)、第16駆逐隊(『雪風』『時津風』『初風』『天津風』)、第18駆逐隊(『不知火』『霞』『陽炎』『霰』)に、16掃海隊、輸送船十四隻。
島に上陸する占領隊には横須賀第五特別陸戦隊などを中心とした第二連合特別陸戦隊、陸軍の一木支隊などを乗せた輸送船十八隻とタンカーなど。
支援隊、第7戦隊(重巡『三隈』『熊野』『鈴谷』)を中心。
航空隊は十一航戦(水上機母艦『千歳』など)を含む。工作艦『明石』なども参加。
以上が、『雪風』が加わる攻略部隊の兵力であった。
攻略部隊が進む海は、出撃から相変わらず平穏が続いていた。戦場に向かっていると言う事を忘れさせてしまいそうになる程に穏やかな海と空の下を、艦隊は進む。しかしその針路は依然として敵地を向いている。
都倉が当直を交代した直後。午前六時を回ろうとしていた。突然、敵機来襲を告げる警報が鳴った。
空に目を向けてみると、カタリナやB24などを開発しているコンソリーテーデッド社の風貌を思わせる飛行機が飛んでいた。敵の偵察機だろう。敵機はすぐに引き返してしまった。
「敵機動部隊も、近いな……」
飛田の呟きに、都倉は緊張を覚える。
偵察機の飛来は、敵機動部隊の来襲近しと語っていた。しかしこちらの機動部隊の奇襲攻撃を明日に控えた今、艦隊は既にミッドウェー海域まで六百マイル圏内に入ろうとしていた。
「敵機来襲!」
今度は四発の爆撃機が現れた。数は九機。B17爆撃機だった。
「対空戦闘用意!」
『雪風』に対空戦闘用意が為され、兵たちが配置に就く。
用意が整うと、飛田は発砲を命じた。
「砲撃始め。撃ちー方始めッ!」
飛来した敵爆撃機に対し、『雪風』は12.7cm砲を発砲。その後、第二戦速に突入した。
雪風は上空を飛ぶ敵機を見据える。
その周囲に、黒々とした花火が咲いた。だが、敵機と重なる事はなかった。
「撃ち方待て」
二十一発ほど撃った後、『雪風』の主砲は火を噴くのを止める。
回頭し、反転して定位を目指す。その間に、敵機編隊は背を向け始めた。
「撃ち方止め」
水平線上に消えていった敵機の後方を疾駆していた『雪風』は、その砲を水平に戻した。
雪風も、一息吐く。
その後も艦隊はミッドウェー方面へと進んだが、敵の空襲あれど、各艦は落ち着きを得ていた。
この日、北方からダッチハーバー空襲の報が『雪風』に入った。北方部隊も作戦は順調のようであった。
同じ時、今度は五月三十一日に発動されたシドニー奇襲作戦の結果も届けられた。その報告の中には、シドニー港に突入した特殊潜航艇が一隻も帰還しなかった事を記していた。
しかしオーストラリア国民の不安は、これでより一層深まり、その士気を揺らがせる事が出来ただろう。
米豪分断への一歩が近付いた。こちらもアメリカに深い一閃を入れる時だ。
上陸開始まで、あと三日。
そして、その日は訪れる。運命の六月五日が――
昭和十七年六月五日
午前六時
敵機の空襲があると予期されるものの、未だ平穏が保たれていた艦隊に、敵空母発見の報が入った。
MIの北東二百四十マイルに敵空母その他の部隊を発見。
「機動部隊より入電! 我、今ヨリ攻撃ニ向ウ!」
いよいよか、と。艦橋が一瞬沸き立った。
誰もが緊張気味に、入電の内容を聞く。都倉も、傍にいた雪風と顔を見合わせた。
「いよいよだな」
「はい。赤城さんたちが、遂に敵空母を……」
敵空母の撃滅は真珠湾からの日本海軍の目標であり、機動部隊に至っては悲願とも言えた。真珠湾で打ち漏らした敵空母を遂に見つけ出したのだ。勝った方が、この太平洋を制する。
都倉と雪風は、他の乗員たちと同じように、機動部隊からの戦果を待ちわびた。
しかし、午前七時五十分過ぎ。敵空母発見から二時間経たない内に、その報告は突然飛び込んできた。
「き、機動部隊より入電! 『赤城』大火災! 旗艦ヲ長良ニ移ス!」
この報告に、誰もが驚愕した。
突然訪れた衝撃的な電に、愕然とする。その後に次々と寄せられた後電によって機動部隊の状況が判明した。
「敵機数百余機の来襲ありて、五十余機を迎撃撃破したるも、『赤城』『加賀』『蒼龍』が被弾、大火災を生じ、戦闘不能の状況になり。北西方に避退し、後刻、『飛龍』も避退せんとするも、『飛龍』もまた敵の空襲に遭い……」
状況はかなり絶望的なものであった。空母四隻が全て、甚大なる被害を被ったのだ。
報告を聞いて言葉を失った雪風に、都倉はかけてやれる言葉が無かった。
空母四隻がほぼ大破した事で、輸送船団は第15駆逐隊に任された。二水戦司令官・田中頼三少将は主隊合同の命を受け、16駆、18駆を率い、戦闘が行われている北東へと急いだ。
昭和十七年六月五日
午後十一時
勢い良く白波を立てながら、海上を駆ける駆逐隊。『雪風』は暗闇に支配されたミッドウェー海域を急かされるように進んでいた。
その矢先で、『雪風』は前方に灯台の灯りを見た。都倉が双眼鏡で確認する。
だが、その辺りに灯台はないはずだと、都倉が気付いたのとほぼ同時。
都倉は、その灯りが、夜闇に伸びた火の手である事を知った。
そしてその下に浮き出ていた艦影から、その炎が『赤城』のものであると理解した。
実は既にこの後十数話分ほど書き溜めているのですが、神龍の頃と比べると内容が暗くなってしまう……。




