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駆逐艦『雪風』 ~小さき不沈艦~  作者: 伊東椋
昭和十四年~十六年
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第十四話 支援任務

 ダバオの空襲後、『雪風』は『明石』による修理工事を再開し、ようやくその傷を癒やした。

 あの空襲で敵の爆弾を受け、被害を受けた重巡洋艦『妙高』は工作艦では対処しきれない程の傷を負ったため、一旦内地に帰投していった。

 そして『雪風』は姉妹艦『時津風』と共に、パラオへと戻る事が決まった。



 出航直前の『雪風』のもとに、ダバオにいる艦魂たちが集まっていた。


 「雪風、元気でね」

 「明石さんも。今までお世話になりました」


 傷を治してくれた明石に、雪風はぺこりと頭を下げる。


 「また怪我したら、いつでも来てね。綺麗に直してあげるわ」

 「はい。明石さんも、どうかご無事で……」


 雪風は潤みそうになった瞳を、必死に隠す。そんな雪風を、明石は笑顔を浮かべた。


 「ふふっ。またいつか会えるわよ、そんな今生の別れみたいに悲しまなくても」

 「雪風は優しいのよ」


 涙もろい雪風を、那智がフォローする。その微笑みは優しかった。


 「妙高姉さんも、貴女によろしくって。今度は一緒に、敵と戦えたら良いわね」

 「はい。那智さんたちも、本当にありがとうございました」


 ここで過ごした日々、あの夜の事も忘れない。雪風は自分の出航を見送りに来てくれた仲間たちに、感謝の気持ちを伝える。


 「私、皆さんと会えて本当に良かったです。また必ず……今度は、皆さんと一緒に前線で戦えたら、それは本当に嬉しい事だと、私は思います」

 「それは私達も同じよ、雪風ちゃん」


 声がした方に視線を向けた先に、那智や明石たちとの間から現れた龍譲が、囁くように口を開いた。


 「雪風ちゃんとの一時の別れもまた、それは私達にとっても必要な一時なの。再び巡り合える日のためにね」

 「龍譲さん……」


 龍譲は優しげな声で語り掛けながら、微笑みを浮かべた。雪風は彼女の言葉を受け止め、それを強く自分に言い聞かせる事で、己の感情をきっちりと整理した。


 「雪風、また会いましょう。今度は他の姉妹たちとも」

 「雪姉、それまでどうかご無事で……」

 「初風姉さん、天津風……」


 姉妹であり、戦友でもある二人。彼女たちとの別れも、再会のために必要な、かけがえのない一時。

 目の前にいる仲間たちと過ごした日々、そしてあの日の夜を、雪風は一生忘れない。


 「皆さん、ご武運を!」

 ハキハキとした声で、雪風は笑顔で敬礼してみせる。

 それを目の前にした龍譲たちも、嬉しそうに笑い、敬礼した。

 そんな彼女たちの別れを励ますかのように、大きな汽笛が鳴った。





 ダバオを出航する『雪風』を、湾内にいる各艦からは大勢の将兵たちが手を振った。

 そしてその中には、彼女たち艦魂も紛れていた。

 雪風はそんな彼女たちに向かって、何度も手を振る。

 そしてダバオの湾口が見えなくなった所で、雪風は前を見据えた。


 「雪風お姉ちゃん」


 合流した時津風が声を掛ける。振り返った雪風の顔を見て、時津風が微笑んだ。


 「どうしたの、時津風? 嬉しそうな顔をして」

 「ううん、何でもない」


 また微笑む時津風に、雪風は小首を傾げる。


 「お姉ちゃん、何か良い事あった?」

 「え?」


 時津風の問いかけに、雪風は一瞬目を丸くしたが、すぐにその緩ませた口元に指を当てて言った。


 「内緒」






 十二月二十九日、『雪風』は『時津風』と共にパラオに帰投。

 そこで昭和十七年の正月を過ごした『雪風』は、一月四日、セレベス島のメナド攻略作戦に参加するため再びダバオに入った。

 そして一月九日、第5戦隊司令官高木武雄少将指揮下の東方攻略部隊に所属し、第2護衛隊(第二水雷戦隊)としてダバオ湾を出撃。一月十一日、メナド攻略の一環であるケマ上陸支援に参加した。


 メナド攻略は、日本軍が目指しているボルネオやスマトラなど蘭印の石油基地を占領するための飛び石作戦の一つで、東方攻略部隊がメナドを攻略する一方、四水戦を基幹とする第一護衛隊を中心とする西方攻略部隊がボルネオ北東岸にあるタラカン島を占領する事になっていた。

 メナドは北東に長く伸びた半島の西岸にあるが、『雪風』は『初風』と共に第16駆逐隊第一小隊として東岸にあるケマの上陸支援に加わった。


 一月十一日、旗艦『神通』を中心とする護衛艦隊に守られたメナド上陸部隊が午前一時過ぎにメナド湾に到達。午前四時に上陸を成功させた。

 一方、『雪風』の参加したケマ攻略部隊も、ほとんど同じ時間帯にケマ沖に到達、上陸に成功した。湾内は夜闇の中、メナド、ケマ、両岸から燃え盛る炎で明るかった。日本軍の来襲を受け、敵が重油タンクに火を放ったのだ。重油に引火した炎が高々と天空に踊り、赤が夜空を染めていた。

 都倉や雪風、その場にいた者の誰もがその凄まじい光景を目に焼き付けた。

 日の出が昇ると、メナド、ケマ両岸の泊地には度々敵機が飛来するようになった。『雪風』の方にも敵機が姿を現したが、どの艦も被害は無かった。


 ある朝。日が昇ろうとして、空が薄くなった時。上陸部隊の揚陸を支援する最中、都倉は『雪風』の艦上から上空を飛ぶ多数の輸送機を見た。

 それは落下傘部隊を乗せた九六式陸上輸送機だった。その機に乗っている落下傘部隊は横須賀鎮守府第一特別陸戦隊である。ダバオから出撃し、この日初めて、落下傘による降下作戦を行うのであった。

 目的地であるランゴアン飛行場を目指し、横一特の落下傘部隊が降下を始める。

 日の出前後の蒼に薄く染まり始める南国の大空に、白菊の紋様がぱらぱらと描かれるように降り注ぐ。その光景は実に美しく、艦上から眺める都倉を激しく魅了させた。

 この時降下した落下傘部隊は現地のオランダ軍を撃破し、飛行場の制圧を見事達成した。

 地上の陸軍と海軍陸戦隊が奮闘する間、『雪風』は敵機と戦いながら、輸送船や上陸部隊を守り抜いた。


 その後、『雪風』はケマに続き、ケンダリー、アンボン、チモール島などの各上陸作戦の支援に奔走した。

 この間、『雪風』が東方の島で戦っていた頃、二月十五日にシンガポールが遂に陥落した。

 そして大本営は次の段階として、ジャワ攻略作戦を企図。

 昭和十七年二月、日本軍はジャワ島占領を目的として行動を開始。陸軍の上陸部隊を乗せた輸送船団とその護衛艦隊として第二水雷戦隊、第四水雷戦隊、第五戦隊、第四航空戦隊、第十一航空戦隊などが出撃。

 二水戦に所属する『雪風』も、この布陣に加わっていた。

 そしてその行く先で――スラバヤ沖という海域で、彼女に初めて訪れる激闘が待っている事を、この時の彼女はまだ知る由も無かった。

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