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駆逐艦『雪風』 ~小さき不沈艦~  作者: 伊東椋
昭和十四年~十六年
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第十三話 空襲

 ダバオに入港し、工作艦『明石』に横付けした『雪風』では被弾した穴を塞ぐための修理工事が行われていた。『明石』から工員たちが来艦し、既に作業を始めていた。『雪風』の艦体に空いた六つの穴を塞ぐため、溶接の火花がバチバチと散っている。


 「しかし『明石』が居て、本当に助かったな」

 「はい。明石さんには本っ当に感謝、感謝ですね」


 工事の様子を眺めていた都倉が、不意に口にした。

 それに雪風がはにかんだ表情で応える。

 戦場を駆け巡る軍艦。傷を負うのは当然と言える環境下、工作艦の存在は貴重だ。特に戦線が拡大している場合、工作艦が居なければわざわざ本国まで修理に戻らなければいけない事態になる。そうなれば戦力の低下など戦局にも影響が生じかねない。


 「(只でさえ戦線が拡張しているんだ。今後はもっと延びるだろう。そうした場合、工作艦もより必要性が増す――)」


 軍の快進撃が続き、日本の勢力圏が一気に拡大した事で内地も連日お祭り騒ぎだ。だが、戦線の拡大は同時に、延びた補給線を維持する事が難しくなる。そして対米戦の舞台である太平洋戦線において、最前線を往くのは海軍の軍艦。その艦を修理する能力を持った工作艦は戦線維持のためにも必然だ。


 「(彼女も今後、また損傷を受けるかもしれない。これより大きい傷を負う可能性だって……)」


 戦線が拡大すれば敵の抵抗も激しくなり、戦闘はより一層激化するだろう。今回のような幸運が、今後も継続する保障はどこにも無い。

 都倉の視線に気付いた雪風が、小首を傾げた。


 「少尉?」


 だが、今、先の事を深く考えていても仕方がないと、都倉は彼女の純粋な表情を見て思った。

 自分は彼女と共に、今を戦うだけだ。


 「な、何でしょうか?」


 都倉にジッと見詰められて照れ臭くなったのか、雪風はほのかに頬を朱色に染めていた。

 都倉の口元が緩んだ。


 「なに、ああやって溶接されている間は、体がむず痒かったりしないのかなと思ってな」

 「少尉、何を考えているのですか。もう……っ!」


 頬を膨らませる雪風。都倉が宥めようとしたその時だった。





 ――ウウウウウウウ。と、湾内に空襲警報が鳴り響いた。





 これには都倉も雪風と揃って驚いた。湾内に木霊する警報に、周囲が慌ただしくなる。


 「敵襲……! どこから……」


 雪風が戦慄を含ませた目で、辺りの空を見回す。

 都倉は自分たちの目の前に、艦魂が転移の際に生み出す光を目撃した。


 「二人とも! 空襲よ!」

 「明石さん!」


 光の中から現れたのは明石だった。修理工事中であった『雪風』を案じて来たのだろう。

 警報を聞いた『明石』の工員たちも、工事を中断して撤収作業に入っていた。敵機が来るという事は、『雪風』も迎撃のために出航しなければならないので、工員たちは急いで『明石』に戻る。


 「不覚だわ。こんなに近く接近されるまで気付けなかった」


 明石は悔しげに呟いた。敵機の発見は工作艦である彼女の役目ではないが、敵襲で工事を中断する事態は彼女にとっても未練があるようだった。


 「でも、敵はどこから来て……」

 「おそらく豪州のポートダーウィン辺りだろう。そこからやって来たと考えるのが妥当だ」


 敵がわざわざ豪州オーストラリアから飛来したという都倉の推測に、雪風は驚愕の反応を示す。

 更に発見が遅れた理由は、このダバオが周囲を高い山々に囲まれているからであろう。やがて湾内に轟々と鳴り響く爆音が徐々に近付いてきた。

 近付いてくる爆音に誘われ空を見上げると、雲の切れ間から現れた多数の敵編隊が、湾内の日本艦隊の上空に迫ってくるのが見えた。

 二十機近い数のB17爆撃機の編隊が、二個中隊に分かれて日本艦隊の上空に飛来。それを目の前にした『雪風』はすぐに出航準備に取り掛かった。


 「出航用意! 舫い放せ!」


 飛田艦長の命令により、兵たちが『明石』と繋がっている舫いを放しに掛かる。

 その間、敵の一個中隊が重巡組の上空に到達し、ぱらぱらと爆弾を降らせた。

 妙高型姉妹たちの周囲に、爆弾が降り注ぎ、次々と水柱が立ち昇る。


 「雪風! 俺は艦橋に行く!」

 「は、はい! 少尉、気をつけ……」


 その時、二人は遠くから鳴り響く爆発を聞いた。

 駆け出していた都倉は、思わず足を止める。


 「ああっ!」


 背後から雪風の悲鳴が聞こえた。都倉が雪風が見詰める先と同じ方向に視線を向けてみると、黒煙を噴き上げる『妙高』の姿があった。

 B17が投下した爆弾の一つが、『妙高』に命中したのだ。都倉は糞、と吐き捨て、立ち尽くす彼女を残し、再び走り出した。

 都倉が艦橋に辿り着いた時には、既に出航準備が終わっていた。


 「艦首オモテ放せ! 両舷前進微速!」


 『妙高』に爆弾が命中した様を艦長たちも見ていたのか、出航下令の伝達と行動は速やかに行われた。

 以前にも敵の空襲を受けた経験から、『雪風』は常に機関を温めていつでも出航できるように整えていたのが功を成していた。

 『雪風』は迅速に『明石』の横腹から離れた。雪風は『明石』の船体から離れる間際、こちらに何かを叫んでいる明石の姿を認めた。


 「雪風! 気を付けて!」

 「明石さんも!」


 雪風が敬礼する。明石もそれに応えるように答礼し、ニヒッと白い歯を見せた。

 その直後だった。上空から轟いた爆音を聞いて、雪風はハッと顔を上げた。

 そこには上空に到達した敵の第二中隊が飛んでいた。敵は、『明石』の上空から爆弾の雨を降らせた。


 「――明石さん!」


 雪風は『明石』に向かって叫んだ。

 その声を掻き消す勢いで、容赦なく爆弾の雨が『明石』の周囲に降り注いだ。ドゥ、ドゥ、と。強烈な音と衝撃が一緒になって響き渡り、何本もの水柱が図体の大きい『明石』を隠してしまった。

 その内の水柱の一つが、先程まで自分が居た『明石』の横に立ち昇っているのを見て、雪風はぞっとした。


 ――少しでも出航が遅れていたら、敵の爆弾が当たっていたかもしれない。


 爆弾が命中し、火に包まれる自分の姿を一瞬想像する。雪風はその想像を振り払うかのように、頭を振った。


 「……私は、戦わなくちゃ!」


 『雪風』は、白い波を立てながら敵機のいる空へ立ち向かった。






 「対空戦闘! 目標、上方の敵機!」


 『明石』から離れた『雪風』はすぐに増速し、回避運動に入る一方、兵たちがそれぞれの対空配置場所に着いた。機銃座や高角砲が回り、その砲身を上げる。

 砲術長も艦橋上の射撃指揮所に飛び込み、対空戦闘の指揮を執った。


 「高角砲機銃、撃ちー方始めッ!」


 敵機を探してぐるぐると回り始める高角砲より先に、『雪風』の後部煙突両舷にある25mm連装機銃が火を噴いた。

 しかし艦橋天蓋にある7.7mm機銃の方は、機銃手が居ても射撃を始める事ができなかった。何故ならその機銃座の指揮官が上甲板にいて、戦闘が激しくて中々上がってこれなかったからだ。

 これを知った都倉が、飛田に具申する。


 「艦長、自分が行きます!」


 踵を揃え、都倉は自分に振り向く飛田の顔を直視する。

 都倉の覚悟を見た飛田が深く頷いた。

 それを認めた都倉が、艦橋から飛び出し、爆音や射撃の音が連鎖する外を駆ける。


 「はぁ……! はぁ……!」


 揺れる艦の上を、都倉は転ばないように注意しながら艦橋天蓋へと昇る。ダン、ダン、と艦尾トモの方から25mm機銃の射撃音を聞きながら、都倉は必死に階段を昇る。

 機銃座に辿り着くと、既に準備を整えた機銃員たちが、憎らしげに空を睨んでいた。

 都倉はそんな彼らに、待たせたなと言わんばかりに大声を張り上げる。


 「撃ち方、用意!」


 都倉の来訪に驚いた機銃員たちだったが、すぐに都倉の指示に従った。

 7.7mm機銃の砲身が、やっとの思いで回りだす。

 都倉が上空にいる敵を睨み、息を吸った。


 「撃ち方、始めッ!」


 都倉の合図によって、7.7mm機銃がダダダと音を鳴らしながら火を噴いた。

 赤い曳光が空を駆け巡り、飛んでいたB17の方へと向かう。だが、高度三千を飛ぶB17には中々命中弾を与える事ができない。


 「撃て撃て!」


 自分の指示で敵機目掛けて機銃が撃たれる現実に、都倉は密かに快感を覚えていた。

 普段は艦橋で海図を睨んでばかりだが、たまにはこうして弾を撃ってみるのも悪くはない。

 こうしていると、本当に敵と戦っている感覚を味わえる。

 悪くない、悪くないぞ。

 その最中、都倉はレガスピで輸送船から大砲を撃ち上げていた陸軍を思い出した。

 あいつらもこんな気持ちだったのかな、と。だとしたら、今なら彼らの気持ちはわかる。

 当たらなくても、兎に角敵に向かって弾を撃っていると、不思議と安心感を覚える。

 何もしていないよりは良い、という事だけなのかもしれないが。

 だが、今まで味わえなかった感覚を、都倉は噛み締めるように浸っていた。



 この日、ダバオの日本艦隊は空襲に晒され、重巡『妙高』が損傷したが、『雪風』は無傷でこの空襲を乗り越える事ができた。



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