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 彼女が自分のために、どれだけの犠牲を払ってくれたかを彼は知っていた。

 本当は強くなんてない、弱い人だった。けれど、必死に戦い続けてくれた。自分の子どものために、そして家族のために。その家族を亡くした時、子どもみたいに泣く人だった。誰よりも情に厚くて、優しい人。

 彼はそんな彼女をずっとかたわらで見ていた。全身から血を流しながら戦い、声なき声で吠えるような彼女の生きざまを。

 時間は経てば経つほどに、あのときの、あの選択は重くのしかかってきたはずだ。

 彼女は、愛する人の居場所を探した。たったそれだけ。自分はそんな彼女を受け入れた。それだけのこと。

 そんなことすら罪だと問われても、自分たちはあのとき選んだのだ。

 自分は、わかっていたのだ。あの女を生かしておけば、途方もないことになることも。自分の眼が疼くからわかっていても、彼女の選択を選んだ。


 いつかを恐れていたのは誰でもない彼だった。

 彼女は必死に彼の眼がいずれは利用されることを恐れて、世界で名だたる権力者であり、武器商人である海龍に交渉し、人質と言う名の軟禁を甘んじて、自分を隠すことを選んでくれた。

巨大な組織に囲われることで、身を隠してこれた。


 海龍は忌眼を手に入れること。母は自分を守ること。

 その利害の一致から、自分はこれまで生きてこれた。けれど、それは虚ろのようなものでしかないと理解していた。いつかの終りを予期しながら。

 ――母さん。

 もう息をしていない亡骸を丁重庭に埋めて彼はそこをあとにした。母が死ねば、もう囲われる理由はない。

 母のように、自分も、自分だけのものを作って生きたい。

 その気持ちだけを抱いて彼は歩き出した。


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