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 あたしに生き延びるためのすべてを教え込んだ恵一は、本当にマイペースな男で、どんな地獄でもケ・セラセラと歌いながら楽しんでいた。あたしが見た限り、彼が困り果てていたり、焦ったり、困惑していることはついぞなかった。どんなときも笑っていた。あたしが彼を殺すときでさえも。

 どんなときにもなるようになる。あたしは、その教えを忠実に守ってきた、つもりだが、今はさすがに無理だ。

「味、気に入りませんか?」

 あたしは首を横に振った。それにツクヨミが不思議そうに小首を傾げた。先ほどまで裸同然だったのに、今では上等の絹の服を着て、にこにこと笑っている。

 彼女の手腕がどんなものかは知らないが、てきぱきと部下に命令し、あつあつの食事を乗せたテーブルの前にあたしと黒田、子どもを座らせた。黒田は警戒心から手をつけない、子どもも困惑しているようだ。あたしといえば、疲れと苛立ちが頂点に達しそうでとても料理を食べれる気がしない。

「気になっていることでしたら、いま、全力で情報を集めています。ですから、今はしっかりと食べて、休んでください。わかり次第、お話します」

 隊長、と横から声。黒田の視線にあたしは手を軽くふった。それに黒田が食べ始めた。子どもは黒田のがっつきに同じように食べ始めた。

 ツクヨミと目が合った。

 いやな女。

 心の中で吐き捨てて、パンを食べようとして、激しい嘔吐に見舞われて奥歯を噛みしめた。

「まるで狼のように警戒心むき出しなんですね」

 狼。あたしをいつもみな、そう口にする。

 あたしは苦笑いとともに横の子どもを見ると、懸命に食べているので、その頬をつついてパンを食べさせてやった。

「食べないのですか」

「ほしくない。今は」

「あら、狼よりも飼い犬のほうがよろしかった?」

 黒田が動きをとめようとしたのにあたしは足を蹴った。挑発に乗るな、バカめ。

 水だけなんとか飲み終えたあと、部屋に案内された。ツクヨミの趣味なのか、立派なメイド服の娘が先を歩くのはなんとも言えない気分になった。

必要最低限のベッドと浴室がある部屋。ちなみに黒田とは隣り合わせ。黒田にさっさと部屋で休むように手をふって命令し、あたしは部屋に入ろうとして、腰にしがみつく重みに気がついた。

 子どもがじっと見つめてくる。

 部屋は与えられてるくせ、あたしと一緒にいるつもりらしい。

 メイドが子どもを引き放そうとするのにあたしは手をひらひらと振った。子どもを連れて部屋に入ると、ベッドに招いた。

 あたしが横になると、その懐に潜り込んでくる。

 あたしは衣服をすべて脱ぐと子どもを腕の中に抱いて目を閉じた。ひどく眠りたかった。


 潰す/切り刻む/笑う声/砕ける。

 歌いながら、人を殺すあれは誰だろう。あたしが知っている人殺しの歌い手。恵一は、あたしが殺した。歌いながら手を伸ばしてきたのは。

 東。

 悲鳴をあげれなくてよかった。心からそう思いながら目覚めた。汗だくで、体が震えている。それでも胸の中にいる子どもは目覚めない。あたしはそっと起き上がった。シャワーを浴びて衣服を着て部屋を出る。

 ドアに重みがあって見ると、黒田がいた。

――隊長だと、この時間に動くと思いました。

「待っていたのか」

――いえ。この建物の見取り図やらいろいろと作っていて、ハックはしておきました」

「そうか」

――逃げますか?

「いや、逃げない。ここにいたら情報が手に入る」

――あいつら、きっと、隊長を利用するつもりですよ。いけ好かないあばずれのレズビアンめ。……あの子どものためですか。

 あたしは言葉を打たない。

――また、ですか。

 責める言葉が降ってきた。

――隊長は、子どもに甘いですね。ですが、だめですよ。

 あたしはまだ何も言っていない。それでも、黒田にはあたしの言葉がわかるらしい。

――あなたも、俺も、子どもの相手には適していない。過去のことがあります。

 東のことを、まだ責めるのか。その権利が、黒田たちにはある。

 あたしが戦場で見つけて、引き取った子ども。あたしが恵一に教えられたように、教え込んだ、あたしの息子。

 彼は強かった。強くて、理想的な息子だった。その東があたしを裏切り、あたしの隊を皆殺しにした。

 あたしは、そのとき、自分の声と髪を失い、両手両足首の傷を負った。黒田はその見た目と脳の杭を受けた。

 何十人もいたあたしの部下は、もう一握りしか生き残ってはいない。

 あたしが言葉を向けるよりもはやく、黒田が足音に顔をあげた。廊下の先にセキレイが立っていた。冷やかな目に黒田があたしを見た。あたしは頷いた。さっさと部屋に帰る黒田を見送った。

「なんだ、つれない男だな」

 あたしは肩を竦めた。

「ルイッシュは、恥ずかしがり屋なんだよ」

「ルイッシュ?」

「あたしの部隊でのあだ名。ルイ・黒田だから。あいつは、片親が日本人だ。アメリカ国籍だがな」

「ふぅん。あんな見た目だから、何かあって女が怖いのかと思った。飲むか」

 気さくに差し出されたのは黒ビールの瓶。ドイツ人なら、舌舐めずりしそうだがあたしは首を横に振った。

「酒は飲まない?」

 また首を横に振る。

「結婚してやめた」

「女らしくなろうっていうのか? くそったれな理由だな」

 違う、とあたしは笑って肩を竦めた。セキレイが、ふんっと笑って壁に背を預けて、自分がもってきた酒をちびちびと飲み始めた。

「正直、私はお前たちを信用していない。危険すぎるとも思っている。お前の旦那を追いかけている、という理由があまりにも馬鹿馬鹿しすぎる」

「だから信用した?」

「お前たちの動く理由はな」

 そりゃ、そうだろう。自分の旦那がいないから探している。そのために殺し屋とやりあうなんて、この世にあたしくらいだろう。

「まぁ、お前らのおかげでボスが無事で、本当によかった」

「恋人なのか?」

「……愛人みたいなものさ。あの人はああ見えて、私みたいなスキンヘットを犯すと、尼さんとしているみたいで燃えると言ってね。疲れるよ」

「恋人自慢か」

 ふふんっとセキレイが笑った。むかつく。

「あんたは男のなにがよかったんだ?」

 男と、きたか。

 あたしはちょっとだけ考える素振りをして、パソコンのキーを叩いた。

「ペニスがついてる」

 はっと、セキレイが笑った。

「ついでに、あたしの旦那はとても優しかったんだよ。びっくりするくらいに優しい。あたしは、そんなところが好きだぞ」

「のろけか」

「御返しだ。正直、あたしみたいな女にはもったいない男だよ」

「逆じゃなくて?」

「あの人の前では、あたしはただの女でいられた。幸せに笑えた。愛した、愛された。それであたしは十分なくらい幸せだ」

 セキレイが沈黙したあと、肩を竦めた。

「のろけは犬も食わないぞ」

 あたしは皮肉ぽく笑い返した。まったくだな。


 のろのろとベッドに戻ると、衝動が自分を襲った。

噛みつくようにベッドのシーツを剥ぐと小さな子どもが丸まっていた。これは、あたしだ。恵一に拾われた頃のあたしだ。生きる術を知らずに、何かを憎むことしか出来ない、愚かなあたし。

 頭のなかで歌声がする。恵一の、あたしを育てた親の歌声。炎のなかで彼はひどく穏やかだった。いつも優しくて、恐ろしい人だったが、そのときだけは何もかも受け入れる顔をしていた。もう時間だから、お前が殺しておくれ、そうしたら、完成だ。なにが? どう完成されてしまうの? あしは馬鹿で、その上純粋で聞けなかった。さぁ、殺すんだ。俺のニカ。

 フラッシュ。

 潰す/切る/噛み砕く。

 反射的に太ももにつけてあるナイフを取り出して、それを刺そうとした。

寸前で止めた。

 金色。

 蜂蜜みたいな、暖炉で燃える炎みたいな。

 これは、あたしじゃない。

 拾った子どもの真っ直ぐな視線にあたしはぎくりとした。すぐにナイフを太ももに収めて舌打ちする。こういうとき、声が出ないのはつくづく難点だ。すぐに出ていけとパソコンにキーを打とうとしたとき、子どもはあたしの腰しがみついてきた。マンマに甘える子犬みたいに。生憎、あたしは、お前のマンマじゃないと退けたい衝動に片腕を持ち上げた。けれど子どもがすり寄ってくるのに奥歯を噛みしめて我慢した。腕をゆっくりと降ろして、深呼吸を繰り返す。

 あたしも老いた。今日の無理に肉体をみしみしと叫び、苦しみと吐き気を与える。それを子どもがすりよることで癒されていると感じる。すっと、今まであった苛立ちが落ち着くのがわかる。あたしの腹も、落ち着いた。

 そっと子どもの頭を撫でてベッドに潜り込む。

 子どもがいやがらないのに、あたしは目を細めた。

 こんなふうに、あたしは昔、拾った東を抱いて眠っていたんだ。


 東は戦場で拾った。生意気そうな顔をした子どもを、あたしはなんら躊躇いなく、拾い上げた。そうだ、この子をあたしの子どもしにしようと思ったのは、恵一を殺したからだ。あたしの手で、あたしは育ての親を殺した。だから同じことをしようと思った。恵一と同じこと。自分の子を拾い上げて、育てる。恵一のようになりたいと思った。

名前は、その子が繰り返していた言葉から拾い上げた。東。あたしの子どもとして殺しと武器の使い方、人を騙すこと、嘘をつくこと、すべてを叩きこんだ。そして、あの子はあたしを裏切り、あたしの家族である隊を皆殺しして、あたしを瀕死にして姿を消した。

 あたしは、まるで牙を抜かれた狼のように生きた。まるで手負いの狼が必死に暴れまわるようにして。ようやく見つけた。安息。そのなかで二度と会いたくなかった息子と再会した。東を見つけて、あたしはあの子を殺そうとした。あたしの大切なものを奪おうとしたから。

 あたしは、いつも殺してばかり。奪ってばかり。奪われてばかり。

 笑いかけてくれた、あたしの愛しい人。

 居場所をくれた。言葉をくれた。抱擁とキスと、愛と。

 なのに、また奪われた。

 あたしの大切なものは、いつも、いつも、腹が立つことにあたしを置いていく。

 目を開けると薄らとした闇の中で、あたたかさを感じた。見ると子どもがすやすや寝息をたてている。

 彼はどこだろう。

 はやく、見つけたい。伝えたいことがある。


 目覚めたあと、顔を洗って、外に出た。

少しでもさぼれば体はすぐに動かなくなることは経験上知っていた。この施設は好きに出歩く許可はとってある。鼻を鳴らして廊下を歩いていると、背から気配がした。横目で見ると子どもが付いてきている好きにしろとほっておいてあたしはあたしのしたいようにする。

 長い廊下を歩いて、階段を降りて地下に降りた。

訓練する場所だと事前に教えられていたが、ざっと見たかんじ、いい武器が揃っている。ツクヨミは相当の武器マニアのようだ。あたしは一丁の銃を手にとると、口と片方の手だけを使って解体して、手入れのあと、戻した。両手なら二分もかからないはずだが、今はひどく手間がかかる。舌打ちしたくなったのに、装填して、的に向かう。撃つ、穿つ、叩く、潰す。

 あたしをじっと見ている目があった。あたしはそちらに目を向けた。子どもの幼い目と目が合った。

 あたしも、そろそろヤキがまわった。


 スクランブルエッグとトーストは大変においしかった。ツクヨミ曰く、わが社はすべて犯罪者集団ですが、みな、有能なんですよ、とのことだ。犯罪者でも腹は減る。おいしいものが好きなのは変わりない。

「それで、本題に入りたいのですが、いいですか?」

 ツクヨミはにこにこと笑って告げた。

「私たちを貶めたハイブリットのこと、多少ですが掴めました」

「どうやって調べたって、聞かないほうがいいよな?」

「ニカさんったら、あなたがそれを聞きますか?」

 方法なんて朝飯がまずくなるだけなので問わない。

 今は、一分でもはやく、あの人を探し出すことがあたしの目的だ。

「海外に拠点を置く、この組織は最近、出来たばかりのものらしくて、異能者なども扱っているようですよ」

 星が堕ちて、世界地図が書き換えられてから現れた異端――異能者。

その姿はさまざまであるし、能力も多岐にわたる上巨大な力を持つので面倒なやつらだ。

今まで人間と異能者が何度も争うことは多々あった。けれど蟻をいくら殺してもいつの間にいるみたいに異能者はあとを絶たない。今は仮の共存関係を築いているが、そんなやつらで作った組織なんて、またきな臭い。

「ちなみに拠点は、フランスです」

「また、やっかいだね」

「ええ。困ったくらいに厄介です。どうします? 行きますか?」

 あたしに選択肢がないことをわかっていて問いかけてくる。小娘の、狡賢い目。噛みついて潰したら、きっと気持ちがいいのだろうな。と心から思う。

「行くに決まってる」

 ツクヨミは、待っていましたと笑顔。自分のやりたいように生きてきた女の顔だ。こいつは敵に回したくない、本能的にそう感じた。

「それで、その子はどうしますか?」

 ツクヨミが指差したのはあたしの腰にしがみつく子ども。一言も話さないくせして、ずっとあたしの引っ付き蟲をしている。食事のときは離れたと思ったら、椅子を引き寄せてあたしの横を独占している。黒田が、あーあという目をしてあたしのことを見たが、誤解だ。あたしは潔白だ。

「あと、この子、一体、どういう経緯で連れ去られたのかわからないんですよ。ナノマシンは搭載されているみたいですが、登録がなくて」

 それは危険ということか。まあ、そもそも、ただの誘拐した子どもを危険な殺し屋の女ボスと同じ部屋にもしないか。

「置いていくぞ」

「そうですか。連れていくのかと思いましたわ」

 嫌味だ。


 用意をするというので、一度、部屋に引き上げようとしたが、腰の重みがだんだんと増している気がする。

 黒田が

 ――どうするんですか、それ

 とつっこんで来た。そんなの、あたしが聞きたい。

 なにもしてないのに、どうして、こんなにもしがみついてくるのか。

 ――それを連れいかないでくださいね

 あたしは視線だけで応じて、足払いをした。子どもが転げる。立ち上がろうとしたのに腹を蹴った。手加減していても鳩尾は効いたらしく、喘いでいる。かわいそうに。心からそう思うが、あたしは容赦しなかった。二度蹴って、踏みつけた。子どもの眼があたしを見ている。これで諦めたと思ったとき、子どもの両手があたしの細足を掴んだ。バランスを失って崩れそうになるのに、黒田が慌てて支えてくれた。

 ――隊長

 黒田の眼が憐憫をこめている。

 ああ、くそったれめ。

 こうなることをあたし以外のみんなが予想していたのかもしれない。

 あたしは乱暴に子どもの首根っこを掴んで、床に叩き付けた。息があがりそうだ。余計なパワーを使いすぎる。嫌気がさしたが、子どもはぼろぼろでもあたしにしがみついてきた。ああ、もう、いやだ。ヒステリックに叫んで怒鳴りたい。けれどしがみついてきたそれにあたしは拳を与えるしか出来ない。

 もういい加減、立つな。あたしに近づくな。十分、あたしが危険なことはわかったはずだ。

 けれどあたしの祈りなんて子どもは聞き入れつもりはないらしい。よろよろと近付いて、腰にしがみついてきた。

 あーあ、もう。

 ――負けですね、隊長の

 したり顔の黒田をあたしは睨みつけた。

 なにが負けだ、くそめ。

 あたしは子どもの肩を掴んで、引き離した。

 目を見る。美しい、黒目。昨日見た金色じゃない。

「これから行くところは戦場だ。お前を守ってやれる自信はないんだよ、それでもついてくる気かい?」

 あたしの問いかけ。それに子どもはしがみついてきた。わかってるんだか、わかってないんだか。

 ――あーあ

 また黒田の呆れた声。

 わかってる、もう言い訳しないよ。東と同じことをしようとしている。けど、あのときからあたしも歳をとった。もう馬鹿みたいなことはあんまり、そう、あんまりしたくない。それくらいには慎み深くなったさ。

 ――いいんですか

「わかっていたくせに」

 あたしの反論を黒田は肩を竦めて受け止めた。

 ――隊長、昔から子どもに惹かれましたもんねぇ。どうしてかな、うちの隊のみんな隊長が好きでしたもんね

 しみじみと黒田が言葉を綴る。あたしの家族、兄弟、父、弟、兄、それらすべてが彼らだった。そして、彼らにとってあたしは、それと同じ。母、妹、姉、そんなものだった。

 ――その子、しゃべりましたか

「いや、一言もしゃべらん」

 ――声が出ないんでしょうか

「わからん」

 黒田が興味深そうに子どもを見たあと、

 ――どうしますか、ハイブリットについて、調べますか?

 あたしは目を細めた。

「出来るのか?」

 ――必要だと思えば

 頼もしい言葉だが、あたしは迷った。ここで黒田に探らせたところで、あたしの必要な情報が本当に手に入るのかという疑問があった。

 ツクヨミたちは何か隠して、あたしを利用しようとしている。

 しかし、あたしには足がないし、金もない。

ツクヨミの援助を受けずに、ハイブリットの基地があるところまでは行きようがない。だったら、このままでいるのも一つの手だ。けれどただ利用されてやるほどに優しくない。それに

「今回のテロは、この組織のことだと思うか」

 ――わかりません

 黒田は素直だ。

 ――ただ、無関係とも思えません

「とりあえず、探れるだけ探ってくれないか」

 ――了解しました。隊長

 黒田の返事に満足して頷いたあと、あたしは、自分でも予想しない揺らぎに戸惑った。視界が揺れて、体が転がる。

 それを受け止めたのは、黒田だ。

 半分焦げた顔が焦りを滲ませている。

 ――隊長、大丈夫ですか!

 頭に響くノイズ混じりの声。不愉快だ。頭が痛い。腹も痛む。吐き気がしたがそれを必死に奥歯を噛みしめて押しとどめる。あと少しぐらいは我慢してくれ、あたしの体。ふと、ぬくもりを感じてみると、子どもがあたしの体を必死に撫でていた。気を遣っているらしい。幼稚でなんら役に立たない。けれど、それが愛しい。ふっと気が緩んだ。

「あ、ああ」

 必死にパソコンを打ちながらあたしは答える。

 ――今朝もあまり食べていませんでしたよね。体調がすぐれないのでは?

「歳なんだよ」

 ――歳って、隊長

 黒田が顔を歪ませた。黒田にくらいは本当のことを告げるべきかと思ったが、そんなことをしたら、あたしの行く手を遮ろうとするだろう。だから、言えない。

 どういう結末になるのかはわからないにしろ、それでも、これはあたしの決めたことだ。

「あたしは母親には向かないな」

 ――隊長

「それは、東のときにいやというほどに痛感したのに」

 あたしが作ったのは、所詮はバケモノのようなものだったのかと思った。恐ろしかった。ただ、恐ろしかった。

 けれど、それ以上に痛感した。

 こんなものを育てたあたしは、人じゃない。

 何かを愛することができない、ただの獣だ。

「お前には苦労をかけるな」

 ――今更ですよ、隊長。それに、母親というのはこの子のことですか

 黒田の眼が子どもをじろりと見る。

 ――必要でしたら、ここで殺します

 それはあたしの邪魔なら自分がやると言っている言葉だった。戦場では多くの人間を殺した。そのなかには少年兵もいた、敵国ということで村も襲った、若い奴も、年老いた奴も、殺すことに差なんてなかった。

 あたしたちは殺戮を起こした。

「だめだ」

 たまたま、東を見つけて、あたしは育てた。気まぐれなそれに愛や責任なんてなかった。そのとき、あたしは育ての親を殺して、ひどい痛みに立てないほどに呻いていた。その穴を必死に埋めようとして、幼い東を選んだのだ。それをきっと東は気がついていたはずだ。

 ――隊長

「必要なら、あたしがやる。それだけだ」

 黒田の眼は静かにあたしを見ていた。

 あたしは子どもを見た。きれいな瞳と目が合った。

「黒田、付け焼刃でもいい、この子に銃を、あと拳の使い方を叩きこめ。三時間後に出発だ。それまでに最低限は教えろ」

 ――了解しました。しかし、覚えなかったら?

「死ぬだけだ」

 あたしは吐き捨てようにパソコンにキーを叩きこんだ。


 ――母さん

 不愉快な重力。穏やかな笑みを浮かべるあたしが育てた息子。ナイフと銃を持たせた。

 それが当然だとあたしは思っていた。人を殺すこと、殺されないために騙すことが。

 ノイズ。不愉快なひっかき音。

 あたしが見た。紅蓮の炎と笑う息子の姿。そしてあたしを連れて悲しげに笑う顔。

 ――母さん

 声のぬくもりは、いつものと変わらないのに、手に持ったナイフはあたしに向かう。

逃げることは出来ない。

 東はあたしを殺そうとした。

 なにを間違えてしまったのか、わからない。あたしは与えられたことを、ただ息子に返しただけなのに、どうして、こんなことになったのだろう?

 ――ニカ

 なにもかも歪んで、沈んで、最後に見えたのは、――あの人の顔と声。早く会いたい。


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