1、Cat in the box!
昨日よりは長い。
春の朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
高校に入学して4週間がたった。
まあ、いろいろな事があった。
あ、別に高校生デビューしたわけじゃないよ。
しいて言えば幼馴染とは絶賛喧嘩中なぐらいである。
朝早くから顔を合わせるのはなんとなく気まずいので
いつもとは違う通学路を1人で歩く羽目になっていた。
別にいいじゃないか、
新しい同級生にアイツがどんなやつか聞かれたから
懇切丁寧にガキの頃に水路に突き落とされた
(アイツは未だに俺が勝手に落ちたと主張している)
事を面白おかしく話しただけなのに。
そう、もう終わった話だからこそネタとして話したのに。
しかも後で呼び出して誰もいない校舎裏で鉄拳制裁とかどこの裏番だよ。
一昔前のマンガかよ。
しかも不意打ち気味だったせいで殴られてバランスを崩した際に
右手の甲が校舎裏の壁に当たって結構派手に擦りむいてしまった。
たいした感じの怪我ではないとはいえ、
多少なりとも出血している俺を見た時のアイツの
「やってしまった」みたいな顔を思い出すとあんまり良い気分にはなれない。
何か俺だけが悪いみたいじゃんか。
まあ、一晩たったらカサブタになっていたので
怪我そのものについてはあまり気にしていないが。
どうせ校舎裏呼び出されるなら、可愛い女の子に呼び出されたかった。
そうちょうどあの道路の端のダンボールの中にいるみたいな感じの……
……ってダンボールの中だと!?
思いっきり二度見してしまった。
可愛い女の子がダンボールの中にちょこんと座っていた。
あれは同い年ぐらいだろうか、
できるなら余裕でお知り合いになりたいレベルの可愛さである。
更によく見てみるとダンボールの側面には「拾ってください」と書いてある。
よし、関わるのはよそう。
そう即断した。
え、何コレ。拾っちゃダメでしょ。犯罪でしょ。
いや、ひょっとしてイジメとか
仲間内での行きすぎた罰ゲームとかそういった類のものなのか……。
いや、それもある意味イジメみたいなものか。
とにかく何がなんだかまるでわからんが
120%かかわんない方がいい事は絶対的な確定事項なので、
この道は通学路候補から外そうと心に決め、
来た道を振り返ると、
「な、何よ。急に振り向かないでよ。忘れものでもしたの?」
何故か若干慌てた様な顔をしている幼馴染の三宅珠子がいた。
まるで予想外に見つかってしまったみたいな顔をしているが気のせいだろう。
てか、居たならおはようぐらい言えよ。
喧嘩中だとはいえ礼儀は大切だぞ。
もう俺らも高校生だしな。
「いや、この道を通るのはあまり良くない予感が急にしたんだ。
今からでも別の道にしよう、な。」
そう提案してみる。
「はあ?なにわけのわかんない事を言ってんの。」
バカなの?死ぬの?
と、表情で言ってる。
付き合いが長いと相手の感情が良くわかるよね。
「まああんたは基本わけわかんないことばっか言ってるけど……。」
失礼なやつである。
「何かヤバそうな人でもいるの?」
「あ、おいっ、目を合わせるな。」
こっちの脇を通り抜けて道の先を覗くのを止めようとする。
下手に関わってこいつにイジメの矛先が向いたりしたら幼馴染として心配である。
「 なによ。捨て猫が一匹いるだけじゃない。
お、なかなか可愛い黒猫ね。」
そのままとてとてと軽い足取りで駆けて行き
先ほどのダンボールの前に行く。
俺はあまりの事に呆然としてその様子を見送ってしまった。
黒猫だと?
珠子の前には、例の可愛い女の子しかいない。
周りには俺たち3人以外の人は見当たらない。
と珠子が「よーしよし」などと言いながら女の子の顎をゴロゴロとさすると
ぴこんっと女の子の黒髪から2本の猫耳が立ち上がった。
なに……?
よく見ると女の子の背中の方から2本の尻尾の様なものがゆらゆらと揺れている。
マジか……。
珠子は全く気にした様子がない。
それどころか「女の子かしら、男の子かしら」とかいいながら、
女の子の脇の下に手を差し込み、
持ちあげる仕草をして「女の子か……」などと呟いている。
心なしか残念そうな顔しているのは流石に気のせいだろうが……。
そこではたと気付く。
ひょっとして珠子にはその女の子が黒猫に見えているのだろうか。
とにかく、このままアホっぽい顔を晒したまま
2人を眺め続けるわけにもいかないので
そばに行って少し観察して見る事にする。
やはり猫耳と2本の尻尾以外はただのすごく可愛い女の子にしか見えない。
これがディスプレイの向こう側に居たのなら、
友人の徹あたりは「俺の嫁」とか言い出しそうな感じだ。
しっとりとした感じの深い色合いの黒髪なので
本当に黒猫だったなら毛並みは随分と良いのかもしれない。
しかしその子の格好は、黒い半袖Tシャツに明るい茶色のショートパンツ
季節的に違和感バリバリの格好である。
最初見つけた時にイジメじゃないかと疑った理由のひとつでもある。
しかし全く寒そうにしていない。
珠子に「よしよし」と頭を撫でられながら目を細めて機嫌良さそうにしている。
あまりにも可愛かったのでその様子を少しの間ぼーっと眺めてしまった。
やはり珠子には黒猫に見えているとしか思えない。
いや、おそらくは逆だ。
俺だけが女の子に見えているのではないのだろうか。
さっき側を通り過ぎて行ったサラリーマンも特に気にした様子はなかったし……。
流石に道路脇でJKがJKぐらいの女の子(猫耳付き)を撫で回している異様な光景を
無視して何の反応を見せない何て事はあり得ないだろう。
まあ、百歩譲ってそれはいい。
これが黒猫だろうと女の子だろうと普通ではない事は確かだ。
俺の頭だけがトチ狂ったのでなければだが。
きのう珠子に殴られたのが原因とかだったら死ぬ程嫌だが。
とにかくコレに関わるのはもうよそう。そう結論づける。
後は幼馴染のよしみで珠子にもかかわらせないようにさせよう。
今までの経験からすると、こいつが関わってしまうと
ほぼ100%俺も関わる事になるという嫌な因果が働きそうな予感がしているのも
そうする理由のひとつではあるが。
「おい、その辺にしとけ。捨て猫に関わってもろくな事にならんぞ。」
取り敢えずそう切り出す。
「えー、まだ朝のHRまで余裕あるじゃん。そんな焦らなくてもいいじゃん。
そうだ、小さい時みたいに新しい飼い主さがしてあげようよ。
あの犬も可愛かったじゃん。」
どうよこの名案は、みたいな顔をしてくる。
確かに小学生の時にそんな事を2人でやった思い出もある。
ただの子猫一匹だったら、そうしても良かったかもしれない。
しかし俺は珠子のさすソレが女の子にしか見えない。
もし見つけた飼い主候補がキモイ30代ぐらいのおっさんで
「僕が飼ってあげるよ。デュフデュフ」
とか言ってたら、
それが例えただの猫好きのおっさんの心からの善意の言動であっても
俺にはそれが犯罪にしかみえない。
しかもこの場合、そのおっさんはただ子猫を飼おうとしているだけなので
これは俺のひどい偏見という事になる。
とにかく俺は断じてそんな光景は見たくないのである。
というか可愛いからってなんだよ
その言い方だとお前は犬猫が可愛くなかったら飼い主探さないのかよ。
と突っ込みたくなったが、どうせいつもの様に「細かい揚げ足ばっか取るな」
という言葉とともに理不尽な暴力にさらされそうなので黙っている。
あと「だからモテないのよ」とかも言われそうだ。
俺は長い付き合いで幼馴染から学んだのだ。
女とはそういう生き物なのだと。
(↑かなり失礼)
とにかくアプローチを変えねばなるまい。
「いや、何か嫌な予感がするんだよね。
というか嫌な予感しかしないから今回は見送ろう。」
「はあ、黒猫だから気にしてんの?
そんな小学生みたいなことまだ信じてんの?
バッカみたい。」
何だと?
今まさに小学生みたいな理由で飼い主を探そうとか言い出したやつに
言われたくないぞ。
せっかくこっちは善意で提案してやっているというのに。
しかしその理由を伝えようにも
俺はその子猫が女の子に見えるからだ
とか言おうものなら、俺が病院に引き取られてしまいかねない。
「とにかく飼い主を探してやるにしても、放課後にしようぜ。
それまでに善良な市民の誰かが拾ってくれるかもしれないし、な。」
と言ってみる。
まあ、その前に保健所の人が来そうですけどね。
で保健所に連れていかれたら処分されるでしょうね。
という想像が浮かんでちょっと落ち込んだ。
「ええー。こんなに可愛いのに?」
と、ずいいっと子猫を持ち上げて俺の目の前に持って来くる。
というかそういう風にしていると予想できるのだが、
実際は俺からみると年の近い美少女に至近距離から
顔を覗き込まれるような形になる。
こんなシチュエーションじゃなければ最高なんだが
今回は流石に腰が弾けてしまった。
と、女の子が俺の様子を不信に思ったのか急にじっと見つめてきた。
その目線から逃れるためについ女の子体全体にぐるりと視線を這わせてしまった。
そのまま一周してその子の俺の目がその子の瞳に戻ってくると
女の子はとたんニヤリとした表情で瞳を爛々と輝せ始めた。
仔猫の体格と女の子の体格が同じ大きさなわけがない。
まずい、ばれた。
本能的にそれを感じる。
一方、女の子は、ほーといった顔をしたあと
より一層ニヤリと悪どく嗤い、
仔猫になった。
は?どゆこと?
そこにはもはや得意そうな顔で仔猫を掲げる珠子しかいなかった。
いや、さっきの笑顔からは嫌な予感しかしない。
とにもかくにも、この仔猫とは今後一切関わらない方向で行こう。
「無茶いわんでくれ、流石に今すぐに飼い主を探す余裕はないよ。
まさか学校に連れて行くわけにもいかないし、
ちゃんとそいつをダンボールの中に戻してやれ。」
何か小さい子に言い聞かせるような感じになったが
珠子は流石にそれもそうか思ったのか
渋々とその言葉に従って仔猫を箱の中に戻した。
ミッションコンプリートである。
まあ、放課後になればこいつも忘れてるだろ。
とか結構ひどい事を考えながら道の少し先で珠子を待ってやる。
とそこで俺達が喧嘩中だった事を思い出した。
だけど仔猫に手を振っている珠子をみたらどーでも良くなった。
まあ、そういう意味ではあの仔猫に感謝してやらん事もない。
ふたりで学校に向けて歩き出す。
後ろから見送るように仔猫のニャーという鳴き声が聞こえた、
そんな風に俺は感じた。
しかしその鳴き声は次の角を曲がっても、校門をくぐっても聞こえ続けた。
……ちょっと待てや。