「さよなら、羊水の中にいた頃」
「さよなら、羊水の中にいた頃」
馬乗りになって、ワタルは見下ろす。
首の横あたり、少し窪みががある。
目印のような小さなほくろ。
新しいゲーム機の、コントローラを持つ時のように、ポジションを確かめて指を滑らせる。
「そんな優しくしなくていいよ。怖い?」
下から、カナが笑う。
わずかに湿っている。
窪みに親指をあてがって、めり込ませる。あまりに抵抗がなくて、そのまま、簡単に皮膚を突き破れそうな気がする。
押し倒した時、床に真一文字に広がったカナのマフラーが告げている。キープアウト、ここから先は立ち入り禁止。
「やめないでね」
タンッと、まな板の上、包丁を振り落とされる前の魚のように、押さえられて、それでもびくんと動いたカナの足が蹴り飛ばす。カシャンと、見かけよりはずっと可愛いく軽い音を立て、鉄製の籠は傾き、溢れるほど入っていた、バスケットボールが周囲で無数に跳ねる。ダンッ、ダンッダンッダン、ダン。反響する、床のとても冷たい放課後の体育準備室。キープアウト。
ここからは、誰も入らないで。
空撮のように、2人のつむじが見える。
本棚に挟まれた、狭い通路。
カメラは降下していき、2人の隣りの通路へと入る。
ジェンダーレス、性被害から逃れて、貧困との決別、スラムのライン、すーっとカメラは社会学のコーナーを移動していき、やがて止まる。行き過ぎて少しだけ戻る。本と、本の隙間。
心の障害ーアダルトチルドレンー 白に赤字の背表紙の向こう、ユキの小鹿のようなポニーテールが揺れている。
「やめてよ、こんなところで」
制服のスカートの襞を数えるようになぞる、細い指。それを必死に抑える。爪の先が白い。
「反省してる?」
ユキの手が、カナの長い髪を撫でる。
「話してよ。ワタルくんとのこと」
「何もしてないよ」
「知らないと思ってる?」
髪からおりてきた手が背中に回る。
一歩、ユキが踏み込んで、つま先を踏まれる。
「カナは、ダメな子だね」
引こうとして、足が動かない。上体だけ反らす。ユキの手を払った。パッと散った髪が顔にかかる。あっと思ったら、唇を寄せられていた。
「やめてよ!」
小さく叫んで、突き飛ばす。昼休みを告げる、大きなチャイム。
カメラはクレーンに吊り上げられるようにゆっくり上昇していく。
失恋した少女のように、かぶりをふってカナは走り出す。ユキはその場に残ったまま。手負いの猫のように、ちろと甲を舐めて笑う。
次の授業が移動教室前の、休み時間の廊下は慌ただしい。喧騒と、制服が行き交う。ユキは制服の波を漂うクラゲのようにゆっくりと歩く。
向こうから、1人やってくる。ブレザーの前をはだけて、腰までおろしたズボンのポケットに、手を入れている。校則違反のピアスが西日に光る。
ユキに気づくと目をそらす。
違ったか。すれ違おうとして、がんっ、と肩を当てられた。
「お前かよ、2組のサダミネって」
茶色く染められた髪から、甘い匂いがして、その匂いと顔面のニキビが不似合い過ぎて一瞬、吐き気を覚える。
頷くと、問われる。
「1でいいって本当かよ」
「アンタなら2だね。こっちも慈善じゃない」
男は、品定めするように、視線を下げる。スカートからのびる、桃のようなユキの太もも。
「舐めたいくせに」
「淫売が」
吐き捨てて、行こうとする男の手首を掴む。
「先に払えよ」
舌打ちして睨んでくる視線。
サーッと遠く響く波のような音を伴って、男が遠ざかると喧騒が戻ってくる。
休み時間はあと5分。携帯にはカナからの着信が2回入っている。
凝った器に盛られた煮物。
カナの母、タカの得意料理は和食だ。
いつからあるか知らない柱時計が大きく響いて20時を知らせる。
夕食は、いつも20時に始まる。
夕食前に風呂に入らされ、着替えをさせられる。
席に着く前に、父親の前に立つ。
ズボンはダメ。ロングのスカート。色は黒。上はブラウス。髪は留めること。紺の靴下。
母親が揃えたものを、自室で、戦場に赴く兵士の装備のように黙々と身につける。
父親のチェックを受けたら、食事だ。
いつも、何を食べても味がしない。
ユキと初めて手を繋いだ竹下通りのクレープは、あんなにも甘かったのに。
煮物のイモはただ、つるんとした舌触りで、ワタルに請われて嫌々含んだ亀頭と似ている。味を問うてくるタカに、今、そう返してあげたら、何と言うだろうか。想像して、少しワクワクする。
「美味しいです。お母様」
この家は時間が止まっている。
わたしが知らない、チカと呼ばれる、美しい姉が死んだ時から。
柱時計は、その時からあったのか。
イモをころころ口内で転がす。
ワタルはどういうのが気持ち良いのだろうか。
もっと吸えとか、先だけとか、まこと、男の性はいつも自分本位だ。
ユキの身体なら、もっと分かる。
どこがどうなって、どうしたら、気持ちいいか、どうして欲しいか。透明なビニールで出来た、精巧なダッチワイフのように、その中身さえ見える。わたしも同じだから。
「カナ、あなた最近、ユキって子と仲が良いのね」
父親がカチャカチャとチャンネルを換え、結局いつものNHKのニュースに戻す。黒縁のメガネの男性キャスターが原爆後遺症で苦しむ人達が立ち上げた互助グループの活動について話している。
「こいつらもアレだな、結局金が欲しいだけだろ、国から」
父親が嘲るように言う。
「あの子、お母さんはあまり感心しないわ。変な噂もあるみたいだし」
「付き合う奴は選べよ。腐ったミカンの話があるだろ」
味のないイモを飲み込む。
画面が切り替わって、お天気お姉さんと呼ばれた若い女が明日の天気について話している。グレーの地味なワンピース。だけど裁断が凝っていて、痩身の身体に似合っている。ピタッとしたデザインで、胸のラインが美しい。
ああいう服はどこに売っていて、幾らくらいするのだろう。いいな、あれを着て、ユキと歩きたい。いや、違う。買って、ユキに着せてあげたい。背の高いユキなら、あの女よりきっと似合う。
女が、明日は、夕方より豪雨になると告げる。
「ワタルくんとは最近会ってるの?」
柱時計が響く。30分経って、20時半。食べ終えた父親がソファに移動する。革張りのやたら沈み込む、このソファがカナは嫌いだ。父親が座り直すと、ギュルキュルと擦れる音がして、革の下に得体の知れぬ生き物がいるようで不気味だ。
父親に初めてされたのも、あのソファの上。それから、あそこに座れなくなった。
「カナ、前にも言ったけれど、ワタルくんとは、向こうのご両親との約束もあるんだからね。それまで…」
「分かってる」
僅かに茶碗に残ったご飯をかきこむ。
それまで、綺麗な身体でいなさい。
お風呂に入ったら九九を唱えなさい。
団地の子とはしゃべらないようにしなさい。
ユキとは会わないようにしなさい。
お母様、あなたはいつだって清く正しい。けれど、あなたの娘はとうに汚されてる。そこに座る男に。
柱時計の振り子が揺れる、コツコツという低く小さな音だけ、カナの耳に優しい。
校門の柱を背にして、ワタルと向き合う。柱に刻まれた行書体の校名は、月日の移ろいにより、わずかに欠けている。その窪みに、カナは頭を預けてワタルを見返す。
伝統校と言えば聞こえは良いが、古きものは朽ちていくのは、自然の理だ。
毎朝ここでチェックされる、スカート丈を取り締まるだけでは守れない、内から熟れて腐っていくものだってある。わたしの身体もそうだろう。
「今日、これから来いよ」
ワタルが誘う。寒そうに手をこすり合わせている。その手をカナは白い、指のない手袋で包んでやる。
「うさぎみたいだな」
「今日は予定があるんだ」
「あのな」
ワタルが重大な秘密を告げるように顔を寄せる。大きな顎。尖った頬のライン。小さな棘みたいな短いヒゲ。肌が、わたしとは全然違う。男の人の肌って、時々何か、イグアナとか、そういう爬虫類のようだと思う。怖いもの見たさで触れたくなるのは、こんなにも自分と異質だからか。
「家、親がいないんだ」
重大な秘密のあまりの幼さに、思わず笑ってしまう。
なんだよ、不服そうなワタル。
「ごめん。でも今日はやっぱりダメなんだ」
いつか応援に行った、部活の試合で、平凡なフライを取り落とした時と同じ表情でワタルは天を仰いでる。この世の終わりみたいな顔。可愛い。
「ねぇ」
ワタルがこちらを向く。窪みから頭を離すと、カナは今度は自分からワタルに近づく。
「あのね、どっちにしても今日はダメな日だから。どうせなら、別の日がいいでしょ?」
キョトンとしたワタルの脇をすり抜けて、カナは歩き出す。ようやく意味に気づいたか、絶対だぞと叫ぶワタルの声が後ろから聞こえる。単純だな。でもワタル、女の子はあなたよりとても弱い生き物だから、それくらいは許して。
プーさんの大きなクッションの上にユキが乱暴に開けてポテトチップスのカスが散らばる。
「もう!ガサツか!」
カナはクッションをそっと持ち上げると、窓を開けようとする。
「あ、待った待った待った!」
「何よ?これ、外に捨てよ?」
「そっち側の窓開けるとほら、それ、そのポスターに引っかかるから。逆の窓開けて逆!」
窓の横の壁に貼られた、ビジュアル系バンドのポスターを指して言う。紫の頭髪を突き上げた男が眼光鋭くこっちを見ている。こんなのがユキはタイプなのだろうか。
「今日はワタルくんと会わなかったの?」
「うん。ユキと先に約束してたから」
「嬉しいっ!」
叫んで、ユキが抱きついてくる。慌てて、後ろに手をついて、身体を支える。ユキはカナの胸の下に頭をうずめたまま、ラブラドールみたいにうぐうぐしてる。
「ユキ、そんなに不安?」
ユキが何か答えるが、よく聞き取れない。
「安心してよ。わたし、どこも行かないから」
その言葉が合図だったかのように、鷹のごとく素早くカナから離脱するとユキは言った。
「嘘。いつかワタルくんのところへ行くでしょ?」
一瞬、言葉につまる。けれど、カナは冷静に答える。
「行かないよ」
探るようなユキの目。不安で揺れてる。可哀想に。そんな心配しなくてもいいのに。
「わたしは、ユキのそばにずっといるから」
ユキはカナを見たまま、黙ってポテトチップスを食べている。つまんでは口に入れる。右手の人差し指と、親指の黄色いネイルが剥がれかけてる。ポテトチップスを1枚、2枚、3、4、5枚。無言で食べ続けながら、
「う、うぅっ」
突然、嗚咽しだす。
「何で、何でそんな嘘つくの!?いるわけないじゃん、いられるわけないじゃん、なのに、何でそんな優しいの」
カナはユキの手をさすってやる。
「そんな、そんな残酷なこと、言わないでよ」
そう言って、ユキはとうとう泣き出してしまう。ぽたぽたと垂れるユキの涙で、スカートが丸い濃淡を作っていく。
最近、会うといつもそうだ。
カナは途方にくれる。
見渡す部屋は一緒にゲーセンで取ったぬいぐるみがあちこちに置かれてる。
机の上を見ると、黒地に、ピンクのラメが入った蝶の舞う箱が無造作に置いてある。生理用品のように見えるけど、あれは知っている。以前、ワタルの部屋で見た。コンドームだ。
カナはため息を飲み込む。
タカが言っていた、悪い噂。カナだってそれは知っている。どうしてあんな事するのか、何度も問い詰めた。やめないなら、別れるとまで言ったけれど、まだ、ユキは続けているのか。
そのユキと、ここで泣くユキと、その違いとか、同じとか、どう分かってあげたらいい。
教えてよ、ユキ。
その後、2人で、マシンガンを乱射してゾンビを倒すゲームをした。迫りくるゾンビにビビってしまうカナを守るようにユキはどんどんゾンビをやっつけていく。
ね、カナもちゃんと撃ってよ!全然、戦力になってないかんね、それ!
ユキが笑う。
カナはこういう残酷なのは苦手なのに、ユキは大好きだ。そして、苦手なのを知っていて、いつも一緒にやらせようとする。
「ねーもういいよー」
何度目か、そう言って、画面から目を離してユキを見る。生き生きしてる。
「だってこのくらいしかない。わたし、カナのこと、守ってあげられない」
コントローラーを握りしめて、マシンガンをライフゼロになるまで撃ちまくるその姿は、悲壮な戦士のようで、もうやめようよ、そう言えなかった。
家のそばまで送る、そう言ってユキはアパートの部屋を出てきた。錆びかけた外階段を一緒に降りる。
ユキの家にはお母さんしかいなくて、それも、ほとんど見た事がない。ユキはあの部屋で小さい頃からいつも1人で留守番をしていたらしい。
「まぁでも、今は金ならあるしね」
ニヤと笑ってユキが言う。
「何のお金よ、それ」
カナが眉を顰めると、そんなんじゃないと言って、ユキは手を繋いできた。
ユキの手はいつも冷んやりしてる。
冬で、寒いのに、ユキの手の冷たさは気持ちいい。
「ユキ、もうやめな、あんなこと。噂になってるよ」
真っ暗で、星の見えない空の下を歩く。言葉を出すと、白く息が舞う。
ふふっとユキは笑う。
「カナがさせてくれないから、欲求不満なんだわ」
「何それ?ふざけないでよ」
「本気だよ。でも最近は全然」
「箱あったけど?」
「昔のやつ。空だよ」
どこまで信じてあげたらいいのだろう。このふわふわした、不安定な自分と同い年の女の子のことを。
「じゃないと、わたし、ユキと会えなくなっちゃうからね」
神妙に顎を引いて頷くユキの横顔が、外灯に照らされる。白く、血の気のない頬と、レイピアのように先が尖ったポニーテールだけが、描きかけの絵のように夜に浮いている。
「ユキは綺麗だね」
聞こえないように、そっと言う。
小さくユキが手に力をこめるのが分かった。
走馬灯は、死ぬ直前だけに回るわけじゃないんだな、それを、わたしは、破かれた制服と、公衆トイレ脇のマンホールに横たわるユキの姿を見て知ったんだ。楽しかったユキとの思い出が、縁起でもない、グルグルと回った。
夜。ちょうど、柱時計が9回鳴った頃、ワタルが家に着て、それを知った。
母親の静止を振り切って、走って、多分、人生でこれ以上はないってくらい必死で走った。
着ていたコートを脱いで、ユキを包んだ時、不思議とユキは笑っていた。
「ねぇ、信じてくれる?わたしねぇ…」
眠たそうに何か言いかけて、ユキは目を閉じてしまった。
うちは無理だから、ワタルの家に連れて行った。家までは、ワタルがユキを背負った。
「男関係、だろうな」
カナの問いに、ワタルは短く答えた。
「俺らの間でも、ユキの噂はあったんだよ」
「でも!でも、最近はやめてたって、そう言ってたよ!なのになんで、こんな…酷い」
ワタルは落ちてくるユキをぐっと背負い直す。汗が滲んでる。
「分からないけど、都合よく勘違いした奴もいるってことだろ。とにかく、今は休ませてやろう」
「ねぇ病院!病院連れてかなきゃ。お父さんの知り合いがいるから、きっと言えば診てもらえる」
「カナ、気持ちは分かるけどな、あんまり、ユキに貸しを作ってやるなよ。病院は、明日だ」
どうして、こうなった?
公衆トイレの灯りにむらがる蛾が、腰を抱えられ、頭を抑えられて、逆さまに見えていた。カチャカチャ響くベルトの音が煩かった。
酷い段差をチャリで越えるような振動が、身体の奥に響いて続いて、そこから先はあまり覚えていない。
気づいたら、見知らぬ天井が見えた。
キョロキョロしていたら、部屋の隅から声がかかった。
「気づいたか」
それが男の声だったから、恐怖で反射的にシーツを掴んだ。けれどそのシーツにも覚えがない。間があって、ワタルの声だと気づく。
一気に安堵と恥ずかしさが襲ってくる。
ガッ!と、かけられたふとんを跳ねのけたのと、ココアをお盆に載せてカナが入ってきたのが一緒だった。
「勝手に牛乳借りたよ」
ユキが目覚めたことに気づいてないカナが、ワタルにそう告げている。
その後ろ姿を見て名を呼ぶ。
カナ!
声が、出ない。
カナ!
もう一度呼ぶ。
口が、パクパクする。
世界から音が消えたよう。
ワタルがカナに何か言って、カナが振り返る。
「ユキ!」
無音の世界に一つ、響く大好きな声。
「カナ!!」
満身の声が出た。出たけど、それはすぐ、情けない涙声に変わってしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
小さい子どもなように泣いて、カナが優しく髪を撫でるから、ますます涙が出て、恥ずかしくて、嬉しくて、でも凄い不安で、もう一生これは、抱きついたカナから顔をあげられないとさえ思った。
「ちょっとは落ち着いた?」
笑ってカナが言う。
「お前ら、ほんと仲良いのな」
呆れたようにワタルが言う。
そわそわし始めたユキに、カナがワタルには聞こえないように言う。
「大丈夫だよ。お風呂、ワタルのうちで借りて、わたしと入ったから」
覚えていなかった。言われたら、何となくそんな気もしたけれど、うまく像として結ばなかった。一時的な記憶喪失にでもなったように、あの時から数時間の記憶がない。
でも、カナの言葉を聞いて、聞かなきゃ良かったと思って、でも安心して、やっぱり聞いて良かったのか、でも死ねるほどそれは恥ずかしくて、ワタルの家だと言うことも忘れて、バフと布団に倒れこんだ。
「もうやだ!バカ!」
そう叫んだら、全身の力が抜けた。
カナが笑って布団を掛け直す。
手だけ、布団から出した。
その手をカナがそっと握る。
泣き続けるカナに、ワタルが言う。
「でも、これ、俺のを見ろよ。ひっでぇもんだぜ」
カナへのものとは違い、何かのメモに走り書きしたようにそれは短く書かれていた。
(カナを泣かせたら、どっからだって戻ってきてぶん殴る)
そう言う、お前が泣かせてちゃ、世話ねーっつうの。呆れたように言うワタルと、癖のある尖ったユキの字を見ていたら、ようやく、少しだけ笑える気がした。
手を繋いで一緒に寝たあの日から、ユキは学校へ来なくなった。
ワタルに聞いても、病院で別れたきりだという。携帯も繋がらず、家にも居なかった。
そうして一週間が過ぎた頃、担任が、事務的に告げた。
「サダミネユキさんは、家庭の事情で、転校することになりました。お別れの挨拶には来れませんが、クラスのみんなには、よろしく伝えて欲しい、との事でした」
放課後、ユキのアパートへ行くと、部屋を整理していた大家から、預かっていたという手紙と、メモを渡された。
手紙を読んでから、カナは、今日、ワタルが見舞いにくるまで、一週間以上、寝込んでいた。もう死んだ方がいいと思っていた。
『大好きなカナへ
何も言わずにいなくなって、ごめん。
代わりに苦手な手紙をガンバって書くから、許してね。
カナと一緒にいられた時間の全てが、わたしの宝物です。わたしの人生の中で、カナといられた時だけが、光っていました。
カナ、幸せになってね。
そして、わたしのことを忘れて下さい。
それがわたしの幸せです。
今までありがとう。
ばいばい。
ユキ』
10代の、触れれば砕けるような繊細で、だからこそ光を放つ「好き」の形を、一筋の矢のごときお話に込め、放てたら、その思いが、自分にこの物語を書かせた気がします。
感想、ご意見あれば、お待ちしております。




