キス
彼とのキスはあまり好きではなかった。
中学から吸っているらしいタバコの臭いや味が口を伝って私にまで被害を及ぼす。何度タバコを止めてくれと懇願しても3日と経たない内にまた吸っている始末、だけど彼のことが嫌いになれない私。惚れたが負けとはこのことだ。
まだ私が彼とのキスを嫌っていた頃、1度だけ本気の喧嘩をしたことがある。原因なんて忘れたけど、日々ヒートアップする喧嘩の勢いにお互いムキになっていたのだ。
イライラが募って、彼の家で一方的に別れ話を押し付けて家を出ていってやった。
自宅に帰る私に声を掛けてきた人物がいた。口調は優しめに、だけど言葉の裏には隠しきれていない欲望の感情。いつもなら無視していた。でも彼と別れて胸にポッカリと穴が空いていた私には何でもいいからそれを埋めてもらいたかった気持ちがまさってしまった。
男についていくと公衆トイレに、こいつに犯されるのだと思っても何にも感じなかった。でも男が振り返った瞬間に私の身体がビクリと恐怖に震えた。男のつれが叢から出てきたのだ。
逃げようにも逃げられず、冷たい地面に押し付けられる。抵抗していると強引にキスをされた。
吐き気を催しながらも私の口は明細に情報を伝えてくる。
彼とは違う味、匂い、温もり、感触……彼のことばかりが頭に思い浮かんでは消えていく。
そっか……私、何だかんだ彼とのキスが好きだったのかもしれない。
そんな気持ちが湧き上がったのは、太陽が上って朝を迎えた頃だった。
あれから数ヶ月経ったけど……今でも私の口には、彼とキスをした残片が残っている。