7、勧誘失敗
『さっきも言ったが、入部するしないは本人の意志だ。部としての勧誘はあくまでも強制ではない』
部長は部員一同へ目配せしながら念を押す様にそう言った。
まあ、確かに『強制』はナシだよな。でも、同じ同級生として入部を『誘う』ってのはどうよ?
幸い、俺は本田の隣のクラス。休憩時間や教室移動の時に声を掛ければ……って思って監視していたんだが……アイツ、いつも独りで居やがる。友達居ねーのか?
つか、逆に独りで居られると声掛け辛くなっちまうじゃねーか。
「誰見てるの?」
「わ?」
三時限目の休憩時間、教室移動をしている本田の後を物陰に隠れながら追い掛けていたら、いきなり背後で声を掛けられて驚いた。しかも相手は女の子だ。女子に知られてしまい、満足に尾行さえ出来ないなんて……こんな事、じっちゃんに知れたらマジで殺される。
いかん。落ち込んで来た。
「あのー、誰だっけ?」
誰か判らなかったから、一応愛想笑いを浮かべてみる。
「嫌だなぁ。ボクはキミと同じクラスの安藤だよん」
「だ『だよん』って……」
自分の事を『ボク』って、男か? にしては声のトーンが高いよな? 変声期まだなのか? ……って、ちゃんと女子の制服を着ているし、ボトムはチェックのプリーツスカートだし。
様子を伺い獲物を狙っている様な……彼女は肉食系のニオイがする。
「タダ者じゃあないねキミ」
「は?」
「ああ、隠しても無駄だよん。キミのその身のこなし。キミ……」
「……」
こいつ隙が全く無い。
自信満々の笑みを湛えて嬉しそうな彼女とは真逆で、追い詰められた俺。
うわ、俺の素性が……素性がバレて……てか、こんな時どうしたら良いんだ? じっちゃんから非常事態のマニュアル教えて貰ってなかったし。
柱にへばり付いてドン引きしている俺へ、まるで値踏みしているみたいな強い上目遣い。
どうする?
「是非我が空手部に入部しよう!」
「んなっ☆ かっ、勧誘っすか? で、オタクがマネージャー?」
「そうだよん。でも、ボクはマネじゃ無いよ。これでも部員。有段者」
「空手部ですか。だけど、もうテニス部へ入部届け出してますから」
「えええ~~~、せっかく良い物件見付けたのにぃ」
丁寧に断ったつもりだが、なかなか諦めてくれそうにないみたい。つか、しつけー(しつこい)。
「俺は『物件』ぢゃあねえっ!」
俺は住宅か?
気合一発、腹から声出しで怒鳴ったら、両手で自分の耳を大袈裟に押さえて見せた。
「あん! ちゃんと聞こえてるからそんな大声出すさないでよ」
「『あん!』じゃねーよ」
おわ、人混みに紛れて本田を見失っちまいそうじゃねーか。
貴重な休憩時間を無駄にしちまった。俺は安藤を置き去りにし、慌てて本田の後を追い掛ける。
なんなんだよ? 同業者かと思ってもの凄げー警戒して身構えてたのに。
だけど、何か引っ掛かかるんだよな。あの腹黒そうな笑顔が。
クラスメイトだと言う安藤の事を思い出していたら、完全に本田の姿を見失った。
「あっちゃ~~~、アウトか」
しゃーない。また改めて出直すか。俺も次体育だし準備しなくっちゃな。
諦めて元来た教室へ引き返そうと反転したら、すぐ眼の前に誰かが立って居てぶつかりそうになった。一瞬で崩れた体勢を立て直し、立ち止まっている人物を紙一重で擦り抜ける。……にしては小柄な人物?
「俺に何か用?」
「ああ……んっ? ほ、本田?」
『二度見』ってホントにあるもんなんだな。
でも、まさかアイツから俺に接触して来るなんてまさかだよ。
「ストーカー止めてくんない? おじさん」
「ばっ、だ、誰が『オジサン』だよ! つか、見失ったハズなのになんでここに居る?」
お前こそ隠密か?
「あれだけ騒いで気付かない方がどうかしてるよ。馬鹿にするな」
「別に馬鹿になんかしてねーし」
そんなに煩かったのかと思うと、恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「で? 何の用?」
「テニス」
「はあ?」
「部活遣ろう」
下手に小細工しても直ぐに見透かされて馬鹿にされるのがオチだと思った俺は、直球勝負を選択する。
「しない」
「なんで? 勿体無ねーじゃねーか」
「……」
俺の言葉が堪えたのか、本田は急に顔を伏せて両の手を強く握り締める。
「あのラケットどうし……」
「欲しいなら遣るよ!」
「はあ? な、何言ってんだ? ちょっと落ち着けよ」
俯いた本田は感情的になり、言葉を被らせて俺に最後まで言わせなかった。
きゅっと口を真一文字に堅く閉ざして両の拳を握り締め、肩を怒らせて戦慄いた。
事情は店の主人と先輩達の話で判っている。まだこれからだって時に事故で後遺症を負ってしまい、夢を絶ってしまったのか? 続けていたものを諦めなければならないどうしようもない辛さなら、少しくらいなら想像は出来るさ。それでも何かのきっかけや思う処があったから、新しいラケットを買ったんじゃないのかよ?
「お前も……お前も兄貴と同じ事を言うんだな。いい加減……うんざりなんだよ!」
「兄貴ってプロの……」
「もう良い黙れ! 俺の前から消えろ!」
本田は片手を伸ばして俺を突き飛ばそうとしたが、俺は素早く一歩後退してかわす。
俺に逃げられたと知った途端、本田は大きく息を吸い込み、何か言いたげにキッと俺を睨み付けると、反対の方向へ駆け出した。
「『消えろ』って……無茶言うなよ」
じっちゃんはどうだか判らないが、俺は単に先祖が『お庭番』だっただけで、何も忍者並みの能力を持っちゃいないぞ。
本田にここで逃げられてしまい、部活へ勧誘するには更にハードルが高くなっちまったな。