5、硬式テニス部
「お……?」
「立ち話するのは勝手だけど、端っこでやれよ」
凜とした声の主を捜すが、辺りをキョロキョロと見廻しても見付からない。
「おかしいな。確かスポーツショップで出会ったクソ生意気な『小学生』の声がしたと思ったのに……」
つか、まさか……な。空耳だよな?
「『小学生』で悪かったな。父兄席ならこの先だよ。『おじさん』」
「はああ?」
普通視線を更に落すと、ショップで出会ったあの『小学生』が俺達と同じ制服を着て見上げていた。
ニュートラル状態になって気抜けしてたら、やっぱり本人居た―――!!!
だ、誰が『おじさん』だよ? 俺は高校スキップしてんのか? つか、父兄って……社会人かよ?
「あれ? 制服……ああ、定時制の人だったのか」
「ンなに勝手に納得してンぢゃねえええ。俺は社会人じゃねーっての!」
「へー、じゃあ同級生?」
「ああよ」
ふて腐れて肯定する。自然と鼻息が荒くなる。
「同い年?」
「くどい!」
「まさか。嘘だろ?」
「ちげーよ! お前と同じ一年だっっ!!!」
まさかとは思ったが……こんなに早く出合えるとはね。本田プロの弟に。
「うわ、ちっさ……輝、コイツと知り合い? しかも、ぶふふッ……『父兄』って、くくく……輝の事か?」
俺達の遣り取りに受けたのか、松っちゃんが噴き出しながら聞いて来る。
「ちげーよ!」
俺は瞬殺で否定する。
「うん。この間俺にテニスラケットを取り上げられたんだよね」
「るっせ! 黙れ」
いちいち勘に障る言い方しやがって……
無性にムカついたが、同じ高校へ入学していたのなら話は早い。
「そうだ。お前、部活はもちろん硬式テニス部だよな? あのラケット、もうガット張り上げたんだろ? ゲームしようぜ」
「……」
急に本田は黙り込み、顔を伏せた。
「どうした? 俺、何か変な事言ったか?」
場の空気が気不味くなって、俺は松っちゃんと顔を見合わせる。
松っちゃんは話が見えていないらしく、視線が合った俺へ首を傾げ、肩を竦めて見せた。
「新入生は学科の出席番号順に並んでくださーい」
メガホンを持った上級生が、俺達新入生を整列するよう促した。それぞれの学科のプラカードを人混みの中でも判る様に、高々と掲げて見せる。
「あ、俺は電気科だから。先に行くわ。じゃあな輝」
「おう」
松っちゃんを見送っている間に、アイツは何処かへ消え失せた。つか、あの背格好じゃあすぐに人混みに紛れて見失うって。
それにしても、ゲームの話を持ち出した途端、急に暗くなっちまって……一体どうしたんだろ? 全国大会候補者だったくらいだし、ニューモデルのラケットを購入するあたり、テニスが嫌いになったってワケじゃあなさそうだし……
「あの、ご父兄の方は先に入場してください」
「は?」
「あれ? 生徒か」
振り返った俺が、高校の制服を着ていたと知ると、声を掛けて来た教師らしい人は軽く咳払いをすると、何も無かったみたいにスルーして通り過ぎて行った。
「……」
どうせ『老け顔』だよっ。好きでこんな顔やってンじゃねーや!
島じゃあ少人数だったから、俺に対する認知度が高かったけど、一年だけで三百四十人も入学しているとなると、この高校じゃあ俺への勘違い頻度は相当上がるんだろうなぁ。
傷付くなあもう。
***
県立二神高校のグラウンドは、校舎内の他にも幾つかの場所へ分かれて所有している。硬式テニスも校舎内ではなく、郊外で企業が経営しているコートの幾つかを無償で借りているそうで、そこまで自転車移動で毎日通っているらしい。
道理で。グラウンドには、野球部とサッカー部が大部分を占めて練習していて、その片隅で弓道部や吹奏楽部等の部活を遣っている。目当てにしていたテニスコートが一面も見当たらないと思ったし。
「入部希望者はこちらへ並んで。マネージャーの間宮が入部希望届を回収しますから、提出してください」
桜吹雪が風に舞っているグラウンドの片隅で、硬式テニス部の入部届けを提出するために順番待ちをしていた。他の一年が俺の肩くらいの背丈って……俺目立ち過ぎるし。
「あれ?」
当然居るだろうと思っていたヤツが見付からない。
「あのーすいません」
「はっ、ハイっ!」
全くの無防備の状態で、受付のセンパイ方へ声を掛けたら、飛び上がりそうなくらい驚かれた。
俺が今にも危害を加えそうなアブナイヤツに見えたんだろうか。身の危険を感じたのか、先輩方は三人とも派手な音を立ててパイプ椅子から立ち上がった。一番気丈そうな坊主頭の先輩を楯にして、二人がその先輩の背中をグイグイと押して俺へと突き合わせる。
「おわっ? な、なんだ? 途中入部か?」
三人の先輩方は思わずパイプ椅子から立ち上がったが、俺はその先輩方よりも頭一つ抜き出ていた。後ろに隠れた先輩が「でけ~~~」と感嘆の声を漏らしたのを聞いてしまった。
「あ、いや自分は途中入部じゃあありません。新入生っす」
「……」
ナンだよこの『間』は。先輩方みんな疑ってるな? その眼は完全に俺を成人だと思っているのかよ。
つーか、不審者でもねーンだけどな。……くそ。心が折れちまいそうだよ。
「あの、本田くんはまだ入部していないんですか?」
「は? 『本田』?」
「ええ。ここへ来れば会えると思っていたんですが」
そう言っても、先輩方はピンと来ないみたいだった。三人がお互いに問い掛ける様な表情で顔を見合わせる。
=「あ、もしかして彼は本田プロの弟の事を言ってるんじゃないっすかね?」
=「はあ? なんで?」
「そうです」
先輩方のヒソヒソ話を聞いて、俺はちょっとテンションが上がる。
けど、浮付いた気持ちへ冷水をぶっ掛ける様に、先輩は首を振って否定した。
「残念だけど、本田はここへは来ないよ」