最終話、ダブルス!
「俺はずっとシングルスだったから……」
「『だったから』? 何?」
俺だってそうだったよ。
もしかして、ペアになってる俺に失敗とかを貶されるとでも思っていたのかよ? だがしかし、今まで俺がミスったら、コイツは烈火の如く俺を罵倒しやがったからなぁ。お返しでもされると思っていたんだろうか? って、コイツやっぱメンタル面弱っ。
「今のが本当の試合だったら、俺……」
「そりゃあ本戦だと思う心構えはいつでも必要だけど、でも今は練習試合だろ? もっとリラックスして……」
「お前、本当に先輩が練習試合だって手を抜いているとでも思っているのか? 合田さんも北川さんも本気出してる」
本田は俺に最後まで言わせなかった。
コイツの気概溢れる根性には驚かされたが、自分の気持ちと身体が伴わない焦りで冷静さを失っていると思った。まあ、勝ちに眼が眩むと言うか……そんな感じがする。
「本気には本気で迎えるのが礼儀だよな」
そんな事くらい判ってら。
俺はガットを弄りながら、ボソリと呟いた。
主将はこの合宿の評価で来月に行われる総体のメンバーを決めると言っていた。大会未経験者の俺としては大歓迎だし、上等だって思っているが、頂点まで行ったヤツのガッツキようったら……
でも、一年半もの間ずっと沈黙していたコイツが、遂にエンジン掛って来たなって気がしている。
俺にはまだコイツ程の技術は無いけど、コイツに今欠けている冷静さと漲る体力には自信アリだ。
『休憩時間が終わりだ』と合田先輩が声を掛けた。他のコートでゲームが終わったペアが、俺たちの試合を見に集まって来る。
「とことん走って拾ってやるから。声出して行くぞ」
「ああ!」
持久戦になれば、本田が自滅すると読んでいた先輩方だが、生憎体力バカの俺が居る。思っていた通り、本田の左側を集中して狙い、ボールがコートの深い位置でバウンドするような球足の速いボールを左右に振って何度も送り出し、俺はコートの左右を猛ダッシュする破目になった。
何度もライン上の際どいコースへ落ちる球を出して来るあたり、相当コントロールが良い。
この一本を落とせばまた振り出しに戻ってしまう……そんな事をこのゲームで何度頭に浮かんだか数え切れやしない。
なかなか抜けない俺のリターンに痺れを切らせたのか、今まで放置状態だった本田へ意表を突くようにボールが飛んだ。
角度を付けて、本田が腕を一杯に伸ばしても届くか届かないかのネット近く。ほぼネットと並行になりそうな難しいボールが来た。
一瞬、ヤバイと思った。
今から本田の後ろへ廻り込んでも間に合うかどうかと言うギリギリの厳しいコースだ。でも本田はその狙いを待ち受けていたかのように素早く反応した。
ボールの底を擦るような低い位置からのスライスを掛けているリターンは、低くコート上を滑るように飛んで、前衛に居た北川先輩のすぐ後ろを通ってコートの外へ逃げて行く。
間に合わないと読んだのか、合田先輩は本田のリターンを見送った。
「ゲーム アンドマッチ ウォンバイ本田・明神ペア セブン・シックス」
途中から来た徳永先輩がゲームの終了を告げた。
消耗感が激し過ぎて、今イチピンと来なかったが、これって俺たちが勝ったってコトだよな?
肩で大きく息を吐いている俺は、コートで同じように……いや、俺以上に大きく呼吸を乱している本田と眼が合った。
マジか? マジっすかあ???
「っしゃあああ!」
俺たちは、青空に向かって力強く拳を突き上げた。
調子に乗るとはこう言う事を言うのかと思うくらい、俺たちのペアは部内練習でどんどん勝ち続けて行った。
合宿の最終日に城東高校との練習試合が行われた。
本田の元部活のメンバーが沢山居た。特にアイツと同じ苗字を持つ本田と言うヤツは、アイツを異常なほど敵視していて徹底的にマークしていた。
聞けば同じ中学で同じ部活で一緒だったそう。同じ名前が複数居れば、本人同士でのライバル意識はもちろんだろうが、他の部員から常にアイツと比べられて居たらしい。まあ、天才と比べられれば誰だって凹むよな。
アイツの『癖』や『読み』を心得てはいたものの、それは『過去』のシングルスでの本田のプレイでしか無い。俺が言うのもナンだが、この『お坊っちゃん』は変わったんだ。
「なんでだよ。なんでお前に勝てない? 消えたはずなのに……なんでお前が戻って来るんだよ!」
俺たちのペアにボロ負けした城東高部員の本田は、悔し涙を流しながら足元に敷いてあった砂利を掴んで投げ付けた。
さほど距離も無く、一瞬の出来事だった。
本田の知り合いと言う事で、俺は完全に油断していたために、本田の立って居た場所を入れ換わるだけで精一杯だ。
投げ付けられた石が俺の身体へ当たる寸前に、白い獣が間に割って入って石を叩き落とした。そしてすらりと伸びた細長い脚でしなやかに着地すると、素早く木立の中へ消えて行った。
俺が礼を言う暇さえ無かった。
今のはかりんだったが、アイツいつの間に元のサイズに戻っていたんだ? かりんの姿を離れた場所から目撃した部員が「犬か?」「狸だろう?」「いや、狐かなぁ」と言い合っていた。
「お前なんか消えろ!」
「こら、本田! 失礼だぞ!」
今にも掴み掛ろうとする寸前に、城東高の部員数人が本田を取り押さえる。
勝ったのに、本田は少しも嬉しそうにしていなかった。むしろ、何か心に引っ掛かっているものがあるのか、悲しそうな眼をして、泣き出した彼の後姿をじっと見送っている。
「なあ、あれお前の元仲間だったヤツ……」
「ああ。でも中学の時は『仲間』にはなれなかったよ。俺、すぐに『敵』を作るタイプだし」
「おお! 『自覚あり!』じゃねーの!」
「そんなに言わなくても……」
俺の言葉に本田は拗ねる。
「でも、俺の方にも問題があったと思うんだ。シングルスだったし『チームメンバー』としてでなく、『敵』としか見て居なかった。ゲームの度にどうやって叩き潰そうかって、そんな事しか考えていなかったから」
「同じ部員同士で?」
「もしかしたら、俺のそんな慢心がメンバーの嫉妬を煽って……それであんな事故になったのかも知れない」
本田は俯くと、左手で自分の左目を包むように手を当てる。
やっぱり事故の直接の原因は、誰かから投げ付けられた石か何かだろう。俺の読みは当たっていたっぽい。
確かに、コイツと初めて会った頃は、超~カンジ悪ィヤツだったもんな。
「売店でアイス買うか?」
本田は何か『憑モノ』が取れたみたいに爽やかに笑ってそう言った。コイツが買い食いに誘うだなんて、俺的にはあり得ねーんだが……成長したなぁ。
「ああ、本田のおごりでな。俺はバニラモナカで」
「わしゃあチョコバーでええぞい」
「うわっ! じっちゃん? かりんも一緒か?」
どこから湧いて出て来たんだ???
足元で何か居るな~と思ったら、体育座りをしていたじっちゃんとデブ犬に戻ったかりんだった。
「なに? 明神の身内か?」
「あ、ああ……なにしに来てンだよ早く帰れってもう」
「ツレナイのう。年寄りは労わるもんじゃて」
「必要ナイっ!」
本田にやっと笑顔が戻って来た。
緊張から解放されて気が付いたが、ここの合宿所には山間の良い風が吹いて来る。空を見上げれば、もう夏の空のように濃い蒼に染まっていた。
俺は青空を見上げながら大きく深呼吸をする。合宿での実績が評価されて、俺たちは来月の総体へ異例の抜擢を受けて居た。
「次の総体、頑張るぞ!」
「ああ!」
一ケ月間、リハビリのつもりで書いてみました。あれもこれもと盛リ過ぎて、結局削除して行ったら残念な結果に。。。お付き合いして戴いた方、この程度ですみません。でも、ありがとうございました。




