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ダブルス!  作者: 和貴
29/30

29、練習試合

「なあ、明神。お前ちょっと見ないうちに、なんでそんなに急に老けたんだ? それに他の一年のヤツもなんか……クマなんか作っちゃって。疲れが顔に出ているな」

連休合宿に突入した翌朝。本田は信じらんねーほど爆睡していて、起きて来たのは翌朝だった。

「タダでさえ老け顔なのに『老けた』って言うな! 俺は昨夜……思い出したくない程の恐怖を味わって、一睡もしてねーんだよ!」

先輩が何度起こしても起きずに、自動的にイベントをフケやがって……しかも朝まで一度も起きなかったから、超~スッキリな顔しやがって……

単なる暗い夜道のオリエンテーリングなら平気だが、箇所々で先輩方が隠れていて突然ドッキリをするんだから、もう十年分はたっぷりと老けた気がするよ。

他のヤツと大声で喚いたもんだから、喉がイテーや。そういや、宿泊施設から離れている民家数軒から、やかましいとの苦情が夕べ寄せられて、主将たち三年生が謝りに行ったそうだ。

「ふーん。寝てないのか。合宿が始まったばかりなんだから、ちゃんと睡眠取らないとダメだろ」

「だーら、眠れなかったっつってンだろーが!」

ちゃんと聞けよコラ!

ったく! あ~イライラする……


「なあ、なんか今年の一年、苛々してないか?」

「あー。今年は合田と北川が率先して一年を怖がらせていたからな。眠れていないヤツが多いんだろう」

先輩方のボールを拾っていたら、そんな遣り取りが聞こえて来た。

くっそぉ~~~。合田・北川両センパイの二年生強烈タッグのお陰で、全く眠れなかったんだと知って、一層闘志がみなぎった。

この二人、何気に息が合っていてペアを組んでいる。何やら『デキルオーラ』を醸し出していると注目していたら、去年の新人戦で三位入賞まで行った実績を持っていた。油断出来ない。

悪戯されたお返しもあるが、近いうちにゲームでリベンジして遣ろうと思ってたら、意外にもその時は午後のゲームで遣って来た。

背丈では俺とタメを張る合田先輩は、俺と同じく高い打点からの落差を得意としているし、北川先輩は積極的にポーチに出る攻撃型。二人ともパワーで押し切るタイプのペアだ。そして部内でも俺たちのペアと一番良く似ている。

タイプが似ていると攻撃パターンも読み取られ易く、却って遣り辛い。

カウントはシックス ゲームズ オール。六対六のタイブレークにまでもつれ込んでいた。

十分な睡眠と、日々の練習の成果が出ているのか、本田は随分体力を付けて来ているように見えた。小柄だが、身体全体からのショットは強力だし、本来の精密な打ち分けはまだ持続出来ている。

「!」

何度目かのラリーが続き、コート右側前衛でポーチを狙っていた本田が、苦手にしている左を狙われた。

本田の左側が手薄になっていると部の全員が知っている。勝つ為にはそこを衝いて来るのがセオリーだろうが……

俺は後衛で素早く本田のカバーに付く。

一瞬、抜かれたかと思ったが、本田は一歩大きく踏み出し、球威に負けないように上手く体重を構えたラケットへ預けてボールの勢いを殺し、これを自分で処理した。

決めたと思っていたボールが帰って来て、先輩方に若干の動揺が見える。

軽く弾んだボールが相手コートのネット近くへ落下する。

「返した! 北川、前!」

「うす!」

ダッシュした北川先輩は身体を低くして、勢いが消えたボールを力一杯掬い上げ、高いロブを放った。

「明神!」

「っしゃあ!」

後方サイドラインの内側を狙って落下して来るボールへ逸早く追い付き、タイミング良くジャンプして力強くスマッシュを繰り出すと、ボールは先輩方二人の間を縫って、矢のようにバックコート深く突き刺さる。

かあ~~~! スパーンと決まって気持ちイイ!

「ワン・ゼロ」

タイブレークになると、二ポイント以上の差を付けて七ポイント先取した方が勝ちだ。先に右サイドから北川先輩がサービスをしたから、今度は右側に居た本田が左サイドへ移動してサービスをする。

「本田、ナイスサーブ頼む」

ラケットを前に出し、相手コートへ集中していたら、ボールがラケットのスィートスポットに当たる良い音が聞こえたその瞬間、俺は久し振りに眼の前で火花が散った。

「った☆~~~」

「本田ぁ、ナイスサー!」

合田先輩が笑いながら叫んだ。

後頭部よりやや左側頭部へ、本田のサービスが直撃した。

一時期頻繁に本田の直撃を受けて恐れをなしていたが、ここ暫くの間はミスショットも出なくなり、スッカリ安心してしまっていたが……対戦相手じゃ無くて相方に油断してしまった。

「どうしたんだよ? 頼むから、しっかりしてくれー」

情けない声を出しながら振り返ると、本田の様子がおかしい。顔色も蒼白だ。女の子に多いと言われている過気呼吸の症状も出ているらしく、息が荒くなり、手が微かに震えている。

慌ててタイムを出した俺に、本田は食って掛った。

「遣らせてくれ! あと……あと少しで勝てる!」

「うん。頑張ってるものな。だが、先ずは落ち着け」

ここで負ければ、また振り出しに戻りそうだとでも思っているんだろうか? 

『負けたくない。今度こそ、今度こそ勝ちたい……』

『勝ち』に飢えていた本田の痛いほどの気持ちが、普段無神経な俺にも伝わって来る。喩え練習試合であっても、ここは何としてでも勝たせて遣りたいと思った。が、なまじ大会入賞ペアだけあってなかなか得点を許して貰えない。けど、冷静な判断と適切なボール処理の積み重ねが出来れば、勝機は必ずあると思う。

「明神、すまん」

ベンチへ腰を降ろした本田の頭へ、アイツが持って来ていた水色のフェイスタオルを掛けて遣る。勝ちに行ける予感が強かっただけに、今のサービスミスが余程堪えたみたいだった。

「ドンマイ。気にするな。そして落ち着け。これからは一本々を丁寧に拾って行くぞ」

「……」

俺の言葉に本田は疑問を感じたのか、急に不思議そうな顔をして、すぐ傍に立って居る俺の顔を見上げて来た。

「な、なんだよ? 俺の顔に何か付いてンのか?」

マジ見すんなよ。照れるじゃねーか。


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