27、面倒臭いヤツ
俺も本田も事情は違っていたが、元々はシングルス。ペアが居て、阿吽の呼吸で対戦相手を撃破するってのは、なかなか思っている以上に大変だ。
何せ、ウソみたいな程限り無くゼロに近い信頼関係。
本田とペアを組んでから、先輩方から『期待しているぞ』とは言われているものの、実際に俺たち……マジで仲が悪いと言うか、相性が悪いみたいなんだよな。
体育の授業で使ったハチマキで眼隠しをさせた本田に向かって、俺は奴の足元へワンバウンドでボールを手で投げて遣る。最初は左右のどちらへ行ったかを正確に捉えて答えるようにさせていたが、本田は意外と飲み込みが速く、たった数分で第一段階をクリア。今度はコートへ着地して跳ねたボールの高さがどのくらいに上がったかを判断させたが、これも基礎知識がある本田には意外と簡単だったようだ。
俺の眼隠し打法を会得しようと、基礎練習で真面目に取り組む本田だが、練習が終了した途端に態度がでかくなりやがる。でも、アイツは本来、俺の『御館様』であるべき人物。なのに本人の自覚の有無は定かじゃあないが、主従関係を無視して俺の指示に従っているんだなと思うと、なんか悪い気がするし。
それに、本田とペアになってから、俺は本田のサービスに毎回恐怖を覚えずには居られなかった。
「本田、次、お前のサービス」
「ああ」
以前見た、コート上でボールをつく癖も全く変わらない。集中はそれなりにしているんだとは思う。
だが……
俺は低く構えて、相手コートのレシーバーの動きに集中した。
背後で、本田が流れるような綺麗なモーションからのサービスを繰り出している気配がする。
次の瞬間、眼の前で星が散った。
「いってぇえええ~~~」
「ああ、悪い。明神」
「お前なぁ……」
勘弁してくれよぉ。
後方からの後頭部直撃サービス。しかも本人、エースを取りに行っているから球威は半端無い。
本田の直撃サービスやレシーブを、俺は今日まで何度も身を持って受けて、都度痛い目に遭っている。今のは後頭部直撃弾だったが、さっきはレシーブで構えていた右の尻にヒットした。その前は左の肩甲骨の下あたり。
「『的』が大きいから当たり易いんだよ」
「って誰が『的』じゃ! 俺に目掛けてサービス打ってンのかよ?」
仏の顔も三度までだ。コイツ、わざと俺目掛けて打っているんじゃねーだろうな?
俺が勘繰っているのに気付いたのか、本田の顔がカッと紅潮する。
「なワケねーだろ!」
「こらこら! 二人とも喧嘩するな」
見兼ねたのか、徳永先輩が声を掛けて来た。
口論になったのは今回だけじゃあ無い。あんまり頻繁に衝突するもんだから、部内でもう仲裁をしてくれそうな人が居なくなっていた。
「ってぇ~~~ちょ、タイム」
堪らずコートから抜け出して、サイドライン傍のベンチへ腰を降ろす。
「大丈夫かぁ? 至近距離からのサービスはマジで痛いからなー」
「アイツ、コントロール良いハズなのに。わざと俺を狙って打って居るとしか考えられないっすよ」
ムッとなりながらタオルで額に噴き出す汗を拭って腐った。愚痴を本田に聞かれて機嫌を損ねられると面倒だから、徳永先輩だけに聞こえるように小声で喋る。
「明神の方へ気が逸れてしまうんだろう。何せ、元シングルスの代表者だからな。ダブルスは遣った事が無いって本人も言っていたし」
「それは俺も同じです。ダブルスは初めてだし。その、『阿吽の呼吸』とか、タイミングとかが良く掴めなくて……」
これじゃあ超初心者って思われても仕方ないな。
「明神は本田に気を遣い過ぎなんじゃないか? ああ言えば怒り出す。こう言えば機嫌を損ねるって」
「はあ。まあ、そうです。本田、プライドが高いし、何か言えば倍返しですぐに怒るから」
本田が覚えたいと言っていた眼隠し打法も、これといって効果が上がってはいないように見える。
今週末から始まる合宿の最終日に、去年の県大会ベストフォーの城東高校との練習試合が待って居る。城東高校には、本田の出身中学から同じテニス部でライバルだったメンバーの殆どが入学していると聞いて居るから、本田にとっては、不安だろうしかなり焦りもあるだろう。
いや、それ以前に俺たちのペアが成立出来るかどうかも心許無い。
「だからって、お前は本田が気付くまで生温く見ているのか? ……明神。お前もしかして本田の事を……」
「は?」
んな、なんだ? 何だ?
意味深な徳永先輩の言葉に、なにげに怯えて縮み上がる。
「本田の事を嫌っているのか?」
「はあ……や、俺、男に興味無いです」
慌ててきっぱりと答えたら、ウケたのか徳永先輩が吹き出した。
「何考えてんだよー。そんなの当たり前じゃないか。キモイ事言うなよ。まあ今のは言い方が悪かった。俺が言いたかったのは、明神が本田に対して心を開いているかって事だよ」
「ええ? お、俺っすか?」
俺が本田へ? もちろん、一応は信用しているつもりで居たんだけど、徳永さんから問い掛けられてなんとなくだが心当たりが……言われてみれば、確かにアイツに対しての偏見はイロイロと……無いと言えば嘘になるな。
「お互いを理解し合うのには話し合いはもちろんだけど、心が伴っていないといつまでも平行線のままだろ。で、相手がどうこうって言う前に、先ずは明神が自分から変わらないと」
「そう……なんですかね」
「二人を見ているとホント、ぎこちないんだよな。何? なんか本田からラケットの事件以外に弱みを握られているのか?」
ぎく☆
あ、いやそのう……本田が俺の『御館様』だから、立場上偉そうには出来ないし。言葉遣いとか接し方で粗相が無いようには気を遣っている。どこかでじっちゃんが眼を光らせているとも限らないからだ。だから、ボールをミスってぶつけられても、普通なら胸倉掴んで『言い上げる』処をじっと我慢はしているな。
「あ、俺田舎の島出身で友達居ませんし……」
「なに面倒臭い事言ってんの? 入学して一カ月経って居るんだ。明神も本田も同じ二神のテニス部員だろう?」
「め『面倒臭い』……って」
お、俺が? 俺の事がか???




