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ダブルス!  作者: 和貴
20/30

20、お独り様

=「コウ、あれ」

ふと、俺から気を逸らせたかりんは、視線を坂の上にある総合競技場のある方へと向けた。

「何か感じるのか?」

=「ああ。お前が捜している小僧がその先のテニスコートに居るね」

「本田が? 誰と?」

=「いや、独りみたいだね。大勢人が居るけど、そこだけ他の者の気配は無いね」

またアイツは『お独り様』かよ。ここ数日学校へも行かずに、一体テニスコートで何をしているのかと思ったが……でも今のアイツには、独りでテニスと向き合う時間が必要なのかも知れないなと思った。

=「どうしたのさ。コウが捜していた子だろう? 行かなくて良いのかい?」

「う……うん。なんかアイツが努力をしているって場面が想像付かなくてさ。アイツ結構勝気だから、地道に努力している姿を他の誰かに見られたくないんじゃないかと思って」

兄が地元のプロテニス選手なんだ。最初から恵まれた環境に育っていても、兄の存在はとてつもなく大きいに違いない。

本田の兄――本田光は、弟の昴と背格好が真逆だ。未だに小学生かと間違えられている昴には、ひ弱なイメージが終始付いて回る。俺たちから見れば想像が付かないくらいの葛藤や、苦悩を味わって来たんだろうさ。

それでも中学の時に手に入れた全国大会の夢が儚く散り、先日も俺とのハンディ付きのゲームで、危うく負けが込んでいた。完全にテニスを諦めていれば論外だが、諦め切れないからああして独りでコツコツと練習に励んでいるんじゃないのか?

=「ふうん。コウにしてはまた偉くあの小僧を評価しているじゃないか。らしくないねぇ。練習相手になって叩いて遣るのかと思ったのに」

「あ? そっか」

『叩く』なんて気はさらさら無い。だけど、独りで地道に練習するのは結構気力が要るもんだ。

そういや、昔は俺も『お独り様』だったんだよな。

島では相手が居なくて、専ら練習は壁打ちばかり遣っていた。壁打ちをすると、自分の打ったボールが文字通り壁に当たって戻って来る。ボールが壁に当たった瞬間に球威が落ちて返って来るから、ボールの勢いを維持させようとムキになり、普段よりも倍以上疲れてしまう。

かりんの言葉通りにするつもりは無いが……

ここは気付かないふりをしてスルーした方が良いのかも知れない。でもどうせ寮へ帰っても、じっちゃんの暇潰しに付き合わされるだけだろう。それよりも、アイツがここ数日でどれだけ上手くなったのか見て遣ろうじゃねーのって気になった。

俺はケースに入れたラケットと、エナメルバッグを肩に背負い直すと、コートのある競技場へ向かった。


夕暮が近くなって来て、テニスコートには沢山の照明が灯されている。

十六面あるコートでは、市が主催のテニススクールや社会人チームがそれぞれゲームを楽しんでいた。

=「あそこの一番奥のコートだよ。アタシはこれ以上中へは入れないだろうから、ちょいとそこいらを歩いて来るね」

「うん。かりんサンキュ」

かりんが言った通り、大勢の人がゲームや練習をしてざわついて居たが、本田が居る一番奥の片隅だけが、とても静かだった。

何かをふっ切ろうとしている風にも見えたが、本田は集中してひたすらサービス練習に打ち込んでいる。

ここにはボール拾いをする一年が居ないから、本田が打ったサービスのボールはフェンス際に沢山転がっていた。

大きく深呼吸を一つして集中すると、本田がサービスモーションに入った。腰を低く落として体重を一旦後ろへ下げながら、両手を左右に大きく拡げて右手に持っているラケットを担ぎ上げ、左手に持って居た硬式の黄色いボールを、空へ鳥を放つようにトスアップする。

ガットの中央――スイートスポットにボールが当たる軽快な音が響いた。

俺は自分のラケットを、利き手のフォアへテイクバックさせながら、ボールが落下する地点のベースライン寄りのバックコートへ素早く移動した。

「なんだよ!」

自分独りで地味に練習に集中していた本田は、お約束のように俺に文句を言うが、ボールは再び俺の処へ戻って来た。

「俺も混ざって良い?」

「なに勝手に……って、もう入っているじゃないか」

口では不快感を露わにしている本田だったが、俺とのラリーは続いて居る。

「捜していたんだぞ。学校にも部活にも来ていないから。心配したじゃないか」

「俺の事なんかどうでも良いじゃないか。放っておけよ」

「そうは行くか!」

その言葉とほぼ同時にラケットを素早く振り抜いて、俺は本田の左側をパッシングで抜いた。

いや、抜けるのが当たり前だと言った方が正しいか。

本田は事故の後遺症で左の視力が弱くなっている。言い換えれば、この後遺症が原因で挫折して、テニスを諦めようとしていたんだから。

左を抜かれて立ち竦んだ本田は、悔しそうにぐっと口元に力を込めて俺を睨んで来た。

「卑怯だと思うか?」

「当たり前だ」

だがな、試合では怪我でも何でも弱点さえ相手が見付ければ容赦無くそこを責めて来る。練習や遊びのゲームならそんなことは無いだろうが、いざ相手を倒して自分が勝ち進む試合となると、綺麗事どころじゃなくなってしまう。

「まっ、当然だよな」

ムッとした本田を無視して、俺は一旦コートから離れて自分の持って来ていたエナメルバッグから、今日の体育の授業で使ったハチマキを取り出して再びコートへ戻った。

そしてセンターマーク付近で腰を落として、ラケットを前方へ出すように構える。

胡散臭がる本田を尚もシカトして、俺は手にしていたハチマキで眼隠しをする。

「なんの真似だ? 俺を馬鹿にしているのか?」

「いいや、超大真面目だよ。さ、打って来い!」

一球、二球と俺は本田のサービスに手も足も出せ無かった。

「眼隠しで打てるはずが無いじゃないか」

「遣ってみないと判らないぞ」

「ふざけやがって……そんなに言うなら打ってみろよ!」

俺に馬鹿にされたとマジでキレたらしい。三球目、本田は俺に向かってサービスじゃなくてダイレクトで当てに来た。


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