18、じっちゃんの彼女?
「なあ、じっちゃん」
「おお?」
「じっちゃんは『定時制の生徒』ってコトになっているらしいけど、授業ちゃんと受けているのか?」
「あったり前じゃ。わしゃあ、クラブ活動にも参加しとるぞ」
「は?」
……クラブ活動?
「って、何部? 茶道部とか、少林寺とかか?」
俺が訊くと、じっちゃんは少し照れて顔を赤らめながら、ポソリと言った。
「ダンス部」
「うえええ???」
ん、ダ、ダ、ダンス部だあああ? 何かの聞き間違いじゃねーのかよ?
「かあああ~~~! このたわけ! ワシを甘く見るで無い。若い女子や、昔の元女子たちとタダで仲良く踊れるんじゃあ。ありゃあ極楽じゃわい」
「けっ! 勝手に昇天しやがれ。聞いてるこっちが恥ずかしい」
じっちゃんは何やら曲を口ずさみながら、ヒップホップ系のキレっキレ即興ダンスを披露し始めた。『御庭番』を自称しているだけあって、老人とは思えないしなやかな身のこなしと素早い動き。オンとオフの使い分けが絶妙で、何とも言えずツボにハマって魅入ってしまいそうだ。
この御茶目な老人はあああ~~~上手いじゃないかよ。てか、じっちゃん腰痛持ちじゃなかったっけ?
口ずさんでいるのはアップテンポのナンの曲だ? こりゃあユーロビートか? そう思って耳を澄ますと『ゲリがフィーバー』と繰り返して言っている。
「っておい! そりゃあ『ゲッティング ザ フィーバー』。俺のサンクチュアリの一つじゃねーかよ。汚ねーボケで汚すんじゃあねーよ!」
頭の中で何かがブチン☆ とキレる。
「ウン、コウの意地悪」
「続けて喋るなっ!」
俺は素早く引き寄せた左足に渾身の力を込めて、じっちゃんに向かって足刀を繰り出した。
だが、じっちゃんはとうに心得たもので、踊り続けてヒャッヒャと笑いながら鮮やかにかわして行く。
「くそっ!」
右へ左へのらりくらりとかわすじっちゃんを目掛けて連続で蹴りを繰り出すが、仕留めるどころかことごとくかわされてかすり傷一つ負わせられない。しかも腹が立つ事に、じっちゃんは歌い踊りながら俺の攻撃を余裕でかわし続けているのに、息一つ乱してはいないんだ。
「でぇい!」
気合一発。これで仕留めた! と思ったら、またしても逃げられた。絶対に逃げられない間合いからの攻撃だと思ったのに、じっちゃんはいとも簡単に逃げ出し、目標から逃げられた俺は勢い良く寮の壁を突き抜けた。
厚さ三百ミリ程度の壁で部屋同士を仕切られているが、骨格である鉄筋以外は意外と脆い構造だった。
「あーあ。遣っちまったな」
「はあ、はあ、はあ……」
うわ……遣っちゃったよ。人が出入り出来るほどのデカイ大穴が……隣の部屋と繋がってしまった。
って、隣の部屋って三○一号室? うわあああ、じっちゃんが予約していた部屋じゃねーかよ。
「まだまだじゃのう。これしきの事で切れるとは」
「だ、誰がキレさせてンだよ!」
チクショー。年寄りの癖に、なんつー身軽さ……
「コウよ。お前……」
「なんだよ?」
「これしきの事で感情を乱すとは……まだまだ修行が足らんのう」
「やかましい! 誰が乱した張本人なんだよっ!」
俺が開けた大穴の前で、じっちゃんと口論していると、凄い物音に驚いた寮母さんが遣って来た。
「どうしました?」
「……そのう、す、すみません。俺……」
まさかフザケタジジイを仕留め損ないました……だなんて言えねーし。
「あ、いやなに小夜さん、大した事じゃないですから」
「って、これのドコが『大した事じゃない』なんて言えるんだよ?」
つか、寮母さんを馴れ馴れしく呼ぶな。
寮母さんは大穴を見るなり眼を見開いて少しの間固まってしまった。
「す、すみません! 弁償します!」
平謝りしている俺のすぐ傍で、じっちゃんは暢気に小指で耳掃除をしている。
「なぁ~に、これで部屋の出入りが楽になったわい」
寮母さんを前にして、このデカイ態度は一体どうすれば取れるんだよ? つか、自分の孫の失態……いや、元を正せば俺をおちょくって来たこのジジイが悪いのに、何で俺が???
疑問に思いつつ、まるで他人事のように話すじっちゃんを不審感満載の眼で睨み付けていると、寮母さんは意外な事を言った。
「そうね。このほうが便利かも知れないわね」
「はああ?」
『素』か? 『素』で言っているのか???
大切な『ひまわり寮』の壁に大穴を開けてしまったんだぞ?
てか、これじゃあ俺のプライバシーはどーなるんだよ?
「コウよ」
「ンだよ」
「この寮母さん……小夜さんはな、ワシの『彼女』じゃあ」
「なにいいい???」
「小夜さんに協力して貰えたから、予定よりも早く御館様の捜索が出来たんじゃ。み~んな小夜さんのお陰じゃよ」
「お孫さんの前で……嫌ですよぉ。恥ずかしいわ」
真っ赤になって、嬉しそうに笑う二人のご年配。
ハイハイ。島を出てから出来た『新しい彼女』ですね。判りますよ。そーですか。
全く……良い年こいてイチャイチャするなよな。
一体、何処までが冗談で、何処までが本当なのやら……




