15、二人の女子
「あ、あのぉ~、どこかでお会いしましたか?」
記憶に無い女の人が親しげに話し掛けて来るって事は……それって人違いじゃないのかな? そう思って聞いてみた。
「えっ? あ、嫌だぁ~私よ。わ・た・し」
「いや、判りませんって」
会話の流れで思い出すかなと思ったけど、やっぱ判らん。もう躊躇せずにキッパリ言う。
「え~、覚えてくれて居なかったの? なんだぁ。残念。偶然でもせっかく会えたのに」
「だからぁー」
判んねーつって言ってンだろうが。
「ほらあ、先週の土曜日にキミが私を助けてくれたじゃない。バイクの引っ手繰りから突き飛ばされて」
「ああ!」
あの時の!
確かあの時は薄化粧の美人OLだと思ったけど……今はなんか島の女の子の方が垢抜けて見える。赤眼鏡に振り分けの三つ編みにして……いやいや、これはこれで今風のファッションなんだろうか……確か『森ガール』とか『カントリー風』とかナンとか……
「思い出してくれた? 嬉しい」
「怪我が無くて何よりでしたね。ところで……」
「『どうしてここに居るのか?』って聞きたがっている顔しているわね」
そこまで言うと、彼女は片手で口元を押さえてクスクスと品良く笑った。
あ……待てよ? OLっぽい姿も良かったけど、案外今の田舎風な姿も良いかもしんない。
「私は百瀬ひかり。私の母がここの寮母さんなの。普段は学校関係じゃなくて他の会社で事務の仕事を遣っているの。ここには時々手伝いに来ているのよ。でもまさか君がこの寮生だとは思わなかったわ……っていうか、キミ年下だったのね」
「あ、ハイ」
老け顔ですんません。
「ああ気にしちゃっていたらごめんね」
それまで動かしていた手を止めて、赤眼鏡の縁を軽く摘んで掛け直すと、彼女はにこりと微笑んだ。
モジモジしていたら、彼女に考えていた事を読まれたような気がした。
「でもね、あの時の君の優しい笑顔が忘れられなかったのよ。また会えるかな。会えればいいなって思っていたから。そうしたら、たった今会っちゃったの」
「そ、そっそんな事を言われても……」
どうするよ。こ、こんな美人から直球ドストレートに告られた気がして困っちゃうじゃねーか。
「一年生って言ったわね? キミ部屋は?」
「あ、あのっ、さっ、三○ニ号です。ああ俺、明神輝。コウと言います」
「コウくん。宜しくね」
「はっ、はいっ。あ、あのう……」
ひかるさんは『何でも任せて!』って言うタイプらしい。表現的にはどうかと思うが、ハッキリと物を言うあたり、島のおばちゃん達とタイプが似ていてなんだか安心出来る気がするし。
なので、この『ひまわり寮』へ来た時から疑問に思っていた事を訊ねてみる気になった。彼女なら何でも隠さず話してくれそうだったから。
「ん? なに?」
「来た時に三○一号室は『欠番だ』って聞きましたけど、あれってどう言う意味なんですか?」
「ああ、三○一号室ね」
その部屋番号を聞いた時、ひかるさんの表情が暗く翳った。寮母さんからも『欠番ってだけで、何もないよ』とは言われたが、それって『誰も部屋に居ない』って事だよな? もしかしたら、昔自殺者が居たとか、夜な夜な『出て来る』とか……ってーのはナシだぜ。一応俺の部屋の隣だし……って言うか、俺しか隣部屋になって居ないし。
「やっぱ、何か出るんですか?」
「え? あ、ああ」
俺の根拠の無い話に、ひかるさんは笑い出した。
「後から遅れて定時制の生徒さんが来るのよ。これからシーズンになるけど『おばけ』とかじゃないから大丈夫。心配しないで。ただ、定時制だからコウくんとはなかなか会える機会が無いかも知れないわね」
その言葉にホッとする。
「な、なあ~んだ。そうだったのかぁ~~~いやー、正直その話を聞くまではマジで心配していました」
「見掛けに因らず心配性なのね」
「いや俺は『ノミの心臓』っす」
「『ノミ』? 『ノミ』ってあの……犬猫に付く……?」
「ハイ」
「面白い比喩だわね」
そう言ってひかるさんは朗らかに笑った。
ああ、良い笑顔だ……俺、もしかしたらひかるさんにハートを鷲掴みにされてしまったのかも……
しょうもない冗談でも受けて笑ってくれている。しかも美人だ!
俺、島では女子と全く縁が無かったけど、ひょっとしてモテ期に入っちゃったのかな?
良い気になって浮かれていると、背後から聞き覚えのある声にひかるさんが怒鳴られた。
「ああ、おネエ! 誰と話しているのよ」
は? 『おネ……エ』? ってまさかだよな?
俺は後から現れた高いトーンの女子の声に驚いて、声がした方向へ首を巡らせた。
見ると、同じクラスの安藤みのり。俺を空手部へ誘おうとしていた黒帯有段者の彼女だった。
アレ? 会話的にはこの二人が姉妹だと思うんだけど、お互いの苗字が違うぞ?
「あら、お帰りなさい」
「『お帰り』じゃないわよ。お母さんはどうしたのよ?」
「趣味のカラオケ講座に行ったのよ」
か、カラオケって……しかもあの年齢で『受講生』?
俺は軽く五十は超えている寮母さんの小柄でふくよかな体型を思い出した。おばちゃん……若い!
「もう。寮生放ッぽいて……良い御身分ですこと」
「だから私が代わりにこうして遣っているじゃない」
「晩御飯もおネエ?」
「そうよ」
「ふーん」
みのりは『今一つ信用出来ないわ』って眼でひかるさんをジロジロと見詰める。
「な、なによ。私じゃ不服なの?」
「そうじゃあないけど……ちなみに今日の晩御飯は?」
「ハンバーグにしようかと思っているの」
「ふぅ~ん。大丈夫なの? それって寮の生徒全員分だよね?」
みのりが意地悪く言うと、ひかるさんが言葉に詰まった。




