14、誰?
返し損なってしまった本田のラケットだが……幾ら借り物だからと言っても、使用すれば傷が付く。
そんなに乱暴には扱っていたつもりも無かったが、序盤にサービスを受け留め損なったりして小傷がかなり付いている。
「やっぱ、弁償……ですかね?」
主将に恐るおそる聞いてみたが、本田が貸すと言いだしたのだから、多少の傷は承知しているだろうし、弁償する事はないと言ってくれた。
あ~~~良かった。これで弁償しろと言われたら、どうしようかと思ったし。
本田が勝手に引き上げてしまった後、俺たち一年生十二人はそれぞれサービスとレシーブの略式ワンゲームずつを四面のコートを遣って行った。
俺は、今度は自分のラケットを遣って対戦したが、正直、本田と対戦した後だとなんだか物足りねー。確かに上手いヤツも何人かは居たが、それでもひ弱な本田の前では霞んじまう。
「それにしても驚いたな」
「何がです?」
休憩時間にスポーツ飲料を貪っていると、寝癖頭の合田先輩が遣って来て俺に声を掛けて来た。
「幾ら体力不足になっていると言っても相手はあの本田だぞ? フレームだけでよく返せたよな」
「はあ……」
「半端な当て方だとボールは何処かへ行っちまう。あの集中力は何処から来るんだ?」
「ぐ、偶然ですよ。偶然」
確かに最初の方はボールの芯を捉えられなかったからラケットを弾かれたり、変な所へボールが飛んで行ったりでまともなゲームは出来ていなかったし、実際、本田のボールも球足が早かった。
でも、いつも以上に集中して神経を尖らせると……ラインが見えて来るんだ。で、瞬時に俺が取るべき行動も取れるってワケ。
みんなそんなものだろうと思っていたら、どうやらそうでは無いらしい。
説明しても判って貰えないから、俺は偶々(たまたま)ですと言って押し切った。
合田先輩は俺の言葉を疑っていたみたいだったが……それでもナンとか無理に納得してくれたみたいだ。
「集合!」
「うい~っす!」
主将の声に反応して、部員それぞれが気合を入れる。
「二、三年生はコートへ入ってサービスの練習。一年はボール拾いだ」
「ハイ」
ああ、もうゲームは終わりか。ボール拾い……面倒だが遣るか。
不完全燃焼の物足りなさを感じつつ、俺たち一年は先輩方の打つサービスの反対側コート隅へ集まった。ひとコートに二、三人くらいがサービスを打って来るんだろうと思っていたら、その倍の人数でほぼ同時に打って来る……て、結構ボールが飛んで来る。
「一年、早く拾え」
「ハイっす!」
障害物の無い状態で、何人もが連続でサービスを打って来る。
拾っていたボールに気を取られると、他から飛んできたボールが容赦なく身体に当たる。
まさかとは思ったが、わざとボール拾いの一年目掛けてサービスで狙う先輩が居る。
硬式のボールは文字通り硬い。それが身体に当たれば痛いワケで……それが怖くなって縮こまり、動作が鈍くなってしまう。
あちこちで一年の悲鳴が上がる。
「うわ、イデデ……」
「ひい~~~」
「ボール早く拾え。こっちにもう無いぞ」
「ハイ!」
俺は一度深呼吸をすると、集中して周囲へ『気』を配り、器用にボールを回避しながらひょいひょいとボールを拾って行った。
「明神スゲーな。なんで当てられないんだ?」
「っつーかコレ、センパイ俺たちを狙ってるだろ」
何度もボールを当てられながら、宮脇と波田が不思議がる。
『そりゃあ……ね。島でじっちゃんに鍛えられていたからな』って言いたかったけど、俺の特殊能力は秘密になっているから笑ってごまかす。でも、多分俺……今ドヤってンだろうなー。それぐらいは判るさ。
ボールを拾っている最中、いろんな方面からボールが飛んで来たが、中でも特定の位置から執拗に……つかあからさまに俺を狙ったサービスが何度も飛んで来る。
あの方向は二年の合田先輩が居る方向だ。直接その方向をガン見したワケじゃなかったけど、チラチラ視界の隅に入って来る。
やっぱ、俺の事何か疑って居るのかもだ。
「んじゃあ、お疲れー」
「またな。お疲れー」
部活終了後に俺たち一年だけで集まって自己紹介をした後、ひまわり寮へ帰って来た。
塀で囲まれた寮の敷地内へ入ると、小柄でぽっちゃりとした寮母さんとは全く違う……細身で若そうな……いや、若いよな。俺の知らない女の人が、こちらへ背を向けて庭の掃き掃除をしている。
後ろ姿だから年齢はイマイチ判らないけど、きっと寮母さんの身内……娘か親戚の人だろうと思った。
「こ、こんにちは」
無視して寮へ入るのもナンだと思い、ちょっとだけ勇気を奮って声を掛ける。
「ああ~~~!」
んな、なんだぁ???
俺の挨拶の声に気付いて振り返った途端、彼女はいきなり俺を指差して驚いた。
「えー、キミここの寮生なの?」
「え??? あ、ハイ……?」
何故か愛想笑いを浮かべてヘコヘコしてしまう。
あのー、何処かでお会いしましたっけ???
島以外で俺の知り合いに女の人は居なかったハズだが、彼女は俺の事を知っているらしい。そこがなんとも居心地が悪いと感じてしまう。
「ええ~そうなんだぁ……三年生?」
「いえ、一年です」
またこの流れかよ……でもまだ『留年生?』って聞かれるよりかはマシだよな。我慢だ……我慢。




