13、意外な結末
センターサービスラインのネット近くに落ちて来るボールを、腰を低く落として膝の屈伸を利用し、伸び上がりながらコンパクトに鋭く振った。
打球は伸びて、本田の後方……バックコートに突き刺さる。
「よっしゃあ!」
「一名様、テニス部へご案内~」
決定打になっただろうと誰もが思った。
本田のあの消耗程度からは、絶対に追い付けない深さと球足を持ったボールだったのに、本田はギリギリのところで追い付き、高いロブを上げて来た。
俺なんかに負けてたまるかって言う……高いプライドとアイツの強さを知った。
ネット側へ着いて居た俺は、慌ててベースライン際まで全速力で走り込む。
俺だって勝ちたいと思うし、消耗が激しい自滅タイプの本田には負ける気がしない。
それでも、フレームだけで返球している俺には歩が悪い。ガットの反発を利用しての粘りのある打球とは全く違うし、球足もそれなりに遅いと感じて焦ってしまうし、一瞬でも気を抜けばボールの中心から外れて、返球出来なくなってしまう。
高い位置からバックコート……ベースラインぎりぎりを突いて来た。今ゲームをしているコートはハードコートでワンバウンドした後の反発力が大きく、球足が速いのが特徴だ。
あの高さからのワンバウンドなら、着地直後のライジングで打った方が本田も体勢を立て直す余裕も無いし、ボールのコースが大きく変化する事もない。
素早くソフトテニスの握り方に切り替えて、ラケットのフェース面が地面とほぼ水平になるように薙ぎ払う。でも、本田だって負けちゃいない。
本田は高いロブとポーチを何度も駆使して、俺をコートの端から端まで縦横無尽に走らせるように仕向けてくれる。でも、体力が無い本田と違って、俺はフツーの奴よりも底ナシなんだ。残念だが、この程度でヘバったりなんかしねーよ。
ネットの上を、黄色い打球が何度も通過する。
中学の時は部員が不足していて小さな大会さえ出られなかった。だから相手は中学の先生か長期の休みに帰省していた高校生が相手だったが、こんなにラリーが続いた事は無かった。
必死になっている本田には悪いが、俺はこの状態を楽しんでいる。
「結構ラリーが続くなぁ~」
「今、カウント幾つだ?」
「えっと……まだラブオールだろ?」
「マジかよ?」
「はあ……こりゃあなかなか終わらないんじゃね? いつになれば練習が出来るようになるんだぁ?」
続くラリーを見守っていたみんなが緊張の無さに中だるみを覚えた頃、ゲームは一気に終盤へ向かった。
レシーブをする本田に精彩さと言うか、ボールにキレが無くなっている。足運びも少しずつ微妙に遅れ始めているなと思ったら、コートの真ん中で突然崩れる様に倒れた。
驚いた主将が真っ先に本田の傍へ駆け寄り、みんなが続いて本田を取り囲む。
「水だ! 水を持って来い!」
「タオルこっちへ投げて!」
俄かに騒然となったが、本田の意識は辛うじてあったらしい。
上半身を抱き起こした主将の腕を乱暴に払おうともがき出す。
「救急車呼びますか?」
「あ? ……ああ、頼む」
「い……要らねーって!」
部員の声にそう返事をした主将へ、本田はなけなしの意地を見せて、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「でも……」
「だ、誰も俺に構うな! ゲーム中だ。手を……手を離せよ!」
そうは言っても……そんだけヨレヨレになってンのに、放置しろと?
出来るか! つーか、出来ないだろう。主将的に。
救急車を呼ぶ、呼ばないでワアワア揉めていたら、俺が河原で見た本田の高級車から、上品そうな年配の男の人が降りて来た。
「昴様、もう宜しいでしょう?」
「神崎……」
「お遊びが過ぎますぞ」
「う、うるさい!」
息を乱して我を見失っていた本田が、そのロマンスグレーっぽいおじさんの穏やかな言葉に冷静さを取り戻す。
つか、このおじさんは本田の執事? それともお守役なのか?
どちらにせよ、本田がハンパ無いお坊っちゃんだと言う事は理解した。
それに、本田のフルネーム……
初めて聞いたが、『ホンダ』に『スバル』って自動車メーカかよ? それに兄貴は確か『光』だし、なんか光りモノを連想させるみたいで俺的にウケちまう。
まあ、俺も『輝』なんで、本田兄弟と同じ光りモノってひと括りにされてしまいそうだが……
「お気が済まれましたか? さあ、お引き取りを」
「……」
膨れっ面になった本田は、それでもおじさんの言葉に促されるように、ゆっくりとした動作で立ち上がり、主将を呼んだ。
「キャプテン」
「大丈夫か?」
「はぃ……あ、い、いや、大丈夫だ。このゲームはドローにする」
弱気になったせいなのか、つい敬語を遣いそうになった本田は、照れ隠しで慌てて早口で捲し立てる。
『ドロー』つって……どう見たって俺が押していたゲームなんだぞ? 普通ならお前がリタイヤした時点で負けだろうよ。
「明神、続きは後日遣るからな」
なんだよその相変わらずの上から目線な言い方は。部員全員へオマエの我儘で迷惑を掛けていたって自覚……ナシかよ?
主将は本田のおじさんと何やら話をしていたが、すぐに話が付いたらしい。大きくお辞儀をすると、先に黒塗りの高級車へ向かった本田の後を追い掛けた。
本田の乗った高級車は、静かに走り出した。
「遣って来た騒動が一旦鎮火したってとこかな」
「明神、惜しかったな」
「はい?」
て、何が?
「もう少しで本田を遣っ付けられたかも知れないのにな」
「はぁ……」
そうなのかな?
スタミナ不足の感は拭えないけど、なんか中途半端な気分だ。負ける気がしなかったし、勝つ気も同じくらいしなかった。不完全燃焼なんだよな。
って言うか、本田を入部させるって言っていた件はどうなったんだよ?
小さくなって行く本田の車を見送りながら、俺は無意識にラケットを肩に担いだ。
「うん?」
そこでハッと我に返る。
し、しまったあああ、ラケットを返すの忘れてたあ。




