12、反撃
「んなに無理しないで……」
「つべこべ言わずに早く来い!」
意地っ張りが……
言い出しっぺになっちまってるから、自分から途中棄権も出来ないんだろう。どんだけ自分を追い詰めてるんだ?
「ドMだねぇ……」
「なんだと?」
ありゃ、聞こえていたか。
だけど、このままじゃあ本田は自滅コースまっしぐらだろ?
「明神、負けるな!」
「潰すチャンスだ!」
部員全員が俺を応援していた。もちろん主将が言っていた通り、本田の入部が賭かっている。だけど、その半数の本心は、本田を凹ませて遣りたいと言う個人的な願望がみえみえだ。
「そのラケットでどんなサービスが出来るのか見物だな」
本田は馬鹿にしたように言って俺を挑発するが、逆に俺は本田を苛めているような気がしているから、どうしてもこのゲームに熱くなれない。
「明神、お前が決めれば本田はその時点でゲームセットなんだぞ」
主将の言葉に、俺はハッとなる。
そうか。ここで俺が返せれば本田はこれ以上ゲームを続けなくても良いんだった。
それまでの心の迷いが一気に晴れた。
ぐだぐだゲーム遣ってても面白くないし、どんどん弱って行く本田を見るに忍びない。
「っしゃ!」
俺は気合を入れて、だらけていたそれまでの空気を入れ替える。
それまで左手でガッチリ握っていたラケットのグリップを、手首を捻る反動を利用して、掌でシャフトのようにくるくると廻してみた。徐々に調子に乗って来て、片手でスロートを中心にして大きく廻す。
「曲芸遣ってンじゃねーぞ!」
「早く遣れー!」
さっきまで熱心に応援していた部員が俺の曲芸もどきの動作に呆れてヤジを飛ばす。
ワンゲームの間に、本田から渡されたラケットのコンディションが無意識に俺の両手にインプットされていた。
「ラブオール!」
ベースラインの手前に立ち、俺も本田と同じ様にボールを何度か地面へついて精神を集中させる。
先ずはファーストサービス! 決めて遣る!
左足を一歩引いて十分に体重を預けながら、左右に大きく腕を拡げてバランスを取りながらトスアップを始めた。
「アイツ、ガットが無いのにあのモーションで……」
「また大振りスカを遣らかすのか?」
部員からそんな声が聞こえて来たが、俺だってそう何度も同じ失敗を繰り返したりはしねーよ。
フェース面じゃ打てないから、二本のスロートを繋ぐヨーク部分で打とうとしていた。落下して来るボールをいつもよりほんの少しタイミングを遅らせれば……
ラケットを頭上から大きく振り降ろす。
「へっ?」
ボールがラケットに当たった瞬間も見たし、感触も確かにあった。
なのに、なんで本田のコートへボールが飛んで行っていないんだ???
誰もが俺が『消える魔球を打った』と思ったらしく、ざわついていた部員が一瞬静まり返った。
サービスは何処へ飛んだんだ?
キョロキョロと辺りを見回すが、あの派手な黄色いボールは見付からない。
あれ? なんか……ラケットが重……い?
「明神! ラケット!」
言われてラケットへ視線を落としたら……スロートとヨークの三角部分に黄色いボールがピッタリとはまり込んでいた。
誰もが緊張していた糸が切れてしまい、思わずウケて笑い出す。
「ナイスコントロール!」
「今の動画撮影して投稿すれば良かった~~~」
「……」
うわ、恥ッズ……こんなハズじゃあなかったのに……カッコ良く決めようと思っててコレかよ。
しっかりと挟まってしまったボールをこそこそ外すが、部員全員から痛いくらい注目されてしまった。
頬がちりちりと熱くなった。きっと鏡を見たら、俺真っ赤っかになってるんだろうな。
ヤバイ。
嫌だな~。カッコ悪ィなと思いながら何気に本田の方を見たら、アイツは笑ってはいなかった。むしろその逆で、凄い顔して睨んでいる。
別に茶化したワケではないし、本気でウケを狙って遣ろうと思ってやったんじゃないんだが……不可抗力ってあるだろ?
「ドヘタクソが!」
「なぁにぃいいい~~~」
吐き捨てるような本田の一言で、ついに俺の喧嘩魂に火が付いた。
『ハンデ』っつーもんはだな、上手いヤツが下手なヤツと互角に対戦出来るようするもんだ。オマエが俺よりも格上だって自覚があるんなら、それこそ自分がこのラケットを遣えよ。
……って言いたいけど、それだと俺がドヘタなのを認める事になっちまうから言わない。
こうなりゃあ何が何でも本田に一泡吹かせて遣る。
見てろよ。
俺は再びサービスモーションに入った。緩やかに流れるような動きからトスアップされたボールが俺の許へと帰って来る。
今だ!
俺はボールをラケットグリップの端っこ……グリップエンドで力一杯叩き落とすようにして打ち込んだ。
打ったボールはネットの上スレスレを越えて一直線に飛び、油断していた本田の足元を通過する。
「やった!」
そう思ったのは束の間で、足元へ落ちてバウンドした難しいボールを、本田は器用に掬うようにしてリターンした。
勢いが殺されている分、ネット付近にボールが落ちるが、身体が無条件で反応した俺は、本田の掬うようなストロークを見た瞬間にネットへ向かって突進した。
「明神! 行けっ!」
「返せ!」
部員からの声援が飛ぶ。
そんな事くらい……判ってるよ。




