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船長と私。  作者: 御影 優一
黒き真珠の城
7/50

納涼の初夏、海賊船流肝だめし。

「うん、そうだね・・・うん。辛かったよね。」

甲板の端で、夕暮れを背にセシルが蹲る姿を見つける。

「あ、セシルだ」

ルシュカは、尻尾髪を揺らせて、セシルの方へ駆けていく。

誰かいるのだろうか、船に備え付けた樽の陰に、隠れて見えない。

「おーい、セシルー?誰と話して」

真近に近寄ってみると、そこにはセシルが居るだけだった。

見間違えたのか・・・それとも、今セシルと離れたのか?ルシュカは首を傾げる。

「あ、はーい。ルシュカさん、すいません・・・なんですか?」

ルシュカの声に気が付いて、セシルが慌てた様子で、顔を上げる。タタタ・・・・とルシュカに近寄ってきた。

「いや、モーリスが、飯だって。セシル誰と話してたんだよ。誰も居ない様だけど・・・」

頭を掻きつつ、妙だなと思い、ルシュカがセシルに言う。

「?・・・あぁ。そっか、何でも無いですよ。」

その言葉に、合点がいったのか初め、キョトンと首を傾げるも、次には薄く微笑む。

「?」

セシルの物言いと雰囲気に、違和感があったが、何がそうであるのか分からず、ルシュカはクエッションマークを浮かべる。そんなルシュカに、セシルは先を急ぐように、ルシュカより先に船内へ歩き出した。

「何でもないんです、さぁ行きましょ」

「お、おう。」

何でもないなら、いいか・・・。ルシュカはそう思い、違和感の理由が分からず、そのまま船内への扉を、セシルと共に引いて入った。




『納涼の初夏、海賊船流肝だめし。』


シーフードカレーの、美味しそうな香りが、食堂を満たす。

各々好きな場所で、賑やかに夕食を堪能している。セシルは食堂へ入った途端、ペルソナ達に連れられて(ペルソナとリオン、副船長という微妙なメンバー)、一番奥の壁際の席へ座って食べていた。

ルシュカはそのまま、カウンターから二番目の長テーブルについて、お調子者の航海長の隣に座って食べていた。


お代わり二杯目をモーリスに頼んで、入れて貰い席に着くと。

隣にいた、本日お代わり三杯目のルーヴィッヒ(お代わりは基本二敗までだが、どうやらモーリスの彼氏なので優遇されているらしい。不公平だ!!)が、スプーンを咥えて、神妙な顔で眉を寄せて、ルシュカに声をかける。

「なぁなぁ、ルシュカ~」

「なんだよ、ルーヴィッヒ?」

また、何か悪戯でも思いついたのか?俺を巻き込むなよ、頼むから。とルシュカが思いつつ、航海士の話をとりあえず聞くことにする。

「あれ、何だと思う???」

あれ。と言われてルーヴィッヒの視線の先を見ると、こちらからセシルとリオンが仲良く座って、食事している風景が見えた。

「あれ・・・?セシルじゃねーか、セシルがどうしたんだよ?」

セシルを見ている分には、何も変な所はない。普通だ。セシルの向いには、副船長の背中とペルソナ背中が見える。何やら仮面の楽士が、自前のウサギ人形越しに、副船長の頬をひっぱっているが・・・幼馴染のじゃれ合いだろう。リオンが居るお蔭で、セシルも恐怖心も緩和されている。

「バッカ☆お前ってば鈍いなぁ~」

咥えたスプーンで、チッチチ・・・とルシュカにダメ出しをする航海士。

「だから、何がよ?」

ダメ出しをされ、ムッとしながら、カレーを口に運ぶ。

痺れを切らせて、ルシュカがルーヴィッヒに食って掛かった。

「セシルの目線みて見ろよ~」

スプーンでセシルの方を指す。

「視線・・・?」

良く見れば、セシルは横を向いている、ルシュカはその視線の先を追えば・・・。

食堂の何もない白い壁際を見つめている。

「壁に何かあるのか?」

お気楽航海長に首を傾げて、尋ねてみる。

「俺にもわかんないけど~、こないだ船長もソコ見つめててさ~☆んで、聞いてみたんだよ~」

ん~と唸りつつお気楽航海長は、話し出した。

「ンで、船長なんて?」

「そしたら、船長は・・・」

ルーヴィッヒはクロウに、何気なく食堂で聞き出したが・・・

〔どうせ言っても、オマエには分からんもんだ。〕

黒曜石の瞳を、伏せて航海士から離れ、トレイをカウンターに返却し出て行ったのだ。

「・・・って言われた☆」

あっ軽く言って、へらりと笑う航海士。

「お前ねぇ・・・それじゃ話になんないだろ。」

ルーヴィッヒの、収穫にならない話を、聞いていて思わず体が、ガクッとなる。

「だから☆今度はセシルに、聞いてみようって思ってさ!」

「あぁ、なーるほど」

キラキラと瞳を輝かせ、そう提案するルーヴィッヒに、ルシュカはニヤリと笑んで、ポンッと手を打った。


挿絵(By みてみん)


夕食が終わり、皆それぞれ部屋や、持ち場に帰った食堂。

セシルは、モーリスの手伝いとして、長テーブルを綺麗に拭いて、後方付けをしていた。

リオンも厨房で、お皿を運んでいる。クロウが居れば、聞きだしにくくなるため、一旦自分たちの相部屋に帰ることにした。

食堂が静かになったのを見計らって、ルーヴィッヒとルシュカは、再び食堂に入ってセシルに声をかける。

「なぁなぁ!セシル~☆」

「なんですか、ルーヴィッヒさん?ルシュカさん??」

二人に気が付いて、セシルが首を傾げる。普段、副船長の恐怖心から、悲鳴を上げて逃げ惑ってはいるが、こうやって普通に話しかけて、彼の恐怖心さえ煽らなければ、いたって普通の青年だった。どちらかと言うと、おとなしい印象が強いように思える。

「食堂のあの壁、いっつも、凝視してるけど、なんかあるの☆」

「俺らそれを聞きに来たんだ」

意気揚々と航海士と狙撃手が聞くと、

「食堂の壁・・・あぁ、あれかな。」

お調子者の二人組の疑問に、セシルは思い当たったようであった。

心の中で、ルーヴィッヒとルシュカは、よっしゃあ!と、ガッツポーズを取る。

「船長に聞いても、オマエには分らんモンだって言われてさー、セシルに聞いてみようと思って☆」

「一体、何があるんだ?」

あっ軽く言う航海士に、早く何があるのか知りたい、好奇心の塊の狙撃手は、セシルに詰め寄った。そんな二人に、セシルは一瞬だけ眉を寄せる。

「あるって言うより・・・いるでしょうか。」

言いにくそうに、言葉を選んで、呟くように言った。

『???居る???』

二人で同時にそう言って、顔を見合わせる。

居るって・・・何がいるのか?虫とか???と二人して思い悩んだ。

そして、ゆっくり同時に、セシルへ視線を移すと。


「ええ・・・首が引きちぎれて、(あご)が割れた人。」


硝子の様な淡い緑の瞳で、二人の背後、食堂の奥の壁を見つめて言う。

『・・・っつ、え?!!』

突然のセシルの予想もしない答えに、二人の背筋に冷たいモノが走った。いつの間にか、食堂は人の気配がなく、食器の洗い物を音さえない静けさだ。

セシルから恐る恐る、二人が食堂の壁に視線を移す。


すると、白い壁には蛆が(たか)った紫色に変色し、顎の無い男の首が、此方を睨んでいた。


「ぎ、ぎいぃやああああああああああああああああああああああああああああああ」


星赤石月 五日 曇


朝、ルーヴィッヒがいつもの調子で、副船長の寝込みを襲って、

制裁を喰らわされた絶叫で眼が覚めた。

ああ、良かった。夢だったんだ・・・・・。


変な夢だった。

幽霊なんて居る訳ないよな?この船で死んだ奴なんかいないし・・・。

はぁ――~~~~~、今日は目覚め悪いぜ、ホント。


                            遊撃隊 狙撃手 ルシュカ

                            ブラックパール号航海日誌


のしっと、生温い胸板が背中に圧し掛かる。胴にはべったり、張り付くように、腕がまわされて、クロウの眉間に皺が増える。思わず持っていた、魔物の研究レポートを落としそうになった。

「あつい・・・、暑すぎるぅ。」

自身にへばり付いた、元凶である男の、くぐもった声が背中越しに響く。

「だからって。オマエ。引っ付いたらもっと暑いだろうがっ」

背後にへばり付いた、航海長の金髪頭を持っていた、レポート用紙を丸めて叩いた。

ベシッと音がしたのも拘らず、航海士ルーヴィッヒは、まだ副船長クロウに、へばり付いたままだった。甲板は夕日に染まり、日が落ちてゆくが、まだ気温は暑いまま。

「だって~センチョー、超冷たいんだもん☆何コレ、どうなってんの?神秘☆」

怒られても、なおギュウギュウとへばり付く航海士。

クロウの体温は常に冷たい。それを訓練生の時から知っているルーヴィッヒは、夏になると涼を求めて、クロウにへばり付く回数が倍になるのである。それはクロウにとって、暑苦しい事この上ない話だった。

「触んなっ気持ち悪い。」

ガシッと金髪頭を手で掴み、クロウはルーヴィッヒを引っぺがそうとする。ルーヴィッヒの頭だけがのけ反り、まだ放すものかと両の腕だけは、副船長にへばり付いている状態。

「えー・・ケチィ~☆」

「こっちまで、暑いわ!」

誰がケチだ!とクロウが本日三十四回目になる、航海士を顔面から殴り飛ばした。

「アダ――――――――――!!」

顔面を殴られて、痛さにのた打ち回り、あっ軽い航海長は床板を転げまわる。

これが西海の悪魔と畏れられる、海賊ブラックパールの船長(正しくは副船長)と航海長(船の進路を正確に記し、的確に船長の意向を皆に伝える取締役)のやり取りとは・・・、いやはや誰もが思うまい。見事なまでの、幼稚なやり取りだった。

かれこれ、この状態は夏が来るたびに、度々続いている恒例行事と化しているので、誰も二人を止める者などいなかった。


この船に強制的に生活を強いられているセシルも、さすがに二ヶ月となると海賊船にも慣れて、副船長のクロウ以外の皆とも仲良くなっていた。

始めこそ、航海長に対する暴力を、止めに入ろうとしたセシルだが、水夫長バルナバスと狙撃手のルシュカの二人が、『セシル、止めとけ。あれはアイツ等の、スキンシップみたいなもんだから』と遠い眼で止められたので、セシルは何とも言えず、航海長と副船長のやり取りを傍観する事にしたのだった。


実際、航海長はセシルから見ても、クロウに何度殴られ、海に落とされ、物見台に吊るされても、懲りずに副船長にまとわりつくので、あれが、彼らの会話みたいなものか・・・とセシルは納得した。ただ、傍から観れば、悪ふざけしているようにしか見えない、という意見は、心の方隅に置いておく様にしていたセシルだった。


「でも、さすがにこれは暑い」

日が沈めばまだ、涼しくもなるが、夕日がまだ海面に半分ほど出ている為、西日が照り付け、皮膚がひりひりと焼け、汗もびっしりだ。

「うー・・・。」

セシルと甲板の端で座り込んでいたリオンも、唸って額の汗を拭う。

セシルは先ほどまで、副船長クロウと海の魔物、海馬(シーホース)を呼び、この辺りの海域の事について話していた所だった。そこへお調子者の航海士が登場したため、海を渡る馬の魔物、海馬(シーホース)は用が済んだと、海と同じ色の鬣を輝かせ、海面を走り去って消えてしまった。


「はい、二人とも差し入れよーん、搾り・た・て♪レモネード」

暑さにへたり込んだ二人に、料理長モーリスが冷たいレモネードを持って、甲板に上がってきた。

「わーい、レモネード♪」

リオンは嬉しそうにトテトテ・・・と、モーリスに駆け寄る。

「ありがとうございます。モーリスさん」

セシルもモーリスに、レモネードを手渡されて、礼を述べる。もともとガンダルシアは温暖の島国で、セシルも暑さには強い方だが、針路は南に位置する孤島、シャリマー島を目指しているため尋常な無い暑さに、さすがに辟易していた。

「みんなもレモネードあるから、いらっしゃいな~♪」

モーリスの搾りたて、レモネードを貰って喜んで、飲んでいたセシルだが横からスッと、クロウがレモネード片手に近寄って、さらりと一言。

「知ってるかセシル。コレ。本当にモーリスが、あの手でレモン握りつぶして(・・・・・・)、できてるんだぞ。」

ぶ、ぶはぁ!!飲んでいたレモネードを、思わず吹いてしまったセシルだった。

副船長のその一言によって、モーリスのたくましい腕によって、レモンの果汁が、素手で搾り取られる過程を、瞬時に想像してしまったからだ。悪い冗談である。

「大丈夫か。」

「・・・誰のせいだと思ってるんですか」

咽たセシルに、心配して声をかける副船長だが、原因は副船長クロウの一言である。

「いやな。おいしそうに飲んでいたから、おいしさの秘訣を教えようと思ってな。」

「へ、へぇー・・・。(いらない)情報ありがとうございます。副船長さん」

クロウが無表情にそう言う横で、搾りたてレモンは、悪い冗談じゃなくて、事実だった事に軽く衝撃を受ける。セシルはクロウに、知りたくなかったが、クロウが恐いので、不機嫌にさせないため、とりあえず礼を述べることにした。

クロウはセシルにそう言われると、満足そうに頷いたので、その様子からして悪意はなかったのだろう。

無表情すぎて分かり難いが、セシルはホントにこの人、おいしさの秘訣を教えようとしてくれたんだろうけど・・・間の悪さと、言葉が足りないんだよなぁ、と半ば諦めの境地で夕日を見送る事にした。

海賊生活約二ヶ月、セシルは本当に、現実逃避というモノが、たまには必要であるという事を、この船で学んだのだった。


星赤石月 五日 曇


今日の夕方に、この海一帯の様子を探るために、海馬(シーホース)さんを呼び寄せました。

草笛を浮いて、呼ぶと喜んできてくれて、良かったです。

その子の話によると、ここの南の海域には、難破船が多く最近、幽鬼が漂っていて、海の魔物達も不浄の気に当てられるから、しばらくは近寄らない様にしているそうです。

人間にも多少なりとも影響力があるので、気を付けるように言われました。

副船長さんは、その話を熱心に聞いて、頷いてましたけど・・・

針路は変えないみたいだし、どうなるのか・・・不安が残ります。


                                  術者 セシル

                            ブラックパール号航海日誌


シーフードカレーの、美味しそうな香りが、食堂を満たす。あれからセシルは、食事の手伝いをして、モーリスとカレーを作っていた。

水夫達は各々好きな場所で、賑やかに夕食を堪能している。

もうカレーは出来上がったので、食べてらっしゃい、モーリスがセシルにそう言ったので、

ペルソナ達に連れられて(ペルソナとリオン、副船長という微妙なメンバー)、一番奥の壁際の席へ座って食べる事にした。イカとホタテの入った、歯ごたえのあるカレーは、まろやかにして、濃厚な味付けだった。


見張りの番をしていた、ルシュカは外の暑さに、へとへとになりながら食堂に入る。

初夏と言えど、マストの見張り台で望遠鏡片手に、じっと過ごすのは体力と精神力が入った。熱風と太陽光に晒され、体は汗でじっとりとして服がへばり付いて、気持ち悪い。

これは飯を食ったら、部屋で濡れタオルで体を拭いて、服を着替えるしかないか・・・何気なくそう思いながら、カレーをカウンターで受け取る。

ルシュカはそのまま、カウンターから二番目の長テーブルについて、お調子者の航海長の隣に座り一息つく。その向いには、双子の水夫である、アンリとジョセフが同じ顔を並べて、なにやら賭けをしてカレーを食べていた。

「俺は副船長がフラれるにかける!」

「ん~兄さんがそっちに行くなら、俺は二人ともうまくいく方にかける」

「あ☆アンリ~俺はジョセフの方につくからな!」

ちなみに双子は、バルナバスと同じくガタイのいい体をしていて、体格も同じく声も似ている。唯一違うのは髪の色だけだ、兄のアンリは茶髪、弟のジョセフは金髪なのだ。

ルーヴィッヒも賭けに乗り出して、興奮気味にスプーンを宙にクルクルと回す。

賭けをするのはいいけどよぉ・・・お前らそんな大声出したら、副船長に見つかんぞ?とくにルーヴィッヒお前ってば、懲りないよなぁ~。その様子を見ていたルシュカは、心の中でそう呟いていた。


そんな、にぎやかないつもの食卓を、ルシュカが堪能していた時だった。


ルシュカはお代わり二杯目を、モーリスに頼んで入れて貰い席に着くと。

奥のテーブルで、セシルとリオン、ぺルソナ、クロウとお馴染みのメンバーが、食事をしているのが見えた。何気なくセシルの方へ瞳を向けて、ルシュカは首を傾げる。

なんだ?この光景どこかで見た様な・・・そう思ったのと同時に、心の奥から何か自分でも言いようのない、焦りと、一刻もこの場から逃げ出したい、恐怖感が溢れ出た。

ルシュカが、何故だ?どうして俺は、逃げ出したいんだ?!と、ごくりと生唾を飲み込む。そんなルシュカの異変にも気が付かず、隣にいた、本日お代わり三杯目のルーヴィッヒ(お代わりは基本二敗までだが、どうやらモーリスの彼氏なので優遇されているらしい。不公平だ!!)が、スプーンを咥えて、ルシュカに声をかける。

「なぁなぁ、ルシュカ~」

あぁ、既視感がする。前にもこんな事があったような・・・・・・・・・・・・・・・・

「な、なななんだよ、ルーヴィッヒ?!」

ビクンッと肩を震わせ、上擦った声でルシュカは、金髪碧眼の相方を見る。

また、何か悪戯でも思いついたのか?俺を巻き込むなよ、頼むから。今現在俺は、進行形で嫌な予感しかしねェんだよ。つーか、お願いだからその先を言わないでほしい!!とルシュカが思いつつ、航海士の話をとりあえず聞くことにする。


「お前はどっちだと思う?セシルがフルか、船長と付き合うか」

無邪気な顔で、航海士はルシュカにニッカリと笑う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ?!」

ルーヴィッヒの言葉に、思わずルシュカは破顔し絶句する。訳の分からない恐怖心いっぱいの胸に、安心と言う名の水が沁みわたる。ルシュカの固く握っていたスプーンが、カチャンとカレーの器に落ちた。

「おまえ、どうしたんだよルシュカ~、具合でも悪いのか?」

ルシュカの様子が、いつもと違うと悟った航海士が、ルシュカを覗き込む。あっ軽い金髪碧眼は、通常なら尻尾髪の相方は、悪い笑みを零し、この話に食いついていた筈だからだ。

「え、いや、なんでもねェよ。ちょっとだけ、考え事してた、()りィ・・・」

碧の瞳に覗き込まれ、亜麻色の尻尾髪は、苦笑いをこぼし、頭を掻いた。

その様子に、首を傾げルシュカの顔色を窺う。どこも悪いようには見えず、いつもと同じだと直感で感じたルーヴィッヒは、

「じゃぁさ☆どっちに賭ける」

と、瞳に星を輝かせてルシュカに詰め寄った。

「ん~・・・・・・・」

ルシュカはスプーンを咥えて、どっちに賭けようかと悩む。だが、実際そんな事より、先ほど言い知れぬセシルと言う名前で、恐怖を覚えた自分の思考に疑問が湧いて、賭け事に集中できなかった。

そんなルシュカの後頭部にベシッ!と音が響き、激痛が走る。

続けてアンリの米神にゴッツ!とトレイが当り。

ジョセフの後頭部にドカッ!!と手刀が入る。

最後にルーヴィッヒの頭部にドゴッ!と物凄い力で拳が降りた。

「オマエ等・・・二週間、甲板掃除だ。」

低く響く暗い声。その声に恐る恐る振り返ると・・・、背後には絶対零度の眼差しのクロウが立っていた。

「イッテー・・・」

眼尻から涙を流すアンリ、その横で弟のジョセフが、冷や汗を掻きつつ、引き攣った笑みを浮かべる。

「げっ!船長」

クロウは、ルーヴィッヒ達の賭け事の内容を、耳ざとく聞いていたようだ。米神に青筋が浮いているのを見て、青ざめる四人だった。

「あちゃー☆」

「何で俺まで、俺まだ何も賭けてないんッスけど」

まったく反省の色は見せず額に手を当てる航海士に、殴られたことに納得がいかないルシュカは小さくふて腐れる。そんな事は知るか。と、容赦なく拳と、掃除命令をくだしたクロウ。そんな暗黒副船長は、部下に冷たい瞳を向け、スタスタと無駄なく歩き、カウンターに食器を返すと、食堂を出て行った。

二週間甲板掃除を、副船長に命令され双子とお調子者二人組、合計四人は後頭部を抑えつつ、食事を堪能し、各々自分たちの部屋(キャビン)に戻ったのだった。ルシュカは、いつもの日常に、言い知れぬ恐怖から解き放たされ、一人内心安心して胸を撫で下ろしていた。


しかし、悲しきかな、尻尾髪ルシュカの嫌な予感は、この後、意外な方向で見事あたる事になったのだった。



星赤石月 五日 曇


あ~暑い、暑すぎるぅ~。


今日は蒸し暑い部屋の中で、海域の地図を作製して、肩凝った、凝った☆

うん!満足な出来だ!!

でも、夕方セシルが言ってた話が、気になるなぁ~難破船かぁ・・・

船長はこのまま針路変えないって、言ってたけど。

難破船が多い場所って、結構アレが出るんだけどなぁ~

まぁ、アレが居る時って、肌寒い感じするから、丁度いいのか?あははは!!


あ!そうだ!いいこと考えた☆

夏と言えばコレがあるじゃん!!


                              航海士 ルーヴィッヒ

                            ブラックパール号航海日誌


ユラユラとランプの灯が揺れて、その灯りを見ていると、一気に眠気が襲ってくる。

相方のご陽気航海士は、先ほどから机に向い、航海地図を熱心に描き上げていた。そんな航海士の背を見ながら、体を拭き着替えて、ボフンッとシーツに身を投げる。

嬉々と瞳を輝かせながら、羽ペンを走らせるルーヴィッヒを傍観しながら、ルシュカは気怠い体を横たえて、不思議に思っていた。


毎日、一枚は描き上げるよう言われている、航海地図を、一括で何枚も正確に描き上げる、集中力と記憶力を、もっと仕事に生かさないのだろうか。

ルーヴィッヒという男は、集中力と記憶力はズバ抜けて良かった。なぜなら、入った町や、城、土地の見取り図から、地図まで一度で覚えしまい、図面に書きだしてしまうのである。明るい性格の彼なら弁も達し、半ば天才的な才を持っているので、官僚にでもなりその特殊な才を、ふんだんに使えば大臣にでもなれる程だ。

それなのに馬鹿をやって、トラブルを持ち込み、またはトラブルに自ら突込んでは、副船長に怒られ、蹴られ吊るされる。


お騒がせ、落ち着きのない同期のこの男は、何故か普段から真面目に仕事をしない。

これでは、天才的な才能も、宝の持ち腐れである。

そんな事を思いながら、ルシュカが眠気により、瞼が落ちそうになったその時、ガタッと椅子から勢いよく立ち上がり、ルーヴィッヒが声を上げた。

「よし!出来た」

出来上がった地図を両手で掲げて、ルーヴィッヒがへらりと笑む。

「おーお疲れさん」

尻尾髪の青年は枕を抱き込んで俯きながら、眠たげに労う。

その声に振り返って、航海士は満足そうに地図を見つめ、

「ん、ルシュカ。俺これ、船長トコ持っていくるわ~」

言いながら、ルーヴィッヒは地図を丸めて、通路に出る部屋の扉のノブに手をかける。

「へいへい、いってら~」

そう言い、手をヒラヒラさせて、ルシュカはルーヴィッヒを見送った。

「おう☆」

ルーヴィッヒは蒸し暑い夜にも関わらず、重厚な扉を開けて、元気に通路を走り去ってしまった。扉に消えた相方を見つめ、ルシュカは寒さや暑さにも負けない、学舎には一人いるであろう、風邪をひかない、健康野生児を思い浮かべた。

そういえば、ルーヴィッヒが風邪をこじらせた事が、あっただろうか・・・。訓練生時代のあっ軽い航海士との、様々な悲惨な思い出を掘り起した、結果。――――禄な思い出しかなかったルシュカは、自分は何故、彼奴と一緒に居るのかと、己に落胆する。

そうこう思いを巡らせている内、ランプの仄暗い灯りが、眠りを誘う。

ついにルシュカは青緑の瞳を閉じ、今度こそ深い、深い眠りに落ちた。


星赤石月 五日 曇


あー暑い。

この暑さがこれから、ずっと続く季節になるなんてな・・・嫌になるぜ・・・。

風呂に入って、さっぱりしたが、こりゃ寝てると、汗でまたビッショ、ビッショになるな。こんな時期に、風邪をこじらせると治りが遅くなるから、

厄介な時期でもあるんだがなぁ~リオン達に、気を付けるよう言っておくか。


お・あれ?ルーヴィッヒか???

何だ・・・アイツ、奇声を発してクロウの部屋に飛び込んでいきやがった。

ッと思ったら、クロウの奴に蹴り一発で、廊下に放り出されやがった・・・。

懲りないなぁ~アイツも。

まぁ、あんだけ元気なら、風邪も引かねーか。納得、納得。


                               水夫長 バルナバス

                            ブラックパール号航海日誌


時間は(さかのぼ)り夕食。

狙撃手ルシュカと航海士ルーヴィッヒの向い、食堂奥のテーブルでは最年少海賊リオンと、とんでも術者セシル、その向いに仮面の楽士ペルソナ、副船長クロウが座って夕食のカレーを堪能していた。

副船長が真向いに座っているため、セシルは死んだ魚の眼をしながら、リオンと一緒に他愛無い話をしながら、カレーを口に運んでいた。

そんな折、静かにカレーを食べ終えたクロウが、水を一口飲んで、隣のパルソナの方へ顔を向ける。

「あー・・・」

無表情に低い声を発するクロウ。

「・・・。」

それに応える様に、目元だけを隠した骸骨仮面を被り、口元は微笑みを湛えて、ペルソナはクロウを見る。二人の奇妙な間に、セシルは何だろうと首を傾げる。

そんなセシルの顔を、不思議そうに眺めるリオン。リオンとしても、なにがあったの?とまるで状況を分かっていなかった。

そんな二人に構わず、黒二人は相変わらず顔を見合わせたまま。

「幼馴染って、たーまに、ぶっ殺したくなるよな。」

「幼馴染ッテ、たーマに、ぶっ殺したくなるヨネ。」

無表情に淡々と言うクロウ、ご自慢のカエル人形を掲げ、ヒキガエルの声で言うペルソナ。

息ぴったりにハモった、黒二人。

何事?!と、その物騒な発言に、セシルは冷汗が背中を流れた。

何故副船長と楽士が喧嘩腰になったのか、それはセシルには聞こえない様、ある程度結界(プロテクト)を張りクロウとペルソナは、いまの今まで会話をしていたからなのである。


会話の内容は、先ほどからクロウには内緒で続けてられている、アンリとジョセフ達の賭け事が原因で・・・。

(んで、クロウ、セシルと仲良くできたの?ナンだか、さっきから後ろの方で、賭け事になっちゃてるけド???)

クスクス・・・と鈴を転がした少女の笑い声が、クロウの頭に木霊する。

その小憎らしい幼馴染の声にもイラつくが、背後での賭けのやり取りが、さらにクロウの神経を逆なでしていた。細々と賭けをしているようだが、影や、闇の属性術を持つ、ペルソナやクロウには、影を伝って話の内容を聞くことができ、二人には賭けの内容は筒抜けだったのだ。

(うるせぇ。オマエに心配されなくとも、こちとらフツーに会話してるだろうがぁっ)

(ふ~ん、デモそれって、魔物の研究の時だけだよネ~?他の時は???)

容赦のない幼馴染の心の言葉に、図星を指摘され、クロウは溜息を吐きたくなった。

しかも、心の中で会話しているので、下手にごまかせないのが、難点だ。

(・・・・・・・・・・・・。オマエには関係ないだろう。)

クロウの低い不機嫌な声に、仮面のペルソナは面白そうに心の声を響かせる。

(あー、逃げられちゃったんだ~、ご愁傷様~♪私ニハ、セシルは普通に話してくれるんだけどネ。コナイダモ、セシルとリオン君と風呂に入ったし、お泊りさせてくれタシ~♪)

ペルソナの言葉に、クロウの不機嫌が最高潮に達する。

(ハァ?!!・・・コイツ!!)

風呂の配分は、自分がそう命じたから(この船では一番安全な人物なので)仕方ないとして、お泊りまでする仲になってるだと?!俺はアイツと、そこまで仲良くなってないのにかぁ?!ワザとなのか、アァ!ワザとだろうよ!仮面の曲者野郎・・・!!


仮面の楽士ペルソナは、ペルソナで・・・。

クロウがセシルに対して、普段から恐怖心しか煽らない行動をしている事や、アルバの町での恐い想いをしたルドン一味の事件を聞いて、嫌味の一つも言わないと、沸々と湧いていた怒りが収まりきれなかったからだ。そうワザとに、ペルソナはクロウに食ってかかったのだ。


そうして二人は顔を見合わせ、セシルが青ざめる『幼馴染ぶっ殺したくなる』発言に、繋がるのであった。


和気藹々とした、カレーの香りが充満する食堂。

話は戻って奥のテーブルでは、

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』

両者、(セシルとリオンも)顔見合わせたまま沈黙。非常に、気まずい雰囲気が流れていた。

一体、この副船長と仮面の楽士に、何があったのか・・・。セシルは先ほどの食事の会話を思い返してみるも、まったくと言っていい程、互いの仲が悪くなるような、話もしてはいなかったし、そういう出来事も無く、普通に仲良く食事していただけだった。

なので、二人どうやって声をかけていいのかも、分からなくて、困惑するばかりだった。


そんな冷汗をかきつつ、困っていたセシルの前で、

「上等だ。表でろ。今度こそ、そのむかつく仮面沈めてやる。」

そのままの姿勢で、無表情だが米神に青筋を浮かべ、静かな弩気を漂わせるクロウ。

そんなクロウに、一向に怯まず、カエル人形を掲げて、

「アハ♪やれるもんならネー♪」

ペルソナはフフフン♪と鼻で笑う。

「このやろっ!」

ペルソナの挑発に耐えきれなくなって、とりあえずクロウは、自分の神経を妙に逆なでする、カエル人形を叩こうと手を伸ばす。

が、しかし、

「セシルー♪クロウが、いじめるぅノォ~♪」

ササッ素早い動きで、クロウの腕をかわし、椅子からヒョイッと飛び降りた。

「!!」

クロウが眉間に皺を寄せ、ペルソナを睨み付ける。

ペルソナはそのままセシルの横に擦り寄って、猫なで声で助けを求めた。

「えぇー・・・っと」

セシルも突然の事に、目を白黒させる。セシルが居るため、この性悪幼馴染は、クロウから手が出せないだろうと、計算済みだったようだ。

アイツ、ペルソナ!ホントにむかつく!!と心の中でクロウは悪態をつく。

が、心の声が、聞こえている筈のペルソナは、セシルの背後に隠れて、赤い舌をベーと出している。小憎らしい事この上ない。

「・・・チッ」

クロウの舌打ちに、ビクッとセシルが震える。

そのセシルの様子を見てしまい、気を落ち着かせるために、クロウは溜息を吐く。

そもそも、こんな事になった事の発端は、賭け事を持ち出したアイツ等だったな。そう黒い思考を巡らせ、クロウは不機嫌にトレイを持って、食器をカウンターに返しに、席を立った。食器を返しに行く途中、自分の事で賭けを持ち出したアイツ等に、報復をする事を忘れずに・・・。

殺気だったクロウは、静かに気配を殺しアンリとジョセフ、ルシュカの背後に立った。

尻尾髪を揺らすルシュカの後頭部にベシッ!と、持っていたトレイを叩き付ける。

オマエもちったぁ、学習しろ!!このしっぽ頭。

続けてアンリの米神にゴッツ!とトレイを投げつけ。

アンリ、テメェ・・・不吉な事予想すんじゃねェ!!

ジョセフの後頭部にドカッ!!と手刀を入れる。

オマエも兄弟なら、馬鹿な兄をなんとかしろ。

最後にルーヴィッヒの頭部にドゴッ!拳を一発降ろす。

オマエは毎回毎回、反省が足りねェーんだよ!!この軽い金髪碧眼野郎がっ!!


「オマエ等・・・二週間、甲板掃除だ。」


絶対零度の眼差しを向けクロウが、怒気を含ませてそう言い放った。


星赤石月 五日 曇


今日は僕の好きな、シーフードカレーでした。やった~!

おじちゃんと、ペルソナさんが、急に喧嘩してました。

どこが沸点なのか、分からなかったです。

あと、いつものルーヴィッヒ兄とルシュカ兄、双子のオジちゃん達が、

おじちゃんに怒られてました。何か悪いことしたんだろうなぁ~

僕には分からなかったけれど・・・セシルは顔色が悪くなりました。

今日も、不思議がいっぱいです。


                                雑用係り リオン

                            ブラックパール号航海日誌


馬鹿四人に二週間の甲板掃除を言い渡し、通路を早足で歩いて自室の扉を開けて入る。

「はぁ―――――――――――――あ。」

バタンと扉を閉めて、背を預けズルズルとその場に、座り込んで深い溜息を吐いた。

馬鹿四人に報復を見事に成したクロウだったが、当然それだけで機嫌が戻る筈も無く。仮面の幼馴染には、まだ一杯喰わされたままであり、どうにも気を落ち着かせようとしても、イライラが募るばかりであった。とりあえず、部屋に灯りを燈し、この鬱憤を晴らそうと、今日の夕方にメモしておいた、海域の情報と海の魔物、海馬(シーホース)の生態をレポートにまとめるべく、クロウは机に着いた。


人面(ハルピュ)()

生息:水のある場所。山岳地帯の泉にも生息可能。

特徴:人面(セイレー)()によく似ているが、人面(ハルピュ)()の方が小ぶり。飛行速度も人面(セイレー)()より速く、鈎爪の方が突出して鋭く力がある。ただし鳴き声は汚く、姦しい。雑食でよく知られている。雄と雌が居るが、雄は数的に少ないようだ。

性格:危害を加えなければ、極めて大人しい者が多い。ただし血の匂いに敏感で、鮮血に酔いやすく、狂暴化するため注意が必要。知能は極めて低いため、人語を話すものは今のところ確認されていない。


人面(セイレー)()

生息:穏やかな海域。

特徴:人面(ハルピュ)()と同一視されやすいが、こちらの方が大きい。(カラスほどの大きさ)飛行速度は遅く、小回りが利かない。鳴き声は美しく、こちらは滅多に鳴かない。肉食であるが、進んで人肉を食す訳ではなく、普段は海の精気を吸って自然繁殖し、生息している。

性格:危害を加えなければ、極めてこちらも大人しい者が多い。それに加え、少し好奇心旺盛な面もあり。歌声で人間を誘惑すると言われているが、あれは人間の血肉の味を覚えた物だけに限られる。(彼らにとって人間の血肉は、気を狂わせる毒の様なものらしい)

本来彼らの歌声には、心の痛みや傷、病魔を払い癒す効果があり。死期が近い者(魔物、人間かまわず)が、安らかに逝けるよう祈りが込められた唄らしい。知能はいたって高く、人語を喋り理解する長もいる。


人魚(セイレーン)(または、セイネレス)

生息:海底全般

特徴:人面(セイレー)()からより海の精気を得る為、進化したと思われる上半身は人間、下半身は魚の魔物。こちらも声は美しく、こちらは滅多に鳴かない。肉食であるが、進んで人肉を食す訳ではなく、普段は海の精気を吸って自然繁殖し、生息している。

性格:危害を加えなければ、極めてこちらも大人しい。彼らは好奇心もやはり強く、陸を眺める者も多いようだ。知能は高く人語を話すものが殆ど。そして警戒心が強く、仲間意識が高い。それぞれの海域に長が存在し、群れで行動しているようだ。こちらも歌声は人面(セイレー)()と同じ効果がある。


海馬(シーホース)

生息:海全般

特徴:普通の馬と変わらない姿形。だが皮膚は蒼く、薄い産毛の様な鱗がある。鬣、尻尾は冴える様な青緑、瞳は漆黒か、群青。性別なし。こちらも海の精気を吸って自然繁殖し、生息している。霧を呼び、海面を自在に走る魔物。

性格:気位が高く、人間には興味がない。また極端に人間嫌いな面があるらしい。通常単独で生活し、群れて生活はしない。しかし笛の音の波長が、好みらしく草笛、口笛を吹くと霧を纏わせ寄って来る習性がある。本来、船乗り達からは、霧を出現させ小舟を脚で蹴って転覆させる魔物として畏れられているが、血の毒に侵された者だけだそうだ。

気に入った者であれば、背に乗せて目的の地まで運んでくれるらしい。




ここまで羽ペンを走らせ、クロウは顔を上げて一息ついた。

夕刻、セシルが呼びだした魔物との、やり取りを思い出す。セシルはクロウが溜息を吐くぐらい、魔物に精通していた。ガンダルシア、マライト、ジェーダイトの三国の魔術師達が、魔物の習性や特徴を研究し、有名な文献は数多く古くから残っているが、セシルの話を聞いていると、文献での諸説の間違いや、本来の在り方、生態性、今まで誰も知りえなかった事実が多かった。魔法大国を誇るガンダルシアの国立魔道図書館にも、こんな魔物に密接にかかわる事実は、記されてもいないし、魔術協会にも発表もされていない。

これでは、人間の意識見解は、閉ざされたままも当然だ。

クロウは一人、机に頬を付いて溜息を吐く。

夕方甲板の上で、海馬(シーホース)の背に乗せて貰っていたリオン、その無邪気な光景を思い出した。


魔物と人間の共存は、難しいにしても、こちら側、人間の魔物に対する知識を増やし、魔物に対する見解を広め、理解すれば避けられる危険は多い。

それは海域調査についても、同じような事が言える。

事前に調査し、海域をよく把握していれば、船に乗る危険は多少なりとも避けられる。無駄な死を迎える事も無い。

訓練生時、ある血気盛んな海軍少佐は、自分が止めるのも聞かず、部下を引き連れてマライト付近未調査の海域に無謀にも備え無しで、進軍しマライト国と戦をしたが、海域の引潮時の複雑な岩谷に戦艦が挟まれ、遠くから敵軍から攻撃され戦艦は沈没。戦艦に乗っていた者は、全員死亡。

軍人として、戦いに生き死ぬのはあたりまえ。しかし、だとしても、考えなしで行動し、死ぬのは、犬死に他ならないのではないか。人には知恵がある、考える頭脳がある、思考を止めずさえすれば、己の見識を広められる可能性だってあるのだ。少なくとも、危険はある程度避けられるはずだろう。


そんな事を、常日頃思っていたが、訓練生時のその一件から、クロウのその考えは確固たるものに変わった。軍に所属しているのに、武ではなく、文で認められる事を望んだのも、その時だったかもしれない。それ故に、アーネストには、散々否定され、勝手に失望され、嫌味まで言われるが。もともと根っこから、求めるモノが違うのだから、反発するのも道理の(ことわり)。まぁ、意見の違い、生き方の違いだと思うので気にしなかった。


生き方と言えば、セシルの姿がフッと()ぎり、今までの思考が、蝋燭の灯が掻き消えるように意識が過ぎる。その昔、多くの魔術師達が移り住み、エルラド大陸から、隔離し独自の魔術文明が今もなお受け継がれている、魔術島国家ガンダルシア。現代でも国民は少なからず術を使える者が殆どだ、しかし彼らも自然として受け入れている為か、術に関しては研究者が多いも、魔物の生態に関しては、疑問も浮かばないのか、その文献は著しく乏しい。そんな閉鎖的な島国出身、それでも術には突出した文化環境で、よくあの古代人と称された青年は、誰にもその才能を見いだされず、暮していたものだと思った。あれだけのチカラの持ち主なら、高等魔術師が多いあの国で、まず弟子に見いだされるだろう。そうなれば、食うに困らない生活をしていただろうに。よっぽど運が無かったのか、それともあの控えめな性格が勝っていて、高等魔術師の瞳を無意識に、持っているチカラで眩ませていたのか。傍目に見ている分に、セシルはごく自然を受け入れて接している為か、セシル自身でも、無意識に術を使用している部分も多く。仮面の心術を殆ど意識しないで、会話しているあたりなどが、その証拠と言えよう。


魔術士になれるように、セシルに魔術書を与え、仮面(ペルソナ)と訓練をつけるようになった。ここ一ヶ月中、何かの折、それを仮面(ペルソナ)と共に指摘すると、セシルは大変驚いていた。今では数々の精霊と、会話するまでの上達を見せている。

自分が追い抜かれるのも、早いだろう。そうクロウが静かに思っている最中。


バタ―――――――――ン!!

「キィイヤッホホホホイヤァ――――――――――――――――☆」

けたたましく背後で、自室の扉が押し開けられ、続けて耳障りな奇声が響き渡った。

ブチ。

頭のどこかで、そんな音がしたような気がする。いいや、したなァ。たった今、したな。

人が静かに、思考の海に沈んで考えている時に、このあっ軽い金髪頭ぁがっ!!

「キャプテ――――――ン☆コレ!出来立て、ほやほや海域地図三枚でございっ・・・があああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

へらり、と人好きの笑みを向け、あっ軽く言い放つ航海士。

言い終わらぬ間に、その腹に一発、一瞬にしてクロウの蹴りが入り、ルーヴィッヒはそのまま通路に吹っ飛ばされた。

「・・・・・・・・。」

丸められた地図を、ぱしっと掴むクロウ。

――――――――――――――――――――バタンッ!

扉が悲鳴を上げる程、音をたててクロウは非情にも、無言で自室の扉を閉め、鍵をかける。


そして、数秒後・・・。

懲りてないのか、馬鹿航海長は、また何かを喚いて、通路を走り去っていた。

クロウは、この時思っていた。


ルーヴィッヒが奇声を上げ、次に扉を開ける事があれば、今度こそ鮫の餌にしてやろうと。


副船長クロウの頭痛の種は、未だ無くなる気配がなかったのであった。


「イタタタ・・・」

バタンッ!硬質な扉が閉まる音が響く。見事、廊下に蹴り一発で、放り投げだされたルーヴィッヒは、回復だけは早いのか、はたまたただ単に体が丈夫なのか。まったくもって、他の仲間達には不明だったが、一人腹を押さえて、ムクリと起き上る。

その様子を、苦笑いしつつ諦観し、通路を通り過ぎたバルナバス。そんな水夫長に、気が付くも無く、航海長であるルーヴィッヒは副船長室前に座りこんだ。

ルーヴィッヒは蒸し暑く寝苦しい夜を、過ごすのに、いい案はないだろうかとここ最近考えていたのだ。しかし先ほど、副船長クロウの蹴りを受けて、彼の金髪頭の中で何処かの思考回路が、良いアイディアという回線につながったようだ。


副船長の絶対零度の眼差しと、滲み出る尋常じゃない殺気、生き物が本能で覚える死への恐怖心。お気楽航海士は、いくら四六時中クロウと共にいて、ある程度の殺気には慣れているとはいえ、恐いものは、やはり恐い。先ほども、クロウの傍に寄っただけでも、内心胃の腑に冷水を流し込まれた気分だった。今でも蒸し暑い筈の廊下にいるが、体は冷やりとしていた。


ルーヴィッヒはさえた碧眼に、キラリ、星を輝けせる。いつもの調子で、顎を擦り無邪気な笑み(クロウ曰く、ろくでもない事を画策する笑み)を浮かべる。

クロウは恐い。それすなわち、恐怖で寒くなる=(イコール)夏も快適!

しかし、そんな理由でクロウを無理に怒らせるならば、こちらの命が足りない。ならばどうするか・・・、同じ位の恐怖対象を代用する。

それは何か?航海医師のミゲルの姿を、ちらっと思い浮かべて、ルーヴィッヒは頭を振る。あれは、副船長とは同じ恐怖の意味で、精神的に追い詰められて、洒落にならないタイプなので却下だ。うっかり怒らせ様ものなら、『あらあら、うっかり今日の食事に、劇薬いれちゃいました~』と、カラの薬瓶片手に、保健室(正しくは医務室)に連行され、何をされるかわかったものではない。(ちなみに、これは体験済みなので、あまり思い出したくない)ならばどうするか・・・。恐いもの、人が恐れるモノと言えば、人で無い魔物。でもそれはセシルが来てから、見慣れて恐くない。魔物が駄目なら、それに近いしいものではどうだろう。ああ、間違いなく、アレなら誰でも恐れるモノ達だ!よしこれなら誰でも涼めるぞ!!

「ヒラメキ☆キタ――――――――――――――――――!!」

爛々と星を入れた瞳を輝かせ、両手を上げてルーヴィッヒは立ち上がった。

誰もが、奇声と思う声を上げて。

仲間の内では、もうこのお調子者の奇行は、いつもの事なので、誰も見咎め廊下に出る者は居なかった。新参者のセシルでさえ、なんだ・・・いつもの事かと、食堂でモーリスの手伝いをしていた。慣れとは、本当に恐ろしいものである。


ルーヴィッヒはそんな事は気にせず、ひゃっほほーい☆ウケる~!!と一人奇声を発しながら、食堂と自室に残してきた相方の元へ走って行った。


星赤石月 五日 曇


今日の夜。

なにやら、航海士のルーヴィッヒが、いつもの如く奇声を発して、保健室に来ました。

元気がいいのは良い事ですが、その年ではしゃぎすぎるのは困った人ですねェ・・・。

航海士によると、今から肝試し大会をするので、

恐い話を用意して甲板に集まるように言われました。


ふふふ・・・幽霊より恐い事なんて、世の中いっぱいあるんですよ。ルーヴィッヒさん。

さぁて、どんな話を披露しましょうか。


                                航海医師 ミゲル

                            ブラックパール号航海日誌


これは、俺の親父が実際に体験した話だ・・・。

俺の実家は、もとは漁師の家でな。

普段は朝から漁に出て、夜中仕掛けた網に、かかっていた魚を取るんだがな。

俺が生まれる前、若い頃の親父は、それじゃ生計がなりたたねェって、夜中にも魚を取ってたのよぅ。夕方に網を仕掛けて、夜中もう日付けが変わる頃、親父は魚を取っていたんだ。

これが、良い儲けになってな・・・おかげで、家はなんとか追い出されることは無くなったんだ。

そんな日々を続けてたある日、いつもの様に親父は夜中に漁に出た。


いつも通り。その日も大収穫だった・・・。

親父は網を船に引き上げて、仲間達と魚を詰めていた所に、魚ではない何か大きいモノが懸っている事に気が付いた。暗い星明りだけの暗黒の海の上だ、手元にはランプの灯りが頼りだったんだ。親父達は、子鮫でも網に掛かっていたのか、そう思って意気揚々に網に手をかけたんだがよぅ。


「ヒッ!」


引き攣った悲鳴と、驚愕に瞳が見開らかたまま、親父達はそこから動けなかったそうだ。ランプの灯りに照らされた、網に掛ってたモノは、青白く、所どころ肉が喰い破られた、見るも無残な女の水死体だったんだとよ。

親父達は、あまりの気持ち悪さと、夜中に漁に出てたなんて、他の漁師達に知られたくなかったから、女の水死体を持って帰って、供養すると事が公になるのを恐れてだな。

仲間達と一緒に、まぁ、迷った挙句、親父は女の哀れな水死体を、再び海に捨てることにしたんだ。ここであった事は、何も無かったと仲間と言い合って。

無かった事にしたんだよぅ。


そのまま、気分もそがれて親父達は、素早く魚を木箱に詰めて、引き返すことにしたんだ。

しばらく、何事も無く船は進み、港も見えてきて、親父達は内心ほっとしていたんだとよ。でもな・・・。


静かな海で、船は親父達のしか、進んではいない筈なのに船の後ろから。


バシャバシャバシャ・・・ザバァザバァザバァ・・・・


船に向って、何かが水音をたてて、近寄って来たんだとよ。

親父達は、不審に思って船の後ろの方の海を、ランプを翳して様子を見に行ったんだ。

バシャバシャバシャ・・・ザバァザバァザバァ・・・・バシャザシャバシャバシャ・・・

もちろん、他の船の姿はなく。親父はランプ片手に、音のする方へ目を凝らしたんだ。

そうしたら・・・


ザバァァザバァザバァザバァ―――――――ザバァァザバァザバァザバァ―――――――

先ほどの水死体の女が、腐乱した肉のツラを海面から、浮き沈みさせながら、とんでもない速さで、泳いできたのだ。すでに死んでいるのに。


「うわぁあああ――――――――っ」

親父達は、その女に追いつかれてはならないと、必死に帆を上げて、ちいせェ船だから、漕げる物があれば、何でも利用して、死にもの狂いで漕いで港に急いだそうだ。


結局、なんとか港について、事なきを得たんだが・・・。

親父はそれ以降、夜中に漁に出ることは無くなった。

もちろん、水死体を手厚く葬らなかったし、女には悪い事をしたと、親父は言っていた。

死んでいるはずの肉体が、意志を持って泳いで来た事実は、恐ろしいとも言っていた。


けれど、それで夜中に出なかった、訳ではなかったそうだ。


親父が最後、夜中に漁を出なかった理由。

それはな・・・

あの水死体の女がよ。あの時、親父と眼があった途端、

ニィ――――――――――・・・と、たしかに口角を上げて、嬉しそうに笑ったんだと。

親父はその女の笑みに、引き込まれそうになってな。

その時は、なんとか恐怖が勝って、逃げられたが、

次にもし、もし、――――――――――――――――遭う事があれば。

今度こそ、儂は戻って来れないだろう。


未だに、その女の水死体は、陸にも打ち上げられず、どうなかったのか分からず仕舞い。

今でも、この海の何所かをさ迷っているのか・・・。


俺の話はこれで終わりだ。


バルナバスがそう語り終えて、隣に腰かけたミゲルにランプを渡す。

「ひゃぁ~☆本場の漁師の恐い話は、ゾッとするな~」

ほぅと副船長を除く、ブラックパール海賊団の、昼番、夜番ほぼ全員の船員は、この怪談話に息を吐いて、心臓を落ち着かせる。夜番はある程度、見張り番を除く者達が、聞き耳を立てて、航海長の突然のヒラメキ☆肝試し怪談大会を楽しんでいた。

中央マストのすぐ横で、円陣になる様にユージン船長を筆頭に、幹部を始めとするクロウ達お馴染みのメンツが座り込み、語り手にランプを渡し、夏の蒸し暑さを、恐怖で吹き飛ばそうと言う催し物だった。


辺りは日がどっぷり落ちて、夜中の九時。


船の中で、娯楽が少ないため、大半が進んで参加し、多数決におされクロウも駆り出された。実際のところは、船長のユージンじいさんや、リオンの無邪気な子供視線に負けたのだが。

そんな訳で、かれこれ一時間前から、各々自慢の怪談話で、蒸し暑い夜を恐怖で涼を取っている。


そんな中、一人狙撃手のルシュカは、円陣より少し離れて、ランプの灯を見つめていた。


あぁ・・・俺はどうして、今ここに居るんだろう。

そして、どうして、俺の嫌な時の感は、こうも当たるのか。

あれか?アレなのか。

今日朝方のおぼろげな夢は、この眼の前に広がる光景への、序章に過ぎなかったと言う事なのか。それとも、内なるもう一人の俺の警告?そうだったら、もっと分かりやすく教えてくれよ!!俺の中の直感的俺!!


やや支離滅裂、何を言っているのか、わからない事を心の中で呟く。

亜麻色の髪を、尻尾の様にまとめた青年は、その青緑、薄く涙の膜が張った瞳を、両の手で覆い隠した。

これ以上、外界をその瞳に映さぬ様に。または、外界から一切の遮断を願う様に。


ルーヴィッヒが地図片手に、クロウの元へ走り去って、十分後。

「ルシュカァ~~~~~~~~~☆今すぐ甲板に集合だ!!」

バダーン!半ば乱暴に扉が開かれたかと思うと、ボスンッとお気楽航海長は、ルシュカが寝ている上に、飛び乗って奇声じみた声を上げた。

「んあ?」

突然の事で、寝ぼけ眼に見開くと、満面な笑みを湛えたルーヴィッヒが、馬乗りになって、

「肝試しだよ!き・も・だ・め・し!恐怖の寒さで、蒸し暑い夜を過ごすんだ!」

嬉々としてそう言い放った。

「・・・ハァ?!」

何言ってんだコイツ。ルシュカは相方を見上げて、そう思った。そうこうしている内に、お気楽航海士に、ほぼ無理やり引っ張り起され、寝ぼけたままあれやこれや、事が進み甲板で、怪談話をおっぱ()める羽目になってしまったのだ。


が、だんだん頭が覚醒し、自分が最も苦手とする怪談話が始まった時すでに遅く。

どうして、俺はあの時ルーヴィッヒの言われるまま、怪談話大会に参加してしまったんだろうか、後悔の大海原をさ迷っていたルシュカだった。


そうして現在、バルナバスの本格(マジ)怪談話を聞き終わり、今度は恐怖の大海原に、身を投げ出していた。今でもだが、常に魔物憑きの剣を腰に帯刀しているのに、ルシュカの恐がりは、まったくもって、克服されてはいなかったのである。


みなさん、さっきバルナバスさんのお話を聞いて、

私も水死体について、一つ気になるお話を思い出しました。

いえね、とっておきの怖い話を用意してたんですけど・・・こちらの話の方が、みなさんが想像しやすいと思いましてね。ふふふ。

はいはい、ルーヴィッヒさん、御託はこのくらいにして、お話しますよ。


ここの海賊団の中でも、刺青を彫っていらっしゃる方は、いらっしゃるでしょう?

これは、その刺青のお話です。


みなさん、死体解剖と言うのをご存知でしょうか?

私はこの通り、この船の保健室の先生としていますが、ここに来る前、私は町医者をして小さな自宅の診療所を構えて暮していました。

町は個々の地方より、北方地方の島、小さく簡素な町・・

いえ、村と言った方が良いでしょう。

小さなその村には、当然医者など私しかおりません。だから、何か村で人が変死を遂げた場合、私がその死体を引き取って、死因を調べるのですよ。

死体を綺麗に洗って、お腹とかメスで切って中をみて死因を調べるんです。

あぁ、中の臓器は綺麗に洗いましたよ。そうじゃないと、死因が分からないですし。


ある日、私の村で井戸に落ちた男が居たんですよ。

その男は、酔っ払って井戸の水を汲もうとして、あやまって井戸から落ち、

井戸の釣瓶のロープに体を巻き付けて死んでいたんです。

当然、村の人達は私のところに来て、一応調べるように言われましてね。


で、調べたんですよ。

死体にはロープが絡まった痕が、くっきり首と体、腕に巻きついていました。

相当暴れたんでしょうね・・・酔っていたようですし。

力も入らなかったので、ツルを握って冷静に上に登れなかった。


でも、調べるにつれて、男が死んだ原因は、別のところにある事に気が付いたんです。

私は男の体をいつもの様に、洗おうと死体の服脱がしたんです。

そしたら、ほらシャツなんか、水死体ですし・・・背中に張り付いて脱がせにくいから、私は一度死体をうつ伏せにさせたんです。

すると、死体の服を捲って私は愕然としたんです。


男の背中には、綺麗に傷も無く皮膚皮だけがなくなっていたんです。

普通、水死体で皮膚皮が剥けるのに、二日はかかりますが・・・

その死体は一晩という、僅かな時間でした。


私はおかしいと思い、死体を解剖してみたんですよ。

そしたらね。

その男は、ロープで首を絞められた絞首死ではなく、溺死だったんです。

え?どういう事かって・・・

つまりですねぇ、男は井戸で溺れて死んでいて、ツルが首や腕に絡まったのは、死んだ後からだと言いたいんです。

この恐さが分からないですか?

男が井戸から落ちて、一夜しかたっていない事、

一日や二日では皮膚皮が剥けるなんてことはない事、

そして、最後。

男は溺死したのに、何故その男の腕や、首にツルが絡まったのでしょう。

死んでからも、動いたんでしょうかね?

ね?ゾッとするでしょう。


あぁ、そうそう、刺青でした。

その男の背中には、皮がめくれてより鮮やかに、赤い花が咲いていましたよ。

えぇ、紅い華に、天女の様な美しい女の人が彫られていました。


でも、それを死んだ男の仲間に話すと、首を傾げられましたよ。

男の刺青には、紅い華は確かにあったが、

同じく彫られているのは、女ではなく、

大昔人皮を剥ぎ取り、人間に擬態する鬼蜘蛛――――――魔物が描かれていたからでした。

私はね、そこで思ったんですよ。

もしかしたら、男が死んだのは背中にしょった刺青の魔物。

鬼蜘蛛の仕業だったんだろうって、・・・ね。ふふふ。



「はい、これで私の話はこれで終わりです。」

にこやかに微笑みを湛えて、ミゲルはランプを隣にいるペルソナに手渡す。

ミゲルの話の終わりに、ほ~っと緊張から解かれて、大勢の者が息を吐いた。

背筋に何とも嫌な汗が吹き出し、死体を涼しい顔で解剖しているミゲル、本人の怖さと、変死体の怖さが、ないまぜになって、水夫達の心を襲っていた。しかし、嘘かも知れないしと、半ばそんな話あるわけないよなーなどと、恐怖心を胸に押込める。

そんな仲間たちの心を知ってか知らずか、

「あ、ちなみにこの話は、実話です」

トドメの一言を放ち、またもや現実と言う名の恐怖に落とされる仲間達。

腕に刺青をしょってるアンリは、早くも涙目だった。


星赤石月 五日 曇


うーん、みなさん。

怖い話いっぱい持ってて、すごいなぁ。

僕の体験は、あんまり怖くないし・・・どうしよう。

幽霊さんにも、僕は友達になった人も多いし・・・


そういえば、みなさんあの人の事、視えてるみたいだけど、誰かと間違えてる?

もしかして、そういう風に視えるだけなのかな?

でも、言ったら恥ずかしがり屋さんみたいだし、言わない方が良いのかも。

はぁ~、怖い話どうしよう。


                                  術者 セシル

                            ブラックパール号航海日誌


ルシュカは耳を塞いで、遠くに意識を飛ばす。

今日は曇空。灰色の雲が夜空に続いていて、星明りを覆い尽くして何だか不気味だ。

俺は何も聞いてない、俺は何も聞いてない、俺は何も聞いてない・・・・刺青を入れてない、いれてない、何も怖い事なんかないんだ。何も怖くなんかない。

ぶつぶつと呟きながら、青い顔でルシュカは副船長の横に陣取って、座って恐怖に耐えていた。無意識に銀の剣の柄を握り、クロウの袖をしっかり握っている。毒には毒をもって制す。ルシュカは頭の中の引き出しから、そんな諺を引っ張り出して、自分の精神を守るに徹する。そんなルシュカの様子を、ブッラクパール号の仲間達は、

(あひゃひゃひゃ~☆ルシュカが完全にビビってんの!ウケるぅ~☆)

(うぉっ・・・マジかよ、顔色真っ青だぜぇルシュカの奴・・・)

(ウワー、魔物の話シテタノニ、銀の剣で防御って・・・ドンナけテンパってるのかな)

(ルシュカ兄、恐がりー)

(あらら、ルシュカさん私の話、本気にしましたかね?ふっ)

(ふにゃふにゃ・・・なんだか眠くなってきたぞぃ)

(あちゃーこれは、今夜あたりホットミルクでも、差し入れした方がいいかしらねぇ~)

などと、ルシュカに(若干、一名まったく関係ないが)それぞれ思いを抱いていた。

「次はワタシの番だね♪」

コテン、首を傾げて仮面の楽士が嬉々として言う。仮面や掲げている人形が、炎に揺られて、かなり恐い雰囲気を醸し出しているが、声の調子が幾分か高いので、見た目の怖さは半減されて映っている。


ランプの灯が弱弱しくなってきた。

ランプの周りには、炎の灯りに誘われてか、鮒虫たちが床板で所どころ跳ねている。ペルソナは細いきめ細やかな手で、鮒虫を優しく取り払う。

そして手の中にあるランプに、あらかじめ用意していた油を少し注いで話し始めた。

骸骨の仮面を被り、手には可愛い女の子のビスクドールを掲げて・・・。


あのね、これは最近ワタシが知っタ、怖い話なんだけど。

食堂の奥の壁にネ、

セシルが最初に壁を見ていた所から、気が付イタンダけどね。

じっと、食堂の奥の白い壁を、視てルト・・・

顎がヒキチギレテ、血まみれの男の人の首だけが、浮いテマシタ。


フフンフ~ン♪オワリ!


『えぇ、それだけ?!!』皆が皆、短すぎる仮面の楽士に話に、拍子抜けするが、約一名。

「いぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああ」

ペルソナの話を聞いて、悲鳴を上げる者がいた。そう、尻尾髪のルシュカである。

彼は今の話を聞き、朝方の夢を完全に脳内に蘇らせていた。あまりの恐怖で忘れてしまいたいがため、今のいままで靄がかかったように忘れていたのだが・・・、心から蓋をした部分を思わぬ角度で、こじ開けられた気分のルシュカであった。


いぎぎぎぎ・・・俺の、俺の、夢は、あの夢は、正夢だったのか!!イヤだ!イヤだぁ!

なんの、罰ゲームなんなだよ!俺が何したって言うんだ!ああああああ、知りたくなかった!知りたくなかった!嫌な予感はしてたんだよっ!これもそれも、みーんな全部、全部、全部、ぜってぇールーヴィッヒ!あいつの所為だ!!

そう言いながら、尻尾髪の青年は、自身の耳を塞ぎ、クロウ背後に高速にまわりガタガタと震え叫んだ。どうした、ルシュカ・・とりあえず、落ち着かせようとルーヴィッヒが近寄る。すると、

「いぎゃああああああルーヴィッヒ!ルーヴィッヒの阿呆!ぎやあああああ」

「えぇ?!俺!!」

思わぬ相方の罵倒に、ルーヴィッヒは自分を指さして面を喰らう。

その間も、アホ!馬鹿!とルシュカは金髪航海士に罵声を浴びせ続けている。

「ちょっ、ルシュカ落ち着け!」

尋常じゃないルシュカに、思わずバルナバスも、割って入り、ルシュカの肩をポンポンと叩いて宥める。

その震えようは、副船長に迫られてセシルがよく、パニック状態に陥るアレ(・・)によく似ているので、周りの仲間達は何気に慣れていた。

「ふぅ――――――――――、ふ―――――――――、ふ―――――――」

肩を上下させて、大きく息をする。その姿は傍から観て、警戒して威嚇する猫のようだ。

「どう、どう、ルシュカ」

眼の焦点が合ってない、ルシュカを宥めつかせるバルナバス。そんな恐がり狙撃手の、異常な恐がりようを横に置いて、『なんだよー怖がりな奴だなー』などと爆笑する仲間達の中で、水夫のジョセフが、え?!と素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたジョセフ?」

双子の兄、アンリがジョセフの方へ振り向くと、

「え、だって兄貴・・・さっきの話」

よろよろ・・・と後ずさり、顔を青ざめセシルの方へ視線を向ける。

「セシルが、壁を見つめていたんだろ・・・」

「あん?そうだったなぁ、でもそれがどうした?いつもの仮面の作り話だろ」

「でもさ、セシルはいつも食堂の壁、見つめてなかったか?!!こないだ、それで何見てるんだろうなって、他のヤツラと話してたじゃんか!!」

震える声でジョセフがそう兄に訴えると、アンリはハッとしてその場に立ち尽くす。

「あ・・・。」

シィ―――――――――――――――ンとジョセフの言葉を聞いて、辺り静かになった。

思わず黙り込んで、一斉にセシルを凝視する。

そう言えば、仲間達とセシルの視線の先が話題に上って、何があるのかと話していた。

あの時は、ただ壁に着いた染みか何かがあるんだろうと、そのままその話題は流れたのだが・・・。言っても、楽士とセシルは術者だし、自分たちが視えないチカラを振るう者達である。それを踏まえて、先ほどの仮面の楽士の話と、ルシュカの尋常じゃない脅えたさま。アンリの脳内で、嫌な予想がよぎる。

「え・・・それってさ」

話を聞いていたルーヴィッヒも、引き攣った笑みでセシルを見る。

「あ、はい。ペルソナさんの言った通りですよ。あの食堂に首が浮かんでるんで、つい視てました。」

リオンを膝に座らせながら、何がそんなに怖いのだろうと、不思議な顔をして返事を返した。セシルにしてみれば、幽霊(ゴースト)など昼夜問わず、物心ついた時から視えていたので、怖いという感覚がなかった。


『なにそれ!恐い!!』


ブラックパール海賊団一同(副船長、リオン除く)、心からそう叫んだ。

「ふぅ~ん、そうなんだぁ、セシルしゅご~い!!」

きゃきゃっと無邪気にリオンは、セシルにしがみ付いて、楽しそうに笑う。

何が凄いのか、まったくもって分からないが。そのリオンの言葉にセシルは、えへへ、そう?と何やら嬉しそうだ。

『リオ―――――――――ン!!なんか褒めっちゃってるよ!あの子!!』

一同、心中で盛大にツッコミを入れるが、セシルの透明な不気味さから、声に出せずにいた。やはり、魔物を友達と呼ぶ青年である、幽霊でさえも恐怖対象ではなかった。それを考えると、自分たちの船長であるクロウが、少しかわいそうに思えるが、今はそんな事を気にしている余裕は全くもってない、仲間達であった。セシルは決して、航海士の様に悪乗りするタイプではない、だから悪い冗談など、言うはずもない。その事実に仲間達は、またまた現実の恐怖が襲ってくる。

「俺、これから食堂で食べれない・・・」

ガックリとその場にへたり込むアンリ。

「何言ってんのよ。あたしは、殆ど一日食堂と厨房にいるのよ・・・。」

そんなアンリの横で、鳥肌を立たせ顔を顰める料理長、そんな二人の前では、眉間に皺寄せたクロウの背後でルシュカの叫び声が響く。

「うぅっうう・・・俺の予感的中。ルーヴィッヒのアホ、ボケ、カス!」

「え~そんなお化けぐらいで、俺の所為かよ」

あっけらかん、そう言って航海長が肩をすくめる。実に軽い、軽い航海士である。その声にその場に居た、恐怖に落とされた仲間達は、『誰だよ、怪談肝試し大会なんて考えたヤツは。あぁ、お前だったな、お気楽ルーヴィッヒ!コノ野郎!!』と、殺意をみなぎらせる。

今後、どうやって報復しようか・・・暗い提案を考え始める船員達だった。


「そう言えば、次は僕の番ですね。うーん、あんまり怖くないかも知れないけど」

「セシルもう十分に怖ェーから。あんま頑張らなくていいぞ・・・ははは」

冷汗を掻きながら、バルナバスは乾いた笑い声で、なんとかその場を取り繕う。

色素の薄い小柄なガンダルシアの青年は、魔術国家特有の自然に対して、畏敬や慈しみの概念がある所為なのか。セシルの傍によると、魔物や羽根の生えた精霊、兎に角訳の分からない物を時々、垣間視る事があったバルナバスは、あまり気にしない様にしていたのだが、ここまではっきり人間の霊までいると、言われてしまうと少し堪えるものがある。

なんせ、魔物と同列で恐ろしいとされているのが、死霊なのだ。


創造神エルハラーンは楽園に祝福された人を愛した。

愛された人の魂にもその恩恵は与えられ、体を失くして死後、その魂は創造神の元へ還り、

再びエルラドの地へ生まれ変わる。


だが、魔物はそれを妬み、人を同じように貶めようと、

人間に嫉妬、憎しみ、強欲、憤怒の心を教えた。

人を堕落させ愛された人の命が、創造神エルハラーンの元へ、体から解き放たれた後戻れず、新たにこの地へ体を得て生まれることが出来ぬようにした。

魔物にそそのかされ、邪悪な心をもって死ぬと、死霊となりその魂は、その地をさ迷い生きた同胞である人間を引き込むとされて、それが古くからの教えだった。


この教えは、創造神エルハラーンを、唯一神とするエルハラ教の教えでもある。

その他にも、創造神がエルラド大陸を守る為、自然界の四大精霊獣を祀る、宗教も数多く存在するが、大陸全土に渡り、一般的に今日まで広く生活にある宗教は、エルハラ教であった。バルナバスの祖国、ジェーダイト国も冠婚葬祭は全てエルハラ教だ。


死霊と人の間には、根本的に魔物と同じく相容れない。

生理的に受け付けないのが、通常の心なのだが・・・・・・、

それらを全部覆すのが、副船長お気に入りのセシルである。

古い教えに囚われない、学術的に魔物の研究をする、副船長クロウとはまた違い。

セシルには、学術や古い教えに反抗している節も無い。バルナバスがセシルを見ている限りで言うならば、魔物も死霊さえも、自然と同じように接していると言っていいだろう。

人間が恐れ、嫌う異質さを、全て取っ払った感じがセシルにはあった。

まだ隣で、う~ん、どうしよう、と唸るセシルを横目に、バルナバスは何者にも自然体な青年に、許容範囲が広いのか、底抜けに博愛主義なのか、と改めて考え始めてしまった。

そんな事を思って苦笑いをこぼすバルナバスの横では、子供の喧嘩が五月蠅い程まだ続く。

「ルーヴィッヒのボケ!アホ!お前の所為で、俺は今日二回も怖い思いしたんだぞ!」

「なんだよ、それ?!お化けは別にそんな悪いヤツばっかじゃねーぞ?」

両耳を塞いでクロウの背後に座り込むルシュカ。それを見降ろして、最近セシルに感化されたのか、セシルみたいなことを言うルーヴィッヒ。

「はぁああああ?!何言ってんの!死霊は昔から、生きてるもんに悪影響だろーがっ!!」

「それなら、魔物だってそうだろ~、お前の家宝に宿って、守ってもらってるのは、どこのどいつだよ!!」

「でぇええ―――――いっ!うるさい、うるさい、うるさい!!馬鹿アホルーヴィッヒ!!」

「カッチ――ン☆もう頭にきたモンねぇえええええ!!!!!お前の髪の毛、ぜぇーんぶ引っこ抜いて、馬の毛だって町で売ってやるっ」

半ば涙の眼のルシュカを宥めていたルーヴィッヒも、売り言葉に買い言葉・・・陽気であまり怒らない性質である彼も頭にきたようだ。金髪航海士が、尻尾髪狙撃手の胸倉を掴みかかった。

「お前等、二人とも止めねぇかっ!!」

遂に取っ組み合いを始めそうになった二人を、野太い怒号と大きな腕が止めにかかる。

バルナバスが、聞くに見かねて二人の仲裁に入ったのである。まったく、いい親父ぶりだった。ぎゃあぎゃあと騒がしい二人組に、すっかり肝試し気分が薄れた仲間達は、苦笑いしてその様子を眺めていた。

何気に年少のリオンに、遠くの方でお調子者二人を指さして、『いいかい、あんな大人になっちゃ駄目だぞ』とジョセフ達が言い聞かせていた・・・情けない二人である。

水夫長に首根っこ(正確には服の襟)を摑まえられて、宙ぶらりんになりつつ狙撃手と航海士は、まだお互い睨み合って唸っている。その姿は・・・完全に子供の喧嘩だった。

「二人とも!ケンカはダメですよ!!」

そう言って慌ててセシルが駆け寄る。

バルナバスだけでは、喧嘩は止められないと思ったのだろう、放っておけばいいのに、まだ経験が浅いセシルが、バルナバスの加勢に二人の間に入ったのだ。

だがしかし・・・。

「それにルーヴィッヒさんの言うとおりですよ!死霊の皆さんは、そんな悪い人たちばっかりじゃありません!!言いがかりもいいところです」

ずばり言うわよ!と何処かで聞いたことがある言い方が似合いそうな、論点がずれている発言。

『問題点はそこじゃないだろ!セシル!!』

心を一つにして、良識のある仲間達はそう心中で叫んだ。(ルーヴィッヒは、だよなぁ~セシル☆と共感しているので、この際無視だ。)

普通は子供のリオンの前で大人気ない・・・とか、そんな言葉を期待していたバルナバスも、ルシュカと同じく顔が引きつっている。

そんな仲間達を置いて、セシル流死霊の講釈はまだ続く。

「あの食堂に居た首さんも、もとは人なんですよ!ちょっと楽しそうだから、生前を思い出して、覗いていただけの存在なのに、気持ち悪がるなんて!失礼ですよ!!僕がここに来る前、商船に乗っていた時も幽霊船に出逢ったけど、陽気な人たちばかりで、いつも天気とか海の荒れ模様とか教えて貰って、親切にしてくれてたんですから!」

珍しく力説するセシルに、若干セシルの方が怖いとルシュカはそう感じた。同じくぶら下がっている航海士は、ルシュカの横で・・・うんうん、そうだよな~と相打ちを打っているので、オマエは恐くないのかよ!!と、なにげに腹が立ったルシュカであった。

「姿かたちが、血みどろでグロテスクだからって、そんなの偏見です!そもそも、死霊なんて、その人の想いや念の塊みたいなモノ。生前酷い死に方が、心に残ってしまって、そういう、血みどろの形になって悲しい想いのまま、残っちゃってるんですから!そんな酷い事言っちゃ駄目です!」

「で、でもよ・・・セシル、人を死に至らしめる死霊だっているだろ」

眉を寄せてセシルに負けじと、食い下がるルシュカ。横ではルーヴィッヒが、にやにやと笑っている、航海士はこの状況が楽しくてしょうがない様子だ。

「そ、それは、いるには居ますけど、もとは人間だったんですよ?僕言いましたよね・・・霊は想いの塊だって。言い換えれば、人を死に至らしめる想いを強く持った、人間のなれの果てなんだよ・・・人間(・・)こそ(・・)が(・)一番(・・)恐ろしい(・・・・)ですよ」

薄い緑の瞳がスッとガラス玉の様に、ルシュカを見据えて、人間の本質、ありのままを語る。その瞳の奥を真直に捕らわれたルシュカは、本能的に深い無音の闇に、自分だけ放り出された感覚に陥った。底知れない淡緑の瞳に、近くで成り行きを見守っていた、ルーヴィッヒとバルナバスも、うっと思わず息を呑む。


「ふふふ♪セシルさんは面白いですね。セシルさんの言い分に私も同感です。」

薄ら暗い笑い声。

完全に固まってしまった三人を面白そうに、眺めながら静かにミゲルが割って入る。

「まぁ・・・言われて見れば、確かにそうかもなぁ」

セシル姿を、なるべく目にしないように、視線を海へ向けバルナバスは同意する。

同じくお気楽航海士も、うんうん!と首を縦に振って、セシルを見ないようにした。横で狙撃手は、ほぼ放心状態である。

バルナバスに未だ首根っこを引っ掴まれ、宙ぶらりんのまま、セシルの力説に押され反省する二組の姿は、リオン含め他の水夫達に、情けない笑い者に映り、皆がほぼ全員爆笑を抑えて、体をぷるぷる震わせていた。

「う!うひっひゃひゃひゃ・・・」

もぉ~駄目だ!!と遂に、ジョセフが声を上げて笑い出した。

ブラックパール海賊団において、若い指揮官が副船長に怒られているのは見慣れているが、

年下のセシルに、言いくるめられて反論できず、猫のようにぶら下げられている情けない状態は、一生に一度かもしれない。

ざまあない、この一言に限る。

「あははは――――――――あっはははっははははは」

「はは!ざまーないな!二人とも~」

「年下の子より情けねぇ~」

「びびってやんの~こりゃいいぜ~」

ジョセフの笑い声に、触発されて続々とその場に居た、皆からどっと笑い声が溢れだした。


星赤石月 五日 曇


うひゃ――――――――!!

あの、いつもの二人組の顔。忘れられねェー!

情けないあのツラ!

今日はいいモン見れたぜ!ラッキー♪


                                 水夫 ジョセフ

                            ブラックパール号航海日誌


よく言えば賑やかな笑声。

悪く言えば五月蠅い雑音。

海に浮かぶ黒い城の主は、後者の方の意味で、彼の部下たちが集まる甲板へ、頑丈な扉を蹴りやぶって現れた。

「オメ―等、いいかげんにしろっ五月蠅くて研究に没頭できねぇ――だろうがぁっ!!!!」

・・・と言う盛大な怒号付きで。

いつも通り、黒髪を首の後ろで束ねた、副船長クロウが眉間をかなり寄せて仁王立ち。

いつもなら、彼の部下である仲間達は、すぐさま逃亡の為脚を走らせるが、今はみんなが皆、信じられない物を見る様に、眼前の副船長を凝視して固まった。


星赤石月 五日 曇


アタシたちはその時、夢でも見てるんじゃないかって・・・そう思ったわ。

いっそ、夢であった方がよかったもの・・・。

だって、だってねェ・・・あんなにはっきりと見えたのよ。アタシにも。

セシルちゃんを、信じてない訳じゃないけど、

信じたくない現実ってあるじゃない?

そーいうものなのよ・・・・。


とりあえず、アタシは今日見た事、知った事、できれば忘れたいわね。


                                料理長 モーリス

                            ブラックパール号航海日誌


ザザザザン・・・海の浪間の音だけが響き、水を打った静けさだけが甲板にある。

ランプの小さな灯りだけが、頼りなく辺りを照らすだけ。

それでも、ここに居た全員が、扉から現れた副船長クロウに驚いた。

なぜならその理由は、副船長は初めからこの怪談肝試し大会に、しぶしぶ参加していて、現にルシュカがその背にしがみ付いて離れず、珍しく辛抱強く床板に座っていたからだ。


そう――――――――――――――、セシルとバルナバスの間に。


「・・・・・・・・・。どうしたんだオマエ等。顔色悪ぃぞ」

いつもの反応とは違い、いやに狼狽えている雰囲気の部下達。そんな様子を察し、クロウも珍しく表情を緩めて首を傾げる。

「船長――――・・・、今まで俺達とここに居たじゃん、え?いつ抜け出したの?」

「はぁ?何言ってやがるルーヴィッヒ。俺はずっと自室で籠ると、オマエに言っておいただろうが」

バルナバスの腕から解放された、あっ軽い航海士は、引き攣った顔で副船長に問いただすが、訳が分からん。と顔に書いて問いただされた本人は、再び首を捻る。

「じゃ、じゃあ・・・船長はずっと今まで部屋にいた」

若干声が震えている、ルーヴィッヒ。要領得ないでいるクロウは、眉を寄せ辺りを見回す。

「そうだが。だから、どうしたんだ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあ・・・アタシ達と一緒に居た船長は!!」

引き攣った金切声を上げて、モーリスがセシル達の方へ恐る恐る振り向く。

薄暗い灯りを持ったセシルの隣、白いシャツを着た何者かは静かに床板に鎮座している。

だがその顔は先ほどまで、クロウだと見ていた筈なのに、おぼろげで顔の表情さえも見えない。

一斉にセシルの横隣、・・・名も知れぬ誰か、を恐怖に駆られながらも視線を向ける。

すると、すぅ―――――――――――――――――――・・・・・・。

煙にまかれるかの如く、その名も知れぬ誰かは、闇の奥に掻き消えてしまった。

まるで初めから、その場に居なかったように、跡形も無く。


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「ひぃ――――――――――――――――――!!」

「@%?!※☆α◎£~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


声にならない叫び、野太い絶叫、金切り声がブラックパール号に響き渡る。

航海医師のミゲルでさえも、信じられない物を見て、固まってしまう。

一番近く居たセシル、その膝に座るリオン、要領の得ないクロウはポカンと、何がそんなに怖いのだろうと、その場にてただ仲間達を傍観するだけだった。

「うわわわああああああ!!!船長の、船長の、偽物!偽物が出た☆」

「うぎゃあああっ俺、俺、あの偽物触っちゃたよ!!うそ、うそだぁ!!ふつーに、触ったモン俺!」

何故か恐怖心が頂点に経ったのか、泣きながら笑う航海長に、その隣では混乱(パニック)状態(じょうたい)に陥り、自身の髪を掻きむしる狙撃手。

「うお・・・さすがに、俺でも鳥肌がとまらねェ・・・・・・」

真近くで、衝撃的現象を見てしまったバルナバスも、ぞっと鳥肌が立ち、腕を掻きむしる。

(ウヒャ♪ワタシの読んデタ、『絶叫!ホラー選集』ミタイナ展開だ~♪)

未だ悲鳴や混乱の中の仲間達の中で、一人楽しそうにしている仮面の楽士。

それぞれ、心霊現象で涼を取る事には成功しているが、もはやブラックパール海賊団には、そんな当初の目的はどうでもよかった。殆どの者達が、今しがた体験した記憶を忘れる事に必死だった。

そんな中、飄々といつもと変わらぬ落ち着いた口調で、航海医師がセシルの方へ寄って話しかけてきた。

「・・・セシルさんといると、本当に退屈しませんね。それで、セシルさんあの副船長もどきさんは、一体誰なんですか?何が目的でココに?」

「あぁ、あの人は、皆さんには副船長さんに視えてたみたいですけど、本当は女の人です。とても恥ずかしがり屋さんで、でも皆さんが楽しそうなので、寄せてもらいたくて、ちょっと皆さんが好きな人に姿を借りてここに居たんです。」

ミゲルの問いに、セシルは何でもない事の様に、事実を伝える。セシルは初めから、生きていない女のヒトが座っている事も、賑やかな場所に少しだけ惹かれて、お邪魔させてもらっていた事を知っていた。害はなさそうなので良いと思っていたのだ。そう思うセシルの膝の上では、リオンがにこにこと、おじちゃんモテモテーと無邪気にはしゃいでいる。

「で。本物の俺が来たから、恥ずかしくなっていなくなったと。」

リオンの頭を、くしゃりと、撫でて要領を得なかったクロウが頷く。

「ほぉ・・・なるほど」

それを聞いて、ミゲルもかけた四角い黒縁メガネを上げて納得する。夜更かしとクロウが傍に居るため、嬉しくて興奮しているのか、リオンがセシルに抱きついて、嬉しそうにキャーと、微笑んでいる。その隣でミゲルの蒼い瞳が興味津々に、セシルを見つめていた。

そんなミゲルの視線に気が付くはずも無く、蒼い視線の中で、その淡緑の瞳を珍しく、嬉しそうに見開かせる。

「あぁ!!そうだ!」

思い出した!と嬉々とセシルの声が闇の中に響いた。


『今度はなんだ!?』


これ以上なにかあるのかよ?!!絶賛恐怖に落とされている、ブラックパール海賊団の心の叫びだった。そんな事を露知らず、セシルは未だ自分の番に回ってきた、怪談話を披露していなかったので、ここぞとばかりの話を思い出して、

「僕、怖い話を一つ思い出しました!こうやって怪談話をやってると、本物が出てくるっていう最後のお決まりの怪談話が!!」

手を胸に合わせ嬉しそうに言った。


『うん、もうそれ今起こってるよ?!!現在進行形で!!』


心の中、・・・精一杯全力で、ツッコミを入れる仲間達。

もう仲間達の思考回路はショート寸前だ。

いつの間にか、夜の海にも霧が出てきたようだ、ランプの灯りが白くぼやけてきている。

そんな恐怖に放心状態の仲間達に、


ウォオオオォォ―――――――――――――――――――――――――・・・・・・・


底冷えする雄叫びが、容赦なく決定的衝撃現象と共に襲いかかった。

「せ、船長っ・・・南東32度の方、方角に、巨大な船がああああ!!!」

今迄、マストで見張りに徹していた、水夫がランタンを翳し悲鳴を上げる。

ウォォォオオオオオン―――――――――――腹の底に響く何とも言えない、ゾッとする雄叫びを纏い、青白い頼りない光に包まれた、ボロボロの大きな船が迫ってきていた。

そして、船の上には舟をこぐ、ボロボロの衣服をまとった、動く骨と皮だけの骸骨の群れ。

「キャ―――――――ダーリン!」

ゴキュ!モーリスの太い腕が、航海士の首に回されて、ぐぇ・・・と呻くルーヴィッヒ。

今ここで、このままモーリスが力をもっと加えれば、迫ってくる亡者の群れの仲間入りになりそうだ。そんな事を思っていたセシルとクロウを余所に、仲間達は為すすべなく、立ち尽くすしかなかった。

そうこうしている間に、蒼白い幽霊船はブラックパール号と、ぶつかる寸前の距離まで迫って来ていた。

「あああああああ・・・幽霊船だぁ・・・ははは」

ジョセフが腰を抜かして、ぶつかってくる衝撃に備えて何かに掴まろうとするが、うまく動けず、太い腕が虚空を切るだけだった。

「うぎゃあああああ!もう嫌だぁあああっルーヴィッヒの阿呆~~~~~~~~~」

船の横に幽霊船の船先がついて、自分達の船が転覆する、そして亡者の仲間入り。ルシュカはそう頭の中で想像し、今回の怪談肝試しの元凶のルーヴィッヒに非難を浴びせる。

「だからっ何で俺?!!うおっ☆すり抜けたぁああああ!!!!!!!!!!!!」

モーリスの腕の中(妙な言い回しだが、ヘッドロックをかけられている状態)で、ルーヴィッヒが叫ぶ。あっ軽い航海長達の眼前では、船と船が衝突し衝撃が来る事も無く、自分たちの乗っている船を煙の様にすり抜けていく光景だった。

ブッラクパール号と同じく立派であったろう、大きなおんぼろ船は、衝突する事も無く、ルーヴィッヒの体を通り抜けて行く。

「あ、噂をすれば・・・ちょうど僕のお友達が通って来てくれたみたいです」

幽霊船を見上げながら、セシルが頬を少し綻ばせた。

「お友達・・・と言う事はだ。あれは。魔物なのか?」

眉を寄せ、極めて冷静にクロウが聴けば、

「いえ、死霊ですけど、海が好きで彷徨ってるんですって。僕が出稼ぎに商船に乗っていた頃、偶然通りかかって、その日は嵐で方角を見失っていた所を、僕に正しい針路を伝えてくれた親切な幽霊さん達なんですよ」

おかげで遭難せず無事にガンダルシアに着いたんですよ、とセシルがのんびりとクロウに説明する。嵐の日、針路を見失ってしまえば、遭難の末に餓死などの危険が起こる船の上。

セシルはその時、通りすがりに出逢った幽霊船の者達に、臆することなく話しかけ、針路を教えて貰ったのだ。その後、すぐに幽霊船にビビる船員を置いて、セシルは船頭に事情を話せば、不安がるものの信じて貰い無事に港に着いた思い出が蘇る。

「ほぉ。では。死霊でもこちらに敵意は無いんだな。」

「えぇ、寧ろ友好的なヒトが多いですよ・・・まぁ、普通は幽霊ってだけで、容姿とか、いろいろな部分で誤解されるけど」

きまり悪そうにセシルがそう応えれば、クロウは静かに、ふむ、と頷き。

「なら。挨拶しとくか。今後、なにか手助けしてくれるかもしれないしな。」

もう甲板には透き通って横断する、おんぼろの船の光景がクロウの前に広がっている。

「おーい。オマエ等の頭は誰だ~挨拶がしたい。降りてきてくれないか?俺はクロウだ!」

声を上げて横断する船を見上げる副船長。

え・・・この人、ホントに恐いモノ知らずなんだ。セシルはクロウの横で、少しだけ副船長の柔軟な思考に、心から感嘆した。普通は、幽霊って聞くだけで怖がるだろうに。

などと思考を巡らせていたセシルの前、幽霊船は動きを止めて、虚ろな亡者の群れが甲板へ降りてきた。

『~~~~~~~~~降りてきちゃったぁ?!!』

セシルの周辺、リオンや楽士、副船長、それと航海医師以外の、海賊達全員が心の中で絶叫。なんで普通に話し掛けちゃうか副船長?!!仲間達の、のたうち廻る心を知らず。

当の副船長クロウは、涼しげに亡者の集団を前に佇んでいる。

ゾロゾロと溢れ出る、白い骨が剥きだしの亡者の群れ。その中央から、ざっと幽霊船の船長が砂塵の如く、掠れた付き通る体躯をクロウ達に現した。


「この幽霊船に臆さず話かけるとは・・・肝が据わった若造だ・・・」

ボロボロに肉片が落ちた頬を綻ばせ、薄く残った靡く髪。豪奢であっただろう、服も所どころ破けた骨が覗く姿。その幽霊船の頭たる者が優雅に笑う。

「俺はクロウ。ブッラクパール海賊団、副船長クロウだ。」

姿を現わせた死霊の頭に、クロウは前進み出て右手を差し出した。

「私は生前の名は、ホワイトと言う。もと、西の海賊団ホークス・アイの船長。」

そう言いながら握手をする、死霊の干からびた手は、ひんやりと冷たく。

そして、空気のようで実体が無かった。

「ほぉ。一昔前にここいら一帯を制した、あの西海の大海賊かよ。なんで、また幽霊なんぞで彷徨ってんだ。」

西の海賊団ホークス・アイと言えば、ユージン船長率いる、ブッラクドラゴンが現われる前、西の海で名を轟かせた大海賊だ。

まさか。こんな形で会えるとは・・・。

一昔前の西の大海賊の名に、クロウはニヤリと笑う。

「ハハハ・・・!その答えは簡単だ!私は海が好きだからさ!だからこうして漂うのだ」

物怖じせぬ言葉に、ホワイト船長はカラカラと愉快に声を立てて笑った。ただその死霊が笑えば、周囲の空気に生温い風が吹きすさび、ルシュカは生きた心地はこれっぽちもしない。そこへセシルが懐かしそうに、

「幽霊船長さん、久しぶです!元気でしたか?」

駆け寄って頬を綻ばせた。ホワイト幽霊船長は、まるで我が子を見るように眼を細めた。

「ガンダルシアの少年、今日の潮風は凪いでいてとても素晴らしい・・・久しぶりだ」

実態が無いため、体を通り抜けてしまうが、ホワイト幽霊船長は、素振りだけでもセシルの頭を撫でた。

「今日はどうしたんですか?商船ならともかく、海賊船には近寄らないでしょう?」

商船なら少しの驚かす目的で近寄る事もあるが、生前海賊だったが為、同業者にはそんな事をしない、と以前言っていたのを思い出してセシルが不思議そうに尋ねた。

そのセシルの問いに、ホワイト幽霊船長は言い難そうに眉を寄せ、

「ふむ・・・それなのだが、少年を見つけて警告をしようと思うてな」

骨が剥きだしの顎に手を添え、そう言い放った。

「警告?」

ホワイト幽霊船長の言葉に、クロウとセシルは顔を見合わせ、それぞれ首を捻った。

「北と西を制する海賊クロウ。魔性の若造、最近この北海から西海において、不穏なモノどもが蠢く気配がある。」

片方だけ除く白く濁った眼球が、ぐりぐりと動きクロウを捉える。

「不穏なモノ?どういう事だ。」

クロウは眉を潜め訊き返した。突拍子もない幽霊船長の言葉に、話が見えない。

「魔物でもなく、死霊でもない、だが・・・それらに近いモノがこの海を荒らしておる。」

「え、どういう事ですか?」

セシルでさえも話の内容が掴めなくて、困惑した表情を浮かべた。

「私にもどうにも言い難いが・・・言えるのは、気を付けろというだけだ・・・」

ただそう言う幽霊船長ホワイトも、厳しい顔でクロウとセシルを見る。

そこへサァ――――――っと潮風が吹き込んで来た。

優雅に一礼をし、セシルの頭を撫でた。

「もう・・行かねば・・・またな、少年それと魔性の若造よ!」

風の流れが変わったと同時、ホワイト幽霊船長は身を翻す。

「ハハハハ・・・・・・・・!!!!!」

声高々に笑うしゃれこうべ。死霊が連れてくる死臭の風と声音。

クロウ達を覗いた部下全員が、早くも警告の内容そっちのけで、ぶっ倒れそうになっていた。ただ話を聞いていたクロウ、セシル、ミゲルそしてペルソナは、その幽霊船長の言葉を、どこか気がかりに思い留める。


眼球がない黒い深い闇を湛えた、骸骨達も恐怖で引き攣る海賊達には眼もくれず、すれ違っていく光景。ルシュカはもう半泣き状態で失神寸前だった。他の仲間達もしかり。ただ若干名、亡者達に握手を求めるペルソナと、幽霊船の船長と思える豪奢なボロ服を纏った骸骨と、挨拶をかわしているセシルとクロウが居るが。

(よく見れば、亡霊船長が優雅にクロウにお辞儀をし、セシルの頭を撫でている。)

それを止める気にもなれない、そんな暇なんてない・・・精神的に追い詰められた仲間達だった。


その傍では、今までふにゃふにゃ・・・うたた寝をしていた老人船長が、カッと目を見開き、幽霊船の中の青白い白骨の亡者を、食入る様に見詰め号泣し始めた。

「あぁ!アーネストォ!!不甲斐ない儂を、儂をあの世に連れにきたんじゃぁ~」

亡き実の息子の幻影を追って甲板を走り、体を海へ投げ出す寸前。

「うわあ!じいさん、ちょっと待った――――――――――――!!」

「タンマ!タンマ!まだ早い―――――――――――――」

放してくれェ~アーネストォ~儂の息子~!!!と今にも海に飛び出す寸前の、泣き叫ぶ老人船長をなんとかバルナバスとアンリ達水夫が素早く抑え込む。

幽霊船を見て、実の息子との悲惨な過去を、フラッシュバックさせてしまったようだ。

通常なら俺達がいるじゃないか、じいさん、と慰められるのだが、いかんせん、そんな状態ではなかったので、とにかく老人船長が、あの亡者の群れに仲間入りさせまいと、必死になって止めに入る事しかできない。

そうこうしている内に、蒼白くおぼろに輝く不気味な幽霊船は、ブラックパール号を優雅に完全にすり抜けて、薄暗い霧立ち込める暗黒の海に消えて去った。

骸骨船長は、丁寧にクロウとセシルに、お辞儀をして霧散する。

それに手を振って見送るセシル。

「ばいばい~さよ~なら~」

幽霊船に穏やかに別れを告げるセシルに、水夫達は『この場合、怪談話したから本物が出て来たんじゃなくて、セシルが呼び寄せたんじゃ・・・』と、セシルに疑惑の眼を向け、もうセシルがいるこの船では、怪談話なんぞするか!と心に誓う水夫達だった。

そして、絶賛我が道をゆく、副船長はそんな水夫達の気も知らず。

「ふむ。貴重な体験をした。」

・・・・・・・・・・・・・・気がかりなことはあるが、静かに楽しんでいた。

そのクロウの一言を聞いていた、リオンは、セシルに対して疑問は抱かないのだろうか、半ば思っていた。

「おじちゃんは、それでいいの?」

「いい。」

「あっそ・・・」

首を傾げ問うリオンに、満足そうに、意味をくみ取ったのか、それは分からないが、頷くクロウ。その言葉にリオンは、それでいいのか・・・と呆れて育ての親を見ていた。


中央マスト付近では、恐怖で完全に伸びたルシュカと、ルーヴィッヒ達が呆然と立っていた。

「俺、今はもう怖いモンなんてないや・・・はは☆」

渇いた笑い声で、気を失っているルシュカを足で突きながら、ルーヴィッヒが言うと、

「よォ~おおおし!じゃお前、殴られる覚悟できてんだろーなァ?」

ボキボキ・・・拳を鳴らして、バルナバスがひょろ長い背の航海士に、仁王立ちで迫った。

その顔は笑っているが、眼が笑っていない。まさしく東方地方の魔物、鬼神さながらだった。

「うおっバルナバスの親父まで!だから何で俺ばっかり?!!」

「うっせぇ!」

ゴン!バルナバスの怒号と共に、金髪頭に拳が降ろされた。

「アダ――――――――――――――――――!!」

「今回はダーリンが悪いわよ・・・」

ゴロゴロと床板を転げまわる、まったく懲りていない航海士の姿。

その姿に、大きく溜息を吐く水夫達だった。


一方、船室前では・・・

「ふぐっふぐぉ~~アーネストォ~~~おろろん~~~~~~~~」

「お爺ちゃん、元気出しテ」

「そうですよ船長。船長には今、自慢の息子がいるでしょう。私も副船長に拾われてから船長とずっと一緒だったでしょ」

床に突っ伏し嘆く老人船長を挟んで、ペルソナとミゲルが、その背をさすりながら宥めていた。


こうして航海士発案、怪談肝試し大会は、それぞれの心に恐怖を植え付け、収拾がつかなくなりお開きとあいなった。


星赤石月 五日 曇


今日の肝試し大会で、信じられんことが起きたんじゃ!

これが、神のお導きと言うやつじゃったんじゃ~

亡くなった儂の息子アーネストが、儂にあいさつしてくれたんじゃぞぃ

儂も一緒に逝きたかったんじゃが・・・

まだ、儂にはやる事がある。

許してくれのぅ・・・アーネスト~

創造神エルハラーンの身元に安らかに還らんこと願う。


                             船長 ユージン・クルー

                            ブラックパール号航海日誌


大混乱の中、幕を閉じた怪談肝試し大会。

亡者の群れを体験したブラックパール号の海賊達は、それぞれ夜番を除く者以外、各部屋に帰っていた。

「あああ、俺今夜眠れねぇ・・・」

「光の御加護がありますように、エーメン」

「俺らは大衆ハンモック部屋で良かったぜ・・・」

「おう!俺も寄せてくれや~」

「バルナバスっとアンリじゃん!イイ所に、なんか楽しい話しようぜ!」

十人部屋でのハンモック組、水夫達は祈る者、何か楽しい思い出を話して気を晴らす者、とそれぞれ眠れぬ夜を過ごした。


そして、航海士と狙撃手の部屋では・・・

「ふぅ~、今日もドキドキいっぱいで、楽しかったぜ☆ルシュカお休み~」

「・・・・・・・・・・・・。」

気絶したままルシュカをベッドに寝転がし、ルーヴィッヒは全くもって反省のかけらも無く、ブランケットに潜り込んで眠りこけていた。

一方、一人部屋である仮面の楽士と、料理長はと言うと、

(ふふんふ~♪あー面白かっタ~)

人形の手入れをしながら、先ほどの体験を楽しみ。

「こ、こういう時は、美容にいいストレッチよ!そうよ!最近首回りの皺が増えちゃって・・ほほほ」

灯りをいつもより倍増やして、無心にストレッチを始め、各部屋で夜を過ごしていた。

その部屋の横では、

「ずぴ~」

「すーすー・・・」

「ぐお~ぐお~もう、食べれんぞぃ~・・・」

何事も無かったかのように、いつも通り就寝しているセシルとリオン。その間に一人寝は寂しいだろうし、亡くなった息子を偲ぶ老人船長が心配になった為、お泊りしていたユージン船長。しかし、彼の寝言を聞く限り、彼の息子とはまったく関係なさそうなので、心配は無用だったようだ。


「ち、ちくしょ~良いよなァ!!昼番のヤツラ!」

「うぅ~恐ぇーよぅ・・・」

夜番の見張り番、ジョセフと、舵を取っている水夫達。彼らの半泣きとヤケクソな独り言が、操縦室とマストの見張り台に、それぞれ虚しく木霊していた。


喜・怒・哀・楽・眠と思いを胸に抱きながら、朝日を迎えるブラックパール海賊団だった。

・・・・・・・ある二人を除いて。


ここで『納涼の初夏、海賊船流肝だめし。』は終わりを告げる。


そして―――、『納涼の初夏、海賊船流肝だめし―本当の怪異―』が始まった。


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