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船長と私。  作者: 御影 優一
黒き真珠の城
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石の花

『石の花』


「はい、これ。もうすぐなくなると思うから、渡しとくわね」

ぽんっとタオルを持っていた両手に、料理長の我らが母、モーリスさんから、乳白色の石を手渡された。

「ありがとうございます、いつもすみません」

乳白色のそれは、ミントの香りの石鹸だった。ここブラックパール号には、ある程度浴室が設置されており、毎日ではないがお風呂が入れるという、普通の船ではまずありえない贅沢な設備が付いていた。それもこれも、副船長のクロウが、衛生面が悪いと病気が万永するとの事で、医療など緊急を考慮し、船には何やら、凝った仕組みで()水槽(んく)が置かれているのである。

海賊生活を強制的にする事になった、セシルが一番ありがたいと思ったのは、船に風呂が設備されている事だった。

「いやぁねぇ~、お礼なんていいわよぉ」

渋いテノールの声でオネェ口調は、最初こそ抵抗はあったが、何かと自分を()みたい(・・・)に、世話を焼いてくれる、その気持ちだけでセシルは心持ちが軽くなる。まぁ、自分は男なのだが・・・。

それを考えると複雑なので、今は考えることを、止めておくことにする。

「え、でもこの石鹸町で売ってる安物じゃないでしょ?この前、一緒に買い出し行った時には石鹸なんて買わなかったし・・・モーリスさん個人で買ったんじゃないかって」

セシルは一週間ほど前、港で買い出した物を思い出して首を傾げる。

「あら?セシルちゃん知らなかった!?ここにある石鹸は全部・・・」

「俺の手作りだが」

料理長がそう言い終わるか、しないかと言うとき、絶妙のタイミングでセシルの真後ろから、地の底の様な低い声が降って来た。

「うぎゃあああ!!」

気配なく背後に居た人物に、セシルは思わず悲鳴をあげる。

「なんだ、そんな驚く事か?あ、モーリス、後でコレも皆に配っといてくれ。」

そこには、副船長のクロウが、籠いっぱい入った石鹸をさげて立っていた。

「はいはい。いつも船長が作る石鹸は、汚れがよく落ちるからいいわぁ~♪」

「・・・・・・もしかして、ここの洗剤とか石鹸は全部、副船長さんの」

半ば呆然と料理長との会話を聞いて、自分の持っているタオルの上に置かれた、石鹸と船長を交互にみながら再確認する。

「さっきも言っただろう。全部おれが作ってる」

無表情に憮然としてクロウが応える。

「・・・・・・船長って何する人だっけ?」

「セシルちゃん、世間一般の海賊の頭と、ここの船長を比べたらキリがないわよ。」

セシルの疑問に、皆のマザーがつかさず、ぴしゃりと言い放つ。

「いいじゃねーか。経費削減で。余って多く作りすぎた物は、町の市場で売れて俺の財布も潤うし、研究費にもなるし一石二鳥、何より消耗品はいくらあってもイイから、女共が絶対買うし儲けモンだ。」

説明がめんどうだと、ばかりにしかめっ面をしながら、クロウが応える。

いや、たしかに経費削減にもなるだろうけど、海賊の船長(本当は副船長だが)を務める男が、石鹸作るってどうなんだろうか・・・。しかも、元海軍貴族で庶民の出の自分から見れば、貴族が石鹸作って、売って市場で商売とは想像もできない、世間一般常識の軸が崩れそうだ。しかも、想像もできない事を眼の前の、黒髪の顔の整ったこの人はやってのけるのである現実に。

「言いたいことは、いっぱいあるけど、副船長さん器用ですね・・・とんでもなく。」

とりあえず、思った事の半分以上は言わないで、セシルは胸にしまっておく事にする。

「そうか?」

「まぁ、そりゃ~たしかにねぇ」

言いたいことを察したのか、料理長がシナを作って、大いに頷く。

あ、そういえば洗濯物取り込まなくっちゃ!とモーリスは用事を思い出し、船長から籠を受け取って、甲板の方へ上がって行った。その場がシーンと静かになった。船内の廊下に船長と二人残され非常に気まずい。なにしろ、セシルはこのクロウがとんでもなく恐かった。クロウに乱暴をされた事はこの海賊船で一度だってない、逆に気を使ってもらって貰っているくらいなのだが、

ただクロウという存在がどうしても恐い。何故こんなにも、心の底から恐いと思うのか、自分でもよくわからないが、とにかく恐ろしいのだ。

「そう言えばセシル。・・・お前、風呂行く前か?」

唐突に聞かれて、セシルは思考の渦から舞い戻ると、クロウが覗き込むようにセシルの顔色を窺っていて、思わず息が詰まった。

「うん、そうだけど・・・」

緊張しながらセシルが応えると、

「ちょっと付き合え。渡したい物がある」

「うえっあ!ちょっと!!」

セシルは、ぱしっと腕を捕まれ、タオルもクロウにサッと奪われる。戸惑って声をあげるが、クロウは聞き流して、セシルを半ば強引に引っ張って食堂の方へ突き進む。

「すぐに済む、ちょっと待ってろ・・・」

食堂の長テーブルと長椅子にドッカっと座り、クロウはズボンのポケットから、丸い石鹸とナイフを取り出した。

「石鹸?」

向いの席に戸惑いながら腰を下ろして、セシルが呟いた。

「あぁ・・・」

抑揚のない声で頷くと、クロウはテーブルにハンカチを広げて、ナイフで石鹸を器用に削っていく。

何だろうかと、セシルはその器用なナイフ捌きを見つめていると、クロウの手の中の石鹸に、見事なバラの花が咲いていた。

「・・・やる、綺麗だろ」

クロウから手の平に渡されて、まじまじと見ると、先ほどの丸い石鹸の表面に、バラの花が見事に彫られていて、セシルは一種の芸術品のように感じた。

「うん、綺麗・・・」

溜息交じりにセシルが言うと、クロウは満足げに口角を上げて笑った。

しかも、手の平の薔薇の彫られた石鹸には、仄かにバラの香りもする。

「引き留めて悪かったな、それ持って風呂に入ってこいよ。」

「うん、ありがとう副船長さん」

石鹸があまりに綺麗で、嬉しくってセシルは微笑んで応えた。いつの間にか緊張も少し和らいできている。しかし、そんな心境も次のクロウの爆弾発言によって、呆気なく終わる。

「それとも、一緒に入るか?」

「いや!それは遠慮したいです!!」

何の脈絡もなく、そんな事を言われるので、思わずうん、と言いかけるがそうは行かない。

行けるはずがない。それに対して、Yesと言ってしまえば、自分の貞操が危ない。

第一、二人共男同士だ・・・セシルは危機感を募らせる。

「・・・っち。」

えぇー!!今舌打ちした!!恐い・・・!!半泣き状態でセシルは何とか、自分を叱責して涙をこらえた。

「そんな、舌打ちしてもダメですから!!」

無表情なので、怒っているのか、呆れているのか、いまいちセシルには解らないが、クロウにこれ以上な事を言わせないためにも、ここから早く戦線離脱することにした。

「じゃあ!僕は一人で風呂行ってきますからっ!!」

その場から、それだけ言うと猛ダッシュでセシルは逃げ出した。

「おじちゃん、またフラれた?」

こっそり、食堂の厨房から出てきたリオンが、トテトテ・・・とクロウに近寄る。

(フラれたの?)

それに続いて、外の廊下から仮面の楽士と、陽気な航海士が入ってきた。

「あー船長またフラれたのかぁ?こりないよなぁ~あっひゃひゃひゃ☆」

ブチっ・・・という音がその場に居た三人に聞こえて、食堂の部屋の温度が十℃は下がった。

「・・・。」

無言でゆらりと、クロウは立ち上がると、今だ馬鹿笑いしているルーヴィッヒの襟首を引っ掴んで、甲板に上がって行く。その時のクロウの顔は凄まじく、リオンとペルソナは生暖かい眼で、航海士の行く末を見守る事にした。

「うおっ船長!!タンマ!タンマ!!すんません!!」

「問答無用。・・・オラッ鮫にでも喰われて来い。」

ボチャ――――ン!!


「ああああああああああ!!!!!!」


深翠石月 十八日 晴れ


この日、航海士ルーヴィッヒが何故か海に落ちる。

今日も星が綺麗だった。


                              船長ユージン・クルー

                            ブッラクパール号航海日誌
















『石の花』終


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