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船長と私。  作者: 御影 優一
黒き真珠の城
5/50

夜空を駆ける、流れる星

『夜空を駆ける、流れる星』


夕日が半分ほど沈み、夕闇が迫る頃。

港町アルバの港で、少数の水夫達と船に残る事にした、仮面の楽士は自分の部屋(キャビン)で本を読んでいた。他人の心情に敏感なペルソナの部屋は、ペルソナの心の負担にならない様、クロウの計らいにより一人部屋だった。

ペルソナの部屋の壁には、仮面の楽士の今まで、集めてきた各地の面が掛けられてある。

ランプの灯りに照らされただけの部屋に、いやに怪しく仮面が陰影をつけて、壁一面に飾れている光景は、誰が見ても不気味だと言うだろう。


そんな自分の根城で、仮面の楽士は、ベッドに腰掛けて、黙々と読書にいそしんでいる。

ゴクリ・・・一人仮面越しに生唾を飲み込む。

物語は、もうそろそろ佳境に差し掛かっている。

一人、骸骨のお面をつけて、本に噛り付く様に読みふけっている本のタイトルは、『嘘か、真か、奇妙な話』というホラー短編集だった。

主人公の女の子が、赤い靴に追いかけられ、もう少しで捕まりそうになっている場面だ。

コツコツコツ・・・・・・赤い靴が、夕闇の中、主人公の女の子に迫ってくる。

ペルソナは、本のページを捲る、とその時。


コンコン・・・。

(ヒィ!)

部屋の外からノックの音がした。ペルソナはビクッと体を硬直させる。

だが、独特の気配に気が付いて、ほっと胸を撫で下ろし、心の中でドウゾ~と声をかける。

すると、扉の下わずかな隙間から、黒い影がするすると水の様に、室内に流れ込んでくる。他の船員達がこの光景を見れば、衝撃の恐怖映像だろうが、ペルソナにとって、この現象は見慣れた光景だった。

水溜りの様に、室内に広がる黒い影。

その黒い影からズズ・・・と人の形に浮かび上がると、その姿はクロウになった。

黒い影は黒煙となった霧散し、クロウがその場に立っていた。これは、影と影を繋ぎ、移動する、クロウが得意とする影術、影法師(シャドウ・ウォーカー)だ。移動する距離によって、術者の力量により差があるが、アルバの町の中央から、港の船までクロウにとって造作も無かった。

(ヤホー♪クロウ、どうしたノ?町で何かあっタ???)

パタンッと本を閉じて、コテンと首を傾げる。動作は可愛らしいのに、骸骨の仮面で可愛らしさが相殺される。ある意味、それが仮面の楽士の個性だと言えるだろう。クロウはそんな事を思いながら、淡々と要件を告げた。あまり、あの航海士達に、行方を眩ませていると、馬鹿騒ぎを起しかねない。

「いや、これから、皆で宴会するから、お前を呼びに来た。」

(うわーィ、宴会ダ!!どこのお店?スグに行くよ♪)

クロウの宴会の誘いを聞いて、ペルソナはヤッターと嬉しそうにベッドから立ち上がった。

酒場で皆を盛り上げる為、手品や芸を見せるのは、自分の生きがいとしているペルソナは、こういう時しか、活躍できない。今日はどんな芸を、お披露目しようかと、ウキウキとする。

「大通りの噴水広場の近く、酒場『アルバの楽園』だ。」

嬉々として、横で支度し始めるペルソナに、クロウは満足げに頷いて、酒場の名を告げる。

「早めに来いよ。皆がお前を待ってる。」

クロウはそう言うと、足元の影にズブズブと沈み、扉の隙間から出て行った。

(わかった~早めニ、支度するネ~♪)

そう心の中で、返事を返して、ペルソナは嬉しそうに、支度し始めた。

遠くの方で、夕刻六時を告げる鐘が鳴り響いた。


酒場『アルバの楽園』の薄暗い路地裏。

影を伝って、涼しい風に当たる。

クロウは影法師(シャドウ・ウォーカー)を使い、また酒場の裏路地に舞い戻った。

噴水広場での、ルドン一味での一件で、なんだかんだと勝利の祝いだと、こじつけて航海士達が、盛り上がったまま酒場で酒杯を上げる事になった。

しかし、馴染の酒場に行けば、航海医師と老人船長はもう出来上がっていて、その場の客と一緒に、酒場は大宴会場になっていた。

ぎゃははは☆と航海士達の馬鹿笑いが、酒場の外にまで聞こえてくる。

もとより人の集まる喧噪の場は、あまり好かない。もっと言うと、酒には弱くワイン一杯でほろ酔い、もしくは限界だ。それに、どちらかと言うと、静かな場所の方が好ましいと思う自分だが・・・。

「じいさんに、家族を、思い出をやるって、言ったのは俺だしな・・・。」

一人ごちてテラスを歩き、クロウは未だ馬鹿笑いの絶えない、酒場の扉を押して入った。


「イエーィ☆俺の活躍に!」

椅子に乗って、声高々にお気楽航海士が、ジョッキを掲げて乾杯の音頭を取る。

酒場の店内には、他の客と海賊達が集まっていた。みんな、酒に酔ってそれぞれ陽気に笑い合っている。

「ちょっと待て!俺もだろっ」

こちらも、一杯は飲んでいるであろう、少し赤い顔をしたルシュカが、ルーヴィッヒにくってかかる。ルシュカの面白くなさそうな顔に、無邪気な笑顔を向けて、航海士が宥める。

「まぁまぁ、固い事言いなさんなって」

「なんだよっそれ!」

ペシペシ!とルーヴィッヒの、背中を叩くルシュカ。ふて腐れてはいるが、顔は笑っている。二人のやり取りに、周りの男共が、どっと笑う。

そこに、副船長であるクロウが、入ってきた。航海士は、黒髪の上司を見つけると、嬉しそうに瞳を輝かせて、ウインクする。

「そして今日の勝利にカンパ――――――――イ☆」

あっ軽い声で航海士が、声高々にジョッキを上げる。

その声に続いて、

『乾杯―――――――――――――!!』

それぞれ、ジュースや、酒の入ったグラスを掲げて、皆がみんな陽気に乾杯する。

老人船長は嬉しそうに、ワイングラスを(くゆ)らせ、航海医師であるミゲルも、すでに出来上がっていて、笑いが止まらない状態だった。それぞれが、運ばれてくる料理を食べて祝杯をしている。

よく見れば、小さなリオンもオレンジジュースを、腕を伸ばして乾杯している。

副船長のクロウは、聞こえない程の溜息を吐いて、カウンターで、ワインをグラスに注ぎ静かに座る。こんな大宴会にしたのは、きっとあの明るい金髪碧眼と尻尾髪だろう。

じいさんにとって、いい思い出にもなるが。はしゃぎ過ぎて明日の出航に、使いものにならなかったら、どうしてやろうか・・・アイツ等。などと些か不穏な考えをしながら、酒場を見渡す。

モーリスはリオンと楽しそうに、料理を楽しんでいる。バルナバス達は、他の客と飲み比べを始めている。航海士と狙撃手の二人は、酒場の真ん中で、陽気に酒を飲み、腕を組みながら、クルクル回り踊っている。老人船長と航海医師はそれを見て、他の客と手を叩いて、調子を取っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

クロウはワインを一口飲んで、黒曜石の瞳を窄める。

ここに居る全員の気配を、集中させて探ると、一人足りない事に気が付く。

普段から、その容姿と同じように、気配も薄く淡い、しかし反対にド派手な術使い青年がいない。

また、迷子になってくれるなよ。

クロウはワイングラスを、カウンターに置いて、セシルを探すことにした。

モーリスの助言のもと、自分なりに行動したが、余計恐がらせる事しかしていないのだから、逃げ出すのも当然だ。・・・それでも、アイツを手放す気もないし、どうしても傍に居たい。本当は居て欲しいのではなく、居させてほしい。アイツの最期まで、あの瞳の中にはどんなふうに、世界が映っているのだろう。今度(・・)こそ(・・)、傍に居て見てみたい。


クロウが静かに、酒場の扉を引いて外に出る。

辺りはすっかり夕闇に染まっていて、星が輝いていた。溜息を吐いて、さて何処からさがしたものか・・・クロウが思案して、テラスを通り過ぎようとした時。

テラスの隅の方で、机に突っ伏している人影が視界の端に映った。


宴会が始まり、クロウが酒場に入る少し前。

セシルも酒場で、リオン、料理長と一緒に果実酒を飲んで、夕飯を少し食べていた。

あれだけの騒ぎを、起してしまっては、今更逃げ出すのに、人の眼に留まり過ぎて、足がついてしまう。これではクロウに簡単に、見つかってしまうだろう。

もうこうなれば、やけくそだ。また次の機会を狙って、なんとか逃げ出そう・・・。

今日はとにかく疲れた、あまり人の多い所も、苦手なので少し夜風にあたろう。

セシルは、リオン達に酔って暑いので、夜風に当ってくると言って、外のテラスで休むことにした。もう、今は何も考えたくない・・・そう心の中で呟いて、セシルは夕闇で紫に染まったテーブルに突っ伏し、杖を椅子に立てかけて、いつの間にか眠ってしまった。


この広い町の何所から影を使い、探そうかと思案していたが。

すぐ近くに居るとは・・・、クロウは静かにセシルの方へ寄ると、顔を覗き込む。

すぅすぅと、寝息が聞こえるので、熟睡しているようだ。初夏が近い季節とはいえ、まだ肌寒い夜が続いている。眠らせてやりたいが、このままでは風邪をひく。クロウはセシルの肩をゆすって起すことにした。

「セシル、起きろ・・・風邪ひく。」

「うぅ~ん、母さん・・・じゃ、なかったぁっ!!」

薄ら、淡い緑が開くと、ガバッと顔を引き攣らせて起き上った。クロウは、赤ん坊の玩具で、押しても起き上ってくるダルマ型の玩具があったなぁ、と少しセシルを見て思っていた。セシルにとって、誰のせいでそうなっているんだと、抗議されそうな内容だが。


「起きたか。」

クロウに淡々と言われて、セシルの睡魔もすべて吹っ飛んだ。

「はいぃっ今起きました・・・・・・」

裏返った声でそう応えて、クロウを見ると、酒場の窓からの、明かりに照らされた頬に、赤い筋が通っていた。それは、間違いなくセシルが、昼過ぎに料亭でつけた傷で・・・。

これでは、自分は殺される。血の気が引いて、セシルは青ざめた。

「あ、頬の傷・・・ごめんなさい。なんか、あの時無我夢中で・・・」

素直に悪い事をしたと思い、慌てて謝ると、以外にも副船長は、あまり気にしてはいない様だった。気にするふうでもなく、セシルの向いに座り、テーブルに着く。

「いや。気にしていない。それより、何か勘違いしてると思うから、言っとくが。別に俺は、オマエを噛み千切って殺すつもりはないぞ。あと、鍋で煮込んで食べるとかでもない。」

はぁーっと盛大な溜息交じりに、頬ずえをついて、セシルを半眼に見つめる。この術者の青年は、雰囲気と言動からなんとなく察していたので、勘違いをここで正しておくことにする。・・・って言うか、普通に考えて、いくら海賊の頭でも、人肉を食べる者はまぁ居ない。どんなけ、鈍いんだセシル。その思考回路はある意味、賞賛ものだとクロウは、内心ごちる。そんなクロウの心情とは、反対にセシルは、

「え、そ、そうなの?!!てっきり、殺されて煮込んで調理されるかと・・・」

本気で殺されて、自分の肉を食べられると、思っていた。まぁ、クロウの出で立ちと恐怖の威圧感があるため、そう思っていても仕方ないと、第三者が居れば、間違いなくそう言うだろう。クロウにしてみれば、大変心外な意見ではあるが。

「オマエ。俺をどんなふうに観てんだ?!」

思わずクロウでさえも、ズッコケそうになる。ある程度、予想していたが、本人から言われるとキツイものがある。

「・・・ど、どんなふうって。そんなふうにしか・・・あわわ、すいません」

素直なセシルの答えに、クロウは頭をズルズル・・・とテーブルに沈没する。

「いや、もういい。なんか、悲しくなってきた。」

謝れると余計に、なにか虚しさが増すので、セシルにこれ以上言わせない様に、片手で制する。セシルは、オロオロしながら口を閉じた。眉も申し訳なさそうに、ハの字になっている。一方セシルはと言うと。

殺されて食材にされないなら、どういう事なんだろう。こないだも、同性愛者かと聞けば、違うと言われたので、どういった意味で自分を観ているのだろうか・・・セシルは一向にクロウの気持ちが分からなかった。


一方副船長は、いや、こんな話をするだけでは、無かった・・・と本来の目的を思い出した。クロウは気を取り直して、ロングコートのポケットから、赤い丸石のピアスを取り出す。

「あと、コレ。オマエに返して置く。」

「あ、これ僕のピアス・・・」

白いテーブルに、昼間料亭で、セシルが取り外した、柘榴(ガーネッ)()の赤いピアスを置く。

「ありがとうございます、無くしたと思ってたんです。」

手にとって、セシルはほっとした様に言う。

これは幼い頃、町の祭りで買った、守りのピアスだった。ある程度の魔物の攻撃を、身代わりに受けてくれる、ガンダルシアの名産だ。今の自分には、これぐらいしか、自分の持ち物は無い。

殺されて食べられるとかでは、ないんだから・・・えーと、お礼するべきだよね。セシルは、今日の昼間の出来事を、回想して思う。ルドンに掴まった時、ルドンから自分の命を助ける為、鞘に刀を仕舞ったクロウの眼。あの瞳は明らかに、本気の眼だった。

セシルは、ぐっとピアスを握りしめると、

「このピアス、副船長さんにあげます。結局、考えたら僕、助けてもらったのに、何もお礼できてないし」

そう言って、クロウに差し出した。この“副船長”に“魔物除けのピアス”なんて、おかしい(・・・・)だろう(・・・)が(・)今はこれしか自分の持ち物が無い。これで、心置きなく逃亡できる。次のチャンスを待てばいいのだ、今はちゃんとお礼をするべきだろう。

「いいのか?大事なモノだろう。」

ぽかんと不思議そうに、黒曜石の瞳を瞬かせる。

まさか、返した物を、礼として送られるとは思わなかった。それに、ずーっと付けていた節もあるし、大事な物だと思っていた。

嬉しいが、それを貰うのは気が引けるな。とクロウは眉を寄せる。

「ん~、ずいぶん前に、自分で守りに買ったものだし、いざとなったら、身代わりの術を少し懸けてある程度ですから。」

首を振って、そんな大層な物でないと、否定するセシルは、クロウの前にピアスを置く。

「お礼に見合うかどうか、わかりませんけど・・・」

おずおず言うセシルに、クロウはピアスを受け取る。

大層な物でないし、セシルの気が済むなら良いか。なにより、セシルから貰った物だ、嬉しくない訳がない。

「いい。十分だ。大事にする・・・。」

クロウはそう言って、口角を上げて笑うと、着けていた銀のピアスを、赤のピアスに付け替える。セシルが、良かった気にいって貰えてと、ほぅと息を吐く。

何とか、普通に会話する事ができた二人。人知れず、夜空に一筋の星が流れた。


その時だった。

「いいナ~、セシルからの、プレゼント~♪」

ニュッとカエル人形を掲げて、引き潰れたカエル声が響く。

二人のテーブル横から、仮面の楽士が立ち上がった。

クロウと同じ、影法師(シャドウ・ウォーカー)を使いペルソナは、ここまで来たのだった。

「うわ!」

「・・・仮面(ペルソナ)。」

突然現れたペルソナに、セシルはびっくりして立ち上がる。

気配に敏感なクロウは、知っていた様で、そのまま椅子にもたれて、溜息を吐いた。

(さあ、さあ、二人トモ!中に入って一緒に楽しんでヨ♪これからワタシの、芸をお披露目するんダカラ!)

「えぇ?!ペルソナさん???」

ペルソナは、大きなトランク鞄を持って、セシルの背を押し、酒場の扉を開ける。

セシルは眼を白黒させて、ペルソナに促されるまま、中に入った。

酒場から、よ!今日の主役のお出ましだ~☆と、お気楽航海士の声が響いた。

盛大に溜息を吐いて、クロウはセシルとペルソナを追う。

仮面(ペルソナ)・・・オマエ、ワザとか。」

扉の前で、のほほんと笑顔を向ける、ペルソナにクロウは睨み付ける。

(ふふん♪何のコトかな~♪クロウ)

コテンと首を傾げて、カエルの口を開け閉めさせ、クスクス笑ってそう応える。

その心の声を聴いて、クロウは、コイツ絶対わざとだな・・・と確信する。

先ほどの、カエル人形でわざわざ声を出した所から、そうだと思っていたが。

訊いてみて、新たにイライラが募った。

(さっ♪今夜の宴は、まだまだ終わらないヨ~♪)

ペルソナはそう言って、不機嫌なクロウの、背中を押して酒場に入る。

すると、待ってました~!!船長☆と元気な声が聞こえて、どっと笑い声が増す。

この後、ペルソナのマジックショーが始まり、『アルバの楽園』では、夜遅くまで笑い声が絶えなかった。





『夜空を駆ける、流れる星』終


挿絵(By みてみん)

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