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船長と私。  作者: 御影 優一
誇り高き緑の騎士
49/50

番外編 リオンの一次反抗期。

番外編『リオンの一次反抗期。』


「びひゃぁあああああああああああああああああああああああ~~~~~んっ」

耳の奥が思わずツンとなる。セシルはその音量に気が遠のく。

子供特有の喧しい癇癪の混じる泣き声が、食堂から船内に轟いた。

「おじいちゃんなんか、だ、大嫌いだぁあああああああああああああああああ」

「儂もそんな聞き分けないリオンなんか、だ、大嫌いじゃああああああああああああっ」

続けてこちらは珍しく、あの穏やかなユージン船長の怒鳴り声が響いて、気の遠くなった脳に重量に圧し掛かった。おかげで、ぐらりと眼の前が暗くなる。

どうして、こんなことになってるんだろう・・・?

どうして、リオン君がお爺ちゃんと喧嘩なんか・・・

ぐわん、ぐわん、と視界が歪む中、疑問を浮かべるセシルには訳が分からない。

セシルの耳には未だ食器や何か重い物をぶん投げる凄まじい物音と、びやぁ――――っと泣き喚くリオン、ユージンの怒り声、モーリスの悲鳴が耳に入ってくる。

僕らがしっかりしてなかったから・・・・

どうしよう、どうしたら、どうしたらいい・・・どうしたらよかったのかな。

鈍い頭痛がし始めて、朦朧とする意識、怠い体が二人分の音量に耐えきれなかったのか少し傾いだ。

「セシルっ?!」

背後で副船長クロウに名を呼ばれた様な気がする・・・。

「―――、――――っ?!!」

あぁ、駄目だ。何を言っているのか分からない。視界がぼやけて頭が痛い。

身体に力が入らなくなって、セシルの意識はそのまま黒く塗りつぶされた。


遂にセシルまでもが倒れた。

鶯黄石月 二十二日 曇 時刻は深夜

今度はその場に居いた、ミゲルとクロウの鬼気迫る声が医務室で上がった。




何故、あの仲の良いリオンとユージン船長が喧嘩しているのか。

そして何故、リオンがとんでもなく泣きわめいているのか。

付け加えて何故、セシルまでも倒れてしまったのか。

その事の起りは、クロウが倒れて目覚めるまでに遡る―――・・・。



あの日、地下墓地から無事脱出して帰って、副船長クロウが倒れた事はブッラクパール海賊団の仲間達にとってまず衝撃だった。


今迄かつて大佐時代からクロウが傷を負い弱った、倒れた姿など、見た事も無かった仲間達にとって予想外であり、考えられない事であった。

まさしく青天の霹靂とも言えよう。

彼はいつも己に立ちはだかる者を、完膚なきまでに倒し、堂々と地に立っていた。

そんな印象が強い。

医師であるミゲルもどこか、そんな詰めの甘い想いがあったのかもしれない。

セシルが血相変えて帰ってきて、仲間達に怒られるのも無視して一番にミゲルのもとに向い甲板に連れて来られた時、眼にした光景に「船長っ!!」と、悲鳴にも似た声を上げたのはまだ記憶に新しい。

呼吸は乱れて顔は青白く、体温は尋常でないほど熱い、なのに体は震えている。

医者として、危険な状態だとすぐに分かる症状のオンパレードだった。

すぐにミゲルは狼狽える仲間達に激を飛ばし、担架を持ってこさせて保健室に運び込んで、解熱剤を口に含ませ点滴を打つ。

ユージン船長も血相を変えて、氷塊やタオルを持ち出してくれたおかげで、一刻も過ぎればクロウの容体は、次第に顔色も良くなり呼吸も整ってきている。

一つ山を登りきった後、一息つくミゲルとユージンに今度は別の山が待っている。

それは・・・クロウと共に帰って来たお調子者を加えたセシル達の事だった。

「それで?アンタ達、リオンちゃんにサーカスに連れて行く約束まで忘れて、ホイホイあのマライトのお坊ちゃんについて行ったってわけ」

フライパンを片手に正座する航海士と狙撃手を見下ろすのは料理長、モーリス。

ミゲルと老人船長が船内から出れば、甲板に並んで正座させられ、セシル達はお説教を受けている真っ只中だった。

「しかも、クロウに負担かけるような事までしでかして、軽はずみな行動で帰るに帰れなくなったそーじゃねぇーかァ?」

その隣に仁王立ちで立ち、鋭い眼光を向けるのは水夫長のバルナバスだ。

その足元にはリオンが、二人を物凄く睨み付けている。

「約束って、あっ・・・・忘れてた☆」

「やべっごめんって」

ガツンッ――、ゴツッ――!!

「この馬鹿共がっ」

二人が同時に間抜けな返答をしたと同時、親父の鉄拳が落ちる。

毎度、毎度、お馴染みな光景にミゲルとしてはいささか、呆れを通り越して頭が痛くなった。なんだか今ならクロウの気持ちがよくわかる。

「セシルちゃん、ペルソナちゃんもよ!なんで地下室を見つけた時点で、手紙なり、なんなり魔術師三人揃っているんだから、連絡の入れようもあるでしょう!?心配するじゃない!!」

「はい・・・ごめんなさい」

「マッタク、その通りデス」

心配するからこそ、セシル達を想ってのお怒りに、ごもっともな意見である。

連絡のしようなら、水鏡盆で船内の水や鏡に声を繋ぐ事も出来た。

セシルとペルソナは素直に心配をかけた事をモーリス達に謝った。

「クロウも、クロウだぜ。あとでコッテリ説教くれてやんないとなァ、たくっ」

鼻息荒く水夫長が鼻を擦る。モーリス達、他の仲間達もウンウンと頷き合う。

「あァ、船長達が帰ってきて、よかった、よかった。」

「さてお説教はお終い、ご飯まだあるから食べてらっしゃい、疲れたでしょう」

「イエーイ☆」

「まったく調子のいい奴だなァ~ルーヴィッヒは」

「セシルさんはまず、手を消毒しましょうね」

「え、はい・・・」

ミゲルはセシルの自分で切ったであろう、手の平を診て溜息を吐いた。

もう瘡蓋が出来ているが、消毒は必要だ。

「ほんと、もう心配したんだからな~」

「はぁ~一時はどうなるかと思ったぜ」

口々に安著の声を漏らす仲間達。

こうして何もかもが無事に、セシル達のもとに日常へが戻って来たと喜びを伝える。

その後、セシル達は反省文と三日間外出禁止が下され、それに加えお調子者達と仮面の楽士は船の掃除、一番チカラを使い果たし体力消耗の激しかったセシルは、クロウの看病と言う事に収まった。

だかしかし―――、

「むぅ・・・・・・。」

ただリオンが。

その小さな幼子だけが、自分の服をぎゅっと握りしめて床を睨んでいた・・・。



副船長が目覚めた、その日の夕刻。


「うぅ~・・・、なんだか体全部が重い」

こちらに帰って来てからずっと、なんだか体中が怠いのと、節々が鈍く痛い。

うまく腕や脚が動かせなくて、無意識に苦い声で呻く声がセシルの口から、保健室にぽつりと零れた。

「大丈夫ですか、セシルさん。」

柔らかい口調と共に、机に向ってカルテを書いていたミゲルが振り返る。

万年筆の頭を口元に当て、トントンと叩いて群青の瞳がこちらに向けられた。

「きっと。チカラを使い過ぎた反動だろ。・・・地下ではずっとチカラを使いっぱなしだったからな。」

セシルのすぐ傍で、ベッドから身を起していたクロウも眉根を寄せてセシルを見る。

心配げな二人の視線に、耐えかねてセシルは首をゆるく振って応える。

「あはは、でも船長やペルソナさんの修行のおかげで、ジャパリアの時よりは体はラクかも」

万年筆の頭を口元に当て、トントンと叩く様は優雅だが、セシルはミゲルがその仕草をする時は必ずと言って、相手を心配し過ぎて怒っている時であると知っている。

なので自分で零してしまった言葉に、少し後悔した。

「やれやれ、セシルさんも副船長と同じで無茶しますからね~。医者の見解としてでは、手の平の傷は結構深い、処置が遅れていては膿が出て大変なことになってたいたんですよ?地下なんて細菌が多いんですから、破風傷になりにでもしたら・・・」

キラリと眼鏡が光り、ブリッジを押し上げてにっこり微笑まれる。

「あ、あわわわ~・・・ご、ごめんなさい」

ひょえぇえええ~~~っ、セシルは内心悲鳴を上げた。

にこやかな微笑みを向けられているのに、冷やかな怒りの波動が滲みでて押し寄せてくる。セシルの目尻から、涙がじんわり溢れ出て来た。

「ミゲル。ミゲル。そうセシルを責めてやるな。今回は俺の判断ミスだ。」

そんなセシルの様を、見かねてクロウが助け舟を出すと、

「そうですよねぇ、副船長。えぇ、今回ばかりは貴方の判断間違いの結果ですよねぇ、そうでなかったら、何時も健康体の貴方が高熱出してぶっ倒れるなんて・・・いたしませんものねぇ?ふふふ・・・ふ」

「・・・。」

不機嫌絶頂な棘のありまくるお叱りが、クロウへ矛先を変えて返ってきた。

それでも終始笑顔なのが、殊更恐い。

セシルは再び、ひぃょぇええ~~~っと悲鳴を上げる。今度は声に出していた。

「それに付け加えて、バルナバスやユージン船長にまで心配されて怒られる程、醜態をさらしたにも関わらず、なんの収穫なしだったんですものねぇ?」

噛んで含める言い方に、怒りの圧力が半端じゃない。

「さぞや、それはそれは副船長、全て、貴方の判断の甘さが招いた事態だと」

保健室の(ぬし)たる航海医師は丸椅子から微動だにせず、脚を組んで座っているだけなのに・・・。

怒りの圧力が半端じゃない、二回目。

「わかっている。分かりました。すみません。以後気を付けます。」

わぁ・・・、あの(・・)船長が謝っている。棒読みだけど。

押し潰されそうな怒気に、観念したのかクロウは一つ息を吐いて瞼を伏せる。

反省しているのか、全く分からない無表情にして、棒読みな謝罪にミゲルの口元がひくりと引き攣ったのをセシルは見逃さなかった。

わぁ・・・、とセシルは心の中で二度目の声を上げる。

なんとか話の方向を別に持っていかないと・・・。

忙しなく視線をさ迷わせると、サイドテーブルの上に置いてあった体温計が目に入った。

「あ、そういえば船長、体温測ってみたらどうです?御粥食べてから、幾分か過ぎているし顔色も良くなっているから、熱の状態を知っておいた方がいいんじゃない」

僕も無茶しない様に後から測るから、と付け加えて言えば、

「ナイス提案だ。セシル。」

場の空気圧に耐えられなかったのだろう。

黒曜石の瞳が光った・・・ように視えた一瞬だけ。

あれだけ皆から説教を受けた後だ、正直また説教されるのは御免こうむる、とばかりにクロウは体温を測り始める。ミゲルは肩を竦め、少しは大人しく安静にしてくれればそれでいい、熱が高ければそれ見た事か、と言ってベッドに縛り付けてやろうと、傍観を決め込んだが・・・。

「ちょ、まだ37℃5もあるじゃないですか」

「あー。じきに治るだろ。」

「安静にしないとだめですってば」

「じゃぁ。今夜は一緒の寝台で寝てくれ。」

「なんでそうなるんですか、却下ッ!!」

無意識にイチャツクのは止めて欲しい。

二人の会話を聴いているとなんだか、怒る気力も失くしてくる。

二人共、熱がありそうだが、これだけ元気なら問題無い様な気がする。

ミゲルはやれやれと肩を竦めた。

「はぁ、もうこの二人は分かっているんだか・・・おや?」

セシルが投げた枕を副船長が顔面で受け止めている(残念な)場面を、眼の端で捉えて首を振れば、開いた扉から小さな顔が覗いている事に気が付いた。

ミゲルの視線に気が付いたのだろう、セシルもクロウも扉の方へ視線を向けた途端、

「おじちゃん、セシルっ」

リオンが飛び出して来きた。顔を俯けてクロウが体を起こした傍に突進してくる。

「あれ、リオン君どうしたの?」

「どうしたリオン。」

首を傾げるセシルと瞳を瞬かせたクロウの間に、リオンは何処か落ち着きなく、ベッドに鎮座した布団の端に抱きつく。

「・・・おじちゃん、元気なってる?」

あぁ。これは本当に反省しないとな・・・。

ぎゅっと布団を握りしめて、リオンがクロウを見上げる。

なんだか泣きそうな表情だったのを、クロウは心の中で苦く笑った。

「ン?なんだ。どうした。俺はもう元気だぞ。」

不安げな朱い瞳に、クロウは安心させるよう頭を撫でてやった。

う~・・・と暫く唸り声を上げると、

「じゃ、ご本読んで」

お腹の中に隠し持っていた絵本を取り出す。

シャツを捲って、ズボンに挟んでいた薄い絵本に、セシルは眼を向いた。

「リオン君、船長じゃなくて僕が読んであげるよ」

セシルはリオンを宥める形で、後ろから抱き上げた。

そうして務めていつもの如くに告げると、リオンから拒否の声が上がる。

「うぅん・・・おじちゃん、がいいの」

「リ、リオン君」

首を振るリオンに、セシルは困ったな、どう説明しようかと悩む。

クロウは病み上がりで、まだ本調子じゃないのは見ていても分かるし、“視る”と言う点ではクロウを包む生命の気配の波が不安定だ。

ちょっとでも無理をさせてしまえば、また高熱がでてくるだろう。

どう説明しようかと言いよどむセシルに、今度はミゲルがリオンを止めに掛った。

「えぇっと、リオン君、船長はまだ少しだけど熱があってですね」

柔らかく説明しようとしたミゲルの言葉に、リオンの顔が泣きそうに歪む。

それを見てとったクロウは、ふっと笑んだ。

「ミゲル、子供の薄い絵本だろ。一冊、二冊程度いいじゃねぇか。」

ほら、ベッド上がれ。とクロウは困った表情のセシルからリオンを預かれば、

「やった!」

と幼子の嬉しそうな声が上がった。

やはり育ての親が、恋しかったのだろう。

起き上ったクロウの膝の上で、幼子は座り込んで絵本を広げてご満悦だ。

「むかし。むかし。あるところに、それは可愛い可愛い、三毛猫ちゃんが居ました・・・。」

背中を親に預けて絵本を読んでもらっているリオンを傍で見ながら、ミゲルは机の上で解熱剤を用意していた。

「船長大丈夫でしょうかね、無理して起きていて熱が上がらなきゃいいんですけど」

「ミゲルさん、僕ももう少し様子みているから、薬の調合に専念しておいてください。もし、船長の熱が上がってきているようなら、リオン君は僕が相手しますから、リオン君だって不安だったみたいだから・・・」

その容姿と低い声で、可愛い可愛い三毛猫ちゃん、という台詞は居心地悪いほど似合わないのだが。内心でそんな事を思いながらセシルは、何とかそれを胃の腑に押込める。

今はそんな不満を言っている場合ではないのだから。

「セシルさんがそう言うならしょうがないですね、そうしましょう」

「えぇ、任せてください。それより・・・、リオン君が持ってきた絵本って」

渋面で納得したミゲルに、苦笑いでセシルが応える。

しかし、そのセシルの瞳は死んだ魚の様だ。

何故ならば。

「三毛猫ちゃんが欲しいあまり、クマ太郎君は、三毛猫ちゃんの首ををぶっすり。包丁で刺してしまいました。クマ太郎君は三毛猫ちゃんの肉を、じゅるり、じゅるり、美味しく平らげて―――」

聴きたくもないのに聞こえてくる絵本の内容に、セシルは口元が引き攣った。

「はいセシルさんのお察しの通り、ペルソナさん著の『世界のメルヘン残酷童話シリーズ』ですね」

メ、メルヘン残酷童話~ッ?!!

可愛い挿絵になんて猟奇的な世界観っていうかシリーズものなのソレ?!!

セシルは心の中で絶叫を上げる。

「因みに、挿絵は副船長です♪」

狂気と乙女チックな絵のミスマッチ!!!

絵本の内容が気になるが、その創作過程も気になる、どうしてそんな絵本作った。

なんでそんな絵にした副船長。

色々な想いが駆け巡ったセシルだが、最終的に言いたいことはただ一つ。

「・・・子供になんてもの読ませてるのさ、あの二人は」

搾り取った掠れた声に、ミゲルの嫌味の無いサラリとした応えが降りる。

「ペルソナさんは大人向けに作ったらしいですけど、絵を気に入ったリオン君に副船長が、何も考えず与えのが発端でしたね。」

「そう・・・」

よし、とりあえず後で説教だ。

セシルは沸々と怒りを腹に納めて、今後リオンの教育方針を、クロウに改めさせる事を胸に固く誓った。

そんなやり取りを幾分かしている内に、絵本を読み終えたらしい。

セシルがミゲルの手伝いとして、ガーゼ折りをしている横で、リオンの声が耳に入った。

「おじちゃん、これもう一回読んで」

「いいぞ。」

閉じた絵本の表紙をぺシっと軽く叩いた。

リオンに促されて、クロウは表紙をまたも開く。

「リオン君、もうそろそろお部屋に戻ろう?絵本は僕が読んであげるから」

そう言ってセシルが、こちらにおいでと膝元を叩けば、

「うぅん、ヤダ!セシルは嬉しいけど・・・今日はおじちゃんがイイの」

セシルに懐いていたリオンから、珍しく拒否の声が上がった。

いつもなら聞き分けの良い子であるリオンに怪訝な気が過ぎる。

「で、でもね、リオン君」

これ以上は副船長の熱が上がると思うから・・・。

諭そうとするセシルの所に、クロウから待ったの声が掛る。

「まぁ、まだ大丈夫だ。リオン。これ読んだら自分の部屋に戻れよ。」

「アイ」

いつもの如くな口調に、嬉しそうな返事が返された。

人としての情緒が問題大ありなクロウだが、やはり我が子としているリオンには、親としての想いがあるらしい。

(ホントに大丈夫かな)

リオンには甘いと思うセシルは、眼を半眼にクロウの様子を一瞥する。

我が子を膝に乗せて絵本を読んでいる姿に、なんら素面と変わりなく、熱による頬の赤みさえ見えな―――って、全然大丈夫じゃない?!!

「ミゲルさんっミゲルさんっ船長の熱、たぶん今、すっごく上がってきてる!!」

逸早くクロウの異常に気が付いて、大声を上げる。

セシルが大声を上げた理由、それはクロウの首筋に流れる汗と微妙に乱れた呼吸だった。

「えっ?!うわぁあああリオン君そこ退いてくださいっ」

航海医師もすぐ見抜いたらしい、慌てて椅子から立ち上がった。

そんな時、丁度近くを通りがかったらしい、尻尾髪の青年が保健室の扉を開けた。

「な、どうしたよ?」

「ちょうど良い所に、ルシュカさん濡れタオル持って来てくださいっ」

ミゲルは体温計を取りだし、素早く脈をとり始める。

意識が朦朧として来ていたのだろう、先ほどからクロウは無言でされるがままだ。

「リオン君はこっち!僕の所に」

ベッドに座ったままのリオンが邪魔にならないよう、セシルが抱きかかえた。

「あうあうっ~~おじちゃん」

「うわぁっリオン君暴れないでっ船長は直ぐよくなるから」

腕の中でジタバタ騒ぎ始めたリオンに、落っことしそうになって慌てて抱え直した。

本当にどうしたのだろうか、理由もなくこんなに暴れたりしない、いつも大人しい子が。

周囲の状況に聡いリオン君がこんなに荒れるだなんて・・・。

セシルが心の中で首を傾げるが、そのおかしい部分が見えてこない。

答が見えそうで、見えてこない想い。

その時、確かにセシルの胸には、何かが閊えた感覚が残り続けたのだった―――。


一時間後。

就寝時間が迫った時間帯。

クロウから引き離され、ぐずったリオンを宥めるのに付きっきりでせがまれるままに、食堂で遊んでいたセシルが熱を発症し倒れた。


食堂で急に気分が悪くなり、座り込んでしまったセシルに悲鳴を上げたのは料理長で、

保健室に運び込んだのはその場に居た、水夫長であるバルナバスだった。


「やっぱり、急に熱が上がり始めましたね、船長もセシルさんも本調子じゃないから・・・」

保健室のベッドに二人を寝かせ、あらかた診察処置が済んだミゲルが、食堂に集まった皆に疲れた様子で報告する。少し眼鏡の奥では疲れたのか、隈が薄く出ていた。

「リオン~駄目だろ?船長やセシルに迷惑かけちゃ、二人とも体がまだ熱っぽいんだから特に船長はな。察してやらなきゃだめだぞ☆」

「そうよぉ~リオンちゃん」

始めから食堂に居た、航海士と料理長がやんわり諭す。

「むぅうう~」

だが、リオンは頬を膨らまし眉根を寄せてむくれて、分かっていない様子だった。

「むぅうう~じゃねぇ、セシルも本調子じゃないのに看病疲れで眼の下に隈ができてたじゃん、船長にいたっては高熱ぶり返しただろ」

その態度にカチンときたルシュカが、屈んで少し強めに言えば、

「むぅ~いや!いや!いや!おじちゃんトコに行くのぉーっだって絵本読めるって言ってたモンっ二人とも大丈夫だって言ってたモン~っ!セシルのトコで遊んでもらうのぉーっ」

猛攻撃とばかりに、小さなキレのある拳が炸裂し、ルシュカの顔面を襲う。

「~~~~~~っ」

不意に顔面パンチをくらい、哀れ尻尾髪は鼻を押さえて転げまわった。

但し、大人組である料理長や水夫長は、『クロウ離れできないお前にゃ言われたくなかっただろうよ。』と、寧ろ自業自得だとばかりに視界の端だけに見納めるだけだった。

彼の相方である航海士は、あひゃ~☆と苦笑いだけである。

それでいいのかルーヴィッヒ?

しかしそんな〈どうでもいい光景の〉横で、むぅ~いや!いや!いや!とリオンが地団駄を踏んでいるのを、今迄穏やかに見守っていた老人船長が重い腰を上げた。

「コラ、リオン!!駄目じゃぞいっ二人はいま、ラブラブじゃないっ保健室で疲れて休んでるんじゃから」

思惑と事実がややごちゃまぜで、ユージン船長がリオンを止めに掛るが・・・。

「いぃひゃぁあああああ―――――――――――――ッ!!!!」

制止の声に対抗して、周囲一帯に強烈な金切声が響き渡った。

硝子を引っ掻いたような脳に突き刺さる声音に思わず、周囲に居た仲間達はよろめく。

それを狙ってなのか、周囲の大人達の脚の間を縫って、リオンが食堂から出ようと走り出したのである。

「コラッ!リオンいい加減にしないかっ」

気が付いたバルナバスが、怒鳴ってリオンを捕まえようとすると、

「いびやぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!」

またも壮絶な音の攻撃と、今度はその場にあった椅子がバルナバス目掛け、空中で弧を描いた。

「あぁっこら、保健室に向わせるなっ止めろ」

ガツンっと鈍い音がぶつかり、椅子を受け止めつつもよろめいた水夫長が叫ぶ。

水夫長の号令に、他の水夫達がリオンを捕まえに掛る。

だが小さいリオンは、大人の腕を掻い潜りちょろちょろと逃げ回って、金切り声と共に食堂内を走り抜ける。

「ぐえぇ・・・耳がおかしくなりそう・・・」

ルシュカが呻いて起き上がったが、リオンが所構わず椅子が見事に脳天に直撃。

またも憐れ尻尾髪、彼はばったりと地に伏した。合掌。

「やだああああああっおじちゃんトコ行くのぉっセシルのトコ行くのぉっ!!!」

「待ちなさいリオンちゃん、駄目、それは危なっ」

グラスや食器といった割れ物まで投げつけ始めたリオンを止めようと、モーリスが素早くリオンの背後に回って水差しを取り上げようとすれば―――、

「びいぇええええええええええええええええええええええええええええええ」

んぎゃ~す! と野太い悲鳴と共に、身の丈も高くごつい料理長が投げ飛ばされた。

「うわぁああっハ二ィ~っ」

ガシャンガシャン!!!

派手な音を発ててルーヴィッヒがモーリスを抱きとめた・・・のは良いのだが、如何せん背丈も料理長の方が高いので、航海士は恋人と共に重なる形で食堂の壁に激突する。

ぐえ・・・、ルーヴィッヒから呻き声が漏れた。

二人が壁に飛ばされた拍子に傍にあったテーブルと椅子、食器もグチャグチャに倒れ、見るも無残だ。

「みんな、みんな、僕の邪魔してぇ、おじちゃんとセシルを独り占めしたいんでしょうっ!!僕だっていつも一緒に居たいのにぃ嫌いだぁあああああああああああああ」

ルーヴィッヒも意識が薄くなりそうになる、子供特有の叫び声の嵐。

助け起こしに来たアンリとジョセフその他誰もが、リオンの言葉に眼を見はった。

「リ、リオンッお前ぇそんな事想って・・・」

思わず口を吐いたルーヴィッヒに、暴走したリオンには届く筈もない。

「ヴィビィア―――――――――――――――――!!!」

声にならない叫び声で以て返された。

「そんな事誰も思ってねぇって、ちょ、うおおお」

アンリが飛んできた花瓶を避ける。

「ギャアアアアアアアア―――――――ン」

「だからって、リオン、二人は今、身体に熱があって大変」

子持ちのバルナバスも、リオンの言わんとしている事が何となく理解して、少し声を和らげて傍に寄ろうとするが。

「いぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

雄叫びと共に、どうやってそんな小さな体で持ちあげられるのか。

リオンは食堂のテーブルを持ち揚げて、容赦なくバルナバス達に投げつけたのである。

これには力自慢の水夫達も耐え兼ね悲鳴を上げた。

食器はぶちまけられ、テーブルは倒壊、窓にはヒビが走り、床は水浸し。

食堂はもう阿鼻叫喚の地獄絵図の様である。

この惨状に堪忍袋の緒が切れたのか、ユージン船長の雷鳴りがその場に轟いた。

「いい加減にしなさいっ!!リオンッ」

シンッ・・・と場が水を打ったように静かになる。

その瞬間リオンの動きはぴったり止んだ。

海賊達も動きを止める。

「二人が今大変なのは分かっておるじゃろうっ!それでも無理をしたのはリオン、お主を想っての事じゃ!お主はそんな二人の事が大切じゃないのか―――っ!!?いい加減、聴き分けなさいっ」

静かな恫喝が告げられる。

「ヴ、う、お爺ちゃんなんか、嫌いだぁあああああああああああああああああああ」

その途端、最大級の泣き声付きで、幼子の朱の瞳から涙が決壊した。

「うぐっ」

「ぐ・・・頭、痛ぇ・・・」

「びひゃぁあああああああああああああああああああああああ~~~~~んっ」

「リオンッ」

言い募ろうとするバルナバスの呼びかけと同時。

「おじいちゃんなんか、だ、大嫌いだぁあああああああああああああああああ」

「儂もそんな聞き分けないリオンなんか、だ、大嫌いじゃああああああああああああっ」

孫と爺の盛大な絶交宣言が降り立ったのであった。




「これが、さっきの事の顛末なんじゃ・・・」

しょぼくれたユージン船長が、ブフォーっと鼻を噛む音が保健室に響いた。

「じいさん・・・。」

「あー、リオン君に、なんか僕等、すごく心配かけていたんだね」

ベッドに腰掛けながら、クロウとセシルは顔を見合わせる。

「今更何を言っているんですか、二人共。だから言ったでしょう」

どこか他人事に事を構えている節があ、副船長と少年魔術師に、ミゲルは不機嫌そうにキュッと眉を寄せた。

「どぉしようぞクロウぅ~、リオンに、リオンに、心にもない事言ってしもうたんじゃぁ~ホントは、嫌いになんて思ってないのにぃ~つい、売り言葉に買い言葉してしもうたんじゃぁ~」

さっき鼻を噛んだばかりなのに。

老人船長の鼻からは鼻水と涙の滝が溢れて、顔面が凄い事になっている。

「船長」

「おじいちゃん・・・」

「じいさん。」

ミゲル、クロウ、セシルの三人は、はぁ~っと溜息を吐きたくなった。

どうしようとても面倒くさい事態に・・・、じゃなかった、自分達によって二次災害が起きて、老人船長の心が重傷だ。

「リオンに嫌われて、一生口聞いて貰えなくなったら・・・、はっ!!それよりも、グレて不良にでもなって、この船を出て行ってしまって東の海賊にでもなってしもうたら・・・」

震えながら、布団に顔を伏せて百面相する老人船長。

クロウが脚を突っ込んでいた布団がなんだか、湿っぽくなっていく感覚がする。

「じいさん。それはいくらなんでも。」

「悪い方に考えすぎなんじゃ・・・」

「それより、なにより、グレて不良って・・・既にもう最年少海賊なのに?」

あのリオンが老人船長を嫌って、一生口を利かない?

いくらなんでもそれは、ない。

だって、リオンはなんだかんだ言ってもお爺ちゃんが大好きだ。

悪い方に考えすぎだろう。三人はそう思うのだが、

「どうしようぞぅ~おろろろろ~~~~~~~ぉん」

ユージン船長の心も顔面も大洪水で、クロウ達の言葉は耳に入ってこない様だ。

ついにクロウの布団が湿っぽいから、びしょ濡れに変わり、不快感にクロウが眉を寄せる。

「まぁ、まぁ、お爺ちゃん、リオン君がお爺ちゃんを心の底から嫌いになる事ないよ、もし本当に嫌いになったら、リオン君の性格だから無言を決め込むと思うな、そんな感じじゃないでしょ?」

見かねたセシルが宥めにかかると、老人船長の震えがぴたっり止まった。

「う、うん」

幼い子供に言い聞かすような、穏やかな言音は説得力があるようだ。

パチパチと瞼を瞬かせる老人船長は、セシルの言葉に頷く。

「なら大丈夫だよ、お爺ちゃん、安心して。それより今回はリオン君に心配かけちゃった僕等が悪いんだから、ね?船長?」

苦笑いしながらセシルがクロウへ振り向く、さすれば同意とばかりに頷く。

「あぁ。今回は俺の判断の甘さが招いた種だ。全回復したらリオンに謝らないとな。」

「まったくですよ、二人共」

無表情なクロウだが、この時ばかりは少しバツが悪そうにしている。

ミゲルは今回の事で、肝を冷やした。もうあんな心臓に悪い光景は御免だとばかりに、ぴしゃりと言い放つ。

あはは・・ミゲルさん、これ相当根に持っているよ。セシルは苦笑いで頬を掻く。

お爺ちゃんは、なんとか納得させたからいいとして、問題はリオン君だよね。

そもそもなんで、リオン君はあんなに、泣いて必死に傍に居ようとしたんだろう・・・。

うーんと唸り、セシルは育ての親を見る。

「それにしても、今回の事で思ったんですけど、リオン君って船長の拾い子なんですよね?」

ふと思い出した事実を、セシルは誰ともなしに問いかける。

「あぁ、そうだが。丁度、海賊になった年に拾ったから。今から三年前か?」

「そうじゃのう」

セシルの視線を受け取ってか、一番に口を開いたのはクロウだった。

それに頷くのは老人船長で、

「早いものですよね~、夏の熱い日でしたね、たしか」

ミゲルはその当時の事を思い出しているようだった。

何故か三人とも疲れた表情で遠い眼をしている。

なんで?と、セシルは怪訝に思ったが心に留めて置くだけにしておいた。

それよりも気になる単語がクロウの口から、セシルの耳に入ったからである。

「たしか・・・リオンを拾ったのは、ガンダルシア領の。ルピナシア諸島の浜辺だったな。」

ポツリとクロウが思い出しながら語り出す、リオンを拾った時の話。

それは本当に偶然、その周辺を航海で通りがかっただけの出会いだった。

見つけたのはあっ軽い航海士で、航海士から望遠鏡を借りれば、砂浜にうつ伏せに意識を失っている子供の姿を確認したが始まりだった。放っておくのも後味も悪く、そのまま拾って保護と形に後々親元に帰す予定だったのを、リオンはその当時、記憶を失っており親の名も自身の名さえも覚えていない状態だったのと、思いの外クロウに懐き決して傍を離れたがらないのも伴い、結局クロウの養子という事で落ち着いたのがリオンの現状だ。

因みにリオンという名を与えたのもクロウだ。

「ルピナシア?じゃ、やっぱりリオン君はガンダルシアのルピ族なのかも・・・」

唸って険しい顔をするセシルに、ミゲルが怪訝な声を掛けた。

「セシルさん、それはどういう事なんです?」

ミゲルから当然の疑問に、セシルは自国の事情を話す事にした。

「僕の故郷、ガンダルシアは昔五大部族のそれぞれ王によって、一つの国として確立されてきた歴史があるのはご存知ですよね」

「たしか。カシオペシア、ルピ、アルビア、スピノザ、カルザノの五つ部族だったか。」

その問いに関しては、知識はあるクロウが応える。

「そうです、僕等ガンダルシア人の平民はもう殆ど混血なんですけど・・・王族や貴族は違って純血な人々が多くて、昔から受け継いだ部族の容姿が顕著に表れるんです。その内のルピ族の特徴は青銀の髪に、朱か銀の瞳」

セシルの言葉に、皆が一瞬だけ黙り込んだ。

それもその筈リオンの容姿は―――、

「リオンの髪色は青銀に瞳は赤だのう」

ユージン船長の掠れた声が場に落ちる。ミゲルとクロウは黙ったままだ。

リオンの容姿は、大陸の子供とはどこか違う。

色素の薄い肌と、華奢な躰、纏う雰囲気はやはり、セシルを見ていてれば、ガンダルシア人だっと言っても間違いないほどなのだ。

「付け加えて言うと、さっきのルピナシア諸島はルピ族長、王族がその昔別荘にしていた島なんです」

魔術師の王達の事を密かに調べていたセシルは、本で知っていた知識を掘り起こす。

ルピナシア島は名前の由来通り、ルピ族が古くから住む本土より離れた離島だ。

戦争に敗れたとはいえ、あの島にはまだルピ族の王城や神殿が残っている。

「ということは、リオン君は王族か貴族の・・・」

ミゲルはセシルが何が言いたいのか、察しがついたらしい。

戸惑いながら言葉を発するが、

「でも、それならそれで。おかしいんじゃないか?」

だがクロウの疑問の声に遮られた。

「え?」

何がおかしいのだ、と首を傾げる航海医師と老人船長。

その二人にセシルもクロウと同じく、もごもごと言い難そうに先を続けた。

「そうなんです、だってルピ族の王、というか親戚とそれに仕えた貴族、ううん、純血のルピ族は七十年ほど前の二大部族戦争で滅んでしまいましたから。現国王の先代、カシオペア族の王がルピの純潔を絶やす命で、生き残った人も匿った人も皆・・・斬首死刑にされましたから」

ルピ族とカシオペア族の戦争で、どちらかが優れた魔術師の一族かを競った末の戦争。

それはカシオペア族長アルクレシア先代王により勝利を納め、セシルが生まれる以前は、酷い時世だったのだそうだ。なにしろ人狩りのように、王兵が各家に押しより、ルピ族と思わしき者が居れば、子供だろうとなんだろうと、投獄し処刑したのだから。

「そ、それでは、リオン君は最後のルピ族?」

「ううん、ミゲルさん、それもおかしな話なんです。だって七十年前ですよ?リオン君の年齢を考えて、計算が合わない、でも混血種で先祖の純潔の特徴が出る人はいるから・・・リオン君は混血だけど先祖がえりで、ルピ族の特徴が顕著に出ている子なのかなってね」

「それにしては。オマエ、歯切れが悪い物言いだな。」

先代王の狂気じみた所業は、一時、大陸の方へ逃げた者にも向けられ、国外にも魔術兵を放っていたほどだと文献にも残されている。

だから、純血のルピ族はもういない。逃げ延びたって混血だろう。

自国にだってルピ族の純潔族はもういないのだから。

でも・・・なぜだろう、この確信に満ち溢れる想いは。

「自分で言っていてあれなんだけどね、僕の心の中がなんでかな・・・、この子は純潔のルピ族の子だって思っちゃうんだよね」

最近リオンと接していてどうも溢れ出て感じる、同族のような近しい者、家族に対する愛しさに、セシルはずっと疑問を持っていたのだ。

「それは・・・」

流石というか、血の成せる(わざ)だな。内心でクロウだけ唸る。

セシル本人は知らないが、その血脈は王族と対とされる神官の家系だ。

同族の事は誰よりもその身が教えてくれるのだろう。

“セシルが言うのだから”そうなのだろう、とクロウは納得する。

それにたとえ血脈のチカラを抜きにしても、セシルの瞳にはありのままの真実が映し出される。セシル自身の魂の持つ高い資質は、どんな者でも本当の姿を視抜く。

あの瞳のチカラが持つ脅威は、何よりクロウ自身が体験済みなのだ。

これだけは何とも返答できない。

そう思いを巡らせていたクロウの沈黙を、何と受け取ったのか、確証の無い直感だけの話だからと、見限りを付けたセシルが場を変えるように言葉を繋げた。

「まぁ、リオン君はリオン君だし、血がどうのって全然関係ないんだけどね。」

「確かにな。」

「ですね、リオン君が何者でも、リオン君が私達の家族であることは変わりない事実です」

セシルの意見に同意しクロウは眼を伏せる。ミゲルも苦笑いに肩を竦めて見せた。

「そうだじょい!!リオンはリオンなんだじょい~」

やっと泣きやんでいたのに、老人船長に至っては、今度は感動の滝の涙が溢れている。

その様子を見てセシルはクスっと微笑む。

何者でも家族だと言いきれる、彼等の在りようにセシルは自分の事を重ね、少しだけ涙がでそうな光を視た。


「それで話を戻して・・・、それまでリオン君はずっと同い年の子と生活を共にした事もなく、ずーっと大人の中で暮らして来たんですよね?」

副船長から聞いたリオンの過去から、だいぶ話が逸れてしまった。

セシルは本題とばかりに、クロウ達に確認を取る。

「そう言われれば。そうだな。」

顎に手を当て、クロウは深く頷く。

「じゃぁ、僕が来る前、リオン君の普段の感じはどうだったんです?」

小首を傾げて問うセシル。それには、やや(人情的に情緒の欠けている)説明不足気味なクロウでは誤解を生むだろうと、今度は医者であるミゲルが応える。

「初めは船長にしか懐かなくって大変でしたねぇ・・・、ちょっとでも船長から離すと、酷い癇癪で、セシルさんが来る前までは、そうですね、皆には懐いているんですけど、やはり何か不安があるみたいで・・・よく突然泣きだして」

「手が付けられなかっと」

ミゲルの最後の言葉を拾って、セシルは溜息交じりに腕を組んだ。

リオンを拾った当初の頃を思い出して話せば、子供の一年、二年の成長は目覚ましいものである。リオンはセシルが来てから、かなり落ち着いた方だろう。

「そうだな。最終的に俺が抱っこするかで治まったが・・・。」

「なかなか、治まりませんでしたねぇ」

しみじみ、大変だったなぁ・・・とあの頃のリオンに思いを馳せて頷く、老人船長等三人。

そんな三人とは打って変わって、セシルは半眼に呆れた声音で言い放った。

「やっぱり」

「何かあるのかのう、セシルちゃん」

老人船長が不思議そうにセシルを見る。

薄い緑を半眼に、腕を組んでベッドに座るセシルは、クロウが見る限りかなり威圧感があった。老人船長や航海医師は気が付いていないだろうが。

(あ。これはお怒りだ。)

クロウはひっそり直感して身構える。

そうやって身構えるのとほぼ同時に、セシルの口から怒涛の説教が迸ったのは直ぐだ。

「リオン君は記憶を失くして、しかも両親もいない。そりゃ、誰かが心の支えになるような、リオン君の心、子供の目線で寄り添える人がいないと、不安で感情が落ち着かないのはあたりまえですよ?だってあの歳ですよ?親が恋しいのは当り前っ!!!」

普段が普段、穏やで控えめな少年だけに、怒りの波動は物凄い。

男より少し高めの声音が、かなり刺々しい。

「それは。」

「そうです・・・。」

素直に首を縦に振って、全員が無意識に正座し始めた。

身構える準備もしなかったミゲルに至っては、椅子の上で正座である。

「バルナバスさんは置いておいて、やっぱりリオン君には、これは小さな子全般に言えることなんですが、小さな子が欲しいのは一緒に遊んでくれて、己自身を見てくれる人なんですよ。」

息巻くセシルの話し様は、まるで母親のよう。

クロウは何故か背中から嫌ぁ~な汗が出て来る思いだった。(おそらくそれは、魔女の所為。)

「皆さん、船の仕事があるのと、リオン君は聡い子ですから、無理を言わないに甘えも出て、その辺の所忘れて、ろくすっぱかまってあげなかったんじゃないんですか?」

鼻息荒く捲くし立てるセシルに、振り返って考えて見れば、正論なので何も言えない。

頭が上がらないのは事実で。クロウ達は頷くしかない。

「うっ・・・ごもっともです。」

「セシルちゃん、鋭いじょい」

「さすがですね」

呆然とする老人船長。

クイッとミゲルは、引き攣った表情を隠す為に眼鏡を上げる。

クロウは心の片隅で、将来肝っ玉母さんが似合うかも・・・等と少し思っていた。

もちろん今後、己との明るい家族計画込みで。

「付け加えて、船は閉鎖的で、リオン君ぐらいの歳の頃になる子がいません、子供の目線になって寄り添える大人が居ても、それは寄り添えるだけ!やっぱり同い歳頃の子達の目線、心の共有は大切ですよ。子供一人の生活って、けっこう、大きくなって社会に出ると疎外感を感じるものなんですよ!僕が実質そうなんだからっ!!」

胸の前で握りこぶしを作って震え、力説するセシル。

「セシルさん」

「すげぇ。自虐的だが滅茶苦茶」

「説得力あるじょい」

いま、なにか頬に光るモノが見えた気がする・・・。

三人の心が今一つになった。

「仕方ないでしょ!!魔物憑きだって、いじめられっ子で、遊んでくれるのは、隣のあんちゃんだけだったんだもんっそれか妹のアメリアのおままごとに付き合うしかなかったんだもん!!!」

どうせ僕は、浮世離れしてますよ!!変な子供ですよ!!

おそらく実体験を話している内に、自分の心の傷を勝手に思い出して抉ったらしい。

う、うわぁ~~~~~~~んっと、セシルは泣き伏してしまった。

「まぁ。確かに俺等はリオンが大人しいのに甘えて、その辺の事を考えてやれてなかったな。」

ぐずぐず泣き伏すセシルの頭を撫でつつ、クロウは溜息交じりに天井を見上げた。

あれぐらいの歳になれば、友達も欲しいだろう。

己はそんな事を思う余裕もなかったが。(おそらくクロウの性格と魔女の育児放棄の所為。)

「えぇそうですね・・・今後も、もうちょっと皆で、リオン君の事をみてあげるように考え直しましょう」

苦笑いを浮かべながら、ミゲルも何か思う所があるようだった。

「だな。今度はバルナバスの実家にも寄る予定だ。バルナバスに相談して、リオンを一時預かってもらうのもいいかもしれないな。あの家は親戚共々、ちびっこ共が多いからな。」

次の進路はジェーダイトだ。

クロウが今後の進路を考慮しつつ提案を上げると、

「えっバルナバスさんの家って大家族なんですか?でもお子さんは三人だって・・・」

クロウの隣で、セシルがガバリと頭を上げた。バルナバスに子供がいる事は知って入るようだが、大家族という理由を知らなかったらしい。

こほん。クロウが咳払いを一つ零して話し始めた。

「あの親父の家には、子供が三人いるんだが・・・親戚連中が集まって家が建っていてな。もう、親戚連中の子供が集まって・・・」

それはもう学童舎の如く。三十人近く集まるのだ、あの家は。

「毎晩、玩具箱がひっくり返っていて、すごいんだじょぃ」

ユージン船長は髭を擦りながら、セシルから視線を背ける。

「すごいですよねぇあの家は、ふふふっふふっ」

ミゲルに至っては眼鏡の奥で瞳が虚ろだった。

一度、クロウ達がバルナバスの自宅に呼ばれた際の、あの子供達の歓迎ぶりは思い出しただけでも疲れる。ルーヴィッヒやルシュカは子供の奇襲に会いひっくり返って、ユージン船長は髭を毟られかけ、クロウに至っては・・・・・・お調子者以上に難易度の高い、引率の先生へ転職しなければならないのだ。あの現状でよくバルナバスは受け流して笑ってられるものだ、とクロウはつくづく感心する。

まぁ。そんな経験は(セシルとの)未来の明るい計画に役立てると思う。

無理やり前向きに、考えをまとめたクロウはセシルの肩に手を置くと、

「というわけだ。リオンぐらいの歳の子供なんかが。わんさかいるんだ。心配ないぞ、なぁ母さん」

生温かい眼でセシルを労わった。我が(リオン)の事で心配かけているな、と。

「そうですねお父さんって、ちがーうっ!!誰が母さんですかっ!!!!」

「誰って。オマエ。さっき返事したろ。」

「僕は男っ!お母さんじゃないもん!!なれないモン!!!」

その発言は何の呪い?いつから夫婦になったんだよ僕達!!?

おぞましい未来図を脳に送り込んでしまって、セシルはキィヤァ―――ッと髪を掻き毟る。

「あーはいはい。じゃ、俺が母親で、オマエが旦那様な。」

「なんでそうなるの?!」

ああ言えば、こう言う! この副船長、やはり思考が常人とは違う。

一瞬だけ感心しかけるが、問題はソコ・じ・ゃ・な・い。

感心している場合じゃないよ、このままだと本当に男同士で結婚させられるっ!!!

焦るセシルに追打ちとばかりに、悪乗りするのがこの二人。

「なるほど、子供同士のお泊りですね、いい案かもしれません。たまには夫婦水入らず・・・というわけですね」

何が?っというわけなんですかミゲルさん。セシルは涙が溢れて来る思いだ。

「おぉ。分かって下さるか、ミゲル義理兄様。」

拍手を送る白々しい副船長。何がどう分かっているのさ・・・、何一つわかってないよ!

「セシル君もウチのクロウと羽を伸ばしてきなさい、お義父さんはゆっくり孫をみとるでのぅ」

・・・・・・お爺ちゃん。なんとなく察していたけれども。納得できたら、僕の未来が暗いので納得できないんだよ、分かってよ、そこの所は。

確実に孤軍奮闘。

伏兵は二人居て、セシルに味方は居ない。

セシルの全身にぞぞぞぞ~~~~っと悪寒が走った。

「いぎぁああああ~~~~~っやめてよぅうっ呪いみたいじゃない!!!!」

精神の限界を超えたセシルの叫びが保健室に木霊した。


鶯黄石月 二十二日 曇 時刻は深夜


いや。セシル。

呪いみたいじゃなくて。

願掛けって書いて、おまじない。読みは昔で言うと呪いだからな。


                                副船長 クロウ

                            ブラックパール号航海日誌



セシルが精神の限界を超えた頃。一方、今回話題のリオンはというと―――。


「リオンちゃん~~~~っ出てきてぇ!」

「・・・。」

ドンドンドン、扉を叩く音と野太い声が船内に響く。

「約束やぶってごめん、今度埋め合わせするからさぁ、出て来いよぉ」

「・・・・・・。」

「リ・オ・ン、いい加減に機嫌直せって」

「・・・・・・・・・。」

部屋の扉をノックというには、いささか乱暴な音が周囲に発せられるが、

シ~~~~~~ン。

部屋の主たる声は一向に応じない。


『だ、ダメだっ―――完全にお籠り(天の)状態(岩戸)だっ!!!』


部屋の前に集まったいつもの顔ぶれは頭を抱えた。

ちなみにいつもの顔ぶれは、大変癖のある幹部達と双子なのだが。

他の水夫達は、癖はあるもののまだ普通である。見張り意外、明日の運航ため休んでいた。

「どうする、リオンの奴・・・だいぶ頭にきているっぽいぞ」

リオンの話を聞くにしても、こちらから話しをしようにも、これではできない。

言葉一つ発した意味は、どんな言葉でも相手の表情でずいぶん違うものがある。何事もまず相手と顔を突き合わせないと、誤解を招くことがあるのはバルナバスの実体験だ。

それにはまず、リオンを部屋から出るようにしないといけないのだが・・・。

腕を組んで渋い溜息まじりにバルナバスが、扉に備え付けられた小さな窓を見やった。

今迄、リオンがこんなになる事はなかったが為に、余計どうしたらいいものか悩む。モーリスも心配そうに、ちらりと窓を見やるが、どうしたらよいか戸惑っているようだ。

う~んと悩む。すると仲間達の輪から、あっ軽い声が上がった。

「あひゃ☆ここはさ、俺にお任せ!こういうのはさ、情に訴えるんだってば☆」

「ん~大丈夫かぁ?」

バルナバスは眉間を押さえ唸るが、ルーヴィッヒはへらり、人好きの笑みを湛えて扉の前に踊り出て行った。


先鋒、航海士ルーヴィッヒ。作戦『情に訴える』


すぅッと息を吸い込んで、背筋を伸ばし扉の前まで進み出る。

コンコンコンッ・・・。

控えめなノックをするとルーヴィッヒはいつもの調子で話しかけた。

「リオーン、こんなじゃ、セシルや船長にもまた気にして、倒れちまうぞ~?だから素直に出て来いって☆」

「イ・ヤッ!」

間をおかずに拒否。

バッサリ、言葉の刃でその場の空気さえ切られた。あぁ、静寂が痛い。

「・・・・・・・・・Oh★」

リオン、ちょっと俺の心が傷付いたぜ☆

肩を竦め、先鋒、航海士ルーヴィッヒ。作戦失敗、心もちょっと傷ついて後退。

「駄目だった☆」

あっけらかん、と報告にきた航海士に、

「あぁ、観て聞いてりゃな・・・」

わかってたぜ、とは敢えて言わないでバルナバスは眉間を揉んで天を仰いだ。

そこに息巻いて陣営から前に出たのは料理長。

「やっぱり、ここはほらリオンちゃんの大好きな食べ物よ!人間誰だってお腹がすけば、どんなに怒っていても気力がなくなるわ!そこに付け込むのよ!」


次鋒、料理長モーリス。作戦『好きな食べ物で誘き寄せ』


「リオンちゃん~、ほら、アタシ、リオンちゃんの大好きなハンバーグ作ってあげるから!?ねっ?」

胸の前で手を組んで、涙ぐみながら優しい声音で語りかける。

「それから、明日になるけど一緒にお買いものしましょ?甘~いお菓子の売っているお店で、お茶しながら帰りはケーキ買って帰りましょ?ねっ?だから機嫌直してぇ~」

最後に誰に向ってなのか分からない、鼻を噛む仕草をして見せる。役者である。

「そんなのいらないモンっヤダ!!!!」

だが、リオンにはそんなモノ通用しない様だった・・・。

速攻で拒否の言葉がモーリスの心に突き刺さる。

「なっ・・・ふぅっ」

「わぁ!ハ、ハニィ~っ?!!」

あまりのショックに、次鋒、料理長。作戦失敗、意識を飛ばしてその場に倒れる。

航海士が慌てて抱きとめ声を掛ける。恋人達の甘ったるい雰囲気が立ち込め始めるも、視界に納めない様にして、今度はこの男が前に進み出た。

「やっぱ、ここは力ずくで、俺の出番かぁ」

ゴキゴキ・・・手を鳴らして扉の前に立った。


中堅、水夫長バルナバス。作戦『物理攻撃』


扉から一歩、二歩、三歩・・・距離を取って、船壁まで後退する。

一刻、間をおいて眼を瞑る。そして一呼吸をくと一気に助走をつけて、

「どっせぇえええいいいいいいいい」

扉に激突して重い体躯を撃ち付ける。ドォオオン、物凄い音が響いて扉が軋んだ。

「いやぁあああっ絶対でないもん~~~~~~~~~~~っ!!!!」

ドンガラガッシャーンッ。

しかし、負けず劣らずの悲鳴交じりの怒声が上がると同時、かなり大きな重い音がぶつかる音がした。

「う、お、おおぉおおお?急に扉が重くなった?!」

もう一度と、扉に体当たりをしたが、さっきより扉の重さが増して、バルナバスが思わず立ち止まる。

なんだ、と思い水夫長が周囲を見渡せば、ルシュカが扉に備えつかれた窓を指さした。

「え、この小窓から見えるの、これ・・・、部屋のベッドだよ、な?」

指された先を見れば、たしかに部屋にあるベッドのスプリングと、中身の飛び出た箪笥の角、その他、机、本棚、と色んな物が重なっているのが窺える。

『どうやって?!』

子供の一人の力では到底できっこないのに?!

皆が唖然とする中、バルナバスが何度も体当たりを試みるが・・・。

「だ、駄目だ・・・動かせねぇ・・・」

扉は一向に破られる事はなかった。

息切れ寸前、中堅、水夫長。作戦失敗、汗だくになりながら一回休み。

「俺も、もう歳かな・・・ハハハ」

「そんなこと無いって、バルナバス兄貴!」

「そうだぜ、今回はちょっとリオンの方が予想外なコトしちまっただけで」

「兄貴の筋肉はまだ衰えてないって!」

廊下の隅で項垂れて目頭を押さえる親父へ、必死に双子が慰めの言葉をかける。

みんな心が折れそうになっている。万策尽きた仲間達は廊下に座り込んだ。

そんな中、今度はこの男が口を開いた。

「みんな、ここは頭使って考えようぜ?ここまでくりゃ、これしかないっしょ」

そう言って、ポケットから取り出したるは一つの鍵。

今度はルシュカが不敵に立ち上ったのだった。


副将、狙撃手ルシュカ。作戦『ピッキング』


ご機嫌で鼻歌交じりに肩を揺らしながら、鍵穴に鍵を差し込むルシュカ。

その背に双子の弟、水夫ジョセフが純粋な疑問を投げかける。

「・・・いや、つーかよ、ルシュカ、ここセシルとリオンの部屋だろ?なんでお前、部屋開ける合鍵作って持ってんだ?」

鍵はそれぞれ、部屋の誰かに渡されて管理していて、しかも、ここブラックパールの部屋の鍵は全部違う使用の作りだ。(その辺は副船長が何かのこだわりで決めた。)

もちろん、此処の部屋はセシルが鍵を持っているが、鍵をかけるには部屋の中からなら誰でも掛けられる。鍵を失くすなど万が一を考えて、予備の鍵は束にして副船長が管理している仕様になている。

つまり、予備の鍵は副船長クロウの許しが要る訳で。

(しかも、クロウは鍵の束を魔術で隠していて、常人には分からない様にしてある。)

決して今すぐにと、ルシュカが鍵を取り出せるはずは無いのだが―――・・・。

みなが皆、そう言えばとルシュカに首を傾げる。

すると、かちゃかちゃと鍵を廻す音と共に、

「あぁ、ほら、セシルが来た当初にさ、ちょっとした好奇心で・・・ほら、女の子だったら色々、着替えとかチラ見とか・・・おっ開いた!」

ルシュカの情けない理由が返ってきた。

カチリ、確かな音を聴いて、ルシュカの嬉しそうな声が上がる。

つまり漸くすれば、覗き目的で非正規な合鍵を自ら作ったと。

「ル~シュ~カァ~・・・」

「尻尾髪ぃ~アンタ、覚悟はできてんでしょうねぇ」

水夫長の拳がベキバキとなり、料理長はフライパンを何処からともなく持ち出す。

その二人からは怒りの波動が、陽炎になって揺らめいて立ち込めていた。

彼の相方たる航海士は、馬鹿だな~と鼻をほじりながら傍観に徹して助ける様子もない。

「ちょ、待って、鍵、開いたって」

迸る怒りの波動に、ルシュカは慌てて弁解を試みたようだが、あとの祭り。

「問答無用!乙女の敵、天誅!!」

「鉄拳制裁だっ馬鹿ヤロ」

「い、いぎゃあああああああああああああああああああああ」

フライパンと拳の鉄槌が下された轟音、ついでに尻尾髪の悲鳴が響き渡った。

「いま、気づいたんだけどアンリ、これ、部屋の中からめい一杯にさ、ベッドやら箪笥やら物がつかかってんだろ、という事は・・・」

ルシュカを無視して、鍵が開いた扉のノブを廻しながらジョセフが兄に振り返る。

すると双子の兄アンリが、フッと目を伏せ弟の肩を叩いた。

「鍵が開いた程度で、部屋の中に入れない・・・か、双子の弟よ」

「うんっまったく役にたってねぇ!」

二カッと笑むとジョセフの白い歯が輝いた。

説教を受けつつ、副将、狙撃手。作戦失敗、役立たずのレッテルを貼られる。


「ほんと、どうしましょう」

ほとほと困った声が零れる。モーリスが頬に手を当て天井を見上げた。

「あ~扉が部屋の中の物で塞がれて、ウンともスンともいわねぇ・・・」

「リオンも一向に機嫌直る様子もない」

絶望的な現状に、皆は心が折れかけて遠くを見つめる。

その瞳はまるでセシルの様に、死んだ魚の眼をしていただろう。セシルには失礼な話だが。

「なんかさ、昔の伝説でどっかの王様が岩戸に籠る話無かったけ?アレに似てなねぇ?今回の件」

働かない脳に思わず浮かんだ事を口にする航海士に、返事をしたのはアンリだった。

「あー、それ、知ってる。力ずくでも説得でも駄目だったから、王様が出てきやすいように、岩戸前で家来の人達が、宴会して歌って踊って楽しんで、訝しんだ王様が好奇心に負けて、固い岩戸を開けて出てくるんだっけ」

「そう、それ☆」

疲れ切った声音にあっ軽く指を立てる。

「え、じゃ、これからこの狭い廊下で、歌って踊れっての?今、何時だと・・・深夜の二時だぜ?幽霊の最も出やすい丑三つ時だぜ!!?絶対反対!!」

話を聞いていたのか、廊下で沈んでいたルシュカがガバリと起き出した。

「ルシュカ、理由はソコなのか?普通にここは、深夜にどんちゃんするなっボケ共がァってクロウの怒りの方の心配だろ・・・」

呆れた水夫長の眼差しに、

「しかも、あの賢いリオンちゃんよ。そんなの通用する筈ないじゃない、あの“セシルちゃん”と“クロウちゃん”の教育済みなのよ?お化けも怖くなければ、知恵もあるわよ。」

ピシャリとモーリスが溜息交じりに言い放つ。

『そうだよなぁ~』

全員が同時に声をそろえた。心の底から。

何せあの子は、幽霊魔物がお友達のセシルと、アレ(・・)でも学者肌のクロウが育ての親なのだ。

妙に聡く図太い神経の持ち主に育ってきている、最近特に。

いったい、どうすれば・・・皆は途方に暮れる。

リオンが部屋から出てこないとセシルとクロウが知れば、またあの二人の事だ。気に病み、リオンを宥めて甘やかし、無理をする事は必須。

頭を悩ませる海賊団の皆は、唸ったが特に良い案が浮かんで来る筈もなく。

「駄目だぁ~何も浮かんでこねぇ」

尻尾髪が頭を掻いた。

「ホント、船長に怒られるの覚悟で、ここで歌って踊るか?」

引き攣った表情で渇いた笑いを浮かべるのはアンリだ。

「アタシ、もうお料理作る気力ないわよ・・・」

「だよなぁ、あ、もう二時半だぜ」

ふと見張り交代の鐘が、バルナバスの耳に入り時刻を知る。

本当に万策尽きて疲れた始めれば、後はもう愚痴しか出てこない。

項垂れる、疲れ切った顔の幹部達に、また深い溜息が漏れた。

しかしそこに思いもよらぬ助っ人が、通りがかったのだった。

「アレレ・・・?ミンナ、こんなトコロで何シテルノ???」

機械じみた音声に、皆が振り向く。

見慣れた細身のダークスーツに頭部は、ウサギの被り物。右手には腹話術のヌイグルミ。

そこに居たのは仮面の楽士こと、ペルソナだった―――。



ユラユラと微かに揺れる部屋をさらに揺さぶる衝撃音。

鈍く重い一撃に扉が破られる危機感。

椅子、おもちゃ箱、チャスト、寝台、勉強机、クマのヌイグルミ、クローゼット、絨毯、布団、書籍が全て落とされた本棚。

部屋にある物すべてを力の限り、扉にぶつける。

おかげで部屋の中は、いやに偏って何も無い空間が広がっているが、対照的に扉前は物で溢れ返り、それこそおもちゃ箱から引っくり返された玩具の塔が佇んでいる。

リオンはその玩具の塔と空白の間にひっそり立っていた。


大人が口々に諭す声。言葉が耳に入らない。なにを言われているのか分からない。

聞きたくない。聴きたくない。ききたくない。

だって、自分の眼に入って来たものは、死にそうだった養父のおじちゃんで。

血の気の失せた顔色のセシルも、泣きそうな雰囲気で。

“また”自分だけが置いてけぼりにされると思った。

一瞬だけ、どこかで体感した既視感がリオンの中で駆け抜けて。

開けてはいけない扉を開きかけて、扉を閉めようと心の内で瞬きをする。


突発的に膨れ上がった内側からくる焼けつくような衝動に、力任せにその場の物を手当たり次第投げつけて、誰もこちら側に入って来る事のないよう思考が捉えると、手が無意識に宙を漂う。ただ、その手は虚しく空を掻くだけで、リオンが荒い息をしながら振り向けば、掴める代物は何も無かったのに、ふと我に返った。


これ以上、掻き乱さないでほしいのに。何故、わかってくれないの。


自分の中で何かが塗りつぶされて、押しつぶされるような気がして怖かった。

何度も、寝ている親の顔を見にきても。いつものように、声を掛けてくれる事も無い。

―――ここにいるのに、なんで起きてくれないの。ぼく、ここにいるよ?

いつもと違う、夜が明けて。

何処か、自分だけが知らない場所に置いていかれた様な気がして。

もう二度と会えないと思って、居ても経ってもいられない。

寝て過ごそうと思っても、眠れなかった。

二晩の事だったけれど、リオンにとってそれは永く時間は存在しなかった。

養父が目覚めて、やっと自分を見てくれたとき。

うれしかった、セシルが居て、おじちゃんが何時ものように居て、自分を見てくれている。もう怖い事はないのだと思った、―――けれど。

しばらくすれば今度は、もっと怖くなった。


いつか、また、この幸福の時刻(とき)が壊されるかと思うと。


どこかでそう想ってしまうと、この幸福を永遠に味わいたいと、縋るに必死になった。

必死になって手を伸ばして。

抱えてくれる温かさに、ほっと安心するも、何かに追い立てられるみたいに、心の何処かでは焦って焦って、焦って、胸が苦しくなる。

大人が口々に諭す言葉。

『二人はいま体調が悪いんだ、察してあげなさい』

言葉が耳に入らない。なにを言われているのか分からない。

言われた意味はなんとなく分かるけれど、聞きたくない。聴きたくない。ききたくない。


だって―――、壊れないなんて確証は、“誰にだってないんだもの”


大人のみんなは、リオンの、ぼくの想いの邪魔をする。

積み上げた玩具の塔。

その塔の中はカラッポ。ぼくはその中心に独り。

諦めたのか、いつの間にか外は静かだ。

みんな、居なくなった。わずらわしい音もしない。

なのに・・・、

ぼくが望んだことなのに、どうして、もっと、哀しくて、苦しいんだろう?

「どうして・・・?」

一人で零した涙と問いに、応えてくれる人は居ない。

「ソレハね、寂しいって思っているカラだよ、リオン君」

リオンの背後から、機械じみた声が降りかかった。


大将、仮面の楽士ペルソナ。作戦『初級影術:影法師(シャドウ・ウォーカー)



過去の記憶の微かな残像を振り払おうと部屋に閉じこもって読書をしていれば、いつも以上に廊下が騒がしいのと(しかも、こんな深夜にもかかわらず)、誰かの泣声が突き刺さる程に耳に響いてきてシャーロットは怪訝に本をベッドに伏せた。

椅子の背に掛けてあった背広を羽織って、身体の一部と言っても過言ではない、慣れ親しんだ被り物を頭部に宛がう。

自室の扉を引いて一歩廊下に出れば、お騒がせ二人と双子の筋肉達磨は、分かるとして、まだこの船ではマトモな水夫長、料理長、がその場に疲れた顔で居た事にペルソナは眉を潜めた。よくよく事情を訊いて、あぁと納得する。

ようするに、子供の気持ちがわらないからこの騒動。

子供の気持ちが分からない、なんて、普段どれだけリオンを気にかけていないか、浮彫である。

(セシルは置いておいテ、あの子がクロウに懐いたノ分かる気がする・・・。)

ペルソナは被り物の中で、呆れつつ溜息を吐いた。

なんだかんだ言って、あの情緒の欠けた幼馴染は、相手に対してぞんざいな接し方をするが、子供が何を欲しているのか本能で理解して傍に居させるのだから。

(あの子ノ、リオンになる前のコトハ、私にはワカラナイけれど)

ぽっかり空いた空白の時間は、どこか不安しか感じなくて、自信が無かった。

過去の記憶を失って、宙ぶらりんの心情は似ていると思う。

リオンが欲しいのは自分を見ていてくれて、傍に居てくれる、子供特有の絶対の安心感だ。

それが今回の、幼馴染が倒れた件で覆されたのは、リオンにとって脅威だった。

いつもの顔ぶれに、廊下で待っているよう伝える。すると、ウサギの被り物から蝶の仮面に挿げ替える。いくらなんでも、この顔全体を覆う被り物は今に適さないだろう。自室に戻って、灯りを吹き消すと暗闇が部屋を支配した。

一人で泣いているけれど、涙は零さない子供。

そこ子供の背を見つめ、ペルソナはその小さな背に手を伸ばした。


「っ!?」

リオンは肩を触れられた感触に驚いて振り向けば、見慣れたダークスーツと仮面。

「リオン君、部屋から出るネ」

ペルソナさんだ、と認識れば、あっという間に抱き込まれて、視界が真っ黒に染まった。

逃げる間もなく抱き込まれて、瞑っていた眼を開けると薄暗い廊下と。

「リ、リオ~ン」

「おぉ、戻ったか・・・」

「リオンちゃん」

みんなのホッとしたような顔が揃っていた。

何か言わないと、と思うが、何を言ったらいいのか、頭が真っ白で、リオンは口をパクパク開けるが声が出ない。

「あのな、リオン」

そんなリオンを見てか、バルナバスが声を掛けようと口を開いたが、

「バルナバスさん」

静かにペルソナが手で制した。何も言わせない声音に、皆も口を噤む。

静まり還った廊下に、ペルソナはそっとリオンを降ろすと、自分も屈んでリオンと視線を合わせる。

「不安だったんだヨネ」

「うん」

仮面越しにその朱の瞳を見詰めれば、道に迷った子供のシャーロットが視えた様な気がした。問いかけに、コックリと眼の前の小さな頭が揺れる。

「いつもどおり、一緒にいたかったんだヨネ」

「うん」

「置いて逝かれるノが、怖かったンだよね?」

「うん・・・」

言葉にするのも、どう伝えればいいのか、分からない子供なら。

教えてあげなくちゃ。

「怖くて、コワクテ、でも、どうしたら、いいかワカラナクテ、」

「う、うう」

「クルシクテ、哀しくて、でも誰も聞いてくれソウナ人、居なくて、分かってくれなくて」

「・・・・・・」

眼を合わせて問いかえれば、リオンの瞳には水膜に潤み。

嗚咽が漏れて来た。

「不安だったんダヨネ?」

「・・・うんっ」

ぼた、ぼた、ぼた、大粒の涙が、廊下に落ちては弾ける。

「ワタシや、ここにいる皆は、もうワカッテルヨ。」

大人になったら、泣けない事が増えるから―――・・・今は、泣いてもいいんだよ。

ペルソナがそう言えば、

「うわあぁ~ああああぁ~~あああああぁぁ~~~ああああん」

堰を切ったようにリオンは、大声を上げて泣いた。


大将、仮面の楽士。作戦『馬鹿な大人に訴えさせろ』成功!


セシルの傍に、泣き疲れて眠るリオンを置いて横を見ると、クロウも隣のベッドで大人しく眠っている。今ならリオンにとって両親とも言える二人の傍に、眠らせておく方がいいだろう。そう判断したペルソナはリオンを保健室に預けると、静かに保健室の扉を閉めた。

「どうしてリオン君が不安でシカタナイ、って分からなかったノ!」

食堂に待機させていた仲間に、拳を掲げペルソナは声を荒げる。

「えぇ~っと、それは・・・だって、なぁ?!」

般若の面の恐さに、ルシュカはたじろぎ傍に居た皆に助けを求めた。

「そんな事言われたって、俺等だって不安だったんだよ・・・センチョが倒れるなんて、今迄なかったから」

「それにリオンがあんなに暴れるのなんて久方ぶりだったからなァ、クロウの奴が生きているってだけで、安心したもんだと思ってよぅ」

ルーヴィッヒとバルナバスが口を開いたが、

「ソンナノ、私達が不安だったカラナラ、小さい子が余計不安で仕方なかったの、想像できるでしょ、この馬鹿共。」

バッサリっとペルソナは切捨てた。しかも口調はセシル、音声はクロウを真似て発せられているので、それがまた怖い。

「そ、それを・・・言われたら、そうだ、なァ」

タジタジになりバルナバスは頭を掻いた。頬に手を当て溜息を吐くモーリスは感慨深げだ。

彼女?も相当堪えたらしい今回の件は。

「アタシ達、自分達の事でいっぱいで、リオンちゃんの事、考えてなかったのね・・・」

明日はリオンちゃんの好きな物を作ろうと、献立を考え始める。

反省の色を見せる二人にペルソナは納得するが、問題はあとの治らない馬鹿である。

すぅっとペルソナは息を吸い込むと、

「大いに反省シテテ。特にッ、ルシュカ君、ルーヴィッヒ君はネ!」

キッと馬鹿を睨み付けた。

「は、は~い★」

「・・・悪かったよ」

やめて、口調はいつもの調子で、副船長の声マネで言わないで。気持ち悪いから。

俺等が悪いって思うから。

ルーヴィッヒとルシュカは、言い表せない圧力に素直に謝った。

こうしてブラックパールの仲間達の混乱と、リオンの騒動はペルソナによって幕を降ろした。


そうして―――、


ドンドンドン、扉を叩く音と焦った声が船内に響く。

「セシルッ頼む、出て来てくれ!」

「いや!」

「セシルッ!!」

「こっちこないでよっ!!!あっち行って!」

セシルの部屋の扉をクロウが必死に叩き、押し問答が扉越しに繰り広げられる。

「リオンっセシルを説得して、開けてくれ!」

「ん~おじちゃん、僕からは無理かも~」

「なんでだよっ?!リオン~っセシルゥ~ッ!!!!」

悲壮な声が廊下に渡った。

扉に縋り付く形で、クロウが膝を折って項垂れる。

つい最近、どこかで見たような光景に、バルナバスは眉間を揉んだ。

「・・・・・・、今度は何だ?」

誰にとも発せられた問いに応えたのはミゲルだった。

「それが今日の昼に甲板で船長が、セシルさんにいつも通りデートに誘っていたようなんですが」

「船長、セシルの手の甲にキスして~、セシルの顔色が真っ青になって~、船長の頬に平手が一発入って、あの状況☆」

ふぅっと呆れた溜息に、続いたのはあっ軽い物言い。

何が可笑しいのか、ケラケラ笑いながら指を指す航海士に、

「あァ、それで。」

要するに、セシルがクロウの口説きに堪えられなくて、お籠りだと。

うん、そうかァ~、うん、クロウ頑張れよ。

水夫長は全てを受け入れ、自分の持ち場に戻る事にした。


ブラックパール海賊団は、今日も今日とて平和だ――――――――。


鶯黄石月 二十四日 快晴 だが心情は大荒れ。


何が。今日も今日とて平和だ―――――――なんだッ?!

俺だけ平和じゃねぇよ!!


                                副船長 クロウ

                          心のブラックパール号航海日誌


                             番外編『リオンの一次反抗期。』終



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