封印の地下墓地
『封印の地下墓地』
視界の薄暗い部屋の黒から白へ。
瞼が熱く焼けるような白から、今度は意識を手放す寸前。
知覚する黒の色彩へ。
うわぁああああああああああ―――――――――っ
絶叫は吐き出されている筈なのだが、耳には届かない。
感じた事も無い脳を揺さぶる浮遊感に、どうする事も出来ず、なぶられる様に身を晒される。五感を襲う突然の出来事は、その一瞬にして重力を伴い。
強く身体がどこかに引き戻されたかのように引っ張られ。
「うわあああああああっ――――――――――――――ほぉわ!」
地に足が付く感覚が戻った。
セシルは握りしめた杖と共に、前のめりに傾き転げて着地を果たした。
それと同時にルーヴィッヒも光と共に宙から放り出され、
「ああああっと、イテッェ~~~~~~っ」
尻餅をついてセシルの傍に転げ落ちた。
「う、うえぇ~痛い」
「イテテ・・・☆セシル大丈夫か」
腰をさすりつつ、航海士が周囲をキョロキョロと見渡す。
「えぇ、なんとか・・・それよりここは」
転げたはずみで肩を打ったらしい、じんわりと鈍痛が走った。肩を擦りながらセシルは杖を支えに立ち上る。真っ暗な視界ではここが何処だか、お互いが無事かも分からなかった。
真っ暗で―――寒い。
どこか・・・廃墟に、誰かに一人で置いて行かれた気分に似ているかも。
冷たい空気が身に染みて、セシルはなんとなくだが、どこか物哀しい気分になった。
「あ~イテぇ尾骶骨打った、それに真っ暗で何も見えない・・・ごめん、セシル灯り頼む」
「あ、そうだった」
ルーヴィッヒに言われて、セシルはハッと気が付き、慌てて杖に光を灯した。
「結構な広い間ですね、さっきの場所とは全然、雰囲気も違う」
ぼうっと、仄かな光球が周囲を照らす先。そこは先ほどとは打って変わって、だだっ広い豪奢な祭壇が設けられた神殿を思い起こさせる場所であった。
不安げに見詰めるセシルの横で、航海士は薄暗い広間に素早く目を配らせる。
そして好奇心旺盛に祭壇を観察しながら壁に駆け寄ると、
「だな、・・・あ!セシルっこの部屋、壁に燭台がある!火を灯せるようになってるぜ☆」
目聡い航海士が四方の壁、ある程度の高さに設けられた燭台を指さした。
「あ、ホントだ。それなら、―――炎よ」
セシルは人差し指から、チロリと小さな炎を呼び出し、燭台に火を灯した。
そうやって残りの燭台に全て灯り着ければ、煌々と祭壇が設けられた広間に、一定の温かい空間が出来上がる。
「これでずっとチカラを出さずに済むな☆」
「えぇ、それよりもルーヴィッヒさん、僕達どこかに飛ばされたようですね・・・。さっきの場所と全然違いますよ。」
あっ軽い調子の航海士に、セシルは肩を竦ませる。
ゆらりと赤い炎が照らす祭壇の間は、黒い女神像が鎮座し、温度の温かさとは対照的に、禍々しい魔法陣が中央に刻まれ、埃の被った祭壇にある杯には、鉄の匂いのする赤黒いモノがこびり付いているのがセシルの視界に入って、ゾッとするほど不気味だった。
「やっぱりぃ~☆『ひらけごま』で俺の勘は大当たりだったじゃん☆」
・・・なんだか大変、腹立つのは僕の気の所為だろうか。ニッシシシ~っと悪童じみた笑みを浮かべるルーヴィッヒに、セシルはきゅっと眉を寄せる。
「それについては僕、めちゃくちゃ不服だけど。どうやらそうみたいですね、で?どうしますペルソナさんを置いて来てしまったし、一旦戻ったほうが良くないですか」
案著な合言葉の事は置いておいて、セシルは真面目な話を切り出した。
「んーそれもそうだよなぁ、この広場、まだどこかに続いてる扉が二つ両端にあるし・・・二人だけで進んで深追いってぇのも、船長も体制立て直そうっても言ってたからなァ、ここは一旦戻ろうか☆」
チラリと碧眼を走らせた先は、広間の左右両端にあった大きな扉である。気にはなるが、これ以上をセシルと二人だけで行くのも得策ではないだろう。
ルーヴィッヒは顎を擦り、考える素振りで応えた。
セシルは頷くとルーヴィッヒと共に肩を並べて、広間の中心へ脚を向ける。
「じゃぁ、もう一回魔法陣の中に入って・・・合言葉を、えぇ?!」
そこまで言って、セシルは魔法陣に視線を映し愕然とした。
「どうしたんだセシル?」
怪訝にあっ軽い航海士がセシルの方へ顔を向けると、
「ない・・・」
「え・・・☆」
消え入りそうな声がセシルの口から洩れた。
その声にルーヴィッヒも、一瞬ポカンと思考が停まる。
「この魔法陣、移動の呪文は記されているけれど・・・術発動の合言葉たる文字が記されてない・・・!!」
悲壮に震える声でセシルが訴える。
「そ、それって、さー・・・もしかして」
ルーヴィッヒも表情を引き攣らせた。
その表情には完全に顔にマズイと書いてある。
セシルは魔法陣に記されている文字を何度も、心の中で確かめ読むが・・・。
(ない・・・!!どこをどう読んでも、合言葉になる文字が見つからないよっ!!)
縋る想いで確認するも、肝心の移動魔法陣を発動させる鍵となる合言葉は、どこにも記されていなかった。
慌てて魔術師導師連絡が取れる、懐中水鏡を取り出して、セシルはチカラを送って見るも、
(なら、水鏡でっ・・・えぇ?なんで?!)
この場所になんらかの特殊なチカラが働いているのか。
水鏡の水面が揺れるばかりで、連絡を繋ぐ事も出来なかった。
沈痛な面持ちで若干震えながら、唾を飲み込むと、
「えぇルーヴィッヒさんが考えている通り、僕達、ペルソナさんがいる元の場所に戻れません。」
引き返せない事実に愕然とするセシルに、ルーヴィッヒはなんとか気持ちを前向きにしようと、明るく口を開いた。
「あ、あひゃ☆・・・でもな、でもな!物事はやってみなきゃ分からない事もあるだろ~、もしかしたら、合言葉が記されてなくとも、一度は向こうから通ったんだし!こういうのはものの試しだって☆」
ドンっと胸を叩いて、ルーヴィッヒは魔法円へ飛び込む。
そうしてセシルを急かすよう、手を大きく振り翳す。
ルーヴィッヒさん、貴方のその物の試しでこんな事になっているんですけど。どこからその自信が来るの?なんだか普段クロウが、頭痛がすると、この眼前のお騒がせ航海士と一緒にいるのを嫌がるのが、心の底から理解できたセシルであった。
「はぁー・・・・駄目だと思うけどなぁ」
大きく溜息を吐きつつ、魚が死んだような眼を向け、セシルは魔法陣の中へ入る。
二人一緒に魔法陣の中央へ佇む。
「ほらほら、セシル前向きに考えようぜ?!じゃぁいくぜ」
すると航海士は大きく息を吸い、再び合言葉を唱えた。
「ひらけごま☆」
――――が、案の定。
「・・・。」
「・・・☆」
何も起こらなかった。数秒、待てど魔法陣は光らない。
あぁ、沈黙が痛い。
「ルーヴィッヒさん」
「うっ・・・ごめなさい。素直に謝罪します。反省します。本当すみません。」
じと眼でセシルが非難交じりの視線をルーヴィッヒに向ける。
ルーヴィッヒは、表情を引き攣らせ、やや声のトーンを落としてセシルに無条件降伏。
冷汗だらだら平謝りした。
「仕方ないです、ペルソナさんが船長達と合流して、こっちに来てくれるのを待ちましょう。たぶん僕達が戻らないってなったら、さすがに来てくれるでしょう」
セシルはふぅっと息を吸って吐き、気分を素早く切り替える。
戻れないなら仕方がない。一方通行しかできない移動魔法陣なら、きっとこの場所の何処かに出口はある筈だ。ここが何処だかわからないが、脱出の道は閉ざされたわけではない。
「そうだな、じゃぁ出口を見つけられるよう、こっちは待ちながら、この辺りを散策と行きますか☆人の気配も今の所ないし、きっと船長やペルソナの事だから、燭台の灯りとかで俺等が通った跡ぐらい分るだろうから!」
ルーヴィッヒはスクッと背を伸ばすと、さっきまでの反省の姿勢はどこへやら。
あっ軽い口調でニカッと笑う。
仲間を信じる、毒気の無い前向きなその笑顔に、少しだけセシルは心持ちが明るくなる。心細かった気持ちが、どこかに引っ込んだ。
「そうですね・・・じゃルーヴィッヒさん、どっちの扉から行きます?」
肩の力を抜いてセシルは苦笑いを浮かべ、ルーヴィッヒを見上げる。
「ん~じゃ、こっち☆」
童の如く指をさす先は、向かって祭壇の右の扉。それは何気なく指さした扉。
「それじゃ右の扉から調べましょう」
「あぁ!」
そう言って、セシルとルーヴィッヒは右の大きな扉の前へ歩き出した。
「この扉、なんでこんな頑丈なの。いたぁ~・・・」
「ふぅ、開けるだけでも、ひと苦労だったな☆さっ先を急ごうぜ!!」
鉄の閂を施された頑丈な扉を開けて、中を見れば奥行のある暗い廊下が見えた。周囲が見えないのは心もとなく、灯りがいるのでルーヴィッヒは燭台の一つを広間から失敬しつつセシルを伴い中に入る。
「な、なーんか・・・嫌な感じがプンプンするなぁ」
外に繋がる窓も無い、冷たい石造りのくすんだ壁は、黴と苔の匂いがする。
此処が何処に繋がっているのか、はたまた此処が地下なのか、どこかの隔離された屋敷の部屋なのかわからない。だが、この石壁の造形に、ルーヴィッヒは祖国で海賊になる前によく行き来していた、ジェーダイトの王宮を思い出させた。どことなくだが似ているのである。雰囲気というか、造りというか、城と言う名の持つ独特な築造の歴史が。
積み重なる血と争いの跡と、政を行う人々の際どい駆け引き、王族や貴族が闊歩する。行き交いの場。そんな人間達の思念と言うモノなのか、名残りが、この場には染みついてそうだった。
「そうですね、床に何か引きずったような跡もあるし・・・不気味です」
「ま!何かあればセシル援護、よろしく頼むぜ☆」
「はいはい、・・・あ、また扉」
そうやって会話をしていく中で、セシル達は三回ほど扉をくぐり、永い廊下を渡った。
しんとした静けさに、次第に会話も途切れてくる。
だが、四度目の扉を開けた時、それは破られた。
「いっ!!」
「ひっ!な、なに・・・これ、全部、人の頭?!」
引き攣った声をそれぞれ上げる。そんな二人の目前には、夥しいほどの数の顔が陳列されて出迎えていた。壁に設けられた簡素な棚に、人の頭部がまるで壺でも並べるかの如く、静かに置かれている。棚に綺麗に並べられた、剥きだしの首は、精気が無く蝋人形のように、生前のままに保たれて、どれも目を伏せていた。
その異様な光景にセシルは、背筋がぞっとする。
「な、なんで・・・こんなに、生首がっ」
恐怖に耐えきれなくなって、咄嗟にルーヴィッヒのシャツを握って寄り添った。
「・・・死蝋化してる。腐敗を防ぐため、防腐を施して――――わけでもなさそうだな、薬品の匂いがしない」
スン、と鼻を近くによせ匂いを嗅ぐ。ではこの死体は自然に死蝋化したものなのか?と、不可解な死体の有様にルーヴィッヒは眉を密かに潜める。さすが元軍人、死体には馴れてしまっているのか、ルーヴィッヒは戸惑いなくその無数の頭に冷静な眼を向ける。
「うわぁ、ルシュカさんじゃないけど、夢にみそう」
もっと言うのなら、いつもの狙撃手の様に失神できたらいいのに。ルシュカに失礼な思いを抱きつつ、セシルは心の中でそう付け加える。
「セシル離れるなよ~、ほんとに此処は何があるか、わかんないからな」
「う、うん・・・」
燭台の灯りを持ち先に進むルーヴィッヒの後に続く。
生唾を飲み込んで頷いて、航海士の背後にぴったりと引っ付きながら、セシルは部屋の奥へ進んで行った。薄暗く頼りない燭台の灯りに、壁に置かれた首が次々と陰影を混ぜ浮き上がる。とてもじゃないが、こんな無数に並べられた生首の間で、これ以上現場検証をしようなど思えない。ルーヴィッヒとセシルはただ黙って、奥に歩を進める。
ドクドクドク、心臓の音だけが、二人には耳に響くのみである。
「まだ奥に扉があるな」
暫く注意を向けて進んだ先に、扉を見つけてルーヴィッヒは呟くように言った。
正直なところ、ルーヴィッヒは予想以上の不気味な死体だらけの空間に、本能的な部分がどんどん警鐘を鳴らしていた。
(予想はしていたけど、精神的にくるな、これは・・・。)
グッと腹に力を込めて、息を吐く。
緊張しつつ扉に手を駆けると、ルーヴィッヒは扉を開いて中に入った。
「ここは・・・」
掠れた声音がルーヴィッヒの口から洩れる。心もとない灯りが照らし出す、檻の数々。それに加え獣臭い、すえた臭いが漂っていた。
ふと、ルーヴィッヒが視線を足元に寄せれば、檻からはみ出す、干からびた蜥蜴の手の様なものが見えた。
「生首の次は、合成獣の死骸か・・・」
蜥蜴のような手は、蜥蜴にしては大きく、人間の手の形をしていた・・・。ルーヴィッヒが、屈んで檻の中を照らせば、それはやはり人の姿をしていて―――息絶えていた。
セシルも航海士の背から、恐る恐る顔をだして目を凝らして様子を窺う。
「あっ・・・」
セシルもその光景を視界に入れて、声を上げた。
いったい、なんだってこんな事を。
声に出そうとして、出せなかった言葉が脳で反芻する。
目の前が朱く点滅し、腹の底から吐き気が溢れ出す。グラグラと視界が揺らいで、セシルは足元から崩れ落ちそうになるのを必死にこらえる。
「檻に入れられて、こんなところで・・・こんな姿にされて、酷い」
暗く肌寒い部屋には、頑丈な檻が今度は至る所に積まれ置かれている。
本能的に来る嫌悪感に、ルーヴィッヒは口元を手で押さえ、己を落ち着かせる為、目を伏せ立ち上った。ふるり、と気分を切りかえるため首を振った後、
「ぁ~、まだ奥に何かあるみたいだ。なんだこれ?」
「へ?」
部屋の内部を全体的に、見渡した航海士が首を傾げた。その様子にセシルは、素っ頓狂な声と共に顔を上げる。
航海士が近寄って、見上げる物にセシルも視線を這わした。
「これは・・・水槽ってものじゃないの?金魚とか小魚を飼う時に使う、硝子の鉢の・・・それの大きい版?」
セシルが視線を寄越した先。そこには檻が積み上げられた奥をほぼ占領するほどの、大きな硝子の箱が鎮座していた。水槽を眺めてセシルは何故か足がすくんだ。ブルリと体を震わせる。なんだか気温が下がったような気がしてきた・・・。
「にしてもでっかいなー、なんか赤紫のぶよぶよしたのが浮かんでて、もう何が入ってるのか分からないけど」
同時に分かりたくもないけどな・・・。
ルーヴィッヒは水槽の前に佇み、まじまじと“中身”を睨み付ける。
照らされた硝子の向こう側には、赤紫色の液体に、骨がそこかしらに覗いていて、独特の腐臭が漂って来ていて臭い。一通り周囲を見渡して、他に変わったところもないと思い、セシルはルーヴィッヒに声をかけた。
「もう奥には部屋は無いみたいだから、一旦戻りましょうか」
だんだん目も暗闇に慣れて、暗くとも辺りが見渡せるようになってきていた。
底冷えする冷気に、なんだか気味の悪い気配がしたような気がして、セシルが急くように話しかけた。セシルの提案にルーヴィッヒは振り返り、
「そうだな☆じゃぁさっきの広間まで戻って―――、あ、あれ?」
そう言った所で、驚きと慌てた様な様子で首を傾げた。
ルーヴィッヒの背後、その足元に・・・あったのである。アレが。
「どうしました?」
隣にいたセシルも不思議に首を傾げる。
航海士の表情を見れば、眼を見開き、顔全体の筋肉を引き攣らせている。
「いや、セシル・・・ここにさ、さっき(・・・)見た(・・)よう(・・)な(・)首なんて、あったけ?」
「えっ」
掠れた航海士のその一言に、セシルは咄嗟に背後を振り返った。
バッと身を引き向けば、ポツンとあった。
手前の部屋で、嫌と言う程に観て来た男の――――――生首が。
「な、なんでこんなところに」
たしか、こんなのさっきまで背後になかった。
航海士の疑問にセシルは喉を引き攣らせた。
「も、もしかして、棚から一つだけ、転げ落ちてきた・・・とか?」
だがどう考えても、此処まで転げ落ちるにして、不自然すぎる。だって首は、しっかり棚に陳列されていた通りに、行儀よく真直ぐにこちらを向いて在るのだから。
セシルがそう思ったと同時、――――ニヤリ。生首が嗤った。
暗い眼を見開いて。
ギェタギェタギェタギェタッギェタギェタギェタギェタギェタッギェタギェタギェタ!!
ギェタギェタギェタ!!!
「う、うわあああっつ」
あまりの不気味さに反射的にルーヴィッヒが、驚いた声を上げ仰け反った。
その隙を突いて、頭が嗤いながら独りでに動きだし、ルーヴィッヒの喉元に喰らいつこうと、素早い動きで飛び込んできた。セシルは咄嗟に杖を構え叫ぶ。
「ルーヴィッヒさん避けてっ火炎球」
炎の球が生首を飲み込み、航海士の鼻先を掠った。
ギェタギェタギェタ!!!首は嗤いながらビクビクと動きながら壁に衝突する。
「――っ!!」
ダン!!!激しい衝撃音。ゴンッゴロゴロ・・・鈍い音を発て首が炎にまかれ転げ落ちた。
赤き炎にまかれた首は、そのまま檻にぶつかると、完全に動きを止めた。
オオオ―――、オオオオ、オオオオオオン、オオオオオオオオオオオ
オオオオ、オオオオオオン、オオオオオオオオオオオオオオオ、オオオオオオン、オオオオオオオオオオオオオオ―――、オオオオ、オオオオオオン――――――――――――。
不気味な呻き声とも、悲鳴ともつかない叫びが、黒こげになった生首から漏れる。
その様を見届けて、ルーヴィッヒはホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「ひやぁ~危なかった、セシルサンキュー☆」
セシルも息を吐くと、精神を周囲に集中させた。すると明らかに、自分達の他に、何かの気配が部屋全体を行き来し、ザワザワと胸が騒ぐ。
「早く一旦ここから出ましょう、ここはホントに何があってもおかしくない場所、普通の死体が此処の良くない波長によって、集まって不死者の巣窟になっているみたいです。」
「そうだな・・・俺等意外いない筈なのに、変な視線や空気の塊が濃くなってきたみたいだ」
まさか生首が襲ってくるとは思わず、剣も抜く事も忘れていた。ルーヴィッヒは背中にヒヤリと空寒い汗が流れる。先ほどより部屋の温度も急激に下がってきている様な気がする。
ルーヴィッヒとセシルは互いに頷き合い、素早く扉の方へ向かった。
早く此処から出たほうが得策だ―――。
ルーヴィッヒが扉に手をかけ、
「念のため、扉を閉めて」
―――ぼちゃん。
言った途端、水音が背後から聞こえた。
「
ルーヴィッヒさん、いま・・・」
セシルもはっきり聞こえた音に、ハタと体の動きを止めた。ルーヴィッヒを見る。
「セシル、もしかしてさ、これってさ、これって危ない状況?」
ルーヴィッヒも口元を引き攣らせ、セシルを見る。
その体は扉のノブに手をかけたままだ。
ぼたぼたぼた。ずる。びちゃ。ずる。
何かがあきらか、水底から這い出てきたような水滴の音がする。
その何かは、こちらへ向かってゆっくりと進んでくるようである。
「まっさか~そんな状況・・・あるかも。」
「もしかして、もしかしてさー、俺等狙われてるっぽい?」
セシルはギュッと杖を握り臨戦態勢を取る。
ルーヴィッヒも引き攣らせた表情のまま、扉を静かに開けた。いつでも逃げられるようにである。そうこうしている内に、水滴の音は何かが這うような音に代わって、こちらに向かって来ていた。命を喰らい尽くさんとする、暗い死霊の意志が肌に直接伝わり、セシルは怖いと本能的に思った。
ぼたぼたぼた。ずる。びちゃ。ずる。ずる。びちゃ。ずる。ずる。ずる・・・・・・。
「もしかしなくとも、そうじゃないの、背後にもう凄い、腐臭が臭って来てるじゃない」
肉の腐った独特の甘い匂いが鼻腔に入ってくる。口が戦慄いた。
「よーし、せぇので、後ろ振り返って確認しようぜ、な、な、なんか空耳かも知れないし」
全身から鳥肌が吹きだしつつ、どもりながらもルーヴィッヒは腰の剣を抜いた。
・・・・・・。
二人は互いの顔を見合わせ、
『せぇ~のっで―――――――――っ!!!』
同時に勢いよく背後を振り返る。
アアアアアアアア、アアア、アアアアア、アアアアアアアア、アアア
血肉を剥きだしに、黄色い骨が見え隠れする人型。
声ともつかぬ咆哮を上げ、“それ”は爛れた全身に粘ついたゼリー状の何かを纏わせて、セシル達の前まで迫って来ていた。
ジュッ。得体のしれない死体の纏っているブルブルした粘液が、床を僅かに溶かして黒い染みを作る。その途端に、いやな甘い死肉の匂いが立ち込めた。
「うっ」
思わずルーヴィッヒが呻き、身を引く。セシルはそのおぞましい光景に、反射的に化物目掛け光術を放った。
「わぁっあっ―――光の(・)硬球」
杖に備え付けられた水晶の先端から、眩い光の球が勢いよく飛び出す。
光の硬球は動く死体の胴をぶち抜いた。動く死体はシュウシュウと蒸気を出して、真後ろへ倒れた。だがしかし、セシル達がほぅっと息を吐く束の間。
再びピクリと死体が動き出した。ギョッとセシルは眼向く。
「え、うそっ効かない?!」
確かに光術は死体の胴を綺麗にぶち抜いたのに!!セシルは焦り体が震えた。
のたのたと、腕を振り回し、頭を揺らがせながらも、胴部分から蒸気を発しながら、緩慢に起き上ってくる姿が見えた。
「セシルっ走れ!!!」
ルーヴィッヒが叫んだ。共に燭台の灯を起き上った死体目掛け投げつける。
術があまり効かないとすぐさま判断し、セシルの手を取ると元来た部屋を一目散で駆ける。
「何あれっ・・・ゼリーみたいなの?!術が効かないなんて!あんな魔物見た事ないよぅっ」
背後で蠢く死体の雄叫び耳にしながら、セシルが金切声を発した。
「さしずめアレだ!名付けるとしたら『死肉喰い(ル)スライム』だろ!?」
「そんな事言っている場合じゃないでしょ!どうするの!けっこうな速さで追って来てるよ!!」
杖に光を灯し、二人並んで生首部屋を全速力で駆け抜ける。死肉喰い(ル)スライムは、得物を逃がすつもりは毛頭ないらしい。早い動きで、もう二メートル先まで追って来ていた。
「と、とにかく!セシルっ追い着かれないよう、術ぶっ放しながら走るんだ!!広間の扉には閂があるぐらい頑丈だったろ!!そこまで走って扉閉めれば、アイツから逃げられるはずだ!!!」
扉をけ破りながらルーヴィッヒが策を伝えた。転がる様に駆けこんで走り続ける。広く長い廊下に出た。廊下に出れば先ほどの部屋みたいに、障害物となる物は足場にない。
セシルは無言で頷く。すると背にぞわっと悪寒が走った。―――背後にいる!!
「ぎゃああっ!!もう真後ろまできてたっ!光の(・)硬球」
咄嗟に背後を振り向き、走りながら杖を振るう。
寸での所で迫って来ていた、死肉喰いスライムの伸ばされた腕を払い飛ばす。
そして、―――横一閃。
「こんのっ」
掛け声一つ。
ルーヴィッヒが隙を突き、続けざまに死肉喰い(ル)スライムの両脚を薙ぎ払った。
ぐちゃり。ぼたぼたっ。
とても嫌な音が落ち、セシルの目前で真横に死肉がドォッと倒れる。
「脚っぽいものを斬ったから暫く動けないだろっ」
まさに危機一髪だった。
どろりと付着した肉片を、長剣を払いルーヴィッヒは走り出す。
「今の内に急そごうセシル!コイツ、すぐに再生してくるみたいだ、うぇ・・・臭い」
「えぇ」
服の袖で鼻を押さえる航海士に、セシルは頷いて応えた。
セシルもその背に遅れを取るまいと、再び身を翻して駈け出した。
はやく、はやく、なんとかして、広間にっ!
セシルは急く心臓を押さえながら、荒い息で必死に走り続ける。
また遠くの暗闇で死肉の慟哭が聞えてきた。
どうやらもう再生したらしい。
こちらへ向かって迫ってくる、なんとも嫌な音が耳に入ってくる。
はやい!なんとかして撒く手立てはないかと、模索してルーヴィッヒの脳裏に何か閃いた。
「そうだっセシル!光の術であまり効き目がないなら、強めの術でぶっ飛ばせばいいじゃね?!ほ、ほら、あっただろ光の雨とか?!」
「駄目ですよ!あの最上級魔術はっあれは外の太陽光が無いと!それに此処が地下だったら、そんな巨大なチカラ振るえば崩落してどうなるかっ!!それこそ僕等、このまま一緒に死んじゃいますよっ生き埋めですぅうう!!!」
生き埋めにはなりたくない。折角の案に、セシルは半泣きに叫んだ。
「あぁっそっか!くそぉ――――――っ!!!」
ヤケクソな航海士の声が廊下に木霊する。辿り着いた二つ目の扉を乱暴に開け放つ。
二人は薄暗い闇の長い廊下から、広間へ目指し脚を必死に動かす。
アアアアアアアア、アアア~、背後の闇には不気味に蠢く死肉。
捕まれば殺されるっ―――!!セシルの胸に冷たい物が競り上がって恐怖に変わる。
ぜぇはぁっと息を切らし、必死に酸素を求めて開ける口腔に腐臭が掠った。
「うぎゃあああああ早い~っつ!!光の(・)硬球」
大きく振りかぶって杖を振う。光の球が勢いよく、死肉喰い(ル)スライムの片脚を貫いた。
倒れる姿を見届けずに、すぐさま脚を動かして前へ、前へ、無我夢中に動かした。
三つ目の扉を乱暴に開ける。
「もう少しだッ走れぇええ~~~~~~~」
ルーヴィッヒが少し遅れそうになったセシルの腕を掴んで吠えた。
後はもうこの廊下だけだ。この長い道を抜ければ、目的の広間の扉である。
暗闇の先に、明るい希望がチロリと光っている。
「み、みえた!!広間だよ」
息も絶え絶えにセシルが叫ぶ。
灯りの煌々と燈った開け放たれた広間。その広間の先に、セシルとルーヴィッヒにとって見覚えのある、亜麻色の尻尾髪を揺らした青年の背が見えた。
クロウ達が先の通路を探索すれば、地下牢の先は案の定。
フレーク町とは反対側。フルブライト山脈の山小屋の地下に繋がっていた。たいして難なく辿り着けたのもあって、小一時間ほどしか時間は経っていなかった。なので暗号解読組の元へ戻ろうと、クロウ達が元来た道へ帰路に着く予定通りの行動を取った。
『拍子抜けしたなぁ』とルシュカはニコラスと共に、世間話をしながら副船長の背を追って歩を進め、あの夢に出てきそうな程、陰惨な殺戮現場がある部屋まで戻れば―――。
いつになく緊迫した仮面の楽士、それとセシルの叫び声が聞こえて、ルシュカ達は慌てて駆け付けた。一人呆然と立ち尽くしたペルソナから、クロウが事情を聴けば、なにやら『パンツノシミ』だの『ひらけごま』だの、呆れた単語が飛び交って(この際、副船長の米神に青筋が浮かんでいた)、あっ軽い馬鹿にセシルが巻き込まれ、魔法陣から何処かに移動したらしいことが(なんとか脳内を整理して)分かったのが約ニ十分前。
十分待っても戻ってこない二人に、何かあったと察して、急いで魔法陣を発動させてここまで辿り着いたのだった。
(なんでアイツは余計な発想で、現状打破を試みちゃうのかねぇー・・・。)
事情を聴いて世話の掛る相方に思いを馳せ、セシルを憐れに思いながら、ルシュカはたった今着いた、灯りの灯る広間を見渡して溜息を吐いた。
(そして、なんでその現状打破がうまくいっちゃうかねぇー?)
こんな薄気味悪い祭壇の間なんか見つけちまって。ルシュカはへっと鼻を擦る。
開かれたままの頑丈そうな扉は、暗くて先が見えない。
魔術に関して知識がない分、退屈だ。ルシュカは欠伸をしながら、ぶらぶら周囲を見渡す。
己の上司と仮面の楽士は、セシル達が何処に行ったのかなど、話しながら祭壇を調べている。一方、将校は広間を観察して何か唸っていた。
するとその時である。
―――――、――――――っ!!!
――――――――――――――――――――ああああっ!!!!
ルシュカの耳に、聞き覚えのある音が聞こえた。
くるっと、その音のする方へ顔を向ける。
向けた先は、さっきの開かれたままの扉の暗闇だ。ルシュカはスッと青緑の瞳を窄めた。
開かれた濃い闇の先を睨み付ける。淡い光が揺れてこちらへ向かって来ているようだ。
(あの光・・・どっかで)
しばらく様子を窺い、目を凝らし続ければ―――・・・
「あ?なんだぁ・・・彼奴ら」
気の抜けた声で首を傾げる。
ルシュカの瞳に映ったのは、なんだか必死の形相で、こちらに向かって走り寄って来る、セシルとルーヴィッヒ二人の姿だった。
「お~い、ルーヴィッヒ~セシル~、お前等探してたんだぞ~」
手を振って扉をくぐり二人の元へ寄ろうとしたルシュカだったが、
「わぁああああああっルシュカ?!どけどけどっけぇ―――――――いっ」
「いぎゃぁ!こっち来るぅ!!ルシュカさんっどいてぇええええ」
ルーヴィッヒとセシルはそれどころじゃなかった。
金髪碧眼の相方からは蹴りと、少年魔術師から体当たりを同時に喰らって、ルシュカは扉の外へ弾き飛ばされた。ドーンと音がしそうな程、扉の前まで吹っ飛ばされ腰を打つ。
「え、えええええぇぇ~~~~~~~~?!」
ちょっと待てぇいっお前等ぁ~?!訳が分からないと、ルシュカが不満たっぷり起き上る。
人がわざわざ迎えに来たってのにソレちょっとどうなの、ってぇ――――・・・、
「なんだよぉおおおソイツはぁ~?!!ゾンビお化け?!」
ルシュカの情けない悲鳴交じりの声が上がる。
転げるように広間に辿り着いたセシルとルーヴィッヒの背後。
その眼と鼻の先には、ルシュカの見た事ない化け物が迫って来ていた。
「二人トモ!無事だったん・・・ナニアレッ」
「おい・・・っ。何だ、あれは。」
突然、探していた二人と、見た事も無い化け物の出現に、ぎょっと眼を向いて、ペルソナとクロウ、ニコラス将校が駆け寄る。
そんな仲間の問いに、今は応える暇さえない。ルーヴィッヒとセシルは両開きにされた、鉄の扉を急いで閉めにかかる。
「はやく!はやく!」
「だぁあああこの扉、重い~~~」
はやく閉じて、閂を駆けなければ―――っ!!
セシルは重い鉄の扉を押して、必死に閉しめようと踏ん張る。
閉じ終えるまで、あと数センチ・・・。
アアアアアアアア、アアア!!!
べっとりと粘膜を纏わりつかせた腕が、扉の隙間から暴れ回った。
「んぎゃあああああ~っ」
ルシュカの悲鳴がセシル達の背後で上がる。
駄目だ、扉から出てくるっ!セシルは扉から手を放して扉の前に立つ。
ガンッ!!と扉が半分に開いた、その瞬間。
「こんのっ―――喰らえっ光の槍よ!降り注げっ聖者の(・)槍」
最上級はだめでも上級魔術なら・・・セシルは杖を死肉喰い(ル)スライムに鋭く向け叫んだ。
向けた水晶の先から、輝く光が凝縮された聖なる槍が、瞬時に飛び出す。槍は悪しき者の胸に容赦なく突き刺さり、死肉喰い(ル)スライムの体が大きく仰け反って倒れた。
ズシャアァ――――――。
暗い廊下の底に、腐った臭いと肉がぶつかる。
(――今だっ!!)
ルーヴィッヒは扉にさらに力を込め叫ぶ。
「ルシュカ手伝え!扉を閉めるんだ」
「えぇ?お、おおう!!!」
放心状態からルシュカは慌てて起き上る。
視界にまだあの化け物が蠢いたのを見て、急いでルーヴィッヒと共に扉を閉めにかかった。
「わぁっ―――!!早く早くっ閉まってぇ~」
セシルも扉を押す。ペルソナやクロウ、ニコラスも状況を一瞬にして察したのか、三人に手を貸し始めた。
「セシル。そこ代われっ」
「はいっ」
「くっ・・・・・・せぇーのっ!!」
ニコラス将校が扉に全体重をかけた。
迫る死肉の咆哮と牙。ギギギギと錆びた音を出して、両扉が納まる。
「踏ん張っテ!今、アトモウ少しで閂をっ―――――エイッ!」
ガチャン!!重い音と共に、ペルソナがなんとか閂をして扉を完全に閉じた。
ドンッ・・・ドンッ・・・ドン・・・ドン・・・・・・・ッドドッ。
その後続けて扉の向こう側から、ぶつかるような音が響く。
『!?』
その場に居た全員が、扉の前で身構えた。
きっとあの死肉喰い(ル)スライムだろう・・・。
上級魔術も効かないとは、とんでもない相手だ。しかし扉は頑丈にできているようだ。扉を壊してこちらへ向かって来る様子はなさそうである。
「ふぅ~・・・助かった。」
セシルは緊張の糸が切れその場に座り込んだ。
「危機一髪だった」
息を切らして航海士も座り込む。今でもドクドクと心臓が痛い。
そんな二人に、追って来たクロウ達が集まった。
「待っても戻ってこないと思えば・・・。いったい。何があった。」
何かあったのかと様子を見に此処まで来れば突然、魔物から逃げるように転がり込んできた二人に、クロウが険しい眼を向ける。
「いや~それがセンチョー怒らないでくれよな?」
「返答による。」
窺う航海士の声に応える、クロウの低音。腕を組んでスッと眼を細めた背後にはゆらりと、青黒い炎が見えた気がする。
あー、こりゃ絶対何言っても怒られる、とルーヴィッヒとセシルは思った。
ルーヴィッヒとセシルは無言で顔を合わせて頷くと、今度はセシルが口を開いた。
「ルーヴィッヒさんが合言葉を唱えて、ここまで飛ばされて怪しい場所を発見した所までは良かったんですけど、いざ、皆の所へ戻ろうとしたら・・・」
「―――したら?」
クロウの黒曜石の瞳が光り、口元が引き攣る。ヒッとセシルの血の気が失せる。
先を促す低い冷めた声に、たまらずルーヴィッヒが二人の会話に割って入った。
「船長、セシルを怒らないでやってくれよな!今回は俺が悪かったんだから!」
「んなこたぁ。ペルソナから聴いて解りきっている。こんの軽率金髪馬鹿がっ!!」
「あだだだ!!!」
言った途端、クロウの雷とルーヴィッヒの悲鳴が広間に響き渡った。あまりの剣幕に、セシルが眼を瞑って、恐る恐る眼を開けると、見事に拳骨が金髪へ落ちている。
おなじみ船生活での、彼等のいつもの光景・・・。
「それでセシル。どうしたんだ。」
ああ、もうお怒りは収まったのか。素早く軌道修正しにかかる我らが副船長。
感情の起伏を感じさせない、いつもの声音でクロウはセシルの方へ振り返る。
「それがですね、大変申し上げ難いんですが、どうやらこの移動魔法陣は、一方通行のものだったみたいで・・・こっちの魔法陣から元の場所に戻れない事が分かって」
それで皆が来るまで、じっとしておくのも時間の無駄だと思って探索に・・・と。
セシルはもごもごと口ごもりながら、今まで起きた事を皆に説明し始めた。
「えっ・・・それじゃ、俺等あっちに戻ってこれないってこと?!」
一連の事情を聞き終えてルシュカが叫んだ。
「残念ながら」
セシルは眉を寄せ、苦く唇を噛んだ。原因の航海士も乾いた笑顔で頬を掻いている。
「えぇ―――――っ!!それじゃ俺等一生ここから出られないってことになるのか?!」
「すみません、まさかこんな事になるなんて・・・」
狙撃手の非難の声に、申し訳なくてセシルは謝るしかない。
そこへクロウが冷静に、混乱しかけた部下を制止させる。
「いや。尻尾髪。それは無いだろ。一方通行ならば、此処に来る邪教信者が行き来できん、必ずどこかに外に出る出口があるはずだ。セシルも謝んな。オマエが悪いわけではない。」
「あ、それもそうか」
クロウの言葉にハタと我に返るルシュカ。
「ソウソウ・・・セシルが悪いワケジャないヨ」
それに伴って、ペルソナがウサギ人形を以て、セシルの頭を撫で宥めた。
そしてセシルを宥める一方、傍に居たルシュカに『テメッ・・・年下泣かせんじゃねぇよ、このチキンがッ!!』と足払いを掛けるのを忘れずに。
『まぁ、それはルシュカが悪いわな。』
副船長と航海士は、ギャッと叫びながら転ぶ狙撃手を見なかった事にした。
ブラックパール海賊団の仲間達は、いつどんな状況化に置かれても、緊張感がないようだ。
そんな彼らのドタバタ喜劇をひとしきり堪能して、ニコラス将校はクッと笑った後、
「それでどうします?こっちはルーヴィッヒ君とセシル君が調べて、襲われた扉ですよね。未だに扉から衝撃音が聞えますし、此処に留まるのは得策で無い様な気がしますけど。他の場所に繋がりそうな場所に移動した方がよくないですか?」
顎をしゃくって、未だに鈍い音が響く扉を指す。クロウへ金の視線を向けた。
「そうだな。セシル達の話によるとこちらは行き止まりだったようだし。残るは・・・あっちの反対側の扉に行くしかないだろう。」
クロウの言葉に、対の様にまだ開かれていない大きな扉へ、全員が振り向いた。
もう後戻りはできない。退路は絶たれてしまっていた。
「んじゃ、行きますか」
気怠いそうにルシュカが、床から軽やかに起き上る。一同は先に進むべく、未開封の扉の元へ向かった。鉄の扉はやはり高身長クロウより高く、鉄の扉は重そうだった。
ニコラス将校が閂を外して呟く。
「先ほどの化け物騒動しかり、この先、果たして鬼が出るか、蛇が出るか・・・」
「この場合。魔物が出るか、か?」
口元を皮肉に上げて、クロウが扉に手をかけて将校を見る。
それに食えない笑顔付きで将校が肩を竦めた。
「アハハハ~やだなぁクロウさん、冗談ですよ♪」
とっても冗談に聞こえないですけどね、セシルは思ったが敢えて口に出さない。
この将校に言葉で敵おうなど、本能的に無理だと脳内に告げられるので、セシルはとりあえず扉を開けるだけに集中する事にした。余計な事を言わない方が吉だ。
これぞセシル流、賢い世渡りのコツである。
そんな不穏な事を思いつつも、皆で重い鉄の扉を引き開ける事に専念し―――・・・。
セシル達一行はなんとか扉を開ける事に成功。
出口を捜してまた歩き始めた。
オオオ・・・・と死霊の雄叫びが遠くなる。セシルは命の灯を掻っ攫う、底冷えする雄叫びから逃れる為、小走りに杖を握りしめたのだった。
「それにしても、ここは何処なんだかねぇ~」
気の抜けたルシュカの声がセシルの頭上に通り過ぎた。
あれから随分とまた時間が経っているようにセシルは思う。先に進んだ先は、窓も明かりも無い閉塞感と、湿った空気が鼻腔に入る重たい空間が続くばかりである。
広間でまた失敬してきた燭台の灯りと、魔術の生み出した青い炎だけが頼りに歩む薄暗闇の中では、時間の感覚さえ正確に測る事が出来ない。長時間、歩き回っているように思えるが、実際はそんなに時は経っていないのかもしれない。どちらにしても、感覚が奪われる闇に、不安が押し寄せて気持ちだけが焦る。
―――はやく出口を見つけなければと。
だがセシルの気持ちとは反対に、魔物が襲ってこない状況となると、もう緊張も解けてどこまでも続く変化もない神殿の通路に飽きたらしい。
お調子者の大きな独り言が垂れ流された。
「黴臭ぇ通路ばっかりだと、地下なのか、どこかの屋敷の中なのかわかんねぇな。時間も随分たっちまったし、あ~ぁこんな事なら部屋の枕元に開けて、置きっぱなしにしてきたエロ本、棚に戻しとくんだったぁ」
まだその話を引っ張るか、セシルは眉根を寄せ、この年上の青年を軽蔑するよう見上げる。
「ルシュカさん緊張感ないですよね。それにしても、本開けて置きっぱなしにしてたって、部屋出るとき鍵位かけてくるでしょう?普段リオン君が入らない様にとか」
この状況下でそれが心配ってどうなの・・・とセシルが胡乱気に視線を向ける。
ルシュカは鼻とスンと擦ってやや逡巡しながら、気まずそうにボソリと呟く。
「・・・それが、今日に限って鍵掛けるの忘れた」
「馬鹿じゃないの?」
・・・呆れて正直な感想が漏れる。
するとルシュカは、みるみる顔を赤くして、その場で地団駄を踏み始めた。図星である。
「うるさい!うるさい!セシルっおめぇみたいに、俺はガキじゃねぇーんだっつの!いろいろと用事が多いんだよ船の用事がっ」
「あーハイハイ。そうですね」
「ちょ、なんだよセシル!?その投げやりな応えは!!」
「あひゃひゃひゃ~☆ルシュカってば、お・ま・ぬ・け~っ」
「ルーヴィッヒ!バッカ!こぉんのお馬鹿!お前も俺と同室だろーがよ!!」
「え☆俺、見られても困らねぇもん」
「はぁあああ?!お前は良くても俺は困るんだよ!馬鹿っこぉんのお馬鹿!!」
あぁ、なんてアホらしい。
航海士も加わって増々お間抜けな会話が通路を飛び交い始め来た。
付き合ってられないよ、セシルはさっさとその場を離れた。
「放っておいていいんですか?」
ギャンギャン騒ぐお調子者達を背後に、ニコラスが苦笑いで肩を竦める。
「あぁ。うるせぇ馬鹿二人に一々かまってられるか。」
クロウは背後の馬鹿共を黒い視線だけで一瞥。
呆れも混じった冷たい声音でもって颯爽と前を行く。
さくさくと進む闇に溶け込みそうな黒衣の背に、笑顔を絶やさずニコラスも足早について行った。
「それよりも。さきの祭壇の間といい。ここは一昔前の地下墓地か教会の様だな。通路といい、ここの造りが地下牢より宗教色の高い、神殿を思わせる風情のある物ばかりだ。」
まぁここが地下には変わりないが、と落ち着いた声でクロウは呟く。その黒い視線が見渡す先には、壁には祈りの言葉が織り込まれた、綻びが目立つタピストリーが飾られている。
「えぇ、しかもこの広さに、さっきの祭壇の間にあった、壁の装飾品にアマダイン王家の印入りの物あるところを見ると、きっとここは王族に連なる者達が眠る場所でしょうね」
「ふむ。なら・・・ここはまだマライト国内か。」
クロウは一つ頷くと蒼炎を天井へ翳す。
ニコラスが仰ぎ見た天井は高く、所どころ植物の根が罅割れから這い降りて来ていた。
「マライト国はアマダイン王家の居城を基にしているが・・・。王家の墓というものは、公に発表されているものなのか。これは重要文化財物だと思うが?」
「そういえば、アマダインの城や当時の王が建てたエルハラ教会は、マライトで国宝とされていますが、王家の墓は発見されてないですね・・・。あの地下牢もそうでしたが、もし発見されているとすれば、うちの歴史好きの王アレイスター様や考古学者が黙っていないでしょう」
「そうか。ならば此処もしばらくの間だけの、奴らの根城だったようだな。地下牢から此処、失敗作や遺体が放ったらかしの感じを見ると。魔術協会の執行員が動きだしたのを期に、別の場所に鼠は家替えした・・・か。」
フッと鼻で笑うクロウを横でニコラスは怪訝に思う。
魔物討伐はここ平和になった大陸で指折り数える程度のもの。
さてはていったい、このジェーダイトの一風変わった元海佐は、こんな訳のわからない、もしかしたら現役軍人でも、尻込みしてしまいそうな状況化で冷静に闊歩できるのか。
自分でもこんな場所は多少なりとも薄気味悪い憂鬱感や不安感が伴って、現在位置の特定などに気が回らないと言うのに。
ジャパリアの一件で偶然に彼の戦闘能力の高さを直に垣間見て、真実をこの目で見極めようと、もしかしたら今後の出世に役立つかもしれないと下心に。着いて回り観察し、この場慣れした雰囲気を纏った姿を見れば、ニコラスは首を傾げたくなる。
「クロウさんって、私より年上でしたっけ?」
「ん?俺は今二十三だが。」
「ですよねぇ~」
試しに訊けど返ってくる不思議そうな返事は、自分より三つ年下の事実だけ。
魔術師としての経験があるからなのか?とニコラスが思えば、同じ魔術師らしい仮面の楽士やガンダルシアの稀少な少年とも、その纏う空気は違う様な気がする。
戦争経験者だからとも違う、なんと言うかそれ以上に・・・場慣れし過ぎているような。
ちらりと、ニコラスはクロウの瞳を盗み見る。
青い炎が映る闇の瞳には、実年齢とはかけ離れる。老生した何かを極めた気配が窺えた。
冷淡な印象の強い容姿に反して、内面は凝り性で情には熱く。普段の私生活ではわりと、天然なのか手芸好きらしい家庭的で無駄に器用。ともする反面、敵、特に魔物に対する時での、恐ろしいと思う程の無駄のない動き。実年齢とはかけは慣れ過ぎた、人間も魔物も殺し慣れた玄人の様な達観した面。
知れば知るほどニコラスにとってクロウと言う人物は、ちぐはぐ過ぎる存在なのだ。
―――合間見える度に思うけど、ほんと不思議なお人ですよね?クロウさんって。
「なんだ。」
「いいえ~、なんとなーく♪」
いま何気に心の中を読まれた様な気がするっ・・・!!
ギロリと擬音が似合いそうな冷たい眼と声が向けられ、ニコラスはにっこりと微笑で躱す。
ニコラスは内心で冷汗が流れたが、ワザとらしい笑顔で誤魔化した。
そうやって暫く何も無いただ広い通路を渡りきれば、一つの広間に繋がるアーチ状をした入口が口を開けて待っていた。
「ここから。上へ続くらしいな。」
クロウが蒼い灯りを掲げると、セシル達の瞳に映ったのは、アーチ状に掘られた入り口に、階段が上から降りていた。一行が頑丈そうな石造りの階段を上ると、灯りを伴に周囲を見渡しつつ奥に進む。
「これは予想した通り。・・・棺か。」
クロウが呟く。案の定セシルが入った広間、その場所に白い石棺が何列も成して鎮座していた。クロウとニコラスが話していた通り、ここは王族が眠る地下墓地だったのだ。
白い石棺を好奇心に負け眺めるも、早くも腰が引けているのはルシュカだ。
「うへぇ、なんだよ墓場じゃんこれぇ」
そう言って、ルシュカはセシルの背にへばり付いてきた。
「うわぁ~さっきもう散々生首とか見た後なのに、嫌な感じ」
セシルとしても、先ほどの経験から、どうにもこの石棺の中身が動きだしそうな気がして何とも嫌な気分である。
「だな☆動きだしそうだよなァ」
ルーヴィッヒも声音は明るいが、眼が遠い。
ついでに言うなら、セシルの袖をしっかり握り、燭台を持つ手は若干震えている。
・・・・・・。怖くて不気味だからって年下にへばり付くってどうなの?
敢えて口には出さないが。このままだと動くに動けない。
セシルは内心、大きな溜息を吐いた。
なんだか、現状の不安感がこの二人のおかげで、全て消えてしまった。
「ほらほら、二人とも離れて、さっさと行きますよ。船長が先に行っちゃうでしょ?」
せいやっと身を捻り、年上の次男三男を引っぺがして、セシルはスタスタと前進する。
「そ、そんな~っセシル置いてくなよ!」
「あ☆ルシュカ待てよ~~~っ」
情けない声と共に、狙撃手と航海士の背がセシルを追う。セシルはもう次の通路へ差し掛かっている先頭、クロウの元へ辿り着いている。
そしてその様子を一部始終、黙って傍観していた一行の一人はというと、
(ン~?セシルって見た目ニヨラズ、あのお調子馬鹿ヨリ男ノ子っぽい?)
そうやって最後尾の仮面の楽士は密かに首を傾げた。
彼の少年魔術師は基本柔らかい気性だが、こういう所はけっこう淡泊だった。
セシルの元へ走り、またひっつき虫と化した狙撃手と航海士に、今度は杖でセシルが二人の腹を容赦なく突いている光景がペルソナの目前で展開されている。
その杖捌きに一切迷いがない。
懐からハンカチを取り出し、そっと仮面の上から涙をワザとらしく拭き拭き。
(セシルも日頃、あの二人に振り回されてるカラ、どんどん心が強くナッテ・・・ワタシ、嬉しいんだか、哀しいんダカ、フクザツ~フフン♪)
心の声で言うわりには、複雑そうでないペルソナは先に進む皆の背について行った。
そうして一行に緊張感があるのか無いのか、いまいち分からないまま。
出口を求め、数々の通路を探索し続けてしばらく経った頃・・・。
三度、階段を見つけて上った先、難関が立ちはだかっていた。
「駄目ですね、ビクともしません」
ニコラス将校が何の変哲もない扉に寄りかかる。棺が円状に置かれた間から先に進む、その唯一の扉が、どうにもこうにも皆で押せど引けど開かない。
何度試しても、人が変われど、扉はうんともすんとも言わず。扉は押し黙ったまま。
セシル達一行の行く手を塞いでいた。
「どうやら。ここは何かのチカラで封印されているようだな。」
クロウが唸りつつ部屋全体を見渡す。神経を研ぎ澄ませれば、扉から蜘蛛の巣が掛ったように細い糸のチカラが、部屋全体に張り巡らされた気配が微妙に感知できた。
「この糸・・・石棺とか他の置物とかにもかかっていますね」
「気持ちワルイ~」
セシルにもその糸は視え、クロウの隣に立ち天井へ視線を向ける。
「あぁ。扉に鍵穴も魔術文字何も無い所を見ると・・・この部屋に何かしら、封印を解く鍵があるはずだ。」
抑揚の無い説明と共に、クロウもセシルと同じく天を仰ぎ見る。
蜘蛛が出ませんように!!
蜘蛛の巣ように掛る糸に、虫が苦手なセシルは本気で祈った。
「それじゃ、この辺の部屋くまなく探してみましょう」
若干引き吊る表情をしながら、セシルはクロウに振り返る。
「そうだな。オイ。聞いていたか、部屋の探索始めるぞ。」
パンパンと手を打ち、クロウは素早く纏めにかかった。
「へぇ~い」
「了解☆」
「私には、そんな糸全然視えないんですけどねぇ~・・・やはり凄いですね術者って」
ニコラスが肩を竦める。
抑揚の無い声が紡がれると一同は頷き、扉から部屋全体に探索の手を伸ばし始めた。
セシルは杖に光を灯しながら、壁に埋め込まれている歴代の王達だろうか、名前と生没が掘られた石版を眺める。
・・・文字が古すぎて読みにくいけど、別段変わった所はないみたいだ。セシルは石版に手を這わせ、薄緑の瞳を細めチカラの波動を確かめてみたが、たいしたことはなかった。するとそのセシルの背後で、ルシュカの怪訝な声がかけられる。
「ン?何だこの石棺」
「どうしたぁールシュカ?」
セシルと共に傍に居たルーヴィッヒも、ルシュカの方へ振り返る。
見れば尻尾髪の青年は、円状に間隔開けて並べられた石棺のある一つの前で、膝を折って何やら座り込んでいる。セシルとルーヴィッヒは顔を見合わせて傍に寄った。
「いや、ここの石棺だけちょっと蓋がずれて開いてね?」
訝しげに石棺の外壁を指で擦っては、蓋を見比べるルシュカを覗き込む。
「あ、ほんとだ。」
首を傾げられて、セシルも声を漏らした。
その石棺だけ少し、他の石棺と比べて蓋がずれて中が見えていた。でも、なんでこの石棺だけ?ルシュカさんが動かした様子も無いのに・・・?セシルはそのずれた石棺から覗く闇に、すこし違和感がよぎる。何とも言えぬ胸が痞える感じに、セシルは内心一人で首を傾げるが、
「そーいえば☆ここって王族の墓なんだよな!そんならすっごいお宝が一緒に眠ってるかも!!」
「ルーヴィッヒさん、それ立派な墓荒しですよ。昔の人々が亡くなった人を悼んで、供えた物なんだから、相手を想う気持ちそのものを、奪うような事しちゃ駄目ですよ」
すぐに傍に居たルーヴィッヒに意識が持っていかれた。渋い表情でセシルは航海士を睨む。
「えぇ~?でも、もし売って歴史的価値がある物だったら、俺達しばらく資金集めに奮闘しなくて済むぜ?それにこれは墓荒しじゃなくて、“トレジャーハンティング”!」
そう言ってルーヴィッヒは自慢げに胸を張ると、なぁルシュカと相方を振り返る。
「そっ!俺達は立派な“冒険家”さね」
ご指名を受けたルシュカは片目を瞑り、続いて芝居がかった仕草で胸を叩く。
「いや。オマエ等。海賊はどこいった?」
「しかも冒険家って、カッコよく言ってるけど結局は盗人でしょ?」
尽かさず、部屋の隅に居たクロウとセシルの律儀なツッコミが入るが、お調子者二人が素直に受け止めるわけなかった。彼等は悪ノリが大好物なのである。(この場合、海賊にしても盗人だろうと賊には違いないのだが。)
嬉々としてお調子者達がはしゃぎだし始めた。
「いいじゃん☆いいじゃん☆それに封印を解くのに関係あるかもしれないし~」
「もうっそんな事言って、装飾品があるか確かめたいだけでしょ」
「そうだって、そうだって~、固い事いいなさんなよ、よっと!おおっ」
言いながらルシュカが、重い石棺の蓋を開ければ、なんとそこには一人の少女が眠っていた。もう付き合ってられないよ!呆れてセシルは溜息を吐くと、またもクロウのもとへ身を翻す。
「船長、僕もうあの二人の面倒みきれない・・・」
壁を調べていたクロウの袖を引く。
「ほっとけ。ほっとけ。セシル、あんなの相手にしていると。身が持たないぞ。」
「それもそですね・・・、そうします」
しょんぼりしたセシル。クロウはセシルの頭を宥める様に撫でる。
そんな様子をクロウの傍で見ていたニコラスは、
(最近、町の噂でクロウさんがセシル君を、愛玩奴隷にして囲っているとか耳にしてたけど。どうみたってコレは違うよねぇ~・・・だってセシル君、なんだかんだでクロウさんに懐いているっぽいから。)
そもそも、ニコラスが今見る限り、二人共が育児疲れの眼をしている。
(っていうか、そんな暇なさそうなのが哀愁を誘うっていうか・・・アハハ~・・・)
ハンカチを出して涙をぬぐいたい。クロウさん、セシル君、頑張れ!私は、私は、ただ君達を(面白いから)傍観しているだけだけれども!応援しているから!
次男三男に手を焼く二人を余所に、そんな失礼な事を思っているニコラス将校だった。
一方、その次男三男はというと。
「すげーっ!この首飾りの宝石!!でかいっ売ったらいくらになるんだ?」
まるで生きて眠っているかの様な少女の胸元には、赤い宝石が嵌め込まれた首飾りが艶やかに飾られている。
ルシュカの眼は爛々と輝いて、眼前の宝に無意識に手を擦り合わせる。
「お☆お宝発見であります!!」
ルーヴィッヒもウキャキャと、喜びの声を上げた。
赤い宝石は金の台座に、ルシュカの意識を惹き薄明りの中で妖しく光った。宝石の赤は、奥に視線を送り込むほど、上品な真紅の色を覗かせる。
―――欲しい、ルシュカは宝石に引寄せられるよう手を伸ばした。
その時、ルーヴィッヒがハッと何かに気が付いたのか、
「ル、ルシュカ!止めろ」
咄嗟に名を叫び、ルシュカを止めようと肩を掴む。
・・・・・・が、―――ブツリ。
鈍い鎖が切れる音がして、ルシュカの手に首飾りが握り込められた。
ルーヴィッヒの切羽詰まった声に、何事かと傍に居たセシル達は一斉にそちらを振り返る。
赤い宝石はルシュカの掌で、妖艶に煌めく。
「おいルーヴィッヒ、みろよ、この紅玉・・・綺麗だよな」
ルシュカはうっとりと、宝石を灯りに翳して見とれ呟く。どこか恍惚とした笑みを浮かべ、熱っぽい声に、ルーヴィッヒはゾッと全身を震わせた。
「ルシュカ!馬鹿!これは罠だっ」
そして慌ててその宝石を引ったくり、少女の死体へ放り投げた。
「どうしたんですか?」
突然慌てだした航海士と不穏な言葉に、セシルは思わず二人に駆け寄る。
「いきなり何しやがんだよっルーヴィッヒ」
いきなり首飾りを引ったくられたルシュカは憤慨して、ルーヴィッヒに掴みかかろうとする。たがそれは航海士の言葉で遮られた。
「馬鹿野郎!!この死体をよく見て考えろよっなんで何百年もの間、眠っていた遺体が、腐るでもなく綺麗に横たわってんだっ不自然過ぎるだろ~っつ」
叫んだルーヴィッヒの指摘に、聞いていた一同はサッと血の気が引いた。傍に駆け寄ろうとしていたセシルの脚も、気色悪い事実にピタリと動きが止まる。
そうだよ、なんでこんなに、ついさっき眠ったみたいな瑞々しい肌してるのさ・・・おかしいじゃないか。セシルは腹の底から空寒い悪寒に襲われる。
少女が眠る石棺は、セシルの真横にあった。体は硬直し動かない、セシルは眼だけを恐る恐る真横に向ける。
「あっ・・・」
喉が引き攣った。すれば、眠る少女の瞼がうっすらと、ゆっくり持ち上げられている。
「セシル!そこから離れろっ」
クロウが走り叫ぶと同時、ルシュカがセシルの腕を取り咄嗟に石棺の傍から引きはがす。
その時、少女の虚ろな眼が見開いた。
「!!」
カッと開く、作り物めいた腐食していない眼球と眼が合う。そして少女は、ニヤッとセシルを見て嗤ったのだ。罠にかかったな愚か者め、と言う様に。
―――ゆらり。白い豪奢なドレスの袖が、石の箱から立ち上る。少女の金紗な髪が靡いた。
「深淵の闇に集う業の火炎よ。焼き払えっ蒼炎波。」
ゴウッと音を放ち、蒼い火球が少女の腕に爆ぜる。クロウが放った魔術だったが、それは死体の片腕を吹き飛ばすだけの効果だった。
「ッチ。」
動く死体は棺から動き出してセシル達に襲いかかった。
「うぅわぁああっ!」
ブンっと振られた少女の腕を躱し、セシルとルシュカが後ろへ飛び退く。すると少女の目覚めが合図かのように、他の棺桶の蓋がガタガタ揺れだし動く死体、死肉喰い(ル)が這い出てきた。皆、死肉喰い(ル)の出現に、それぞれ剣や杖を構える。
将校とクロウの魔物が出るか、という不吉な予想は当たっていたようだ。
「だあぁあああっこんな事なら部屋の枕元に置きっぱなしにしてきたエロ本、ホントに処分しておくんだったぁ!!俺こんなトコで死にたくなぁ~~~~いっ死んだら俺のコレクション全部バレるぅううう」
死肉喰い(ル)の集団を目の前に、ルシュカが涙ながらに叫んだ。
「あひゃ☆俺は別に困らないけどな~!だって俺、俄然そこかしらに放置派だもん☆」
灯りを持った航海士は、片手で長剣を持ち構えながら部屋の中心に飛び退く。
「私はエドワードの家に預ける派かな!?アリッサに白い眼で見られたくないっ証拠隠滅!!」
扉は未だ封じられたままだ。退路は来た道だけだが、どうせここを突破しないと出口は無い。双剣を抜きニコラスが、迫りくる二体の死肉喰い(ル)の首を刎ねた。
「なんの話してるんですかこんな時にっ!?しかもそれ、完全にエドワードさんに罪なすりつけてますよね?!」
言動がいまいち噛み合わない内容に、こんな時にまだその話題を引っ張るのか?!と、セシルは杖に意識を集中させる。
「だってセシル君!!エドワードが彼女を連れ込んだ時に、うっかり見つかってアイツが彼女にビンタくらうさま見たいんだもん!!アイツがフラれるの絶対面白いと思うんだっ」
「オマエ等。エロ本なんか医学書でことたりるだろう。」
言いながらも死肉喰い(ル)の首を刎ねるが、普通の死肉喰い(ル)とは違うらしい。首を刎ねても体が動き襲ってくる。その数は十体。
ジリジリと間合いを詰めてくる死体に、いつの間にかセシル達は囲まれていた。
「どこの模範解答?!いい加減にエロ本から離れようよ!」
セシルはツッコミを入れつつ光の(・)硬球を放った。
魔術は効くらしい、死肉喰い(ル)一体の腹に当れば、見る間に光る炎にまかれ倒れて行った。肉の焼ける嫌な臭いがする。
「そういうセシルはどうなんだよっお前だって女の子大好きだろうがっ」
青い一閃が貫けば、銀の剣から死肉喰い(ル)は忽ち氷って、ルシュカがそのまま蹴り飛ばす。
「そうだよな☆」
二カッと不敵に笑ったルーヴィッヒは、少女の死体に足払いを掛けていた。
「ぶっぶーっ僕は春画なんか観てません~っ僕は官能小説派ですぅ~~っ!!」
売り言葉に買い言葉。
光の(・)硬球を三連射させつつセシルが暴露すると、刀を振るクロウが片眉を上げボソリと呟いた。
「・・・・・・本当か。」
その表情は無表情にも、”意外だ”とはっきり書いてある。
「いまそんな事言ってる場合じゃないでしょう!!!」
鈴を転がした少女の可愛らしい地声と裏腹に怒気が飛ぶ。
切羽詰まったこの局面で、男共のアホらしい会話に、ペルソナは相当のおかんむりだ。
(――――――――傀儡の(ネッ)糸・第二楽章、銀死の円舞曲――――――――。)
白銀の糸が全ての動く死体を捕えた。仮面の奥でダークブルーの瞳が細く見据える。
ビクビクと糸から逃れようと、死肉は動くが糸は動けば動く程食い込んで離さない。
部屋全体に意識を研ぎ澄まし、異質なチカラの塊を探す。仮面の奥で見据える闇に、一瞬だけ禍々しい赤の異物が光った。
(これで、―――茶番は終り)
スッと細く白い指が空を掻く。朱色の肉が華の如く散る。
(闇は、闇へ還れ。)
ペルソナが糸を一気に引ぬけば、死肉喰い(ル)達の体は白銀の糸から焼かれ、全部肉片となって飛び散った。同時に赤い宝石もセシル達の前で、暴発した様に砕けた。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一同、沈黙。
首を刎ねても動く死肉喰い(ル)を、一瞬にして捕え全滅させた仮面の楽士に、全員の視線が集まった。たいした武器も腕も持っていないが、一番この一行の中で、怒らせて怖いのはこの仮面ではないだろうか。とりあえず、今後はエロ本の話題はしないようにしよう。ブラックパールの青少年達は心に刻み込んだ。ペルソナを怒らせて、あの糸に括られるのだけは御免こうむる。ただの肉片と化した死体を見納めて、海賊団の仲間達は特にそう思った。
「フゥー・・・・・・セシル、ダイジョウブ?」
「う、うん」
ダークスーツの裾を払いながら、首を可愛らしく傾げてセシルを見るペルソナ。何事も無かったかのように振舞うペルソナに、セシルは若干気まずさを感じつつ、頷く事でしかできなかった。そんなセシルの気持ちを知ってか知らずか、ペルソナは仮面の奥で、にこ~っと背景に花が咲き誇る笑みをセシルに向けると、
「サテト、モウ扉の封印は解ケタから、馬鹿な男共は放っておいて急ごうセシル」
と言ってドバターンッ。セシルの手を引いて扉を蹴り開けた。
(ひょ、ひょえぇぇぇぇ~~~っ相当怒ってはるぅ~っ)
セシルは手を繋ぎながらも、仮面の華麗な蹴りに恐ろしさ故、心の中で悲鳴を上げた。
「ハイハイ、イクヨ~♪」
ずるずるずる~・・・と、ペルソナに手を引かれセシルは扉の先へ歩き出す。
「あ、オイ!置いて行くなよ~っ仮面」
「あひゃひゃひゃ☆悪かったって~ペルソナ~」
我に返って呆然としていたルシュカとルーヴィッヒが、ペルソナ達を慌てて追いかける。
「さて、私達も行きますか」
「・・・。」
フフ~ゥ、何はともあれ無事に扉があきましたね。クロウさん?
肩を竦める将校に、クロウは眼を険しく細めるだけだった。
仮面の楽士に放ったらかしにされていた、クロウ達もゾロゾロと後に続く。
この時クロウはこの部屋だけでない、蠢く何かが遠くの方から確実に迫って来ている気配に、刀を鞘に納めず密かに握りしめた。
扉の先は何も無い広い通路だった。
「それよりもペルソナ☆扉の封印って一体なんだったんだ?」
一体、地上への出口はいつ見つかるのか。辟易する気持ちを隠して、ルーヴィッヒは明るくさっきから疑問に思っていた事を投げかける。
「あァ、そのコト?」
先を行くペルソナは、くるりと肩越しにルーヴィッヒに振り返った。
「アレはルシュカ君がもぎ取った首飾りの宝石ダヨ。ココニ術を施したヒトって、ホント捻くれたトラップ仕掛けてクルヨネ~。アラカジメ、棺桶をすこーし開けて置いて、鍵に魅了の術かけて確実ニトル様にシテ、鍵に触れば死体が目覚めるヨウにシテあるんだもの~、デモ残念、魅了術掛ける不自然ナンテ、ワタシぐらいならソンナ陳腐なトラップすぐに見抜けたヨ。」
クスクス嗤いながら説明するペルソナに手を引かれて、セシルは眼を瞬かせた。
「それじゃ油断してる所に、あの死肉喰い(ル)に襲われる様にしてたってこと?!」
「そうイウ事~♪」
歌う様に応えるペルソナに、ルーヴィッヒの笑顔が引き攣った。
「あ~じゃ、こっから先さ出口が見つかっても、そうそう簡単に出してもらえなさそうだな」
「ヤメロよ!この馬鹿ルーヴィッヒ、縁起悪い事ゆーなよ!」
ルシュカの悲痛な絶叫が黴臭い通路に響き渡る。専らこの尻尾髪はゾンビや幽霊に弱い。先の動く死体だけでも、ルシュカにとって結構トラウマものだったのだ。
「ルシュカさん、怖いのは分かるけど、耳に響くんで騒ぐの止めてください」
もとはと言えば、この尻尾髪が遺品を死体からトレジャーハントとかぬかして、迂闊に盗もうとしたのが先のことの発端なわけで・・・。その軽率さに嫌気も混じった。
ピシャリと言い放つセシルに、ルシュカは唾を飛ばしながら毛を逆立てる。
「バッカ、セシル、俺が怖がるかよ!別に、ゾンビが出て来るのが嫌とかじゃなくて、ほ、ほら、アレだっ出口が完全に塞がれたらとか、そういうアレだよ、分かるだろ?!」
「ルシュカさん元気ですよねー」
ニコラス将校の冷やかしの声まで入る。
もうその必死な弁明が、図星だと言っている様なものなのだが。ルシュカは気が付かない。
「あー、ハイハイ。とりあえず、どっちも怖いんですね。分かりました。よ~くわかりましたよ。」
セシルは呆れ半分に、尻尾髪をあしらいにかかった。こういう図星を突いたルシュカを相手にしていると、面倒くさいのだ。海賊生活での経験上、特に心霊体験の場合。
「トカナントカ言ってるト、ホントに出口ミタイだよ?ホラ、あの扉・・・階段の上ニある」
ギャンギャン吼えるルシュカを余所に、ペルソナが奥の通路へ灯りを翳す。彼女もまた面倒くさかったのかもしれない。
「おっホントだ☆」
パチンと指を鳴らす航海士を合図に、セシル達の意識もそちらに向く。
薄暗い通路の突き当りには、天井に続く階段にくり抜くよう、取り付けた四角い扉が見えた。
「やったぜ!これでこっから脱出できる」
「はぁ~やっと外に出られますね」
ルシュカが軽くガッツポーズを取る横で、ニコラスも息を吐いて微笑んだ。
窓もない閉塞感と薄暗い中に長時間いれば、やはり外の解放感が恋しい。
神魔教団のアジトがこんなに酷い場所だと予想も出来なかったけど。
これでひとまずは、無事に手掛りを掴めたかなぁ・・・セシルもホッと息を吐いて胸を撫でる。まだ見ぬ外の景色を各々思い浮かべた。
穏やかにセシル達が通路へ足を進めていると、
「・・・・・・オイ。オマエ等。悠長な事している暇ないぞ。」
突然に最後尾にいたクロウの険しい声が上がった。
えっ?とセシル達、全員が疑問に振り返える。そこにはクロウが背を向け、刀を構えている姿があった。まさか、とセシルが眼を窄める。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ・・・ぐち、ォオオオオ・・・ぐちゃ・・・・・・
オオオオオオ~ン、オオオ、ぐちゃボト、オオオ~・・・
耳を傍当てれば、遠くの方から聴き慣れた、背筋が寒くなる死霊の声と音が伝わってくる。
「どうやら。宝石に触れて目覚めるのは。別に“あの部屋の死肉喰い(ル)だけではなかった”、と言う事だ。」
冷ややかに言いながら、もうクロウは刃の先を地に着け、術の詠唱に入っている。
そのクロウの姿に、セシルは震える声で隣にいるルシュカを見上げた。
実に嫌ァ~な気分がセシル達に襲いかかる。
「そ、それじゃ・・・」
「今まで通った部屋全部の」
此処まで来るのに、通った広間に棺桶はいくつあったけ?軽く数四十棺はなかったか?
顔色が一気に真っ青になりながら、ルシュカもセシルと顔を見合わせた。
言葉に出してしまえば、全身から冷汗が流れだす。
こちらに向かって来ている死霊の数に、セシル達の危険警鐘が脳に鳴り響いた。
「ここは戦うには狭い、先に出口の方へっ!!」
双剣を抜きニコラスが叫んだ。素早くクロウと同じく前衛で構える。
掛け声とほぼ同時に、ルシュカが弾丸のように飛び出し階段を駆け上がった。
ダン!!と肩から助走の勢いをつけて押し上げる。
「駄目だっこの扉、押してもビクともしねぇっ」
「引いても駄目かっ」
ガンガンと何度も押し上げるが、両開きの扉は外へ昇らずビクともしない。ルーヴィッヒが叫んだが、ルシュカが粗末な取手を引いても扉は開く様子はない。ペルソナが慌ててルシュカの傍に寄り、天井に設けられた扉へ意識を集中させる。
「この扉、外カラしか絶対開けられない様ニ、封印されテル!!」
ペルソナの悲壮な声が上がった。
ペルソナが扉に重点的に意識を乗せれば、魔術文字が浮かび上がる。だがそれは、中から絶対開けられないように、と封印を施術した呪いの言葉でもあった。
「あちゃー、俺が予想した通りだったわけか、こりゃまいったぜ☆」
悪い予感ほどよく当たる。絶望的な事実に、ルーヴィッヒは冷汗を浮かべて苦く笑んだ。スルリと腰の剣を抜く。
クロウが睨み付ける先―――。今まで通って来た通路の入口、その暗闇の奥から、赤い複数の眼光と腐臭が微かに漂って来ていた。
「でも、ど、どうにかして封印を解かなきゃっ!」
「ドウにかって、ド、ドウヤッテ?!」
迫って来ている豪奢な服や貴金属を纏った死肉喰い(ル)達と、封じられた扉を交互に見つめてセシルはぐしゃりと頭を掻く。普通の死肉喰い(ル)ならば、動きも緩慢で頭部さえ破壊すれば、中に住み着いた死霊は形を失くし霧散するだろう。
だが今この状況で相手にするは、術を施された死肉喰い(ル)だ。先の罠がいい例に、動きも早くおそらく再生能力もあるのだろう、頭部を切り離した所で体は動く。それを踏まえた上でこんな狭い中、集団で来られれば・・・いくら腕の立つ仲間がいても、こちらの命が無事ではまずない。
ここはなんとしてでも、扉の封印を解いて外に脱出し体勢を立て直さなければ―――っ。
セシルは焦る気持ちで、必死に扉に刻まれた呪いを睨み付ける。
何かないか、何か・・・この封を打ち破る法則を。
背を向ける方向ではクロウが蒼炎波を放っている気配。それとルシュカが、持っていたスリングショットで応戦している音が耳に入ってきている。遠距離で攻撃し叩いて、時間をなんとか稼いでくれているようである。
法則、魔術の法則制、法則制とは基本。では魔術の基本とは―――・・・?
ぐっと握りしめた杖越しに、爪が掌に食い込んで血が流れた。
あ、血が・・・そうだ!!
不意に脳に閃きが走った。
「魔術の基本は術者の“強い意志”なら、あの魔法陣と同じで、この封印術に同等以上の開封のチカラを込めた文字を上書きすれば―――っ」
「あ!ソッカ、その手があったネ!!でも、書くものなんて」
セシルの見出した可能性に、仮面の楽士もハッと手を打つ。だが次の瞬間に、扉に書けるような物が無いと気が付いてまた気落ちする。持っていたウサギの人形もしゅんと項垂れる。そんなペルソナを余所に、
「僕の血で書けばいい!!」
セシルが強く言い放ちながら、持っていた杖を脇に挟むと、懐から持っていた短剣の刃で掌をグッと軽く引き抜く。すると赤い鮮血がポタポタと、セシルの右手から零れた。
「ヒェッ!?セシル手が」
突然のセシルの行動に、ペルソナは素っ頓狂な声を上げた。ぎょっと眼を向く。
しかし、当のセシルは至って落ち着いて扉を見詰めていた。
薄い緑の瞳が、確信を持って封印を睨む。
「体を巡りて命を繋ぐ水、その術者の血こそ、最高のチカラを込められる代物でしょ?開封は僕にまかせて、ペルソナさんはちょっとこの封印のチカラを精神の糸を使って抑える役をお願いします。この封印は凄くチカラが込められているみたいだから」
扉を見据えながらペルソナに強く説明する。いつもの穏やかな雰囲気とは一変して、そこには研ぎ澄まされた強靭な意志が宿っていた。
普段一人が好きな仮面の楽士、その他仲間達もだが、この内気なセシルの危機的状況化に置かれた大胆な行動にたじろぐ部分が多い、なんなのだろうかこのセシルの気白は。だがもとより他に脱出する策は思いつかない。
ペルソナはすぅッと息を吸う。やるっきゃない!意を決し心の中で頷く。
「~~~クロウッ聞いてたヨネ?!開封まで絶対こっちにゾンビが来ないヨウニシテヨネ!!」
背後で応戦している幼馴染に大声を飛ばす。ペルソナは自らの精神と、チカラを練り合わせた傀儡の糸を扉へ放った。
「あぁ。言われなくとも。――黒き刃となり、我に徒なす者を切り裂き走れ!暗黒の(・)闇波動」
詠唱が終わる瞬間に、地に着けたクロウの刀から一直線上に暗い闇の刃が走る。うじゃうじゃと群がり寄る死肉喰い(ル)達の体を、そのまま真っ二つにして吹っ飛ばした。
吹き飛ばされたモノに巻き添えをくらい、傍に居た死肉喰い(ル)数体も後ろへ倒れ込む。
倒れ込んだ死肉喰い(ル)に尽かさず踏み込み、ニコラス将校が四肢を斬り裂く。
うげぇ~っと飛び散った腕が壁にぶつかる様を見届けて、
「あ~結局、こうなる訳ね・・・ま、仕方ねェか」
ルシュカが銀の剣を抜いた。
「あひゃ☆そうそう仕方ないって!」
燭台をペルソナ達が居る隅へ置いた。ルーヴィッヒも懐から拳銃を、左手に剣を同時に抜いて構える。
『こんなところで死んでたまるかよ、まだまだ俺達には成し遂げたい目的がある!!』
ルシュカとルーヴィッヒが同時に吠えた。
「いっくぜぇルーヴィッヒっ」
ルシュカは家宝の剣の柄を握り、意識を剣と同調させる。
ぎゅっと視界が狭くなり、外界の音さえ耳に入らない。心の奥で思い描く、真っ暗な闇にただ輝く大雪原を―――。
すると、ドクンと握る柄が脈打つが如く熱くなった。急激にルシュカを取り巻く空間が、震えて冷気が立ち込め始める。これなら・・・イケるっ!!
氷魔の剣よ!立ちはだかる者を氷塊の地へ叩き伏せろっ氷塊波!
声にならない雄叫びを上げる。両腕で握る柄を大きく地へ振り下ろした。
「ニコラス。一旦退け。」
素早く航海士達の居る場所まで退く。
「えっ?うわ」
大きなチカラの気配に、クロウが前衛に立っていたニコラスの腕を引っ掴んで一気に後ろに下がらせた。その瞬間、凄まじい冷気が吹き込み、吹雪が押し寄せる。
ニコラスが呆然と瞬く間に、通路の床が氷に覆われた。
ビキィ!ビキビキビキィ―――ッ、と音を発てて氷が通路に走るその様は圧倒させられる。
「おっこれは、これは、・・・すごい」
見た事も無いルシュカの攻撃に、感嘆と共に将校は眼を白黒させた。
「ふぅ~これで動きは大方止められたぜ?」
大きく胸を上下させて、ルシュカが銀の剣を肩に担ぐ。青緑の視線の前方には、氷で床と脚を縫い付けられて動けずにいる死肉喰い(ル)達の姿があった。獲物を前に動けずに、悔しそうに唸る死体に、尽かさず航海士が攻撃を仕掛ける。
「ンじゃもう一度、静かにねむっとけって☆」
鋭く碧眼を細め、標準を腐った額に合わせ―――パンッ!!
拳銃の発砲音が放たれて、動く死者の眉間を撃ち抜く。
パンッパンッパンッ!続いて正確にルーヴィッヒは引鉄を引いて、死肉喰い(ル)達を撃ち貫いて行った。頭を撃ち貫かれた死体は、だらしなく氷塊の海へ崩れ落ちる。
「ふぅ~~~っ☆」
硝煙を揺るがせ、航海士が銃口を唇に寄せる。悪戯っぽく笑った。
「深淵に集う業の炎よ。蒼炎波」
続けて詠唱を終えたクロウの魔術が炸裂する。青い火炎は氷の海面を滑る様に放出され、航海士が撃抜けなかった奥の死肉喰い(ル)を一掃。肉を焦がす臭いが鼻に着いた。
チリチリと燃えかすに、青い炎が燻る。その陰からも、次から次へと揺らぐ覚束ない死人の影が表れ始めた。低く唸る声と怪しく赤い光の眼光が増える。
「うへぇ・・・まだ出てくんのかよ?!」
軽くニ十体は倒したはずなのに、ルシュカが嫌そうに額の汗を拭った。
「首を吹っ飛ばすだけじゃ、駄目だし、ホントここの魔物達はタフですよね~」
ニコラス将校も辟易して大げさに肩を竦めた。正直言ってこの狭い場所で不死者との戦闘は、戦況が不利過ぎる。傍にいるクロウ副船長を密かに見やると、恐ろしいぐらい無表情に、術の詠唱をしながら迫って来た魔物を斬り捨てていた。
ニコラスも息を整えるとクロウの後に続いて、襲い来る死者を十字に斬り刻む。
「クロウさん、ここの魔物っていったい何体いるんでしょうね~っ」
「・・・・・・っ。さぁな。」
「!」
普段の彼とは違う、何処か焦ったクロウの気配の返事が来る。
一刻、金の瞳が瞬いた。
扉全体に銀糸を張り巡らせ、ペルソナは息を詰める。
(セシル、まだ・・・)
施された術の力を抑え込む為に、糸を伝い自身のチカラを送り込む。それは術をかけた術者同士との、チカラのぶつけ合いに近い。
ちょっとでも気を抜けばコッチが抑え込まれル―――!!ガクガクと脚が震え。
重い威圧感に潰れそうになって、冷汗が止まらない。ペルソナの喉が引き攣った。
「ごめんっもう少し、あとちょっと頑張ってペルソナさんっ」
背後に立つペルソナに振り返らず声を張り上げた。
(僕はこの扉を開ける、開ける、開ける、開けるっ、今迄の自分のチカラを信じろっこんな事でしか役に立たないだろ!こんな、こんな狂暴なチカラ!!)
全身から絞り出すよう、血にありたっけの自分の思いを注ぎ込む。
階段に膝を付けて、セシルは祈る様に血文字を書きなぐった。
ぐっと、最後の文字を絞り出して、伝う血に濡れた人差し指に委ねる。
「で、できた!これでやっと」
杖を血に濡れた右手と共に握りしめ、ハッと息を吐いた。
遂に魔術文字で記した開封の呪が完成させたのだ。
後は術を発動させるだけっ――と、セシルが杖を構えたその途端。
「ヒャンっ」
バンッ――!と糸が切れた音がセシルを掠め。
ペルソナの体が階段から通路まで、一気に吹き飛ばされた。
「ペルソナさんっ?!」
驚いてセシルが振り返れば、
(ワタシは大丈夫だからセシル、扉をハヤク!!)
慌てて駆け寄って来た航海士に助け起こされながら、ペルソナはセシルを促した。
セシルはバッと通路の奥を一瞥する。するとそこには亡者に押されつつ応戦する、仲間達の姿が目に入った。そうだ、優先して僕が今やるべきことは・・・心の中で呟いて、ぐっとセシルは背筋を伸ばす。そして強く杖を握り込んで扉を睨み付けた。
杖の先端に意識を集中させ、自身の血文字にチカラを共鳴させる。
「体を巡りて命を繋ぐ水、我の血こそ、直ちに我の意志を体現するモノ・・・、血と意志の繋がりにより、廻れ我の力。我に立ちはだかる愚なる意志を討ち滅ぼせ!!開封!」
叫んで杖を扉に突き刺す。血の文字が見る間に白く輝きだし、逆に封印の文字が焦げて剥がれ落ちて行った。
やった、上手くいった!このまま一気に扉を開けて、とセシルが意気込む――――が。
「な、なんで」
焼け落ちて行ったはずの封呪の文字が、再び扉全体に浮かび上がった。
毒々しい赤紫の文字が、白く輝く文字を塗りつぶす。同時に突き刺した杖から、とてつもない重圧のチカラがセシルを襲う。
まずい・・・セシルがそう思った時には遅かった。―――ッドン!!
腹に強烈な一撃が入ったような気がする。
「っぐぅ」
派手な音を発てて、セシルも扉から見えない力で弾き飛ばされる。
「セシルっ」
(ハジカレタッ?!)
思わぬ失敗に二人は青褪めた。
ルーヴィッヒが名を呼び、ペルソナが仮面の奥で愕然とする。
通路の床に叩き伏せられたセシルに、今度はペルソナとルーヴィッヒが駆け寄った。
「大丈夫かセシルっ」
航海士が血相変えてセシルを助け起こす。
軽く眩暈を感じながら、セシルは起き上って扉を見詰めた。圧倒的なチカラに一蹴され、鳩尾が痛い。しかし痛みよりも眼前に晒された現実に愕然とした。乾いた声が漏れる。
「うそ、嘘だよっそんな・・・これは二重封印?!」
なんと、此処に罠を仕掛けた術者の用意周到な事か。封印の呪が一度、解かれたとしても、今度はそれよりもっと強力なチカラを込めた封呪が発動するよう。もとから扉には、二重構造で呪術が掛けられてあったのだ。
「さっきので、殆どチカラを使いきったのに・・・もう一度なんてっ」
悔しさに、セシルが唇噛み締める。
『な、なんだってぇえええ~~っ』
驚愕の事実に、仮面の楽士と航海士の絶叫が同じく木霊した。
倒しても、倒しても、奥の方から押し寄せてくる死肉喰い(ル)。
魔術師二人が扉の解呪に専念するため、応戦している仲間達にも、疲れが見え始めて来た。
一度、足止めの為に床を凍りつけさせるような、大技を使うとどうしても、どっと体が重くなる。
「雹牙撃」
肉が半分剥がれ落ちた首を横一閃に叩き斬る。そのままルシュカの左脇へ伸びた腕を、銀の剣から残像の如く、狼を模した冷気の塊が引きちぎった。
地獄の特訓を日々重ねて、宝剣の力を引き出せるようになったとはいえ、ルシュカはまだまだ宝剣を使いこなせていなかった。
(始めっから気張って氷塊波なんて出さなきゃ良かった。こんなに出て来るんだったら、もっとチカラを抑えた戦法を取るべきだったぜ。)
トホホ・・・と、ルシュカは苦笑い。背にじんわり汗が流れるも、気にしてはいられない。
眼前に迫る大口を開けた動く死体に、ルシュカは剣を突き立てた。
「っぐぅ」
「セシルっ」
塞がれた退路に必死に突破口を開けようと奮闘する仲間の悲鳴が、その時、前衛に立っていたルシュカ達に届いた。背後からの悲鳴にクロウは一瞬、後ろを振り返った。
見ればセシルが、床に叩きつけられた状態で倒れ、ルーヴィッヒやペルソナが駆け寄っている所だった。
どうやら扉の解呪に失敗したらしい。
続いて航海士と仮面の驚愕の声が周囲に響いて来る。
(・・・まずいな。)
内心クロウが呟き。セシル達の気配を気にしながら、襲ってくる死肉喰い(ル)を蹴り飛ばした。よろめく腐肉の四肢を切り離す。
(退路が無い状況。何としてでも。コイツ等を此処で殲滅するしか方法がないか・・・。)
だがクロウが扉の方―――、セシル達に気を配っていた一瞬。
一瞬の隙に子供の姿をした死肉喰い(ル)が、他の死肉喰い(ル)の影から弾丸の様に飛び出して来た。爛々と見開かれた赤い瞳を灯し、物凄い握力で背後からしがみ付いて、クロウの左肩に噛みつく。火傷のように皮膚が破けた感覚がクロウを襲う。咄嗟に左手で握っていた愛刀が、離れそうになり強く握り返した。
「ぐっ―――ッチ。」
舌打ちと共にしがみ付く死体のボロ服を掴んで、クロウはぐっと前のめりに勢いをつける。そしてそのまま、自身の肩から一緒に死肉喰い(ル)を床に叩き付けた。
鈍い音がして、小さな体の首がグニャッと歪む。荒いが背負い投げというヤツだ。
「船長っ」
名を呼んでルシュカが即座にクロウの前に立つ。そして迫って来ていた死者を斬り伏せた。
「騒ぐな。噛まれただけだっよそ見してる暇ない。来るぞ・・・」
即座に刀を握り直し、クロウが荒い息のまま詠唱に入った。阿吽の呼吸で負傷したクロウをフォローに回る、ニコラス将校が倒れ伏した死者を越えて群がって迫る死肉喰い(ル)へ、一心不乱に双剣を振るった。ルシュカもすぐに戦闘に加わる。
「深淵の闇に集う・・・業の火炎・・よ。焼き・払え・・・うっ」
蒼炎波を放とうと、詠唱に意識を集中させるが、突如クロウの視界が歪んだ。
ぐらりと、ぼやけては霞んでくる視界に、頭には鈍痛。
さっき噛まれた肩かっ―――。ハッとしてクロウは己の肩に手を当てた。死肉喰い(ル)には相手を狩る為に痺れ毒を持つ者が居る。左腕はもう殆ど痺れて動かない。ドクドクと火傷の様な熱が、鈍痛と共にクロウの体、左肩を中心に襲ってきた。
「クッソ・・・。こんな時にっ」
滲み出る汗が額を伝って玉になった地に落ちる。動かさなければ、死ぬ。なんとか気力で術を発動させようと振り絞るが、気が付けば蹲って片膝を突いていた。
そこへ二人分の足音が横を通り過ぎた。
「傀儡の(ネッ)糸・第一楽章、線殺の舞踏!」
「ニコラス伏せろっ」
青白い糸が腐肉の四肢を括り切断する。掛け声と共に将校が屈めば、跳びかからんとしていた幼い死体が、発砲した弾に吹き飛んだ。先ほどまで後衛に解呪を手伝っていた、仮面の楽士と航海士である。
(クロウッ大丈夫?!)
地に蹲った幼馴染に駆け寄って、ペルソナは慌てて心の声をかける。
屈指の戦闘能力と経験を併せ持つクロウの、明らかに疲弊しきった姿に、ペルソナは眼を見開く。クロウの瞳は焦点が定まらず、汗が噴き出し身体が震えて痙攣していた。
「・・・仮面か。セシルは・・・扉はどうなった。」
焦点がぶれる黒い視線が、なんとかペルソナを捉えて呻く。
(セシルハ、まだ扉の解呪に。・・・デモ、ハッキリ言って絶望的。状況を考えて、死肉喰い(ル)を相手にする事ガ得策ダッテセシルが、だから加勢にキタノ)
現状報告を、と請われるままに説明してペルソナは一つ言葉を区切った。
此処から脱出できないと言う事、それはもし死肉喰い(ル)達を殲滅させても、死を意味している。重い現実にペルソナは、唾を飲み込んで先を続ける。
(ホントにダメなら、こっちで戦うッテ・・・ソレで)
術は使えないだろうが皆と死ぬまで戦うと。ペルソナが言葉を紡ごうとすれば、意外なほどクロウの纏う気配がふと凪いだ。
「仮面。―――なら、アイツはまだ諦めてないんだな。」
(え?ゥ、うん)
静かに、しかし一塁の望みが見つかったとでも云う様な。
そんな声音にペルソナは怪訝に頷く。
「わかった。」
ふと息を吐き、クロウが目を伏せる。それはペルソナが瞬きの間、刹那の時間だったが、クロウが覚悟を決めるのに十分だった。
「ならば。オイ。オマエの糸で俺の体を括れ。」
クロウは再び双眼を開け、幼馴染を見る。
「えッ・・・?!」
突然、突拍子もないクロウの言葉に、口から疑問の声が吐いた。
「死肉喰い(ル)の毒で体が思う様に動かん。傀儡の糸は対象者を人形として操る事が基本だろ。オマエ、城でもあの逃亡犯捕まえるのに、甲冑の置物を動かしてただろーが。それを俺に使え。オマエが俺を操って戦わせろ。永い付き合いのオマエと俺ならできるんだろ。」
体の震えは止まらず、息も若干荒いが、それでもクロウはニヤリと笑う。
その不敵な笑みにペルソナは仮面の奥で眼を細める。
まるでクロウの心情を見定めるかの如く。
「できるケド・・・デモ、クロウの体に負荷が掛るヨ。毒ガマワッテ来てイるなら」
言いよどむペルソナに、尚もクロウは強く言い放った。
「アイツが諦めてないなら、俺も諦められねぇよ。」
震える腕で刀を鞘に納め、右手が付かを再び掴む。
そして、ゆっくり、刀身を鞘から引き抜いた。刀の刃は既に刃綻びが酷いが、鈍く光る刃は決して折れていなかった。
「ソッカ、ならショウガナイね」
呆れた、と肩を竦めながらもペルソナは、誇らしげにクスッと微笑む。
クロウが言う“アイツ”とは絶対にセシルだろう。
ペルソナはクロウの決意に、応える代わりに両手を翳す。
(―――傀儡の(ネッ)糸・終楽章、荒闘無憩な(・)人形劇――――。)
指輪を嵌めた両手の指から、常人には視えぬ傀儡の(ネッ)糸がクロウの体を捕える。
これぞ傀儡の魔術師の十八番、対象物を意のままに操り、身体の自由を奪う。
ペルソナ自身が編み出した秘術。
(イイネ、クロウ・・・私の意識と上手く調性トッテヨ)
この糸に括られれば、相手の表層意識に自身の意識を添付させられ、並みの意志の持ち主じゃない限り、自らこの傀儡の(ネッ)糸を断ち切る事は出来ない。
意志の強いクロウなどには、普段効果は無いのだが・・・、今回ばかりはクロウからの意志もあり上手くいくだろう。だがクロウの意志がちょっとでも、ペルソナのチカラに背く事があれば糸は切れる。なまじ強固な意志があるが故、操り難いのだ。
「わかっている。早くしろ。」
(もうッヒトの気も知らないでっ)
ぶっきらぼうに放たれる言葉に、プクっと頬を膨らませるペルソナ。
仮面の楽士はそれでもスッと息を整えると、糸を張り巡らせた。その途端、クロウの腕、脚、首、指の先まで至る所に、無数の細い糸が括られる感覚に包まれる。
(サァ、現実味も無く、血生臭い)
痺れに震えていた脚が、腕が、上体が、クロウに意に反して立ち上がる。
意識は完全に幼馴染の仮面に委ねた。クロウは一呼吸ついて、前を見据える。
(人形よ踊れッ・・・狂奏の人形劇の始まりダッ――――!!)
傀儡の魔術師ペルソナが、糸を巧みに手繰り寄せ弾いた。
その途端、クロウが刀を握り駈け出す。体中を巡る鈍痛や怠さもお構いなしに、ペルソナの思うが儘、縦横無尽に体を使いクロウに刀を振るわせる。
今迄、応戦していた航海士や狙撃手、将校に加わって、クロウは未だ群れる死者に斬り込んで行った。
この頑固で人付き合いに不器用な幼馴染は知っているのだろうか、こちらにペルソナ達が援護へ向かう際、セシルが自分に伝えた言葉を。
自分の操り糸に、括られて戦うクロウを視界に納め、ペルソナは微笑む。
もう死肉喰い(ル)達を全員で全滅させるしか、誰かが生き残れる道は無い。そんな判断を下した航海士に、セシルは言ったのだ、ペルソナ達に。
「僕はそれでもこっちで戦います。諦めちゃ駄目なんです、必ず退路を作る。だから、だから・・・こっちは僕に任せて二人とも行ってください。それに、船長達が諦めてないなら、僕も諦められません。」
そうやって強い口調で、セシルもクロウと同じ想いを。
そのセシルの薄い瞳には、いつになく鋭い刃が隠されていた。
傍に居たルーヴィッヒも、その瞳に内心たじろいでいたのを、ペルソナは知っている。
(ホント、妬けちゃうほど二人共、根っ子のトコロは似てるんだから)
クスクスと心の底から微笑む。どんなに追い詰められた状況下でも、あの言葉だけで、何故か逆転できるような気持ちなる。
仮面の奥で隠した笑みを、ペルソナは“全員で生きて帰る”希望に変えた。
自分に任せてと啖呵をきったものの・・・。
正直、扉に施された大きなチカラの差に、尻込みしそうになる。
仮面の楽士と航海士の後ろ姿を目にしながら、セシルはぎゅっと杖を握り込んだ。
眼の前にはさらに封印が強化された呪が、赤紫色に禍々しく浮かび上がって、セシルの精神を威圧する。
「開封の・・・・・・うっ」
もう一度と、血を滴らせた手を翳せば、頭と肺に重く圧し掛かる圧迫感に息が詰まって、術が上手く集中できない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!!さっきの要領では、この扉を開ける事は出来ない。力量の差と経験を見せつけられた様な気がする。
逃げ出したいと思っちゃいけないのに、脚が震えて来た。絶望感が押し寄せてきた。
実は言うと、地下牢からずっと光の術を行使していたのと、墓地に飛ばされてからの魔物との戦闘とで、術を執行するチカラが本当の本当に、極わずかしか残ってない。
このままでは、本当にみんな死肉喰い(ル)に襲われて死んでしまう。
だけど、もう、チカラも脱出の手立ても両方ない。
“諦めるの?”
―――僕の心の中で、僕が僕に囁く。
“諦めて皆と一緒に、勝ち目なく戦って死に逝くの?―――・・・”
それだけは、それだけは、嫌だ。
“何故?僕は十分頑張ったよね?”
みんなまだ戦っているのに、神魔教団ができたのは、昔の僕の所為なのにっ
そうだよ、頑張った?頑張ったてなにさ。僕はそんな生き方、望んでない。
“―――君の生き方って何?”
心の深い見向きもしなかった場所で、僕が僕を摑まえる。
もう一回、背後を振り返る。すると自分が必死に封印を解くのを信じて、時間を稼ぎ、戦っている仲間達の背が瞳に映った。
初めて出来た、自分の魔物に好かれる体質にも臆することなく、接してくれた人たち。
屈託なく些細な冗談で、笑ったり、怒ったりできる、そんな。
家族や隣のあんちゃんとも違う。友達と言い切るのも少し違う、年齢も国も身分も全然違って、文化も違う他人の集団、でも一緒に居れば家族の様に温かい。そんな。
「そんな、大切な“仲間”を・・・仲間の意志を裏切るようなんてこと・・・」
沸々と心の中で、自分自身に怒りが込み上げてくる。
あぁ、なんて愚かな自問自答。大切なヒトと、自分の事を秤にかけて。
どっちを取るかだなんて、本当に大切なら、後悔するなら―――。後悔なんてしたくない。
「できるわけない!」
これが僕の生き方だ――っなにがなんでも諦めない。諦めて堪るか。僕のチカラを総動員して、みんなを外に出すんだからっ!!叱責するよう叫んだ。
「何か別の方法は無いか、方法は・・・」
扉に掛けられた封呪の威圧感に、負けじと震える脚を踏ん張った。じくじくと痛む右手に杖を持ち替え、扉を睨んだ。息を吸い込んでまずは頭を一回空にする。
考えろ。思考を停めるな。
(まずは、この現状を再確認――。)
扉の封印は“内側”こちら側からでは、絶対に封印は解けない様にされている。
封印はさらに強固なチカラで、今のセシルでは太刀打ちできない。
扉に繋がる階段、その他、外壁に魔術が掛けられている波動は伝わらない。
(じゃぁ、この扉を無理に開ける方法意外で脱出する方法を考えるとすれば・・・、もう頭上は何かしら外に出られる空間がある訳だから・・・重力と大地の力を使ってゴリ押しで出口を作る?いや、それじゃ、僕らが生き埋めになる確率が高いならば)
他になにがあるか、くるりと通路と階段、扉を見比べる。
外の空間へこちら側から、チカラで外に別の出口は無理。
扉の封印は“内側”こちら側からでは、こちら側?
セシルはその単語にハタと眼を見開いた。
そうだ、そうだよ・・・そもそも、内側から解こうとするからダメだったんだ!!
「そうだよ!遠隔魔術!遠隔魔術だよ!!この扉の外から、チカラをぶつければ簡単にこの扉は開くんだっなんたってこの扉は“外側”から絶対開かないなんて術は施されていないんだから・・・っ!!」
一瞬にして脳内で、難しかったパズルが解けて行く。
遠隔術とはその名称通り、術執行者が離れた場所に術を執行させる上級魔術の事である。
「このトラップ見破ったり」
セシルの口元がニヤリと上がった。
最初から地下牢の幻影術や移動魔法陣の合言葉から、かなり捻くれた罠を仕掛けてくるあたり、仕掛けた実力ある魔術師は相当性格がひん曲がっていると思っていたが。
「僕の方が上だったね!」
性格のひん曲がり方は、自分の方が上だったようだ。
くすっと笑みを漏らして、セシルは杖を扉前に翳す。もう何も怖くなかった。
意識を集中するのは杖の先端じゃなく、―――扉の外。
薄緑の瞳を伏せる。視界が暗くなっても、封印の呪いの言葉は眼前に立ちはだかって浮かんで視えた。
(でも、相手をするのは正面からじゃない)
意識をもっとその向こう側、扉を隔てた頭上へ。頭上へ。意識を凝らす。
色鮮やかなステンド硝子の光と、蝋燭の炎が脳に掠ってよぎる。大きなドーム状の星が描かれた美しい蒼い天井。創造神の祭壇。コレが向こう側・・・外か。
(この扉の外側ならば、僕の味方になるモノは揃っている。)
これなら初級と中級魔術で事足りる。セシルはふぅーっと息を吐きだし、肩の力を抜いた。
「地を這い、我に立ちはだかる愚者を焼き滅ぼせ・・・」
凛とした声音が降りる。その刹那、風も無い筈の通路に藍色の長衣がふわりと舞った。
『封印の地下墓地』終




