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船長と私。  作者: 御影 優一
誇り高き緑の騎士
38/50

迷宮の地下牢

迷宮(メビウス)地下(ダンジョ)()


王都に人工的に造られた魔物。

何故、魔物除けに結界が張り巡らされた都に、どうやって?

合成(キメ)()を生み出す為の魔物を、都に入れられる事が出来たんだろう・・・。

セシルはクロウの推理に、疑問がよぎると空を見上げた。

「あれ?」

不自然な空に思わず声が漏れる。

「どうした。」

教会の鐘が鳴り響く、クロウが町へ戻ろうと進めた脚を止め振り返った。クロウの隣に立つペルソナも、不思議そうに首をコテっと捻ってセシルの方へ向き直る。

そんな二人の視線が向けられるも目もくれず、セシルの薄緑の瞳は、目の前に広がる不自然な空へ釘つけになっていた。

「なんか・・・変。空が硝子にヒビが走ったみたいに、こっちの森から亀裂が入って視える。」

澄み切った雪で高められた大気。張りつめた冷たい青空・・・普通の人間が見る分には、何の変哲もない空だが・・・。セシルの薄い瞳には、その空が青い鏡の様に映っていた。

冷たさを感じさせる鏡面は、セシルが立つ場所より東、フルブライト山脈手前に鎮座する森林、その奥からフレーク町、王都カイトグリオまで一直線に亀裂が走っている。

その様子は、今にも鏡面が割れ、破片が空から落ちてきそうな雰囲気だ。

ずっと魅入られたかのよう、見つめ続けると、胸の奥がざわめく。

「あっ・・・。気持ち悪い、何アレ、町の結界に被さって嫌な感じ」

ぐにゃり。景色が歪む。雪の白と青、それと見え隠れする影の黒さ、それらがまぜこぜになって廻る。セシルは視界の歪みに酔ってその場に蹲った。

「セシル?!」

(ダイジョウブ?)

慌ててクロウとペルソナはセシルに駆け寄る。

「二人とも、空が何だか変だよ。あっちの森深くから王都まで、物凄く太い亀裂が走ってて、気持ち悪い。やっぱりここ、何かあるかも・・・」

『・・・森?』

やや青ざめた顔で訴えるセシル。咄嗟にクロウとペルソナは顔を見合わせた。

その丁度、その時である。クロウ達が嫌と言う程、聴き慣れ親しんだ声が響いて来たのは。

「お―――いっセンチョー、セシルゥー、ペルソナァ~~~~☆☆☆」

雪に埋もれそうなフレークの街並みから、あっ軽い声と金髪が近付いてくる。


『なんでオマエがここにいる?!』


思わずクロウ達の心が同調した。

『ル』の付くお騒がせよ・・・どうしてここに。

お荷物と子守りはこりごりだと内緒で来たのに?!クロウは少し泣きたくなった。

そして、このご陽気航海士がここに居ると言う事は当然、その相方『ル』の付く馬鹿も一緒の可能性は大いにあるわけで。

「おいっルーヴィッヒちょっと待てよ!いきなり走り出すなっつうの~~~!!!」

「わ~いらっしゃった!いらっしゃった!クロウさーん、セシルさーん、ペルソナさーん♪」

うんざりする気持ちが三人を襲う。

あぁ・・・予想を裏切らない。

ルシュカとオマケに軍服姿のニコラス将校まで姿が目に入った。

気分は急降下。

その時、クロウ達の心情を表すならば、その一言に限ると言えよう。

セシル達の気分が駄々下がる空気の中、町から走り寄って来た航海士はお決まりの如く。

「センチョ~~~抱いてぇ~~~~ぇええ☆」

ぴょーんと、クロウめがけ飛びついてきた。

クロウは己を目掛けて突っ込んでくる馬鹿の腕を、がっしり掴む。

「これで頭冷やせっこのあっ軽い馬鹿がぁああ――――――っ!!」

これまた遠心力を付けさせて、金髪馬鹿を雪原へと放り投げた。

「あっひゃぁ~~~~~~~☆ぶふっー・・・・・・。」

ルーヴィッヒは美しい弧を描き、深い雪原へ頭からダイブ。

ぜぇ、はぁ・・・と息を切らす副船長クロウ。

その背にセシルは『お疲れ様』と密かに十字を切った。ペルソナも今回ばかりは、クロウの味方のようで、同じく両手を組んで幼馴染に祝福の祈りを捧げている。

―――この時、ルーヴィッヒへの心配は三人には無い。

(日頃の報いの為)当然である。


「あー、またこりゃ派手に突っ込んだな」

「皆さん、ご機嫌いかがですか―――?」

暫くすると、ルシュカとニコラス将校がクロウ達の元へ辿り着いた。

「ニコラス将校。どうしてここに。」

「いやぁ~あはは、昨日に魔術協会の方から連絡が入りまして♪クロウさん達に討伐事件での書類を見せたとお聞きしたものですから。私も、ほら?一応この件に関しての依頼主ですし、今朝に協会の方へ問い合わせて、クロウさん達のお手伝いをと、思いましてね♪」

悪戯っこの笑みを向ける将校に、続けてルシュカも口を開いた。

「その途中で俺等を拾ってくれたんだよなー」

「そうそう☆」

もう復活したのか。あっ軽い航海士も笑顔で頷く。

「ほぉーう。」

なんだ。この頭痛がする展開は。将校って意外と暇なのか?

クロウは半眼で、ニコラスを睨む。

「だって偶然(・・)、港の方へ寄れば、ルーヴィッヒさんとルシュカさんが退屈そうにしていらしたんで~~~、つい、ね♪」

協会はたしか王都に在る筈で、王都から港まで町一つ隔てるのに・・・其れを敢えて“偶然”とのたまうとは。いい根性だ。

セシルはつい、じと眼でニコラス将校を見てしまった。(話を聞いたペルソナは、ルシュカに足払いを掛けていたが、助ける気はさらさら起きない。)その視線の先には、クロウが腕を組んで、将校と面倒臭そうに向かい合っている。

「それで、なにかありましたか?」

クロウの眉間の皺も気にせず、ニコラスは笑顔で問いかける。さすが突風夫婦の夫。図太い神経の持ち主である。

「あぁ。それなんだが・・・」

ここまで来たからには、退かんだろうことは確か。クロウは観念してここまでの詳細を、新たに加わった三人に話し出した・・・。

「それで僕、気分が悪くなって」

「おいおい、大丈夫かよ」

一抹の状況説明をクロウが話終えて、セシルがそう付け加えるとルシュカが表情を曇らせた。セシルは大丈夫だと、こっくり頷くと森の奥へと指をさす。

「あっちの森辺りの上空から、ずっと王都まで一直線にヒビが入っているように視えるんです。」

「セシル君、それは今でも?」

「はい、おまけに森の奥の方、あっちの方を視ているとなんだか、胸騒ぎがして」

ニコラス将校の金の視線が、森へと移り、すっと森の奥を窺う様、細められた。

「クロウ・・・セシルが言う方角あやしいよネ?」

「あぁ。セシル。すまんがその森。亀裂が生じている部分まで案内してくれるか。」

カエル人形越しに、確認を取るペルソナにクロウも頷く。

二人の視線にセシルは、白い息を吐きだして

「任せてください」

強く頷いて森へと歩を進めた。




セシルは林から森の奥へと先頭になり脚を進める。

集まった一行は森に入り寒いながらも再度、周辺を探索することになった。

元より自分で言い出した事だ。

なんとしても、手掛りになる様な何かを見つけないと・・・!

寒いけど頑張らなくっちゃ!

雪を被り込んだ森林を掻き分けて、目的の場所。

亀裂の生じている空の真下辺りまで来れば、セシル達は何か怪しい物がないかそれぞれ探し出し始める。

「んーっと、何か原因になるような物・・・もの・・・」

冷たい森の中で、草叢をセシルは持っていた杖で掻き分ける。ガンダルシアでは冬は実質、大陸の気候に比べると秋に近く、こんな雪の降る外気は、生まれながらガンダルシア人のセシルには堪えた。とてもじゃないが、素手で茂みを掻き分ける勇気がない。

はぁ、魔術協会に行くからって杖を持って来ていた良かった。セシルはガサゴソと、杖に頼って草叢を掻き回した。

そのすぐ傍では、意気揚々にルーヴィッヒが素手で、地面の雪を掻きだしている。

彼のご陽気航海士は、先ほど大きな雪だるまを作って、クロウに怒られたばかりだ。

セシルとは違ってこちらは無駄に元気であった。

「なぁ☆なぁ☆セシル!これってさ、あやしくねぇ?!」

そんな元気有り余るルーヴィッヒ航海長が、ふいにセシルの方へすっ飛んできた。

「なんです?ルーヴィッヒさん、さっきみたいに雪だるま作ってるんじゃないですよね?」

あきらか僕より薄着なのに、なんでそんなに元気なの?半ば呆れてセシルが振り向けば。

「なにこれ・・・扉?」

「な!これさチョ~あやしいよな☆」

航海士が掘っていた雪の中。大きな雪だるまの横、雪が取り除かれた地面には、人が入れる程の鉄の扉が重厚に鎮座していた。

「なんかさぁ~こう地面に何かあるかもって雪掻きしてたら、見っけたんだよ☆すごくね!」

赤くなった鼻先を擦りながら、ルーヴィッヒは自慢げに胸を張る。

「いや、あきらか雪だるまをまた作ろうとしていた形跡があるんだけど。地面に何かあるかもって・・・偶然の産物だよね?このさっきより大きな雪玉はどう説明するの・・・まぁ、怪しいけど」

死んだ魚の様な瞳をしてセシルは、鉄の扉を見る。その横には、副船長が怒りに任せて真っ二つ叩き割った雪だるまの上に、また新たに大きな雪玉が置かれている。

どう観察しても、これは航海士の悪戯心が引き起こした、偶然の産物であることが分かる。・・・だからって、こうまで怪しい扉を直ぐに見つけられるのも凄いけど。

セシルは瞳を輝かせて小躍りしている航海士を、溜息を吐きながら眺める。

雪玉の存在を見つけて、ルーヴィッヒがクロウにまた怒られる事を決定事項に、念頭に置いてセシルはとりあえず皆を呼ぶ事にした。そして―――・・・

「ルーヴィッヒィ――――ッ!!またかこのあっ軽い頭がぁっ」

ドゴンッ!

「あだぁあああああ☆」

静かな白い森に、怒号と衝撃、それと航海士の悲鳴が上がったのだった。


予想通りの説教タイムを終え。

セシルが散らばった皆を呼ぶ声で、一行は扉を囲む形ですぐにセシル達の元へ集まった。

「あきらかに、怪しいですね」

ニコラス将校が唸る。

町から離れたこんな森の奥に、しかも周囲には山小屋さえない状況で、地面に張り付けられた扉はいかにも不可解で不自然であった。

「ふむ。何があるかわらんが・・・。入ってみるか?」

「そうですね、ここまで来たんだし」

クロウの確認にセシルはそう応える。ペルソナもセシルと同時に静かに頷いた。

寒さも体を動かす内に、だいぶ慣れた。ここまで来て引き返す気も起きない。

「じゃ、一応、同意は得られたんだ、開けるぜ」

皆を一瞥したルシュカが、青緑の片目を瞑ってウインクすると、鉄の扉の閂に手をかけた。

「お、おもっ」

手慣れた手つきで、やや錆びた閂を引き抜くと、重そうな音が地に落ちた。固唾を呑んで皆が見守る中、ルシュカは一息吐くと続けていっきに鉄の扉を開ける。

「うわっ」

思わずセシルが声を上げた。扉を開けた地下へと続く入り口は、不気味なほど真っ暗で静かだった。そこへクロウが手を翳す。

「空気の流れはあるようだな。」

雪で濡らした手に、風が流れてくるのが伝わる。

「とりあえず、窒息しなのは分かりましたね」

ニコラス将校が懐からマッチを取り出し、火を着けた。真っ暗な入り口に翳すと、石造りの階段が照らし出される。仄暗い地下への入り口が、いっそう不気味に見える。

まるで獲物を今か今かと待ち受けている、怪物の口の様だ。

「でも空気の流れがあるなら、一体どこに繋がっているんでしょうね、これ」

マッチの火を翳して、将校が肩を竦める。

「さぁな。それをこれから確かめるんだろ。」

無表情にそう言って、クロウは手の平に青い炎を浮き上がらせる。これは闇に属する冥界の炎だ。青白い炎の球は、ゆらゆら揺れて地下の闇を照らし、セシル達を冥界にある地獄へ誘いう案内の灯のように煌めいた。

セシル達は未知なる、地下への不安にごくりと生唾を飲んだ。

「行くぞ。」

手の平に炎を携え、クロウはぶっきらぼうに言うと、地下へ降りって行く。

するり、闇の中に漆黒の副船長は溶け込み、滑る様に先へ進んでゆくと、すぐに見えなくなった。

「わぁ~☆まって船長!」

「おいっルーヴィッヒ!俺を置いてくなよな」

置いて行かれまいと、お調子者達がバタバタとクロウを追って後に続く。その二人の様子に、やや緊張感の欠けた将校が、

「やれやれ、全くつれない人ですね、それじゃ私も行くとしますか」

呆れた声を滲ませながら闇に踏み入れる。

「ワタシタチも行こう、セシル」

「うん、足元に気を付けてね、ペルソナさん」

仮面の楽士も、手の平に青い炎を伴って地下へ降りて行った。セシルも杖に、白い光を呼び出すと、息を呑んで足を踏み出した。

一体、この先に何があるんだろう・・・。

不安に駆り出されて、心臓がどきどきと痛い程に脈打つ中、セシルは先に進む皆へと、足早に階段を下りて行った。




セシルが踏み出した闇は、思っていた以上に深かった。杖に誂えられた先端の水晶に灯した光を足元に向けて、階段を踏み外さない様。一歩、一歩、慎重に降りて行く。

人ひとり程の狭い階段には、カビ臭い苔むした匂いが鼻を掠め、自然とセシルの眉が寄せる。どこまで深く続いて潜るんだろう・・・。

セシルが疑問に思いつつ、黙々と永く続く階段を下り行けば、途端に階下が淡く覗いた。

「ふぅ、永かった」

セシルが軽く息を吐いた先には、少し開けた何も無い空間があった。

「これで。全員そろったな。」

最後尾であったセシルを待っていてくれていたらしい。クロウが皆を見渡した。セシルが辿り着いたこの開けた場所は、クロウとペルソナの青白い炎とセシルの持つ光球による三つの灯りに煌々と照らし出された。

「あひゃ☆まぶしっ!!」

暗闇に慣れてしまっていた瞳を、ルーヴィッヒが擦る。いつもの如く、騒がしい相方にルシュカは呆れた表情で、

「ルーヴィッヒお前ってば、なんでそう気の抜ける声出すんだよ。こんな薄気味悪ぃ、怪しい所まで来て、普通なら冒険物語でお約束じゃねぇの?こう・・・主人公達が、何が待ち受けるかわからない緊張感に、身を震わせつつ団結の意志を固め合うとかさ~、お前、これじゃ珍道中まっしぐらだぜ」

「え~そうか?冒険なんて珍道中と、そう変わらないと思うけどな☆」

肩を竦めてダメだしするルシュカに、ルーヴィッヒは頭の後ろで手を組み、へらり、人好きのする笑顔を見せる。

どうでもいいけど、今その会話自体が緊張感も欠片もないと思う。

セシルは心中で一言付け加えて置くだけにした。

この二人に関してだけは、放置しておく方が良策であると、セシルは身を以て知っていたからである。――でないと精神がすり減って余計疲れる。


一方、セシルよりお調子者達と付き合いの永い、副船長や仮面の楽士はと言うと・・・。

「この壁・・・。かなり古い物で。人工的に造られた物だな。」

「ホントだね、将校サンここ周辺って昔に、お城トカ、砦ガあったってコトないノ?」

「そういえばこの国がまだマライトである前でしたか、アマダイン国の砦がりましたね」

「アマダイン。・・・とくれば戦国時代ぐらいに遡るか。」

何やら神妙な顔つきで副船長クロウ達は、ニコラス将校を交え真剣に現場検証に勤しんでいた。クロウは眉間に皺を寄せ、頻りにこの場所を見渡して睨んでいる。

完全にお調子者達の存在は蚊帳の外だった。

そのお調子者達の、いつの間にか話題を変更したのか、『部屋に置きっぱなしにしてきたエロ本どうしよう』という下らない会話を、心のごみ箱へ捨て去っているようだ。

この空間に何があるんだろう?セシルもお調子者達の会話を完全無視して、光を強める為、チカラを杖に送り込む。するとさっきまで、足元程度の灯りが焚火を焚いたように明るくなる。

一瞬、その際、皆が驚いてセシルの方へ視線を向けたが、セシルは全く気が付かない。

周囲が見えやすくなった視界に、セシルは現状を確認するべく夢中で壁に眼を向けた。

視界が鮮明になった空間は、冷たい人工的に彫られ整えられた床と、所々に凹凸がある石壁であった。大人が十人入れる程の広さに、その奥には細い通路が見える。

「砦の跡って、こういう地下があるものなんですか?」

十分に見渡して、疑問をセシルは口にする。初めて目にする地下室に、落ち着かない心持ちのはずなのに、その時のセシルから出た声音は妙に落ち着いたもので。

セシル自身、内心とても驚いた。

「あぁ。大昔の。特に乱世とされた戦国時代にはな。捕虜や逆賊が簡単に逃げ出さない様、地下に牢を設ける物が大半で。敵国の進行と防ぐための要塞役目である砦や城には必ずと言ってある物だ。おそらく。ここもそうなのだろう。頑丈な造りをしている。」

静かに応えたクロウは、コツコツと音を発てて、壁を軽く拳で叩いた。その傍では仮面御楽士が蹲って、熱心に床を手で擦り、息を吹きかけている。

「地下牢ですか、なんだか昔の事だから、えげつない拷問機具が残されてそうで嫌だなぁ」

本の読み過ぎだろうか、ルシュカとそう変りない感想を漏らすが、こちらの方が現実にありえそうである。セシルは言いながら、ぶるり、杖を握りしめ身を震わせた。

「デモねセシル、そのセシルの読みハ、今回アタリかもネ。」

えっ?不意に声を上げて、セシルは驚いてペルソナの方へ視線を向ける。

仮面の楽士は小鳥が小首を傾げるよう、可愛らしい仕草でセシルを見上げた。

「この床をヨク観て、埃ナンテないジャナイ?」

立ち上ってウサギ人形越しに、ペルソナは床を指す。

「あ。」

思わぬ指摘に息を呑む。

「教団は複数。そして合成(キメ)()にと、捕まえた人間や魔物を収容しておくには。一般人の人目が付かない場所がいる。実験するなら特に。」

「そっか・・・、この地下牢は人目も付きにくいし、地下だし、声も外に漏れる事も難しい。この場所を知っていれば・・・なにより、この魔物の件は、この付近で始め起り始めたんだもの、実験するなら近場の方が手頃・・・」

クロウの発す単語をセシルは繋ぎ合わせれば、自然と答えは導き出せる。

はっとセシルがクロウへ薄緑の視線を向ければ、

「少なくとも。今は警戒していない様だ。人の気配がない。もぬけの殻。最近までは使われていたようだがな。」

口の端を苦く歪ませ、クロウが溜息を吐いた。

「ならこれからこの先、悪夢のような“現実”が待ち受けている可能性はあるわけですね」

ニコラス将校は表情を引き締め、通路の奥。まだ闇に染まった、先の見えぬ通路へ厳しい金眼が睨む。

(ペルソナ。オマエ・・・今なら引き返せるぞ。無理そうなら、オマエだけでも外で待っていたらどうだ。全員でこの先進むのも、何かある事を過程にいれれば、得策ではない。)

(ウウン・・・クロウ、それはダメ。私も行く・・・ワタシも過去カラ逃げたくない)

(そうか。)

クロウが密かに問いかける。するとペルソナは、きゅっとクロウの袖を握り、首を振った。

これから進む先は、不気味なくらい音も無く静まり返っている。

呑気な会話を繰り広げていた、お調子者達もいつのまにか口を噤んでいた。

緊張にセシルも喉の奥で無意識に、ごくり、唾を呑み込む。

皆一様に、通路の先を見つめるが如く、視線を前に向け後には振り返らなかった・・・。


大人二人が並べるほどの通路をクロウ達一行が進む。

暗い通路は先頭を行く、クロウの青い炎が照らす。

この先何があるか分からない為、用心に越したことはないだろう、と先頭をクロウ、ニコラス将校。その後ろに魔術師のセシルとペルソナ、最後尾に身軽なルーヴィッヒとルシュカのお調子者が続いた。

「ン。通路が左右に分かれているな。どうする?」

無言で進む通路に左右に分かれた道を認め、クロウは静かに視線だけを将校へ移す。

「とりあえず、右からいってみては?調べた後に左にいくのもいいでしょう」

クロウは軽く頷き右の通路に曲がる。

そうして入った通路には、また幾つもの通路に分かれていて、同じようにクロウ達はそれを一つずつ皆で調べることにしていった。

一通路、調べるごとそれは、単なる行き止まりで終る物ばかりであった。また来た道を戻り、始め曲がって入った元の右通路に出る。

それの繰り返しが数度、繰り返せば、何も無いずっと同じ景色に慣れてしまったのか、緊張感が薄れた溜息交じりの尻尾髪の声が漏れた。

「なーんか、迷路みたいだな」

「こっちの通路も、行き止まりみたいですね」

セシルが居る場所から、すぐ左に伸びた通路へ灯りを向ければ、眼と鼻の先で壁が見えた。セシルの傍で、航海士は小さく折り畳んだ跡の残る用紙を、石壁に着けて正確に迷路を書き記していた。

「こんな事もあろうかと、紙と万年筆!用意していて良かったぜ☆」

記憶力のやたらいい航海士は、ニッカリ笑って新しく通路を書き足す。

正確に描き込んだ地図に、ルーヴィッヒは行き止まりの部分に×を付けた。

「コッチは行き止まりット~、クロウ、この右の通路にあるノハ、もうコノ通路だけダヨ」

「そのようだな。」

航海士の地図を傍で眺め終えて、道化の仮面がコトリと首を傾げる。ルーヴィッヒの記した地図にある現在、大元の右通路には、突き当り横に伸びた通路だけである。

クロウは幼馴染へ頷くと奥へ脚を進めた。

真直ぐに、そう長くはない通路に沿って右、左と行けば、開けた場所に出た。

微かに臭う。つんっとした腐臭にクロウの眉が寄る。

「っと。これは部屋か?・・・セシル、光を強くしてくれ。」

「僕の出番ですね、えいっ」

クロウの声に掛け声一つ。セシルは先ほどの部屋と同じに、杖にチカラを送り込む。

すると力強い白銀に輝く光球が、一気に薄明りの部屋を、隅々まで明るく照らした。

「うわっ!なんじゃこりゃっ」

部屋を照らした矢先、第一声を上げたのはルシュカだった。部屋の光景に一目散に、壁にへばり付く。セシルもペルソナ共に息を詰め、身体が強張った。

「これが・・・俗に云う、地下牢ってヤツですよ」

肺から全部の息を吐きだすような、重いニコラス将校の声が響く。

「地下牢って最初から言ってンだから。牢が無けりゃおかしいだろ。」

冷めた声音で、クロウがフンと鼻を鳴らす。

そして、狼狽えて壁に飛び退いたルシュカを一瞥もせず、クロウは腐臭のもとへ、躊躇せず膝を折った。

「うわぁ~、でも、船長これさ、白骨死体マンマ放置されてるんですけど」

そう言っている傍から、ルーヴィッヒの背筋から冷汗が流れる。

「うぇ・・・酷い」

セシルもその牢屋の光景に思わず口元を覆う。

照らし出された灯りの元、セシル達が見た光景は牢屋に転がる。

―――鎖に繋がれた幾多の白骨死体だった。


・・・・・・・・・・・・。

クロウは牢の檻越しに、無表情に死体をしげしげと見つめる。


程よく長い鎖はどれも手足を繋ぎ、牢の壁奥へ一か所に纏め拘束されていた。

白骨死体はどれもクロウが観るに、薄らと埃が被っていて、床にはおそらく肉の腐乱した体液の黒い染みが広がっている。クロウが指で床を擦れば、染みが広がる床は軽くしけっていた。牢には寝具も無く、排泄物を処理する物も無い。

クロウの横にルーヴィッヒも陣取って、檻からはみ出た頭蓋骨を触る。

「船長・・・この死体殆ど、小さい、よな?―――って言う事はさ」

喉から搾る様にルーヴィッヒが問えば、

「あぁ。子供のモンだろ。骨も綺麗に真っ白で丈夫だ。」

「最悪」

淡々と語られる事実に、吐き捨てたようにルーヴィッヒは声を落とす。

セシルもあまりの事実に、胸が詰まる。

小さな体躯の骨、リオンぐらいの頭蓋骨。大人ではないそれ。

寒い牢、繋がれた鎖に細い骨が痛ましい。

「白骨死体は。気候やその場の状況によって、白骨化する時間は変わる。夏場だと二週間ほどで。冬、此処のように寒い場所だと数ヶ月かかる。水中では一週間。ニコラス将校、ここの土地の気候は?」

静かなクロウの問いに、ニコラス将校も淡々と答えた。

「夏場でも涼しいですよ、特にここは年中雪が残るフルブライト山脈の麓、その地下なら尚更、温度は一定の冷たさを保っているでしょうね。」

「そうか。」

クロウはそれだけを聞くと、目を伏せて立ち上る。牢屋の部屋一体を見渡して、調べていた、ペルソナが声をその背に声をかけた。

「クロウ、ココニハ他に、何も無いみたい。椅子さえナイヨ」

「あぁ。元の道に戻るぞ。まだ左の通路が残っている。いつまで壁にへばり付いている気だ。行くぞ、駄犬。」

少し語尾を荒く、クロウは歩き出した。

いまだ壁にへばり付いて、硬直したままのルシュカに蹴りを入れる。

「イテ~ッ!!」

いい音が響き、尻尾髪の情けない悲鳴が上がった。蹴りを入れた張本人の副船長は、ルシュカを気にもせず、青い炎を伴ってさっさと先に進み始めている。

「あ、待ってよ船長~」

ルーヴィッヒが叫んでクロウの後に続く。

(あ、・・・どうか安らかに。)

無残な物言わぬ骸に、セシルは密かに十字を切ると、光を弱めて足早にその場を後にした。


牢屋での悲惨な光景に、早くもどっしり鉛が肺に流れ込むような重さが圧し掛かる。

重苦しい雰囲気を纏い、来た道を戻って、一行は始めの左右に分かれた元の場所に辿り着いた。

「予想はしてたけど、こりゃ気が滅入るぜ・・・」

いやアンタ、気が滅入るどころじゃなく、かなり怖がってませんでしたっけ?

やれやれとクロウの跡に続きながら、首を振るルシュカに、セシルは内心思ったが、敢えて口には出さなかった。

青い炎が先頭を行き、左の通路へ―――ゆらり、ゆらり、漂う。

右の通路とは違い、今度の通路は一方通行が続いて、他の通路も無かった。

ただ狭く長い通路に、曲がり角が何か所もあるだけである。

「予想以上に奥に進みますね」

ぼそりと、ニコラス将校が呟いた。

「あぁ。ただの地下牢にしては、無駄な造りが多い。これは。もしかしたら、一旦引き返して体勢を整えた方が良さそうだ。壁なんぞよく見れば、新しく手を加えられた跡があった。ホントに何処に続いているんだか、まったく見当もつかん。」

此処に潜って既に二時間は経っている。

クロウは地下牢を全て調べるには、一日かかるだろうと、食料や水の確保を怠った事に軽く舌打ちをする。まさか、こんなにも入組んだ地下牢だと、予想できなかったのにクロウは腹が立っていた。イラついた気配を察したセシルが、宥める様言い募る。

「でも船長、せっかくここまで来たんだし、次の部屋とか、何かあるところまで行ってみませんか?そこまで行ったら今後、目印にもって、あ!」

だが、そう言い終わらない内に、セシルが突然声を上げた。

「どうした。セシル。」

突然に素っ頓狂な声を上げたセシルに、クロウが怪訝に脚を止め振り返る。

「丁度ここに扉がありますよ、ここに入って調べてから帰った方が良いんじゃないですか?」

ちょうど右へ曲がろうかと差し掛かる突き当りに、重そうな扉があった。

セシルは扉へ光を寄せ、暗闇の視界の悪さを振り払う。

「扉・・・って、セシルお前さ~、何処にそんなの在るんだよ、そこ何もない壁だろ?」

「えっ!?」

だがルシュカの発言で、セシルの表情は驚きに染まった。

「え、だって・・・ここに」

直ぐそばに鎮座する扉と、自分を怪訝に見詰める仲間達を、セシルは逡巡しながら交互に見つめた。

ルシュカは呆れたように、ルーヴィッヒは不思議そうに壁を見ている。ニコラス将校は只々、頬を掻いて、セシルになんと言ったら分からない様子だった。

「・・・・・・えっと」

何度、交互に仲間達と扉を見比べても、眼を瞬かせても、セシルの薄い瞳には、重い鉄の扉が映っている。

え?なんで皆さん、こんなに、はっきりと扉があるのに・・・。なんと説明すればいいか分からずに、セシルは言葉に詰まった。

セシルが言葉に困っていたその時、何か合点がいった表情を浮かべ、クロウが口を開いた。

「いや。尻尾髪。セシルの言っている事は、おそらく本当だろう。」

クロウはセシルの傍に寄り、青い炎をセシルが見詰める“壁”に翳す。

頭上から床下まで観察する。

そのクロウの黒曜石の瞳は、鋭く“壁”を睨み付けているよう、顎に手をかけ佇む。

「セシル。その扉は開けられるか?」

低い冷静な声がセシルに落ちる。その声音にセシルを疑う色は見えない。

「えぇ、はい、鍵はかかってないみたいです。」

咄嗟にセシルが鉄のノブに手を廻すと、カチリと扉が開く音が耳に届いた。

セシルはそのまま勢いに任せて、扉へ力を込める。

「えいっ」

ギィィィィ―――重い鉄の音が響き、迷いなくセシルは扉を押し開いた。

「うぉっ急に部屋が出てきやがった!」

「おぉおお☆」

突然、壁に浮かび上がった長方形の空洞に、お調子者達が跳び上がった。

続いて、ペルソナの『わァ』という歓声が響く。

ニコラス将校も金眼を見開くばかりだ。ポカン、という擬音がよく当て嵌まる。そんな表情をして呆けていた。ただその中でクロウだけは、にやりと笑っていた。

「やはりな。」

クロウが低く唸る。

お調子者達や将校が驚くのは、無理はない。何故なら、この壁には他人に扉の存在を知られぬ様にイリュージョン―――幻影術が施されていたからだ。

扉を壁と同じに見える様、石壁の幻影(イリュージョン)を扉に施す。

本物と全く違わぬよう、術をかけるには、高度なチカラと集中力を要する。しかも高等魔術を使うクロウやペルソナでさえ、気が付かない程の高度な幻影(イリュージョン)である。

クロウでも、この壁をただの“壁”だと、認識して通り過ぎてしまったのだ。

これでは魔術師でないルシュカ達が、セシルに何もない壁だと言ってもしょうがない。

セシルが扉を開いて、初めて“ただの壁”が、皆の前で鉄の扉になり。

突如眼の前に扉の先、長方形の闇が出現したのだから。

「あの・・・中に入ります?」

おずおずとセシルが淡い光を伴い、長方形の暗闇から顔をひょっこり覗かせる。

薄い緑の瞳が不安げにクロウ達を見上げていた。

「あぁ。予定変更だ。幻影(イリュージョン)を施してまで。知られたくない何かが、この先にあるんだろうからな。」

クロウはそう淡々と言いきり、セシルの隣へ立った。足を踏み込めば、先ほどより濃い鉄錆びと何やら薬品の匂いが鼻を掠める。―――ざわり、クロウの胸中が騒いだ。

「ルーヴィッヒ。こっから先、地図をしまっとけ。オマエなら、一度見た物は正確に写せるだろ。」

「!・・・了解っ☆」

クロウの意図を汲み取って、ルーヴィッヒは素早く地図を仕舞い。手を万年筆から、腰の剣柄へ添え変えた。それを合図にニコラス将校もルシュカも、静かに剣の柄に手を添える。

「―――光よ」

セシルは部屋を明るく照らす為、杖にチカラを送り込む。暗闇に包まれていた部屋が、あっという間に全て照らし曝け出される。


暗闇が去った光のもと。

今度は誰一人、言葉を出さなかった・・・否、出せなかったと言う方が正しい。


四方にだだっ広い部屋。その部屋の右には区分けにされた牢。

牢の鉄格子越しに覗く光景は、牢に居並ぶ樽に命一杯詰められた、人間の手足。

左に並べられた棚や机には、硝子瓶から覗く、人間の眼球や臓器がただ静かに在った。

ムッと胃が嚥下した。

「なに・・・これ、ほんとうに、酷い、ひどいよ」

セシルは口に手を当て、必死にせり上がって来た吐き気を堪える。

震える声で呻く。思わず視界に入った光景に眩暈がした。

べっとりと鮮血の跡が残る台座が、セシルの佇むすぐそば部屋の中心にあったのだ。

台座には当然の如く、拘束する鎖と、肉を解体した鉈が剥きだしに置かれている。

「ほんとう、“悪夢のような現実”ですね。」

はぁ~、米神を押さえたニコラス将校の、重い溜息が漏れた。

「うぇ、なんだよコレ。一体なんの為に・・・」

あまりの光景に、青褪めルシュカも口元を押さえる。

絶対これ今夜夢に視ちまうよ、ルシュカは内心、涙がちょちょきれそうになった。

つっと冷汗が背を流れる。

ルーヴィッヒは珍しく表情を引き締め、袖で口と鼻を覆い牢へ近寄る。

恐る恐るルーヴィッヒが牢屋の扉へ手を駆けると、扉はあっさりと開く。牢に敷き詰められるよう並ぶ樽には、ぶよぶよに弛みきった、色を失う肉が突っ込まれている。

一歩進むごとに、ムッと鉄錆びが混じる腐臭の匂い。

「見てるぶんにこれさ、樽に突っ込まれた腕や脚の長さから大人のモンだよな」

うんざりする声音でルーヴィッヒも、樽の中に目を凝らす。弛みきった白い脚には脛毛がある物もあり、明らかにこれは大人の物であると分かる。その本数を数えれば、一体何人ここで殺されのか・・・。

子供の事もあるし、正直今は考えたくない。

頭の中にガンガンと警鐘が鳴り響く。

あぁ、駄目だ駄目だ、飲まれるな。ルーヴィッヒは警鐘通りに、頭を振って、脳内で考える事を止めた。


「セシル、大丈夫?」

―――眩暈がして視界が回った。

微妙に震えたペルソナの声が降りる。

見上げれば梟の仮面の奥から、ダークブルーの揺れる瞳がセシルを覗いていた。

「うん、ちょっと気分悪くなっただけだから」

よろけて背後に立つペルソナに、セシルは寄りかかってしまっていた。自身の過去世が少なからず関係しているのなら、今度は自分から逃げずに、向き合って邪教団を止めないと。いけない、こんな事では、と再度セシルは深呼吸をして杖を握りしめる。

「まだ。奥に部屋があるようだ。通路がある。」

赤黒く染まった台座を横切って、無表情にクロウが言い放った。

あまりの惨い光景に、セシル達は無言で奥の通路の方へ脚を向けると、さほど歩かない内に次の部屋まで辿り着いた。

もう先ほどの死体まみれの光景で、緊張と恐怖のあまりルシュカの喉はカラカラだ。セシルがそのままにしていた光球輝く杖を持ち、部屋に入った途端、鮮明に部屋が照らし出される。

先ほどの部屋の酷さに、恐々として喉を引き攣らせて、中に入ったルシュカ達であったが。

「うんぁ?今度はなんだコレ?」

思わず拍子抜けして、ルシュカは間抜けな声を上げる。

今度は先ほどとは打って変わって、牢屋や死体の無い殺風景な部屋であった。

「えーっと、もしかしてこれは・・・この間、クロウさんやセシル君が説明してくれた魔法陣ってものかな?」

「そうだな。」

顎に手を当て唸る将校に、クロウが頷いて応える。皆の視線の先は床に集中している。

そう、その殺風景な部屋の床一面には、赤黒い血で描かれた魔法陣が描かれてあった。

「たしか外界の攻撃から守る“空間の盾”でしたっけ?」

金の瞳がクリッとセシルへ向けられる。セシルはその場に蹲って、魔法陣に目を凝らす。セシルは魔法陣の傍へ蹲まって、まじまじと魔法陣に記された文字を読んでみる事にした。

「えぇ、でもこの魔法陣に描かれている文字を読んでみると、これは結界と言うより、空間転移装置みたいですね。」

赤黒い陣の周囲や内側には、無数の魔術文字が記されている。

「空間転移、装置?」

ニコラス将校が不思議そうに瞳を瞬かせた。

「ここの場所から、別の場所へ移動すると言う。古代魔術だ。そうそうこんな立派な物。拵える者は居ないだろうがな。」

今度はクロウが将校の疑問に応えると、こちらも魔法陣の文字を目で追う。

「ダヨネ~、こんな立派にチカラの込もった完璧な魔法陣、ワタシもお父さん位の魔術師が仕事で使ったのしか見た事ナイヨ。」

クロウの隣で佇むペルソナも難しそうに唸る。

魔術師である三人の意見に、

「つーことは大よそ九割、ここは邪教集団の根城だったつー訳だ」

珍しく静かに聞いていたルシュカがポンと手を打った。

「まぁ先の扉の眼くらましと、あの大量の惨殺死体で察しはつきますけどね・・・」

肩を竦ませ息を吐く将校に、好奇心旺盛なルーヴィッヒがセシルの横に立った。

「へぇー、で、これなんて書いてあんの?俺等全然読めねぇーんだけど☆」

蹲って夢中に文字を読んでいたセシルを、覗き込む様に航海士が身を乗り出す。

「所どころ神魔文字と組み合わせて、暗号化されて読み辛い所があるんですけど・・・う~っと、何かこう、合言葉で作動するっぽい?」

「合言葉?」

セシルが首を傾げつつ応えると、あっ軽い碧眼が見開く。

どう言う事?と疑問交じりの視線にセシルは、一般人にも分かり易いよう説明した。

「そうです、ほら、もし僕等みたいな部外者が入れない様に、扉で言うと鍵をかけてるんですよ。この魔法陣の上である特定の言葉を唱えないと、作動しない様になってるんです。」細い人差し指を魔法陣へ向け説明するセシルに、感心したニコラス将校。

「ほぉ~・・・魔術って色々出来るんですねぇ」

まず自分では、この魔法陣がどういう物かなど分からないし、太刀打ちなぞ、とうてい無理だろう。ふむふむ、と頷いて魔法陣へ金の視線を注いだ。

そこへ次に、やや諦めの入るルシュカが口を開いた。

「合言葉、合言葉かぁ~、さすがに知らないから、これ以上は先に進めないっか」

「いや。そうでもないぞ。こういう物はな。言葉で反応するように、魔法陣にその合言葉を記すモンだ。おそらく。セシルが所どころ暗号化されて読み辛いと言っていた部分にその言葉があるんだろう。」

魔術の基礎だ。と付け足してクロウが魔法陣を睨む。

「トイウコトハ・・・神魔文字を読めるセシルの出番だネ。暗号化ハ、私とクロウも考えるカラ、先に全体の文字をヨンデクレル?」

話しの内容に合点がいったペルソナが、カエル人形を掲げセシルに振り返る。

「えぇ、ちょっと大掛かりな魔法陣なので、解読に時間が掛るかもしれませんけど。」

控えめに応えるセシルに、ドンと華奢な背を軽く叩く。

「じゃぁ俺も手伝うぜ☆この魔法陣の写しと、セシルが読んだ文字の解読は、俺に任せなさーい☆」

そう言って、ルーヴィッヒが陽気に片目を瞑る。図面など航海士にとって朝飯前だ。

「お願いネ。ワタシも手伝いうから」

コクリと頷くセシルに続いて航海士も胸を張って応え、三人は作業に取り掛かった。

「船長、じゃぁ俺は何したらいい?時間が掛るなら、何かしておいた方がいいだろ」

「私も同感です」

「そうだな・・・。」

ルシュカとニコラス将校へ、クロウは魔法陣から向き直り、フムと顎に手を添える。

一般の魔術師にも暴かれぬよう、暗号化を用いるなど。余程この先には踏み込まれたくない何かがあるらしい。

ならば・・・先程、隠し扉に気が付かない様に奥へ続いていた通路は、普通に出口へと繋がるもの。―――つまり部外者の眼を逸らす()の(ミ)通路()か?

しばし心中でクロウは、現在の状況を整理しながら推測する。

「これは俺の推測で確かな事は言えないが。ここに隠していた空間転移陣があるなら、こっちの先の方が奴等の根城の可能性は高く。もしかしたら、先ほどの通路は。何もない。普通の何処かに繋がる出口だと思う。」

「あ~、まぁ、確かにそうかも」

気怠い声でルシュカが頷く。

「だから。俺達は先に出口を確認してきた方が良いだろう。もし時間があれば。町に戻って何か食べる物を貰ってくれば、その分効率も良い。」

「なるほど」

ピッと人差し指を立て提案するクロウに、ニコラスも手を打った。確かにその方が効率も良いし安全だと納得できる。皆それぞれ、今できる事が決まった。

こうして一行は、魔術の灯りを燈す事が出来るクロウを先頭に、ルシュカとニコラス将校は、先の通路を確認へ―――。

魔術文字解読にセシルとペルソナ、魔法陣の写しにルーヴィッヒと、それぞれ二手に分かれることになった。




副船長達三人と別れ、約一時間経った頃。

「これで全部、魔法陣を正確に描き写す作業は終わったぜ☆」

あっ軽い声が部屋に木霊する。

ルーヴィッヒがようやく魔法陣を正確に写し終えたところだった。

「ありがとうございますルーヴィッヒさん」

魔法陣と睨めっこを続けていたセシルは顔を上げた。航海士から用紙を受け取る。

こちらも一通り訳し終えた所だった。

地図の裏面に描かれた、魔法陣の写しに、セシルは細かく魔法陣に記されている、魔術文字の訳詞を隅に書いて行く。

「ふぅ・・・これでよし」

思わず息を吐いて用紙を掲げる。

薄暗い隣の部屋からは、血と黴が混じった臭いが漂ってくる。そんななか、薄気味悪い気持ちを押込めて、セシルはなんとか魔術文字を全て描き写した。

そこへこの部屋に他に怪しい所は無いかと、壁や通路を調べていたペルソナが戻って来た。

「セシル、どう?文字の部分ハ」

パタパタ、ダークスーツに着いた埃を払い。梟の仮面が本物の様にぐるりと傾げる。

「それが・・・この魔法陣の円内に囲って記されている文字は、たいしたことない四大属性精霊の名と契約の文章だったんですけど。」

セシルはペルソナの質問におずおずと口を開き、眼を泳がせる。

航海士が魔法陣を写し終えるまで、ずっとセシルは記された魔術文字を解読していた。五芒星を囲む円内、それにびっしりと記された魔術文字、それは火・水・風・地の四大属性の精霊達の守護を求める、何の変哲もない言葉だったのだが・・・。

「中央にある五芒星の中に、神魔文字と魔術文字が組み合わされてある文章をなんとか読んで・・・そうしたら」

そう説明を続けて、まごまごと杖を持ちつつ、言い難そうなセシル。

『そうしたら?』

航海士と仮面の楽士の声が思わず被った。

煮え切らないセシルの言葉に、怪訝にルーヴィッヒとペルソナは顔を見合わせる。

すると、う~っとセシルが唸り、

「『パ、ひ、ら、ン、け、ツノ、ご、シ、ま、ミ』って文章になるんです」

渋い表情で、これから言わなくてはならない言葉に、胸の内が重くなる。

「パひらンけツノごシまミ?なんだそれ???」

丸い碧眼が大きく開かれる。素っ頓狂なあっ軽い声が響いた。

「その文章の中ニ合言葉が隠サレテいるんだよネ」

続いてあっ軽い航海士に、セシルが予想した通りにペルソナが補ってくれた。

「えぇ、それで、僕なりに考えてまず神魔文字自体が怪しいかなぁって思って。この神魔文字だけで読んでみたら・・・」

ふぅっと息を吐いて、そう説明しつつ、セシルは魔法陣から二人へ虚ろに視線を移す。

「ミタラ?」

「みたら?」

もったいぶった言葉に、ペルソナとルーヴィッヒの怪訝な声が上がった。

何も知らない二人の、純粋な碧と暗い青の視線が正直言って痛い。(セシルの精神的に。)

あぁ、なんだって、こんな単語を言わせるんだ。邪教信者め。

心なしかうんざりした、セシルだった。

だが、言わなくては先に進まない。

セシルは息を肺の奥まで吸い込むと、意を決して口を開いた。


「『パンツノシミ』になるんだ、けど。」


シ~~~~~~~~~~~~ン・・・。

一瞬、セシルの一言で水を打った静けさが走った。


「イヤイヤ、セシル、それはナイでしょ。いくらなんでも」

「うん、自分で訳して言うのもなんだけど、僕もそう思うよ。」

珍しく棒読みなツッコミで手を振るペルソナに、セシルも棒読みで素早く肯定。

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

二人の魔術師に妙な間が漂った。

いくらなんでも、合言葉が『パンツノシミ』だなんて無いだろう。寧ろそれが合言葉だとして、どんな邪教集団なんだ、神魔教団。

ペルソナとセシルが心中でそう思っていれば、

「あひゃ☆変わった合言葉つけるよな~邪教信者って!」

どうしてそうなる?!セシルは頭を抱えたくなる。約一名、能天気思考な航海士が納得しにかかっていた。彼は今の今迄、この地下牢獄で何を見て来たのか・・・甚だ疑問である。

馬鹿一名の意見を自然に無かった事にして、ペルソナは至極真面な意見を掲げることにした。

「え~っと、『パンツノシミ』って変換(アナグ)文字(ラム)ナンジャないかな?文字を入れ替えルト、他の意味になるトカ」

カエル人形を越しに懐へ手を入れると、ダークスーツから赤い手帳を取り出す。

ペラペラとページを器用に人形越しにめくり、万年筆でセシルの言った文字を書き記して行く。

「そ、そうですよねぇ~、母音と子音に分けて、隠された単語を探す方法もあるしね!船長達が帰って来るまで、僕達だけで考えましょう」

ペルソナと同じくセシルも苦笑いに頷き、魔法陣の写しをもう一度広げ始めた。

何か視落としがないかどうか、確認するためだ。

「ソウネ!私達フタリ(・・・)だけ(・・)で頑張ろう」

「えぇ、僕達二人(・・)だけ(・・)で頑張りましょう」

仮面の楽士と少年魔術師は、魔法陣の前に並んでにっこり微笑み合った。

「え☆俺なにげに置いてかれてる?!」

航海士を完全に外野に追いやって。


・・・・・・それからまた約一時間後。


「う~、う~、全然ダメだ」

天の助けを仰ぐよう仰け反る。眼が回る・・・。

魔法陣の写しを握りしめたセシルが遂に根を上げた。

「母音と子音トカに置き換えてモ、文字ヲソノママひっくり還しても、単純に入れ替えテモ、何一つ意味ある単語ニナラナイなんて、―――モウお手上げ」

ペルソナも万策尽きたとばかりに、その場にへたり込んだ。

手帳も同時に放って、バサリと冷たい壁に当って落ちる。

何度もセシルとペルソナが、実物を見比べても謝りも無ければ、神魔文字を読んでも『パンツノシミ』とでしか読めない。あらゆる可能性を当てはめ試して一時間。

二人が逆さに読んでも、色々入れ替えて読んでも、意味を成す言葉にはならなかった。

「うぅ~っどうやっても、意味わかんない単語になるし!普通に読めば『パンツノシミ』って間抜けな単語になるし!『パンツノシミ』の方がインパクト強すぎて、なんかもう他の単語が浮かび辛いし!なんだよ『パンツノシミ』って!ちゃんと洗濯しなよ!あ~~~~もうっ!!!ここの合言葉作った人って絶対、意地悪で捻くれてるんだぁ!!!」

灰色の髪を振り乱し、頭を抱えて叫ぶ。暗号解読により『パンツノシミ』地獄に、落ち入ったセシルが不満を爆発させた。

「セシルっ『パンツノシミ』連呼しスギ!!『パンツノシミ』なんてお下品ダヨ?!気持ちハ分かるケド!!!」

セシルの肩を掴んで揺らし、尽かさずペルソナが宥めにかかるが。

彼女も『パンツノシミ』単語地獄に落ちていたらしい。

彼の仮面の楽士も『パンツノシミ』と言ってしまっている辺り、説得力は皆無である。

これが『パンツノシミ』の呪いか?!と二人は、半ばやけくそに髪を振り乱し叫びあった。

ルーヴィッヒは腕を組んで、その二人の様子を見て呟く。

「あちゃぁ~☆ペルソナとセシルでさえもお手上げか~、ん~まいったな」

二人に任せていたが、思考が煮詰まってしまったようだ。まぁ、地下に潜った時間と、この薄気味悪い部屋の状況では無理も無い。ルーヴィッヒは頬を掻いた。

「コレハモウ、クロウを待った方がイイネ、頭痛くなってきた・・・」

梟の仮面がいつの間にか、涙目のピエロの仮面に変わった。ペルソナが頭を抱える。

「同感・・・。僕も解読するって言った手前で船長達には悪いですけど、今は冷静な意見が欲しいです。」

セシルも頷いて苦い声音で、壁にもたれ掛かって座り込んだ。

こちらも完全にお手上げ状態であった。

魔術師二人の疲れ切った様子を眺め、ルーヴィッヒは腕を組んで唸った。

「合言葉かぁ・・・」

せめて自分も魔術師ならば、二人の力になれるのだろうが・・・生憎とこちらは魔術師としての知識も何もなければ、一般の魔術師でも難しい神魔文字など分かるはずもない。

歯がゆい気持ちを半分に、航海士は合言葉という単語に想いを巡らせた。

あいことば、おとぎ話にある主人公が唱える、魔法で封じられた門の鍵となる魔法の言葉。魔法の言葉と言えば、ふと眼を閉じてルーヴィッヒは閃いたと、あっ軽い声を上げた。

「あ、そっか☆合言葉と言えば、アレがあるじゃん☆」

ぱちりっと開いた碧眼に、星がキラリ輝いた。

「はい?」

「ドウシタノ?」

いきなり降り注いだ甲高い声に、セシル達は怪訝に顔を上げる。

「へっへ~ん☆二人とも合言葉って言ったら定番の言葉があるじゃん!アレだ!“ひらけごま”だって☆」

自慢げに鼻を擦り、ルーヴィッヒは座り込むセシル達の前に躍り出た。

セシルは何を言い出すやらと・・・半ば呆れ気味に首をゆるく振る。

「ルーヴィッヒさん、それもねこの暗号文に記してあったよ。ほら『パ、ひ、ら、ン、け、ツノ、ご、シ、ま、ミ』ってあったでしょ?これ神魔文字だけ抜かして魔術文字だけにすれば、『ひらけごま』って読める。こんな手の掛かる魔法陣を施す術師が、そんな子供のおとぎ話に定番の合言葉を使うと思います?僕ならまず使いませんよ。」

はぁ~っとセシルは溜息を吐いた。

「ん~?そうかなぁ・・・でもさ☆でもさ☆一応さっ暗号文の中にもその単語があったんなら、やってみる価値はあるって☆」

「そ、そうかなぁ」

あくまで自論を試みようとする航海士に、とてもそうには思えないのだけれど・・・、セシルは心の中で呟く。そんなセシルの様子を気にする事も無く、ルーヴィッヒは意気揚々にセシルとペルソナの脇を通り抜けると、

「まぁまぁ、やってみなきゃわかんないって☆」

そう言って魔法陣の中心へ飛び込んだ。こうなっては言っても聞かないのは重々承知。

セシルが呆れて眺める中(ペルソナに関してはもはや放置の状況で)、ルーヴィッヒは大きく息を吸うと、腰に手を当て天井を指さし喜色満面に、あっ軽い、自身に満ち溢れた声で叫んだ。

「ひらけ~ごま☆」

ビシッと本人は決めたつもりだろうが、魔法陣はウンともスンとも、なんの反応もなく、何も起こらなかった。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・☆」

そのままの体制で微動だにしない航海士とセシル達の間に、ただ寒く、気まずい雰囲気だけが部屋を取り囲んだのみであった。

「ほ、ほら~、ルーヴィッヒさん駄目だったでしょう」

子供じゃないんだからと、気を取り直してセシルは溜息交じりにそう言った。気まずい雰囲気を払う様、頭を振りセシルは魔法陣の中へ足を踏み入れる。

「ちぇっ絶対これだ!って思ったんだけどなぁ」

「そんなに事がうまく運ぶ筈ないでしょう」

残念に口を尖らせる航海士の腕に、セシルは手を伸ばす。まったく困ったお兄ちゃんだ。

「もうっ・・・ほら、元の場所に戻ってまた考えましょう」

そう言ってセシルが、ルーヴィッヒの腕を掴んで歩き出したその時―――・・・・・・。

『!?』

セシルとルーヴィッヒの足元から、魔法陣を描く文字が、曲線が、白に淡く光り始めた。

まさかあんな単純な単語で?!

咄嗟にセシルの脳裏にそんな思いが掠る・・・が。

―――カッ!!!

物凄い光の洪水が、セシルとルーヴィッヒを一瞬にして襲った。魔法陣を中心に部屋全体の空気が震え、魔法陣が強く輝き。

「えっ」

驚きに見開かれた淡い緑の視界が、一瞬の内に真っ白になると同時、

「二人トモっ!!」

ペルソナがセシル達二人に、手を伸ばし駆け寄る姿が掠った。

咄嗟にセシルも手を伸ばすが、

「ペルソナさっわぁっ」

「うわあああああああああ」

身体に叩き込まれるように浮遊感を味わい、真っ白い視界と共にセシル達は意識を手放した。目の前が光で包まれる。

「セシル!ルーヴィッヒ君・・・!!」

眩しさに瞳を片腕で庇った先、そこにはセシルとルーヴィッヒの姿は無く―――。

ペルソナは呆然と魔法陣の外で立ち尽くした。




セシルとルーヴィッヒの二人が、魔法陣から姿を消した―――その頃。



「あぁ~かたっ苦しい。」

肺から心底不満げな声が吐き出される。


騎士団の団服をきっちり着こなして、いつもの如く煙草を咥えた、目つきの鋭く、私服はどこのヤクザ者なのかと疑われがちな、マライト地区騎士団長。

エドワード・グリモス―――。


その人は経った今、王都カイトグリオにあるエルハラ大教会の前に立っていた。

一昨日の夜は襲われ、昨日は組織の上の奴等や魔術協会に事情を説明するのに追われ、始末書と報告書提出にほぼ徹夜。朝も少し寝て、ニコラスに一昨日、自分の身に降りかかった出来事を伝えようと、自宅を訪ねれば夫人に朝一に出て行ったと言われ、軍に出向けば急な用件で出かけていると言われ・・・それなら、休みを貰っているので今日一日は休もうとすれば。

「帰ぇるなり協会の奴から、至急に王都の大教会へ来いだかんなぁ~嫌になるぜ」

紫煙を吐きつつエドワードは首を廻す。首がこっているのか、ゴキゴキといい音が鳴った。

見上げるは西日に晒される、荘厳な大聖堂。

これからエドワードは、国のお偉いさんに会う事になっていた。

休む暇なかったなァ、と内心で黄昏れる。

今回の牢で起きた事件に置いて、魔術協会に今後、派遣の魔術師を騎士団へ駐屯させる事を依頼したのだが・・・。

その依頼が魔術協会を通じて、どうやら国の宮廷魔術師の総長にまで話が入ったらしい。

神魔教団の関わりも相まってなのか、襲われた時の状況や犯人の特徴と術は何を使っていたのかなど、詳しく聴き込みたいとの事で。マライト国、国王の側近魔術師にて、宮廷魔術師の総長を務める導師が、わざわざエドワードに時間を割いて面会を所望したのが現事情のあらましである。もとより鼻持ちならない貴族や国の上層部の連中には、好い気も持っていないエドワードだ。


ニコラスはまァ別だが(アレはもとから頭が豆腐だ)、面子や意地、仕来りかで民衆を顧みない、凝り固まった頭の固い連中に、あの夜の事を話して解決できるモンなのか・・・?

甚だ疑問だな。

フッと鼻を鳴らしてエドワードは皮肉に口元を歪めた。

約束との時間はもう迫って来ている。

「ま、うだうだ考えても仕方ねぇ。ちゃっちゃと会って、話して、早く終わらせちまおう」

そう言って煙草を地に落とし靴の踵でもみ消すと、エドワードは大聖堂の前へ突き進んだ。あーあー嫌な事たァ、早く終わらせて家に帰って休みてぇ!!

投げやりに自宅のベッドへ思いを馳せエドワードは、大きな大聖堂の扉へ手をかけ、ゆっくりと押し開いて中に入った。

バタン――ッ、扉が閉まり、音が響く。

ひんやりとした石造りの広大な大聖堂。

エドワードは壁際に灯された燭台に照らされた間に、ゆっくりと目を凝らす。

左右に硬質な木造の長椅子が並ぶ。その先司祭が神に祈りを捧げる祭壇に、一人の人影が映る。その人物は赤い法衣を纏い、眩いステンドグラスの逆光を受けて佇んでいた。

「あの、すみません、お待たせしてしまいましたか?」

こちらに背を向けている人物の持つ、どこか精練された雰囲気。その雰囲気に居を突かれて、エドワードは掠れた声で話しかけた。

「いえ、(わたくし)もつい先ほど着いたばかりですので・・・」

落ち着いた良く通る声と共に、赤い法衣が翻る。

そう言って振り向いた、赤い法衣の導師は色とりどりのステンドグラスを逆光に、にっこり穏やかに微笑む。

「急なお呼びだったもので・・・」

「いえ、こちらこそ。お忙しくお休みの所、御足労いただきありがとうございます。」

羽根飾りのついた上品な赤い帽子に、赤い法衣。それに誂えたかの如く、色白で品の良さそうな細面に豪奢な金の髪、それと冴えた蒼い瞳の持ち主が、ゆっくりとエドワードの前に進み出た。

(わたくし)は王アレイスター様の側近魔術師にして、魔術師達を束ねる総長、魔導師ニーズヘルグと申します。本来ならば(わたくし)が足を運ぶのが道理なのですが・・・陛下の御前をあまり離れるわけにもいかず。このようなお呼びたてをし、誠に申し訳ありませんでした。以後、お見知りおきをマライト騎士団長エドワード・グリモス殿」

導師は衣の裾を軽く持ち、右手を胸に置いて軽く一礼。その相手への敬意を真摯に示す態度に、エドワードは予想もせず慌てて、

「い、いえ!こちらこそ、一介の騎士にご配慮いただき誠にありがとうございました!わざわざ御公務の間に時間を作って戴いて、申し訳ございません!」

ただ恐縮の限りで一礼し挨拶を述べた。

その様子を極めて穏やかな眼で眺め、導師はエドワードに語りかけた。

「それでは、立ち話も落ち着きませんので、こちらへ掛けて、大丈夫です部下や教会の者は事前に下がらせてありますから」

「は、はァ・・・」

有無を言わさぬ穏やかな口調に、エドワードは頷く。そして傍にあった長椅子に腰掛けた。

その隣に導師が並んで腰掛ける。

「それではお話を伺いましょうか」

にっこり寛容な微笑がエドワードに振り向いた。

だがその微笑の裏では―――冴えた蛇の瞳が、得物を見つけ嗤う。

残忍な高笑いが、毒蛇の牙と二つ名のついた魔導師ニーズヘルグの腹の奥で、次々と泡のように弾けて溢れ出していた・・・・・・。
































迷宮(メビウス)地下(ダンジョ)()』終


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