オマケの超極薄番外編・ある訓練生達の深夜帯
超極薄短編・番外『ある訓練生達の深夜帯』
それは、肌寒い冬の深夜。
ジェーダイト海軍訓練生の寮から、少し離れた共同食堂の奥の調理場。
深夜誰もいない筈である、調理場に微かに漂う、甘い香り。
「よし!これで、あとは飾りをつけるだけだ・・・」
一人の背が高い筋肉質な男が、一人厨房で、不気味にフフフ・・・と微笑んだ。
パタンと、羽ペンを置く。研究していた海の生物の研究論文である、最後の一枚を書き終えて、大きく伸びをする。
「ふぅ・・・やっと論文を仕上げれたぞ。枚数は、ひぃ、ふぅ、みぃ・・・これでいい。」
寮の一室、寮と言うのに共同部屋ではなく、一人部屋の風呂付の豪奢な部屋の中。
用紙が散らばる床や、机には乱雑に、試験管や、アルコールランプなど実験器具が置かれている。クロウは白衣を脱いで、それを椅子に掛ける。乱雑に散らばった、用紙を拾い上げて束にして、枚数を数える。ふと置時計を見ると、もう夜中の一時だ。
「疲れたな。少し、果物でも拝借して剥くか。」
本来、甘い物は苦手であるが、疲れれば、甘い物が欲しくなる時もある。クロウはかれこれ三日ほどまえから、一日三時間しか睡眠はとっておらず。昼間は訓練と鍛錬に費やし、夜は研究三昧だった。クロウは、一人寮室を抜け出し食堂の厨房から、果物でも拝借しようと、共同食堂へ向かった。そんなに食べる訳でもない、料理長のお親父も、一つくらいかまわんだろ。クロウはそう思いながら、三階から一階へ足を運んで行く。
共同食堂の扉を開き、奥の厨房へ視線を向けると。きゅっと眉を寄せて、クロウは灯りの無い食堂を睨む。誰もいない筈の厨房の方から、ランプの灯りがついていた。クロウが用心深く、厨房へ意識を集中させると、何やらあらぶった一人の、人間の気配がする。
なんだ・・・。先客か?それにしては、凄まじい気迫だな。一体誰だ。しかし、この気配は俺が知っている様な・・・クロウは、眉間を寄せたまま厨房に、気配を殺して覗いてみた。
「よっしゃぁ!イチゴを乗っけてフィニッシュじゃ~!!!」
野太い声で、長身の厳めしい男が、赤い血の様な瞳を光らせる。その手には、赤い野苺が無骨だが器用そうな指で、飴細工が掛ったシュウ・タワーの頂上に飾られる。
クロウはその光景を見て、黒い瞳を見開いた。
長身にして屈強な体をした、強面の顔、血のように赤い瞳に、黒髪の人物。
それは、クロウの良く知る、一つ上の海軍訓練生の先輩である。ブラッド・オールデンその人であった。彼もクロウと負けず劣らずの、無口にして訓練時には鬼と化す、他の後輩や同期達から観ても、畏れられる人物だった。とてもじゃないが、可愛らしいケーキやシュウを作る人物には見えないが。オールデンを中心に、調理台では、苺のタルトや、シュウ・タワー、プディングなどか、ミントなどで繊細に、飾り付けられ陳列している。
「・・・・・・オールデン先輩。」
首を傾げ、クロウはオールデンを呼ぶと、はっとした様にオールデンは背後を振り還った。
「・・・・・・ユーイン。」
気まずそうに、オールデンは血液色の瞳を、泳がせ動揺を隠せない。
直立不動で、その場に固まる。
なぜなら、この男。かなり周りの目を気にする性質で、自分の容姿の事に関しての周りの人間関係を崩したくなく、趣味が乙女チックな菓子作り、などとは言えないでいた。
だから、隠れて厨房で夜な夜な、菓子を作っていたのだが・・・。クロウとは一度手合わせをして、自分が押されるほど強い後輩だ、という接点しかなかった。クロウの性格も、自分と同じ無口で無愛想だと、聞いたこともある。しかし、これは彼も驚くだろう、正直に話したほうが良いものか、とブッラド・オールデンは冷汗をかきつつ、頭をフル回転し悩んでいた。
しかし、そんなブラッド・オールデンの悩みは、次のクロウの言葉で吹き飛んだのだった。
「すみませんが、先輩。そのケーキ良ければ。今とんでもなく、甘いものが欲しいので・・・いただけないでしょうか。」
無表情にクロウが、自身の腹に手を添え、そう告げる。その次に、腹の虫が鳴り響いた。
クロウは今、とんでもなく甘いものが食べたかったのだ。
「い、いいですともー!!!」
軽蔑の視線や、気遣う様子もないクロウの言葉と雰囲気。
自分の自信作を求められて、嬉し泣きしながら、ブッラドは木苺のタルトの皿を、クロウに差し出した。
そんな事があった半年後。
軍部のある中庭にて、
「なぁなぁ、ルシュカ~。最近、クロウがさ、なんか寮抜け出してどっか行ってるみたいなんだけど~あやしくねぇ?」
腕を頭の後ろで組んで、あっ軽い金髪碧眼ルーヴィッヒが、隣に居る尻尾髪に視線を向ける。どうでもよさげに、ルシュカがルーヴィッヒに応える。
「あぁ。そーいえば、そんな噂聞いたな・・・つーか、ルーヴィッヒ。クロウが何処にいったってよ、きっと真面目くさった、研究目的なんじゃねぇの?」
お馴染み、お調子者二人組のルーヴィッヒとルシュカが、だらだらと歩いていた。
「だって、あの(人間嫌いの)クロウだし。娼館に行ってるとか、ありえないぜ?」
ルーヴィッヒの話の内容に、それはデマだろうとルシュカは眉を寄せる。
むさ苦しい男達だけの寮には、夜中抜け出して、娼館へ走る者も少なくなかったが。いかんせん、あのクロウである。女も嫌い、男も嫌い、人間は嫌いだと、殺気を放ちながら豪語したクロウだ。それは、ありえないだろう。いまさら、何言ってんだルーヴィッヒの奴?とルシュカは思っていた。
「それは、分かってんだけど~☆、いや~最近、他の先輩たちから聞いたんだ。」
鼻の頭を擦って、金髪碧眼が面白そうにルシュカを見る。
「何を?」
そのルーヴィッヒの様子に、ルシュカも聞き返した。
「クロウがあのオールデン先輩と、夜中二人きっりでデートしてるって☆」
「うぇ・・・マジか?!それ!!オールデンつったら、あの強面の先輩だろっ?!」
気持ちで言えば、彼の尻尾髪がピーンと逆立っている状態だろうか。
クロウに負けず劣らずの、無口にして訓練時には鬼と化す、畏れられる人物の名が上がり、ルシュカも驚いて聞き返した。
まぁ、二人とも長身だし、お似合いと言ってはお似合いかもしれない・・・。
ルシュカは、二人が手を繋いで、仲良く歩くさまを想像して、うーん、目に毒だと、瞳を苦しげに閉じた。
「あ。お前いま変な想像しただろ~、落ち着けってルシュカ☆」
その様子を、観察していたルーヴィッヒは、ルシュカの肩を叩き、面白そうに笑う。
「えぇーだってよ、あのクロウだしなぁ・・・」
げんなりとして言うルシュカに、
「だから☆それを、確かめに行くんじゃン♪」
ルーヴィッヒは、悪戯を思いついた子供の笑みで、ルシュカに提案する。悪巧みには共犯が付きもの、一蓮托生!とルシュカを巻き込みにかかる、ルーヴィッヒだった。
「今日の夜から、寮の中庭で待ち伏せな☆」
「えぇー俺もかよ・・・。」
俺ら、悪友だろ☆の金髪碧眼の悪い笑みに、ルシュカは尚の事、げんなりして嫌そうな顔をする。このルーヴィッヒの悪巧みに、ルシュカはいい思い出などない。嫌な予感がしてならない、ルシュカであった。
そこへ、一人素振りでもしていたのか、木剣を携えたクロウが、庭の端に見えた。
クロウの姿を見たとたんに、ルーヴィッヒは瞳を輝かせ、
「お!噂をすれば・・・おーい!!クロウぅー抱いてぇ~~~~~~☆」
クロウに全速力で駆け寄り、クロウめがけ高くジャンプする。
クロウは気配を察して、体制を立て直した。ガシッと迫りくるルーヴィッヒの両腕を掴むと、そのまま両足を軸に遠心力で、空高くにクロウは飛びつく馬鹿を放り投げる。
「うぎゃあああああああああああああああああ」
あっ軽い大絶叫が、中庭の木々の茂みに消えて行った。
「上手くいくのかねぇー。」
二人のやり取りを、いつもの様に見学していたルシュカが、溜息を吐いてルーヴィッヒを呆れた顔をして見送った。
深夜十二時頃。
冬も近い秋の夜風に、中庭で凍えながら二人は、クロウを尾行するべく、待ち伏せしていた。
「さみぃ・・・。なぁ、今日は違うんじゃねぇ?」
草葉の茂みに座る、外は実に寒い。手を擦りながらルシュカが言う。
「うーん、どうだろうなぁ~☆もう、ちょっい待ってみようぜ!」
「おまえねぇー、なんでそうも、いつも元気なんだよ」
ルシュカとは対照的に、金髪碧眼は寒くなさそうに元気に笑って応える。そんな、対照的な馬鹿二人組の前に、寮の入り口からクロウが灯りを持たずに出てきた。
「お!ルシュカ見ろ!!」
それを見つけて、思わずクロウの方へ指をさす、ルーヴィッヒに、
「げっ・・・マジかよ」
明らかに、いやそうな顔で好奇心に負け、ルシュカが茂みから身を乗り出す。彼の頭の辞書には、好奇心は猫をも殺す。と言う言葉は、知っていても無いのだろう。
「後追うぞルシュカ☆」
「あぁ!」
二人は声を窄めて、クロウを尾行するため、立ち上がった。
普段からその行動力を、もっと訓練時に出せないものか。その場に彼らの教官が居れば、間違いなくそう言うだろう。二年後にクロウがそれを言う様になるが、ここでは関係ない話なので省かせていただこう。
「何してんだろうな・・・あの二人。」
「うーん、逢引って言う雰囲気ではなさそうだな~」
ルシュカの問いに、ルーヴィッヒが首を捻る。
二人は共同食堂裏、窓の外側に居る。厨房入口に居ると、気配に敏感なクロウに見つかる可能性がある。クロウが食堂に入り、厨房に入ったのを確認したので、厨房に何かあるのだろうと、食堂裏に回って様子を見ることにしたのだ。
厨房にはカーテンもないし、絶好の場所だと、ルーヴィッヒはルシュカを連れて、ここまで来た。ガラス窓からは、ボソボソと二人の話し声が聞こえる。
「じゃ、こっちの生地は私が作るから、具材をお願いする」
「了解。あと、飴細工もやってもいいか?」
よくよく見ると、クロウとオールデンは、白いエプロンをそれぞれ着けて、小麦粉や、果物を持っている。
「もちろん!いや~ユーインは発想が良い!!」
嬉々として、クロウを褒める、オールデンの野太い声。
「そうか。先輩も味付けが、絶妙で良いと思いますが。」
それに、淡々と答えるクロウ。
まな板の上で、生地を伸ばすオールデン。その横で、クロウは果物を剥き、ボウルに入れていく。卵を割り、牛乳を泡立てて生クリームを作り、ケーキに使うスポンジを焼いている。ルシュカとルーヴィッヒが見ていると、クロウとオールデンは、瞬く間に手際よくホールケーキを作り上げていった。
「・・・ルーヴィッヒ、これってさぁ」
ぎぎぎ・・・と音がしそうな程、ゆっくりルシュカは金髪碧眼に首を向ける。
「逢引って言うより、なんかお菓子教室だなっ、ルシュカ☆」
てっきり二人の禁断の愛の時間かと思いきや・・・、違う意味での禁断の(な)お時間(光景)だった。
馬鹿二人は、ほっとするやら、残念の様な、微妙な笑みを交わす。
二人が見たものは、真剣に菓子作りに没頭する、殺気だった先輩と後輩の姿だったのだ。
クロウは窓の外に気配を感じて、条件反射に攻撃態勢を取った。
「そこに居るのは誰だ。」
ガラリと、窓を素早く開き、クロウは持っていた包丁を投げる。
『ひぃ!!』
ザシュッ!!包丁が、二人めがけて飛んで来た。
鋭利な包丁は、ルシュカの頬を掠って、裏庭の闇に消える。これには二人とも、腹の底が冷えて、すぐさま姿を現せた。
「あはは~クロウ☆っと先輩、こんばんはー」
「夜分遅く奇遇ッスね~、オールデン先輩もご機嫌麗しゅう」
あっけらかんと明るく言う金髪碧眼に、青ざめて引き攣った顔で、深く一礼する尻尾髪。
見慣れた二人組に、クロウは深く溜息を吐き。その横で呆気にとられていた、オールデンは、己の人生は終わった!と両手で顔を隠し、悲観に暮れていた。何といっても、この訓練生の中で、ルーヴィッヒとルシュカの二人は、噂を広める後輩として有名だった。
馬鹿二人は、取りあえず厨房に入って、辺りを見渡す。
「なんで、二人して菓子作りなんか・・・?」
見つかったことにより、開き直って好奇心旺盛な、ルシュカがクロウに聞く。
「ああ。そんなことか。いや、半年前から、夜中研究三昧で、俺でも甘い物が欲しくなってな。厨房で果物でも拝借して剥こうと、厨房に降りたら・・・。」
オールデンの気持ちを余所に、クロウが淡々と何でもない事の様に、無表情に言ってのける。
「うっかり・・・ケーキを試作しているのを見られてな。そこから、ユーインとは意気投合して菓子教室を開いてたんだ。」
お騒がせ二人組に見つかったことに、観念してオールデンは事の顛末を話し出した。
あの日、クロウに見つかった後。クロウはオールデンの作った菓子を、いたく気に入り、直々にオールデンに教わりたいと、頼んで来たのだった。クロウの申し出に、己が認められて、感激したオールデンはクロウに夜中、菓子作りを教えていたのだった。
「オールデン先輩の菓子は、辛党の俺でも食べられるくらい、美味しいと感じるものが多くてな。俺も、自分で作れるよう教えていただいてたんだ。」
何気に嬉しそうに言うクロウに、
『へぇ・・・』
ルシュカもルーヴィッヒも、本当に純粋に、菓子作り教えて貰っていただけ、だったのか・・・。変な所で天然だなクロウ、と妙に感心していた。
そんな強面二人に、ルーヴィッヒが何も考えず、
「逢引じゃなかっフゴ!!」
爆弾発言を投下しそうになった。それを言ったら、ここでクロウに殺される!!ルシュカは、素早く両手で金髪碧眼の口を塞いだ。
「しぃ―――――!おまえって奴ぁ~、ちったぁ雰囲気読めよ!!」
小声でルーヴィッヒに詰め寄って、
「って何作ってんですか?」
苦笑いを浮かべながら、ルシュカは強面二人に向き直った。自分たちの雲行きがあやしくなる前に、話題を振る。最恐を誇るクロウとオールデンのタッグでは、馬鹿二人組は、どう足掻いても勝てやしない。
ルシュカの質問に、少し間をおいて、言いにくそうに、オールデンが応える。
「・・・ウエディングケーキだ、カートライト」
『ウエディングケーキ?!』
ルシュカとルーヴィッヒの、素っ頓狂な声が厨房に響いたのだった。
それから、一週間後。
晴れやかな青空の下。
ジェーダイト国、エルハラ教会の式場。
海軍訓練の教官の結婚披露宴には、両人の親族や国王、他の教官や訓練生が招待されて、
華やかなバラの庭園と教会をバックに、二人は立っていた。
「うーん、世の中解らんもんだよなー・・・ルーヴィッヒ」
「なにが?」
ルシュカが、ウエディングケーキを皿に乗っけて、咀嚼しながら、金髪碧眼の相方に言う。
「まさか、あのオールデン先輩が、こんな可愛いケーキ作ってるなんてなって。」
二人の皿には、フルーツと薔薇の砂糖菓子が、飾りつけられたケーキ。
「そうだよな~☆俺もびっくり~うひゃひゃひゃひゃ!」
実に愉快にルーヴィッヒは笑った。
あの夜、オールデンは近く結婚する教官に、ウエディングケーキをプレゼントしようと、日ごろの感謝を込めて、試作品をクロウと共に作っていたのだ。
二人はその日から、オールデンの試作品の試食係をクロウから、強制的に任命された。
厳重秘密事項として四人で、今日この日の為に、ウエディングケーキを、完成させたのである。(主に作ったのは、オールデンとクロウだが。)
新郎新婦が教会から出る際。クロウとオールデンは二人で、優雅で女性が好む様な可愛らしいウエディングケーキを運び、他の一同を驚愕させ、(一部教官は目頭を押さえて)場を盛り上げたのだった。強面二人を知る訓練生達は、『手作りかよっ!!』と、内心ツッコミを入れる。ある意味、訓練生にとって青天の霹靂だった。
「でも、俺はこんなおいしいケーキが作れる奴と、一緒に居たいな☆」
ケーキを口に含んで、満足そうに食べるルーヴィッヒ。
「いやいや、野郎は俺、パス!!」
皿を持って、ぶんぶんと片手を振って、断固拒否なルシュカ。金髪碧眼の言葉に、ケーキを作った、クロウとオールデンの顔が脳内を掠った。
「そうか~?俺は・・・アリだと思うぜっ☆」
そんなルシュカには、お構いなしに、ルーヴィッヒはあっ軽く言ってのける。
「おまえってば・・・将来が俺は心配だぜ・・・。」
ルシュカが心配する最中。
このルーヴィッヒの言葉は、彼らが海賊になり、後の単独で海賊船に乗り込んできた、モーリス料理長との関係の序章だとは、誰一人として予想もしなかっただろう。
その後、ブラッド・オールデンは結婚式のケーキを食した、国王に認められ軍には属さず、そのまま王室菓子職人の道へ任命されたのだった。
番外『ある訓練生達の深夜帯』終




