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船長と私。  作者: 御影 優一
魔術師の島国ガンダルシア
27/50

断罪の雨

『断罪の雨』


馬の嘶く声と共に、多くの兵士達の声が西の空へ注がれた。

ガチャガチャと、甲冑と携えた武器の擦れる音。

その物騒な音より、西の上空には雷雲の如く、雷の音が鳴り響く轟音。

だが上空には雷鳴に反して、青空ばかりが広がっている。

否、青空が一切に虹色の光に、眼も開けていられない程、光り輝きだし広がっていた。

王都イスカンダールシア魔術騎士団の兵士達は、その光景と凄まじい魔術の気配に、畏れ驚き歩を留めた。

「あれは最高位魔術、『(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)』――・・・。」

騎士団の先頭に立ち、白馬に跨る紅蓮の魔女の表情が驚愕に染まる。

失われつつある、空に属する全ての属性を練り合わせた魔術。真空と天道の光を操る最高位の『(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)』、現在は三賢者も、それを駆使するのは至難の業。

まともに術を執行できるのは、エルハラ教の法王ただ一人だけである。

だが、あんな大規模な純度の高いチカラを、生まれて今まで見た事はない。

ただ魔女は、そんなものを呼べる者を一人、知っていた。

「セシル・・・!!」

ゴールデン・ルビーズ・アイ。

紅蓮の魔女は、もちろんその魔術を心得ている。ざわざわと落ち着かない心音に、魔女は眉を寄せ、口を引き結ぶ。

途方のないチカラに、魔女はまだ幼かった少年に、その呪文を自ら教えた。

カルセドニア村からの救援信号と魔物襲撃、それにこの西の上空に広がる虹色の輝き・・・

こんなチカラを呼び操る事実・・・セシルやクロウに切羽詰まった事態が起きている。

「ルビーズアイ様・・・これは一体」

騎士団長が困惑した表情で、枯れた声をかける。

「急ぐんじゃ!皆の者!!村で応戦しているのも達を助けよ!!」

騎士団長の言葉に応える事無く、紅蓮の魔女は叫び、誰より早く馬を走らせた。

西の方角。カルセドルニア村一体を覆う、天空から大規模な虹色の光の洪水。

イスカンダールシアの魔術騎士団は、赤い衣翻し駆ける魔女を先頭に、跡を追って行進の脚を速めた。その途方もない魔術のチカラに畏敬の念を抱きながら・・・。




澄み切った青。

光が。空が。大気が。眼に見えぬ微粒子が。意志を持つよう震えだす。

それを真直ぐに受け止め、淡い緑の瞳は虹色の輝きを見詰めた。

あぁ、これが――――自然の慈愛の心。

創造神が人に与えた・・・。

「安息の地へ還れ、(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)――――――――」

深藍の魔術師は、天を仰ぎ言葉を吐いた。

瞬間、上空がより一層虹色に輝き―――・・・眼も開けてられない程の光が迸った。

「うわっ」

「まぶしいっ」

セシルに魅入っていたルーヴィッヒとロバートは、その目もくらむ光の洪水に、咄嗟に眼を瞑る。

「―――っつ」

近くに居た、ルシュカも腕で眼を庇う。強烈な虹色の光に、瞳が潰れそうだ。

「――これは。空属性の最高位魔術『(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)』?!」

クロウも眼を片手で遮り、セシルの方へ向き、唸る様に声を零す。たしか、エルラド大陸では法王しか、この失われた術を駆使する事は出来ないはずだったのではないか・・・。

クロウの脳内にそんな情報が流れる。それと同時、己が目にする聖なる光に、セシルの持つチカラを見せつけられ、冷汗が流れた。

それぞれ驚天動地に見舞われる中。

驚く余裕さえ与えないとばかりに、徐々に眼を刺すような光が治まりつつある上空から、今度は細い矢が無数に降り注いできたのだ。

「うおっ・・・」

ルシュカが咄嗟に声を上げる。

「光の矢?――――すごい、傷が塞がってく・・・それに透けて崩れて」

ロバートは光の矢に当る身体を見つめた、かすり傷がみるみる内に塞がって行く。

「これがセシルの癒しのチカラ」

「なんだ、これ・・・凄すぎて鳥肌がとまんねぇ・・・」

戦って着いたかすり傷が、熱を以て塞がる光景に、航海士と狙撃手の青年も身震いする。

ルーヴィッヒ達が、呆然と降り注ぐ矢に見惚れていれば、その無数の矢は銀色に輝き、眩い光によって形成されていて、人肌に当れば脆く崩れ去った。

「終わったな・・・。」

クロウはただ静かに、周囲を見回す。光矢の雨が降り注ぐ。

人には癒しを与える矢は、容赦なく怪鳥達や魔犬達を貫き、滅びへ誘っていた。

まさしく、罪から逃げる猶予も与えず、共に一切の苦しみを薙ぎ払うが如き裁きの矢。

創造神の聖光による裁き、(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)

村全体を覆う無数の光の矢、それは瞬く間に合成(キメ)()達の歪な生を奪う。

歪な魔物達の悲鳴と咆哮が虚しく響き、その体躯はどれも地にひれ伏す。

クロウ達がただ見つめる、村の景色はやがて静かになっていった。

それもその筈、寄せ集めに縫い合わせられた魔物。合成(キメ)()達は無数の矢に貫かれ、絶命し地に横たわっていたからだ。

「ふぅ・・・」

セシルは深く息を吐いて、胸に手を当てる。

「すげぇ、全滅」

セシルの傍でルシュカが、喉を引き攣らせ周囲を見渡した。

純粋な魔物なら、死体も残らず消滅していたかもしれないが・・・割れた石畳の上には、紫の鮮血と共に、動物や人間の物であったらだろう、

魔物と融合させられ造られた一部が、只々在り続けた。

その壮絶な光景に、狙撃手の青年の喉はカラカラの乾いた砂漠地帯だ。

「オ―――――イ!セシルゥ~~~ルシュカァ~~~!!」

呆然と佇むセシルとルシュカに、東の大通りから、あっ軽い声が向けられる。

ご陽気航海士ルーヴィッヒと、牛乳配達のロバートが元気に駆けて来きた。

二人ともセシル達に手を振って、緩やかな坂を走り寄って来る。

嬉しそうな顔をして、無事な姿を晒す二人に、セシル達も駆け寄った。

「あ、あんちゃん!ルーヴィッヒさん―――っぶ!」

セシルの視界いっぱいに、子供に似た輝く碧眼と綻んだルーヴィッヒの笑顔が映る。

同時に突撃とばかりに、セシルの肩に腕が回された。

セシルの鼻が航海士の胸に潰れ、一瞬息が詰まった。

坂を上り切った途端、金髪の航海士がその場にぴょ―――んっと跳びかかったのだ。

「やったなぁ~~~~~~~セシルッ☆☆☆」

ゴチン!と音がするほど、セシルは航海士の勢いで、そのまま後ろへ倒れ込んだ。

それでも、航海士は気にしないらしい。

無事に生きている喜びを全身で表しているようだ。

「頑張ったな!無事か!?やったな!頑張ったよなっ☆☆☆」

そう言って、満面の笑みでニッカリ笑い。

ルーヴィッヒは鼻先と鼻先を擦りつけ、跨ったまま犬猫の御挨拶宜しくはしゃぐ。

「よかったセシル、やったね!」

追い着いて来たロバートも、純粋に無事を確認できて、微笑んでいた。

「ほらほら、ルーヴィッヒ~お前ってば、落ち着けって、セシルが困ってるだろ~?」

呆れ半分、安心半分、ルシュカが相方の襟首を持ち上げる。ぽいっとセシルの体から離した。そうすれば、アダ!と声が上がり、ルーヴィッヒはコロンっと地に転がった。

「大丈夫かセシル」

青緑の瞳が呆れ顔に、セシルを覗き込んだ。

「えぇ、大丈夫です・・・でも、今日一日、術を使えそうにないよ」

セシルは苦笑いにヨロヨロと起き上り、ローブの裾を払った。

「あはは!!それもう十分だって☆」

地に座り込んで、ルーヴィッヒは明る陽気に笑った。

つられて、今まで緊張していた周囲がどっと笑い出す。心が晴れたもと、温かな笑顔。

すっかり元に戻った空の下。荒れた村に、無事に生き抜いた者達の、安心しきった笑い声が響いた。


しかし、その仲間達より一歩離れ、クロウはただ口を閉ざして佇んでいた。


クロウはただ静かに、足元に転がる合成(キメ)()の体へ手を伸す。

魔犬の体に、縫い付けらた赤子の首。その根元を、持っていた短刀で切り裂いて中を探る。まだ生暖かい肉の感触、生きていた証。クロウはその証を確かめつつ、ある物を探した。指を差し入れれば、お目当ての硬い小さな物が指先に触れる。

グッと指先をその固く小さな物を掴み、引き抜けば・・・クロウの手には、あのジャパリアの事件で、掘り起こした銅円と酷似した硬貨が一つ。

禍々しく紫の血糊を纏い、クロウの手中で光に照らされていた。

鈍く光る怪しい銅貨を、クロウが不快そうに睨む。この騒動は明らかに、性質の悪い誰かによって仕組まれたもの。クロウは銅貨から滲む、微かな高揚感に、誰にも知られず舌打ちをした。その暗く静かな怒りを湛えた背には、対照的にルシュカ達の弾んだ声が響いて来る。

「いや~それより、ホント、セシルの術ってスゲーのな」

荒らされてすっかりもとの、村の風景でなくなった広場を見渡しながら、ルシュカは溜息交じりにセシルを見る。村の上空には、怪鳥が一羽ともいない。平和が戻ったと意識できる、青空だけが広がっている。

「ホントホント☆」

平和な空を見上げ、ルーヴィッヒは頷いた。

「あの氷も凄いよ!広場の殆どの魔物を凍らせてたし!」

ルーヴィッヒの隣に立つ、ロバートが少し興奮気味に言った。

「って・・・あんちゃん、大丈夫?ルーヴィッヒさんも、壁に激突してたよね?」

セシルもつられて微笑み、先ほどの激戦の中での二人を思い返した。

「お前等二人、俺も見てたけど、完全に交通事故だったよな・・・なんで、そんな元気なワケ?」

呆れ気味にルシュカとセシルは眉を寄せ二人を見る。

「あ~あれは・・・あははは・・・」

二人の問いにロバートが、頬を掻いて苦笑い。

「あれな!ロバートが壁にさ!ギリギリの所で車体を横にさせたから、そのまま突っ込まず、最小限にダメージを抑えて激突したんだ☆凄かったんだぜ!な!ロバート☆」

ルーヴィッヒが陽気に、ロバートへ丸い眼を向け、二カッと笑った。

「まぁ、うん、ヤケクソだったしね」

航海士の笑みに、ロバートも照れくさそうに笑う。

あの時の事は、無我夢中だったので、正直言って上手くいくとは思ってなかったのだ。

「あ☆俺は寸での所で、飛び降りたんだけどな!」

「へぇ~それは、凄い」

「僕はあやうく、術の詠唱をど忘れしそうな、衝撃光景でしたよ」

ルーヴィッヒの応えに、ルシュカとセシルはそれぞれ、『どれだけ身軽なんだこの男』と、内心呆れ半分、驚き半分。顔を見合わせた。

そんな二人に、航海士は陽気に笑い、片手を挙げた。

「あひゃひゃひゃ!でも、ま、無事でここまで来たぜ☆やったな!」

「おう!」

パンッと小気味いい音がして、ルシュカは片手を叩き合う。

「ほら、セシルも!ロバートも!」

キョトンと見ていた、セシルとロバートに、ルーヴィッヒは両手を向ける。

「ふふっヤッタ!」

生きて村を守った、と意味を汲み取ってロバートも、それぞれに満面の笑顔でハイタッチをする。

「やったね!セシル」

にっこり笑って、ロバートもセシルへ視線を向けた。

ルシュカとルーヴィッヒが、片手をセシルへ付きだした。大きなことをやり遂げた、達成感を分かち合おう・・・と、表情に出しながら。セシルに期待の瞳を向けて。

「え、はい!」

セシルもつられて、三人の掌を叩き合った。

軽い掌の音が、三つ。共に戦った仲間だと、確認するかの如く――――。

顔を見合わせて、心から微笑み合った。

「さて。これから忙しくなるぞ。オマエ等。まずはリオン達の無事を確認しないと。」

ひとしきりハイタッチ仕合い、喜びを分かち合う中で、冷静な声が降りる。

クロウが銅貨をコートのポケットの中に仕舞い。難しそうに眉間に皺を寄せた。

視線の先、荒れた周囲には魔物の傷跡が、生々しく残っている。

「あ、そうでした・・・それなら」

北の大通りに行ってみましょう・・・と、セシルがそう言葉を紡ぎ終わらない内に、

「居たわ!あの子よ!」

と広場の端から金切り声が上がった。

クロウ達が、なんだ?と、鬼気迫る声のする方へ振り向けば。

東市場の通りから、魔物の脅威が去ったのを確認する隠れていた村人達の中から、一人の中年女性が物凄い形相で駆けて来ていた。

他の逃げ遅れ隠れていた、少数の村人も広場の端へゾロゾロと集まり出す。



怪訝に見詰めるクロウ達。

そんなクロウ達の事など、一切眼もくれず、中年の女性がセシルに走り寄った。

そして尽かさず、女性は鬼の形相で手を振り・・・。

―――パシンッと乾いた音が広場に響く。

「え、あ・・・」

一瞬、セシルの思考も止まり。遅れてセシルの左頬が、じんわりと痛む。

あまりの突然の事に、クロウ達も呆気にとられ唖然とした。

何が起こったのだと、誰もがわが目を疑う。

「アンタの仕業ねっ」

髪を振り乱し、金切り声を上げて、中年女性はセシルに掴みかかった。

「アンタがっアンタが帰ってくるから、私達の村がこんな事になったのよ!!」

呆然自失するセシルの眼には、母とよく似た面差しの、叔母の顔が映った。

その顔と声、言葉を聞くうちに、蓋をしていた暗闇が広がった。


“魔物憑き”“こんな子がいるから” ――――――――僕の所為。

僕が存在するから―――・・・父さんは、死ん、だ・・・

こんな事になったのも、全部、ぜんぶ、ぜんぶ・・・ぼくの所為・・・・・・?


セシルの思考が深い深い、闇の沼に呑まれた。

それは決して底の無い、深い心の暗闇の沼だった。

「どうしてくれるのっアンタが居るせいで、村は滅茶苦茶!!私の息子も危ない目にあった!!全部アンタの所為よ!!!!」

矢継ぎ早にセシルへ罵倒を浴びせる中年女性。そして、また振り上げられる手―――。

ひゅっと風を切る音が聞こえ、手の平が迫ってくる光景が、ゆっくり見えた。

ただ、ただ、何の感情も湧かず、ゆっくり迫ってくる。

怒りをあらわにした叔母の手を。

あぁ・・・叩かれる、セシルはそれを呆然と眺めた。

セシルは次に来る痛みを覚悟して、無意識に口を結んだ―――――その時。

ぐらり、とセシルの視界が黒に遮られ、

「アンタッいきなり何すんだ!!!」

ルーヴィッヒが声を荒上げ、女性の手を掴んだ。

「なんだいっあんた達はっ!?村はね!この子の所為で魔物に襲われったっていうのにっ!!」

「はぁ?!アンタ本気でそんな事言ってんのかっ?!」

女性の罵倒に航海士が顔を珍しく顰め、手を放し対峙する。

「おいおい、それは言いがかりだろ?何処にそんな証拠があるんだ」

青緑の瞳を鋭く細め、ルシュカも口を開く。

あまりにも理不尽な言いがかりに、ルーヴィッヒとルシュカは食ってかかった。

その声をどこか遠くで聞き、ぼんやりするセシル。

そのセシルの目の前には、漆黒の副船長の姿があった。ルーヴィッヒが動くのとほぼ同時、クロウが女性の間に入り、セシルを抱き込んで庇って盾になっていてくれたようだ。

「・・・大丈夫か。いや。そんな訳ないか。」

叩かれた左頬撫で、クロウが心配げに覗き込む。ただ、その黒曜石の瞳には、底知れぬ怒りが孕んでいることが窺えた。

「え・・・あ、いえ、だ、だいじょうぶ、です。」

その瞳に、一瞬喉が引き攣ったが、なんとか言葉を絞り出す。

「あの・・・ありがとう、大丈夫です、から・・・・・・はなして」

すると、クロウは腕をゆっくり、セシルから離した。

クロウの背の先、ルーヴィッヒ達と叔母が言い合っている声が、途端はっきりと耳に入ってくる。あまりの突然の出来事に、眼を白黒させるが、セシルは我に返った。

いつの間にか叔母だけでなく、村の市場の大人達と、航海士達の言葉の応酬がけたたましく脳に響いたからだ。

「そんなの言いがかりだろう!」

ルーヴィッヒが、怒りの滲んだ声音で吠えた。その形相に少し怯んだのか、顔を歪ませた中年女性は、吐き捨てるように言い放った。

「あんた達は余所者だろっあの子は魔物憑きの呪われた子なんだ!!自分の父親まで、殺してる!」

「ちょっと待て!言って良い事と悪い事があるだろっ」

その言葉にルシュカも、剣呑な表情を向けた。

つい先日、セシルの身にあった不幸な事故の話を、副船長から訊いたばかりだ。

「そうだ!そうだ!彼奴が俺達を殺そうとしたんだ!そうに決まっているっ」

集まって来た村の男が、セシルを指さしそう言い放つ。

何の根拠もなく、決めつけにかかる村人たちに、ルーヴィッヒは眼を向いた。

動揺を隠せない。


「何言ってんだアンタ・・・」

「ちょっと待ってくれ、あんた達、本気で言ってのんか、ソレ?!!」

何だそれは・・・ルシュカも村人たちの見解に、開いた口が塞がらない。

「同じ村の者だろうと、そんな理不尽なこじ付け・・・それだけは許せない!!!」

おろおろしていたロバートも、遂にこの言葉に怒り心頭。拳を握りしめ吠えた。

必死に村人を守る為、ここまで危険な目に遭いながらも、命を張ってみんなで戦って来たのだ。それなのに、何故セシルが村人を殺そうと思うのだろうか。よくよく、その村人達の顔ぶれを見れば、先ほどの自分達に加勢してくれた村人達ではなさそうだった。

ルーヴィッヒ達は、口汚く罵る村人達に、腹の底から煮えくり返る怒りが湧いた。


そこへ微かに響く甲冑の音と、金属音、人々の足音。

複数の音が、口々に飛び交う、様々な理不尽な言葉達に交じった。

北通りから逃げ遅れた村人を数十人伴って、ハーゲン隊長率いる警備兵達が広場へ戻って来たのだ。


綻びた赤い軍服に、傷ついた鎧には、紫の血糊がべっとり付着し不気味。しかしそれは、警備兵達が村人を、守っていた証が刻まれている。

その中でやはり一番先頭に立つのは、皺のある顔つきと、鋭い眼をしたハーゲン隊長だ。

その隣には、副隊長らしき若者と、オレガノが傍に立ち歩いて来ていた。

魔物を一掃した大規模な魔術により、村人を伴って戻って来たのだろう。

初老に差し掛かったハーゲンは、セシル達を一目見ると、沈黙と共に微かに微笑んだ。隣に立つオレガノも、純粋に逢えて嬉しいと、ぱっと表情を綻ばせた。

こちらは若さ故だろう、ハーゲンとは反対にオレガノは、今にもセシル達の方へ駆け寄りそうだ。だがその微笑みも、広場に集まる村人達の尋常でない緊迫した雰囲気に、すぐさまかき消される。

「ちょうどいいわっ兵隊さんっ―――この子が悪の根源よっ!今すぐ捕まえて頂戴!!!」

金切り声に中年女性が、警備兵達を視界に入れるとそう訴えた。

「なっ!?」

この言葉にルーヴィッヒは、呆気にとられ言葉が続かない。

広場に辿り着いたハーゲン隊長達は、怪訝な表情で広場を見渡した。

後に続く村人達も、不安そうに様子を窺う。

「・・・・・・魔物が滅ぼされ、戻って見れば、開口一番、捕まえろとは・・・ご婦人それは一体どういう事ですかな?」

「そんなの決まってる!村の者なら誰だって知っている筈よ、この子は魔物憑きだって!この子は父親を殺したのを飽き足らず、アタシ達を襲おうと、魔物を従えて襲わせたんだっ」

怪訝に重い口を開くハーゲンに、先ほどから根も葉も無い罵詈雑言を浴びせる中年女性が、畳み掛けるように言い放った。ハーゲンやその周囲の副隊長はその声に、思わず眉を潜める。

「何を言っているんです!?―――この少年は、皆を守るために戦っていたんですよ!」

堪らずオレガノが割って入った。

「そんなの演技に決まってる!」

「ちょ、何を証拠に・・・」

キッパリと断言する中年の女性に、ロバートが眼を向いて応えた。

オレガノもセシル達と市場の人々を交互に見て、この緊迫した空気に困惑する。

「だいたい、アタシ達はあの子が魔物と、一緒に居る所を何度も見てるんだ」

今度は違う女の声が上がり、

「ウチの子等だって、彼奴と一緒に居る魔物に襲いかかられた事があるんだ!信じられるかっ!!」

野太い男の声が口々に上がった。

「それはアンタ等が、セシルに冷たい態度を取るからだろう!」

市場の村人の罵詈雑言に、航海士が顔を真っ赤にし怒鳴った。

「お前達も、どうせ魔物の手先だろう!この村を乗っ取る気か!!!!」

その航海士達の抗議の言葉に、村人の言葉の刃が遂にセシルだけではなく、セシルの周囲へ向けられるようになった。

口々に交わされる、怒りと嫌悪を孕んだ言葉に、セシルは眼の前が真っ暗になる。

「や、やめ・・・・・、やめて・・・」

これ以上・・・僕の所為で、大切な人が、大切なヒトが、傷付くのは。

これ以上、傷付けられるのは――――――――――・・・。

乾いて、ひり付いた喉から、セシルは、やめて、と絞り出す。けれど、そのか細い声は、飛び交う騒音にかき消される。

急激に冷える体に、ローブの裾をグッと握った。

「あんた等はよそ者だ!引っ込んどけ!!」

誰かのそんな言葉が一際広場に響いたのが、合図だったかのように、


「静まれぇ――――――――――――――――っつ」


ハーゲン隊長の制止の声が轟いた。

「・・・・・・大体、村の者達との話を聞いて、どういう状況なのか分かりました。」

轟き通る声に、水を打ったように静寂が辺りを包んだ。

村人もルーヴィッヒ達も、一斉に口を閉ざす。

その双方の集団へ鋭い視線を向け、声の主は一息つく。そうして、初老の隊長は重い口を開いた。

「その少年が魔物憑きであることは、儂も知ってはいる。だが・・・だからと言って、今この村に起った事と、この少年が仕組んだことである事は、確固たる確証も無ければ証拠も現時点では無い。ご婦人達が言う様に、悪の根源と決めつけにかかる事は、儂にはできない。――――しかし、その少年が魔物憑きである、と言う事に関しても事実である。よって、真実が明らかになる審議が出るまで、その少年を連行する事にするっ・・・これで、村の者、ご婦人達も得心がいくでしょう」


『―――!?』


信じられないと言う様に、航海士達の一斉に表情が硬直する。

眉間に皺を寄せ、難しい表情を似て、ハーゲンはセシルとクロウ達、そして最後に村人達へと視線を向ける。其れは、村の安全を最優先する警備隊長という役職に着いた、公平な眼で見た老いた兵の出した案だった。

「牢に閉じ込めておけるなら、なんだっていいわ」

老いた隊長の言葉に、中年の女性はフンっと鼻息荒く頷く。

「隊長!そ、それはっ・・・それはあんまりです!!」

納得できません!!と、前に進み尽かさずオレガノが進言した。

その表情は既に、驚愕に染まっている。

連行する先は、警備隊の空き部屋でもなく、間違いなく牢屋である。

「オレガノッ!お主は黙っておれ――――!!これは隊長命令であるっ」

素早く隊長の前に立ちはだかるオレガノを、ハーゲンは強引に腕を押し退かせた。

「し、しかし・・・っつ」

「くどいっ」

尚、食い下がるオレガノに、ハーゲンはバッサリとその意を斬り捨てる。そうして、前に進み出るのは、村人達とクロウ達の間。ゆっくりと静かに進み出る初老の警備兵。

セシルにとってその一挙一動が、まるで死刑宣告を待つような心持ちだった。

初老の警備兵は、ただ呆然と佇むセシルへ、その薄い緑の瞳を見つめ口を開いた。

「すまないが・・・少年よ、ご同行願えますかな。」

ゆっくり、ただ静かに、されど重い口調が、セシルへ降りてくる。

その言葉は、痛みを伴わない。

緩やかな、心地の良い、自分の犯した罪を罰する、優しい言葉のように思えた。

「あ、――・・・わかり、ました・・・行きます。」

これなら、僕から、大切な“みんな”を守れる。セシルは喉から掠れた、か細い声で応えた。その最後の言葉に迷いなんて無かった。

静寂が満ちる周囲に、セシルはクロウ達を背に、警備隊長の傍へ一歩足を踏み出す。


「ふざけるな―――――――――っ」


腹の底から吠える、怒号が静寂をぶち破った。

「ルーヴィッヒさん・・・」

セシルは驚いて振り返る。

すると、そのままセシルの腕が掴まれて、引き戻された。あっと声を漏らす暇も無く、元の場所に引き込まれる。その腕の主を見れば、セシルの背後に立っていたのは、静かに怒り湛えた黒衣の副船長だった。

「セシルを牢に入れるだと、・・・ふざけるなっ!そんな話あるかよ!?」

セシルとハーゲンの間に立ち、ルーヴィッヒは声を張り上げ訴える。

「俺達とセシルは、必死に命を張ってコイツ等と戦って、アンタ達を守ったんだ!確かにセシルは、魔物に好かれてる、けどな!セシルの傍に居る魔物は、高潔で純粋な者達だ!!むやみやたらに人間を襲ったりしねぇ!それになぁっこの化け物は、普通の魔物なんかじゃない、これは人間に手を加えられた、人間の狂気の塊だ!!」

ルーヴィッヒは、傍に転がる歪な魔物の死骸を指さす。その死骸には、狒々の頭と、人の赤ん坊の頭、そして縫い付けられたような、もろい糸切れが覗いていた。

誰もが眼を逸らしたくなる、人間の手で加えられたと言う―――――隠しようも無い事実。

「魔物と仲良くしろとは言わない、生理的に受け付けないのは俺だって分かるっ・・・だけど!だけどな!!」

怒りを顕わに、その裏でとっても真摯な気配。

普段の彼なら考えられない程、実直で真面目な、真実を逸らさない、青年の姿。

その航海士の姿に、老いた警備隊長と村の者達は息を呑む。

セシルも眼を見開いて、その言葉と姿に見入っていた。

「そもそもアンタ達は、セシルや俺達に守ってもらいながら、“ありがとう”の一言も言えねぇ――――のかっ!!」

忘れ去られている、根本的に人として“大切な心”。それをルーヴィッヒは魂の底から、叫び訴えた。血の滲むような悲痛な、それでいて憤怒を宿した声音で。

力強い碧の視線は村人達へ向けられて逸らされることはない。

「あ~珍しく、その意見は俺も賛成だぜぇ・・・。俺もこんな胸糞悪りぃ事に頭にキテる。あんた等は感謝こそすれど、非難する筋合いはナイんじゃねーの?」

まぁ、あんた等に、感謝なんてして欲しいなんざ思わねーけど。そう付け加え、続けて声を発したのは、狙撃手のルシュカだった。

いつもの気怠い物言いに、今は明らかな嫌悪感を滲ませている。

「ふん。オマエ達。村人共は己の弱さと不安を棚上げし、より弱い立場にあるセシルへ八つ当たりして、弱い己を正当化しているに過ぎんだろ。人の格が知れているな。反吐が出る。」

その最後にあ今迄、沈黙を貫いてきたクロウの言葉。

沈黙を貫き開いた声音は、村人達の心の闇を明確に曝け出し、意識していない本人達へ、問答無用で突き付けた。その声音には、人を人とも思わぬ、冷徹な蔑みを湛えられている。

「・・・・・・セシルに無い罪着せるような事・・・俺は絶対させねぇ!!!!」

セシルが聴き慣れない皆の言葉に、心と体が呆然とする中。

ルーヴィッヒは声高らかに吠え、長剣の柄に手を伸ばし構えた。

「魔術兵士だろうが、村人だろうが、俺達が相手になるぜ」

不敵に嗤うルシュカも、もう体力も無いだろうに、銀の剣を握りしめる。

「奇遇だな。尻尾髪。―――――俺もこの村を滅ぼしてもいいかと思っていた所だ。」

嘲笑う、クロウの底冷えする殺気を孕んだ声音。クロウは意を同じく、直ぐにでも抜刀できるよう構える。セシルを背後に寄せ、その瞬間、蒼い炎が漆黒の存在を包んだ。

ただの怒りより憤怒、憤怒より殺気。

その一切迷い無い、凄まじい殺気に、警備兵も村人達も一斉に恐怖心により硬直する。

傍に居たロバートも、頭に来ていたのだろう、こちらも黙って、腕まくりをして眼が完全に座っている。今にも飛び掛りそうだ。


ハーゲン隊長及び、副隊長、そしてオレガノも、彼等の尋常じゃない気配に、緊張が走った。この気配を肌で感じ、一瞬で悟る。

ただの武術と魔術を嗜む程度、その我々では敵わない。彼等がただの旅行者ではない事。

相当な場数を踏んでいる彼等は、自分達では格が違い過ぎる相手だ――――、と。


あちらが本気でかかれば―――まずこちらが負ける、否、()られる。

初老の警備隊長は、喉に刃を突き付けたような殺気に、蹴落とされそうになった。

冷やりと、つめたい汗が老いた額を伝う。

息も出来ぬような緊張が、広場を走った。

まさに一触即発。息を呑むような、恐ろしい緊張感が張りつめる中。自分を守ろうとしてくれる事への嬉しさと、また父親の様に皆が自分の存在で命が危うくなるかもしれないと言う苦い思いが、セシルの心中を搔き混ぜ、複雑に絡む。

―――それでも、嬉しいけれど、受け入れてくれた温かい人達だから。

だからこそ、だからこそ、こんな村の臆病な人間に、手を汚す必要なんてない。

只々、頭の芯が冷えて、やっぱり行かなきゃ、とセシルは内心呟いた。


その時である、緊迫した広場を裂くように、白馬に乗った紅蓮の赤が現われたのは。


「なんじゃ皆集まって・・・祭りでも始めるつもりかぇ?」

溌剌とした老いた老婆の声。白馬に乗った紅蓮の魔女が、不敵に微笑んで広場に降り立ったのだ。その白馬の跡へ続いて、物々しく武装した王都イスカンダールシア魔術騎士団が隊列乱さずその場に降り立った。

「魔物の襲撃と聞いて駆け付けて見れば・・・やはり、お主等じゃのう、よう無事じゃった。お婆ちゃんは嬉しいぞセシル」

王都の騎士団の先鋭なる魔術騎士を従え、村人達や警備兵が騒然と驚く端。そんな事は気にも留めず魔女は馬から降りて、セシルに駆け寄って抱きしめた。

「お、おばあちゃん」

ぎゅっと抱きしめられ、セシルはあたふたし、

「クソ婆ぁ。来るのが遅ぇんだよ。」

その横ではクロウが呆れた声で息を吐く。その声音と雰囲気には、先ほどの凄まじい殺気は微塵も無い。そんなクロウに魔女は睨むと、

「なんじゃとクソ息子がっ」

ダンッと魔女はクロウの足を容赦なく踏みつける。クロウの顔が、苦渋に歪んで魔女を睨み付けた。

「こンのババアっ・・・。」

鋭いクロウの睨みに臆することなく、魔女は鼻を鳴らし、警備兵と村人を一瞥する。

「ふんっ、――――それより、クロウ。なんじゃ、皆集まっておる様じゃが、魔物は一掃できたのであろう?何故こうも村の者は殺伐としておるのじゃ?」

紅いベールから、白く濁った瞳が厳しく村人達を射抜く。

「そ、それだよ婆ちゃんっ―――あのな、この村の奴等、セシルと俺達が必死に村を守って魔物を退治したのに、魔物が出たのはセシルの所為だって、セシルに押し付けて牢に居れようとしてんだ!!婆ちゃん、船長の知り合いなら、何とか言ってやってくれよ!!」

突然現れた、上司の知り合いでるような老女に、ルーヴィッヒは飛びついて説明した。

騎士団を引き連れて現れた老女を一目見て、権限を持つ者だと航海士は、目聡く察して捲くし立てる。

ルーヴィッヒの話を聞いた、紅蓮の魔女は形の綺麗な眉を寄せ、

「ん―?!なんじゃそれはっお主等っ!!またセシルにいちゃもん付けよって!」

腰に手を当て、声を荒げた。

「し、しかし・・・その少年は魔物憑きで」

村人を背にして立つ、警備隊長は騎士団を連れた老女に、言い難そうに話し出せば、

「はぁ?!しかしも案山子もあるかぇ!よいかッセシルは儂の弟子であり、魔にも慕われ自然にも慕われる程、チカラの在る者ぞっ、その証拠に、先ほどの光の矢の雨は、最高位魔術、『(ホーリー)の(・)断罪(ジャッチメント)』儂がその才を見出し伝授した、至難の魔術であるぞっ」

尽かさず魔女は、ハーゲンやオレガノもぶっ飛ぶ言葉を浴びせた。

多くの馬から降り整列する静かなる騎士団の者達は、魔女の言葉にセシル達へ視線を向け、おぉっと溜息が混じる声が零れた。

「それに儂は永く生きておるが、こんな魔物見た事ないぞぇ、―――これは、明らかに人為的に造られた合成(キメ)()じゃ、魔物は本来、自然の闇から生まれる者、無暗に人間を襲う事はない」

力強く言い放ち、魔女は地に転がる魔物遺骸を指さす。

「で、ですが・・・」

掠れる声が魔女に向けて駆けられる。

指をさされた魔物の死骸と、魔女の厳しい眼差しを交互に見つめ、ハーゲンが口を開きかければ、続くように中年女性の金切り声が上げった。

「そんなの、そんなのデタラメよ!!!何の根拠があるって言うのさ」

「そうだそうだ!それにアンタ、急に出てきて偉そうに、何様なんだ!!」

「こいつは、魔物憑きなんだ!それだけで十分怪しい!!」

「弟子だと言っても、どうせ辻占いだろう!」

その中年女性の言葉に触発され、村人達の声が次々に上がった。

「無礼な!このお方をなんと心得るっ」

矢継ぎ早に言い放つ村人に、静かに黙する騎士団長が、ドンと槍を地に打ち付け吠えた。

その騎士団長の重い声に、ぎょっと村人達は眼を向いた。

騎士団長が敬語を使う相手だと言う事が、眼前の老婆が只者でないと悟って、一瞬で口を閉ざし、周囲が静まり返る。

「あーよいよい、騎士団長、儂の名は儂で名乗れる。」

騒然とする広場に、王者の如く威光と風格を備え、魔女は悠然と佇んだ。

素性を知るクロウ達は、余裕綽々に斜に構え、見守るに徹している。

その様子に、ふっと魔女は優雅に微笑み瞳を瞬いた。

「儂の名は、ゴールデン・ルビーズ・アイ、二つ名を紅蓮の魔女。ガンダルシア神事を務める魔女であり、現国王の相談役―――そしてまた、人の行く末、転機を占う放浪者」

ゆっくり、噛んで含むかの如く、自身の名を明かす。

白く濁る瞳は、徐々に紅玉の様に赤く染まり金粉が舞う、まるで、紅蓮の炎の様に―――。

しゃがれた声も透明な若い声音に変わり。

皺のある肌も、みるみる内に瑞々しい若い女性のものへと移り変わっていった・・・。

「そして、この漆黒の者はクロウ。儂の一番にして可愛げのない弟子。続けて、このセシルは賢者の素質を持つ、儂の二番弟子にして可愛い弟子じゃ。」

優しく微笑む魔女は、セシルの頭を撫で村人達を見渡す。

紅蓮の眼差しに、途方もない威圧感を乗せ、ハーゲンを射抜いた。

圧倒的なチカラの前に、オレガノも冷汗が止まらない。

その人で無い美しさの瞳に、村人達は呑まれ息さえ忘れそうになる。

「どうかぇ、お主等民を治める国王と同じ権限を持つ、紅蓮の魔女の弟子は?儂の名を訊いて尚、セシルを牢に入れるのかぇ?根拠なら儂の紅蓮の瞳は嘘偽りなく、セシルの潔白を証明できるが―――・・・どうじゃ?」

朱ベールから覗く白髪交じりの髪は、黄金に輝く髪へ。

佇む魔女はもう老婆に非ず、若い美しい女に様変わりしていた。たがしかし、美しく若いだけでなく、その魔女の周囲には途方もない威圧が、警備隊及び村人全員へ向けられている。有無を言わせぬ魔女の気配に、ハーゲンは膝をついた。

「うっ・・・そ、そう、我が国の総意であるならば、貴女様の弟子を疑うなど・・・出来よう筈はありません」

深々と魔女に頭を垂れ、初老の警備隊長は、唸る様にそう言う。

だがそのハーゲンの瞳には、どこか、ほっとしたような気配がうかがえた。

警備隊長の言葉を聞き終わり、紅蓮の魔女は瞳を閉じ、ゆっくり深く満足そうに頷く。

「では、ハーゲン警備隊長・・・儂の名に懸けセシルの審議は晴れた。直ちに、主ら警備兵は騎士団と加わり、村人の保護及び、復興、そしてこの事件の調査に速やかに取り掛かるのじゃ――――良いな!」

そして再び紅蓮の瞳を開き、声高々に手を翳した。紅蓮の魔女により、王に等しき命令が下される。

『ハッ!!』

騎士団と警備兵がそれぞれ一声、声を揃え、跪いたまま深く頭を垂れた。

その様子を見入っている村人達も、どよめきが走る。誰もがバツが悪そうに、セシルを視界に入れ口に手を当て、血の気も引き、口を開く事も無い。

紅蓮の魔女は、クルリとセシルへ向き直り、

「セシル、お主はもっと己を大事にのぅ、いくらこんな愚かな人間共の為に、クロウ共の手を汚させたくなくても、お主がそれではクロウ共の、お主を思う気持ちを無碍にしてしまう」

言い聞かせる様、目を伏せセシルを一層抱きしめた。

「おばあちゃん・・・」

セシルの思っていた事が、魔女には筒抜けだったようだ。甘い麝香の香りが降りて、セシルは魔女にされるがまま、背中を擦られる。まるで実の子へするように。

「儂もセシルが居なくなるのは、寂しいでのう。セシルはこの婆が、誰かに謂れなき事で投獄されれば許せぬじゃろ?それと一緒じゃよ」

顔を覗き込む魔女の表情は、いつもの老婆に戻り目尻に涙を浮かべいている。

どうか消えないで・・・と、魔女はセシルだけに囁き頬を摺り寄せた。

魔女の囁きに、セシルは眼を見開き、鈍い痛みに心が穿たれる。其れはセシルにとって、何も知らない幼い心の如く純粋に嬉しくもあり、また嫌悪する自分が死ねなかったと思う苦味を伴う刃だった。魔女に抱きしめられるセシルの、心声を微かに耳に入れたクロウは、全てを飲み込む深淵の黒い瞳で、沈黙を以て只々静観していた。



騒然とする広場に、警備兵と騎士団が魔女に指示通りに動き出した。

バツの悪そうな村人達を、警備兵が教会へ避難するよう誘導する。ある程度の村の者達はぞろぞろ・・・と警備兵達に従い西へ脚を向け始めた。だが只一人、その場に立ち尽くし、顔を怒りに真っ赤にしながら、喚き散らす者が居た。

「そ、そんな、アタシは、アタシは、信じられないわよっ―――父親を殺した化け物がっ化け物が、この村に居るなんてっ」

一番初めにセシルを引っ叩き、罵声を浴びせた中年の女性である。

往生際悪くまだ言うかこのおばさん、とルーヴィッヒ達は、不愉快に眉を潜めた。

しきりに続く訊くに堪えない言葉に、ルーヴィッヒが頭にきたとばかりに、無表情に拳を握り女性を睨み付けたその時。

「カーラッ!」

バチンッ―――ッ!!

中年女性の名前であろう名と、凄まじいビンタの音が鳴り響いた。

『何事?!』とルーヴィッヒ達、クロウまでも口を開け、目を見張れば、東市場の裏通りから、セシル母親、アイリスが躍り出てきていた。

それと同時に、アイリスの怒りを孕んだ叫びが木霊する。

「カーラッよくもっ私の子を化け物呼ばわりしてくれたわね!!ルシオは病気で死んだの!私のセシルは、化け物なんかじゃなわっ」

カーラと呼ばれる中年女性の胸倉を引っ掴み、アイリスがもう一発と、ビンタを繰り出す。

「そうよ!いくら叔母さんだからって、お兄ちゃんを化け物だなんて許せない!!」

それに続いて母親の背後には、セシルの妹アメリアが仁王立ち。大気中の水を掌に集め、自分の叔母に容赦なく投げつけた。

「か、母さん?!アメリア?!」

突然現れた母親と妹に、セシルも驚愕の声を上げる。

「え・・・叔母さん?」

呆気にとられていたルーヴィッヒも、眼を瞬きながら説明して?と、セシルを振り向く。

そのルーヴィッヒの様子に、セシル一家をよく知るロバートも青ざめながら苦笑い。ただ魔女だけが、面白い物を見るようにニヤリと笑っている。

その三者三様の空気の中、非情に気まずそうに、セシルはおずおずと話し始めた。

「あ、はい・・・あの人は、母の妹で・・・一応、僕の叔母になるんです」

セシルのその一言に、ルーヴィッヒとルシュカ、クロウも気まずそうに眉を寄せた。

「え、あ、あ~~~っと☆」

「なんか、後味悪いっつーか何つうか・・・ははは」

セシルに酷い態度をとっていたとして、仮にも叔母だとは・・・思いも寄らない。

しかも、その女性は自分達がかなり世話になっていた、アイリスの妹だとは・・・姉妹だと言うのにこの違いはなんだろうか。

航海士と狙撃手の青年は、間違った事をした覚えはないが、セシルの親戚だというだけで、自分達の抗議した言葉に少し後味の悪さを感じた。

お互い居心地の悪さに苦笑い。お調子者二人は頭を掻く。

セシルはクロウ達に、すまなさそうに困った顔を浮かべる。

「えーっと、気にしないで、叔母さんはあぁいう可哀想なヒトなんですよ。・・・ね、だから、母さん、アメリア・・・もうそろそろ、やめ、よ、う、よ・・・?」

だが母と妹には、セシルの声も届いてない様だ。

母娘は叔母に、これでもかと容赦なく制裁を加えている真っ最中だった。

この二人の様子にセシルは、無事に生きて会えたと、感動の想いも二人の凄まじい形相故に吹っ飛びその場で立ち尽くした。(もちろん母と妹の恐怖故である。)

セシルが青ざめ立ち尽くす傍で、同じようにクロウ達も、女性達の怒りの鉄拳を目の前に立ち尽くした。(さすがセシルの家族っと、こちらは妙に納得した心境である。)


「なんだ、どうにか間に合った見てぇーだな」

「そうですね~後ろの方で様子見して、村人と乱闘になったら加勢しようと構えていたんですがねぇ~ふふふ」

穏やかな濁声と、飄々とした不穏な含み笑い声が響く。

呆然と傍観するクロウ達の、背後から聞き覚えがある声が掛けられた。

「みんな無事で何よりじゃぞぃ」

そして元気のよさそうな老人の声と、

「ふふっダーリン、カッコよかったわ~」

男なのに独特な言葉使いが続いた。

「ハニー☆☆☆みんなも!やっぱ無事だったんだな~!!!」

懐かしい声に、ルーヴィッヒが逸早く振り向いて叫ぶ。

一同が振り向けば、そこには北通りを背に、水夫長と航海医師、老人船長、リオンを抱えたグラムとルーバ夫妻、それと・・・航海士と秘技『愛の抱擁』を繰り出している料理長が立っていた。

老人船長達も、ここまで来るまで魔物と一戦交えたらしい。

皆それぞれ、かすり傷や泥と紫の鮮血に塗れていた。

「なんだオマエ等。裏通りで待機とはずいぶんな身分だな。」

様子を窺っていたらしい気配に、クロウが眉間に皺を寄せ憮然と言い放つ。

再会の感動により、秘技『愛の抱擁』に入っているバカップルを、さっさと見なかった事にして、クロウは他の部下を出迎えた。隣でルシュカが白目を剥きぶっ倒れ、ロバートが必死に呼び掛けているのさえも無視して。

「いや~でも、私としても話を聞いていて、腸が煮えくり返って、ぷっつんしそうでしたよ?」

ねぇ~セシルさん?ミゲルはセシルの手を取って、にっこり微笑む。

急に手を取られ、セシルはバカップルの腐臭から引き戻されると、

「うぇ、え?ミゲルさん、無事で・・・って返り血凄いっひどいぃっ!しかも、手、手の平ぱっくり裂けてますよ!?」

ミゲルの血に濡れた手に驚いた。

ミゲルの右手の平は、ぱっくりと裂いて赤黒い血が流れている。

「あー、ここに来る前にちょっと、やらかしましたからね」

飄々と言ってのける航海医師は、すぐに治りますよ、と手をヒラヒラさせた。

「ひょぇぇ、ヒ、回復(ヒール)

セシルはその手を掴み、素早く回復術を唱えた。その傷が塞がる温かさに、ミゲルは蒼い瞳を瞬かせる。傍でその術を見ていたバルナバスも、感心しつつ怪訝な顔でセシルを見る。

「セシルよ~お前さん、あんなデカイ術使って、まだ回復術って、どれだけチカラあるんだぁ?体は大丈夫なのかよ」

ジャパリアでの件を思い出したのだろう、バルナバスは心配そうだ。

「え?この位なら大丈夫ですよ」

きょとん、と不思議そうにセシルは頷いた。

それならいいけどよぅ、バルナバスはセシルの頭を武骨な手でぐしゃぐしゃと撫でた。

その手のぬくもりが、温かい。

ホントに、生きて会えて良かった、小さく呟くセシルの心の奥が、少しだけ温くなった。

母と娘の凄まじい制裁光景と、バカップルの眼に痛い抱擁、それらを視界に入れない様、場慣れしている癖のあり過ぎる者達は、普通に賑やかに再会を喜び合う。

「そーいや、リオンはどうしたんだ」

なんとか復活を果たしたルシュカが、青い顔で誰と無しに尋ねれば、

「リオンちゃんなら、ほら!」

『メシア』の女将、ルーバが抱きしめていた幼子を皆の前に差し出した。

心配する中、皆が覗き込んだ先、その当のお子様は―――。


『・・・・・・・・・・・・・・・・寝てる。』


一同、声を揃えツッコんだ。

どうしてこんな状況で寝ていられるんだ。いや、幼子には精神衛生上寝ていてもらった方が、クロウ達にはいいのだが。

薔薇色のほっぺが西日に映え、すょすょ・・・リオンは瞼をとして寝ていたのだった。

「ヒューホホホホホ!剛毅な幼子じゃのう」

紅蓮の魔女は声高らかに笑い、その声に皆もどっと自然に笑い出す。セシルさえも、先ほど心に走った鈍い痛みさえ忘れるほど。

壊された露天や、魔物により爪痕残る地面、割れた窓と踏み荒らされた草花。

しかしすっかり様変わりした村に、悲しみは満ちる事無く。穏やかに喜びを分かち合う、人々の笑い声が木霊した。


ひとしきり制裁を終えたらしき、アイリスとアメリアが帰って来た。

「はぁ~~すっきりした、あら?水晶のお婆さん、久しぶりですわぁ」

かなりすっきりした表情のアイリスが、紅蓮の魔女の存在に気が付いたらしい。

綺麗にお辞儀をして、懐かしそうに微笑んだ。

「アイリスさん、アメリアも久しぶりじゃのぅ~うふふ嬉しい限りじゃ」

魔女はアイリスと抱き合って、アメリアの頭を撫でる。

「母さん・・・叔母さんが道で倒れてるんですけど」

「アイリスさん、気持ちは分かりますけど、やりすぎじゃ・・・」

母親がようやく戻って来たので、尽かさずセシルとロバートが青褪めて呟いた。

叔母カーラは頬を腫らし、びしょ濡れで無残に道に転がって失神状態だ。これには、他の仲間達も、さっと表情を引きつらせたのは言うまでもない。

しかし唯一人だけ、無表情にその状況を観察する者が居た。暗黒副船長のクロウである。

「容赦のないビンタ・・・。母君の愛情は偉大だなセシル。」

うむ、と感心したと唸る副船長に、セシルは死んだ魚の眼をして応えた。

「それ褒めているんですか副船長さん。」

「褒めているに決まってるだろう。」

彼はいつだって、真面目らしい。至極真剣な黒の眼差しで応えた。彼の副船長の思考のピントは、何処かずれていると思うセシルだった。

そんな事を想っている横では、妹であるアメリアが顔を輝かせ、

「そうだわ!母さん、村はこんなだし、ひとまず皆戦ってクタクタでしょ、家に来てもらって休みましょうよ」

良い事思いついたとばかりに、手を叩き母を振り返る。

「そうねアメリア、皆さん、一旦私の家で一休みしませんか?ここじゃ、これからの事も相談しにくいでしょう?」

母親であるアイリスも、ゆっくり頷き、広場周辺を窺う。荒れた村では、ゆっくり今後の相談もできないだろう。

「息子の嫌疑を晴らしていただいた皆様だもの、是非いらしてくださいな」

翠の眼を真摯に、たおやかにクロウ達へ微笑みかける。

そのアイリスの申し出に、老人船長以下一同は顔を見合わせ副船長を見る。

「すみません。ではお言葉に甘えます。」

クロウは深々と頭を下げた。それにアイリスは、嬉しそうに穏やかに頷いた。

「はい、存分に甘えてねクロウさん。じゃぁ行きましょうか、(うち)へ」

ヤッタ~ふかふかソファ~☆この状況なら仕方ねぇーわな、そうですねお邪魔させていただきましょう、僕の家もあるから何か持ってくるよ、おいおい、お前等はしゃぐなよ、口々にそう言って、アイリス達母子が促す後に続いた。

未だ警備兵などに、誘導されながら残る村人達を置いて、クロウ達はいつもの調子で、賑やかに騒いでいる。

皆々、笑みを湛え広場を立ち去る、その最後尾。

「あっと。忘れていた。」

漆黒の副船長は、広場を後にする前にピタリと、脚を止め振り返った。

クロウの隣に居たセシルも、どうしたのかと、歩を止め怪訝にクロウを見る。

広場を振り返ったクロウは、無表情に先ほどまで押込めていた殺気を、まだ残る村人達や警備兵、騎士団へ無差別に放ち。

「オマエ達。今後、セシルやその家族に危害を加えてみろ。―――この村を警備兵諸共。跡形も無く潰してやるからな、覚悟しとけ。」

地を這うが如き重く、低いドスの利いた声でそう言い放った。

ぞくりっ――全身に冷水を浴びせられたような、冷徹な黒い視線。

その突き刺すような殺気と視線に、その場に居た村人及び警備兵、騎士団諸々、息も出来ず震えあがった。

あぁ副船長さん、完全に怒ってるよこれ・・・

セシルもその副船長の声音に、恐怖で全身を引き攣らせたが、海賊生活に慣れていた分まだマシだと、心の隅で密かに十字を切る。

「さぁ。行くぞセシル。」

「え、あ、はい・・・」

恐怖で静まり固まる広場。気にする事も無く、その場を置いて、クロウはセシルの手を取り、先を進む仲間に向い歩き出した。

セシルも同情すれど、村人達に未練なく。クロウに手を取られたまま、振り返ることなく歩き出したのだった。

母と妹、大好きな兄ちゃん、本当の祖母の様な魔女、親切な『メシヤ』の夫婦、そして思いがけず出逢った海賊団の皆の待つもとへと―――・・・。



西日も夕暮れに差し掛かった、セシルの家まで続く村外れの道程。

長い舗装されていない道を、あれからクロウ達一行は歩いていた。


「儂も共に行くのは面白そうだが、この辺りを少し探ってからお邪魔するとしよう・・・ちょっとそこの若造っ!」

荒れた広場。宿から荷物つを取りに戻ったセシルとクロウ一行が、この事件について、詳しく話して居れば、魔女は綺麗な眉を顰め。鋭く周囲を視渡し、通りで騎士団に報告をしているオレガノを、魔女は呼びつけた。

「はい?」

怪訝に首を傾げオレガノが魔女へ向き直れば、

「お主、セシルとクロウに縁在りしものじゃろ?儂と一緒に来いっ!!」

有無を言わさず、オレガノの襟首を掴み、結界が施されていた裏通りへ突き進んだ。

「え、えぇ~?!」

オレガノの素っ頓狂な声が上がる。それでもオレガノを無視して、セシルとクロウを置いて魔女は高笑いしながら歩き出す。

「ではな~セシル、それと馬鹿息子!!」

と捨て台詞も忘れずに。

「またね、お婆ちゃん」

「オレガノ。・・・可哀想に。あのババアのパシリになって。」

呆気にとられるセシルとクロウを差し置いて、魔女はヒラヒラと手を振り去って行った。

そんな事で魔女と結局別れ、グラム夫妻も店の方が気になるからと、『メシヤ』に戻った。

クロウ達は先ほど村の者達と、あれほど衝突した後なので、宿で一夜を明かす気にもなれず(まず、村人の殆どが信頼できない)、宿から荷物を取りに戻り、アイリスの申し出に甘える形となって、現在そのセシルの自宅へ一行は緩やかに脚を進めている途中だった。


いつも通り、案の定、わいわいガヤガヤ、賑やかに笑い合いながら、進む草葉の道。村を背にやや上り坂になった道を進む先に、セシルとロバートの家々がポツンと見えて来る。

一行の中で、ルーヴィッヒとルシュカとで先の戦いぶりを話し合っていた頃、ロバートはあっと声を上げた。


広い牧農地に囲われた柵。

その先に見える大きな農家の周囲には、三人の()なし(ュラ)騎士(ハン)達が黒馬に跨り、その()なし(ュラ)騎士(ハン)に脅えながらも、中年の夫婦が心配そうに家の戸口で外を眺めている。その夫婦の姿を目に居れた途端、ロバートは薄紫の瞳を瞬かせ飛び出した。

「あ、とうちゃーん、かあちゃーん!!!」

薄茶色のくせ毛を靡かせ、ロバートが両親のもとへ駆け出す。

「ロバートっ!!」

我が子の声を聞いた二人は、ぱっとこちらへ振り向き。

元気な姿を晒す一人息子へ、()なし(ュラ)騎士(ハン)も気にせず走り寄った。

「あぁ、良かった無事だった・・・」

「もうっ心配したよっ!」

クロウ達が見守る中、ロバートは両親と抱き合い、無事生きて帰ってこれた事を喜び合う。

「父ちゃん、ゴメン・・・リヤカー駄目にしちゃった。」

「何言ってんだっお前が生きて戻ってくれただけで十分だ」

父親がロバートの背を叩いて涙ぐむ。

ほんと、よく生きててくれたよぅ・・・とロバートの両親は、涙ぐんでロバートは一層抱きしめた。当のロバートは、皆に生暖かく見守られている為か、恥ずかしそうにしていたが、どこかほっとしたのだろう。父と母の背を撫で、一筋涙のを流した。


あんちゃん、よかった・・・。

その様子をセシルは、どこか眩しい物を見る様に眺めていた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・




感動の親子の再会を目にし終わった後。

ようやくセシルの家へ辿り着いた一行は、そのセシルの家の様子にまず圧倒された。なぜならアイリスがにこやかに案内する、自宅には()なし(ュラ)騎士(ハン)の一個小隊分が、待ち構えていたからである。先ほどもロバート宅で三人は見かけたが、こんな人数で見かけた事はまずない。殺気を放ってないあたり、村の襲撃に備え、おそらく今までセシルの母親や妹を守っていたは、安易に予想がつく。クロウはその強固な守護(防犯セキュリティー)に、溜息を吐いた。

「・・・おい。セシル。オマエはいつから、()なし(ュラ)騎士(ハン)の騎士団なんか結成したんだ。」

ミゲルでさえ、呆気にとられ呆然とする中、クロウのくたびれた声が木霊する。

「えーっと、何か勝手に結成されてたみたいで、僕だってこんな大人数初めてだよ」

セシルも眼を虚ろに、()なし(ュラ)騎士(ハン)の一団から敬礼され、思わず敬礼を返しつつ応えた。

その光景にアメリアが、溜息交じりに話し出した。

「お兄ちゃんのお友達って、すごいわよねぇ・・・私も母さんを呼びに走った時、びっくりしたもの」

皆がそれはすごいなぁ~と、どこか遠くに意識を飛ばしかけ、

「母さんも家を出た時に、気が付いたからびっくりしたけど、セシルの魔物のお友達は、親切だし、こっちにくる化け物をやっつけてくれてねぇ、思わずお隣さんの家の警護まで頼んじゃったわ♪」

セシルの母親の言葉が容赦なく現実へ叩き起こした。


『母君それ・・・子供のお使い感覚じゃないですかッ』


思わずで頼む、魔物にお使い感覚宜しく、お隣さんの警護まで?!

クロウ達セシルも含め、思考に衝撃が走る瞬間だった。その場に居た全員が全員、この子供にしてこの母親っ・・・と、眼を見開き母子を見詰める。

やはり魔物に好かれるセシルの、母親アイリスである。

博愛精神は半端ではなかったらしい。


敬礼をした()なし(ュラ)騎士(ハン)達は、セシルが戻ったとなれば、我らの役目は終えたとばかりに、薄暗い森の中へ消えて行った。黒馬に跨り、列をなし闇の騎士達は、森の影へと溶けていく。

その様子を見守り、セシルは一人呟いた。

手を振り、セシルはその()なし(ュラ)騎士(ハン)達に礼を述べる。

(ありがとう・・・。)

その返事に応えるように、一陣だけ強い突風が森の中から吹き上がった。

仲間達が朗らかに笑いながら、アイリスに案内されるまま家の門をくぐった。セシル早く入ろうぜ~と名を呼ばれ、セシルは森から視線を外す。

眼に広がるは、新築の様な我が家。

玄関先では、航海士が手を振り、副船長が待っているのだろう、扉を開け佇んでいる。

「今行きますよ~」

森の手前、父の墓石が目に入る。

父さん・・・父さんが生きていれば、貴男は今の僕をどう思っていただろう。

鈍い痛みを振り払いセシルは、無事に牢に入る事も無く、心温かい自宅の玄関へ脚を駆けた。






























『断罪の雨』終


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