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船長と私。  作者: 御影 優一
魔術師の島国ガンダルシア
24/50

魔女の歌声

『魔女の歌声』


そんなこんなで騒がしい一日が過ぎ去る三日後。


海賊団の幹部達は、セシルの親に律儀に挨拶し終え。

今現在は宿屋で、大勢での旅行者として宿を取っていた。宿に帰るとなってリオンをセシルから引き離せば、これまたリオンが火が付いたように泣きだす始末もあり、幼いリオンだけは、セシルの自宅で厄介になっていたる状態だった。クロウとしては迷惑だろうと思ったが、思いの外セシルの母親アイリスが、リオンを気に入ってしまい。セシルが滞在している間だけ、面倒を見てもらう事にしたのだった。

だからと言って、クロウとしても甘えたままでは・・・と、アイリスの頼まれ事をこなしている日々を送っていた。その他の仲間達は、デートや観光に勤しんでいたが。


「えーっと、これで最後かな?手芸用品で黒糸と、紺、白の布地・・・」

「いや。あと肉も頼まれてたぞ。『贅肉』で豚肉と鶏肉二百グラムだ。」

「うえぇ~・・・よりによって『贅肉』の肉屋だなんて」

メモを取り出し確認するクロウの横で、セシルの珍しく嫌そうな声が響く。

今は四人でアイリスの買い出し途中。

お世話になったからと、モーリスとリオン、クロウでアイリスの手伝いを申し出れば、家庭用品の買い出しを頼まれたのが現状の理由だ。

それには、ちゃっかりセシルも駆り出される羽目になり。頼まれたのは、洗剤から調味料、調理道具に今晩と明日の食材・・・。そのあまりにもお使いの量が多い為、効率を考え二組に分かれて村の市場へ買い出しに繰り出していたのである。

セシルとクロウは、調味料食材と手芸用品類買い出し担当。なので村の中央広場から西大通りの商店街より、食品店の多い東市場の通りに、それぞれ買い物袋を抱えて立っている。

「ん。なんだ。何か問題でもあるのか。」

初めこの村に降り立った時よりも、少し普段着に近いだろう。黒のロングコートにベストチョッキ、髪は首後ろで纏めた、極めて動きやすい恰好をしたクロウは、薄茶の紙袋をよっと抱え直し、セシルの方へ少し屈んだ。

「えーっと、前に市場で副船長さんから貰ったリボン、それを取った太っちょいたでしょう?」

セシルは片手で首後ろの青いリボンに触れ、クロウを見上げる。厚めの緑の羽織にシャツとズボンに、やや癖のある灰髪は貰った青いリボンで纏め、ピアスと指輪も嵌めたといういつもの姿。杖は村では危険が無い為に、自宅へ置いて来ている。

そんなセシルはと言うと、その顔はいつもより一層、困ったような表情を浮かべていた。

「あぁ。あのデブか。」

クロウは思案気に顎に手を当て、ふむ。と空を仰ぐ。

たしか・・・名前は思い出せないが。己が村人Aかデブと言ったのは覚えている。

「そうあのデブ・・・彼奴はこの『贅肉』肉屋の息子なんですよ。あぁーあ、行くのが憂鬱だなぁ」

嫌々な雰囲気を珍しく出すセシルは、眉をきゅっと寄せる。

本当に嫌なのだろう、声の調子も苦々しい。

「この間、思いっきり吹っ飛ばしたんだ。大丈夫だと思うが?」

珍しく拒否反応を出すセシルに、クロウは不思議そうにそう言えば、

「だからですよ。吹っ飛ばしたから、またあのデブ、何か言いがかりで、喧嘩になりそうで嫌なんです」

セシルがキッパリと言い放った。

「そうか?気にし過ぎると思うがな。」

なんせ、痛いほど恐怖を叩き込んで脅したのだし。っと、特に口には出さずにクロウは脳内で呟いた。首を捻りセシルを見れば、セシルはと言うと不満そうに眼を細めた。

「副船長さんは気にしなさすぎです。」

「そうか・・・。まぁ。俺が居るのだし、何も事は起らんだろ。よく言うアレだ。一人より二人の方が攻撃力二倍。」

若干強い口調ではっきり物申すセシルに、クロウは辞書や本の何処にも載っていなさそうな台詞を口にする。何気にどや顔なのが頭にくる。

今更だが、クロウ副船長も普通の枠組みを、軽く超える思考を持つ者だった。

「よく言いませんよ、そんな事。それにその言葉だと、あのデブに喧嘩しに行く気満々じゃないですかっ僕、喧嘩ごとは嫌って言いませんでしたっけ?」

薄緑の眼を半眼に、セシルはクロウを見上げる。ツッコミを忘れず、尚且つ強い口調で。

忘れがちだが、デブと呼ばれている、ある意味可哀想な彼の名はボビーである。

「聞いたような。聞かなかったような・・・。とりあえずだ。二人で行けば、大丈夫だろ。ほら先に問題ありそうな肉屋へ行くぞ。俺は問題をさっさと片付けたい性分だ。」

ふっと黒い瞳を閉じ、誤魔化す副船長。

セシルの空いている手を取って、クロウは肉屋がある方へ歩き出した。

手を取られたセシルは、そのクロウの仕草を見逃さなかった。

「いや、完璧聞き流してるんじゃないですか、それ。うぅ~なんだってこんな憂鬱なの」

ズルズルと引きずられ歩く。もう三ヶ月半も続く行為に、抵抗する気も起らない。セシルは手を引かれ市場の端へ歩を進めた。

「何か唄を唄っとけば、憂鬱が晴れるらしいぞ。」

クロウは思いだしたと、セシルへ視線を向け提案する。

「その憂鬱の親玉に言われて、僕の憂鬱はちっとも晴れませんよ!?」

セシルの悲鳴交じりの抗議の声が市場に響く。

あのデブ・・・ボビーの店まで行くだけでも憂鬱なのに、なんだってもっと憂鬱な存在が隣にいるの?!貴男は僕の憂鬱の親玉に他ならないですよ!唄って晴れるものなら、最初からそうしてるよ!この人ほんと分からない!!

けれどクロウはいつも通り、マイペースだった。いっそ潔すぎるぐらいだ。

セシルの抗議の声もなんのその。

「朝陽たなび~く~・・・白い帆がぁ~・・・涙の(さざなみ)を攫ってぇ~・・・」

低く暗い歌声がセシルの頭上に振ってくる。何だその唄は。

「人の話を聞けよ!しかも唄!暗い!!どこが晴れるの?!もっと憂鬱になるわ」

周囲の眼も気にせず、セシルは大声でツッコミを入れるが、歌声は止まらない。

しかも無表情に歌うので、余計(セシル達の周囲だけ)薄暗い雰囲気に飲まれる。

「青い海をぉ~・・・照らしてぇ~・・・別れの挨拶ぅ~・・・」

「聞・け・よ・!!」

どこ吹く風なクロウに、気の毒な青年のキレた声が響き渡った。

「ん。なんだ。この唄の事か?」

そんなセシルへ意図してなのか、そうではないのか。全くもって分からないが、クロウが無表情に的外れな返事をする。

「そんな事訊いてないよ!」

セシルはもう憂鬱より、イライラが募って来ている。

その原因は目の前にいる、漆黒の副船長に他ならない。だが、マイペース副船長。

彼の御人はセシルの神経を、より逆撫でするのが得意のようだ。

「これはな。俺が軍に居た頃、殉職した者へ唄ったものだ。」

さらり、そう言い斬った(・・・・・)のだ。

ブチン!と何か切れた音がセシルの脳内に響き――――――・・・。

「そんな別れの唄で、気分が晴れてたまるかっ!!」


ガンダルシア青年の悲痛な声が、市場に虚しく木霊するのだった。


井戸のある中央広場。

「アレ何?ママン???」

「リオンちゃん、リオンちゃんは見ちゃ駄目よ」

小さな指をさして、市場の注目を浴びる見知った二人に、リオンは純粋に問いかける。

モーリスは買い物袋を抱え直し、そっと、幼児の眼に触れない様。

西商店街へ方向転換をして、何食わぬ顔で歩を進めるのであった・・・。



約二十分、うららかな秋空の下、その後―――――――。


買い物中のオジちゃん・オバちゃん、売り子のお姐さん、暇を持て余した青少年少女。

その大よそ市場に存在する大衆の殆どが、ドン引きしつつも様々な噂が飛び交う最中。


・・・・・・何やってんの?


大柄な青年は店番を頼まれ、カウンターから傍観するに、かれこれ五分。

互いに買い物袋を抱えてはいるが、大変背の低い青年が漆黒のコートをこれでもかっと云う程掴んで、北民族の珍しい青年の行く手を阻止する、物凄い攻防戦を繰り広げている。


村で魔物憑きのひ弱なセシルと、西海の恐怖と言わしめる大海賊の頭だ。


「だぁ~かぁ~らぁ~っ僕一人でいいですから!副船長さんはここで待っててください!!」

クロウのロングコートの裾をセシルは、行かすかぁ~っ!!と必死に掴んで叫ぶ。

「な・ん・で・だよ!!一人より二人の方が攻撃力は二倍だぞ?!どこに不満がある!」

裾を引っ張られて、思う様に足が進まないクロウも、セシルへ抗議の声を上げた。

普段大人しいセシルが、大声を上げているのにも驚く所なのだが、それに加わって見慣れない青年がズレた返答を大声で叫んでいる状態に、倍の驚きがある。

両者一歩も、前にも後ろにも、・・・・・・進まない。

「いやもう、いいから肉買って早く帰ってくれよ・・・無茶苦茶、眼の前に居るし」

とりあえず、店の前で喧嘩は止めて欲しい。っていうか、もう海賊には関わりたくない。

『贅肉』の息子、ボビーは青褪めつつ二人に、珍しく弱弱しい声をかけた。

「どこもかしこも不満だらけだよ!なにそのおっそろしい格言は!!」

毛を逆立て威嚇する猫の如く、セシルがクロウの裾を引っ張り踏ん張る。

「セシル!オマエは俺より、あのデブがそんなにいいのかよ?!」

すると、ズビシ!とクロウはデブを指さし、抗議の声を上げた。

ここで何故か、周囲のどよめきや黄色い声が上がるが、二人は一向に気にならないようだ。

「はぁあああああ!?気色悪い事言わないでくださいよ!!」

ボビーの言葉なんて、セシルとクロウの耳には入ってこない。

寧ろ、どんどん白熱した言葉の応酬になっていた。

完全にデブ(ボビー)は、蚊帳の外である。

哀れなり村人A、否、デブ・・・じゃないボビー・・・。

「俺という者がありながら、デブがいいなんて言わせんぞ!」

「シャラァ――ップッッ!!誤解を招くような言い方やめてくださいぃ!!!!」

クロウの誤解を生じる宣言と、悲鳴混じるセシルの否定の声が上がる。

「お、おぉい・・・お前等、ここ俺の店前・・・・」

店前で痴話喧嘩は止めて欲しい、けれど、下手に出ればクロウに何をされるか、分かったモンじゃない(だが、商売の邪魔だ)・・・。

ボビーは耐えかねて、小声で二人に割って入れば。


「ボビーは黙ってて!」

「デブは黙っとけ!!あと豚肉と鶏肉二百グラムだっ」


同時に睨み怒号が飛ぶ。


えぇええええええええええ~~~~~・・・ボビーは冷汗だらだら。

とりあえず頼まれた肉を包みに、店内をひた走った。



イライライライラ~~~~~、あぁ――――――ムカツク。

この憂鬱の親玉、副船長!!!

この副船長のおかげで、僕のひっそり生活が台無しだわっ。

こんな往来の人通りの多い所で、誤解を招く事を言ってくれるわっ!

ぐわぁああああああああ、ムカツク!!

いくら寛容な僕でも、譲れない物はあるんだからな、なめんてんじゃねぇよ。テメェ・・・。

「風よ!疾風の拳・・・」

セシルはクロウを睨み付け、コートを放すと素早く風の術を唱え始めた。

「うおっちょ、ちょっと待て!そうはさせるかっ」

セシルが本気で術を放つと、クロウは慌ててセシルの口を塞ぎにかかった。

だが、それがセシルの狙い目でもあった。

「エアー・・ガンッと見せかけて、どっせぇええいぁああああ!!!!」

気合一発。

セシルは怒りを込めた拳を、クロウの鳩尾に食い込ませた。

詠唱を止めようと、セシルの方へ体を向け屈んだクロウの懐に、セシルは潜り込み、不意を突いた見事な策である。

「グッ・・・~~~~~~~~~~~~~~~っ」

オマエ、それは反則だろ。と言いたいが、もろに拳が入ったクロウは言葉が出ない。

買い物袋を地面に置き、クロウは腹を抱えてその場に、蹲る事しかできなかった。

『あぁ、すっきりした。』と言葉が顔に書いてあるセシルは、何事も無かった様に『贅肉』のカウンターへ歩いて来くる。

ボビーは包んでいた肉を、カウンターにドサっと落とす。

あまりの衝撃場面に落としてしまった。

アレ、セシルってこんな奴だったけ?

あんな、強く出れる子だったけ?!

セシルを知る周囲の青少年少女も、眼を擦る。

セシル自身は気が付いていないが、かの魔物に好かれる青年は、ハチャメチャな海賊と一緒に暮すうち、精神的にも強くなっていた。

「ごめん、待たせたねボビー、豚肉と鶏肉二百グラム包んでくれる」

セシルは感情のこもってない声で、ボビーに肉を頼んだ。

「え、あ、お、おぉう・・・。オラよ、もう包んであるから、さっさと帰れよな」

「うん、さっさと帰るよ。ごめんね、はいこれ銅貨。」

いつになく無表情、だが眼は座っている。

ボビーはもうセシルと、目を合わせたくなかった。

セシルは銅貨をカウンターへ置き、肉を持ちスタスタと遠ざかって行く。

そのセシルの背を見つめ、ボビーは生唾を飲み込んだ。

周囲は知らないが、ボビーはあの腹を押さえている人物の正体を知っているのだ。

あの西海の海賊の頭に、一発決めた彼奴って・・・。

ボビーは本当に、金輪際セシルとは関わらないと、密かに固く誓ったのだった。



「おい・・・今、クロウの腹に」

バルナバスは青褪めた顔で、呆然とその場に立ち尽くした。

その真横で、飄々として穏やかな声が上がる。

「いやぁ~セシルさん、切れのいい拳を持ってますよねぇ♪ねぇ船長?」

「そうじゃのぉ~儂でも速過ぎて見えん拳だったじょぃ」

紙袋に大量の酒瓶を抱えた、ミゲルと老人船長だ。

彼等は呑気に市場の光景を眺め、クロウとセシルの成り行きを見守るに徹っしていた。

上司を助けるでもなく、本当に“見守るだけ”だった・・・。

「仲が良くていいですねぇ~ふふふふ」

不穏な微笑みを湛るミゲルの視線の先は、先を行くセシルを追うクロウの姿。

その間、セシルは眼が完全に座っていて、クロウは顔色がいつも以上に青白い。

「いや、あの二人大丈夫かぁ?!特にクロウの奴、腹押さえて歩いてンぞ?」

酒屋から出てきた、バルナバス親父の不安げな声が響く。

色素の薄い魔術師の青年と、後を追う北方民族の青年が市場の奥に消えていった。




東市場の突き当り、手芸用品店の扉を開ければ、明るい日差しへ出る。

「そう言えばなんだが。」

「なんです唐突に?」

セシルが手芸用品店から出てきた所で、不意に背後からクロウに声をかけられた。

何かを思い出したような声音に、セシルも気になって顔を上げ振り返った。モーリス達と一旦集合する約束があるので、待ち合わせ場所の中央広場まで歩きながらクロウを見る。

薄暗い店内に居たので、顔を上げれば少し眩しい。セシルは数度瞬きをする。

「オマエ。今まで普通に最上級位魔術を詠唱していたよな。」

クロウは確かめる様に、セシルへそう問いかける。

「はい?えぇそうですね」

セシルは唐突な質問に、素直に応え頷く。それがどうしたのだろう、と内心首を傾げなら。

そのセシルの反応に、クロウは黒曜石の瞳を窄め、思案気に口を開けた。

「初級魔術や中級は。その辺の魔術師が執行しているのを、見聞きしていたなら覚えられるが。最高位の魔術の詠唱なんぞ、まして一般の魔術師が知りもしない魔術の詠唱文をどうして、まともに魔術を習った事も無いオマエが知っていたんだ。」

普通の魔術師なら、初級から中級ほどの魔術しか知らない筈であり。その理由は最上級の術を会得するには、協会でそれなりの試験を受けなければ、その道の研究や術を会得する文献に、携われない様になっている。また師が弟子に教えるにしても、最上級魔術を会得している魔術師は、ごく少数で限られてくる。一介の術者が知りようも無い筈なのだ。

それなのに、魔術師になりたてのセシルが、どうしてその最上級、最高位魔術の詠唱を知っていたのか。クロウにとって、それは特に気がかりだった。

しかしセシルはと言うと、それを知らなかったのか。若干驚いた様子でポツポツと、待ち合わせの場所まで歩を進め、セシルは話し出した。

「えと、あぁの、それは僕が十二歳の時、魔術修行に来ていた、優しい占師のお婆さんから教えて貰ったんです」

そんな大層な魔術だと思いませんでした・・・と、セシルが小さく尻すぼみに言えば。

当のクロウは眼をぎょっと見開く。

クロウはセシルの占師のお婆さんと言う言葉に、心当たりがあったのだ。

「占師のお婆さん?どんな奴だ。」

大変。嫌な予感がする・・・。クロウは恐る恐る、セシルにそう訊きだした。心なしか、幼少時聴き慣れてしまった、嫌な高笑いまで頭に響いてきそうだ。

「そうです・・・えーっと」

え、なんで副船長さん若干、声が震えてるんだろ・・・?

何かあるのだろうか、とセシルは不思議に思いながら、心優しい占師の姿を思い出す。

瞼の裏に浮かぶ占師の姿。老女の割に背は伸びていて、南国の派手な臙脂のスカート、それに合わせた赤いベール。首元や腕には、小さな宝石が付いたアクセサリーをしている。若い頃は、相当の美女だっただろう事は確かな、巻き毛が美しい占師。

セシルに魔術の才を見出し、チカラの押さえ方を教えて貰った、優しい老女。

セシルは歩きながら、忠実にその姿をクロウに伝えた。

「朱いベールと臙脂のドレスを着た、いつもは、色素が薄い白眼気味の瞳なんですが、チカラを使うと不思議な色の眼に変わって、・・・水晶を持っ―――あ、そうそう、ちょうどあんな人~~~ってあれ?」

そうクロウへ説明して歩いていれば、前方から懐かしい、朱色を靡かせた老女の姿。

セシルは少し、失礼だと思いつつ、控えめに指させば。

「おや?・・・セシル!!それにクロウ?!なんじゃ奇遇じゃの」

朱いベールの覗く、嬉しそうな顔。波打つ白髪交じりの金色が風に舞った。

噂をすれば何とやら。セシルにとって、懐かしい占師の老女本人が立っていた。

占師の老女は眼を見開き、驚いた声でセシル達の方へ寄って来る。

親しげに、セシルとクロウの名を呼んで。

クロウはその占師の老婆を目にし、究極に嫌ぁ~な心持になった。

幼少頃より脳内に残る甲高い笑い声に、

「げ。クソ婆ぁ・・・。」

クロウは頭痛がしそうになり思わず、ボソッと呻いた。

相変わらず地獄耳らしい。占師の老女はぶんっと、鞄から水晶玉を出して投げつける。

「クソとは何じゃ!このぉクソ息子!!!」

ゴンッ・・・。

鈍い音と共に水晶玉が、見事クロウの眉間にヒットした。

ゴロゴロと水晶玉が石畳の道に転がる。

・・・今日は厄日か。クロウは額に手を当て、またもその場に蹲った。

「え?副船長さんも知り合い」

その光景に呆気にとられるセシルは、クロウと占師の老女を交互に見比べる。

「知り合いも何も・・・。このババアは、俺の育ての魔女だ。」

額を押さえてクロウが呻くように言う。クロウの前に立っている育ての魔女は、二人の様子に目を細め、面白そうに視ている。

「うぇええ?!じゃぁ、お婆ちゃんがガンダルシアの紅蓮の魔女?!ゴールデン・ルビーズ・アイ様ぁ?!」

どうして僕の周りには、知らずに国家レベルの要人が集まるの?!セシルが思わず大きな声で叫び。口をあんぐりと空け、眼を見開く。

紅蓮の魔女ゴールデン・ルビーズ・アイ。

賢者であり国王であるガンダルシア王を凌ぐ、予知能力、莫大な魔術力を秘めた魔女。ガンダルシアでの次期王へ戴冠の授与の神聖な儀式を担う、国王の次に権限を持つ魔女。その御人は、セシルにとって雲の上の存在だった。ついでに言えば、幼少時のクロウに、ナイフ一本持たせ地獄の修行をさせた張本人である。

「おや?セシルに名のっとらんかったかぇ」

そんな事はお構いなしに、紅蓮の魔女はのんびりと首を傾げた。

「全然教えて貰ってないよ・・・お婆ちゃん、いずれ分かるじゃろって、教えてくれなかったじゃん」

術を教えて貰う度、セシルは何回か名前を尋ねたが、その度にはぐらかされたのだ。

隣に立つクロウはクロウで、何故セシルが最上級魔術を駆使できるか納得できた。

この魔女ならば、セシルの素質に気が付いて、最上級魔術を教えてもおかしくはない。

「そうじゃったか~、まぁ、そのいずれが今日だったわけじゃ。分かってよかったのぅ」

セシルの弱弱しい声にも、気にせず魔女はセシルの頭を撫で慰める。

だが、その言葉はセシルにとって、全然慰めにもなってなかった・・・。

「相も変わらず。アバウト婆ぁだな・・・。」

ボソッとクロウも、育ての親の様子に呟く。

「それより何じゃ、お主等知り合いじゃったのかぇ?」

と大好きなお婆ちゃんの声が、セシルにはどこか遠くに聞える。

転がった水晶玉を拾い微笑む老婆。

その問いにぶっきらぼうに、『あぁ。』と応える副船長。

育ての親と子、師と弟子の遠慮ない雰囲気に、セシルは一瞬微笑ましいな・・・と思った。


お婆ちゃんが、副船長さんの育ての親で、お師匠様なんだ。

そういえば、雰囲気とか何処となく、副船長さんはお婆ちゃんに似ているかも・・・、マイペースな所とか。それにお婆ちゃんから、術を教えて貰ってたんなら、あんなに強くても納得できるよねー。何て言ったって、お婆ちゃんはガンダルシアの紅蓮の魔女様だし・・・・・・すごいなぁ。

―――ってあれ?でも僕もお婆ちゃんに、魔術習ってたよ・・ね?

しかし、ふと、我に返ってみれば、セシルも紅蓮の魔女にある程度、術を教わっている身ではある。

「え?!・・・・・・じゃぁ、お婆ちゃんから魔術を教わってた僕は・・・」

自身の知りたくなかった、衝撃の事実に辿り着いて、セシルは冷汗を掻く。

生唾をごくりと飲み込み。おそるおそる、魔女とその息子を見れば、

「魔女の二番弟子という事になるな。」

「ちなみにクロウは兄弟子となるの、セシルは弟弟子じゃな」

あぁ、分かっていても聞きたくなかった言葉!!!!

詰まる所、それは兄弟弟子という事。セシルは衝撃の新事実に眼の前が暗くなった。

「そ、そんな・・・副船長さんが僕の兄弟子・・・。」

ぐらりと、セシルの体が傾げ。ショックに視界がぼやけて歪む。

ドサッと持っていた買い物袋も、地に落ちた。



鶯黄石月六日 晴れ、だが心は大嵐と地震により、天変地異。


なんで、なんで、なんで、

何でなのぉおお――――――――――――――っ?!!!

なんで苦手なお人と、僕とが関係性がっちりとあるのぉ?!

初めは嫌いじゃないけど苦手って、思ってたけど!!

今まさに、い・ま・ま・さ・に・っ!!僕の本当の気持ちに気が付いたよっ


この人、苦手を通り越して、嫌いだ!!


それなのに・・・しかもなに?

兄弟子って?!!兄弟子ってぇええええええええ

兄弟弟子って、海賊の上司と部下より、切れなさそうな縁結んじゃってたよ?!

もしお金が貯まって海賊抜けても、魔術師にもなってるから、どっちにしても師弟関係とか、兄弟弟子とかの関係で、この人から逃げられないじゃん!!!!

師弟関係はペルソナさんがいるから、まだ納得できたのにぃ~

兄弟弟子だなんて・・・嫌すぎるぅう~~~~~~~~~っ!!!!


                                 魔術師セシル

                               セシル心の日記より



「あ、セシルだ♪」

中央広場からこちらへ、幼い声が嬉しそうにかけられる。

セシルは兄弟弟子と言う、衝撃の事実に当然精神的に耐えられる事もなく・・・。

「い、イヤァアアア――――――――――――――――――――ッ」

大絶叫と共に走るセシルの足音、ズザザザザザァアア~~~~~~~~~~~~ッツ。

ちょ、な、何事よぉ?!

あまりの事にモーリスは、声が出なかった。

リオンが持っていた買い物袋が、無残にも破け散る音。

そして買った物が石畳の擦れる音。

俊足の速さを以て、東市場の通りから中央広場に居たリオンを掻っ攫う。

忽然と消えた幼子に、ぎょっとする料理長。

リオンが攫われた先を見れば、自分より数メートル離れたところで、犯人は蹲って号泣している。その犯人は、見覚えのある灰色髪を青のリボンで纏め、羽織を着た少年セシル。

「ひぃっセシルちゃん?!どうしちゃったのよ」

リオンの隣にいた筈のモーリスは、突然の人攫いと化したセシルに、驚きの声を上げるしかない。モーリスは怪訝な顔で、セシルの方へ駆け寄る。

頻りにセシルちゃん、セシルちゃん、と声をかけるが。

「いやいやいやいや、いやぁ~~!!!あの人が兄弟子なんて!いやぁ!認めたくないよぉ~世間が狭すぎて恐いようぅっ!!!!」

「え?!ど、どうしちゃったの?!」

「う、う、うわぁあああああ~~~~~~~~~~~~~~~んんん」

セシル・・・大絶叫と大号泣の大安売り。

リオンを抱きしめ、滅茶苦脅えて蹲っている。

要領を得ない言葉に、ますますモーリスは困惑するしかない。

モーリスはオロオロと、何があったの?!船長に何かされたの?!大丈夫??と、セシルを宥めにかかっる。クロウにしてみれば、『何故俺が悪にされるんだ。』と、理不尽な話だった。魔物憑きの少年セシルは普段大人しい反動に、何かあるとけっこう感情の起伏が激しいと、クロウとモーリスは同時に思う。


必死に広場で宥める、料理長と未だ号泣のセシル。

それを傍観する魔女は、ふんっと笑う。

「なんじゃクロウ、相変わらずお主。惚れた者には嫌われとるの。」

市場の人間の視線を集める、離れた場所にいるセシルへ水晶玉を差し出し見つめる。

「うるせぇババア。それより何しに来た。」

クロウは眉間に皺を寄せ、嫌そうに言い放った。

「ちと、女王に呼ばれての。そのまま出向くのも癪で、ついでに可愛いセシルの顔を見に来たんじゃよ。いやぁ~おかげ様でおもしろい物が観れたわ、ヒューホホホホ」

女王にそんな悪態をつけるのは、この魔女しかいないだろう。

クロウは黒曜石の瞳を、すっと睨むよう細めた。

「・・・・・・。」

変わりない育ての魔女にクロウは益々、ますます溜息を吐きたくなった。

甲高い笑い声が、嫌そうな顔をしたクロウの脳に突き刺ささる。

そんなクロウの心情を知っている魔女は、水晶玉をクロウへ向け、愉快気に微笑んだ。

「なんじゃ?そんな反抗的な顔して、そんなお主にはオババの恋愛水晶占いを」

その微笑は、人を喰ったかのような悪い笑みである。

「いらん。」

最後まで言わせるかと、クロウも即答。

だが、そんな抵抗程度で、この図太く生きた魔女は引き下がらなかった。

「ふん、可愛げのないヤツじゃの、そんなクソ息子の恋愛運は・・・」

水晶越しにクロウを映す。

「だから。いらんと言ってるだろうがっ。」

クロウはさせて堪るかっ!と水晶を叩き落とそうとする。

「相手の相性は最悪、むしろ宿命の敵とも言える・・・ふ~ん、障害大いにアリ、互いの憎しみさらに増大、月夜ばかりと思うこと無かれ。」

しかし、その手をするりっと魔女は避け。クロウにとって不吉は言葉を述べる。

そして、何気に当っている分、タチが悪い。

「そんな事は疾うに知ってるわっ!!!!」

思わず大声で吠える。

先ほどクロウは、ブチ切れし怒ったセシルに腹に一発食った所である。

「これは赤い糸というより、因縁の黒い糸じゃの。ヒュ―――――ホホホホホホホ」

「嬉しそうに不吉なこと言うなよ!!!!」

この水晶ババア。クソババア・・・呼ばわりしたのを根に持っているのか。確実にこちらの精神ダメージの大きい言葉を選んで、突き付けてきやがる。

甲高い嫌な笑声に、クロウはうんざりした。


紅蓮の魔女はその名の通り、白く濁る瞳を細め瞬く。

そうして、水晶越しにクロウを視透かす。

「ふほほほっ、まぁ聞け、極道息子。連綿と紡ぐ魂の縁は、それ即ち鎖。血と生まれ、命の宿す業。だが、それも努力次第で何とでもなるじゃろう。現在(いま)までそう(・・)して(・・)きた(・・)ように・・・」

含みのある魔女の微笑を、クロウは受け止め睨む。水晶越しに、黒曜石の研がれた視線と、紅玉に金箔ががった視線が重なる。

「そうじゃの、お主とあの子は・・・もと(・・)は互いに首を刈り取る者同士。二律背反、相容れぬ存在じゃった。けれど、永い永い血生臭い出逢いの内、お主は知ったのじゃろ?憎も愛も強く重い想えば、同じようなものになると。」

市場の喧騒がクロウにどこか遠くに聞える中、魔女の囁きは消えない。

魔女は水晶玉をくゆらせ、皺のある手で撫でる。

「己の正体を見破られ、憎しみが湧いても、それとは別にお主は違う感情が湧いたじゃろ」

「・・・・・・。」

クロウはただ静かに、魔女の言葉を聞き、金箔がかった赤から視線を外した。

外した視線の先には、幼子を抱き震える、色素の薄い盲目の名の持ち主。

その姿を見ているだけで、鈍い痛みと穏やかな気持ちが、煮詰まった感情が押し寄せる。


あの日から、すべてが始まった。

俺の中にある、()の記憶――――――――夕暮れに誓った約束。

約束が終わった後の、解放され心が凪いだ一年間。

現在でも時々表れる夢。溶けて消える、俺の中の“わたし”の夢。


クロウの見つめる視界で、微かに白い花弁が一瞬舞って失せる。

「それが決定打となったのが・・・あの三千年前の出会いじゃろっふふん」

図星じゃろうが。とも言いたげに魔女は笑う。クロウは苦々しく舌打ちをした。

そうして紅玉の視線も、セシルの方へ向け無表情に魔女は言葉を紡ぐ。

「今度もお前達には黒い鎖が、儂には視えるぞ。」

魔女の瞳には白い花弁舞うなか蹲る、色素の薄い魔術師が映っていた。

「水晶ババア。今度も俺達は互いに殺し合うか。」

ポツリと零れる、クロウの抑揚の無い声。

「さぁなぁ・・・、お主の事は視えても、あの子だけの事は、あの子のチカラが強すぎて、儂にも視えないからの」

魔女は水晶を一撫でし、セシルを視るも、水晶越しに映るセシルの姿は揺らいで霞がかって視えない。まるで目隠しをされているようだった。

「・・・そうか。」

少し残念そうな、クロウの声が降る。

魔女はふぅーっ息を吐き、やれやれと呆れクロウを見上げた。

「まぁ、殺し合う結果となっても、三千年前の様に憎悪だけない場合もあるじゃろ。それこそ、結果を変えるとする意志、お主の努力次第じゃ」

「そうだな。」

宥める様に柔かい魔女の声音に、クロウは少しだけ口角を上げる。

―――そうだった。未来への選択肢はいくらでもある。

眼の前にある可能性を駆使しないのは、全くもってナンセンスだ。

クロウは空いた手を、密かに握りしめた。

「さて、そろそろ儂は行くとするか。可愛いセシルも観れたしの」

魔女は水晶玉を鞄へ納め、足取り軽く、セシル達の方へ一歩進みだした。

「ババア。尊師にもたまに会ってやれ。心配してたぞ。」

老女の割に背の伸びた背中へ、クロウは溜息交じりに声をかける。この間、伝書鳩から尊師から涙の痕が残る手紙を、受け取ったばかりだったのを、クロウは思いだした。

しかし、魔女はヒラヒラと手を振り、

「そのうちにな、さてと、セシルゥ~お婆ちゃんはもう王都へ行かねばならん~元気でな~、風邪を引くでないよぅ」

号泣がなんとか治まったセシルを抱きしめる。

モーリスとリオンが、必死の努力でなんとか宥めたのだ。

「あ、お婆ちゃん・・・もう行くの?気を付けて」

涙が残る薄緑の瞳は、リオンを抱きしめたまま魔女を見上げた。

若干、まだ震えているのは、仕方ないじゃろうな・・・と、魔女は内心苦笑い。クロウを恐れるのは、セシルなら仕方あるまい。

なんせセシルの存在にとってクロウは、天敵にも似た存在なのだから。

魔女は優しく微笑んで、セシルをリオンごと、ぎゅっと抱きしめる。

「セシルは可愛いの~どこぞのクソ息子とは違って。じゃあな、またの」

セシルとリオンの頭を撫でて、紅蓮の魔女はその場から立ち去って行った。

「ばいばい・・・お婆ちゃん」

会えたのは純粋に嬉しい、副船長さんと兄弟弟子っていうのは嫌だったけど。

次また会えるように・・・無事でありますように・・・。

セシルはゆるく手を振って、朱いベールの後ろ姿を見送ったのだった。

リオンもバイバイ~♪と無邪気に手を振る。料理長は何処か疲れた顔で、手を振っていた。

日も西日に差しかかった、井戸のある中央広場。

集合住宅が並び、秋人々が行き交う通りに、蝶の如く赤い魔女はまぎれて見えなくなる。

「嵐が去ったな・・・。」

魔女に育てられたクロウは一言ぼそり、――そう呟いた。




「はぁ~~~・・・・・・・・・」

風呂上り自室の古ぼけた椅子に座り、セシルは薄い硝子窓を胡乱に観る。

窓際に椅子を引き寄せ、ほうっと溜息。

慣れ親しんだ筈の自室は、小奇麗に改築されていて、落ち着かない。セシルが見つめる窓には、小雨が窓を叩き、清涼な音が響いている。小ぶりな机に置いた、粗末な燭台の炎が、夜に染まった部屋を暖かく照らしていた。

鶯黄石月十日、優しい占師のお婆ちゃんと偶然会ったその日から、もう四日目。

ううん・・・この夜が明ければ、もう五日目に入る。

セシルは薄い窓に手を伸ばし、つっと冷えた硝子を撫でる。窓に映された自分の手。

映し出された虚像に、セシルは手を重ねる。重ねた手は、風呂上りにも拘らず、爪が少し青くなっていた。


村に帰ってきて、ひっそりとした生活を送るものだと思って、出稼ぎの宿から船に乗って海を渡った。けれど、あの時と違って、思いもよらぬ方向で僕は、――――今ここに居る。

いつもと変わらぬ、笑顔で。心配かけない様に、なるべく元気な姿で。

僕なりの家族の守り方。それが続くモノだと思ってた・・・・・・。

僕の心の大切な人は、家族と隣の家のあんちゃん、それと占師の婆ちゃんだけだった。

薄暗い窓に映るのは、森の木々と透けた無表情の僕。

仄かに燭台の橙色の灯りで、黄金色にも観える。セシルは瞼を半分だけ下げ、窓に映る薄緑の瞳を見据えた。


この村に居られる刻限は、もう後一週間しかない。

副船長クロウから言い渡された、里帰り期間の終わりが徐々に迫って来ていた。

「はあぁ~~~ぁ・・・・・・・・・」

再び大きなため息。肺から喉へ通り過ぎては、白い息になる。窓が少し曇った。

ここ三ヶ月半、本当に色々な事があった。

最初はもう生きて帰れないと覚悟した、けれど・・・あの黒い副船長と出会って、何故か僕の才能が気に入ったみたいで、仲間入りされて、どんどん、みんなと仲良くなって。

初めて人のお友達が出来た、僕の体質を理解してくれる人達が出来た。

慕ってくれる弟みたいな存在も、種族も関係なく接してくれて――――――。

声を立てて笑って、怒って、叫んで、泣いて、驚く事の方が多いけど。

楽しい。嬉しい。こそばい。

最近、僕を忌み嫌う村の人達の視線も、気にしなくなってきた。僕ってどうかしてる。


幼い頃は、ぼく、どうしてたっけ?

あまり、村の子と遊ばなかった。あんちゃんは、よく遊んでくれたけど。

誰かに叫んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり。

いつから、投げ捨ててた・・・・・・?


わからない。わからない。思い出したくない。

ざわざわざわ、落ち着かない。誰かに手を繋いだり、繋がれたり、僕の好きなモノとかの話をしたり、頼りにされた事も、助けてくれてありがとうって言われた事も。

識ってたけど、知らない。この感情を、どう言い表すのか・・・ぼくは知らない。

だって、慣れない。慣れない、慣れないよ。

硝子に映る能面の、表情の落とした顔。父親に似た灰色が、視界にチラつく。

「――――――っ」

言葉にできない。声は、無言の叫びを人知れず飲み込んだ。

今を懸命に生きて楽しんでいる“みんな”、自分は――僕には、なにも無い。

生きて楽しむなんて、そんなこと出来ない。

だって、だって、僕は。僕は。僕は。どうしようもないぐらい、汚い。

僕の心の中に潜む、膨大なチカラ。魔が惹かれる、引き寄せる、チカラ。

このチカラは、誰かを傷つける。信念とか無い。

僕には、“みんな”みたいに、一本の木のような芯のかよった誇れる物がない。

何も無い・・・だから、一緒に居る事自体、間違いじゃないか。

ほんとうは、本当は―――――――――――・・・。

僕はやっぱりいつも通り、出稼ぎに行って宿で働いて、道端で靴磨きして。

ひっそりと、誰とも関わらず、生きたほうがいいのではないか。

誰にも看取られること無く、静かに、何も無かったかのように、将来僕は・・・・・・。


“オマエの限界はソコなのか。”

“死ぬまで大丈夫と言うつもりか。”


硝子に映された、僕の顔が歪む。白くなりそうなぐらい、唇を噛んでいた。

胸に突き刺さる、あの黒いヒトの言葉。

何も知らないくせにっと、カッと熱が籠るが、あの瞳と存在を目の前にして畏縮する。

有無を言わさず、視透かされたみたいな、瞳。果てが無い深淵の闇の瞳。

瞼に残るあの眼に、一瞬息が詰まる。恐い。怖い。コワイ。こわい。

やっぱり、変だ。―――僕ってどうかしてる。


魔物は恐くない、殺されるのも、死ぬのも、どこか他人事みたいで。

どうでもよかった・・・。いずれ、僕を忘れてくれる。無かった事にしてくれる。

けれど――――あの黒いヒトは。

あの黒いヒトの魔は、違う、魔じゃない。あの黒いヒトが、恐い。

何が・・・とか、わからない。

でも、恐い。殺されるのも、触れられるのも、言葉をかけられるのも。全部。

あと一週間―――。ここに帰って来る途中、馬車の中で逃がさない、と言った副船長の言葉を反芻する。冷え切った手足の指先は、感覚が無くなってきた。セシルは、窓に這わせた手をそっと離す。

僕に取り柄なんかない。それは僕が、よく知っている事だ。逃がさないと言われたから、仲間入りは決定なのだろうけど。

本当に“僕”が“みんな”と一緒にいていいの?・・・。

セシルはふっと息を吐き、呆然と窓に映る自身の虚像を見つめる。

雨に打たれる窓硝子には、胡乱気な濁った眼をした醜い、自分の顔があるだけだった。




「それで、クロウちゃん?ここ一ヶ月セシルちゃんと仲良くなれたの?」

「四日前にはたしか市場でお前ぇ、セシルを怒らして腹殴られてただろ、大丈夫なのか」

「まぁ、セシルさんが怒るような事を、副船長が言ったのが悪いんでしょうけどねぇ」

「船長~セシルを怒らしたのかぁ☆それはダメだろぉ~?あひゃあひゃひゃひゃ」

「へぇ・・・あの大人しいセシルが怒るって、それ相当だぜ?船長」

夕食も宿の食堂で取り、そろそろ寝ようかと言う時間帯。

クロウは三人部屋にしては、二倍の人口密度に眉間に皺を寄せた。

「オマエ等・・・・・・なんで居る。」

渋い不機嫌を張り付けた顔。低い声が老人船長を除く、全員を捉えた。

クロウが不機嫌に見渡す先には、夜着に着替えた、料理長、水夫長、航海医師、航海長、狙撃手が銘々ベッドに腰掛けて、胡坐をかいて寛いでこちらを観ている。

クロウが風呂に入り、部屋に戻り扉を開ければ、待ってましたとばかりに、ほぼ全員が居るこの状況。クロウは軽く眩暈がした。

「なんでって、そりゃお前ぇ・・・俺とお前の仲だろうがよ、クロウ」

クロウの質問にしれっと応えたのは水夫長だ。それに続いて、航海医師のワザとらしい声。

「そうですよ~副船長、心配で心配で、私なんか、夜も眠れないんですから~♪」

「アタシもよぉ?こういう時は、みんなで相談した事に越した事が無いんだから!」

枕を抱きしめたモーリスが、頬に手を添え、ねぇ?と恋人へ同意を求める。

「そうそう☆ハニーの言う通りだぜ!」

「俺も~気になるし?相談に乗ろうと思って」

クロウの寝床である上に、ナイトキャップを被った航海士と、暇を持て余した狙撃手が胡坐をかいて座っている。

クロウはこの状況に、大きく息を吸い、溜息を吐いた。なんだ・・・この頭痛がする光景。

嫌そうに眼を細め、己のベッドへ、ツカツカと近寄り淡々と言い放つ。

「わかった。だがな。一つ言わせくれ、バルナバスとミゲルは俺と同室だからいい。それとモーリスは、今まで相談に乗って貰っていたからいい。だが。この頭のあっ軽い馬鹿と、尻尾髪ボケがなんで居るんだ!オマエ等は違う部屋だろーがっ。」

グッとベッドの布団を引っ掴み、クロウは馬鹿二人をベッドから強引に落しにかかる。

うわぁぁあああ~~と情けない声と共に、馬鹿二人は床に転げ落ちた。

ついでに、ゴツッと鈍い音が部屋に響く。

「え~だってハニーが居るし、気になるじゃん☆」

イテテ・・・と尻餅をついたルーヴィッヒは、腰を擦り己の上司を見上げる。

「それに、面白そうだしいー」

それに続いて、ルシュカも頭を擦りながら悪そうな笑み。

二人の馬鹿は、完全に人の恋路が気になる、思春期の男子と化していた。成人も済ませた二十三歳(クロウと同年代)が、非常に面倒な事この上ない。

コイツ等・・・非常に煩わしい上に、めんどくせぇ。クロウは本格的に頭痛がしてきた。

額に手をやるクロウへ、どこをどう解釈したのか。

今度はモーリスがとんでもない発言をする。

「あらん?いいのよ?ダーリンとアタシが、今から一緒にツインで部屋取り直しても?」

「モーリス。それだけはやめてくれ。」

すぐさまクロウは、料理長の言葉を斬った。一瞬だけ、緊張した空気が漂う。

この小説は一応、ギャグファンタジー且つこれでも一般向けなんだ。

R18いいや、R24になりそうな展開だけは、なんとか避けたい。

それに此処の宿は、壁が薄い。聞きたくも無いR24の声が響いてきそうでイヤだ。

それだけは絶対避けたい。断固阻止だ。

天からの声も織り交じってクロウと水夫長、狙撃手が心の中、各々大絶叫していた。

ぶわっと風呂上りにも拘らず、嫌な汗が噴き出す。


凍り付いた空気の中、まったく意に介していない、料理長の嬉々とした声が上がる。

「それじゃぁ、決まりよね」

ちらっとモーリスは、胸の前で手を組み、ミゲルへ視線を送る。

「そうですね~ではっ」

その視線を受け取って、ミゲルは嬉しそう(完全なる悪ノリ)に、眼鏡を押さえ・・・。

キラリと眼鏡の奥、蒼い瞳が光ったと同時。


『チキチキ第一回・黒き真珠恋愛相談~~~~~~開催でぇ~すぅ』


練習してあったのか、声を揃えその場に居る幹部がそう宣言した。

クロウが呆れている傍では、拍手が鳴っている。(夜なので近所迷惑)

あー・・・。もう。どうにでもしてくれ。

隣に部屋で、ぐぅすか寝こけている老人船長を、クロウは少し羨ましく思った。



「んで。俺が推測するにセシルは、俺の言った意味を、おそらく違う意味で捉えてると思うぞ。」

自身も持参していた、北民族特有の寝間着に袖を通し、最後帯を締めた。

クロウは投げやり気に言って、集まった仲間を見渡す。

「あー、あの初め会った頃の、告白劇か?」

すっかり普段結んでいる尻尾髪を梳いて、ルシュカが気だるげに胡坐をかき直した。

「あれは、耳澄まさせて聴いてた時、超ウケた~☆」

その隣でルーヴィッヒも、うひゃひゃと笑う。

「劇って。オマエ等・・・。」

人の一生大事な相手の交際申し込みに、告白劇とはどういう了見だ!

クロウは眼の前に寝床に座る馬鹿二人に、無意識に拳を握る。

そこへクロウのベッドより横のベッドに腰掛けるミゲルが、

「まぁまぁ、副船長、セシルさんの性格を考えて見てください。魔物の研究に必要だから、傍に居て欲しいって思ってる、と捉えても不思議じゃないですよ?セシルさんの場合」

穏やかに宥めに入った。

「そうよねぇ~、セシルちゃんならありえるわね」

ミゲルのベッドに枕を抱えて座るモーリスも、その意見に深く頷く。

そんなモーリス料理長の寝間着は、何処で売っていたのか、桃色にレースとリボンが彼方此方にあしらわれている、乙女な寝間着だった。しかし、皆は見慣れているので、あまり気にならない。慣れとは本当に恐ろしい。

それでも目に痛い光景には変わりない。真正面に居るルシュカは、その存在を視界へ入れない様、天井へ顔を向けて話題へ集中する。

顎を擦って、セシルを思い浮かべれば、昨日の酒の席での出来事を思い出した。

「確かになぁ、昨日、セシルと二人で一緒に飲みにいって、今まで好きな子とかいるのかって聞いてみたら。“生きることに精一杯で考えたこと無かった”って言ってたしなぁ・・・好みの子のタイプはあるみたいだけど。恋愛とかした事ねぇんじゃね?」

その日は偶然、村を観光していたルシュカだったが、丁度セシルが一人で郵便組合所から出てきて、一人ぼんやり空を見上げて歩いていたのを見かけたので、声をかけたのだ。

その時のルシュカには、その空を見つめるセシルの姿が、ここに存在するようで全く存在していないような感覚に陥った。

まるで、人知れず空気に溶けてしまって、居なくなるような・・・。

何処か危な気がして、咄嗟に呼んでセシルを強引に、なにか食べに誘ったのだ。それでセシルと『メシヤ』へ飲みに行ったその間、他愛も無い話をしていたのだが。


ルシュカがそう皆に話していると、どんどん頭上から突き刺さる怒気が降り注いできた。

「尻尾髪。オマエ。二人で飲みに行ったのかよ?!」

いつの間にか、副船長が物凄い眼で、ルシュカを見下ろしていた。しかも、愛刀の柄を握って構えている状態で。一歩一歩、不穏な威圧がルシュカへ近寄る。冷汗を流しつつ尻尾髪は、必死にベッドの上を後退する。

「いや・・・別に、偶然・・通りがかかった・・・だけで、なぁルーヴィッヒ・・・」

しかし傍に居た航海士は逸早く自分の恋人の所へ避難している。

この裏切り者ぉ~!!ルシュカは心中にて相方に叫ぶ。

「ほう。」

低く冷たい声がルシュカを射抜く。

もうすでにクロウは、ルシュカを壁際まで追い詰めていた。

「ひぃっ!いや前に奢るって約束してたし!!決してやましい気持ちはナイ・・・ってうぉおおわぁあああ」

必死に弁解するルシュカに、問答無用!とクロウは無言で愛刀を振りかざす。

ブンッと鞘に収まったままの刀を振り降ろされ――――、

「は~い、ストップ。副船長、これじゃ話が進みませんよ。」

呆れたミゲルがパンと手を叩き、クロウを止めに入った。

まさに間一髪、ミゲルがルシュカとクロウの間に入って、真剣白刃取りをして立っていた。

まぁ、鞘から刀は抜いていないので、ここは真剣鞘取りになるのだが。

クロウの本気ではないとはいえ、攻撃を受け止めるとは・・・さすが、癖のあり過ぎる航海医師ミゲル。昔の暗い腕は鈍っていなかった。

この時、航海士はミゲルには悪さしない方が良いと、本気で思ったものだった。

「副船長~、嫉妬は醜いですよぉ?ふふふふ」

ミゲルは胡散臭い笑みを向けて、ぱっと両手を放す。クロウも不機嫌に刀を仕舞う。

「ふぅ・・・助かったぁ」

ルシュカは命拾いしたと、ほっと胸を撫で下ろした。

まったく、とんだ災難だぜ。ルシュカは再びベッドへ上る。

不機嫌なクロウは、刀を壁に立てかけ、備え付けの椅子へ座った。

ふーやれやれと、心中一同が呆れる最中、初めに口を開いたのはルーヴィッヒだ。

「でもさセンチョー☆話とか聞いてて俺思ったんだけどさ、セシルの性格とか今まで生まれ育った背景とかあるじゃん?結構苦労って言うか、危ないめに遭ってるっぽいし。もう少し、セシルの事を理解して、セシルが落ち着いてからちゃんと言った方がいいと思うぜ」

眉に少し皺を寄せ、幾分か真面目に言う航海士。その発言にバルナバスも顎を擦り、

「ルーヴィッヒお前にしては、良い事言うよなぁ。俺もよ、もう少しセシルの事を見てやって、相手の事知ってからの方が良いと思うぜぇ」

今のセシルの現状を思い浮かべつつ、クロウを見やった。

「そうか。」

唯一この仲間で妻帯者の水夫長の意見に、クロウも素直に頷く。

バルナバスの言葉に、モーリスも気がかりな事があったのか、不安そうな表情を浮かべ話し出す。

「そうねぇ~、この村の人・・・セシルちゃんを好く思ってない人が多いみたいだし。何があったのかは知らないけど、少し心配だわ。市場の人達なんか、セシルちゃんを冷たい眼で見て、まるで人を人だと思ってない感じだったもの。」

傍に居る恋人にモーリスは視線を送れば、航海士もそう言えば・・・と眉を潜めた。


セシルと一緒に買い出しに行けば、市場の店の店主等は殆ど、早く帰れと言わんばかりの雰囲気だった。硬貨の支払いも、セシルに触れたくないとばかりに、カウンターへ置いてくれとまで言った店の者までいたのを、モーリスとルーヴィッヒは覚えていた。

その時二人は『何だコイツ等・・・?』と、嫌悪感を持って眉を潜めたが、セシルが『ほっとけばいいんです』と言って、さっさと店に出てしまい、何も言えなかったのだ。


「確かにそうですよね・・・それは私も気が付いてました。セシルさんの隣の家族や、アメリアさんが働いている『メシヤ』に居る方々は、そうでもないんですけどねぇ。その他の場所だと、どうも・・・・・・ね。良くない感じですよ」

ミゲルも眼鏡を上げ、彼にしては珍しく渋い顔で周りを見渡した。その表情には、いつもの飄々とした微笑はない。料理長や航海医師の話を聞いていた、狙撃手も片手を挙げ、

「そういやさー、俺とルーヴィッヒが始めてここに着いた時。その時もセシルが如何にもガキ大将って感じの奴に絡まれてたなぁ」

と、ナイトキャップを被る相方を見る。

「デブとノッポとチビって、名前の奴等な☆」

その青緑の視線を受け取って、ルーヴィッヒも思い出したと、ポンと手を撃った。

あの時は自分があのデブから、青いリボンを取り換えしたのだ。よく覚えている。

「まぁセシルって大人しいから、いじめられ易そうだけどよ。でも、彼奴けっこう根性あるし、言う事は言うし、船長殴るぐらいだから、やられてばっかって感じではなさそうなんだけどなぁ~・・・」

「そうそう☆アメリアちゃんの事になるとコワイし~、本気で眼が据わってたもんなっ!」

確かにセシルは、男にしては、内向的で大人しく控えめな性格だ。それは三ヶ月半も一緒に居れば、ルシュカ達にも分かる事だったが、自分の意見をはっきり言うし、嫌なモノは嫌だと意思表示するタイプだ。

なにより副船長に対しても、怒って腹に一発喰らわせるほど根性はあるのだ。

ただ単に、セシルが苛められっ子と言う訳ではない、と何となく察する事はできた。

そう思いつつ首を捻るルシュカと、ウンウンと頷いて同意するルーヴィッヒ。

「・・・・・・・。」

そのお調子者達の話を聞いていたクロウも、ふっと息を吐いて窓の外へ視線を向けた。

そのクロウの難しそうな表情を、ミゲルは見逃さなかった。

「副船長、さっきから黙りこくってますけど、セシルさんから何か聞いてないんですか?」

何かを感じミゲルが怪訝に問いかければ、

「俺等と出会う前、村で何があったとか?そーいや、セシルの首の傷の事もあるしなぁ」

バルナバスも気が付いていたのだろう。

口調こそ穏やかだが、クロウへ強い視線を向けていた。

クロウはすっと眼を細め、逡巡とした様子で、口を薄く開ける。

「・・・訊いたのは、訊いた。だが・・・・・・」

だが、セシルは皆には知られたくないのではないか?

心の中でクロウは言葉を続けた。そう言い難そうに言葉を零せば、

「んもうっ副船長、アタシこれでも口は堅いのよ?!大事な事なら言いふらしたりはしないわよ!!」

枕をボフンと叩いてモーリスが息巻く。

「俺等も、そこまで口軽くないぜ~☆なぁルシュカ!」

「おう!」

尽かさずルーヴィッヒとルシュカが、視線を交し合い、ニヒ!と笑う。

「相手がセシルさんですし、ねぇ?水夫長」

その傍ではミゲルがにこやかに、部屋の奥に座るバルナバスへ声をかけた。

「ここに居る俺等だけでの秘密にして、他には触れさせない様にすればいーんじゃねぇか。事情が事情ならセシルにも、俺等がクロウから訊いたって言わない事で、知らぬふりで。」

どっかり大木が佇むが如くベッドに座り、腕を組んだ水夫長。

年長者らしい、落ち着きのある様子で、そう話し皆が納得するよう周囲を見渡した。

クロウを除く、一同はそのバルナバスの言葉に静かに頷く。

そうして、彼の幹部達は、己の上司であるクロウへ視線を向けた。

「そうだな。・・・セシルにも誰にも言うなとは、言われていなかったしな。」

はぁ―ッと溜息を一つ。

一同の神妙な視線を受け、クロウは観念したように話し出したのだった。

今集まっている者達だけの話だと念を押して――――。


副船長クロウが訊きだした話は、仲間達が予想もしなかったセシルの話だった。


「首肩の傷は。親戚の宿で下働きをしていた時、宿の客に娼婦か何かに間違われて、部屋に連れ込まれそうになった時、抵抗していれば、その場に控えていた魔犬がセシルを守る為。その客に襲いかかったんだそうだ。」

皆が真剣に聞く姿勢を取って、妙に静まった部屋の中。

クロウの感情を感じさせない、低い声だけが響いている。

「混乱した客は短剣で魔犬を掘り解こうとして、滅茶苦茶暴れたそうだ。その客が振り廻す刃に、セシルが運悪く当たったらしい。魔犬は警備兵に倒されたらしいが・・・。」

ふ―――っと息を吐き、ここで初めてクロウは胸の内を語った。

「それはアイツの心の傷をもっと広げた。・・・と俺は思う。」

「まだ、何かあるんですね」

ミゲルが青い瞳をメガネのレンズ越しに向け、組んでいた脚を組み直す。

クロウは静かに頷き、無表情に話を続けた。

「そもそも、セシルが出稼ぎにジェーダイトへ来たのは、父親が病気で死んだからだ。けれど・・・働き手なんぞ、この村を見ていれば、いくらでもあると分かるよな。」

いくら何もない小さな村だからといって、下町の風情があり人口密度がそれなりにある村である。ミゲル達が察するに、働き口などいくらでもありそうだった。

「そうですねぇ」

「確かに」

ミゲルとバルナバスは顔を見合わせる。

「その理由が、アイツが自室で魔物と遊んでいたおかげで、その魔物の瘴気によって病気の父親を死なせた。その魔物と言うのが病魔でな。もともと閉鎖的な村だ。セシルが小さい頃から、魔物と遊んでいるのを知ってる大人達は居てもおかしくなかった。おかげで噂は広がり村では、魔物付きの呪われた子だと、毛嫌いされているらしい。」

副船長の話を聞いて、ルーヴィッヒはここでハタっと眼を見開いた。

あぁ、“これ”がセシルの危機感が薄い要因・・・ルーヴィッヒの表情は一瞬失せる。

無意識に死へ向かう、どこか生きる事に、やけっぱち、棄てぱちな・・・。

いつも大きく丸い碧眼が、それ以上に丸くなった。

「おまけに母君も病気になって臥しがちだった。セシルは父親を自分が殺したと思い、これ以上、家族に害が及ばぬよう。遠い地。海を渡りジェーダイトへ来ていた。」

観察眼が鋭い航海士は、無表情に己の上司を見上げれば、複雑そうな黒曜石の瞳とかち合う。ルーヴィッヒの思っていた事が、伝わったのだろう。

クロウはそのまま話を続け、静かに頷いた。

「アイツと同じ年頃の奴等も、ロバートは別だろうが、殆どが関わりを持とうとしない。まぁ、セシルは馬鹿じゃない。そんな奴等なんて相手にもしてないがな。」

クロウが語るセシルの背景に、仲間達は今まで村で共に居て、セシルに対して不可解だった村人の態度が一気に合点がいった。部屋を照らす燭台の炎が、不安げにゆらゆら揺れた。蝋燭の蝋が熱によって形を崩したのだ。

「そーいや、セシルの奴、あのデブ達に何かされても、術で対抗しようとしなかったもんなぁ。あんなに凄い術を繰り出せるんだから、返り討ちぐらいできそうなもんだし☆」

重苦しい沈黙が漂う中、やはり初めに口火を切ったのは、あっ軽い航海士の声だ。

先ほどの、一切の感情を失せた表情はどこにもなく、子供に似た無邪気な表情で、カラカラ笑う。その明るい声に触発されてルシュカも、思い出したように話した。

「あ~それも、二人で飲みに行った時、俺も気になって訊いたわ。なんでも“あんなのに一々チカラ使うのも、もったいない。”って言ってたな・・・妙に座った眼で。」

「セシルらしい・・・意見だなぁオイ」

潔いあっさりした、と言うか、見た目に反して男らしい意見にバルナバスは唸る。

彼の少年魔術師は、案外見た目より、精神的に大人なのかもしれない。そうさせるのが、今までの苦労や境遇なのかもしれないと、少し苦く感じるバルナバスであった。


「アイツは魔物に好かれる自分の所為で、父親が死んだと思っている。」

皆が皆、それぞれ難しい顔して、銘々思いを巡らせているところ。

クロウが力の篭った低い声で、そう言葉を零した。

「俺はそれに関して、悪い条件が重なっただけだと思う。アイツを好いてる魔物が、その父親を故意に死に追いやるとは思えん。」

「・・・だよな」

「俺もセンチョーの意見には同意~☆」

ルシュかもルーヴィッヒも、ニヤッと笑い合い頷いた。

共に生活する様になって、純粋な魔物とそうでない者ぐらいは、セシルと居て分かるほどになっていた。

「けど、セシルちゃんはそうは思ってないのよねぇ」

そこへ、困った表情で料理長が呟いた。

「あぁ。おそらくは。俺がその話を聞いた時、さっきのように言っても、セシルにはまだ。心の中に“父親が自分の所為で死んだ”と根強く残っている様な気がする。」

クロウも深く頷くと、水夫長も真剣な顔で顎を擦った。

「まぁ、そう思っても仕方ねぇわな・・・」

魔物が惹かれるという特異体質さえなければ、ただの病死で、働くにも家族と離れて出稼ぎに行くと言う所まで出なかった筈。村の人々の態度も違っただろう。

村の苛められっ子で、大人しく控えめな性格というだけ。

セシル自体は普通の人と何ら変わりない。仲間達はセシルをそう見ている。

だが、圧倒的に普通の人とは、何か違う物を持っていると感じるのも確かだった。


「俺がセシルから聞いた話はこれだけだ。・・・・・・でだ。これを踏まえたうえで、セシルと交際するにはどうしたらいい。」

真剣な話から一変、本題に入ったクロウは至極真面目に問いかけた。

この副船長、やはりマイペースにも程がある。切り替えが物凄く早い。

「うん、船長☆これじゃセシルが、恋愛云々なんて考えてないのも分かるから、かなり頑張らないといけないと思うぜ!」

「こんな重たい話・・・むっずかしいよなぁ~」

急に深刻な話から恋愛話を振られ、お調子者達はそれぞれ軽~ぃ意見を述べる。

初めからこの二人組が、あてにならないのは予想の範囲内。

「大丈夫だ。オマエ等二人の意見は、最初(ハナ)っから求めてねぇ。」

尽かさずクロウがお調子者達の意見を、心のごみ箱へ放り投げた。

『ヒドイ!!!』

バッサリ斬られた意見に、二人の馬鹿は声を上げる。

船長~そりゃないぜぇ、俺等けっこう考えてんのにぃ~とギャアギャア騒いで嘆く。

そんな馬鹿二人を放置している、大人組は至極真面目に案を出し合っていた。

「ん~そうねぇ、アタシとしては、セシルちゃんにとって、村はあんまりよくないから、それを忘れさせるような・・・そうね、セシルちゃんの好きな場所でも誘ったら?回数を重ねて、落ち着いてきた所へきちんと交際申し込むのよ」

人差し指を唇に当て、モーリスは枕を抱き込む。

何気にセシルの性格や、村での背景を気にかけての提案だ。

「それか、ガンダルシアには魔術図書館があるんでしょう?セシルさんは、本が好きですし、連れて行ってあげてはいかがです?」

ミゲルもそれとなく、セシルが好きそうなものや場所を心得ているのか、そうアドバイスする。たしか、王都や港町にありましたよね?と微笑んで。

「もしくは港町まで出て、色んな露店めぐりとか・・・嫁さんと付き合う前は、そうだったなぁ」

最後に少し頬を染め、恥ずかしそうに水夫長が体験談として案をだした。妻帯者で子持ちの父親のバルナバスの意見なので、かなり心強い話である。さすが年の功。

「そうか・・・。」

コックリと素直に頷く副船長。ベッドで駄々をこねる馬鹿二人は放っておいて正解だった。

貴重な助言を貰い、クロウは素直に今後の参考にしてみる事にした。

実際セシルとはうまくいっていない。いや、交際さえ申し込んだ筈なのに、違う意味に捉えられているこの現状。この現状打破を、クロウはなんとかしたかったのが本音である。

裏切り者アーチャーはどうした?と言うツッコミは、今は無しだ。今は。


「でもセシルさん、普通の男の子ですし、男から告られても、それだけできっとドン引きしそうですよねぇーふふふっ」


本日、毒を含んだ航海医師ミゲルの一言。

クロウが今後のデートプランを巡らせていた背中越し、水を打ったような静けさが襲った。

「おまっミゲル・・・」

言葉に詰まる水夫長。

「それ言っちゃ、身もふたも無いわよ」

ぴしゃりと言い放つ料理長と、

「正論だけど・・・な」

視線を外し、しどろもどろな狙撃手。

「うーん・・・・・・・☆」

恋人の横で困った顔の航海士。

当のミゲルは、にこにこにこにこ・・・・・・微笑を絶やさない。


「オマエ等。俺を突き落とす為に持ち上げたのかよ?!」


クロウの盛大なツッコミ。

ここにもう少し冷静な者が居るならこう言うだろう。

相手の過去云々より、まず性別の問題が先だろう?!!――――――と。

哀れ・・・ここには普通の枠組みからはみ出た者達だけ。


セシルが物憂げに窓の外を見つめ悩む中。

一方ブラックパール海賊団の仲間達は、女子・・・規格外男子トークの真っ最中だった。




しとしと・・・雨音が聞える。

外は水の濡れている所為か、少し部屋の温度が低い。

騒がしかった部下との雑談も終わり、あれから一時間も経つ頃合い。宿屋の布団の中で、クロウは寝返りを打つと、薄く瞳を開く。

眼の前の寝台には、蒼黒くすこし癖のあるミゲルの髪が見え、その奥の寝台からは、水夫長の豪快ないびきが聞えた。生まれた時から比較的に夜闇の方が相性も良く、夜目が効きすぎる己の眼。クロウは慣れ親しんだ闇の中で、眼を覚ました。


誰だ・・・俺を呼んでるのは・・・。


見渡しても、誰かが起きている気配も感じない。両隣の部屋も、意識を研ぎ澄まし集中しても、仲間達の寝息が聞こえるだけ。

・・・・・・だれだ。

何故か、胸の奥がざわついて騒ぎ出した。嫌な予感ではない。けれど、その声は悲痛な声がして気になって寝つけない。誰かが何か必死に叫んで呼んでいる、何の根拠も無い、でも、そうとしか頭の中で捉える事が出来ない・・・何か。

それはとても小さく、か細い声。おまけに聴き取り難かった。

だれだ・・・こんな夜中に俺を呼ぶのは。

クロウは仰向けになり、再び音も立てず再び瞼を閉じた。そうして瞼の闇に、その呼び声に意識を集中させる。深い意識の闇の深淵へ、無音の中で声だけを手繰り寄せる。

すると一瞬だけ瞼の裏に、黒みがかった灰髪の華奢な後ろ姿が、クロウには視えた。

ふぅっと微かな溜息を吐き、クロウは眼を開ける。

そして枕元に置いてあった、銀細工の時計にも似た水鏡を手繰り寄せる。冷やりとする銀のフォルムを手で包み、クロウは同室の二人を起さないよう、気配を殺して寝台から足を出した。



ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに・・・

本当に“僕”が“みんな”と一緒にいていいの?

僕は自分が嫌いだ。

僕が賢者だなんてそんなの嘘だ・・・なら、なんで魔物に好かれるの。

ガンダルシアの図書館で、今までいろいろ調べてはいたけれど、歴代の王やその他の賢者と言われる術者達にも、魔物に好かれる人なんて居なかった。

ある一人を除いて。

中央大陸戦争の北の魔王―――。

おとぎ話の中の魔王は、怪獣みたいで、いかにも魔物を統べる王とした様相で描かれている。けれどある程度歳を重ねて、書籍を以て調べれば、それは怪獣でもなく莫大なチカラを持った魔術師で、魔物を従わせ魔物達もその魔術師に従っていたというものだった。

その北の魔王も、ガンダルシアの歴史研究者が推測するに、おそらくは賢者か、それに近しい存在の術者だったのではないか、と本に書いてあった。

中央戦争での戦死者は・・・大よそ二千万人以上も及ぶ大戦争。その戦死者の殆どが、北の魔王の手によって葬られた。


雨はまだ止まない。音が降ってくる。ベッドで布団に包まり、呆然と座って何時間経っただろう。セシルは燭台の灯りが、小さく揺らぐ様子を、ぼんやり眺めた。


「はは・・・みんな、本当の僕を知ったらきっと嫌いになるよ。」

だって僕は空っぽだもの。

言葉に出した続きは、喉の奥で消えて、セシルはころりと体を横たえる。

僕を知って嫌いになったら、どこかで船を降ろされるかなぁ・・・。

ふと何気なく左指の青が、濁った視界に飛び込んできて、眉を寄せまた起き上った。

「あ、やっぱり・・・まだ、はずれない」

セシルは中指に嵌めた指輪に、手をかけたがビクともしなかった。この指輪、ピアスもだが、ミーティア卿の所で泊まってから、今まで全くもって外れない。これでは、返品不可能で、大変セシルは困ってしまう。

だから・・・僕は賢者じゃないんだってばっと、念じて外そうとしても・・・。

「熱っ・・・・・・」

指輪が熱を帯びて抵抗され、少し締め付けられる。セシルは溜息を吐きたくなった。


僕のこのチカラも、魔王と同じものみたいになって、誰かを傷付けるかもしれない。

それに、ぼくはもう、父さんを殺して・・・。

病魔は故意に命を奪ったりしない、って言って貰えて嬉しかったけど。

占師のお婆ちゃんは、僕のチカラがもしもの時に役立つよう、術を教えてくれたけれど。

僕もできるだけ、チカラを抑えて使っていたけれど。

それでも・・・僕の魔を引き寄せる体質の所為なのは変わりない。

おかげで母さんは、元々父さんと結婚するのに反対だった家族と、もっと険悪になって絶縁状態になった。母さんは僕を守ってくれた、けれど僕は父さんを・・・奪った。

僕は・・・ほんとうは、自分が一番嫌い。

今度は母さんを殺してしまうかもしれないのに、のうのうと生きてる自分が嫌い。

妹を殺してしまうかもしれないのに、自分で死ぬ覚悟も出来無い僕は嫌い。

家族の生活とか、いろんなことを言い訳にして、生きてる僕は嫌い。

もしかしたら、北の魔王みたいになってしまうかもしれないのに、生きてる僕は嫌い。

どうか僕と言う個が、無くなって、無かった事にならないだろうか・・・。

そんな事ばかり願うのだけど。


―――――生まれてくることを無かった事にして――――


やっぱり、どう考えても、僕が願うのはこれだけ。

悩んで悩んで、行きつく先の思考の果ては、いつもの願いごとだった。


そんな事を考え指輪の宝石を覗き込んでいれば、今度は青白い光が枕元で仄かな灯りとなって漏れた。

「え、・・・なに?」

枕と布団の隙間から漏れる青い光の基を捜し、セシルは怪訝に布団を退ける。わたわた・・・と慌てて布団と枕をひっくり返せば、それは一週間ほど前に魔術教会で買ってもらった懐中水鏡だった。銀細工に小さな花と蔓草の網蓋装飾が施された水鏡、それはいつもクロウに『連絡が出来るから肌身離さず持っておけ。』と言われて、セシルは失くさないように首飾りにしていた物だ。さすがに寝るときは外して、枕元に置いていたのだが。今はそれが仄かに光って、ベッドの上に転がっている。

「何で光って・・・あ」

恐る恐る手に取れば、懐中水鏡から漏れる光はもっと輝きだした。セシルが推測するに、持ち主の体に纏うチカラに反応を示したという事なのだろう。

誰かから自分への連絡?・・・でも、こんな真夜中に?何かあったのかな・・・・・・

仄明るい部屋の中、セシルは怪訝に首を捻り、水鏡の蓋へ手をかけた。


パカ・・・と気持ちのいい音がし、セシルが淡く光る鏡を覗き込めば。

《夜分遅くにすまん。何かあったか。》

脳内で響く声と共に、黒いヒト、副船長の顔が映し出されていた。

「ひっ・・・え、あ、何がどう?ええぇ???どうかしましたか??」

なんで副船長さんがっ?!突然の通信に、セシルは心中混乱し声が裏返った。

《いや。何か胸騒ぎしてな。オマエが気になったんで夜遅いが連絡した。》

「へ!?」

抑揚の無い声でそう言われ、セシルは素っ頓狂な声を上げる。

胸騒ぎ・・・それどういう事なんだろ?

僕には何も、嫌な気配や予感は感じられないけれど?

クロウの言葉に、水鏡の前でセシルは首を傾げた。

そんな様子を見ていたクロウは、

《セシル。オマエ・・・何か思い悩んでいる事でもあるのか。》

眼を細めてセシルにそう言い放った。

クロウのその言葉に、セシルは一瞬、水鏡を手から落としそうになる。

息が詰まって、心から畏怖し体が強張った。離れていても、心を見透かされて、自分ですら投げ出し考えなくなっていた、心の奥を覗かれたような錯覚に陥った。

「な、なんで・・・」

なんでそんなこと言うの。乾いた声と引き攣った喉では、最後まで言葉を紡げない。

《何故って。オマエ。泣いている・・・・・・。》

「え・・・」

無表情だが薄く心配そうな眼と声音が届き、セシルは自分自身に愕然とした。

頬に手を伸ばせば、水滴に触れる感触。

うそだ・・・これって、なみだ?

《今からでもそちらに行こうか?無礼だが。今なら影法師(シャドウ・ウォーカー)でそっちに行けるぞ。》

その言葉に、はっと我に返る。

それだけは嫌だっ――。

本気で心配しているのだろう、クロウの発言にセシルは瞬時に、停まった思考を活動させた。これ以上、この得体のしれない心の恐怖を味わいたくない。

セシルは若干震える声で、なんでも無い風を装う。

「だっ大丈夫ですよ?!本を読んでて眼が疲れただけですから!」

慌てて傍にあった本を手に取ると、セシルは本の背表紙を水鏡に映した。

《・・・・・・・・・・・・だが。》

それでも尚、クロウが言い難そうに口を開けば、

「ちょうど物語の感動シーンで、あははははっすみません心配かけまして、大丈夫ですから、副船長さんも寝てたんでしょう?僕ももう寝るんで大丈夫です」

それを遮るように、セシルが捲くし立てた。もう、涙も引っ込んだ。

セシルはいつも通りの顔で、水鏡を覗き込む。けれど、覗き込んだ先の人物には、全くもって通じなかった。暗闇で在る筈の向こう側に映る、その黒いヒトの瞳は、やはり『嘘だろ。』と言っているようで、

《・・・わかった。オマエがそう言うなら。》

少しの沈黙と、溜息交じりの声で僕にそう言った。あぁ・・・やっぱり、バレた。

けれど言いたくない。セシルは無意識にきゅっと唇を薄く噛んだ。

「すみません、じゃぁお休みなさい・・・」

《お休み・・・。》

そのまま何でもない事にして、挨拶をして水鏡の蓋を閉める。パチンッと閉めた懐中水鏡の音が部屋に響く。セシルはどっと、緊張して強張った肺と喉から息を吐き出す。

まさか、こんな時間にこの瞬間で、通信が来るとは思わなかった。セシルは額に冷汗が流れるのを感じ、底なしの得体のしれない恐怖心に身震いする。

最後の挨拶を返した副船長の声が、不服そうな声音だった。

なんで・・・とか、もう、考えたくない。恐いモノは、こわい。セシルは燭台の灯りを拭き消し、素早く布団へ潜り込む。――――――自身の恐怖心から逃げる為に。



「ふぅ。・・・・・・あれで。隠したつもりか。」


宿屋の闇に包まれた廊下。クロウは一人誰に言うでもなく呟いた。

光りを失った水鏡は、もう何も映さず己の手中にて、只の鏡へ姿を変えている。

「何かなければ、こんな夜中に連絡しないだろ。普通。」

パチンと蓋を閉め、一人ごちる。

クロウは先ほどの、セシルの狼狽えた様子と、瞬時にいつも通りの表情で取り繕う姿を見ていた。ご丁寧に本まで持ち出して。

その変り身の速さ、纏う雰囲気も、ガラリと変わる様子。うっかり、涙も本当に本を読んで泣いて居たような、そんな錯覚に陥る。ある程度の人間なら、誤魔化せただろうが。

俺にそんなの通じるかよ―――。クロウは再び眼を閉じる。

どこまでもいつも通り、透明な雰囲気、逆に違和感を拭い切れないそれが決め手だ。


「相変わらず嘘が上手い。が。上手すぎていっそ滑稽か・・・。」

ボソリと呟いたクロウに、思いもよらぬ返事が返ってくる。

「何がです?」

部屋の扉を開け、眼鏡をかけていない、ミゲルがひょっこり顔を出していた。

「なんだ。起きたのか。」

クロウはこの気配を消す事に長けた、やぶ医者に目を細め振り向く。

ちょうど扉の横に立っていたのだから、首だけそちらへ向けた。そうすれば、ミゲルは胡散臭い笑みを湛え、廊下に出てきた。もちろん、音は一切立てずに。

「貴方が部屋から出た時から起きてましたよ♪」

「オマエも相変わらず、聡いな。」

こちらも、気配を消していたのだが。無駄だったようだ。この分なら、先ほどのセシルとこちらの会話を、盗み聴きされている確率は高い。クロウは内心舌打ちをする。

「なんですぅ?副船長、セシルさんに夜這いですか」

「ほぉ。俺が断られるの知っていてそう来るか。ミゲル。」

「ふふっバレてましたぁ~」

飄々としたワザとらしい声が、少し寒い廊下に落とされる。

バレてないと思うのか。いや、それさえも計算内だろうこのミゲルなら。

「チッ。オラ。俺の用事は済んだんだ、さっさと寝るぞ。オマエもふざけてないで寝ろ」

あぁ、頭痛がしてきた。クロウはこれ以上、ミゲルと話を続けたくないと、長い自身の髪を掻き上げる。不機嫌を引っさげたクロウの視線に、ミゲルは残念そうに声を発する。

「えぇ~」

「ミィ~ゲェ~ルゥ~・・・。オマエ。寝酒でもしたのかよっ?!俺は酔っ払いの相手はゴメンだ!」

クロウがミゲルの両肩に手を置いて、睨むと小声で抗議する。

就寝前の恋愛相談よりも、さらにダメージの大きい事を言われそうで嫌だ。

クロウの脳内危険警報が、今まさに警鐘を鳴らしているのだ。

なんとか、クロウはミゲルを部屋に押込めたかった。

けれど、ミゲルである。されど癖のあるやぶ医者、航海医師のミゲルである。

「ふふふふふっふ~さぁどうでしょう~?それより、副船長」

クロウの都合よく、動く相手ではなかった。

ミゲルはにこ~っと邪悪な笑顔で、クロウの耳へ手を伸ばす。

「なんだ。」

クロウでさえ、そのミゲルの行動にギョッと眼が向き。不意をつかれた。

普段なら、無言で手を払い退ける筈が、訊き返してしまったのだ。

「このピアス、セシルさんから貰ったんですか」

暗闇でも光る蒼の瞳が、弧を描く如く細められる。長く右耳へ延ばされた指先は、赤い石のピアスを撫で、形を確かめた。

「そうだ。」

クロウはその手を、ぱしッと跳ね除け、眉間に皺を寄せる。

これは誰にも触られたくない、己の大切な物だ。アルバの町でセシルに貰ってから、手入れする時以外、外さず身に着けている。

そんな鋭く睨み付けるクロウに、ミゲルはどこ吹く風。

「ふぅ~~~~~~~ん、そうですかぁ」

たっぷり間を持たせ、意味深ににっこり微笑む。

そのミゲルの微笑に、クロウはますます眉間に皺を寄せた。

「なんだ。その嫌な笑顔は。」

嫌な予感が、ぞぞぞぞ~っと、クロウの背中を駆けあがる。

さぶイボまで出てきそうな気がする。・・・いやもう、出ている。

「別にい~なんでもありませんよ。さぁ、訊きたい事も聞きましたし、さっさと寝ますね」

だがしかし、そんなクロウに、にこやかな笑みを向けたまま。ミゲルは飄々とそう言い放ち、クロウの肩に置かれた手から逃れると、颯爽と部屋に戻り扉を閉めた。

「ちょ、まて。ミゲ・・・ル」

何でもないなら、その不穏な笑顔は何だ?!叫びたい衝動に、クロウはグッと飲み込む。

今は深夜だ。大声を出してはいけない。ミゲルを引き留めようとしていた、宙に浮いた手も、虚しく寒い空気を掴むしかなかった。クロウはその手を降ろす。

「なんだったんだ・・・。」

何か言い知れない、不穏なミゲル気配。アレは完全に、悪ノリをする気配である。

それだけは断定できる。己の理性と本能がもう結論をはじき出しているのだ、それを心から否定できようか、否できまい・・・思わず反語。

一抹の不安が拭い切れないクロウ。彼はしばらく硬直し、暗い廊下に佇んでいた。

胸のざわつきが治まらず、何かの前触れかと思う予感と共に。

雨が降り続ける音を、遠くで耳にしながら――――・・・。


挿絵(By みてみん)



次の日。

一晩中降り続けた雨は止み。母と妹、それとリオンと共に静かに朝食をとり、セシルはゆったりとした早朝を過していた。

『メシヤ』へ給仕の仕事へ行く妹の見送りをし、母親の手伝いをしていたセシル。

それから緩やかに時間が過ぎ、早めに昼食をとってリオンと一緒に寛いで居れば、玄関の鐘が鳴った。リオンを伴い外へ出て見れば、郵便組合員だった。旅行鞄ほどの大きな包みを渡される。

「セシル!それなに?」

小さなリオンが、興味津々に大きな目を見開いてこちらを観ている。

「なんだろうね・・・こんなに大きなもの」

僕宛ての包み?一体誰からだろう・・・セシルがそう玄関でその大きな包みを受け取った丁度その時。あっ軽い声が、村の方角からこちらへ走り寄ると共に声をかけられた。

「おはっよー、セシル、リオン、今日もどっか行ってあそぼーぜ☆」

セシルが荷物を抱えた状態にも関わらず、金髪の航海士はぴょーんっと飛びつく。

危うくセシルはそのまま、ひっくり返りそうになった。何とか踏ん張るとそこへ、

「もうダーリン!今日もアイリスさんの手伝いをするんでしょう!!」

「あ~も~、なんだってお前ってば、そう元気なんだよルーヴィッヒ」

「~~~ルーヴィッヒっ!ちったぁオマエは落ち着け!!」

料理長と狙撃手それと副船長が、足早にこちらへ向かって(主に航海士へ)お決まりの騒がしい声を上げた。

郵便局員とすれ違いこちらへ辿り着いた、すっかりお馴染みとなった一行に、セシルは挨拶をする。

「・・・・・・おはようございます。皆さん」

何でそんなに無駄に元気なんですか?とは訊けなくて、セシルはとりあえず、無難な挨拶でやり過ごす。そんなセシルの心境をまったく気が付かない一行の内お調子者達は、

「おっはよう☆セシル」

「おはようさん」

実に明るく(あっ軽い)爽やかに挨拶を交わした。航海士はセシルの前で、うずうずと忙しなく跳ねまわり、隣では気怠そうに狙撃手が呆れ顔でそれを眺めて、落ち着けよ~と窘めている。本当に何で無駄に元気なの?・・・セシルが死んだ眼でその光景を傍観する横では、リオンがモーリスにしがみ付いていた。

「おじちゃん、ママン~おはよう!」

「リオンちゃんおはよう、今日も元気いっぱいね」

モーリスはリオンを抱え、頭を撫でる。養父であるクロウもリオンが心配なのか、

「おはよう。リオン。いい子にしてたか」

くしゃりとリオンの髪を撫でた。

「うん!」

リオンは素直に頷いて応える。

あ、こっちは普通だ、とセシルはよくある親子の対面の様子に、ふっと心持が落ち着く。傍で繰り広げられている、航海士と狙撃手のどつき漫才は、いつも事で相手にしていたら、疲れるだけなんだと、セシルはなるべく見ないようにした。

そんなセシルへ、

「おはよう。セシル。・・・・・・昨日は大丈夫だったか。」

と抑揚の無い声が降って来た。

その声の主に、セシルの心臓は一瞬だけ跳ね上がった。

恐る恐る視線を合わせれば、黒曜石の瞳がこちらを見つめている。

まるでセシルの心の奥、その全てを視透かすように。

「え・・・あ、おはようございます。えぇっと大丈夫ですよ」

昨日の事を言われ、非常に気まずいセシルは、なんでもないふうを装い、挨拶を述べる。

そんなセシルにクロウは、

「そうか。」

とだけ応えて、セシルを無表情にまだ見ていた。身長が三十センチも高いので、必然的にクロウがセシルを見下ろす形となってしまう。セシルは身長の所為も相まってか、無意識に恐怖心からか。いや、この際どちらでもあるが、なるべくその黒い視線を合わせないように、視線を自分の脚元へ向けた。

・・・・・・気まずい。

セシルは生唾を飲み込んで、無意識に包みを握りしめた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

二人の間にだけ、少し緊張の混じった静けさが漂う。

「なぁ!なぁ!セシル~その包み何か聞いてもいいかっ☆」

そこへ、その空気をぶち壊す航海士の声が降りた。

助かった・・・その明るい声に、セシルは内心ほっと息を吐く。そしてセシルが、視線を上げれば航海士の満面の笑みがそこに在った。

「あ、これですか?いや未だ、分からないんですけど・・・差出人は、ペルソナさんと副船長さん???」

咄嗟にセシルは、届いた包みの差出人を確認すれば、それは仲間達がよく知る名前だった。

ちなみにその差出人の一人は、今ここに居るのだ。二人が何かセシルへ贈るなら、直接手渡しの方が早い、どうしてまた郵便なのか。

大きな包みをまじまじと見つめ、セシルは不思議に首を傾げた。

「あぁ。きっと魔術ローブではないか。もう一週間過ぎだろう。」

当の贈った張本人は、思い出したと、表情を浮かべて包みを見る。その包みのタグには、魔術装飾店『ルーン・ロア』と記されている。

それはクロウとペルソナが、ミーティア卿邸で呼び付けた仕立屋の正式名称だ。

「あ、そっか・・もう一週間経ってたんですね。僕忘れてました」

一週間ほどかかると伝えられていたのを、すっかり忘れていた。セシルはあのミーティア卿の邸宅での日を思い出すと、過ぎ去る時間の速さを実感する。たしかあの時は、緊張していて、胃に穴が開きそうな程だったのだ。忘れていても無理はない。

「へぇ~セシル、本格的に魔術師になるんだなぁー」

首後ろで手を組み、ルシュカが包みを覗き込む。

「あらん♪じゃぁ折角だし今、セシルちゃん着てみたらん?きっとアイリスさん喜ぶわよ」

つかさずモーリスも、そう言って微笑んだ。そのモーリスの腕の中でリオンも、

「僕もっ僕もっ!セシルのローブ見たい!」

ビシ!と片手を挙げる。お子様はいつだって好奇心旺盛で元気だ。

料理長のフリルのきいたシャツの中で、身を乗り出しはしゃぎ始めた。

「着てみてはどうだセシル。寸法が違っているかもしれんしな。」

はしゃぐリオンの頭を撫で、落ち着け、と副船長。傍では、ウキウキ☆と瞳を輝かせた航海士、皆の視線がセシルの方へ集まる。

「そうですね・・・あ、じゃぁ、皆さんここで待ってもらうのも、なんなので家へどうぞ・・・」

セシルは断る理由も無く、おずおずと自宅の扉に手をかけた。



(ねぇダーリン?クロウちゃんとセシルちゃん、何かあったの?)

(ん~???昨日は普通だったけどなぁ?おっかしいよな二人とも☆)

モーリスとルーヴィッヒは、二人とも温かい茶を楽しみながら、細々と周囲に聴かれないように話す。セシルが二階の自室で着替える間。

リビングに隣接した客間に集まり、銘々出された香草茶を飲み寛いでいた。会話の中心となっているクロウは、アイリスと共にリビングでリオンが世話になっていると、挨拶を交わしている最中である。ルシュカはリオンを膝に乗せ、邪魔にならないよう遊び相手になっていた。

(そうよねぇ~なんだか、妙にギクシャクしてるっていうの、セシルちゃんなんか、明らかにクロウちゃんと眼を合わせようとしないじゃない)

朝のセシルの様子を目聡く見つけ、はぁ~とモーリスは溜息を吐いた。

その恋人の様子に航海士も、静かに頷き頭を掻いた。

(あ、やっぱハニーもそう思う?なんか、船長は心配してるっぽいけど、セシルがなぁ~)

ルーヴィッヒは丸い碧眼を瞬き、眉を寄せる。ここ何日かのセシルと副船長の様子を思い返してみるも、普段と変わりが無く、あんなにセシルがクロウを拒絶しているのはここに来て初めてだった。セシルが初めて船に拾われて頃以上に、警戒をクロウに寄せている節が先ほどあったのだ。

一方、己が上司であるクロウは、普段仲間なら、単刀直入に聞きに来ると言うのが彼のスタンスなのだが、何を気にしているのか、今回は何も言わず一歩離れてセシルを心配しているようだ。

ルーヴィッヒはそのクロウの態度に、一瞬違和感を覚え、思考をフル回転させる。


もしかして船長・・・セシルにとって触れて欲しくない事に気が付いた・・・とか?

んでもって、セシルも船長にバレてそうで、逃げてるって感じ?

唸って茶を啜る航海士。

するとそこへ、モーリスの合いの手が入った。

(そうなのよ~、今日はアタシがリオンちゃんを見とくから、ダーリン、二人の事頼んだわン)

ルーヴィッヒははっと、視線を横へ移しモリースを見て、にっこり笑う。

(オッケーハニー☆まぁ、俺等が居ればきっとセシルもちょっと警戒は解くだろうしな!)

(そうね!)

二人は頷き合い、ホッと息を吐く。

丁度その時、天井にトントン・・・と、二階からこちらへ降りてくる音が聞こえてきた。

(あ、セシルの準備が出来たみたい☆)

小声で恋人であるモーリスに、心配するなと笑顔で伝える。すっかり飲み干したカップを、テーブルに置き、扉の方へルーヴィッヒは視線を向けた。するとその先には、ルーヴィッヒの知らない、されど懐かしい誰かとそっくりな、藍色のローブを纏ったセシルが立っていた。

「あの・・・どうですか?」

控えめな声と共に、階下へ姿を現わしたセシル。

藍色の長袖の襟爪の衣。その足首まである長い衣は、一見女性のドレスのような印象を受けるが、セシルが動くたび、ブーツとズボンが見えるので、下にズボンを穿いているのが分かる。襟と袖には、白い花と蔓草を模した刺繍が入っていた。

「ん。少し袖は永いがそれぐらいなら、これから成長するんだ。丁度いいだろ。」

一瞬目を見開いたクロウは満足そうに頷き、傍に寄るとセシルの少し捲れた裾を正した。

「この外套の留め具は・・こうですか?」

セシルは、持っていた紺色の外套を羽織る。

外套にはフードが付いており、どちらかと言うと、頭巾のような出で立ちだ。母親であるアイリスは、『似合うわ~セシル、よかったわね!』と嬉しそうに息子の姿を眺めている。

外套の留め具は、銀のローレルの葉をモチーフにした物だった。

止め紐を通す為、釦の様な輪がある。セシルは輪に止め紐をかけ結ぼうとするが、するりと抜けてうまく結べない。そこへクロウが屈み、慣れた手つきで外套の止め紐を結ぶ。

きゅっと布が掠れる音がした。

「あぁ。ここが留め具。ブローチになってるから、取り外しもできるぞ。」

セシルはクロウを真近に見て、一瞬体が強張る。クロウもそれに気が付いたのか、するっとセシルからそれだけ言うと離れた。

「ほー良いじゃんセシル、可愛い可愛い」

ルシュカが欠伸交じりに、セシルの姿を眺める。

魔術師の衣装を着終えると、客間からぞろぞろと、皆がセシルを取り囲んだ。

「あら!ホント♪良く似合うわ~」

モーリスが微笑ましげに手を組み。その横ではリオンが、

「セシル!青好きだもんね!しゅごいね!」

一人ぴょこぴょこ跳ねながら声を上げた。

それからも続々と周囲に、可愛い可愛いと連呼される。

「可愛いって、あんまり嬉しくないですっ僕、男ですよ?!!」

どうせなら、あんちゃんみたいに、カッコイイとか頼もしいとか言われたい・・・。可愛いって女の子じゃないんだし、せめて年相応と性別相応の言葉が欲しい。セシルは内心、母親と皆の反応に項垂れた。

遠い眼をするセシルに、苦笑いのルシュカは、未だソファに座ったままの相方を振り返る。

「え~でもホント、良く似合ってるって、なぁルーヴィッヒ」

ソファに座ったままの航海士は、目元を擦ってルシュカ達を見る。

「・・・え?!あ、あぁ!うん☆」

目を少し腫らして、ルーヴィッヒは明るく笑うと立ち上がった。そしてゆっくり、セシルのもとまで歩き寄る。

「ほんとに、うん、セシル、よく似合ってるよ・・・・・・」

へらり、と人好きのする笑顔と共に、ルーヴィッヒはセシルの頭を撫でた。

表情はいつもと変わらないが、声がどこか沈んでいる。セシルはその航海士の纏う雰囲気に、少しだけ違和感を受けたが、何がとは分からなくて、そのまま『ありがとう』と礼を述べるだけにした。

そうして皆がちょっと回って見せて、丈はどう?など衣装を見ていると、

「さぁ!皆さんお茶菓子でもどうぞ~」

何時の間に用意したのか。

いつもより一層、上機嫌な母親が台所から茶菓子を持って声をかけた。

「うわーい!おやつ!おやつ!」

「あらヤダ・・・いつもすみません、アイリスさん」

「ヤッター☆カボチャのプリングだ!」

「あ~俺の分までとるなよ!?聞てっか?オイ!ルーヴィッヒ」

「母さん、昨日夜中に作ってたの、もしかしてこれ?」

いっきに関心がセシルから、菓子へ移行した航海士達。案の定、ぎゃあぎゃあと騒がしい声がリビングに響いた。そんな中一人だけ。

「・・・・・・。」

副船長クロウは、無表情にそんな仲間達を見つめ、客間に佇んでいた。

黒い涼しげな切れ長の眼。その眼をスッと細める。何かを見極めるかのように。

その視線には、やたら騒がわしい童の様な航海士がいた。

「まさか・・・な。」

誰にも聞こえぬ。クロウの疑惑の呟きが漏れただけの空間。

客間には黒を照らす、明るい太陽の光が窓から差し込んでいた。

ただ、クロウがよく見れば気が付いただろう。

窓辺に近いソファが置かれた床に。

光に照らされ、宝石にも似た輝く水滴。

それが、誰にも知られず、碧眼から零れ落ちた数滴の涙だと。































『魔女の歌声』終


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