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船長と私。  作者: 御影 優一
魔術師の島国ガンダルシア
23/50

古の王都イスカンダールシアの黒塔 魔術協会本部

『古の王都イスカンダールシアの黒塔 魔術協会本部』


「流されるぅ・・・川の流れの様にぃ・・・しだれ柳が折れた先、真っ逆さまの水の流れぇ・・・」

時刻は昼下がりの二時。

虚ろな目と歌声を響かせているのは、灰色髪の少年に見える青年。

只今セシルは、両方の手を先輩魔術師二人に繋がれ、王都イスカンダールシアの大通りを歩いていた。王都の大通りには、観光客向けの煌びやかで上品なアンティーク店や、王族貴族御用達の料理店、衣装屋、花屋、装飾店が並んでいる。

当初、魔術協会へ正式に登録すると、クロウに言われていたセシル。魔術ローブの採寸が終わった後、恐怖の鬼ごっこ擬きを経て、昼食を中庭でミーティア様と三人で取っていた。昼食の間、セシルとしても王都は初めてで、珍しい物ばかり。好奇心に負けて辺りを見回して観光気分を楽しもうとしていたのだが・・・。

食事中に言われた、老婦人の言葉によってそれは覆された。

「これでセシルさんは、正式に魔術師として海賊に入るのねぇ~、また無敵神話が増えて噂が広まりそう!楽しみだわ♪」

ここで、ハタッと気が付いたのだ。


正式に子供の頃の夢、念願の魔術師になれるのは、まぁいい。それは置いておこう。

それについては、二人にとても感謝している。

けれど・・・魔術師になっても海賊の仲間入りは決定事項。


そうだよ!決定事項だという事を忘れてたよ!!


正式な魔術師になる、それ即ち、正式なブッラクパール海賊入団決定。


セシルはミーティア卿の言葉に我に返され、忘れていた事実に打ちひしがれた。

副船長クロウの性格上、何故か僕は気に入られているらしいので、親戚の宿での下働きの件も危険な目に合っているのを知っていれば、止めに入られることは必須。

それならば、まだ安全な海賊団へ仲間入り。もう里帰り初日の馬車の中で、逃がさないと言われてしまっているので、たぶんおそらく、僕を見逃してはくれないんだろう。あの聞いてるだけで、強引に己の調子に巻き込むのが副船長クロウと言う人だ。


僕って、結構流されやすいのかなぁ・・・。

自己主張ははっきり言ってるのに、どうしてこうなる・・・助けてエルハラー・・・いやもう、言い飽きちゃったよ。創造神でさえ、どうにもできない事だもの。

ぐふふふふ、しだれ柳が折れた先、真っ逆さまの水の流れぇ~流されるぅのは、僕ぅ~・・・。


「おら。セシル。ここが魔術協会本部だぞ。」

「セシル、シッカリ気をモッテ!ナニモ怖い事ナイヨ?」

不穏な歌声に辟易し眉を寄せるはクロウ、困った顔の仮面を向けるはパルソナ。

そのクロウとペルソナの出で立ちは、魔術師として先輩としてなのか。

クロウは黒い襟爪の道衣と外套、腰にはいつも通り、刀を帯刀している魔術師、否この場合、帯刀しているので魔術と剣技を兼ね備えた、魔剣士としての姿が正しいかもしれない。

ペルソナはいつものスーツ姿に、裾に銀糸の守護刺繍が施された、黒の外套を纏っている。

二人の魔術師はセシルを伴って、黒い針の様な城前に立っていた。細長い枝の様な石造りが幾重にも重なり、針山に似た城を作り上げている。

「はっ?!すみません、ちょっと脳内散歩してました・・・」

クロウとペルソナの声に、はっと我に返る。二人を見上げセシルは、口元に手を当てキョロキョロと辺りを見渡す。その様子を見ていたクロウは少し呆れつつ、

「・・・だろうな。ほら、今から登録しに行くんだ。これで、立派な魔術師になるんだ、父君の墓前に胸を張って出られるぞ。」

ほら、行くぞ。とばかりにセシルの背に手を添えた。

「そうソウ♪行こうセシル」

クスリと笑う仮面の楽士は、蛇のヌイグルミを掲げ、続けてセシルの手を引く。

あ、そっか・・・父さんに胸を張って、お墓参りできるんだ。細々と下働きだけでなくなるし、正式な職に着けたも当然で、母さんやアメリアに不自由な生活させなくて済む。

「う、うん・・・!」

セシルは嬉しそうに、顔を上げて頷いた。

セシル達が魔術協会へと脚を進めれば、白い石畳の道から開け黒い居城が観える。

大きな門の両脇には、緋色の旗地に不死鳥が描かれた旗が掲げられ、結界が張ってあるのだろう、水晶を嵌め込んだ外灯が幾つも城を囲んで備え付けられている。その水晶の外灯には、虹色の炎が灯り、薄い水晶の壁から揺らめいていた。


大きな門には兵士も居なく、民間に開放されているのか守衛が一人、門前の小屋に居るだけであった。今日は昼過ぎという事もあって、人通りも少ないのか。セシル達が向かう先にすれ違ったのは、緋色の外套とローブ姿の、若い金髪緑眼が特徴のカシオペア族の魔術師だけだった。すれ違う際、軽く会釈をされて、セシルも会釈をし返す。

そうして門を出てすぐ城内へ入ると、まずセシルの眼に飛び込んできたのは、奥行きのある二階へ繋がる階段。そして階段の中央踊り場に、飾られている壁画だった。

階段には落ち着いた深い桑色の絨毯が敷かれ、壁画には魔術界ではこの世の心理と言われる、黄金の生命の木が描かれていた。

ほぇ~広いしおっきい建物・・・掃除とかどうしてるんだろ?

セシルの半ば、庶民的な感想と疑問が胸に持ち上がる。

ぼうっと壁画を見ていたセシルに、ペルソナからコッチだよ?と声をかけられ、セシルは慌てて振り返った。セシルが振り返れば、クロウとペルソナは中央階段より左手前、白い象牙のカウンターの傍へ足を向ける。

セシルも遅れまいと、すぐに二人の跡をついて行った。


「こんにちは、ようこそ協会へ、今日は何のご用件でしょうか?」

象牙のカウンター越しに、黒いローブ姿の女性魔術師が丁寧に会釈をする。

「俺等二人の弟子、コイツの協会登録をしたい。俺達の名は、深淵の魔術師と傀儡の魔術師、クロウとペルソナだ。」

いつも通り無表情に応える副船長に、受付の女性は慣れているのかにっこり微笑む。

そうしてセシルを見つめ、そちらの御方ですね?と確認を取る。

「はい、承りました。では、こちらに氏名・魔術名・拇印と、住まいがあれば住所をお書きください。」

すぐさまカウンターに、書類を差し出して説明する。羽ペンとインク、朱肉には魔術が施されているのか、セシルには薄く緑色がかって視えた。

これには不正が無いよう、偽りが書けない様にと、記述者が死ぬまで文字が消える事が無い保存の魔術が掛けられているのだった。

「魔術名?」

羽ペンを取りインクを付け、氏名を書いたセシルは首を傾げる。

セシルの不思議そうな声に、ペルソナが気が付いて説明し始めた。

「あ~セシルは知らないっケ?魔術名はネ、魔術師としての呼び名でね、私は傀儡の魔術師って名乗ってルデショ、その個人の特徴・容姿から取った名前を記入スルノ」

パクパクと蛇のヌイグルミの口を開け、仮面の楽士は隣にいるクロウの腕を指で突いた。

案に『お前も説明しろよ。』と言ってるようだ。

「魔術師導師など、術者同士はお互い本名を名乗らないのが普通だ。これは古代から続くもので、相手に術をかけられ易くしない為など理由は様々。まぁ。現在は只の魔術師同士の礼儀として用いられている。」

「ほぇー・・・知らなかったぁ」

ペルソナとクロウの説明に、セシルは口をポカンと開けて聞き入った。

「あと一般的に、魔術名は師が居る場合。師が弟子に着けるのが普通だ。」

無表情にそう付け加えるクロウに、

「え?じゃぁ・・・二人とも名前考えて」

変な名前を付けられたらどうしよう。セシルはそう思い、しどろもどろに口を動かす。

そこへ、セシルが一抹の不安を抱えているとも知らず、仮面の楽士がのんびりと言い放った。

「モチロン♪考えてアルよ~」

今日はどうやら、心で会話の気分ではないらしい。クロウとセシルという心術に長けた三人にも拘らず、ペルソナは幾分か声のトーンが高い作り声で、蛇のヌイグルミが何処から取り出したのか、スケッチブックをセシルへ向ける。

そのスケッチブックには、用意してあったかのように筆でこう記されていた。


(しん)(あい)の魔術師』


深い藍?深藍の魔術師・・・なんだか、このアクが強すぎて、煮ても焼いても食えない。というか、食べたらもれなく腹痛に悶えること確かな二人(以下その彼等の仲間も含む)。その二人にしては真面な名付けだった。

ペルソナさん達には失礼な話だけど・・・。セシルは本気でそんな感想しか出なかった。

「どうだ?ぴったりの名だろ。」

口を半開きにスケッチブックを眺めるセシルに、クロウの珍しく得意げな声が降る。

「セシルに似合う色ニシテミました~♪」

クロウの横では、嬉しそうに仮面の奥、ダークブルーの瞳がウインクする。

「は、はぁ・・・なんだか普通でほっとしました」

「どういう意味だそれは。」

尽かさずクロウが言い放った。どういう意味もこうも・・・自覚が無いって怖ろしい。そもそも、それを説明するには、かなり時間と互いの理解力、忍耐が必要だ。

「そう言う意味ですよ、副船長さん。」

セシルは死んだ眼でそう言って、意識を少し飛ばした。晴れて二人から魔術名を貰ったセシル。そのセシルが、羽ペンで全ての書類を書き終え、最後に拇印を押せば、受付の女性は書類を確認し、認定と記された判子を押した。

「はい、これで貴方はここ協会に正式に登録されました。」

受付の女性は書類に目を通しつつ、穏やかな声で応える。

「各国の全支部の通達には、半年ほどかかりますので、ご理解ください。こちらで正式に登録済みの、ギルドへも加入可能です。奥の掲示板では、数多な依頼も公開されています。こちらは認証ピンバッチ、この魔術協会に御用の際着けてください、それと協会案内書です。何か困っている事などあれば、協会の受付へお越しください。」

丁寧な説明と共に、黒背表紙の少々厚い協会案内書と、銀の六芒星が彫られた小さな丸いピンバッチを渡される。そのピンバッチはよく見れば、先ほどからクロウもペルソナも、襟や外套などに着けていた物だった。

「あ、ありがとうございます」

「歓迎します、深藍の魔術師」

セシルがそれを受け取り、礼を言うと、受付の女性はにこやかに微笑み、今から貴方はもう一人前の魔術師の仲間入りですよ、と歓迎してくれた。

かくして此処に、『深藍の魔術師』セシルが誕生したのだった。

「さて。せっかく協会本部に来たんだ。案内も兼ねて観光するか。」

「ソウダネ~」

用事も済んだとばかりに、クロウは伸びをして少し息を吐く。

セシルの襟にピンバッチを着けていた、仮面の幼馴染ものんびりした声音で頷いたのだった。


受付カウンターの奥、巨大な階段より奥まった開けた通路に、クロウの案内でセシルは足を進める。外装は黒檀色一式の城だが、内装はその反面、白く華やかしい。白乳色の地面には、薄淡い桃色の薔薇の花が描かれていた。白い大理石の壁が、それを一層際立たせている。通路の突き当りには大きな掲示板がある、その横には開け放たれた休憩室があった。

「これが協会の掲示板だ。ここに依頼や協会主催の催し物、求人が載っている。」

そして隣が休憩室だ。茶も飲めるぞ。と、クロウが掲示板の前で立ち止まり、セシルに説明する。

「・・・すごい、いっぱいありますね」

ほぅっとセシルは息を吐く。

見れば掲示板は大きく、幾つもの依頼の張り紙が、所狭しと張ってあった。

「もし、気になったら依頼とかアレバ、受付に行って詳しく内容を訊いて、依頼を受けるかドウカ決めるんダヨ。」

「へぇ・・・」

ペルソナの説明を聞きつつ、セシルはしげしげと、掲示板を見つめ観察する。


【魔術協会・掲示板】


[ギルド黄昏の指輪、団員募集!]

[魔術協会派遣執行員急募!資格は中級魔術保持者]

[討伐依頼:シュリ国支部・エンハーサ砂漠のサンドワーム異常発生、討伐魔術師求む。依頼人ハリマー・シュリハマル騎士団長]

[魔術協会企画:さらなる魔術師教育養成所として学園設立計画、法人団体・パトロン・教諭志望おいでませ!まずは連絡を受付にて!アスター・アスラン(Aの魔術師)魔術協会局長]

[ギルド宵の箒星、団員募集!]

[探索依頼:ガンダルシア国内・迷子の猫を探しております。遠隔視・霊視のできる魔術師求む。依頼人ミネルバ・ルイ・イスカン夫人]

[討伐依頼:マライト国支部・フルブライト山出没魔物討伐、腕の立つ魔術師求む。依頼人ニコラス・コルベリー陸軍少将]

[探索依頼:マライト国支部・魔物異常発生より原因と解析できる魔術師求む。依頼人ニコラス・コルベリー陸軍少将]

[魔術協会企画:ガンダルシア魔術図書館、増築計画中!書籍増加により図書館員急募!まずは連絡は受付にて!リンドル・ルイス・ケルビム(水零の魔導師)魔術協会局長補佐]


依頼の張り紙には、済みと赤い判を押された物と、そうでない物があり、それはまだ依頼を受け持つ魔術師を待っているのだろう。判が押されていない張り紙の依頼内容を、セシルは読んでみれば。するとその中には、セシル達の記憶に新しい人物の名があった。

「あ、これ・・・ニコラスさんの依頼だ」

ポツリと、セシルがマライトの陸軍将校の名を零すと、

「ホントだー」

「さすが少将。手回しが早いな。」

のんびりとした返事と金眼の型破り将校を思い出したらしい、若干溜息交じりの返事が、それぞれセシルの頭上に振ってくる。

「南のシュリ国も、魔物の異常発生ダッテ。クロウ・・・これあの事件と関係あるカナ?」

他の依頼も眼を通していたらしい、ペルソナがクロウに問いかけた。

コテン、と首を捻って。

「さてな。今の時点じゃわからん、マライトの方の結果を見てからでないと。俺としても何とも言えんな。」

その幼馴染の問いに、冷静に応えてクロウは何か考えているのだろう。

顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。

「副船長さん、でも解ったとしてどうするんです?警戒しろだなんて、海賊の言う事を他国が認めるとは思わないんですけど・・・」

マライト国はニコラス将校の情報があるにしても、南の国にもジャパリアでの魔物事件と同じ物があれば、他の国々にもその可能性は出てくるし、その事実はかなり大事になってくる訳で・・・。二人のやりとりに、セシルは素直に疑問を述べれば、クロウがセシルへ視線を落とした。

「あぁ。それに関しては問題ないぞ。俺等は正式に協会へ、登録している魔術師でもあるんだ。ニコラス将校の依頼結果が出て、もし黒ならば協会の受付にて、派遣執行員にあのジャパリアでの魔物事件を説明して、調査を依頼すればいい。」

「そんな事できるんですか?」

問題はないと言うクロウに、セシルは首を傾げ問う。

そんなセシルに、今度は仮面の楽士が意気揚々に応えた。

「ウン、魔術協会は邪教崇拝や、魔術を悪用する者を取り締まる特殊団体がアッテネ。大陸の国デハ特に魔術師が少ないでしょ?魔術に関する知識も浅いから、魔術協会が魔物や魔術師達の不審な行動ガあれば、それを尽き止めて刑を執行する役割を持ってイルンダヨ。」

魔物や禁忌を犯した魔術師、邪教信者などを取り締まる、優秀な魔術師達の集団が、この魔術協会の派遣執行員である。

彼等は魔術協会での特殊訓練を積んだ魔術師であり、個々の差はあれど、難解な呪いの解呪など、魔術知識と武術を兼ね備えた者達の集団だ。

仮面の楽士はセシルに分かりやすく説明をし、クロウもそれに続いて話し出す。

「そうだ。協会の派遣執行員は、各国でも認められている。その為調査もしやすい。だから国を通すより、協会へ依頼した方が手っ取り早いんだ。それに、万が一大事になったとしても、大事になりそうなら、まずガンダルシア国王に伝わり。協会から各国の王へ特別伝令が下されるだろう。場合によっては、東のガルディア国南東に位置する、エルハラ教の法王への援護も可能だ。」

ジェーダイト国から中央国オズエルを真横へ経れば、そこは中央戦争で有名の元ダレーシャ・ダリル帝国、東のガルディア大国である。

現在は宰相の遠縁の者が王になりエルハラ教信仰による平和を掲げ、国を治めている。

そして東のガルディア国南東に位置するエルハラ教会とは、創造神エルハラーンを崇め信仰する、エルハラ僧の生活の場、修行都市の事であり。

このエルハラ教は、信者が殆ど生活をせめている為、ガルディア国内都市であるが、最早一つの国と言っていいほど、信仰が重んじられ、国の関与を受け付けない独立した都市だ。

このエルハラ教では、破邪のチカラ、特に光の治癒・破邪・加護の資質がある者ならば身分に限らず全ての男女が、創造神に仕え己の魂を高める為入教でき。他の者を苦しみから解き放つという事を教義に、修行する寺院だ。

この大陸でエルハラ僧になる事は、誇り高い栄誉ある事だと称賛され。各国のエルハラ教会院へ派遣され、冠婚葬祭を一切執り行うのである。

また貴族の子息で素質のある者は、幼少の頃より寺院に預けられ修行する傾向もある。簡単に言えば、世界が認めるエリートだった。

そして、その修行する僧達の筆頭、それが法王である。

その下に大僧正が控え、神が愛した世界を守護するため、日々彼等は祈りを込め、戦争を憂い、貧困にあえぐものを援助するのである。もし魔術協会でも対処しきれない、大陸全土に渡る大事には、法王の下した命で、たちまち光の加護を一身に磨き、身に纏った僧兵が動くだろう。

「ほぇ~すごい組織なんですね、魔術協会って、僕は全然知りませんでした」

ガンダルシアに住んでいるのに、魔術師のノウハウを知らないセシルは、感心して息を吐く事しかできない。普通なら学校での授業でも習いそうなものなのだが、如何せん、カルセドニア村には学校も無く、貧しき村でもあり学のない者が殆どなのだ。文字の読み書きができる、セシルはまだいい方だ。肉屋のボビーは、数字も数えられないのだから。

感心して聞くセシルに、クロウは分かり易く今度は、派遣執行員の歴史を話し出した。

「この魔術協会・派遣執行団は、中央大陸戦争後に設立されたものでな。北の魔王と魔物の脅威を知った大陸の各国共に、ガンダルシアの国王が協議して出来たとされいる・・・。魔物には・・・どうしても、魔術を持たない人間は不利だからな。それを各国の王や民は身を持って知ったんだろうな。」

人間同士ならまだしも、魔物では勝ち目が絶望的と、クロウは若干不機嫌そうに、眼を細め討伐依頼の張り紙を指でなぞる。

その不機嫌そうな様子に、セシルは何故そこで不機嫌になんだろう、と不思議に思った。だが、すぐにその心当たりに至って、セシルはその場から一歩下がった。

この漆黒の御人は、そう言えば命の本質が魔物だった事に、あぁ、まずい事を説明させてしまったと少し後悔した。魔物として生を受けず、その魂のまま人の子として生を受けた。ある種、特殊な生まれの眼前の御人には、魔物討伐や魔物を意味なく忌む者としている、人々には生理的に嫌悪感があるのだろう。人であれ魔物であれ、己の存在を理不尽に否定されれば、自然とその者に嫌悪感は持つものである。

「セシル、案内書にもタクサンそう言う事書いてアルカラ、後で眼を通しておいた方ガイイヨ」

セシルの気に病んだ様子に、気が付いたのか、セシルの肩を叩き、にっこり笑う。咄嗟にペルソナが機転を利かせ、案内書へ意識を移行させたのだ。

「あ、ほんとだ・・・最初のページに書いてある」

パラパラと魔術協会案内書を捲ると、それは最初の項に記されていた。セシルはその紙に記された歴史を少し流し読みする。

そうやってセシルが、案内書に気を向けている間に、彼の仮面の楽士は漆黒の幼馴染に、拳を容赦なく一発入れておく。『テメェ・・・一回死んでこいやぁオラ!』とばかりに・・・。


何故かセシルが案内書から顔を上げると、廊下でお腹に手を置いて蹲っているクロウ。

その傍では般若の面を被ったペルソナが仁王立ちしていた。

自分が数ページ読んでいる内に、二人の間に何がっ!?

言葉が喉まで出かかっているのに、なんだか訊くに訊けない雰囲気に、セシルは黙り込む。

硬直して黙り込むセシルに、気が付いたペルソナは、素早くウサギの面に変えて、エヘ♪と微笑む。

そして何事(・・)も(・)無かった(・・・・)か(・)の(・)ように、休憩室デお茶シヨウ~♪と無言で蹲る幼馴染の襟を掴み引きずり、セシルの手を取って休憩室へ入ったのであった。


そんな珍騒動があったその後。

セシル達三人は休憩室でお茶を堪能し、今度は魔術協会の館内を見学していた。

セシル達の足元は中央階段の踊り場。

左右に二階へと延びる、桑色の絨毯が敷かれた階段が広がっている。

「あれが、派遣執行団の本部受付。その右の階段を上って左が協会の歴史館になってる。」

クロウが左の階段を上った先、吹き抜けの大きな部屋を指さし。説明しながら今度は、右手の階段の先にある部屋へと脚を向ける。右の階段にセシルも足をかけて登っていると、

館内の遙か高い天井から降ろされている、シャンデリアに眼が惹かれた。

「おっきいシャンデリア、あと綺麗なステンドグラスですね」

薄緑の瞳の気を惹く、水晶を薄くカッティングし、火を灯してある大きなシャンデリア。

そのシャンデリアにも眼に惹かれるが、それよりも高い位置にある不死鳥を表したステンドグラスが、赤や橙、黄、碧と西日を受け輝いていた。赤い炎を纏った不死鳥は、ガンダルシアの宝珠と言われる、柘榴(ガーネッ)()の宝珠を咥えた姿で描かれている。

「あのステンドグラスはネ、ここガンダルシアの王の間の物ト同じ物になってルンだよ~♪」

「ここは観光客に一部開放しているからな。昼間は観光客で混む事もある。」

セシルがステンドグラスの美しさに、惚けていると、ペルソナとクロウが丁寧に教える。

この二人の祖国はジェーダイト国であるが、やはりガンダルシアで修行した魔術師を師に持つためか、セシルよりガンダルシアの事に詳しい。

セシルが二人の説明を聞いていると、視界の端階下では、いかにも師でありそうな老人の魔術師と若い弟子が、受付カウンターで話している。言葉を聞いていると、少し南の訛りがあり、師弟の容姿も、蒼い衣も外から南方民族独特の紅い眼とブロンズの肌が目立っていた。師である老人の杖には、ガンダルシアでしか配られない銀のメダルが、紐に通され括り付けられている。セシルは珍しい南方民族も衣装に気を取られ階段を上りつつ眺めた。

銀のメダルだ・・・という事はあの二人は巡礼魔術師?

セシルは、その銀のメダルを一瞥して、先を行くクロウとペルソナの跡に続く。


銀のメダルは、たしか・・・外から来た魔術師が、更なる魔術を磨くために、ガンダルシア領の離島や本島を巡る修行だったよね。

たしか魔術協会から、巡礼を申し込んで、あのメダルを貰ったら、ガンダルシアの中では宿もタダで泊まれるとか、色々優遇されるんだっけ・・・すごいなぁ・・・。


セシルが幼少の頃、カルセドニア村にも、一度あの銀のメダルを持った、魔術師が来ていた時があったのでよく覚えている。あの時はセシルの家のすぐ傍にある、鎮守の森で修行をするために来ていたので、セシル宅に一泊だけ泊まっていったのだ。死者を祀る鎮守の森には、墓地以外何もない場所なので、そんな所で修行とは変わった魔術師もいたもんだ、と当時村人は皆、不思議がっていた。だからか、幼いセシルの記憶に、やたら印象に残っている。その魔術師は、白髪交じりのゆるくウェーブのかかった金髪、それと赤く少し金が混じった不思議な瞳を持った老女だった。その魔術師は辻占いを生業としており、滞在期間中はセシルにも、占術や魔術を教えてくれた、心優しい老女である。セシルも実の祖母の様に慕っていたのだ。


そう言えばお婆ちゃん、今は何処で何してるんだろう。

占いをしながら東の大陸へ行くって言ってたけど、大丈夫かなぁ・・・。


巡礼が終わり別れた後も、セシルは何回かその老女に会っていた。ふらりと何の前触れも無く、深紅のベールとローブを着て、カルセドニア村へ訪れる事もあれば、セシルが出稼ぎに行っていたジェーダイト国の田舎町で出会う事もあった。確か最後に老女と会ったのは、ジェーダイト国だったような気がする。もう結構な歳だと思うので、無茶な旅をしてなければいいけど・・・・・・。

内心、溜息ものの感想を持ち、セシルは歴史館へ入って行った。


「あと・・・。ここは売店だな。ある程度の魔術者が持つ、魔道具を揃えている。」

抑揚の無い声が、セシルの頭上から降ってくる。閑散とした歴史館の横、そこには杖やタローカードやサイコロ、ホルマリン漬けにされた、生き物などが棚に陳列されてある、なんとも怪しい売店があった。今現在、セシル達はその売店の前に立っている。

「ねぇクロウ、ここでセシル用の水鏡盆を買っテおいた方が、イインジャナイノ?」

「あぁ。そうだな。ここなら丁度いいのが揃ってるだろうしな。ついでに懐中水鏡も買っておくとするか。アレさえ持っていたら、互いに連絡が便利だ。」

ふむ。とクロウは顎に手を添え、店の中へ入って装飾が置かれている棚の方へ歩く。

狭い店の通路は、壺やら天井からつりさげられた守りの人形、所せましに置かれた護符の束、杖、箒で非常に歩きにくい。背の高いクロウは、それを難なくスマートに避けて通るが、セシルやペルソナには、歩きにくい事この上なかった。

今さっき、足元に鼠が走り去ったのも、セシルは見なかった事にしておく。

「もしかして、他の魔術師さん達が持ってる、あの銀細工の秒針も何も無い、懐中時計の事ですか?」

セシルが足元に置かれた、陶器の龍を象った像をひょいっと跨いで、クロウの下へ寄る。

何気に跨いだ際、頭にぶら下がっていた人形が当たり、少し痛い。何だこの人形、布で出来てる割に結構頑丈じゃないか。

「あぁ。そうだ。本当は、コレは『懐中水鏡』と言ってな。この中に己のチカラを注入し、念じた相手へ言葉を送るという、魔術師同士の連絡手段だ。」

セシルの問いに、クロウは銀細工で出来た、懐中時計を持ちセシルに説明する。

カパッと懐中時計を開けると、そこには針や秒針が無く、鏡が嵌め込んであるだけだった。

「ちなみに。この中の鏡に薄く水を入れチカラを送ると、より通信が遠く離れてもできる優れものだ。」

クロウはその銀の懐中水鏡の蓋を閉じ、セシルの手の上に乗せる。

まじまじとセシルがその、懐中水鏡を見れば、銀装飾に細かに蔓草と小さな花が彫られていた。首にも架けれる様になっているのか、銀の鎖には留め具もついている。

「コッチの大きなお盆ハネ♪『水鏡盆』そっちの懐中水鏡と違ってこれは、相手ノアル程度の周囲を映して、尚且つチカラが強いホド、物も言葉も伝えられるんだよ。」

使い方ハ『懐中水鏡』と同じでOK~♪と銀細工の棚横にあった、丸い銅で出来お盆に手をかける。すると、盆が少しだけ仮面の楽士のチカラに反応したのか、淡く水色に光った。ペルソナは意気揚々に、そのお盆を指でなぞり、セシルに説明する。

「だが俺達はもとから心術で、ある程度は連絡を取れていたんでな。あまり使っていないな。」

「ソウダネ~クロウ」

「へぇ・・・」

二人の会話に、感心して言葉を零す。

何故なら心術は魔術の中でも、もっとも難しい分野であり、精神を操る術でもある。意思伝達や精神治療、意識を逸らす術、様々な使用があるが。

生半可な修行をして、これを使えば、己の精神が崩壊する事もあり得るのだ。

余程自我が強く、己を律せれる精神の持ち主で、相手の心に負担が無いよう配慮しなければ、通信はもちろん、信頼が無ければ、そんな簡単にできる技でもないのだ。それを難なくこなす二人に、本当にセシルは純粋にすごいなぁと感動して見ていた。


乱雑に置かれた、売店の実に怪しげな品々を掻い潜り、目的の『水鏡盆』『懐中水鏡』を買い、セシル達はもうすっかり夕日に染まる、魔術協会一階へ降り立った。

「さて帰るか。もう日が暮れる。」

買い物袋を抱えたクロウが、ふと建物の天井を見上げると、ステンドグラスの窓は夕日の光に染まり、昼より濃い色合いを灯していた。遠くの方でも、午後六時を告げる鐘が深く鳴り響いている。

「もうソンナ時間、今日もお婆様の家に泊まって行けばイイヨ♪」

「え?!でも、そんな何日もお邪魔しては・・・」

鐘の音に気がついて、ペルソナはセシルにそう提案する。だが、セシルにしては、そう何日も泊まっては悪いと思い。やんわり首を軽く振って断ろうとすれば・・・、

「魔術ローブは、一週間後にセシルの自宅へ届くようにしてある。ゆっくりして帰ればいいのではないか。」

ミーティア様もお寂しいと仰っていたからな。とクロウがそう無表情に言い。

「ソウだよ、遠慮せずに泊まって行っテ、お婆様も喜ぶカラ」

当の孫であるペルソナも、ウンウンと頷き。ウサギの人形をセシルの肩に乗せ、お願いのポーズをとる。

そう言われてしまえば、セシルも断り辛く、

「じゃぁ・・・お言葉に甘えて今日一晩だけ、・・・母さんには早めに帰るって言いましたから、明日帰る事にします」

そう、おずおずと口を開いのだった。

実際、セシルとしては、隣の牛乳配達のあんちゃん他。お家に呼ばれる程、仲良くなった人の友達は、今までいた事が無いので、純粋に少し嬉しかった。

セシルは二人に買って貰った、『水鏡盆』や沢山の魔術書、その他呪符などの入った紙袋を抱きしめて薄く笑う。

その笑顔をクロウとペルソナは見逃さず、二人は顔を見合わせ、ふっと微笑んだ。

「決まりダネ~じゃ!ソウと決マレバ、ハヤクここから出よう~♪」

「あぁ。ミーティア様も待っていらっしゃるだろう。」

そう言うや否や、二人はセシルの腕を掴むと、協会の正門の影へ足を踏み込む。

すると、正門の影が少し揺らぎ、広がった。

「セシルゥ~いっせのっせーっで、イックヨ~♪」

可愛らしい声音でそう宣言するペルソナ、

「いっせのせー。」

それに続いてクロウのやる気のない声が発せられた。

「え?ぇえええ???」

セシルはズルズルと引きずられ、三人一緒に影の中へ溶け込んでゆく。

「うわっ!?ちょ、ちょっと待ってください何で影法師(シャドウ・ウォーカー)?!」

セシルが叫ぶと同時に、三人の魔術師の姿は魔術協会から影も形も無く飛び込む。

その周辺には、只々静かな沈黙だけが残されただけだった。



セシルが強引に影法師(シャドウ・ウォーカー)を使い、ミーティア卿の屋敷まで最短距離で辿り着いたその後。緊張しつつも夕食をと寝泊まりする部屋を頂き。

その夜は何だかんだと、クロウとペルソナに買った魔術本や道具の使用を教えて貰い、セシルはおっかなびっくりと、少しの好奇心により、楽しく穏やかな時間が過ぎ去った。(買った魔術本から、猫の形を模した鳥の羽を持つ精霊が飛び出してきた珍事により、ミーティア様に使い霊として預かって貰った事件もあったが。)そうして寝台に着けば、セシルは疲れたのか朝までぐっすりよく眠れたのだった。


鶯黄石月二日 晴天


クロウやリオン、ルーヴィッヒ、ルシュカ・・・モーリス可愛い儂の息子達まで

居なくなって、なんだか寂しいじょい。


儂もセシルの所行きたい~年寄りだけ留守番なんて、つまんないじょいぃ~


つまらん~つまらん~・・・


は!そうじゃ・・・良い事思いついたぞ!


                             船長 ユージン・クルー

                            ブラックパール号航海日誌




こうしてセシルが、一人前の魔術師として協会に認められた、次の日の朝。

仮面の楽士は、あまり会えない祖母との大切な時間を共有したいという事で屋敷に残り、

セシルとクロウはミーティア・スペンサーにお礼と別れを告げ、故郷のカルセドニア村に帰って来た。


三時間半ほど馬車に揺られ降りたった地。村の入り口には、朝日と爽やかな風が降り注いでいる。朝一番にミーティア様により、用意してもらった馬車に乗ったので、セシル達は比較的に昼より早くカルセドニア村まで帰って来れたのだった。

村の入り口から歩を進め、セシルの自宅へ向かう途中。

セシルとクロウが、カルセドニア村の大井戸がある、中央広場へ差し掛かった丁度その時。

待っていたかのように、錆びたリヤカーに大ぶりの牛乳瓶を詰めた牛乳配達員、ロバートが手を振って声をかけた。

「あ!セシルお帰り~どうだった?」

ガラガラとリヤカーを押して、セシルへ駆け寄り安心した様にロバートは二人を迎える。

「あんちゃん!ただいま~楽しかったよ!それとね僕、魔術師になれた!!」

そして、体をリヤカーから離して、セシルの方へ手を伸ばした。セシルも嬉しさのあまり、満面の笑顔でロバートの方へ抱きついた。感動の御対面である。

そのセシルの横ではロバートの傍に居た、金髪碧眼が同時に弾丸のように飛び出して、

「船長~☆つーか、おっ父さん~~~~お帰りお帰り!おっかえりィ~~~~☆」

「ただいま。ってオイ。オマエの父親になった覚えはねぇよ。離れろ、犬かオマエは!」

こちらも感動?の御対面、とばかりに航海士が副船長に抱きついていた。すぐさま、ゴンッとお決まりのゲンコツが、金髪に落とされるが、今の航海士にはあまり効果が無い。その様子は、離れていた主人と再会した、忠犬の大喜びの様だった。(主人クロウの方は、かなり嫌そうな顔をしていたが。)

そんないつも通りの副船長と航海士の挨拶へ、今度は気だるげな声とやや高めの声が掛けられた。

「おー船長、セシル、お帰んなさいー」

「お帰りなさい二人とも、ってダーリン!はしゃぎ過ぎよ!!」

狙撃手のルシュカとリオンを抱っこした料理長モーリスだ。モーリス料理長は、相変わらずフリルの可愛い衣装でお出迎えだったが、セシルはもう見慣れてしまっていて、周囲の村人がドン引きしている事すら気が付かなくなっていた。慣れって不思議である。

「セシルゥ~おかえり!」

「ただいま!リオン君」

モーリスから地面へ降ろされたリオンは、セシルへ駆け寄って抱き、満面の笑顔だ。

セシルも可愛い弟分のリオンへ、頭を撫で撫で、抱っこをせがまれるままにして、再会の喜びをきゃあきゃあと騒いでいる。もう背景にはお花畑と日向が観えそうな、のほほんとした雰囲気だ。別の意味で、ぎゃあぎゃあ騒いでる航海士を、なんとか引きはがしたクロウは、重い溜息を吐いている最中だったが。

「ルーヴィッヒさん、はしゃぎ過ぎですよ?副船長困ってるじゃないですかぁ」

そこへ、追い打ちをかけるかの如く。飄々とした良く通る声と肩を軽く叩く手がクロウへ降って来た。胡散臭い笑みを張り付けた、ミゲル航海医師である。

「そうだぜ、お前はもう少し落ち着けよ。なぁ?クロウ」

「ふぉふぉふぉ、クロウ・・・お土産はあるかのぅ」

そこへ尚も追打ちとばかりに、水夫長バルナバスと、老人船長ユージンの間延びした声が続いた。クロウがミゲルの方へ振り向くと、三人の大人は、ニコニコ二コ・・・と人の悪い笑みを向けて立っていた。

「・・・・・・。なんで、オマエ等まで居る。」

船はどうしたんだオマエ等。と眉間に皺寄せ、黒い眼を細めたクロウ。

そう言うもクロウは大方、もう何故此処に来たのか予想が出来て、怒る気も失せてしまっていた。胡散臭い大人三人の笑みが、彼をそうさせたのかもしれない。

「あっミゲルさん、バルナバスさん、おじいちゃん船長さんまで!いつ来たの?!」

クロウの予想を知らず、セシルはリオンを抱えて、驚いた声を上げた。

その疑問に珍しく白衣ではなく、襟爪で藍色の北民族衣装を身に着けたミゲルは、クイッと眼鏡を押し上げ、セシルへにっこり微笑む。そうして、ミゲルの口からクロウの予想していた通りの応えが返って来た。

「お久しぶりですセシルさん♪それがですね~、船長がどうしてもこっちに来たいっていうんで、着いて来ちゃいました♪」

あはっ♪と笑うミゲルに、いつものシャツ一枚、作業用ズボンではなく、珍しくきちんとした服装のバルナバス水夫長も、

「俺等もセシルの親御さんに挨拶しとこうと思ってな~、昨日この村に来たんだよぅ。爺さんのお守り・・・後このお調子者二人のお守りもついでになぁ!」

そう言って尻尾髪と金髪碧眼の襟首を引っ掴み空高く上げ、大きくガハハハと笑った。

捕まえられたお調子者二人は、親父~首詰まる!絞まる!とのた打ち回っている。

「船の方は、アンリとジョセフに任せてあるじょいっ!」

だから大丈夫!!と力強く宣言する老人船長。いやはや・・・何とも騒がしい何時もの集団になってしまっていた。クロウはその騒々しさに、額に手を置き軽く頭痛がしそうになる。そうして盛大に溜息を吐き、幹部全員が船から離れている現状に危機感を覚えた。

だが・・・。まぁ。いいか。幹部が離れた程度で沈む船なら、そこまでの連中だったわけだ。別段。気にする必要も無い。あの双子がいるなら、他の連中も町で馬鹿騒ぎはしないだろ。などと、かなり冷たいご意見を以て、クロウは危機感を放り投げたのだった。

さすが、冷酷無慈悲と呼ばれるだけある暗黒船長である。仲間にも容赦が全くない。

その心の声を、偶然にも聴いてしまったセシルは、この人容赦ない!!という眼を向け驚愕の顔で固まるしかなかった。信頼があるからそういう事を言えるのだろうが、クロウの潔い判断にセシルは、もうちょっと言い方ってモンがあるだろ!!と喉まで出掛かった言葉を、なんとか押さえ込んで胃の腑に戻す。

「ん。どうした。セシル?」

「いえ、別に・・・なんでも無いです」

抱っこを強請るリオンを抱きかかえたクロウに、不思議そうに言われ、セシルは死んだ眼でそう返すしかできなかった。ここの海賊団は、普通とか平均とかの枠組みを、軽く超えている事はいまさらだ。別に幹部全員が下の船員を置いて港から離れようと、セシルはもう何も思うまいと心に誓った。

「それよりよ~クロウ、みんな集まったんだしよ、昼も近いしどっかで何か食べようや?」

そこへ水夫長が、頭を掻きクロウへ提案した。その水夫長の提案に、

「あ☆それなら『メシヤ』が良いンじゃね?!セシルの妹、アメリアちゃんが居るし!」

あっ軽い金髪が嬉々と声を上げる。何度も言うが、落ち着きのない航海士である。

「ダーリン!はしゃぎ過ぎよ」

尽かさず、窘めたのは料理長。だが皆が集まって嬉しいのか、クロウの腕に抱かれたリオンも、異様に落ち着きが無く嬉しそうに声を上げた。

「アメちゃん!!僕会いたい!」

「アメリアちゃんな、リオン」

そこへ、気だるげな声でリオンの訂正をするルシュカ。そのすぐ傍では、

「は~い副船長、私もセシルさんの妹さんに会いたいでーす♪」

飄々と挙手して満面の笑顔の航海医師も、ここぞとばかりに悪ノリし始める。

「お酒はのめるかのぅ、クロウ」

続けざまに、老人船長のやや呆けた声が上がった。何だろうかセシルの周り、この集団だけより騒がしい。皆、朝だと言うのに、やたら元気で何やら異様である。

ワイ、ワイ、ガヤガヤ、ギャイギャイ・・・騒がしい集団に、クロウは一つ息を吐くと。

「はい。はい。ハシャグなハシャグな。満場一致で、『メシヤ』に行く事にすっから。リオン、アメリア嬢だ。ミゲル、オマエもう酔ったのか。じいさん酒は飲める。それと金髪頭と尻尾髪。オマエ等はもう少し落ち着け。あぁ。バルナバス、モーリス、その二人を押さえといてくれよ。」

リオンをセシルに阿吽の呼吸で預けた副船長。彼は手を叩き的確にそれぞれにツッコミを忘れず、見事に纏め上げた。その姿は引率の先生のさながら。

いつも思うけど、やっぱり副船長さんは、アレだよね・・・引率の先生だよね。

この纏まりのない集団の頂点に立つって、大変だろうなぁ・・・。

今迄、蚊帳の外で見守っていたロバートは、クロウへ哀憫の眼差しを向け、セシルはもう慣れてしまったのか、お疲れ様、とクロウの背中を軽く叩いたのだった。

一通り纏まった一行は、そのまま『メシヤ』に向って歩きだした。

肌寒い秋も終わりを告げる風が、一行の賑やかな声を攫ってゆく。

その一行の最後尾で、クロウは緩やかに脚を進める中――――――――――。

クロウはあっと思いだしたかのように振り向くと。

「あ。ロバート。オマエも仕事が終わったら来い。どうせ、コイツ等は集まって食べるとなるとなげぇんだ。あのあっ軽い金髪頭も待ってる。」

「は、はぁ・・・。」

ロバートは、まさか自分が呼ばれると思っていなかったので、乾いた返事しか出せない。

クロウはとういうと、ロバートの返事を訊いて、是と取ったのか、満足そうに頷くとその場から去っていった。

「あんちゃん、僕もリオン君が心配だから先に行ってるね」

ロバートの横では、リオンを抱いたセシルが寄って、申し訳なさそうに言った。

「あ、うん・・・おばさんにも、セシルが帰って来たって伝えとくよ」

「ありがとう、あんちゃん」

じゃぁお仕事がんばってねーと言って、セシルは手を振って賑やかな集団へ小走りについて行った。その姿に今までよくセシルを見ていたロバートは、眼をぱちくりと開いた。


あれ?セシルが僕以外で、嬉しそうに笑う顔みたっけかな???


ぽりぽり、そばかすがある頬を掻き、ロバートは首を傾げる。

その薄紫の視線の先には、派手で賑やかな一行の最後尾。

何やら楽しそうに仲間達と薄く笑う、幼子を抱くセシルの小さな姿があった。




セシルが王都から帰って来たその日。

騒がしく共通点が全く見つからない、(なんせ年齢も老人から幼児まで幅広い、それに加えてオネェまでいる。)派手な集団となった一行。案の定、牛乳配達員ロバートまで巻き込んで、『メシヤ』にて大家族の食卓並みの食事をし、村人の好奇の注目を一身に集めてしまっていた。『メシヤ』の常連は、毛色の変わった青年達の事は、セシルとも歳も近そうだったのもあるが、店で何回か見かけていた為、さほど気にはならなかった。

だが、そこへ北民族特有の老人や若い男、いかにも漁師風情の筋肉隆々の浅黒い大男、小さなルピ族らしき子供と化粧をした男が加われれば、誰だってその個性があり過ぎる集団を、気にも留めない人間は中々いないだろう。


店の常連客の内の一人、好奇心に負けた誰かが、その集団に『アンタたちゃ、どういう関係なんだい?観た感じ家族って間柄じゃないだろ』と聞けば。

「俺たちゃ、セシルの仕事仲間だ。でもまぁ家族みたいなもんか!ガハハハハ」

「そうそう☆全然、血は繋がってないけど!家族みたいなもんだよな~」

「ふぉふぉふぉ、儂の自慢の息子達じゃ~、どうじゃ?お主等も一杯」

と陽気に応えられて、なんだか拍子抜けしてしまう。

しかも、酒まで勧められ、それ以上は訊けなくなってしまった。すっかり、常連客は彼等の雰囲気に飲まれてしまっている。メシヤの女将ルーバと旦那のグラムは、料理を出しつつほんの少しだけ、この集団はどういった集団なのか・・・と困惑した。

カルセドニア村は、山に面した小さな村。港町の様に海賊に襲われる事はないが、山賊の密偵や人買いだと、村が襲われる事もあり得る。ここ何十年も山賊に村を襲われた事はないが、“もしも”という事がある。女将は不安げに、その形容しがたい集団を店のカウンターから見ていれば、事情を察したアメリアが女将に、セシルの仕事仲間だと口添えしたおかげで事なきを得たのだった。給仕をしているアメリアと言えば、彼等は実は海賊です、なんて言える訳も無く(それを言ったら自分の兄も海賊だ)、個性豊かな面子に笑顔で挨拶して回り、何食わぬ顔で料理を運んでいた。まったく、よくできた妹である。


また、個性の塊集団のテーブルの端では、遅れて参加したロバートが牛乳を飲み、疲れた顔で座っていた。彼は心中、コレがあの大海賊の幹部・・・と、悪名高い大海賊の真実を受け止め。航海士と狙撃手が繰り広げている、肉の争奪戦を呆れつつ眺めていた。

ロバートが詳しく話を彼等から訊けば、この賑やかし二人は、航海士と狙撃手だと言い。

僕と一個上の歳であんまり変わりないのに、何故こうも元気なの?思春期だから?

ロバートは牛乳を一口含む。その薄紫の視線の斜めでは。

「爺さん。すぐ溢すんだから、前掛けかけろって言ってただろ。ほら。」

「およ?すまんのぅ~クロウ」

「おじちゃん!たまどちょーだい!!たまど!」

「リオン。たまご・だ。」

やや呆けてそうな老人が実は船長で、クロウの方が副船長。そのに養子リオンと言う子供。

アレは、どー見たって介護と育児の図だよ。

ぼそり、牛乳配達員は内心で呟く。

大海賊の副船長って・・・と、またも牛乳を口に運ぶロバート。

そうやって、奥のカウンターに近い席に座る、セシル達へ視線を向ければ・・・。

「そう言えばセシルさん、ペルソナさんはどうしたんです?姿が見えないですけど」

「あぁ、ペルソナさんならお婆様の所で、ゆっくりするそうですよ。あまり一緒に居られないからって」

「へぇ~、仮面の奴にしては珍しいなぁ・・・まぁ、家族を大切にしてるのは良い事だぜ」

「バルナバスさん、なんで僕の頭撫でるんですか・・・僕は子供じゃありませんよ」

にこやかな笑みを向けた、捉え所の無い男性が、以外にも医療知識のある航海医師で、漁師風情の男は期待を裏切らない水夫長だった。

うん、こちらは問題なし・・・なんだかセシルを可愛がってくれてるみたいだし、全然心配する必要ないな。ロバートはもう一口牛乳を口に運んだ。

「やだ~もう!ダーリンたっら」

「ごめんごめん☆ハニ~って、あ!ルシュカ!!これは俺の肉だっての!」

そして・・・耳に入れたくなかった情報は、化粧をした男性が料理長であり。

ルーヴィッヒさんと恋仲のモーリスさん、ね。

オネェ料理長の黄色い声が飛ぶ真横。

ロバートはズズズ~~~と牛乳を最後まで飲み干す、あぁ、配達した牛乳ってオイシイ。

明日は晴れるかな・・・意識を少し明日へ飛ばすロバートは、兄貴分としてセシルを安心して預けられる、と空のカップを見つめ(若干、不安は拭い切れないが)ぼんやり思ったのだった。ここに第三者が居れば、確実に明日は晴れるかな・・・の部分は、現実逃避をしただろうと、指摘される部分だが。

アクのキツイ集団に、そんな指摘をできる者なんていなかった。


ロバートが上の空なテーブルでは、金髪と尻尾髪の最後の肉争奪戦が繰り広げられ、フォークとナイフの乱れ討ちの激戦地帯と化していた。

彼の馬鹿二人は、これからの予想が出来ないのか、副船長のイライラが頂点に登り始めている。それを冷やかに傍観するのは、航海医師と水夫長、それと料理長。

見かねたセシルが止めに入り、副船長クロウが航海士と狙撃手に拳を降ろし、やっと騒動が沈静化し、周囲の客からどっと笑い声が広がる。

出会って三ヶ月少しの彼等との時間。

それでも、何時でも、何処でも、セシルにとっては、もうお馴染みの光景。

セシルにとって、陽気に賑やかで長閑な昼は、あっという間に過ぎ去っていった。

それは春の木洩れ日にも似た、陽だまりの如く。

良い思い出が少ない故郷での、セシルの記憶に残る温かな時間だった―――――――――。





























『古の王都イスカンダールシアの黒塔 魔術協会本部』終


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