歪な世界
それから、俺達は一度街に戻った。
ソフィアの服を購入するためだ。ソフィアはブーブー文句を言っていたが、いつまでもボロボロの服を着せるわけにはいかない。しかし、街の人が魔族であるソフィアを見れば、弾圧しかねなかった。
よって、ボロホロのローブを頭から被らせ服を購入。飯を食ってさっさと街を出ることになった。
服を購入するときは、さすがに俺が選ぶのも可哀想だったから、自分で選ばせることにした。
「……いいのか?」
そんなことを聞いてきたソフィアにOKを出すと、はち切れんばかりの嬉しそうな顔を見せ、服を選び出した。
こういう風景を見ると、やっぱりまだ少女であることを実感する。
……そうなんだ。まだ少女なんだ。
そんな少女でも売買の対象になる。
魔族だから? 魔族なら何をしてもいいのか?
いいはずがない。いいはずがないんだ。
俺は、魔王が勇者に倒されれば、全てハッピーエンドになると思っていた。全ての人が笑い、手を取り合い、平和であり続けると思っていた。
でもそれは、ただの夢物語だったらしい。考えてみれば、どんなゲームも悪の魔王を倒す“まで”の話しかない。“その後”は分からない。
人間と魔族の戦いも、スケールこそ違うが、しょせんは戦争。争いごと。
勝者は敗者を蹂躙し、敗者は勝者に恨みを募らせる。
そうやって、戦いは終わることのないループを辿るのだろう。
ではどうすればいいのか……
それは、今の俺には分からない。管轄外だ。考えたこともない。
でも、誰かがそれを変えなければならない。
少なくとも、人間にしろ魔族にしろ、人としての尊厳みたいなものを踏みにじられていいはずなんてない。そんなはずはないんだ。
誰かが……誰がする?
……分からない。分からないな、俺には。
「大志どうした? 食わないのか?」
「え?」
「飯だよ、飯」
俺とソフィアは食堂にいた。ソフィアが着替えた後、残った金で腹ごしらえをするためだった。
「……ああ、悪い。考え事してた」
「そうか。まあいいけど……」
(……考えても同じか)
俺は終わりのない思考を停止させた。今は、とにかく目の前のステーキを………
(あれ? 俺の肉がない?)
チラッとソフィアを見てみた。皿はピッカピカに何も残っていないが、口はモゴモゴ動いている。俺の視線に気付いたソフィアは、サッと目を逸らした。
(コイツかああ…………!!!)
「……ソフィア、お前、俺の肉を――」
「ご馳走さま」
俺が言い終わる前に、ソフィアはそそくさと外に出てった。
(逃げやがった………)
俺は、残った野菜とスープ、紫色の米だけを食べて、飢えを凌いだ。
~~~~~~~~~~
会計を終え、外に出た。
あんの大飯ぐらいに一言文句を言わねば気が済まない。
鼻息を荒くして周囲を見渡してみた。
すると、少し離れたところで、人集りが出来ているのを見つけた。
そして俺の横をすり抜け、その人集りに走っていく人々。
「魔族だ! 魔族がいたらしいぞ!!」
そんな声が聞こえる。
(……まさか)
俺もまた、その人集りに走っていく。
人波を謝りながら掻き分け、その中心を見てみた。
……そこには、フードを取り上げられたソフィアと、仁王立ちするオッサン達がいた。
(やっぱり……)
「……魔族風情が、こんなところに何をしにきた?」
「別に、アタシの勝手だろ!?」
「お前らの姿を見るだけでな、こっちは気分が悪くなるんだよ!!」
「さっさと魔界に帰れよ!!」
「そうだそうだ!! 帰れ帰れ!!」
ソフィアは、囲まれた状態でたくさんの人に罵られていた。
辺りを睨み付けるソフィア。だけど、その表情には怯えの色が見える。
周囲は更にヒートアップしていた。大声で“帰れコール”まで起こっている。
見るに耐えない光景だった。
たった一人の少女を取り囲む群衆。たった一人の少女に罵声を浴びせる群衆。
その姿は、狂気に満ちていた。
「………」
「帰れって言ってるんだよ!!」
一人のオッサンが、ソフィアの背後から拳を振り上げた。
(クソッ――!!)
俺はオッサンの前に立ちはだかり、降り下ろす拳を右手で受け止める。
「――!!??」
移動術を使ったため、オッサンから見れば突然目の前に俺が現れたように感じただろう。オッサンは、驚愕で顔を呆けさせていた。
「アンタ、どっから!!??」
「……いい加減にしなよ、オッサン」
「な、何だと!?」
「いや、アンタだけじゃない……アンタら、全員いい加減にしろよ!!」
取り囲む、全員を見渡す。
「おいオッサン!」
「な、何だよ……」
「アンタ、コイツの名前、知ってるか?」
ソフィアを示し、オッサンを睨み付けながら聞いた。オッサンはたじろぎながら、俺とソフィアの顔を交互に確認するように見る。
「し、知るわけないだろ!?」
「なら、見たことは?」
「魔族なんて見たくもない!」
「……なら、初めて会ったんだな?」
「あ、当たり前だ!!」
「他の奴も、コイツに会ったのは初めてだろ?」
俺の問いに答える奴はいなかった。誰もが口を閉じている。ある者が右を見れば、見られた奴はまた右を見る。
「つまり、ここにいる全員がコイツと初めてあったんだろ?
……アンタらに聞くが、コイツが――ソフィアがアンタらに何をした?
ソフィアはただ“ここにいただけ”だろ?
そんなソフィアを、何でこんなにまで罵る必要があるんだ?」
「そ、そいつが魔族だからだ!! 魔族がどれだけ人間を殺してきたか、お前だって知ってるだろ!?」
誰かの叫び声に、そうだそうだと合いの手がかかる。
「……それは、コイツらだって同じことじゃねえのか? 魔族だって人間に殺されたはずだろ?
だいたい、魔王は倒されたんだ。戦争は終わったんだよ。
――それを、いつまでもグチグチ言ってんじゃねえよ!!」
「終わってない! その“薄汚い連中”を皆殺しにするまで、終わらないんだよ!!」
その一言に、頭の栓が抜けた気がした。顔が一気に熱くなった。
「薄汚いのはどっちだよ!! 俺から見れば、アンタらの方がよっぽど薄汚いんだよ!!
コイツはな、ただの女の子なんだよ!! 服を凄く嬉しそうに選んで、大飯ぐらいで……俺らと何も違わない、ただの女の子なんだよ!!
それを大の男達が束になって罵って……お前らの方がよっぽど醜いんだよ!!」
取り囲む群衆は黙り込んだ。ソフィアは俯き、両手を震えるほど握り締めていた。
(クソッ!!!)
心の中で煮え切らない想いが爆発しそうになる。
それを必死に抑えながら、ソフィアの手を取った。
「行くぞソフィア!!!」
「え? お、おい!!」
俺はその場から逃げるように空へ昇る。飛び去った地上からは、群衆のどよめきが聞こえた。
俺は、ようやくこの世界を理解した。
この世界は、歪なんだ。
魔王は倒されたが、人々の心は救われてなんかいなかった。家族を、友人を、知り合いを殺された恨みの連鎖は、絡まるように世界に巻き付いたままだ。
こんな世界が物語の終着点なはずがない。これで終わっていいはずがない。
もっと根本的に、人々が救われる“何か”をしなければ、何一つ終われない気がする。
それが何なのか、どうすればいいのかは、相変わらず分からない。
それが分からないからこそ、そんな自分が歯痒く感じる。情けなく感じる。
俺は、何も言わないソフィアを掴み、必死に唇を噛み締めながら空を駆ける。
口の中には、不味い血の味が広がっていた。