初めての家来
表彰式が終わった後、俺は特別席に座るハゲに金を投げつけた。
「……約束どおり、その子を貰おうか」
「ぐっ……!!」
ハゲは実に悔しそうにしていた。眉間に皺を寄せ、歯ぎしりをしながら俺を睨む。
(おうおう、いい気味だ。この表情を見れただけでも頑張ったかいがあったな)
自然と口が緩んでしまう。
ハゲは俺を睨みながら、従者に何かを顎で指示をした。その指示を受けた従者は少女の手錠と首輪を外し、俺の方に少女を突き飛ばした。
俺は少女の体を受け止めた。
「大丈夫か?」
「………」
少女は何も語らなかった。顔を伏せ、小さく頷いた。
そんな俺らを見たハゲは、眉間に皺を寄せたまま、なぜか笑い出した。
(なんだ?)
「……約束通り、その魔族はお前にくれてやる。
だが!! このまま終わると思うなよ!!!」
ハゲの言葉と共に、特別席に一斉に甲冑を付けた兵士が流れ込んできた。
「その魔族も最早用済みだ!! 貴様もろとも、この場で殺してやるわ!!!」
ハゲは高笑いをしていた。兵士たちは剣を構える。
(……ホント、ベタな展開だねぇ)
俺は思わず溜め息が出てしまった。
ふと少女を見ると、小さく震えていた。
俺は、少女を安心させるため、赤い頭を優しく撫でた。そして、ハゲに物申した。
「……おいハゲ。お前、試合見ていなかったのか?」
「何?」
俺は足に力を込めて、上空へ飛んだ。
「なッ――――!!!」
ハゲは、本当に忘れていたようだ。ボケてるんじゃなかろうか。
「最後に土産だ!! とっときな!!!」
俺は特別席めがけ電撃を放射する。
「アバババババババババ……!!」
見事に感電するハゲと兵士と従者たち。骨が見えそうだ。
「じゃあなハゲ!! 髪が生えるといいな!!!」
俺は飛び去り、闘技場を後にした。魔族の少女は、俺の体を一生懸命握り締めていた。
~~~~~~~~~
街外れで降りた俺は、少女を地面に立たせた。
「さて、お前はもう自由だ。好きなところに行きな」
そう言うと、少女は戸惑いの表情をしていた。
「ん? どうしたんだ?」
少女は何かを言いたかったようだ。だけど、言葉がうまく出せないでいた。
「……首」
少女は小さな声で、ようやくそう話した。
「首?」
俺は、少女の首を覗いてみた。そこには、1つのネックレスがあった。
「何だ、これ……」
それは鈍く光る綺麗な青色をしていた。ひし形で多角的。大雑把な作りだったが、見ているとどこか引き込まれそうな気がする。
魔族の少女は、未だ虚ろな表情のまま、俺の顔を見ていた。
(もしかして……)
「外してほしいのか?」
少女は首を縦に振った。
そう言えば、村長が言っていた。この世には、魔力を抑制する宝玉が存在するらしい。それを肌に付けると、一切の魔法が使えなくなるとか。
魔法の力に頼りっきりの俺としては、絶対に触りたくないものだった。そんなものを、この少女が付けられている。
(そっか……それで、抵抗出来なかったのか……)
俺は石に触れないように、金属部分をおそるおそる触り、何とか外した。
その時気付いたが、この少女、中々の美人さんだった。物静か。おとなしい。口下手。身長は小さいし、オドオドしている。
可愛らしい。何とも可愛らしい。我が妹とは正反対。
これぞ、本当の妹キャラと言えよう!!
ぜひとも我が妹も見習ってほしいものだ。爪の垢どころではない。そのままコンバートしてもらっても結構だ。
あわよくば、助けたお礼にムフフな展開なんかも……
俺の頭にそんな思いが駆け抜ける。不純と言われるだろう。だが、ゲーマーとしての意見的には、この状況で助けた少女というのは、大抵ヒロイン候補なわけで、期待せずにはいられない。
それが、ゲーマー魂!!!
俺は外したネックレスを上空に放り投げ、高出力の雷で消滅させた。
(よし。これで……)
そう安心して満面の笑みを作った。そして、少女に目をやった。
……そこには、信じられない光景があった。
「……くあ――!! やっと自由になれた……!!」
背伸びをしながら声を漏らす少女。
……少女なのに、口調が中々女の子っぽくない。ボーイッシュな感じだ。
「しっかし、あのハゲ……このアタシを好き放題扱いやがって……次に見かけたら殺してやる……」
何か恐ろしいことまで口にしている。さっきまでと全く違う。雰囲気が。口調が。俺の中の淡い期待が、音を立てて崩れ始めた。
「……そういえば」
少女は俺の方を見た。その瞳は、さっきまでと違い、はっきりとした黒色だった。視線はしっかりしていて……ていうか、かなり鋭い。
「おい、アンタ」
「お、俺?」
「そうだよ。お前以外に誰がいるんだ?」
少女は実に高圧的に指さしてきた。
人を指さすんじゃありません!! 母ちゃんに習わなかったのか!?
「……お前、どういうつもりだよ」
「どういうって言うと?」
「魔族のアタシを買い取った上に、封印の宝玉まで外すなんて……何を考えてるんだ?」
(やっぱりそういう類の宝石だったか……)
「答えろよ……」
少女はかなり警戒をしていた。それもそうだろう。今まで自由が利かない中、あのハゲにおもちゃのように扱われていたんだ。一見すると、俺もあちら側の種族と同じなわけで、警戒しないはずがなかった。
「……別に、何も考えてねえよ」
「考えて、ない?」
「ああ。ゴミみたいに扱われるお前を見てな、ちょっと、ほっとけなかっただけだよ。だから、別に助けたからって何をしようって話じゃない」
ムフフな展開は期待したが……
「……本当か?」
「疑い深いな、お前も。本当だよ。俺の目的はもう達成したんだよ。お前はもう自由だ。どこへでも行けよ。
もう、お前は縛られないんだよ」
「………」
少女は黙ってしまった。なぜか、体が少し震えている。手を握り締めている。
「……どうしたんだ?」
「――この、ブァッカ野郎があああ!!!!」
「へ―――」
俺は思いっきり顔面を殴られた。俺は完全に不意を突かれ、あり得ない速度で吹き飛んだ。
「痛い痛い!! むちゃくちゃ痛い!!! 何しやがるんだよ!!!」
「お前!! こんな敵陣の真ん中でアタシを放置するつもりかよ!!!
助けるなら、最後まで面倒見ろよ!!!」
「だからって、恩人を殴ることはないだろ!!??」
「うるっせえんだよ!!!」
俺はもう一発顔面をボコられた。
……理不尽すぎる。
「お前!! 名前は!!??」
少女は腕を組み、倒れる俺を見下しながら怒鳴ってきた。
「……人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀――」
「な・ま・え・は!!!!????」
……そんなに睨まなくても……
「……大志だよ。須藤大志」
「タイシ? 変わった名前だな……」
「うるせえよ。さあ、お前も名乗れよ。俺だけ名乗り損は許さねえ」
「分かってるよ」
少女は、胸を張って声も張った。
……たわわな胸が、ボインと揺れる。
「アタシは、ソフィアだ。魔族のソフィア。
……大志、アンタをアタシの家来にしてやるよ」
(ソフィアって言うのか……
名前負けするかのような、可愛らしい名前………………あれ?)
「…………今、何と?」
「あ? だから、大志はアタシの家来になったんだよ」
「………」
(家来家来……あの家来? 主人に仕える、あの家来?)
「……はいいいいい!!!???」
俺はソフィアに詰め寄った。
「いや意味分かんねえよ!! 何で助けた俺が家来になるんだよ!! せめて友人だろ!!?? 助けたカメに家来にされる浦島太郎なんてあり得ないだろ!!??」
「うっさい!!!」
もう一発頬を殴られた。
(……痛い)
「何て言おうが決定事項なんだよ。大志はアタシの家来。いいな?」
「いや、いいわけない――」
「いいな!!!???」
「……………はい」
有無を言わせないその口調。逆らえば何をさせるか分からない威圧感。
畏怖した俺は、無意識に敗北を意味する返事を口にした。
異世界に来て、一週間と少し。
勇者を目指す俺は、記念すべき一人目の人助けを達成した。
……そして、俺はソイツの家来になったようだ。
勇者の道は、果てしなく遠くなった……




