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死の恐怖

 待合室は、熱気に包まれていた。

 それは、戦場へ向かう男達の熱意。誰よりも上を目指す男達の熱意。

 狭い窓すらない四角い部屋は、今か今かと出番を待ちわびる男達が薄く汗をかきながら、重い緊張感を帯びていた。

 その熱気は、俺に容赦なく迫る。



(……臭い)


 何というか、汗臭くさい……

 コイツらちゃんと風呂に入ってるのか疑ってしまう。入ってないにしろ、水浴びくらいしろよ。

 中にはハエが集るオッサンまで。


(勘弁してくれよ……)


 一刻も早くこの部屋を出たかった。


(まだかよ……)



「では次、タイシ。タイシはいるか!!」


「あ、はい!」


「よし、では早速…………ん? お前は武器を持たないのか?」


「ええ、まあ……」


 待合室からゲラゲラと下品な笑いが広がる。

 “舐めてるのか?”

 そんな声もちらほら聞こえてくる。


「……まあいいだろう。さっさと行け」


 係員は俺の体を押し出した。





 ~~~~~~~~~~





 俺はトボトボ通路を歩く。

 通路の奥からは光が射し込む。奥に向かうにつれ、だんだんと光は強くなり、歓声も大きくなってきた。

 そして、出口を迎えた俺の目の前には、圧巻の景色が広がった。


 四方を埋め尽くす観客。地響きのような歓声。闘技場も土煙が昇り、反対側の出口が霞んで見える。


「すっげ………」


 そんな呟きも完全にかき消され、本当に言葉を口にしたのかも疑ってしまう。


 ガシャン!!!


「――――!!!」


 出口に鉄の柵が下ろされた。その音に体が反応し、身を縮めた。


(……呑まれるな……呑まれるな!!)


 緊張感に支配されそうになる体に念じる。

 それでも心臓は激しく高鳴り、大歓声の中でもハッキリと鼓動の音が感じ取れる。口の中が過度に乾く。唾を飲み込もうとしても、唾が出ない。手足があり得ないほど震える。目が泳ぐ。


 でもそれは、当然かもしれない。命のやり取りなんてもちろん初めてだ。高校の時はケンカくらいはしたが、ここの緊張感はそれとは比べ物にならないものだった。


 いかに強力な魔法が使えても、こと戦いに関しては素人。

 俺は、完全に呑まれてしまっていた。



 ワアアアアア!!!!


 歓声が、更に大きくなった。相手が入場したようだ。



「今年も期待してるぞ!!」


「連続優勝、更に伸ばしてくれよ!!!」



 ……歓声から考察するに、相手は昨年の覇者のようだ。しかも連続優勝とな……


「マジかよ………」


 初めての戦いの相手が、毎年優勝を飾る猛者中の猛者。

 俺の中の動揺は、更に増大した。


 土煙で相手の姿がよく見えない。それが更に恐怖を煽る。

 心臓はなおも激しく高鳴る。汗が止まらない。まだ始まってもないのに息が上がる。



 ドオオオオン!!


 歓声の中、銅鑼どらの音が微かに聞こえた。


「え? え??」


 戸惑う俺。すると突然、土煙を裂いて巨漢の男が俺に一直線に突っ込んできた。

 手にはバカデカイ斧。男は軽々とそれを振り上げ、俺めがけて振りかざす。


「うおっ!!??」


 間一髪で横飛びをして避けた俺は、地面に倒れる。頬に僅かに痛みが走る。触ると頬が切れ、流血していた。


(――――!!!)


 なおも男は斧を振り回す。


「う、うわああああ!!!」


 相手に背を向け、無様に逃げる俺。足がもつれ、転んだ。


 男は、そんな俺を見て勝利を確信したのか、斧を肩に乗せ、ゆっくりと俺に近付いてくる。


(殺される!! 殺される!!!!)


 俺は完全に戦意を喪失していた。

 目の前に見える死。迫ってくる死。

 それから逃れようと、俺は地面を這って少しでも男から離れる。


 でも、終には壁に辿り着いてしまった。壁を背にし、へたりこむ。

 男はなおも俺に迫る。ゆっくりと、足音を立て。



(……やっぱり、俺には無理だったんだよ。しょせん俺はただのゴミ。勇者なんて柄じゃなかったんだよ……)


 諦めが、頭の中を駆け巡る。絶望が、体を縛り付ける。


 身動きすら出来なくなった俺の目の前に立った男は、ゆっくりと斧を天に上げた。


 俺は最後に会場を見渡した。観客は、俺が死ぬのを待ちきれないように叫び声を上げている。空は土煙でよく見えない。

 目の前には、死神と化した男が斧を上げている。



(……終わった…………)



 そう思った俺は、男の背後にある周囲とは少し違う観客席に気付いた。

 そこには、ニタニタと頬杖をついて試合を眺めるマーキスがいた。


 ……その隣には、赤毛の子。両手を胸の前に組み、祈るように見える彼女。

 彼女は、何に祈ってるのだろう…………



(――俺に、決まってるだろ!!!!)


 斧を降り下ろす男。轟音が迫る。


「うわああああああ!!!」


 瞬時に両手をかざした俺は、無我夢中に電撃を発生させた。


「なっ――――!!!」


 男は驚愕の声を漏らした。電撃を受けた斧は空中に弾け飛ぶ。


(俺は――俺は――助けるんだ!!!)


 足と拳に雷を込める。足を踏み込み、拳を力一杯握り締める。


「負けて――たまるかああああ!!!!」


 体そのものを雷と化し、男へ飛び込む。そして、力の限り、男の顔を殴り付ける。


「がっ―――!!!」


 そのまま一心不乱に男の体を雷を宿した拳で連打する。

 最後に腹部に思いっきり拳を突き入れると、男の防具は割れ、後ろに勢いよくふっ飛んだ。男は土煙を起こしながら地面にひれ伏し、そのまま動かなくなった。


「はあ……はあ…………」


 肺が空気を必死に取り込もうとする。心臓はずっとバクバク言ってる。汗は全身を流れ止まらない。


(……か、勝ったのか?)



 そう思った瞬間、ようやく俺は会場を包む大歓声に気付いた。



 ワアアアアア!!!!



 これは俺への称賛。俺への褒美。

 会場を見渡してみる。大観衆は、俺へ向けて声を出していた。観客席はスタンディングオベーションの人で溢れかえっていた。ある人は両手をあげ、ある人は口に手をやり懸命に何かを叫ぶ。


 そんな光景に、感動が胸に込み上げてくる。でも、何だか少し恥ずかしくなり、俺はペコペコしながら柵が開いた出口にそそくさと戻った。


 待合室までの通路。誰もいないところで、ようやく俺は勝利を実感した。

 初めての戦い。死ぬかと思った。もうダメかと思った。無様に逃げて、叫び声を上げてしまった俺は、到底勇者とは言えないかもしれない。

 ……それでも、俺は勝った。勝つことができた。


 待合室に戻った俺は椅子に座り込んだ。今でも手足が震えて止まらない。


 俺は、震える拳を見つめながら握り、人知れず、小さくガッツポーズをした。

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