潜入
星の光すらも夜空が飲み込んだ頃、闇に紛れ、鉄の街を蠢く影三つ。
時に駆け、時に忍び、そして、時に身を潜める。誰の目にも止まることなく、誰の耳にも届くことなく、中心に聳える巨城へと向かう。
しかして、その正体は――。
「――……大志。さっきから何を言っているんだ? 独り言か?」
サラは呆れながら、声をかけてきた。
「いや……。なんとなーく、そんなことを言いたくなるというか、忍者というか……」
「くだらないことを言っていないで、さっさと行くぞ」
あのグランに窘められてしまった。これは不覚。
とまあ冗談はさておいて、俺達はジェノスロストの城の袂まで来ていた。そして物陰に隠れ、その姿を見上げる。
「……でけえ……」
思わずそんなことを口にしていた。
鉄の城というより、鉄の塔か。遥か上から世界を見下ろす様は、さしずめ神の具現といったところか。バカとなんちゃらは高いところが好きとも言うが。
「ここまでは来たが……」
サラは城の様子を覗く。城の至る所に火が灯され、時折明かりが人影に遮られているのが分かる。おそらくは警備の兵なのだろうが、だとすると、相当数が警戒しているようだ。
「まったく……。深夜だというのに勤勉なものだ……」
サラは皮肉交じりに愚痴をこぼす。
「……どうする? 踏み込むか?」
グランは剣を握る。
少し前にも同じ光景があった気がする。デジャヴか? ていうかグランよ、お前はそればっかりか。
「落ち着けって。警備ですらあんだけの数だ。中にはもっとわんさかいるぞ。そんな奴らを相手にしたくはねえ。めんどくさい」
サラは俺の言葉に頷いた。
「同感だ。……大志、お前の索敵魔法で書籍保管庫の場所は分からないか?」
「無茶言うなよ。俺が分かるのは動体反応と魔力反応だぞ。ただの部屋でしかない保管庫なんて分からんぞ」
「そうか……」
「とは言え、いつまでもここでじっとしていても埒が明かない。策がないのなら、やはり踏み込むしか……!」
前にのめりになるグランの腕を掴み制止する。
「だーかーらー! 落ち着けって! なんだってお前はそんなにやり方が荒いんだよ!」
「じゃあどうすると言うのだ!」
「二人とも。静かにしろ。兵に見つかる」
今度はサラに叱られてしまった。面目ない。
それにしても、実際問題どうやって城に潜入するかは問題だろう。外の兵士の目を掻い潜るのは出来たとしても、城の中の兵も兵士の巣窟だし見つからない保証もない。どんぱちやり合えば最悪目的の書籍ともども塵芥になりかねん。それは避けたい。
「さて、どうするか……」
その時、視界の隅にふと明かりが見えた。それは城とは真逆の方角。こんな時間に誰が……。
「……あ、そうか。考えてみたら、兵士って街の中にもいるんだよな」
「何を当たり前のことを言っているんだ」
「……いや、そうか。それならいけるかもな……」
俺の“思い付き”に、二人は呆けていた。そんな二人を放置し、立ち上がる。
「すぐ戻る。二人はここで待っててくれ」
「すぐ戻るって……どこへ行くんだ?」
「ちょっとしたお使いみたいなもんだよ。じゃあ行ってくる」
サラへの返答もそこそこに、俺は足早に街へと戻って行った。
~~~~~~~~~
数分後――。
「――……大志。“これ”は、なんだ?」
サラはジト目で俺を見ながら、下に転がる“それ”を指さす。
「何って……兵士の鎧だけど?」
そこにあるのは、ジェノスロストの兵が身に付けていた鎧セット。もちろん、剣まで完備。
だがサラは、どうやら違う意味で聞いたらしい。
「それは分かっている。私が言いたいのは、どうしてこれがあるのかという話だ」
「ああ、さっきそこで拝借した」
「拝借ってお前……兵からか?」
「もちろん。ちょっと痺れてもらってる間に、パパパっと」
するとサラとグランは頭を抱えた。そしてグランは、サラに尋ねる。
「……おい女騎士。俺の記憶が確かなら、こいつ、さっき俺に“やり方が荒い”と怒鳴っていた気がするんだが……?」
「ああ、たぶん気のせいだ……」
「そうか……」
二人して、超ド級の溜め息を吐き出した。
「まあいいじゃねえか。これ着とけば、たぶん城の中に入れるだろ。こんだけ兵士がいるんだし分かりゃしないって」
「これまた酷く荒い策だな……」
「言うな女騎士。頭が痛くなる……」
二人は呆れを通り越して、まるで哀れなものを見るかのような視線を送って来やがった。
「さっきからうるせえよ! とにかくさっさと鎧付けろって!」
そして俺とサラは、鎧を身に付けていく。
「……大志。この鎧、少し……というより、かなり臭うぞ」
「贅沢言うな。我慢しろ我慢」
「なぜ私がこんな目に……恨むぞ大志……」
と、ここでグラン。
「……おい。俺の分はどうした。なぜ二人分しかない」
「お前に合いそうな鎧来た巨漢の兵が見当たらなかったんだよ。お前はノーマルのまま行く」
「待てぃ! 人には散々目立つなと言っておきながら、堂々と城に入れと言うのか!?」
「大丈夫大丈夫。この国は年中無休で兵士募集してるし、鎧姿のお前ならそれに応募した奴なんだなって思われて終わるって」
「……本当か?」
「ああ。絶対大丈夫だ。たぶん」
「断定と推測を同時に語るな愚か者!」
「お前達いい加減にしろ! 騒ぐなと言ったはずだ!」
「――誰かいるのか!?」
俺達が不毛な言い合いをしていると、突然兵の声が響いた。
「あ……見つかった……」
「お前のせいだぞ大志……」
「違うぞグラン。お前“達”のせいだ」
「決定打はサラだけどな」
「大志!」
サラの怒声がこだますると、城の外を警戒していた兵士二人が剣を片手に俺達の元へと駆け込んで来た。そして兵の一人が「誰だお前達は!」と叫び声を上げたが、俺達の姿を見た瞬間に肩の力を抜いた。
「……と、兵だったか。何を騒いでいる」
「え、ええと……。ちょっと口喧嘩を……」
「口喧嘩? するのは勝手だが、警戒を怠るな」
「はいはい! すんまっせんでした!」
「分かればいい。……ん? お前は?」
兵士はノーマル装備のグランを見つけ、怪訝な表情を浮かべた。と、サラが説明する。
「……こやつは、兵になりたくこの国へ来たとのことだ……です。さしあたり、城の中を見学させようと思い、連れて来た……ました」
「見学? こんな時間にか?」
「夜だからこそ、昼間では気付かないことに気付くかと……」
「ふむ、それは一理ある。……よかろう。ではお前達が案内せよ。これから共に国を守る同志となる者だ。丁重に対応しろ」
「わっかりました!」
「頼んだぞ」
そして兵士は、もう一人を連れ城の警戒へと戻って行った。
兵との距離が離れたところで、グランは口を開いた。
「……よもや、本当に欺けるとは……」
「だから言ったじゃねえか。大丈夫だって」
ここまであっさり突破出来るとは思わなかったが。
しかし、今のはサラのおかげだろう。サラが咄嗟にもっともらしい理由を告げたおかげだと言えるだろう。
「サラ、ナイスだ。どうやら問題なく城に潜入できそうだ。お前のおかげだ」
「当然だ。私を誰だと思っている」
サラのドヤ顔を見流し、俺達はさっそく城の中へと向かうのだった。