鉄の街
街の中を歩く。
真っ先に目に付いたのは、鋼鉄。壁も建物も通路も、全てが金属で出来ていた。建物には人工的に作られたところも見られ、全てが魔法による建設とは思えない。足を踏み出す度に足音は鉄板に増強され、やたらと耳に入っていた。
街には兵の姿が多く見られた。だが、それとは別に、鎧を着た者も多数。鎧姿のグランが違和感にならないほど、街には戦士の姿が溢れていた。
その理由は、おそらく“これ”だろう。
「……“兵を求む”、か……」
その言葉を、サラが口にする。
それは鉄の壁に貼られた広告であり、至る所で見られた。そして、少し歩いたこの間に、何人もの戦士がその広告をまじまじと見ている様子もうかがえた。
それについて、サラはこう語る。
「ジェノスロストは軍事国家だからな。他国に比べ兵士は優遇され、報酬も高い。それに兵の数は多い方がいい。常に兵を募集し、流浪の剣士、戦士も、食い扶持として兵とならんがために、この国を訪れる。だが、この国に来るのは兵だけじゃない。そんな兵士や志願者を狙い商人が店を構え、金の流れを生み出す。そして、いつしかこの国は、大国となったそうだ」
「へぇ……。うまいことなるもんだな」
「もちろん全てがうまくいくわけじゃない。ただ兵を増やすだけでは、いつしか破綻する。だからこそ、ジェノスロストは戦を必要としている。何か大義名分を見つけては戦を仕掛け、勝利し、国を潤している。必要なき軍に価値はないからな。故に、他国からの反発も強いのが現状だ」
そしてグランは続いた。
「そんな奴らにとって、魔界は恰好の“標的”なのだろうな。何せ、魔界を攻めること自体が大義名分となるほどだ。そこに理由などいらぬうえに、人間界の他の国に批難されることもない。たいそうな旗を掲げ、攻め込み、国を潤す。勝ち負けなどこの国にとってはどうでもいいことなのかもしれん。そんな理由で、いったいどれほどの魔界の民が血を流したことか……」
ここでサラが横槍を入れた。
「……だが、そうなった背景には、過去に魔界が散々人間界を荒らしたという要因もある。もちろん今でこそ人間界に攻め入ることは極稀ではあるが、それでも、魔界に対し無条件に恐怖を抱いている人間は少なくはない。ジェノスロストの政策を支持するわけではないが、何一つ理由がないわけではないぞ」
「だから容認しろとでも言うのか!?」
「そうは言っていない。だが、それが事実だ」
「貴様ァ!!」
「はいはい止め止め。ここで二人が言い争いをしても仕方がないだろ。お前らが騒げば騒ぐほど、めちゃくちゃ注目されるんだからな」
そこでようやく、サラとグランは周囲を見渡す。グランの怒鳴り声のせいか、街の人々がひそひそと何かを会話しながら、俺達に視線を送っていた。
グランは「フン」とふて腐れたようにそっぽを向き、サラは咳払いをする。そんなサラに、ちくりと小言を一つ。
「……お前まで一緒になって騒ぎを起こしてどうすんだよ」
「すまない……。つい熱くなってしまった」
彼女は面目なさげに陳謝した。
「まあ、そうなった気持ちも分からんでもないけどな。単純に、お互い自分の世界が好きなんだろ。ただ、今は勘弁な。衛兵でも来たら面倒だし」
「分かった。今後気を付ける」
そして俺達は、再び歩き出す。
(……こりゃ、メンバーの選別を間違えたかなぁ……)
考えてみれば、サラは人間界の騎士であり、グランは魔界の戦士長。何か議論になれば、互いの主張がぶつかり合うに決まっている。アホな俺は、迂闊すぎるレベルでそのことを考えていなかったのだった。
とはいえ、今更メンバー変更なんて出来るはずもない。そもそもサラが絶対反対だと主張していたのを押し切ってグランを連れて来たのは俺であって、全て俺の責任というわけで。
自分の思慮の浅さを嘆きつつ、俺は二人の後ろを歩くほかなかった。
~~~~~~~~~~~
街中を歩いていると、ふいにグランが聞いてきた。
「……ところで大志。どうやって書籍保管庫の場所を探すのだ?」
「そうだなぁ。こう、“でーん!”と街中にあるって思っていたんだけどさ。こう歩いていてまったく目に付かない辺り、そうでもないみたいだし……」
「……お前、そんな安直な考えで探していたのか……」
グランは呆れを通り越し、若干引いていた。すまんかったな。どうせ俺はアホだよ。
こんな時に頼れるのは、やはりサラだろう。実に情けない話だが。
「……サラ。何か心当たりはないか?」
「任せろ。この街にいる情報屋を知っている。その者なら、書籍保管庫の場所も知っているだろう。そこへ行く」
サラは歩きながら、どこか誇らし気に話す。
いやありがたい。十二分に誇ってくれ。
サラが案内した場所は、街角にある裏通りの、そのまた裏路地にある小汚い小屋だった。
「……本当にこんなところに情報屋がいるのか?」
「ああ。見た目は古いが、カモフラージュのようなものだ。この街にはこういった建物に住む者も数多くいる。その中の一人に紛れているんだ。そういう奴らはどこかで人の会話を耳にするからな。その聞いた話を集約して、情報として売っているんだ」
「それにしても……ボロ過ぎるだろ……」
木の板を釘打ちした手作り感満載の建物に、入口には暖簾というか汚い布切れ。鉄の街の中にして、見るからに異質なその空間を見ると、どうも疑わしく思えてくる。
だがサラは、そんな掘立小屋の中へ躊躇することなく足を踏み入れた。
「……爺、いるか?」
サラが室内に声をかけると、中で寝ていた老人が徐に起き上がった。
見るからによぼよぼで、白髪頭もぼさぼさ。着ている服も穴だらけ。とても情報屋とは思えない風貌だった。
「誰かね……?」
「私だ。トランド島のサラだ。久しいな、爺」
サラが名前を告げると、老人は朗らかに笑った。
「おお……! サラ様か! 今日はアンネイ様はいないのけ?」
「今日は姉さんは来ていない。残念だったな」
どうやら二人には面識があるらしい。爺さんはアンネイとも知り合いのようだ。
挨拶もそこそこに、サラは本題に入る。
「……爺。今日は頼みがあって来たんだ。情報が欲しい。取り引きをしたい」
すると、それまでひょうひょうとしていた老人の顔つきが明らかに変わった。
「……ほう。情報とな。して、なんのかえ?」
鋭い射貫くような視線と、笑顔でありながらもどこか自信に溢れた表情。
これが、情報屋としての顔なのかもしれない。
「帝国書籍保管庫の場所だ。知っているか?」
「もちろんですぞ。……ですが、それは帝国の秘蔵とも言える場所。少々値が張りますが……いかがしますかえ?」
やはりそこは情報屋。しっかりと金を取るのか。
だがそこで、サラはにやりと笑った。
「……聞いていなかったのか? 私は、“取り引きをしたい”と言ったんだ」
「取引き……?」
爺さんは首を傾げる。
そしてサラは、横目で爺さんを見ながら続けた。
「……爺。貴様、以前姉さんと私がここへ来た時、勝手に私達の姿を複写魔法で撮ったな?」
「……ギク」
爺さんがフリーズする。
「私が知らぬとでも思ったか? しかも、あろうことかそれを売りさばいたな? 高額で。私達の、許可もなく」
「ギクギク」
爺さんはダラダラと汗を流し始める。
「まあ、私も姉さんも寛容だ。お前の生活もあるだろうし、“知り合いのよしみ”で、その程度のことなど水に流していたんだが……。貴様には、“知り合いのよしみ”はないようだな。それならば、こちらにも考えがある」
「か、考えとな……?」
「そうだ。“考え”、だ……」
サラの含みのある言葉と、殺気のようなものが滲み出ている笑みを見た爺さんは、手足をプルプルと震わせ始めた。
そしてサラは、最後の言葉を告げる。
「……それで? どうする? 取り引き、してくれるのか……?」
「しますします! させてもらいます! ……いや! 取り引きさせてくだせえ! お願いしやす!」
爺さんは陥落した。ていうか、やり方えぐ過ぎですぜ騎士様。
顔を青くさせる爺さんをしり目に、サラは俺の方を振り返った。
「と、いうことだ、大志。取り引き成立だ」
「取り引きって……。いや、どう見ても脅し――」
「――取り引きだ。極普通の、なんら問題ない正当な取り引きだ。そもそも、騎士の私が脅しなどするはずがなかろう」
サラは全力で言論を封じて来た。
どうあっても認めぬつもりか。騎士様、ハンパないっす。
「……それで老人。保管庫は、街のどこにある?」
グランは閑話休題と言わんばかりに、爺さんに尋ねた。
がっくりと肩を落としながら、爺さんは答える。
「街……? あんた、何言ってんだ?」
爺さんは素っ頓狂な顔を浮かべる。
「え? 街中にはないのか爺さん?」
「そりゃそうでさ。帝国書籍保管庫っていやぁ、多くの貴重な文献が保管された重要施設なんですぜ? そんなのを街中なんかに置いたら、警備がいくらいても足りやしねえってもんでさあ」
確かに、言われてみたらそうかもしれん。だとしたらいったい……。
帝国の重要施設。そして、警備がしやすく人の目に触れないような場所。
……もしや、それは……。
サラも俺と同じ場所を思い浮かべたのかもしれない。確認をするように、口を開いた。
「……爺。保管庫がある場所は……もしや……」
そして爺さんは、保管庫の在処を答える。
「へえ。帝国の城の中でさあ」




