旅路の面々
新たな拠点の城に戻った俺は、ことの経緯とこれからの行動について全員に話をした。
真っ先に言われたのは、“ジェノスロストに行くのはやめろ!”的なことだったが、そこはわがまま発動。聞かん坊の俺。お得意のゴリ押しで、ジェノスロストへ向かうことに。
「人間界であれば、私が適任だろう。同行しよう」
そう勇ましく申し出たのはサラ。もっとも、その後に「大志のお守り役が必要だしな」とかいう余計過ぎる言葉がくっ付いていたが。
ともあれ、俺とサラは一路ジェノスロストへと――。
「――待て大志!」
と、突然グランが申し出た。
「なんだよ。これから出発ってのに……」
「だから待てと言っているんだ。今回の旅については、俺も同行する」
「……は?」
その場にいた全員が固まった。片やグランは腕を組み、ドヤ顔を決め込んでいた。
そんな中、ホルドマンが一言。
「……いやぁ、それはさすがに無理じゃろ」
「な、なにッ!?」
驚くグランに、ソフィアも続く。
「うん……無理だろ。グランが行ったら、揉めない場面でも揉めそうだし」
「ソ、ソフィア様まで……ッ!!」
「……無思慮」
「……ッ!!」
ムウの言葉がトドメとなり、遂にグランは言葉すら失う。
立場を失ったグランは立ち尽くす。両手を見れば、小刻みに震えていた。ていうか、本当になぜ今回に限って、しかもよりによって人間界の軍国的なところへ行くときにそんな申し出をしたのやら。
そんな中、サラは小さく溜め息をこぼしながら、諭すようにグランに言う。
「……お前の人間嫌いは、ここにいる誰もが知る事実だろう。ここへ来て日が浅い私や大志ですら十二分に分かっている程だ。そんなお前が人間界など行ったらどうなるか……考えるまでもない。私達は別に戦争に行くわけじゃない。お前の誇り高さを否定するわけではないが、その誇りは、間違いなく私達の邪魔になる」
「……」
ぐうの音も出ないほどの正論の嵐。
もはやグランには反論する気力もないようだ。完全なる沈黙。KO負け。哀れグラン選手、無惨に完敗。
しかし、それにしても珍しいものだ。こいつの忠誠心からすると、「城に残るソフィア様を守らねば!」などと抜かすと思っていたのに。
「……どうして急にそんなこと言い出したんだ? 何か理由でもあるのか?」
「……」
グランは黙り込む。だが、少しするとどうやら観念したようだ。
「……どうしても、会いたい奴がいる」
グランは、徐に話し始めた。
「これは俺の我儘だ。戦士長として失格なのも理解している。だがそれでも、俺はそいつにどうしても会いたい。そして可能であれば、そいつと剣を交えたい」
「剣を交えるって……戦う気かよ」
「無論、本来の目的から逸脱しているのは分かっている。だがそれでも……俺は――」
「――ダメだな。諦めろ」
サラはグランの言葉を遮るように言い放つ。グランは眉間に皺を寄せサラを睨み付けるが、彼女もまた険しく鋭い視線をグランにぶつけていた。
「お前は、これまでの話を聞いていなかったのか? 私達は、戦いに行くわけではない。あくまでも調査のためにジェノスロストへ行くんだ。それなのにお前は、戦いに行くと言うのか? それがどれほど危険な言葉か、お前は分かっているのか? 皆を危険に晒すことになるかもしれないと分かっているのか? そもそも、魔界の戦士長ともあろう者が……いや、それ以前に、剣士としても、私情で剣を振るうなど言語道断も甚だしい」
「……!」
「もう一度言う。諦めろ。私は、お前が同行することに反対だ」
厳しい口調で、サラはそう言った。グランは見るからに激高していた。だが、何も言い返すこともない。ただ拳を振るえる程握り締め、唇を噛み締める。
サラの言うことはもっともだろう。それが分かっているからこそ、グランも何も言わないのだろう。
だが逆に言えば、それでも、どうしてでも会いたい奴がいる。剣を交えたい奴が、そこにいるのかもしれない。立場や状況を置き去りにしてまでも、倒したい相手がいるのかもしれない。それになにより、自尊心の塊のようなグランが恥を承知でその理由を口にした。愚直なまでに、非難されることを覚悟で。
それだけの強い想いが、彼の中にあるのだろう。
「――……まあ、いいんじゃね?」
俺がそう呟くと、部屋の中にいた全員が俺に視線をぶつけた。サラは、険しい表情のまま俺に問い掛ける。
「……本当にいいのか? 目的を達する前に、撤退することになるのかもしれないぞ?」
「まあ、なんとかなろうだろ。それにあのグランがここまで言っているんだ。普段ソフィアの傍からテコでも動かないこいつがさ。その意気は買ってやりたいし、俺達でフォローすればなんとかなるだろ」
「大志……すまん」
グランは頭を下げた。サラも折れたように手を振って容認のジェスチャーを取る。
が、その前に……。
「……ただし、グラン。一つだけ約束しろ。一緒に行動する以上、俺やサラの言うことを聞け。これは絶対条件だ。約束できないなら同行はなしだ。そしてもし約束を違えたら……」
「……違えたら?」
「簀巻きにして、ここまで強制送還する」
「す、簀巻き……だと……!?」
しばらくの間、沈黙が流れる。そして、グランは吹っ切れたように笑った。
「……フハハハ! いいだろう! その時は簀巻きだろうがなんだろうが、大人しくここまで運ばれてやろう!」
「おう。頼むぜ。……ってことだサラ。悪いな」
「……まあ、大志がそう言うのならこれ以上止めはしないが……どうなっても、私は知らないからな」
サラは一人早々と部屋を出て行った。
「じゃあそんなわけで、ちょっとジェノスロストまで行ってくる。後のことは頼んだぞ」
「ああ。分かったよ」
ソフィアは半ば呆れていたが、どこかホッとした様子をしていた。彼女も、グランの気持ちを察するところがあったのかもしれない。
ともあれ、俺とサラ、グランは、ジェノスロスト帝国へと向かう。
さてさて、どうなることやら……。
「さあ行くぞ大志! 遅れを取るな!」
グランは先陣を切って門を出て行った。
……どうでもいいが、本当に約束を守ってくれるんだろうな。果てしなく疑わしくなってきた。




