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約束

「宴は終わったのか?」


 ソフィアの声でようやく声を思い出した俺は、少しだけ慌てながら返事を返す。


「お、おお。まあな。お前こそ、体調はどうだ? 大丈夫そうか?」


「うん。アタシはもう大丈夫だよ。それより、アンタは大丈夫? 賊と戦ったんだろ?」


「俺は戦ってないって。やりあったのは、イフリトス。もっとも、最後には手出ししたけどな」


「そう……」


 ソフィアは、再び表情を落とした。そしてそのまま口を開く。


「……で? どうだった?」


「ん? どうって?」


「決まってるでしょ。同じ雷の先天魔法を持つ者として、賊はどう見えた?」


「あー……そうだなぁ……」


 頭の中で、賊の姿を思い返す。


「……一言で言えば、化物だなありゃ」


「……化物?」


「もちろん雷の魔法は強力だったさ。その威力も、めんどくささも、俺が一番分かってるつもりだし。途中まで完全にイフリトスが押していた戦況を、奇策一つでひっくり返してたし。信じられるか? あの爆炎の魔人を、たった一度の攻撃でダウン寸前まで追い込んだんだぞ? 威力なんかは俺と同じくらいか、下手すりゃそれ以上あるかもしれん」


「それで、化物……」


「んや。それだけじゃない。今のところ奴の目的はわからない。ただ、その目的のために躊躇なく無関係の村を焼き払い、普通に暮らしていただけの人を傷つけた。あそこまでする必要があったのか? 少なくとも、俺にはそうは思えない。それを普通にやっけのけて、挙句イフリトスを平然と挑発するあたり理解できねえな。そういうのを総じて、化物って言ったんだよ」


「……もし、もしもその賊と戦うことになったら?」


「そうだなぁ……。楽には勝てないだろうな。でも、負けるつもりもねえよ。向こうが雷を撃ってくるなら、俺はそれ以上の雷をお見舞いするだけだ」


「……」


 そしてソフィアは、再び塞ぎ込んだ。

 しかし、「あのさ……」と言いながら顔を上げ、俺の目を見つめた。


「一つ、約束して欲しい。もしもその賊がまた暴れたら、絶対に止めてくれ」


「もちろんだ。そん時は、そいつをブッ飛ばして――」


「――違う。そうじゃないんだ。絶対に、奴を止めて欲しいんだ。例え、命を奪うことになっても……」


「命を奪うって……」


「そいつは、絶対に許されないことをしたんだ。謝罪の言葉も意味がないほどに、酷いことをしたんだ。だから、もしもそいつと戦うことになったら、絶対に止めて欲しいんだ。これ以上誰も傷つけることがないように……これ以上罪を重ねないように……。全てを終わらせてほしいんだ。アタシじゃ、出来ないから……。それはきっと、大志にしか出来ないから……。だから……」


 ソフィアは祈るように両手を胸の前で握り締める。


「……だから、約束して。絶対に、そいつを止めるって。お願い……」


 彼女の小さな手は震えていた。瞳も揺れ動き、滲み、悲痛なまでに訴えかけてくる。

 心の底からの願いだというのが分かった。彼女の視線には、一片の嘘もなかった。その姿は、表情は、言葉は、ただただ俺に向けられている。

 そんな彼女の真なる願いを、無下にすることなんて出来るはずもなかった。


「……分かったよソフィア。もしその時が来たら、絶対にそいつを止める。約束だ」


「……ありがと。大志……」


 ソフィアは、少しだけ表情を柔らかくする。安堵しているようにも見えた。

 彼女は、何を思っているのだろうか……。

 前魔王の娘としての責務でも感じているのか? 亡くなった人達の弔い? 自分の中の正義?

 どちらにしても、その強い想いは十二分に伝わった。肌で感じた。並々ならぬ強い気持ちが、俺の中にも注がれた気がした。

 次に賊と対峙した時、その時俺は、ソフィアの想いと一緒に戦うことになるだろう。そしてそれは、きっと強い力になるんだ。


「……とりあえず、今日はもう休もうぜ。明日からまた忙しくなるぞ」


「忙しいって……。お前、今度はいったい何をするつもりだ?」


「さっきホルドマンと話したんだけどさ、ジェノスロストへ行くことにしたんだ」


「はぁ!? ジェノスロスト!?」


 ソフィアは目を丸くし、驚愕する。


「なんだよ……悪いか?」


「悪いに決まってるだろ! ジェノスロストは人間界で最も兵力が高い国だぞ!? そんな国にのこのこ行くのか!?」


「ああ。だってそこにしかないものがあるらしいし」


「簡単に言うなよ……まったく……」


 呆れ果てたかのように天を仰ぐソフィア。でもそんな彼女の顔には、ようやく笑みが戻っていた。


「ともあれ、明日にはここを出るぞ。寝坊したら置いて帰るからな」


「その言葉、そっくりそのまま大志に返してやるよ」


 そして俺達は、中庭を後にする。

 最後に夜空を見上げてみた。星々の煌めきは一段と強くなり、漆黒の空に、小さな明かりを灯していた。

 それはきっと、灯火なのかもしれない。暗く深い夜でも道に迷わないように、地上を照らしているのかもしれない。自分の歩く道を見失わないように、迷わないように、そっと静かに、導いているのかもしれない。

 そんな風に思った。



 ~~~~~~~~~~



 翌日の朝。

 城の出口に俺達三人は立っていた。そして目の前には、イフリトスの姿も。


「――……世話になったな、イフリトス」


「気にするな。元は儂の誤解が原因。お前が気に病む必要はない」


「そうか……分かったよ」


 とここで、ホルドマンが口を開いた。


「イフリトスや。これからの国の再興を祈っておるぞ」


「すまんなホルドマン。全てが片付いたら……」


「分かっておる。その時は、共に杯を交わそうぞ」


 ホルドマンの言葉に、イフリトスは小さく笑みをこぼす。

 そしてイフリトスはソフィアに顔を向けた。


「アスタロトの娘。よもや、こうして直に言葉を交わすことになるとは思わなんだ。アスタロトが亡き今、お前の気苦労もひとしおだろう。強く生きよ」


「うん。ありがとう」


 最後にイフリトスは、視線を俺へと戻す。


「大志。貴様が錆を追うのは勝手だが、心せよ。事は激流の如く、複雑に動き始めているようだ。儂はしばらくこの国から出られんが、急を要する事態となった時は気兼ねなく来るがいい。儂が力を貸そう」


「へぇ……。爆炎の魔人が力を貸すなんて心強いねぇ」


「昨晩の宴だけで詫びを終えたとは思っておらん。貴様への借りは残ったままだ。ただ、それだけのことだ」


「分かった。覚えておくよ」


「うむ……。貴公らの健闘を祈っておるぞ」


 そいて俺達は、魔人の国を後にする。

 錆と雷使いの賊。ジェノスロストに行けば、その繋がりが分かるのだろうか。とりあえず今は、行ってみるしかない。

 空を流れる雲は、足早に流れていた。それが、どこか不気味に思えた。

第5章 完

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