及第点
いったいどれほどの爆発が起こっただろうか。
「着火……着火……」
イフリトスは蔑むような視線を送りながら、機械のように言霊を口にし続けていた。
賊にも為す術はないようだ。ただ爆炎に飲まれ続けていた。纏うマントも既にボロボロとなり、所々穴が空いていた。その動きも精彩を欠きはじめ、見るからに体力の限界が近付いているのが分かる。
(なんつーか、予想外に一方的だったな……)
最初こそはそこそこ心配をしていたが、思い過ごしだったようだ。こう言ってはあれだが、少しだけ複雑な気持ちもある。同じ雷魔法を使う賊があそこまで手も足も出ないとなると、どこか自分がボコボコにされているような気がしないでもない。
しかしそこはそれ。賊は賊であって、俺ではない。これだけワンサイドゲームになっても、決して俺がボコボコにされているわけではないことは間違いない。
(……かと言って、俺があれを破ることが出来るかっていうと……うーん……)
やはり、複雑な気分だ。
「どうした。威勢が良かったのは最初だけか?」
イフリトスもまた、勝ちを確信したかのように賊を挑発する。とここで、それまで構えを取っていた賊は四肢の力を抜き、上空に佇みはじめた。
「……なんだ?」
俺とイフリトスは、賊の様子を窺う。その中で賊は、静かに掌をイフリトスに翳した。
「無駄なことを……。貴様が雷を放つ刹那、最大級の爆炎をくれてやるわ」
見る限り、雷は纏っていない。力を集束させる気配もない。何をしようとしているのか、俺にも分からなかった。
すると賊は、ふいに翳した掌を握る。
その瞬間、突如イフリトスの周囲に雷が巻き起こる。
「な――ッ!?」
イフリトスが驚愕すると同時に、全方位から稲妻が彼を強襲する。激しい稲光と雷の轟音が周囲に広がり、イフリトスの巨体は光の中に霞む。
「ぐおおおおお!?」
予期せぬ攻撃に、イフリトスは体を丸め苦痛に顔を歪める。だがそれで終わりではなかった。一瞬の隙を突いた賊は、気が付けばイフリトスの懐に飛び込んでいた。そしてその両手は輝き、雷を帯びる。
「イフリトス!」
「――ッ!」
俺の声で賊の動きに気付いたイフリトスだったが、電撃を浴びたせいか対処が遅れる。賊は掌の輝きを一層強め、必殺の一撃を放とうとしていた。
「クソッ――!!」
高速移動術を使い、イフリトスと賊の間に割って入る。賊に両手を翳した瞬間、相対する二つの雷が衝突した。相殺された雷は激しい衝撃波を生み出し、三人はその場から弾き飛ばされる。
空中で体勢を整え目の前に視線を送った時、そこに賊の姿は既になかった。
電磁フィールドでも、既に感知できる範囲に賊はいない。
「逃げた……か」
とりあえずこれ以上警戒する必要はなさそうだ。四肢に帯びさせた雷を解放したところで、背後にいたイフリトスは口を開いた。
「……ぬかったわ。すまぬ」
「いいんだよ。それにしても、まさか最後にあんな隠し玉を出して来るなんてな……」
おそらくあれは、イフリトスの空間爆発魔法を真似たものだろう。
一方的に爆炎を受け続けていたと思わせながら、その実周囲に僅かな雷の欠片を散りばめ、合図と同時に一斉にイフリトスに浴びせた、と。
なんというか、あの状況でよくもまあそんな知恵が働くものだ。発動時期についても、俺達が勝ちを確信して油断した瞬間を狙っているあたり、全て計算していたのかもしれん。それこそ俺もイフリトスも気付かない程に密かに準備し、その一撃で終わらせるつもりだったのかもしれない。結果としてそれは阻まれたわけだが、それでもイフリトスの様子を見る限り、十分すぎる攻撃だったのが分かる。
……が、その代償は高くついたことだろう。
「……どちらにしても、賊のダメージも相当なもののはずだし、しばらくは大人しくしてるだろ」
「……」
イフリトスはどこか煮え切らない表情を浮かべていた。その気持ちはわかる。あれだけ血眼になって探していた相手を追い詰めながら、まんまと逃げられたわけだし。プライドとかいうものも傷付いたことだろう。
それでも約束を破って手助けした俺を一切責めないあたり、やはりそれなりに危なかったのかもしれない。
「……どうする? また探し出すか?」
しばらく考え込んだイフリトスは、「いや……」と呟きながら視線を落とした。
「今は襲撃された街の復興が優先だ。彼奴のことは覚えた。追って焼き払うことなど、いつでもできる。……先に城へ戻るぞ」
そしてイフリトスは、他には目もくれず城へと飛び去って行った。
残された俺は、イフリトスとは逆の方向に目をやる。
目の前に広がる空と雲と森。遠くに見える山々。そのどこかに、賊は消えていった。
あいつの雷を見た限り、俺と遜色ないほどの威力があるのは間違いないだろう。
(……お前は、誰だ?)
心の中で問い掛ける。
無慈悲に村や町を焼き払い、イフリトスを挑発し、そして、錆を奪う……。
これまで何一つ行動を取らなかったのに、突然その姿を現し暴れ回っている。何か目的があるのだろうか。やはり、錆が関係しているのか?
「……考えても仕方ないか」
諦めさせるようにそう呟いた俺は、飛び去ったイフリトスを追う。
何はともあれ、俺への誤解は解けたわけだし、ホルドマンも解放される。全てが完璧に解決したわけではないが、及第点だろう。
何か見えないものが引っかかったような自分に、そう言い聞かせていた。




