爆炎の魔人
集会場は、激しい爆発に呑まれた。天井が吹き飛び、火柱が天高くまで昇る。
「熱ッ! 熱いって!」
上空で火柱から抜け出す。空中には、宙を浮いたまま対峙するイフリトスと賊の女がいた。
「ふぬうう!」
イフリトスが拳に炎をまとわせ、賊に向け猛進する。賊は繰り出された拳をふわりと躱すと背後に回り、イフリトスの後頭部に蹴りを打ち込む。イフリトスは体勢を崩し前かがみになる。すると賊は再度体を反転させ、今度は側頭部を蹴り込んだ。だがイフリトスは物ともせず、すぐに賊の方を向き直す。
「軽い軽い! 貴様の体術は軽すぎるぞ!」
強がりではないようだ。事実動きに変化はない。そこはやはり体格差によるものか。しかし賊もまた、顔こそ見えないが慌てる素振りはない。
(相手は爆炎の魔人だってのに、意外と冷静だな……)
「その程度で、儂を止められると思うなよ――!」
イフリトスは、再び賊に向け突進をかける。その時だった。賊は静かに手をかざし、掌から雷を放つ。雷は宙を走り、イフリトスの体を通り抜けた。
「ぐっ――!」
雷を受けたイフリトスは、たまらず後退する。いかに屈強な体とは言え、やはりその威力は凄まじいようだ。
「雷か……!」
イフリトスは賊を睨み付けながらも、一度距離を取る。俺はというと、賊が雷を使ったことに衝撃を覚えていた。もちろん、それは分かっていたことだった。だがこうして実際に使うその様子を目の当たりすると、やはり動揺してしまう。
しかし賊が雷を使うとなると、おそらくは俺と同じような技をも使えるはず。だとすれば、如何にイフリトスとは言え楽には勝てないだろう。
「イフリトス!」
思わずイフリトスの加勢に向かおうとしてしまった。だが彼は、そんな俺を睨み付ける。来るなと言わんばかりに。
「……!」
俺は近付くのをやめ、その場に停滞する。確かにここは俺の出る幕じゃない。イフリトスはこの国の統治者であり、彼の中にある怒りや悲しみは俺が容易く理解できるものでもない。統治者としての誇り、責任、自覚……それを考えると、ここで手をだすべきではないだろう。
(……でも、もしも劣勢に立たされた時は……)
俺は密かに、四肢に雷を帯びさせた。
「……なるほどな。貴様が雷を使うというのは、真のようだな……」
イフリトスは、一度構えを解きゆらりと背筋を伸ばす。
「だが、それでも儂には敵わぬよ。――儂の魔法、見くびるなよ……!」
するとイフリトスは、全身に帯びさせていた炎を消した。
(何をする気だ?)
賊も俺と同じことを考えているのだろうか。相手が無防備にも関わらず、攻めることはなかった。
「よもや、儂がただ炎をまとわせ、ただ炎を飛ばすだけしか能がないとは思っておらぬだろうな? 儂の魔法の神髄、見せてやろう……」
「……」
イフリトスの言葉を受け、賊は四肢に雷を纏わせた。そして脚部の雷は、眩い光を放つ。何をしようとしているのか――同じ雷を使う俺は、すぐに理解した。
(移動術か――!)
次の瞬間、賊の姿は消え失せる。そして瞬時にイフリトスの背後へと現れた。だが――。
「――着火」
イフリトスの言葉と共に、突然賊の目の前で爆発が起こる。賊は躱せるはずもなく、爆風に包まれた。空中で巻き起こる煙。その中から跳び出した賊は、イフリトスから距離を取る。
(……今、相手を見ていなかったよな……)
何が起こったのか。なぜ背後に移動した瞬間に爆発したのか。イフリトスは、いったい何をしたのか……。
俺にも賊にも、それは分からなかった。イフリトスは勝ち誇ったかのように、賊に言い放つ。
「早々に、儂にこれを使わせたことだけは褒めてやろう。だが儂がこの術を使うということは、貴様にあった万に一つの勝機……それすらも失われたということだ」
「……」
賊は再び雷を輝かせ、その場から消える。だがイフリトスもまた再び唱える。
「着火――」
するとやはり、突然空間が爆発を起こす。しかも今度は背後ではなく、イフリトスの右方向離れた位置。爆炎の衝撃で賊は吹き飛ばされる。
「……!」
さすがの賊も余裕がなくなってきたのか、体勢を整えるなり構えを取っていた。
その賊に向け、イフリトスは饒舌に語る。
「……死に行く貴様に、からくりを教えてやろう。この周辺全域に、儂の魔法を散りばめた。一度目標と定めた相手の元で、いつでも爆炎を起こすことが出来る。故に、貴様がどこにいようが、すぐにでも灰にすることが出来るのだよ……」
つまりは、いつでもどこにいても、相手のいる空間を爆発させることが出来るってことのようだ。どれだけ早く動こうが、どれだけ身構えようが、“躱すことが出来ない爆発”を起こせるということか……。ちょっと待ってほしい。それって……。
(完全に、チートじゃないかよ――!)
俺が言うのもなんだが、なんつう反則的な。予備動作もなく躱せない攻撃とかあんまりだろ。心底やり合わずに済んでよかったと思う。
爆炎の魔人……なるほど、噂通りの凄まじい強さだ。
「踊れ。貴様の下劣な命燃え尽きるまで――」
そしてイフリトスは、更に言霊を唱え始めた。




