破壊された街
襲撃された街は、イフリトスがいる街からかなり東の方角に進んだ先だった。周囲は森林に囲まれ、街の生計は主に農作物で立てられている。街の中には田畑が広がり、木造の建物が幾つも立ち並ぶ。ちょうどこの時期は作物の収穫時期らしい。色々な道具が田畑の横に置かれ、その上には作物が置かれていた。見るからに、長閑な街であることが分かる。
……襲撃を受けるまでは。
「これは……」
「ああ。酷いな……」
街に着いた俺とソフィアは、あまりの惨状に言葉を漏らした。至る所で建物が崩壊し、残った建物も日々や火災によりボロボロであった。作物が実っていたであろう田畑は、逃げ惑う人たちに踏み荒らされたのか、根元から折られ萎れていた。襲撃から数日が経過したはずであったが、未だに焦げ臭い匂いが漂っている。多くの犠牲者も出したようだ。何とか生き残った人々も、体中に包帯が巻かれた状態で、変わり果てた街の様子にただ呆然とするばかりだった。
俺とソフィアは、歩きながら街の様子を改めて見る。これが、誰かがしたことなのか。もしそれが平然と出来るのであれば、それは化物と言える存在なのかもしれない。ソフィアは所々目を逸らしていた。見るに堪えないと言った様子で、顔を顰める。いつの間にか彼女は、俺の裾を握っていた。たぶん無意識のことだろう。何かにすがりたいほど、彼女にとっては辛い光景なんだと思う。
話が逸れてしまったが、とにかく何か話を聞かなければならない。しかし、普通の人に聞いても何も得られないかもしれない。むしろフラッシュバックさせるだけで終わる可能性の方が高い。それなら、この街のことに詳しい人物――そうだな、街の長くらいに直接聞いてみるのがいいだろう。
とりあえず、街の人に話しかけて居場所を聞いてみることにした。
「……ちょっといいか?」
俺の言葉に、その男性は顔を向けた。生傷が痛々しく残る顔には、生気が感じられなかった。
「……どちらさん?」
「いや、この街の長に会いたいんだけど、どこにいる?」
「………」
男性は力なくある方向を指さした。その先には、付近より少し大き目の家があった。この周辺の地主か何かだろうか。なだらかな丘の上に佇むその建物もまた、襲撃により一部を残し倒壊していた。むしろ、周囲の建物よりも損傷が激しくも見える。あんなところに人がいるのだろうか……そう思いながらも、男性の力ない顔を見ていると、それ以上のことを聞けなかった。一礼した俺達は、その建物へ向かった。
~~~~~~~~~~
その建物は、間近で見れば更に損傷の激しさが分かった。廃屋と言ってもいいくらいだろう。ひび割れた壁の隙間からは陽光が差し込み、どこか神秘的にさえ思える。
その中で、剥がれ落ちた壁の残骸に座る老人がいた。おそらくは、あの人物こそこの街の長なんだろう。
「――ちょっといいか?」
俺は躊躇することなく、入り口から話しかける。長は、どこか気の抜けた返事をした。
「……お前さん、誰だ?」
「ああ、俺はこの街の調査に来た者なんだ。イフリトス…様から直接指令を受けてな。だから、ちょっと話を聞かせてほしい」
イフリトスの名前を出した瞬間、長は少しだけ顔を上げた。
「ほほう……イフリトス様が……しかし、そんな話は聞いておらんが……」
「そりゃそうだろ。何せこの調査は、極秘に進められてるからな。大袈裟にことを運べば、住民の不安を大きくしかねないだろ?」
「確かに……分かった。こっちへ来なさい」
長の言葉に、俺達は建物の中へと入る。建物の中を歩けば、散らばる残骸が音を鳴らした。
「……大志、よくあんな嘘がペラペラ出てくるな」
ソフィアは呆れ顔を浮かべ小声で言ってきた。
「臨機応変って言ってくれ。おかげて話が聞けるだろ?」
ソフィアは首を振る。何気に失礼だが、今はよしとしよう。
俺達が座ると、長は静かに話し出した。
「……数日前の夜だった……この街に、突如雷鳴が響き渡った。雷の光は街を駆け、建物を破壊し……人々を、消し去っていった」
長と遠い目をしていた。その目は、とても悲壮感が漂う。出来れば思い出したくない……長の表情は、そう語っていた。
しかし聞かなければ分からない。ソフィアは俯き沈黙している今、俺しか話を出来ないだろう。
「……犯人は、どんな奴だった?」
「分からん。マントで体を包み、フードを被っていたから見当つかん。……ただ……」
「ただ?」
「……身なりは小柄だった。そして立ち姿、身のこなしを見る限り、おそらく“女”だった……」
「……女?」
「ああ。まあ儂も避難指示に必死だったし、ハッキリと見たわけではないから何とも言えんがな。噂に聞く“雷鳴の魔王”が女で、しかもあれほど残虐だったとは驚いたがな……」
長は渇いた笑いをしていた。
「……なあ、女ってのは、間違いないのか?」
「間違いないかと言われたら、見てないから何とも言えんって。……だが、おそらくそうだったとしか……」
「……そうか……」
長の話が本当だとすると、相手は女……意外だったな。てか、この長はこの話をイフリトスにしてなかったみたいだな。してたら俺が疑われることはなかっただろうに。
……いや、この世界に雷を使う奴が何人もいるとは考えにくいし、こうしてハッキリとは分からないって言ってるしな。どのみち嫌疑は俺にかかってただろう。
しかしこれで犯人の特徴がハッキリした。小柄で女。これが分かっただけでも十分だな。
「……ありがとう長。他に、何か変わったことはなかったか?」
「そうだな……あ……」
長は、何かを思い出したようだ。
「何かあるのか?」
「まあ、大したことではない。賊は儂の屋敷から、“錆”を持って行きおった」
「“錆”? 錆っていうのは?」
「その名の通りだよ。もっとも、正式な名前は分からんがな。本当にただの丸い、錆の塊じゃ。名前も分からんから“錆”と呼んでおる」
「なんでそれを持ってたんだ?」
「さあの……儂自身、それが何なのかは分からんのでな。昔イフリトス様から預かった品物なんじゃよ」
「イフリトス…様から?」
「ああ。しばらく預かっててほしいと言われてな。もう数十年前のことだがの」
「錆、ねえ……」
イフリトスから直接? いったいなんだろうな。それより、それを持って行ったとなると、犯人の目的はその“錆”だったんだろうな。で、ついでに街を破壊していったと……ずいぶん趣味の悪い奴だな。
「まあともかく、儂に話せるのはこのくらいのことじゃ。参考になったか?」
「あ、ああ。十分なった。ありがとう」
「いやいや、いいんじゃよ。……お前さん、ぜひとも頼みたいことがある」
「どうしたんだ? 改まって……」
「犯人を……街を破壊した賊を、ぜひとも捕えてくれ。この街は、儂の全てだった。人も風景も、全てが好きだった。それをこうまで破壊した憎き奴を、ぜひとも……!!」
そう話す長の目には、薄らと涙が浮かんでいた。愛する街が蹂躙されるように破壊されたことが、よほど悔しかったのだろう。だから俺は、力強く答えた。
「――ああ。任せておけ」
俺の言葉に、長は何度も頷いていた。
「……大志、これからどうする?」
屋敷を出たところで、ソフィアはようやく口を開く。まあコイツにとっても、ショックなことだっただろうな。
「そうだな……一度砦に戻って、イフリトスに会う」
「会ってどうするんだ?」
「そんなもん1つしかないだろ。“錆”について聞くんだよ」
「……教えてくれると思う?」
「さあな。でも、聞かないとはっきりしないこともある。――とにかく、いったん戻るぞ」
そして俺達は、破壊された街を後にした。もう一度イフリトスに会うために。空を飛んでいるとき、ソフィアはいつもより俺の手を強く握っていた。少しでも不安を和らげようと、俺も手を握り返す。握り返したソフィアの手は、やけに小さく思えた。