根本的な疑問
砦を出た後、とりあえず街の食事どころで飯にすることにした。街の中には多数の食事処があったが、どこがいいかは分かるわけもなく、とある店舗に入り込んだ。店の中は天井が高く、木造の壁や机、椅子が何とも言えない親しみやすさを感じさせた。店員に注文を取れば、笑顔で料理を持ってくる。とても“魔人の国”とは思えない程、そこには日常生活が広がっていた。
とりあえず、適当に頼んでみたが、見た目は中々旨そうだった。人間腹が減っては何とやらってやつだ。別に戦をするわけではないが、腹が減っていては冷静な判断が出来ないものだ。俺は目の前の料理を胃に詰め込んでいた。
……が、どうやらソフィアは食欲がないらしい。
「……大志、お前よくそんなに食べられるな」
ソフィアは呆れるように呟いた。なんだかバカにされてる気がする。
「お前こそ食べないのか? せっかくの料理が冷めてしまうぞ?」
「だって、ホルドマンが人質に取られてるんだぞ? 大志は心配じゃないのか?」
ソフィアは、心底不安そうな顔をしていた。コイツにとっては、ホルドマンは家族の一員だからな。その家族の一人が、今や魔人の人質となっている。期限は一週間とのことだが、何一つ情報がない状況では、それは決して十分な期間とは言えない。むしろ少ない方だろう。それをソフィアも分かっているようで、終始暗い表情をしていた。……だけどな、それじゃダメなんだよ。
「……だったら、なおのこと食っとけ。本当にいざというとき、腹が減ってたら動きたくても動けないかもしれないぞ? ホルドマンを助けたいなら、食えるときに食っとくのも大切なんだよ」
「そんなもんか?」
「ああ。そんなもんだ」
「……」
少し俯いたソフィアは、一口目の前のスープを口にする。なんか少し安心した。コイツの場合、普段は気が強いのに、妙なところで弱気になることがある。そんな時こそ、何か気晴らしになるようなことをして欲しかった。そういう意味では飯はいい。胃に詰めることで心地よい満腹感に包まれ、気持ちが朗らかになる。
そして料理が美味ければ更に幸福に包まれるのだが……
「……美味いな、これ」
スープを飲んだソフィアは、そう呟いた。
「………」
いやソフィア、すんげえマズイんだが……。どうやら、ソフィアの舌のズレは未だ健在のようだ。
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飯を食べ終わった俺達は、街の中を歩きながら今後について話した。ああでもないこうでもないと話しているが、まず真っ先にすべきは敵の情報の収集だろう。今分かっていることは、雷を使うということだけ……そんなもの、情報なんて言えない。それでも、今の俺達にはそれしか情報がなかった。街を歩き回り、色々な話を聞いた。砦の街を抜け出して、近隣の村や集落、小さな町にも行った。だが、それでも一向に賊の足取りは掴めない。無駄に時間は過ぎていき、いつの間にか焦りが生まれ始める。頭では冷静にしなければならないというのは分かっている。しかし、逸る心の奥底は、頭では制御出来ないものだ。俺もソフィアも、日に日に口数が減っていく。
そして気が付けば、あれから2日が経過していた。
「――なあ大志、ちょっといいか?」
宿泊していた宿で、ふいにソフィアが俺の部屋を訪れた。
「ん? どうした?」
そうは言ったが、ソフィアが言いたいことなど想像できる。
「……このまま、相手のことが分からなかったらどうするんだ? このままだと、ホルドマンは……」
ソフィアは入り口で立ち尽くしていた。その返答に答える前に、まずは座らせることにした。
「……まあ、とりあえず入れよ。そんなところに突っ立ってたら、落ち着いて話なんて出来ないだろ?」
「あ……うん……」
ソフィアは部屋に入り、部屋の隅にある椅子に座った。
ソフィアは窓の外から見える景色を見ていた。時刻は、夜深く。窓の外には月がはっきりと写っていた。少しだけ肌寒い風が開けた窓から入り込み、夜の香りを運んで来る。何もなければ、良い夜だなと言いたくなる景色だった。でも今の俺には、どうしても夜の暗さだけが目についてしまう。俺も焦っているのかもしれない。不安になっているのかもしれない。だが、そんな俺とは比べ物にならないほど、ソフィアは危機感を覚えているだろう。
「……なあ大志、いっそのこと、イフリトスのところに謝りに行かないか?」
突然、ソフィアはそう切り出してきた。
「謝るって……どうして?」
「決まってるだろ? このまま見つからなければ、ホルドマンはイフリトスに処刑されてしまうんだ。それなら、いっそ謝ってから、ホルドマンを解放させてくれるように頼んで……」
「ソフィア、たぶんそれは無理だ」
「……どうして?」
「仮に謝ったとして、それなら犯人は誰だって話になる。そうなれば、やっぱ俺が疑われる。もちろん俺だけならなんとかなるかもしれない。だけど、その周辺者であるお前やホルドマンは、やはり捕えられる可能性が高いだろう」
「………」
「どのみちホルドマンを連れ出して逃げたとしても、いずれ追っ手がかかる。それなら、決着は早い方がいい」
「………」
ソフィアは黙り込んでしまった。そんなソフィアに、敢えて声を大きくして言った。
「まあ、何とかなるだろ。こうして地道に話を聞いて行けば、そのうち情報が入るはずだ。まだ時間はある。とにかく、俺に任せとけ」
「……本当に大丈夫なのか?」
「心配すんな。俺は、魔王だぞ?」
それを聞いたソフィアは、目を大きくした。かと思えば一度下を向き、クスクスと笑い始めた。
「“自称”が抜けてるだろ」
「うっせい。そんなのどうでもいいんだよ」
ソフィアの笑った顔は、久々に見た気がした。少しだけ、安堵の息が零れる。
……それにしても、本当に犯人はいったいどこの誰だろうか。何の前触れもなく現れ、街を破壊した賊……話を聞く限り、かなりの実力者のように思える。そんな奴が、どうして今頃表舞台に出てきたのだろうか。考えても考えても、そう簡単に答えなど見つかるはずもなかった。それでも、その疑問だけが俺の頭を飽和させていた。
(風のように現れて人々を助けるヒーローなら聞いたこともあるが、その逆の風のように現れて街を破壊する奴とか聞いたことも……)
「……ん?」
その時、ふと思った。何でだろうか、自分の考えに違和感を覚える。
「どうかしたのか?」
ソフィアも俺の顔を見て、何かを察したようだ。不思議そうな表情で俺を見ていた。しばらく思案に耽る。何かが妙だ。何か抜けている気がする……
しばらく考えた後、俺はその正体に気付いた。
「……そうか……抜けていたのは“アレ”か……」
「大志、何を言ってるんだ?」
「いや、ちょっと思いついたんだよ。すっかり雷使い本人のことに気を取られて思い付かなかったな」
「だから、何の話なんだよ。犯人の正体が分かったのか?」
「いいや。でも、それよりも根本的な疑問に気付いた」
「根本的な疑問?」
「ああ、そうだ。――なあ、何で犯人は、街を襲ったんだ?」
「何でって……」
「これまで完全に身を隠していたのに、どうして今頃になって奴は現れたんだ? まあそれは別に置いとくとして、魔界でも人間界でも噂になるくらいの実力者が統治する街を、どうして襲う必要があったんだ?
まるで自分の存在を見せ付けるように暴れまわって、イフリトスに目を付けられて……街を襲うことに、どんな意味があるんだ? リスクに見合うだけの何かがあったのか?」
「……そんなの…分かんないけど……」
「そうなんだよ。それが分からないんだよ。俺達は、根本的なことを知らないんだよ。何であの街が襲われたのか……それを知らなかったんだよ。相手がどんな奴であれ、いきなりこうして派手に暴れたんだ。たぶん、何かしらの目的があったと思うんだ」
「その目的って?」
「だから、それが分からないんだよ。でも、それさえ分かれば、敵の姿が見えてくるかもしれない」
少し、光明が見えたかもしれない。まだ何一つ進展していないが、少なくとも、さっきまでの心境よりは何倍もマシだった。
……ともなれば、すべきことは一つだけだった。
「破壊された街に行くぞ。そこにいけば、何か分かるかもしれない」
まずは件の街に行き、その目的を探る。そうすれば、敵の正体が分からないにしても、次の行動が読めるかもしれない。
「……ああ、そうだな」
興奮する俺とは対照的に、ソフィアは少し複雑な顔をしていた。まあ、同族が襲撃された街を見に行くのだから、あまり行く気が起こらないのかもしれない。それでも俺達は街に向かうしかない。何も分からない今は、少しでも分かることを得たい。
次の日の朝、俺とソフィアはすぐに旅立った。目的地は、もう1人の雷使いに襲撃された街。その街に、何があるのか、何があったのか―――それを知るために、俺達は先を急いだ。