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交渉と譲歩

「弁明は……ない」


「た、大志!?」


「ほう……」


 俺の言葉に、ソフィアは思わず声を出し、立つイフリトスは感心するように声を出した。しかしその表情は更に凄みが増していて、まるで声と顔が一致していない。それでも俺は言葉を続ける。


「そもそも、村を殲滅したのは俺じゃない。だから、言い訳も弁明も存在しない」


「そんな言い訳が通じるとでも?」


「ああ。思っちゃいないよ。……だけどな、事実は一つしかない。それは、俺の仕業じゃないんだよ」


 その言葉に、イフリトスは更に眉間の皺を深くした。


「……いつまでも同じような戯言を……」


 イフリトスからの威圧感は強さを増す。周囲には、ピリピリとした空気が充満していた。いつ飛びかかってきてもおかしくない。そう思ってしまうような、鋭いナイフを首元に突き付けられたような……そんな、張り詰めた空気だった。


「……イフリトス、久しぶりだの」


 そんな中、ホルドマンは一歩前へ出る。そしてどこか哀愁漂う視線でイフリトスを見ていた。ホルドマンを見たイフリトスは、視線を俺からホルドマンに移した。


「……ホルドマンか。懐かしいな」


「そうだの……数十年ぶり、と言ったところか」


「ふん、そうだな。貴様が“裏切って以来”だろう」


(裏切り?)


 それは何を意味する言葉なのか……俺には分からない。しかしそれを言われたホルドマンは、視線を落としている。会話の流れを聞く限り、二人は元々仲間同士だったことは分かる。しかし、なぜホルドマンが“裏切り”と罵られるのか……


「それは今は関係ないだろうに。……それよりもイフリトス、この大志殿は無実なことは儂が証明する。村が襲われた当時、大志殿はセントモル公国にいたのだよ」


「……ハハハハハハハ!!」


 それを聞いた瞬間、イフリトスは高らかに笑った。広い空間には、イフリトスの豪快な笑い声だけが響き渡る。そしてしばらく笑った魔人は、表情を険しいものに戻した。


「……それが、いったい何の証明になるというのか。曲がりなりにも“魔王”を名乗るその小僧ならば、どこにいようがあの村に誰の目にも留まらずに、単独で村で行くことなど造作もないことであろう。

 そもそも、“敵”である貴様らの誰が小僧を庇ったところで、所詮は敵の戯言、聞くに堪えぬわ」


「………」


 イフリトスの言葉に、全員が沈黙した。


(……正論だな)


 なるほど、イフリトスの話は分かる。いくらホルドマンが俺を庇ったところで、所詮ホルドマンは俺の味方。それを素直に信用する奴なんていないだろう。


「じゃ、じゃあどうやったら信用するんだよ!!」


 ソフィアは声を荒げる。それを聞いたイフリトスは、冷たく言い放つ。


「……言ったはずだ。“弁明を聞こう”と。――認めろ。恐れろ。泣け。喚け……ただひたすらに、死をもって詫びよ」


「……そ、そんな……」


(つまりは、見逃すつもりはない……ってことか)


「さて……そろそろ飽いた。終わりにするか……」


 イフリトスはその足を一歩前に出す。それに対し身構えるソフィア、ホルドマン。


(……しょうがねえ、か)


「――イフリトス、少し時間をくれ」


「……何?」


 前に進もうとしていたイフリトスは足を止める。


「アンタが言ってることは分かる。始めから、俺達とアンタはスタート地点が違うんだよ。どんな言葉を言ったところで、信用させることなんてのは出来ないだろう」


「……ならば、どうする? 儂とやりあうか?」


「いや……それよりもいい方法がある。アンタが納得して、俺の無実を信用する方法が」


「ほう……聞こうか」


 そして一度深呼吸する。この言葉の後、もしイフリトスが激高すればその場で戦闘が始まる。



「……その犯人、俺が捕まえる。で、アンタの前に差し出す」



「――――ッ!?」


「………」


 ソフィアは驚いた顔をしていた。ホルドマンは難しい表情のまま俯いている。もちろん、二人の表情の意味は分かってる。相手の情報なんてほとんどない。分かってるのは、“雷の魔法使い”というだけ。そんな中で、犯人を見つけ出すことなんて無謀とも言えるだろう。


「……そう来たか。だが、そのまま逃げるかも知れぬ」


 イフリトスはまだ疑う。それも当然だと思う。


「アンタの言い分は分かる。だけど、そこは信じてもらうしかない。

 ――俺には逃げる理由はない。村を襲ったのは俺以外の奴だ。それが、俺にとっての真実だからな」


 その言葉をもってしても、イフリトスは納得いった様子を出さない。


(……やっぱ、無理があったか……)


 俺の中にも諦めの気持ちが芽生え始めた。手足に纏う雷を強くする。いつ攻撃を受けてもいいように、最低限ソフィアとホルドマンを守れるように、一人静かに、臨戦態勢へと移り始めていた。

 周囲には緊張が走る。空気が痛い。息がし辛い。対峙するだけで分かる。イフリトスは、並大抵の相手ではない。


「……ならば、儂が残ろう」


 そんな中、ホルドマンが突然声を出す。


「……どういう意味だ、ホルドマン」


 イフリトスは視線をホルドマンに向け、問う。


「簡単なことだよ。大志殿が件の奴を捕まえるまでの間、儂が人質となろう。万が一、大志殿が戻らなかった時は、思う存分儂を燃やし尽くせばよい……」


「ホ、ホルドマン!! それはダメだ!!」


 ソフィアは慌ててホルドマンに詰め寄った。そんなソフィアに、ホルドマンは優しく微笑む。


「ソフィア様。あなたも分かってるはずだ。大志殿は、必ず輩を捕まえる。……なあに、ちょっとの間休憩するだけだよ」


「ホルドマン……」


 項垂れるように肩を落とすソフィア。気が気じゃない。そんな雰囲気だった。そんなソフィアを見たホルドマンは、再び力を込めた視線をイフリトスに向けた。


「イフリトス……いや、“爆炎の魔人”。儂の申し出、如何に?」


 視線と声を受けたイフリトスは、何かを考える。そしてやがて、声を放った。


「……よかろう。そこまで言うのなら、行くがいい」


「感謝するぞ、イフリトス」


「だが、もし小僧が戻らなければ覚悟しろ。貴様を焼き尽くし、草の根を分けてでも小僧を見つけ出す。そして、惨たらしく、全てを後悔する程の恐怖を刻む」


 それに頷くホルドマン。ゆっくりと体の向きを変え、今度は俺に優しい顔を向けてきた。


「……と、いうことだそうだ。大志殿、後は頼みましたぞ」


 それはホルドマンが俺に向けた信頼。その裏付けからの、自分の身が危険に晒されることがないという自信。それを受けた俺に言える言葉は、たった一つしかなかった。


「――ああ。少し待っててくれ、ホルドマン」


 ホルドマンは目を細め、微笑みながら深く頷く。そんな俺達に、イフリトスは大きく声を出す。


「――期限は七日とする!! もしそれに間に合わなければ、ホルドマンは儂自ら公開処刑してくれる!!」


「どうぞご自由に。――俺は、絶対見つけて来るさ。……そうそう、そろそろその“人形”、戻していいんじゃないのか?」


「人形?」

 

 ソフィアは首を傾げる。俺の言葉の意味が分からないようだ。しかしイフリトスはニヤリと笑う。


「……ほほう。気付いていたとはな……ここは、流石は“雷鳴の魔王”とでも言っておこうか」


 そしてイフリトスはパチンと指を鳴らす。その瞬間、俺達の後方にいた案内の男性の体が、陽炎のように揺れ始める。


「な、何だ!?」


 ソフィアは顔を歪める。そして男性の体は赤い炎に変わり、灯籠の炎へと飛び込み、一つとなった。


「いつから気付いていた? あれが儂の炎であることに」


「この部屋に入ってからだよ。もっとも、それまでも電磁フィールドを展開していたはずなのに全く分からなかったけどな。……まったく、大したもんだよ。大方、もし戦闘になった時に、先制攻撃として使うために仕込んだんだろ」


「なるほど……小僧、貴様なかなか面白い奴だな……」


 イフリトスは上機嫌に笑んでいた。俺もまた皮肉のようにニヤリと笑う。しかしその実、俺はイフリトスの強さをまざまざと実感させられていた。

 正直な話、俺は自分の電磁フィールドに絶対の自信を持っていた。どんな奴でも敏感に反応し対処する。これまでも、あらゆる場面で助けられてきた能力だった。しかし、それがほとんど役に立たなかった。それほどまでに、イフリトスが作り出した虚像は完璧なものだった。つまりは、それだけの能力者ということ。


(爆炎の魔人……半端じゃねえな……)


 魔王に一番近い魔族と言われた男の圧倒的な存在感を感じつつ、俺とソフィアは部屋を後にする。最後に見たホルドマンは、透き通るような目で俺達を見送っていた。その目を見た俺の中には、固い意志が出来ていた。



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