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レベル100の男

 この日のエバーグリーンという世界は、実に天気がいい。陽気な太陽の光。流れる雲。青い空。この辺は、俺のいた世界と何ら変わりないようだ。

 空には小鳥が飛んでいる。頭に鶏冠とさかのようなものが生えたスズメがピチピチ言いながら。

 ……足が3本あるのは、気にしないでおこう。


「……平和だなぁ」


 実に平和だった。昼間っから草原で寝そべる俺は、暖かい風を受けて髪を靡かせながらその平和を染々と感じる。


 ……そう。この世界は、平和なんだ。



「平和……過ぎるよおおおお!!!!」


 寝そべったまま頭を抱え、再び叫ぶ。そんな俺の心境は察してほしい。


 クソみたいな生活から解放され、伝説の魔法まで使えることが判明した俺は、それから一週間、村長からみっちり魔法のレクチャーを受けた。

 俺は魔王がいないことの喪失感を全てぶつけるかのように、完全にヤケクソになって、徹底的に特訓した。

 村長に言わせれば、俺は魔法に関して天才的な才能があるらしい。教えられたことをスポンジのように吸収する俺。

 例えば雷を使った高速移動だったり、腕力、脚力を桁違いに強化したり、電磁波を利用して反応速度、動体視力を強化したり……

 あっちの世界で凡人以下だったのが激しく理解できる。自分でも驚くほど、様々な応用魔法をあっさりと体得できていた。

 ……しかしまあ、よりにもよって俺の才能が魔法の才能とは……元の世界じゃなんの役にも立たないわけで、きっと神様は俺の才能メーターの配分を間違えて設定したに違いない。業務上の過失を認めてほしいものだ。


 話が少し脱線したが、正直な話、俺は凄まじく強くなったと思う。それこそ、チートと騒がれるレベルで。今すぐラスボスにいけるくらい。

 ゲームだとチマチマとレベルを上げなければならないが……実際は、意外とあっさりレベル100になってしまうようだ。現実と空想のギャップというやつか。

 最初の村でレベル100……完全にチートではないか。

 自分で言うのもなんだが、俺は間違いなく勇者と称されるに相応しいほどの実力を帯びていることだろう。



(なのに……なのに……!!!)


「魔王がいねえって、どういうことだよおおお!!」


 本日2度目の絶叫は、山の斜面に跳ね返りエコーのようにこだました。


(せっかく勇者になれたのに、そりゃねえよ……)


 いくら泣き叫んでも、魔王がいないことには変わりない。

 俺は、完全にこの世界での立ち位置を失っていた。




「……大志よ」


 気が付けば、村長が俺の頭もとに立っていた。


「あ、村長……」


「ワシからお前さんに教えれることは、もはや何もない」


 村長は遠い目をしながら語る。どこか寂しげで、巣立ちを見守る親鳥のような空気だ。


「いや、おかげで色々覚えれたよ」


「お前さんには、実に驚かされたわい。ワシはな、昔は国を守る兵だったんじゃ。様々な戦士を見てきたが……お前さんは、別格じゃ」


「よせよ。いくら強くなっても、魔王はもういないんだろ? だったら、護身術程度にしかならないよ」


「伝説の先天魔法の護身術、か……何とも、贅沢な護身術じゃの」


 皮肉を口にする村長に、顔をひくつかせて苦笑いする俺。


「お前さん、これからどうするんじゃ?」


「いや、何も考えてねえ……」


 村長は手を顎に付け、何かを考え始めた。そして、何かを思いついたような表情を浮かべ、切り出す。


「じゃったら、街に行ったらどうだ?」


「街?」


「ああ。ここから東に向かえば、そこそこ大きな街がある。そこなら、何か仕事があるじゃろうて」


「街、ねえ……」


 確かに、こんなところにいても何も変わりはないだろう。この村の人々はとてもいい人ばかりだ。よそ者であるはずの俺に、とても親切にしてくれた。名残惜しさはあるが……それでも、せっかくの力を、何かに役立てたいと思う。



「……分かったよ村長。ちょっくら、街に行く」


「そうか……だったら、その格好は着替えねばな」


 そう言って村長は服一式を差し出した。ここ一週間でTシャツはボロボロになっていた。靴にも穴が空いている。これは確かに恥ずかしい。


 俺は村長の好意に甘え、さっそく着替えた。

 服はノースリーブの上着に少し大き目な作業着のようなズボン、黒いブーツまで(こしら)えてくれた。


「……一応、剣とかもあるが、どうする?」


「いらねえよ」


「じゃろうな……」


「さてと……」


 俺は足に力を込める。周囲にバリバリと電気が走る音が響き、やがて俺の体は宙を舞った。

 この浮遊術も魔法の応用だ。理論は一切分からん。飛びたいと思いやってみたら、普通に飛べた。宙をプカプカと浮くのは何か妙な感覚だった。鳥は、いつもこんな感覚を覚えているのだろうか……

 飛ぶ度に思うが、改めてこの世界は魔法が使えるファンタジーな世界だと実感してしまう。


「大志」


「ん?」


「最後に一つだけ忘れるな。お前さんは、伝説の先天魔法使いじゃ。お前さんの力は、おそらく世界を左右するものとなる。それをどう使おうがお前さんの勝手じゃ。好きに生きるがいい。

 ……じゃがの、強い力を持つ者は、それだけで様々な義務や責任が生まれるものじゃ。それを、努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ」


 村長の目は真剣そのものだった。そしてその言葉は、なぜか俺の心に強く響いた。もしかしたら、師匠としての最後の言葉のように感じているのかもしれない。

 だから俺は叫んだ。思いっきり叫んだ。


「村長!! 本当に色々ありがとうな!!! ――じゃあな!!!」


 俺は、空を風となって駆けた。通り過ぎる風景には、俺に手を振るたくさんの人が映っていた。思えば、この村の人たちは、俺にとって初めての“家族”と呼べる人達だったと思う。そう思うと、目頭が熱くなるのを感じた。少しだけ浮かんだ涙を手で拭った。


「何泣いてんだよ、俺」

 

 自分の涙に少しだけ照れ笑いをしながら、東の街に向かって大空を飛ぶ。

 この空の先にあるのが何なのかは分からない。これからどうしていくか何てのも分からない。

 何も分からないからこそ、俺は街を目指す。そこには、俺の運命を決定付ける何かがある気がする。





~~~~~~~~~~






 その街は、最初の村から飛行すること約1時間で着いた。郊外で地上に降りた俺は、街を歩いてみた。

 確かに村長が言う通り、割と大きな街だった。人々の往来が波のようにうねる。道端にはたくさんの出店が並ぶ。四方から人々の会話、料理の音、何か金属を叩く音が聞こえ、どこからともなく笛の音色も聞こえていた。


 いや、さすがに幻想世界。往来する人の中に、剣やらデッカイ斧とかを携える人々が割と目立っていた。まんま、ゲームの世界のようだ。みなさん顔に傷があったり刺青があったりと、実に強そうである。

 少しだけ怖い俺は、人知れず、薄い電磁波を俺の周辺に散布し、24時間体制で警戒をすることにした。これなら、もし急にナイフを持った男に襲われても瞬時に反応できる。


(素晴らしきは、魔法の力、と……)


 それにしても腹が減った。1時間も飛べばさすがに疲れ、俺の体は食物を求めていた。


(なんか食べるかな……………はっ!!!)



 その時、俺はようやく気付いた。いや、もっと早くに気付くべきだった。

 それは死活問題だ。いくら勇者であろうが、伝説の魔法が使えようが、何も関係はない。



(……金、ねえじゃん)


 

 そう、俺はこの世界の通貨を所持していない。この世界の通貨は、元の世界とよく似ている。コインがあったり紙幣があったり。中には物々交換をする人もいるらしい。

 ……だが、当然ではあるが、異世界の住民たるこの俺が、こんな世界の通貨を所持しているはずもない。


 異世界に来て、伝説の魔法が使えて、とても強い俺は……世の中の常識の前に敗れ去った。



 愕然と道に両手をついて項垂れる俺。


(いっそのこと、物でも盗むか? いやいや、伝説の男ともあろうものが、そんな醜態を晒すわけには……)


 そんなアホみたいな葛藤をする最中、俺は隣の壁に貼り付けられていた1枚の紙切れを見つけた。


『闘技大会開催!! 優勝賞金100万!!』


 開催は本日。

 それを見た瞬間、俺は瞳に炎を宿した。その炎はメラメラと燃え盛る!!



「これだああああああ!!!!」


(絶対に勝って、俺は食料を買うんだ!!)


 握る拳に力が入る。ちなみに、あまり力を込めすぎると、無意識に周囲に電撃が飛ぶので調整が難しかったりする。


「――俺は、負けねええ!!!」



 そして、俺は踵を返し、悠然と会場である闘技場へ向かう。


 俺の、生きるための戦いが、今始まった!!



(……全然勇者っぽくない気がするのは気のせいだろうか……)




 

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