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凶報

 聖都を出た俺はサラと合流し、フェルトが待つバッカスに向かった。

 フェルトに事の次第を話したところ、滅茶苦茶喜んでいた。そりゃ、国の重罪人に知らない内になってたんだし、その疑いが晴れたんだから嬉しいに決まっている。しかし、なぜかサラ“だけ”にお礼を言っていたあたり、俺への扱いが雑過ぎる気がする。ていうか、今回解決させたのは俺なんだが……

 だがしかし、魔王は細かいことは気にしないものだ。広い器を持って、今度正式にお礼を言ってもらおう。期待するだけ無駄だろうが……


 その後、3人で界境の孤島に向かった。本来なら、一度城に戻ってからゆっくりと造形の打ち合わせをしたいのだが……咎人の汚名が消えた後にフェルトへの依頼が殺到しているらしく、今日1日だけしか時間が空いてないらしい。しかも、ギルドの再登録、女王との謁見とで時間もないとか。

 しかしそこは恩人特権。それまでの僅かな時間を使って造形をしてくれることに。その上、今回解決した礼にと、特別にタダで造形してくれるらしい。なんとまあ至れり尽くせりではないか。心配していた建設費も解決したと言っていいだろう。


「……最初に言っておくことがある。特に大志、アンタにだ」


 造形するにあたり、しばらく周囲の岩の形状、材質、地盤の状況を隈なく検査した後、不意にフェルトが切り出してきた。


「何だよ。改まって……」


「いいか? 僕が造形する時、絶対に近くにいないでくれ。空でも飛んでるか、岩陰に隠れててくれ。……頼む」


「は? 何でだ?」


「いいから約束しろ! ……もし約束を違えれば、造形した建物を更地に戻す」


(ぐっ……それは困る……)


「……分かったよ」


「絶対だぞ!? いいな!?」


「はいはい」


 そこまで念入りに確認する必要があるのだろうか……


 とにかく造形を断わられるのも面倒なので、俺とサラは少し遠くの岩場に隠れて様子を窺った。


「……なあサラ。何であそこまで俺に見られるのを拒むんだ?」


「私に分かるわけないだろう……」


(そりゃそうだ)


「そう言えば、フェルトが言ってたなぁ。造形をするのは、“もう1人の自分”だって」


「どういうこと?」


「俺に分かるわけない」


「……そうよね」


 そんな会話をしながら、ふとフェルトの方に目をやると、これからまさに造形を始めるところのようだ。

 地面に手を当てた。手からは淡い光が放たれ、やがてその光は大地に移る。すると岩の地表は湾曲し始めた。まるで嵐の海のように、うねりを上げながら周囲の岩を巻き込み、一点に集まっていく。


「……すげえ」


 思わず声が出た。その光景は、ちょっとしたスぺクタルだった。岩の塊の触手のようなものが次々と大地から伸び、絡み合いながら融合していく。それはだんだんと建物の形を作り始める。壁、入り口、屋根……建物として必要なものが、目の前で粘土細工のように作られていく。そんな神秘的とも言える光景を、俺とサラはただひたすらに言葉を無くし、見つめていた。


「……よし! 出来た!」


 しばらくすると、そこには巨大な岩の城が完成していた。3階建てくらいだろうか。四角い外壁に囲まれたそれは、殺風景な岩場の真ん中で、まるで違う世界のように堂々と構えていた。

 ……しかし、少々目立ちすぎる。これじゃ、見つけてくださいと言わんばかりではないか。

 そんなことを考えてると、ふいにフェルトが叫んできた。


「大志~! いるんでしょ~? ちょっと幻魔石持って来てくれない?」


 突然の指名に戸惑う俺。何だか声がさっきまでと違う気がする。それでも造形のためならと、サラと2人で幻魔石を持ってフェルトのところに向かった。


「で? これをどうすればいいんだ?」


「あそこに置いてきて」

 

 そう言ってフェルトが指さした方向は建物の最頂部。そこには、何かを置く台座のようなものがあった。


「あそこだな」


 ふわりと宙に飛び、手に持っていた幻魔石を台座に置いた。相変わらず鈍い光を放つ幻魔石。こんなものをどうしてここに置くのか分からない。少し疑問に感じながらも、フェルトのところに戻る。


「なあフェルト、何であんなところに幻魔石を置くんだ?」


「ウフフ……それはねぇ……」


 ……どうでもいいが、さっきから気持ち悪い言葉遣いをするフェルト。何かさっきまでとは違う視線を俺に送っている。身の毛がよだつような感覚だ。俺の本能が、近付くなと警鐘を鳴らしまくってる。

 そんな不安を更に駆り立てるように、フェルトは突然言ってきた。


「……キス、させてくれたら教えてあげる」


「………は?」


 凍る時間。言ってる意味が分からない。この場合、サラに言ってると思っていいのだろうか……

 一応フェルトに確認を取る。


「……それって、サラに言ってるのか?」


「違うわよ。大志、あなたによ」


「………」


 更に凍結する時間。今度はサラまで固まっていた。俺はというと、言うまでもなくストーン化していた。


 フェルトの身に何が起こったのだろうか。止めと言わんばかりに顔を俺の顔に近付け、言葉を続けた。


「ねえ、いいでしょ?」


 首に手を回すフェルト。そして俺は確信した。今のフェルトは……


(ホンモノだああああ!!!)


 後退る俺。初めて体感する真の恐怖。たじろぐ俺に、フェルトは更に顔を近付けてきた。妖艶な気持ち悪い眼差しが、俺を刺してくる。


「……少し、ジッとしててね?」


 更に寄って来るフェルト。当然、俺の体は全力で拒絶反応を示した。


「よ、よよ、寄るんじゃねえええええ!!!」


 ギリギリ死なない程度にフェルトに雷を浴びせた。


「アバババババ……!!」


 フェルトは思いっきり感電し、吹き飛ぶ。防衛本能的に少し強めにかけてしまったが……自業自得というものだろう。至近距離まで迫ったフェルトの顔を思い出すと吐きそうになる。 


「……大丈夫か?」


 サラはドン引きしながら俺の方を見る。俺もまたドン引きしていた。


「……何とか」


「結局噂通りだったな。“男好きの男の造形師”……凄まじいな」


「……そういうのはもっと早く言え。危うく滅殺するところだったぞ……」


 しばらくの間、俺とサラは気絶するフェルトを茫然と見つめていた。



 その後、フェルトは目を覚ました。その時は既に通常時に戻っていたが……人格が変わっても記憶は同じらしく、一部始終を覚えていた。もちろん最初はワーワーと文句を言っていたが、結局は自分(もう1人の方)による行動だったことも踏まえ、建物を更地にすることはしなかった。もともと昔から魔法を使うと人格が変わるらしい。故に、造形の時は誰も来ないように言ってるそうなのだが……同じ人物に女好きと男好きが同居しているとは……

 ちなみに、幻魔石を最頂部に置いたのは、結界を作るためだそうだ。幻魔石とは夢幻の魔石。その効力が発揮されると、その周辺に幻を作り出すのだとか。この建物は、大地から力を汲み上げ幻魔石にその力を送れるようになっているらしく、そのおかげで周囲からは全く見えなくなり、魔法での感知も出来なくなるらしい。

 拠点としては申し分ない。依頼人の依頼以上の造形をするというのは本当だったようだ。


 そしてフェルトをバッカスまで送った。無論、あの拠点の場所については他言無用をお願いした。フェルトもまた、深く理由を聞くことなく同意。


 “一応命の恩人だからね。次から依頼する時は有料だから”


 そう言い残し、自宅に帰って行った。

 俺とサラもまた、完成した拠点を自慢するために、ソフィア達が待つ魔界の城に戻るのだった。





 ~~~~~~~~~~





 城に戻った俺たちはソフィア達がいる部屋に向かっていた。

 拠点の造形という役目をようやく終えたわけだが、拠点1つ作るのにエライ苦労をした気がする。その分、造形が終わった時の達成感はハンパなかったが。それはサラも同じらしく、歩きながら聖都でのこと、バッカスでのことを思い出しながら歩いていた。

 そして意気揚々と、鼻高々にその部屋のドアを勢いよく開けた。


「おーい! 拠点が出来た―――」


「大志!! 貴様ぁぁぁ!!!」


 その瞬間、グランが物凄い剣幕で詰め寄ってきて、俺の胸ぐらを掴み、体を壁に押し付けてきた。


「え? え?」


 あまりに急なことだった俺は、わけが分からないままグランの顔を見る。その表情は怒り心頭といった様子で、どこか焦りのような感情も見えた。

 

「貴様! どういうつもりだ!?」


「は?」


「とぼけるな! どういうつもりだと聞いてるんだ!!」


 全く意味が分からない。しかしグランの怒り具合は相当なもので、ただ事ではないことが容易に理解出来た。

 そんなグランをソフィア達は誰一人として止めようとしない。視線だけを俺に向け、何かを考え込んでいた。


「ちょっと待て! 大志が何をしたと言うんだ!」


 俺と同じく状況が理解出来ないサラは、唯一グランを制止する。それでもグランは手を放そうとしない。苦労して拠点を作り、いい気分で戻ったにも関わらず、訳の分からない内に胸ぐらを掴まれる……正直、ムカついてきた。

 それでも出来るだけ冷静を維持し、静かにグランに話をする。


「……グラン、一度手を放せ。状況が全く分からん。なんで今しがた戻ったばかりの俺が、こんな目に遭ってるんだ?」


「……大志殿、本当に分からないのか?」


 奥の椅子に座っていたホルドマンが、ここにきてようやく聞いてきた。

 その問いに答えようとすると、サラの方が声を荒げ始めた。


「当たり前だろ! 私達は、今戻ったばかりなんだ! それがどうしてこんな仕打ちを受けないといけないんだ!!」


 サラもまた頭に来たようだ。それを見ていたソフィアは、静かに口を開いた。


「……グラン、一度手を放せ」


「ソフィア様………チッ!」


 グランは最後に俺に向け舌打ちをし、ようやく体を解放した。そしてソフィアは静かな口調のまま、あることを確認してきた。


「大志、本当に拠点を作りに行ってたのか?」


「当たり前だ。何だよその質問は……」


「貴様らの考えは分からないが、私と大志は間違いなく聖都に向かい、くだんの造形師に拠点の造形を依頼し、完成させて戻ったんだ。それが事実だ」


 俺とサラはソフィアの問いに当然の如く答える。しかしソフィア達は納得してはいなかった。むしろ、その逆。益々難しい表情を浮かべた。


「なあ……そろそろ、何があったのか話してくれないか?」


 いい加減蚊帳の外にいるのも気分が悪い。なぜ俺がここまで疑われているのか、それを確認することにした。

 

 そして、ソフィアはしばらく考え込み、険しい表情を維持したまま話し始めた。


「……2日程前、魔界東部にある都が壊滅させられたんだ。1人の人物によってな」


「壊滅? どうして?」


「さあね。――で、その時に生き残った魔族が10数名いたんだけど……みんな一様に、その犯人について“同じこと”を口にしたそうなんだ」

 

「目撃者がいたのか……それで? 犯人はどんな奴なんだ?」


「それが……」


 ソフィアはそこで再び深く思案した。一つ一つの言葉を探すように、目を伏せ震える口を閉ざす。それでも話さない限りには進まない。決心するかのように顔を上げ、力強い視線を俺に向けた。



「……雷だ」



「――へ?」


「“雷を見た”……そう話しているそうなんだ。つまり、街を壊滅させたのは、“雷の先天魔法を使う者”ということになる」


 時間が、止まった気がした。今のソフィアの話を頭の中で何度も繰り返すが、今一理解出来そうにない。それはサラも同じだったようで、それまでソフィアに向けていた視線を、ゆっくりと俺の方に向けていた。


「もちろん東の地を統治する“爆炎の魔人”は怒り狂い、雷の先天魔法の使い手――つまり、大志を探してるんだよ」


「………」


 俺は口を開けたまま、何も言えなかった。そんな俺の様子を見たグランは、さっきまでとは違う表情を見せてきた。


「……貴様、本当に知らないのか?」


 知るわけがない。身に覚えなんてあるわけがない。ただ絶句しその言葉に答えることが出来ない俺に代わり、サラが口を開く。


「……少なくとも、ここ数日は大志は私と行動を共にしていた。――その人物は、大志ではない」


(そうなんだよ。そうなんだけど……だとしたら、誰だ?)


 伝説上の先天魔法“雷”……今のソフィアの話が真実だとするなら、その使い手が他にもいることになる。


 皆言葉を失い静まり返った部屋の中で、混乱する自分を必死に律していた。

 外からは森のざわめきが聞こえる。まるで、周辺一帯が得体の知れない“何か”に怯えているかのようだった。

 



第4章 完

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