国宝の在処
聖都に戻った時には昼頃になっていた。すぐにサラと合流する。サラは何だか疲れた顔をしていた。
「サラ、上手くいったか?」
「ああ。町中回って疲れたよ……」
「ご苦労さん。だいぶん話が回ったはずだな」
「ああ。ということは……」
「……動くのは、そろそろだな」
俺たちは聖礼議場にいた。そして、そこで電磁フィールドを広範囲に展開する。いつもは周辺程度だが、今回ばかりは広範囲にする。これってけっこう疲れるからあんまりしたくないんだが……この際は諦めよう。
外壁にもたれ掛り、中の様子を探る。
(そろそろ………来たか!)
中で動きがあった。人数は1人。小走りで保管庫へ向かう。
……サラがしたことは、至極簡単なことだった。
“盗まれていた国宝が見つかったらしい。行商人が持ってどこかへ行っていた”
それを、街中で言い回った。これだけの騒ぎになっているから、当然噂は尾びれをつけながら大きくなっていく。それはやがて国にも伝わっていく。もちろん、隠した張本人はそれを聞いてビビるはずだ。確かに隠したはずなのに……そんなことを思いながら“モノ”を確認しに行く。
それが、狙い目だ。問題は国宝がどこにあるのか。それが分からないことには行動出来ない。
「どうだ大志?」
「ああ。バッチリだ。ネズミさん、動き出した……」
保管庫に着いた後の人物は、どんどんどんどん下に潜っていく。会話内容が聞けないのが口惜しい……。そこまで出来たら神様みたいな存在になってしまうけど。
しばらく潜ったあと、人物はその場に止まった。深さ的に、地下5階というところだろう。
(地下5階か……まあ、何とか大丈夫だろ)
そしてその人物はゆっくりと地上に戻った。保管庫から離れ始めたところで、電磁フィールドを通常に戻す。
「――よし。場所は分かった。サラ、いったん聖都を出ろ」
「え? でも……」
「いいから。後で合流しよう」
「大志は?」
「ああ。ちょっくら、国宝を奪ってくるよ。――ド派手にな」
「は?」
「さ、行った行った。行かないなら、抱え上げてでも連れてくぞ?」
「―――ッ!?」
「とりあえず、俺に任せろ」
サラは、何か納得できないような顔をしながらも、静かに頷き、その場を離れていった。
その後ろ姿を見送った後、俺は改めて聖礼議場を見つめる。
「……やるか」
体中に雷を帯びさせ、上昇した。
足元には聖礼議場が広がる。改めて見ると、何ともまあ途轍もなく広い。国の象徴とはよく言ったものだ。
一瞬だけ、フィールドを拡大させる。保管庫周辺に人がいないのを確認したところで、手に帯びさせる雷をさらに強くした。
「――国宝、拝ませてもらう!!」
両手をかざし、一気に雷を放出する。放たれた雷は激流となり、建物と衝突する。激しい衝突音と雷音を轟かせながら、雷は触れるもの全てを吹き飛ばす。
しばらく放出したところで雷を止め、下の様子を窺ってみた。人々はわらわらと出てきて、土煙の中を覗き込む。ある者は上空を見上げ、俺を指さす。
土煙が去ると、保管庫は姿を消し、その場所にはぽっかりと穴が空いていた。
「あの下か……」
そこに、隠された国宝がある。その場所に向かうべく、空を滑空しようとした、その時だった。
「――魔王、キミは、何をしてるんだい?」
後方から突然声をかけられた。電磁フィールドにも反応はなかった。慌てて後ろを振り返ると、そこには空中を漂うリヒトがいた。
「クソッ……やっぱり来たか、勇者」
当然、ここまで派手にすれば来るのは分かっていた。だけど、もう少し待っててほしかった。
「質問に答えてもらおうか、魔王。キミは、ここで何をしてるんだ? 国立聖礼議場を吹き飛ばし、わざわざ喧嘩を売りに来たのかい?」
「へん! 喧嘩なら、とっくの昔に売ってるだろ。俺はな、この国にある国宝の幻魔石をもらいに来たんだよ」
するとリヒトは、不思議そうな顔をしていた。
「何を言ってるんだ? 幻魔石は、フェルトに盗まれてるんだよ?」
「……それ、本気で言ってるのか?」
「どういう意味だい?」
(コイツ……本当に知らないのか?)
リヒトの反応を見る限り、嘘ではないようだ。ということは、今回の一連のことは、リヒトは関わっていないということか。
それを考えると、何だか笑えてきた。
「ハハハ……」
「……何が可笑しい?」
リヒトは、少しムッと来たようだ。顔をピクリと動かし、眉間に皺を寄せていた。
「いや、悪い悪い。勇者とはいえ、国のお飾りみたいなもんだなって思ってな。
――その幻魔石がどこにあるのか、教えてやろうか?」
「………」
リヒトは何も返事しない。でも、仕掛けて来ないあたり、了承したと捉えていいのかもしれない。
「ついて来いよ」
先に穴に向けて飛び、リヒトを案内する。リヒトもまた、何も言葉を発することなく後に続いた。
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「これは……幻魔石?」
リヒトは、その石を見て顔を強張らせていた。
保管庫の地下深く、そこには、台座に置かれた紫色の丸い石が置かれていた。大きさはバスケットボールくらいの大きさか。鈍く光を放ち、透明ではあるようだが中心部は黒く、反対側の景色がぼやけて見える。その石の輝きは、神秘的でもあり不気味でもあった。
「そうか……これが、そうなのか……」
「どうしてこれがここに?」
「簡単な話だろ。全部、お前の国が作り上げた嘘だったんだよ。国宝は盗まれてなんかいないし、当然、フェルトも無実だ。お前の国はな、人一人を罪人に仕立て上げて国の威信みたいなやつを高めようとしてたんだよ」
「………」
リヒトは、幻魔石を睨み付けていた。その手は震えるほど握り締めていた。
「リヒト、お前も何だかんだ言いながら、結局はただの飾りだな。国がこれほど手の込んだことをしていながら、何一つ気付いちゃいない。勇者だの持て囃されながら、国の道化に立てられただけなんだよ。
……俺には、そんなのは耐えられそうにない。魔王になってよかったよ」
「………」
リヒトは何も言い返さなかった。俺が言ったことを実感しているのかもしれない。そんなリヒトを見ていると、何だか同情してしまった。
「さてと……俺はこれを貰っていく。邪魔するなよ?」
「……そうもいかないだろ」
リヒトは、改めて俺に正対する。そして、少しだけ片足を引き、構えをとった。
「この幻魔石は、国に残された唯一のものだ。また強奪されるわけにはいかない」
「……また?」
(……ということは、まだあったのか?)
「魔王。今回の件は、確かにこちらの不手際だ。フェルトには、それなりの補償をさせる。……でも、だからといって、このままおめおめと幻魔石を盗ませるわけにはいかない」
鋭い視線が俺を射貫いていた。口調はさっきと対して変わらないのに、どこか圧倒されるような威圧感を感じる。これが、三剣勇者のリーダー格、セントモル公国を加護する勇者、リヒト。
かなりの手練れと思っていいだろう。やり合えば、長期戦は覚悟しないといけない。
(……あんましサラを待たせると、あとで怒鳴られそうだな)
「リヒト、やり合うのはいいが……あの上から覗く人たち、何とかした方がいいぞ?」
そう言って上を指さす。実際上には、穴の下を覗き込む人たちがわんさかいた。
「……クッ!」
一瞬だけ上を見たリヒトは、苦い顔をしていた。勇者的には、彼らを巻き込むわけにはいかないよな。
「そうそう。別にこれを使って何かしようってわけじゃないんだし、固いことを言わずに黙っててくれよ」
そう言って、台座に置かれた幻魔石を手に取る。使い方が分からないが、これに魔力を込めれば使えそうな気がする。イメージ的に。とりあえず持ち帰り、ホルドマンにでも聞いてみよう。
石を脇に抱え、宙に浮く。
「……リヒト、お前も大変だな。汚れた国の再編、頑張れよ」
「……余計なお世話だよ」
そして、地下から飛び出し、そのまま聖都を出る。向かうのはサラが待つ場所。そして、フェルトが待つ場所。
その先には、ようやく拠点の造形が待つ。逸る気持ちを押さえつつ、滑るように飛行する俺。脇に抱える幻魔石は、相変わらず不気味に光っていた。




