通りすがりのストリートファイター
明け方の聖都とバッカスを繋ぐ道。山から射し込む光は、鮮やかな黄色。
あれが世に言う日の出というものだ。払暁、暁、黎明……昔の人はよくもまあ難しい名前を色々考えつくものだ。しかしながら、1つだけ確かなことがある。
……こんな時間まで起きておくと、非常に眠いということだ。
俺はとある道の途中にある大きな木の上にいた。この道は、聖都からバッカスに続く道。片側には森があり、反対側には広い田園が広がっている。
なぜ俺がこんなところにいるかと言うと、ある集団を待ち伏せするつもりだったからだ。
最初は道端で待っていたが……暇つぶしに昔ガキの頃にした木登りを久々にしてみようと思い登ってみたが……思ったより楽しくないわけで、いい感じに太い枝の上でウトウトと夢現を堪能しながら朝を迎えてしまったわけだ。
まあ、そんなどうでもいい話はどっかへ投げやるとして、俺が待つのはバッカスに向かう軍隊の一行。
あれから聖都で軍が列を率いてバッカスに向かったという噂話を聞き、とりあえずサラに別の要件を済ませてもらってる間に、フェルトを捕えに向かう軍の奴らを蹴散らしてしまおうと思ったわけだ。
こっちから攻めてもよかったが、ここは違和感を感じないようにあくまでも偶然を装い、その結果やむなく戦闘になった的な構図を作っておこうと思った。
……もっとも、こんな辺鄙なところに魔王たる俺がいること自体に違和感を感じてしまうかもしれないが。
で、夜中にはここを通るはずだったのだが……なんとまあ今回の指揮官は非常にのんびりな輩のようで、聖都とバッカスのちょうど中間ぐらいでキャンプをしてしまったのだ。
もしかしたらフェルトを捕えに行くのではないのではという疑問すら浮かんでしまった。
そんで、昨日の夜密かにそのキャンプのところに行って様子を窺ってみたが……奴さんらは、やっぱりフェルトを探しに行っていたようだった。そこで突撃しようとも考えたが、兵士たちが口々に“そのフェルトという男、可哀想に……”という話をしていたのを聞いた俺は、何となく、その場を後にした。
もしかしたら、兵の中では既に噂になっていたのかもしれない。フェルトが国に罪を着せられたことを。しかし嫌々ながらでも、お国の命令とあっちゃぁ逆らうわけにもいくまい。
そういう意味では、これからブッ飛ばす予定の奴らに同情をしてしまう。だけど、ここでフェルトを差し出すわけにはいかないんだよな。拠点のために。
そう、これは拠点のためなんだ。何だか大きく目的が逸れてきている気がするが……あくまでも、その過程であることを、ここに宣言しよう。
そんなこんなを考えていると、ふと電磁フィールドに反応が。数は数十人ってところか。ようやく、お出ましというわけだ。
俺は木の上からヒョイっと降りる。考えてみれば俺も魔法以外でも色々丈夫になったのかもしれない。前なら、こんな枝から降りたら足が痺れていたことだろう。
腹部を鍛えるアブト〇ニック的な筋トレ機械は、電気を筋肉に伝え無理矢理筋トレの効果を出しているが……俺も電気を体に帯びさせる度に、同様の効果を得ているのかもしれない。あっちの世界で弛みつつあった俺の体は、最近見事なまでに細マッチョになっていた。
そうやって、俺はこっちの世界に染まってくるんだろうな……
……また話が逸れてしまった。
遠くから多数の足音が近づいてきた。それを確認して、腰に手を当て、ゆっくりと軍の方向に進んでいく。
「……さあて、魔王様のお出ましだ。どんな反応を見せるやら……」
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少し歩くと、目の前には軍の部隊が見えた。なるほど、こうして見ると、中々の光景だ。甲冑に包まれた屈強な男たちの部隊。あんな飲んだくれ達なら一発で腰を抜かすだろう。で、ビビった奴らはあっさりフェルトを差し出す……ってところか。
やっぱり、こいつらにはここで撤退していただこう。
奴らの先頭が間近に迫る。俺は道の真ん中をテレテレ歩いているから、当然邪魔になるだろうな。
「……ん?」
先頭の兵士が、ようやく俺の姿に気付いた。いや、俺の歩き方に気付いたのだろう。
決して道路脇には避けない。道を譲らない。後には引かない。……まるでマナーの悪い車の運転手のようだ。
(……さて、どう出るかな)
「止まれー!!」
先頭の兵士の号令で、兵士の列は歩を止めた。どうやら、コイツが指揮官のようだ。
その指揮官は、俺に凄んでくる。
「……おい貴様、何をしている。さっさとそこをどけ。貴様は、国の軍を止めているのだぞ?」
確かに、そりゃとんでもない話だ。たかだか男1人が、国軍の行進を足止めするのだからな。
だがしかし、魔王である俺には関係のないことだ。
「何で俺がどかないといけないんだ? アンタらこそどけよ」
「貴様……!!」
指揮官は、顔を赤くしてこっちに歩いてきた。鼻息が聞こえてくる。相当頭に来たらしい。
「――貴様にどけと、言っとるんだ!!」
兵士は鋼に包まれた手を俺の肩に触れさせる。無理やり排除しようとしてるのだろう。
その瞬間、俺は兵士の手を掴み、逆手に固めた。
「痛っ――!?」
今更言うまでもないと思うが、電気を帯びさせた体は、その身体能力を格段に向上させている。いかに鍛え抜かれた兵士であろうが、チート魔法を駆使した俺には手も足も出るわけがない。
手を固められ苦悶の表情を見せる指揮官。その姿にどよめく軍隊。当然だろう。見た目何の変哲もない男が、お国の兵士様に涼しい顔で立ったまま関節技をかけてるんだ。
十分上体を逸らせたところで固めを戻し、一気に体を傾けていた方向に手を引っ張る。すると指揮官の体は、面白いくらいあっさりと空中に舞い、地に伏せた。
「がふっ!!」
指揮官は背中から地面に落ちた。受け身なんてとれるはずもなく、痛さで体を捻じらせ悶絶していた。
「貴様あああ!! 何をする!!」
その光景を見ていた別の兵士たちは、一斉に剣や槍を構えた。
(よし。いっちょ、やりますか)
手足に帯びさせる雷を少し強くする。そして軽く構える。
そんな俺を見た兵士は、何かを感じたようだ。少しだけ怖気づいたように見える。
「何だ貴様は……何者だ!!」
(何だ貴様はってか? ――そうです。私が魔王です………って、あれ?)
コイツら……俺を知らないのか? しかし、一応国の軍だぞ? 何で知らないんだ?
考えてみれば、この国は何かがオカシイ。フェルトを訪ね最初にこの国に来た時もあっさり首都に入れたし、ギルド本部も俺のことを知らなかった。今だって、国軍が俺の顔を知らないとは……。そりゃ、目の前の男が世界征服を宣言した魔王とは夢にも思わないだろうが……いくらなんでも知らなさ過ぎだろう。
レギオロスとジェノスロストの兵士は俺を知っていたようだが……なぜセントモルの兵士だけが知らないんだ?
ここまで来ると、国の上層部が俺のことを話していないとしか考えられない。
(……リヒト、アイツの仕業か? なぜだ? なぜ俺を自由にする? 何か狙いがあるのか?)
一通り可能性を考えてみたが、どれもピンと来ない。……今、それを考えても分かりようもないだろう。
しかし、今の状況は好都合だ。
本来雷でさっさと仕留めるつもりだったが、それをしなくていい。首都から近いここで派手に雷なんて使ったら、“面倒な勇者様”が飛んで来そうだし。事実、俺はリヒトが来た時の対処を考えかねていた。
身体能力アップと電磁フィールドがあれば、この程度の数なら楽勝だ。色々気になることはあるが、とりあえず、今は大いに利用させてもらうとする。
“通りすがりのストリートファイターにフルボッコにされた”
それだと、俺がこの国にいたことも暫くはバレないだろう。
改めて、拳を握り直す。
「……誰だっていいだろ? どかねえなら……力尽くでどいてもらおうか!!」
そして俺は、兵の部隊に飛び込んでいった。
「て、敵襲ー!!!」
前方にいた兵士が叫び声を上げる。前方の様子を窺っていた後方部隊も、ようやく武器を構えピリピリとした雰囲気を出し始めた。
「遅ぇんだよ!!」
前方部隊に跳び蹴りをかます。それを受けた兵士は他の者を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
それでも健気にも剣や槍を俺に向けてくる兵士たち。しかし電磁フィールドで相手の動きが逐一分かる俺には、最初っからどこを狙っているか予知してるようなもの。あっさりと迫りくる刃を躱していく。そして躱しながらも、拳と脚を次々と兵士達に打ち込んでいく。
流れるような動きで攻撃を避け、稲妻のように鋭い殴打蹴打を打ちまくる俺は、まさにストリートファイターだろう。
本当は雷を使って波〇拳や昇〇拳みたいなこともやってみたかったが、雷を使わないといけないので、ここは竜巻〇風脚で我慢しておこう。
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しばらくすると、辺り一面は蹲る兵士達で埋め尽くされていた。
致命傷は与えていないが、しばらくは動けないだろうし、動けるようになっても顔に青タン作ったままバッカスには行けないだろう。
(ホント、相変わらずチートだな……)
自分でもそう思ってしまう。相手は国の兵士。日夜訓練を積んでいる猛者達。それらをいともあっさりボコボコにする俺の魔法を、チートと言わずして何と言おう。
それはさておき、そろそろ聖都に戻らないといけない。時間的にサラが撒いている“エサ”の効果が出る頃だ。
(さてと……鼠が出るか蛇が出るか……)
これからのことを頭の中でシミュレーションしながら、少し足早になって聖都に戻って行った。