出過ぎた杭
酒の町バッカスは、昼間というのに既に酒の臭いが充満していた。
サラは未だにこの臭いが堪えるらしく、口と鼻を手で覆いながら、俺の後ろを歩いていた。
「……なあ、具合悪いならフェルトの家で待ってていいぞ?」
「いや、いい。あの家にいる方が危険だ」
確かに、サラと2人きりになったフェルトの行動が容易に想像できる。あれがサラが言っていた変わり者の姿なのだろうか。そこまで変わってるとは思わないが……
「確か、フェルトは変わり者だったはずだよな?」
「そう聞いたが……私が聞いた話と少し違うようだ。所詮は噂でしかないからな。こんなものだろう」
確かに。噂話なんてもんには、必ずと言っていいほど尾びれが付くものだしな。都市伝説がいい例だ。
「それはそうと……大志、何の話を聞くんだ?」
「それは……まあ、見ててくれよ」
サラは首を傾げていた。俺だって今の段階では分からないことが多すぎるし、推測な面が大きい。そんな曖昧なことをペラペラとは説明しにくい。
とりあえず、適当に誰かに聞いてみる。
「……お? あの人なんかいいな……」
「あの人?」
俺が見る方向を、サラは振り向いた。そこには何てことはない、ただの酔っ払いがフラフラと歩いていた。しかしその人物こそ、俺にとっては最適だった。
年齢は中高年。昼間っからあの様子なら相当な酒好きだ。色んな話を知ってるだろう。
「あ、すみませ~ん」
出来るだけフランクに話しかける。
「んあ?」
「俺達、旅をして回ってるんですが、この町ってなんか聖都とは全然雰囲気が違いますね」
すると酔っ払いは饒舌に語り出した。
「あったり前じゃ! そもそもこの町はなぁ…………」
こっから呂律が回らない口調でグダグダと話続けた酔っ払い。ああでもないこうでもないと、話も飛び飛びだったわけで、それを一回一回聞き返した。
そのやり取りは長くなるので要点だけをまとめる。
この町は、知っての通り酒の聖地とまで言われる大陸随一の酒の産地だ。当然この町の収益はかなりのものであり、町は潤いまくってる。
普段偉そうにしている国も、この町が納める多額の税金により、ある程度黙認していることもある。それを考えると、この町自体が1つの自治区と言ってもいいだろう。
一度国と半ば喧嘩のようなこともしたらしいが、酒の出荷を停止する、所謂ボイコットを敢行したところ、国側が折れる結果になったとか。つまりは国にとって、この町はかなり重要な町らしい。
ちなみに手配書が1枚もない理由は、町そのものが昔から配布を断ってるからだとか。理由は実に酒の町らしい。
「そんなもんが町ん中にあったら、酒が不味くならぁ!」
……とのこと。
その後も、何人かに話を聞いたが、誰もが同じような自慢をしていた。
「………」
思考を巡らせる。
この町は、国にとっては重要な町ではあるが、同時に、一種の職人の町であるが故に我が強い町でもある。国としては、さぞかし扱い辛いことだろう。
「大志、何か分かったか?」
ふとサラが顔を覗き込んでいることに気付いた。
「……まあ、ぼちぼちだな」
「何だその半端な返答は……」
「まだ確信がないんだよ。――とりあえず、次は聖都のギルドに行くぞ」
「あ、ああ……」
サラはどこか納得いかない表情だった。
正直なところ、俺の中ではある程度の話の筋が出来ていた。そして、もしそれが正しいなら、おそらく時間がない。そうなる前に“もう片方”の裏を取りたかった。
サラには悪いが、ここでの説明は省こう。
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聖都に戻った俺達は、真っ先にギルドに向かう。正直話を聞くなら誰でもいいんだが、ここは話しやすい造形師ギルドの、あのオッサンのところへ行ってみる。
「お久しぶりです」
受け付けにいたオッサンに挨拶をする。オッサンは俺の顔を見るや、あの優しい表情を浮かべ、そしてサラの顔を見るなり顔を青ざめさせた。
「ああ……今日は大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
オッサンは安堵の息を吐いた。そして顔を穏やかなものに戻し、声をかけてくる。
「……バッカスには行きましたか?」
含みのある言い方だった。もちろん何が言いたいかは分かっている。
「はい。……ちゃんと、“行き着きました”よ」
「そうですか……」
どこかホッとするオッサン。そんなオッサンに、改めて話を聞く。
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「はぁ……何でしょうか」
「フェルトが手配される前、フェルトに依頼に来る方が多かったと言ってましたが……当時のギルドは、さぞや賑わってたでしょ?」
「それはもう……毎日毎日たくさんの人がギルドに来てましたよ。造形師ギルドはもちろん、他のギルドにも依頼人が流れて、ギルド全体が活気に満ちてましたよ」
「それは凄い!」
少しオーバーにリアクションをする。すると、オッサンは急に表情を曇らせた。
「……でも、フェルトが手配されて以降、すっかりギルドの評価も落ちましてね……。国からも指導がありましたよ。
まあ、ギルドから重罪人が出たわけですし、当たり前ですがね……」
国としては当然の措置だろう。管理者責任ってやつが問われるところだ。
(……やっぱり)
俺の中で曖昧だった仮定は、確信に変わった。話の線が一本に繋がる。
「ところで、フェルトがバッカスの酒が好きってのは有名何ですか?」
「そうですよ。何しろ、お金の代わりにバッカスの酒樽で支払う人もいたくらいですから」
オッサンは笑いながら話す。そりゃ、建物作って酒で納得するなら笑い話にもなるだろう。
「……最後にもう1つ教えて下さい。その件の保管庫ってのは、どこにあるんですか?」
「それなら、聖礼議場敷地の東側にある建物だけど……それがどうかしたのかい?」
「いえ……ただの興味本意ですよ。そこを取り仕切ってるのは国の偉い人何ですよね?」
「それはもちろん。女王様の家臣の一人、シグレッタ様ですよ」
「ですよね~。ありがとうございました」
オッサンに簡単な挨拶をして、ギルド本部を後にする。
概ね予想通りの話を聞けた。後は、ネズミを出させるだけだが……
「おい大志!! いい加減教えてくれ!! お前は、何を確認してたんだよ!!」
サラはいよいよ痺れを切らしたのか、ギルド本部を出るなり詰め寄ってきた。
(そろそろ話さないとな……)
材料は揃った。後は行動するだけだが……その前に、サラに事情を話す必要があった。
これからの行動は、サラにも動いてもらわないといけないし、そんなサラに何も教えないわけにもいかないだろう。
「サラ、ここは人目が多い。場所を変えるぞ」
「……分かった」
俺の顔を見たサラは何かを感じとり、それ以上問い詰めることはしなかった。そして、黙ったまま路地裏に移動した。
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路地裏の奥隅。人気は全くなく、夕方なのに既に薄暗い。秘密の話をするにはもってこいだった。
「で? どうなんだ?」
サラは置いてある木の箱に腰掛け、再度聞き直す。
電磁フィールドで周囲に人がいないのを確認して、静かにサラに話し始める。
「……結論から話す。今回の国宝が盗まれたって話は、フェイクだ」
「フェイク?」
「国宝ははなっから盗まれてなんていないんだよ。全部でっち上げだ」
「な――」
「最初っから出来すぎた話だったんだよ。フェルトに罪を着せるにしても、狙った獲物が大きすぎる。
国宝だぞ? 失敗した時を考えれば、そんな危ない橋はまず渡らない。
それでも鮮やかに国宝がなくなり、全てスムーズに話が進んでいる。いや、進み過ぎている。
……なら、情報発信源――国を疑って然るべきだろう」
サラは沈黙した。 そんなサラに、話を続ける。
「いいか? フェルトの人気が上がるのと同時に、ギルドの人気もうなぎ登りだったんだ。たくさんの人がギルドに来ていたらしいし。
……つまり、この国の人達は、国よりもギルドを頼ってたんだよ」
「………」
「そうなってくると、国は危機感を覚えるはずだ。ギルドの存在が大き過ぎれば、国の信用は自然と堕ちてくる。
何かあればギルドに頼めばいい。ギルドさえあれば国はいらない。
……そうなることを、最悪の結果として考えたはずだ」
「……だが、ギルドが国に反旗を翻すことはない。それは国も分かってるはずだが?」
「違うよサラ。国が心配するのは、国民の愛国心の低下だ。国民が国を敬わなくなった時、その国はガタガタになるんだよ」
「………」
「……そして国には、もう1つ懸案事項があった。それが、バッカスの町だ」
「……国の言うことを聞かない町だからか?」
「それもあるが、たぶん、あの町を丸ごと国が管理したかったんだろうな。
あの町の収益はかなりのものだ。それが全て国の利益に入れば、国も更に潤うだろうし」
「だけど、町の人は言うことを聞かない……。そんなことを提案すれば、また町が反発してしまうってことか……」
「そういうことだ」
「………」
サラは、何となく俺の考えと同じことを理解したように見える。その証拠に、今まで俺の目を見ていたサラの視線は、影に染まる地面を向いていた。
「ギルドの人気とバッカスの我の強さ……この両方を何とかしたかった国は、あることを思いつき、実行したんだよ」
「……それが、国宝の盗難……」
「ああ。――話の流れはこうだ。
まず、予めフェルトの部屋を襲い、意図的にフェルトを取り逃がして国から蒸発させる。そして保管庫に穴を空け、国宝を別の場所に運んでから、盗まれたと騒ぎ立てる。その疑いは保管庫を作ったフェルトに向けられるが、当然フェルトは既にいなくなっている。難なくフェルトを重罪人として手配できるわけだ。
フェルトのおかげで上がりに上がったギルドの人気は、そのフェルトが咎人となったことで急落し、国民はギルドから離れるだろう。
そしてバッカスだ。
前からフェルトがバッカスの酒が大好きなのを知っていた国は、そこに逃げたことを掴んでいたはずだ。それを敢えて放置し、なに食わぬ顔でフェルトの手配書を送る。もちろんバッカスは、いつも通りそれを見もしないで処分するだろう」
「それが、今の状況ってことか……」
サラは愕然としていた。サラからすると、そんな国の汚い部分を知ってしまい、さぞかし気分が悪いことだろう。
「……これからの国の動きだが、それもだいたい予想がついている。
おそらく、国は兵を上げてバッカスの町に行くだろう。そして、バッカスにいるフェルトを捕らえ、町に対してこう言うはずだ。
“この町は、国の重罪人を匿っていた”
ってな。
バッカスにそんなつもりはなくても、国からの重罪人の手配書を破棄したもんだから、そう言われても仕方がない。町は、国に頭が上がらなくなるだろうな。何しろ、そんな不名誉な話を口外された日には、バッカスの酒の売り上げは地に落ちるはずだし。
そして国は町を管理し始める。その利益を、国のものにするためにな……」
「……国が、そんなことを……正直信じられないな……」
「まあ、国宝をこの目で見たわけじゃないから、まだ推測の域を出ないけどな。
……でも、それなら説明がつく」
「……何でそんなことを……」
「簡単な話だ。“出過ぎた杭は打つに限る”ってことだろ。フェルトは、言ってしまえばその人柱だな」
「………」
サラにとっては少し重すぎる内容かもしれない。サラは今までレギオロス諸国連合の騎士として国を守ってきたという誇りがあったことだろう。国こそ違えど、国そのものに対する信頼のようなものがあったと思う。そんな国の黒い面を垣間見た今、そのショックはかなりのものかもしれない。
でも、これもまた国を守る方法の1つとも考えられる。俺は政のことなんてのは分からない。だけど、数多くの人が暮らすこの国、それを守るためには、綺麗事ばかりじゃ限界があるのだろう。
フェルト1人を犠牲にすることで国が存続出来るなら、それは微々たるものとして一種の“諦め”を持つことも、政治というものなのかもしれない。
かといってこのまま放置すれば、俺の拠点作りを頼めなくなってしまう。この国には申し訳ないが、ここはフェルトを守ることにしよう。
「俺にちょっと考えがある。サラ、手伝ってくれ」
「……何をすればいい?」
サラは顔を上げることなく返答した。そんなサラを見て心が少し痛くなった。
それでも、俺は今後の行動について話す。そして、サラもゆっくりと頷いていた。




