考察と推測
翌日の朝。
ようやく起きたサラは、顔を青白くさせていた。
「……大丈夫か?」
「……当たり前だ」
とは言いつつ、やはりかなり具合が悪そうだ。
たった一杯の酒でド派手にスパークした昨日とは売って代わり、すっかりグロッキーになってしまったが……よほど酒が体に合わなかったようだ。
初めての飲酒だったらしいが、金輪際、酒を飲むことはないだろう。
「サラ、大丈夫かい?」
フェルトは、気持ち悪いくらいの微笑みを浮かべ、サラを気遣っていた。
……昨日ノックアウトされたというのに、実に元気な男だ。
それはそうと、早速本題に入ることにした。
「……フェルト、改めて造形の依頼をしたいんだが……」
「やだね」
フェルトは、間髪入れずに言い放った。まるで最初から答えを決めていたかのように、一切の迷いも感じられない。
「そこを何とかお願い出来ないか?」
サラもまた、顔を青くさせながら依頼をする。だが、それでもフェルトの意思は変わらない。
「……サラの願いは聞きたいんだけど、僕も死にたくないんだよ。ゴメンね」
「死にたくない?」
普通に考えれば、捕らえられて処刑……ということだろうが、それにしては会話の内容が噛み合ってないように感じる。
そもそも、本当に国宝を盗んだのだろうか。重罪人としての自覚は皆無のようにしか見えない。
「根本的なことなんだが、国宝を盗んだのはお前なのか?」
その問いを受けたフェルトは、不思議そうな表情を見せた。
「国宝? 何の話だ?」
「……分からないのか?」
「分かるも何も……何のことだ?」
フェルトは、本当に分からないようだ。俺とサラの顔を交互に見て、俺達の質問の意味を汲み取ろうとしている。
どう見ても演技には見えない。
(やっぱり……)
予想通り、国宝を盗んだのはフェルトではないようだ。でもここで気になるのは、やはりフェルトが姿を消した理由だ。
死にたくないと言っているが、フェルトが言う死の危険は、いったい何を指すのだろうか。
「そもそも、何で聖都から逃げ出したんだ?」
「あ、ああ……。そりゃ、命狙われたら誰でも逃げるだろ、普通」
「さっきも言ってたけど、何があったんだ?」
フェルトの説明はこうだ。
国宝が盗まれたとされる日、いつものように仕事を終え帰宅した。
そして部屋でゆっくりとしていると、突然ドアを開けられ、剣を構えた男数名が飛び込んできた。男達は椅子に座るフェルトに剣を向けたが、何とか命辛々逃げ出した、ということらしい。
「……たぶん、僕の仕事ぶりに嫉妬した奴らの手の者だろうけど、僕だって死にたくない。命狙われるくらいなら、しばらく造形なんかしないよ。
だから、悪いけど勘弁してくれ」
フェルトは頭を下げた。
なるほど、フェルトもそう解釈していたようだ。確かにそれだと辻褄も一応合う。
フェルトを仕留め損ねたことから、国宝を盗むという大罪を犯し、その罪をフェルトに押し付ける。そうすることで重罪人として追われることになり、仕事なんて出来なくなる。
しかしどうも納得出来ない。相手はフェルトの家を分かっていて、刺客を数人送り込んだ。――そこまでしたにも関わらず、フェルトを逃がしたということになるが……あっさりし逃がし過ぎてる気がする。
そしてやはり気になるのは、なぜわざわざ国宝を狙ったかということだ。
フェルトが言う通り、一連のことがフェルトに嫉妬した輩の仕業なら、わざわざ国宝を狙う必要はない。それ以外にも方法はいくらでもある。なにしろ、フェルトの評判を落とせばいいだけのことだし。もちろん徹底的に追い詰めるつもりという線もなくはないが、目的を達成する前に自分が捕まる可能性だって高かったはずだ。
……いや、捕まらない自信があったのか? 必ず成功し、かつ、フェルトに罪を着せる絶対的な自信が、そいつにはあったのもしれない。そこまでの自信を持つとなると……
……少しだけ、話が見えた。
しかし、それを証明するためにはまだ情報が足りない。
とりあえず、まずは聖都で起こっている状況をフェルトに説明した。じゃないと一向に話が噛み合わない。
一通り説明すると、さすがのフェルトも表情を曇らせていた。それも理解出来る。自分の知らないところで重罪を犯したことになっているんだ。動揺しないはずがない。
フェルトが言葉を失う中、話を持ちかけてみた。
「なあフェルト、1つ提案があるんだが……」
「な、何だよ……」
「もしこの件を何とかしたら、造形の依頼を受けてくれるか?」
「何とかって……どうやってだよ……」
「そりゃ、まあ……とにかくそれでいいか?」
フェルトは疑うような視線を送っていた。それでも、言葉を返すことなく縦に首をゆっくりと振った。自分の置かれた状況を理解し、藁をも掴む思いなのかもしれない。
「よし! フェルトはここでちょっと待ってろ! ――行くぞサラ」
「お、おい! 大志!!」
俺とサラはフェルトの家を出る。最後に見たフェルトの顔は、茫然としていた。いきなりこんな話をされたからだろうか。
「おい大志! 説明しろ!」
俺の推測は、サラには分からないようだ。それはそうかもしれない。そもそもその推測は、俺の経験が大きく関係しているわけで……
「……説明したいのもやまやまなんだが、とりあえず確信が欲しいんだよ。一度バッカスと聖都に行くぞ」
サラは、どこか納得できないような表情をしていた。とは言え、所詮俺の考えも、今の段階では過程でしかない。
それが真実かどうか確かめるために、俺とサラは再度バッカスに向かうのだった。




