咎人の造形師
3階から階段を降りていた。
頭に浮かぶのは、受付のオッサンの話。歩きながらそれを思い出していた。
色々話をされたが、オッサンの話をまとめてみる。
もともとフェルトという人物は、造形師ギルド所属の魔導士で、建物の造形を専門に活躍していた。
彼が手掛ける造形は大きなものから小さなものまであり、そのいずれも依頼人の依頼以上の出来であったという。
ギルドに対しても彼を指名する依頼者が着実に増加していき、いつしか彼は、大陸一の造形師と称されるようになった。
ところがそんな中、彼に手配がかけられた。“幻魔石”と言われる国宝の魔石を盗んだとされたのだ。
なぜ彼が犯人とされたのかというと、幻魔石を保管されていた保管庫が、彼が造形したものだったからだ。
幾重にもかけていたはずの結界があっさり破られ、壁に綺麗な穴が空けられ盗まれたのだが……作った段階で一カ所結界をかけれないように細工していたのではないかという疑いがかかった。
そこで兵が彼の家に向かったところ、既に家は蛻の殻だった。
保管庫から盗まれた国宝。時を同じくして姿を消したフェルト。
彼への御触書が回るのに、時間はかからなかった。
……ていうか、それだけ罪人のことが出回るのが早いはずなのに、何で俺――魔王のことは出回ってないんだ?
もしかして、舐められてるのか?
……まあいい。そのおかげで色々動きやすいからありがたいっちゃありがたい。ポジティブに考えよう。ポジティブに。
それよりも、今はフェルトのことだ。
(……出来過ぎだな)
話が出来過ぎている。
そもそも、盗んだ後に壁を戻さなかった意味が分からない。石の壁に綺麗に穴を空けることが出来るのは魔法以外では考えられないし、その中で岩石系の先天魔法の使い手は目を付けられやすい。とりわけ保管庫の造形者ともなれば、まず疑いがかかることは容易に想像できる。
(そんな分かりやすい痕跡を残すか?)
残すわけねえよな。国宝盗み出すような奴なら特に。
(普通に考えれば誰かが罪を着せたってとこだろ)
……だとしても分からないこともある。
なぜフェルトは姿を消した?
違うなら違うって申し開きすればよかっただろうに……。出来なかったのか? 何で?
それと、フェルトが犯人じゃないとするなら、なぜフェルトは罪を着せられた? 受付のオッサンの話を聞く限り、フェルトはかなり敬われていたようだ。オッサンの話し方も、何というか、本当に信じられないかのような素振りだった。
人気の造形師ならライバルも多いはずだし、疎む輩もいるだろうが……わざわざ国宝級の魔石を狙うこともないだろう。下手すれば、ソイツ自身も危ないのに……
(……とりあえず、本人に会いたいな)
最後に受付のオジサンは、俺にこんなことを言っていた。
“どうしても彼に会いたいなら、聖都の東あるバッカスという町に行くといい。彼はその町で作られた酒が大好きでね。その町でなら、彼のことが分かるかもしれない。
こちらも、彼を探して無実を証明してあげたいんだけどね……。国の咎人を守るとなると、色々と問題が多いんだよ。出来れば、彼の無実を証明してほしいな”
オッサンの中では……いや、ギルドの中では、フェルトの無実は確かなものらしい。変わり者らしいが、それほどまでに人望があるということなのだろう。
無実かどうかはこの際置いとこう。とにかく、世界征服の第一歩の拠点の造形は、やはり大陸一の造形師がいい。これは俺の意地だ。決して、彼のことが可哀想だとか、無実を証明しようなんて思っちゃいない。
……まあ、造形を依頼する過程で、“たまたま”そうなるかもしれないが。
そんなわけで、次に行く場所は決まった。
待ってるはずのサラの元に戻るため、1階に降りた。
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1階に降りた俺の目の前には、何やら変わった光景が……いや、俺の世界ではたまに見かける光景があった。
サラが、3人の男に囲まれていた。見た感じ、ナンパって感じだ。ま、サラは確かに美人だし、そうなっても違和感はないのだが……相手の男も鎧を着ている。もしかしたら騎士なのかも。それにしても、ニタニタと品のない笑みを浮かべているが……
「……サラ、待たせたな」
とりあえず、何食わぬ顔でサラに声をかける。
「ああ、さっさと行こうか」
俺の言葉を受けたサラは、男共なんて眼中にないかのように外へ出ようとした。
「サラ。待てよ」
男共の中で、一番煌びやかな鎧を着た男がサラの手を掴む。
「離せレイナンド。お前と話すことはないと言ったのが分からないのか?」
サラとその男は知り合いのようだった。お互いのことを知っているし。
それにしても、サラのこの表情は何だろうか。
眉間に皺を寄せ、関わりたくないものを見るかのような冷たい視線を男に送っていた。
「おいおいサラ。それが、“婚約者”に言う言葉か?」
(……婚約者?)
「何度も言ったはずだ。私は、お前との婚約など同意していないと。だいたいその婚約も、お前が父上に脅しをかけしたものだろう。そんなものに従うバカがどこにいる」
サラの言葉を受けても、相変わらずニタニタと笑う男。歳はサラと同じくらいだろう。見てるだけでイライラするが、そんな男がサラの婚約者?
……そう言えば、サラは騎士だったな。よく分からないが、騎士ということは、それなりに地位のある家の生まれなのだろう。
サラが望んでいないが、男と婚約したことになっている。つまりは、政略結婚、というやつなのか?
こっちの世界でも、それは往々にして存在することなのかもしれない。
しかし、脅しをかけてってのが気になる。何とも物騒な話だな。
ていうか、サラの親父さんってどこにいるんだ? アンネイの家にはいなかったし……
「方法はどうあれ、キミが僕と婚約したことは事実なんだ。キミの意見なんて関係ないんだよ」
(嫌な奴だな。辞典に載るレベルだ)
そんな風に、レイナンドなる男にある意味感心していると、そいつは急に俺を睨み始めた。
「……おい、お前」
(いきなり“お前”呼ばわりかよ……)
「お前、何でサラに付き纏ってんだ? サラは、僕の婚約者なんだ。近付かないでもらおうか。これ以上付き纏うなら……痛い目に遭うぞ?」
その言葉と同時に、後ろにいた2人の男がずいっと前に出てきた。レイナンドと違って、見るからに強そうだ。
「………」
いくつか分かったことがある。
おそらくコイツは、中々立派な家の生まれなのだろう。お付きの護衛まで付いているし。そして、コイツの親父か誰かは、サラの親父さんよりも上の地位にいて、サラを気に入ったレイナンドが、無理矢理婚約をした。こんなところだろう。
なんか、相手するのもメンドクサイ。サラも大変だろうに。こんな奴に目を付けられて……
「……サラ、行くぞ。次に行く場所が決まった」
とりあえず、レイナンド一行は放置して、こっちの都合を進めよう。
「……ああ!」
そんな俺を見て、嬉しそうに返事をするサラ。声もいつもより元気がある。
(やっぱり、メンドクサかったんだな……)
そう思いつつ、出口に向かっていく。
「おいお前! 無視するんじゃ――!!」
「――レイナンド、一つ忠告しておく」
無視した俺に詰め寄ろうとしたレイナンドに対し、サラは少し荒々しい口調で声を出した。
「お前が、今喧嘩を吹っ掛けようとしている人物は、お前程度では到底勝負にしかならないほど強いぞ?」
「……はん! こんな冴えない男がか? そんなことあるはずが――」
「――だったらやればいい。そこまで言うなら私は止めない。だが、忠告はしたからな?」
(いや、止めろよ。こんなとこで雷なんて使ったら、一発で衛兵呼ばれて勇者登場だよ)
しかし、それは無用な心配だったようだ。いつもと違うどこか威嚇するようなサラの言葉に、レイナンドはすっかり萎縮してしまっていた。思った以上にビビりだったようだ。
そんなレイナンドを鼻で笑ったサラは、俺より先にギルドを後にした。
一度だけ、レイナンドの方を振り返る。
レイナンドの表情は、憤怒に満ちていた。俺とサラを力の限り睨み付けていた。
(やれやれ……)
そんなレイナンドから視線を外し、俺もまた外に出た。
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「……すまなかったな。大志を使うような真似をして」
歩きながら、サラは急にしおらしく謝ってきた。目を伏せ、本当に申し訳なさそうな顔で表情を曇らせていた。
「ああ、別にいいさ。お前もメンドクサかっただろうしな」
「そうか……。それなら、よかった……」
そう言いながら、やはり表情は暗いままだ。
サラは何かを考え込むかのように黙っていた。そんなサラを横目で見ながら、俺もまた黙り込む。
しばらく沈黙が続いたあと、サラは視線を下げたまま意を決したかのように聞いてきた。
「……聞かないのか?」
「何を?」
「何をって……レイナンドのことだ」
「聞いてほしいのか?」
「いや、そういうわけではないが……」
サラは言葉を濁した。そんなサラに微笑みを送る。
たぶん、サラとしても聞くのなら話してもいいと思ったのかもしれない。それだけ俺を信頼してくれているということでいいのだろうか。
そのことは嬉しかった。
でも、サラのこの顔を見たら、今聞くのも野暮ってもんだろう。
「……別に、聞こうとは思わないよ。サラにもサラの事情があるだろうし、話したくないことは話さなくてもいいさ。
ま、吐き出してスッキリしたいなら、いつでも話してくれよ。助言なんてのは出来ないかもしれないけど、聞くくらいなら俺でも出来るからな」
そう話すと、サラはようやく顔を上げ笑顔を見せた。
そしてその笑顔のまま言葉を返す。
「――ありがとう、大志。いつか気持ちの整理がついたら、その言葉に甘えるとするよ」
サラの表情を見て少し安堵したが、面と向かってお礼を言われると何だか照れてしまう。
なのでここは、さっさと話題を変えることにしよう。
「それより、今から行く町はどんな町なんだ?」
「ああ。バッカスは、農業が盛んな町だ。特にその町で採れる果実を使った酒は絶品らしくてな、町の名物にもなっている」
「酒の町ねぇ……」
聖都を出て街道に入ったところで、空に飛び出した。
その町にフェルトがいることを願いつつ、空を駆ける。
心なしか、俺の手を掴むサラの手に、いつもより力が入っていた気がした。