聖都のギルド本部
「相変わらず、人が多いなぁ……」
久々のセントモル公国の首都、聖都グランレイの情景に、そんな言葉が出た。
瞬殺で人酔いを起こしそうなことも変わりはない。油断すると吐き気を催しそうになる。
今日のメンバーは、俺とサラだけ。さすがに魔族を人間界の大国の首都に来させるわけにはいかない。闘技場の街でのこともあるし。
とりあえず石の造形師を探すことにしたわけだが……どこにいるのか全く分からない。
今分かってる情報をまとめてみる。
男、セントモル公国居住、岩石系先天魔法の使い手、変わり者。
……とまあこんな感じなんだが、圧倒的に情報不足だ。こんなんじゃ闇雲に探し回っても見つかる可能性は皆無と言っていいだろう。
てな訳で、まずは情報収集から始めることにした。
本当はこんな大勢の人が群がる場所にはいたくないんだが、人が多いところにはやっぱり情報が集まるわけで、効率よく探すことが出来る。具合の悪さを我慢するのもまた、世界征服への道なのだろう。
「さてと、どこで話を聞くかな……」
そんな俺の呟きに、サラが閃いたように提案した。
「それなら、ギルド本部がいいだろう。あそこには造形師もいるから、同業者に聞くのが手っ取り早いはずだ」
「ギルド本部ねぇ……」
前に行こうとした場所。結果として行かなかったが。
(思えば、あの時だったんだよな。魔王になるって言ったのは)
遠くから圧倒的存在感を出す国立聖礼議場を見ながら、ふとそんなことを思った。ほんの1ヶ月くらい前のことが、ずいぶん昔に思える。
変わらず純白に聳え立つ聖礼議場。それを見つめる俺は、何か変わったのだろうか……
(……柄じゃねえな)
自分の考えに笑えてしまった。そんな俺を見たサラは、怪しいものを見るかのような視線を送っていた。
「何ニヤニヤしてるんだ? 気持ち悪いぞ」
「……気持ち悪いはやめろ。へこむぞ」
そんなどうでもいい話をしながら、ひとまずギルド本部へ向かった。
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ギルド本部。首都の東部にあり、外装は石で出来ている。これもやはり1枚岩のように繋ぎ目がなく、魔法によるものなのであろう。
ギルドは、平たく言えば仕事のことだ。さしずめ労働組合みたいなもので、ここはその総本山。世界中のギルドへのアクセスが可能であり、ここから魔法の応用による通信で各国の支社に連絡出来るとか。
ギルドが知らないことはないらしいが……俺はなぜか中に素通り出来た。ま、魔王を名乗る奴がこんなとこにノコノコ来るなんてのは予想もしてないのかもしれない。
大胆不敵、それがこの俺、雷鳴の魔王。
……単に存在感がないだけってのは、言わないでほしい。
ゲームとかの影響で、屈強な戦士たちが立ちテーブルで酒を飲んでるみたいなイメージがあったが……実際には違っていた。どちらかと言えば市役所みたいな雰囲気。ローブを着た事務員みたいな人が、紙に何かを書いていたり、資料を見ながら同僚と談笑したりしてる。受付も長い机に何人か人が座り、それこそまさに市役所の窓口のような光景だった。
「………」
「大志、どうしたんだ?」
何となく、ショックを受けていた俺に、サラは不思議そうな顔を浮かべていた。
「……いや、何と言うか、ヒーロー戦隊の着ぐるみから普通のオッサンが出てくる瞬間を目撃した少年のような心境になっててな……」
「……何を言ってるのか分からないんだが」
「こっちの話だから気にすんな。それより、どこで話を聞けばいいんだ?」
「あ、ああ。造形師のギルドが、確か3階にあったはずだ」
(ギルド毎に受付が違うのか。マジで市役所だな……)
何だか、更に落ち込んでしまった。
「?」
そんな俺を見たサラは、頭に疑問符を浮かばせているかのようだった。俺の落ち込みは、サラに説明したところで理解は出来ないだろう。
3階に上がると、そこにも窓口が並んでいた。それぞれの窓口に象形文字のような立札がある。この世界の文字のようだが、読めるはずない俺は、サラの案内で造形師ギルドの窓口に来た。
「すみません。建物の造形師を探してるんですが……」
なぜか敬語になる。市役所での癖みたいなものが出てしまっている。
受付は人の良さそうな小太りのオッチャン。俺の問いかけに、1度俺とサラの顔を交互に見て、にこやかな笑顔を見せた。
「新居を作るんですか? ともあれ、おめでとうございます」
(おめでとうございます?)
いったい何がおめでたいのやら……。あれか? 新築建てれて良かったね的なおめでとうなのか?
こっちの世界でも、新築物件はそれなりに社会的ステータスが大きいのだろうか。
そう思うと、何だか嬉しくなってきた。実際に家を建てるとこんな気持ちになるのかもしれない。
「いやぁ、ありがとうございます」
「どちらの街に造るんですか? 見たところ、奥様はレギオロス諸国連合の生まれのようですが……」
「――待て。私が、誰の奥様だと?」
受付のオッサンの話を聞くや、サラはズイッと前に出て、オッサンを睨み付け始めた。
サラの殺気じみた視線を受け、たじろぐオッサン。
「い、いや、ですから、御二人がご結婚を期に家の造形を依頼するのかと……違うのですか?」
「そんなわけあるか!! 貴様の目は節穴か!!
なぜ私がこんな奴と……け、結婚などしなければならないんだ!!」
(こんな奴って……)
少しヘコんだ。
それにしても、ヘッドアイランドの教会でのことといい、サラはこういった話題に対する耐性がかなり低いようだ。
顔を真っ赤にして、たじろぐオッサンに般若の如き形相で詰め寄るサラ。ただの勘違いで終わらすことが出来ないあたり、10代後半というのも納得してしまう。
サラの、始めて見た年相応とも思える行動に、何だか安心する自分がいた。
ガミガミ文句を口にするサラの頭に手を乗せる。
サラは真っ赤になった顔をこっちに向け、目で何かを訴えていた。
「……いい加減落ち着け。単なる勘違いなんだからそんなに怒るなよ。話が進まん」
「……分かってる!!」
サラはそっぽ向いて、どこかへ歩いて行った。
(やれやれ……)
すっかり怯えてしまっていたオッサンに、優しく声をかける。
「……連れが脅かしてしまってすみません。後で俺から言っておきます」
「い、いえ……。最初に勘違いしたのはこちらですし、それには及びません」
額に流れる汗を拭きつつ、顔を上げるオッサン。
「それで、ご用件は何でしょうか」
「あ、はい。実は、この大陸一番の岩石の造形師を探してるんですが、何かご存知ですか?」
そう言った瞬間、笑顔だったオッサンの顔は厳しいものに変わった。
(……何だ?)
「……それは、フェルトのことですか?」
(フェルト? その造形師の名前か?)
「もしそうなら、彼のことは諦めた方がいい。彼は確かに造形師ギルドの一員で、腕も大陸一と称された者です。
……ですが、先日ギルドから除名され、街を出ました。……いや、逃げ出した、と言った方がいいでしょう」
「……どういうことですか?」
オッサンは、1度下を向いた。
その姿は、その理由が今でも信じられないかのように見えた。
そして顔を上げたオッサンは、静かに話した。
「彼は現在、国宝の魔石を盗んだとして、公国からその身を追われているんですよ。咎人として、御触書が出てるんです」




